大判例

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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)3580号 判決

《目次》

主文

事実及び理由

第一部 申立、基礎的事実及び当事者の主張

第一章 申立

第二章 事案の要旨及び主要争点

第三章 基礎的事実

第一 当事者等と西淀川区の概況

第二 大気汚染公害の沿革〈一部略〉

第三 全国的にみた大気汚染の推移

第四 環境行政〈略〉

第五 主要大気汚染物質と環境基準

第六 企業一〇社(特定工場群)の立地・操業の経緯〈略〉

第七 本件各道路及び訴外幹線道路の設置供用の経過〈一部略〉

第八 公害健康被害補償制度の概要〈一部略〉

第四章 原告らの主張〈略〉

第一 西淀川区の大気汚染の原因(到達の因果関係―その一)

第二 気象からみた西淀川区の大気汚染(到達の因果関係―その二)

第三 大気汚染シミュレーション(到達の因果関係―その三)

第四 本件患者の指定疾病罹患

第五 本件患者の疾病と西淀川区の大気汚染(発症の因果関係)

第六 共同不法行為

第七 被告らの違法性・責任

第八 被害

第九 損害論

第一〇 差止請求

第五章 被告らの主張〈略〉

第一 西淀川区の大気汚染の原因(到達の因果関係―その一)について

第二 気象からみた西淀川地域の大気汚染(到達の因果関係―その二)について

第三 特定工場群の汚染寄与割合

第四 指定疾病と本件患者の罹患について

第五 本件患者の疾病と西淀川区の大気汚染(発症の因果関係)

第六 共同不法行為について

第七 被告らの違法性・責任について

第八 損害論(損害賠償請求)について

第九 差止請求について

第二部 争点に対する判断

第一章 西淀川区の大気汚染状況

第一 データからみた西淀川区の大気汚染状況

第二 社会的認識における西淀川区の大気汚染状況

第三 西淀川区の大気汚染状況のまとめ

第二章 主要大気汚染源と排出量

第一 大気汚染物質の主要発生源

第二 工場等からの大気汚染物質の排出

第三 本件各道路等の大気汚染物質の排出

第三章 大気汚染物質の到達

第一 到達の因果関係に関する基本的視点

第二 大気拡散シミュレーションからみた汚染物質の到達

第三 特定工場群の排煙の到達

第四 自動車排出ガスの地域環境への影響と距離減衰

第五 到達の総合評価と各排出源の寄与割合

第四章 発症の因果関係

第一 大気汚染公害の特質と法的因果関係

第二 呼吸器の基本構造と指定疾病の概要

第三 大気汚染疫学の概要

第四 大気汚染に係る疫学調査の問題点

第五 大気汚染に係る疫学調査の概要

第六 動物実験

第七 人への実験的負荷研究

第八 大気汚染と健康被害との関係の評価等に関する専門委員会報告等

第九 発症の因果関係のまとめ

第五章 共同不法行為

第一 共同不法行為の要件と効果

第二 本件訴訟における共同関係

第三 特定工場群と本件各道路との共同関係

第四 道路間の一体性

第六章 違法性及び責任

第一 営造物の設置又は管理の瑕疵の意義と要件

第二 本件各道路の危険性について

第三 違法性について

第四 免責の抗弁について

第七章 損害賠償請求

第一 本案前の抗弁について

第二 請求の方式について

第三 被害と損害の把握について

第四 個別被害の存否、原因及び損害評価

第五 個人別の検討

第六 損害賠償額の算定

第七 消滅時効

第八章 差止請求

第一 差止請求権について

第二 差止請求の適法性について

第三 本件差止請求の当否

第九章 結語

第一 損害賠償請求

第二 差止請求

第三 仮執行宣言

第三部 目録・個人票・図表

目録集〈一部略〉

個人票〈一部略〉

図表集〈一部略〉

当事者の表示は、別紙目録一〔原告ら目録〕、同二〔原告ら訴訟代理人目録〕、同三〔被告ら及び訴訟代理人目録〕のとおりである。

主文

一  被告国は、別紙目録一三〔認容債権一覧表(一)〕記載の原告らに対し、「認容額合計」欄記載の各金員及び右各金員に対する「遅延損害金起算日」欄記載の各日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告阪神高速道路公団は、別紙目録一三〔認容債権一覧表(二)〕記載の原告らに対し、「認容額合計」欄記載の各金員及び右各金員に対する「遅延損害金起算日」欄記載の各日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  別紙目録一三〔認容債権一覧表(一)(二)〕記載の原告らの被告らに対するその他の金銭支払請求及び右以外の原告らの金員支払請求は、いずれもこれを棄却する。

四  差止請求原告ら(別紙目録一〔原告ら目録〕に※を付していない原告ら)のうち別紙目録八〔道路沿道患者一覧表〕記載の原告らの差止請求を棄却し、その他の差止請求原告らの本件差止請求にかかる訴えを却下する。

五  訴訟費用の負担は次のとおりとする。

1  別紙目録一三〔認容債権一覧表(一)〕記載の原告らと被告国との間に生じた訴訟費用については、これを一〇分し、その九を右原告らの、その余を同被告の負担とする。

右原告らと被告阪神高速道路公団との間に生じた訴訟費用は、すべて右原告らの負担とする。

2  別紙目録一三〔認容債権一覧表(二)〕記載の原告らと被告阪神高速道路公団との間に生じた訴訟費用については、これを一〇分し、その九を右原告らの、その余を同被告の負担とする。

右原告らと被告国との間に生じた訴訟費用は、すべて右原告らの負担とする。

3  別紙目録一三〔認容債権一覧表(一)(二)〕記載の原告ら以外の原告らと被告らとの間に生じた訴訟費用は、すべて右原告らの負担とする。

事実及び理由

〔以下の記述においては、前記「略語表」〈略〉に従って表記する。なお、別紙目録(第五分冊)を単に「目録」といい、別紙図表集(第七分冊)掲載の図・表については、その番号に従って、「図表一―(1)」等と表示する。また、文中の記述を引用等するときには、分冊と頁により、第三分冊一〇頁を(Ⅲ一〇頁)のように示す。〕

第一部  申立、基礎的事実及び当事者の主張

第一章申立

第一原告ら

一 被告らは各自、本件各道路を自動車の走行の用に供することにより、それぞれ排出する二酸化窒素、浮遊粒子状物質につき、差止請求原告らの居住地において、左表記載の数値を超える汚染となる排出をしてはならない。

物質名

数値

二酸化窒素

一時間の一日平均値 0.02ppm

浮遊粒子状物質

(1) 一時間値の一日平均値 0.10mg/m3

(2) 一時間値 0.20mg/m3

二 被告らは、各自、原告らに対し、目録四〔請求債権目録〕記載の「請求金合計」欄記載の金員及び同目録の「遅延損害金起算日」欄記載の日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三 訴訟費用は被告らの負担とする。

四 仮執行宣言

第二本案前の抗弁

一 差止請求原告らの差止請求にかかる訴えを却下する。

二 原告らの損害賠償請求にかかる訴えを却下する。

三 訴訟費用は原告らの負担とする。

第三本案に対する答弁

一 原告らの請求をいずれも棄却する。

二 訴訟費用は原告らの負担とする。

三 仮執行免脱宣言

第二章事案の要旨及び主要争点

第一事案の要旨

本件は、大阪市西淀川区に居住し、又は過去に居住しており、公健法に定める指定疾病である慢性気管支炎、気管支喘息、肺気腫及び喘息性気管支炎の認定を受けた患者らあるいは死亡した患者の相続人らが、西淀川区内を走行する国道二号線及び同四三号線を設置管理する被告国、同区内を走行する阪神高速大阪池田線及び同大阪西宮線を設置管理する被告公団に対し、本件各道路及び企業一〇社が同区及びそれに隣接する尼崎市、此花区等に有する事業所や工場(特定工場群)が主要汚染源となって、排出された大気汚染物質により健康被害等の損害を受け、現在も受け続けているとして、被告らに対し、環境基準値を超える窒素酸化物(旧環境基準値)及び浮遊粒子状物質についての排出差止と共同不法行為に基づく損害賠償を求めた大気汚染公害訴訟である。

(なお、企業一〇社のうち日本硝子を除く九社と原告らとは、平成七年三月二日訴訟上の和解が成立し、更生会社である日本硝子の更生管財人に対する訴えは同日取り下げられた)。

第二主要争点

一 西淀川区における大気汚染の実態(Ⅳ第一章)

1 西淀川区における大気汚染の推移とその環境濃度

2 汚染レベルの評価と健康影響との関係

二 西淀川区の大気汚染源とその排出量(Ⅳ第二章)

三 到達の因果関係(Ⅳ第三章)

1 特定工場群の主要汚染源性(中小発生源の影響)

2 気象からみた西淀川地域の大気汚染源とその影響

(一) 大阪平野の気象特性と西淀川地域の大気汚染の特徴

(二) 南西型汚染の特徴及び重要性と特定工場群の汚染寄与割合

(三) 北東型汚染の特徴と特定工場群の汚染寄与の有無及び程度

3 大気拡散シミュレーションからみた特定工場群及び道路の汚染寄与割合

(一) 地域総合シミュレーションの意義と限界

(二) 塚谷解析による算定の評価

(三) 特定工場群及び本件各道路を走行する自動車の寄与の程度

4 道路の主要汚染源性(自動車排出ガスの地域環境への影響と距離減衰)

四 発症の因果関係(Ⅳ第四章)

1 大気汚染公害の特質と法的因果関係(証明対象、証明の程度、確率的評価)

2 呼吸器の基本構造と指定疾病の意義(定義、診断基準、基本病態と主症状、主要病因)

3 疫学的証明と因果関係

(一) 疫学的証明とその法的意味(個別因果関係の立証における役割)

(二) 各疫学調査等の評価(各調査の問題点の検討と結果の評価)

4 指定疾病の発症・増悪と大気汚染の起因性の総合評価

五 本件患者の指定疾病罹患(Ⅳ第七章)

1 指定疾病罹患事実の証明(主治医の診断、公健法上の認定の意義)

2 本件患者の罹患疾病の判定(他因子の評価、発症時期、症状の程度、死亡原因等)

六 共同不法行為(Ⅳ第五章)

1 共同不法行為の要件と効果(一項前段・後段、重合的競合)

2 都市型複合大気汚染における共同関係

3 特定工場群と本件各道路との共同関係と本件各道路の責任範囲

七 被告らの違法性と責任(Ⅳ第六章)

1 違法性の判断における道路の公共性、環境対策の限界等の意義

2 被告らの責任(供用関連瑕疵の有無、予見可能性、結果回避義務)

八 損害論(Ⅳ第七章)

1 本件損害賠償請求の適法性(包括的損害賠償請求と訴訟物の特定)

2 損害賠償請求の方式の当否(包括請求、内金(一部)請求、類型別一律請求)

3 損害の認定

4 損益相殺(公健法等に基づく各種補償給付の性格と相殺の可否)等

5 消滅時効

九 差止請求(Ⅳ第八章)

本件差止請求の適法性、差止請求権、差止の必要性

第三章基礎的事実

〔以下の事実は、本件の主要争点を判断するうえで基礎となる事実であり、当事者間に争いのない事実及び明らかに争わないから自白したものとみなした事実並びに証拠(文中に記載)及び弁論の全趣旨によって認定した事実である。〕

第一当事者等と西淀川区の概況

一 西淀川区の概況

1 西淀川区の沿革

西淀川区は、淀川、神崎川、猪名川等が大阪湾に注ぐ最下流の浅瀬・砂州に形成された地域であり、江戸時代中期に新田の造成が盛んに行われ、集落ができ、河川の改修や道路が設けられて今日の発展の基礎が築かれ、大正一四年に大阪市に編入されたものである。

2 西淀川区域とその周辺

西淀川区は、大阪市の北西端に位置する13.29km2(河川水面を除くと10.58km2)の地域で、南東は新淀川を隔てて此花区及び福島区に、北西は神崎川と左門殿川を挾んで兵庫県尼崎市に、北東はJR東海道線を区境として淀川区(昭和四五年当時は東淀川区)に接し、南西は大阪湾に臨んでいる。

3 西淀川区の地域特性

(一) 人口動態

西淀川区の常住(夜間)人口は、昭和三〇年以来一〇万人前後で推移し、昭和六〇年には九万人程度となっているが、昼間人口は一一万人弱であり、就業地としての特性を有している。なお、昼間の流入人口の六割は大阪市、神戸市及び阪神間都市からの流入である。

(二) 用途地域

西淀川区及び周辺区の都市計画上の用途地域の比率は次のとおりである。

二住専

住居

近商

商業

準工

工業

工専

大阪市

一二%

三四%

二%

一五%

二二%

五%

一〇%

西淀川区

〇%

三四%

二%

一%

一一%

二五%

二七%

〔注・二住専=第二種住居専用地域、住居=住居地域、近商=近隣商業地域、商業=商業地域、準工=準工業地域、工業=工業地域、工専=工業専用地域〕

右は昭和五四年に大阪市総合計画局が公表したデータであり、西淀川区は、工業系地域が合計で六三%を占めており、工業を中心とする地域であるが、一方で住居地域も大阪市の平均と同率の三四%を占めており、その両者が相互に入り組んで住工混在地域となっている(昭和四五年では、工業系地域が七三%、住居地域が一七%であった)。

なお、西淀川区に隣接する此花区、東淀川区及び尼崎市も工業主体の地域であり、昭和四五年当時のこれら地域の工場数は、西淀川区に一二二五、此花区に四一〇、東淀川区に二五一五、尼崎市に二二三七存在していた。

〔甲六六―西淀川区大気汚染緊急対策実施報告、乙(イ)二三―西淀川区周辺の煙源について、丙二八―大阪の用途地域―昭和五四年三月大阪市総合計画局、丙二四三―阪神都市圏及び西淀川区の地域特性に関する説明資料、丙二四四―西淀川区都市計画図、丙三六二―土地利用現況調査、丙尋三の1ないし3(証人山本邦夫)〕

二 原告ら

1 患者原告

目録一〔原告ら目録〕中、原告番号(四桁の数字若しくは四桁の数字に括弧付き数字を付記したもの)に括弧付き数字が付記されていない原告らは、当該原告ら自身が、公健法に定める第一種地域である西淀川区に現在あるいはかって居住しており、公健法に基づき、指定疾病の認定を受けている者である。

これらの原告を「患者原告」という。

2 承継原告

患者原告以外の原告ら(原告ら目録中、原告番号の末尾に括弧付き数字が付記された原告ら)は、本訴提起後死亡した元患者原告の訴訟承継者あるいは提訴前に死亡した患者の相続人である。これらの原告を「承継原告」という。

右承継原告は、目録七〔相続関係目録〕記載のとおり、それぞれ法定相続分に従いあるいは遺産分割協議により、同目録の「相続割合」欄記載の各持分割合の権利義務を承継している。

3 死亡原告及び死亡患者

原告として提訴したが、その後死亡した者を「死亡原告」といい、提訴前に死亡し、その相続人が本訴を提起している場合の死亡者を「死亡患者」という。

死亡原告及び死亡患者は、患者原告と同様、公健法に定める第一種地域である西淀川区にかって居住し、公健法に基づき、指定疾病の認定を受けていた者である。

4 本件患者の属性と公健法認定状況

患者原告、死亡原告及び死亡患者を総称して「本件患者」という。

そして、本件患者の「経歴等」(性別・出生・死亡・居住歴・職業歴・家族構成・喫煙歴・本人の病歴・家族の病歴)、「公害病の認定及び等級の経過」(認定病名及び認定状況・等級の経過)、「治療歴」(初診・通院・入院)、「疾病の発症時期」並びに「罹患疾病」の個別事情は、「個人票」(第六分冊)に記載のとおりである。

三 被告ら

1 被告国

被告国は、別紙目録五〔本件各道路目録〕記載の国道二号線(所在地図イ―イ)、国道四三号線(同図ロ―ロ)を設置し管理している。右各道路は、西淀川区内を貫通し、特に国道四三号線は臨海部の大工場群に隣接して設置されている。

2 被告公団

被告公団(昭和三七年五月一日設立)は、阪神高速道路公団法に基づく特殊法人であり、目録五〔本件各道路目録〕記載の阪神高速大阪池田線(所在地図ハ―ハ)及び同大阪西宮線(同図ニ―ニ)を設置管理するものであり、いずれも西淀川区内を貫通している。

四 企業一〇社と特定工場群

企業一〇社は、目録六〔特定工場群目録〕記載の「業種」欄記載の業務を主要業務とし、同目録の「工場(事業所)名」欄記載の二二の工場・事業所(特定工場群)を有し、操業し、あるいは操業していたものであり、操業開始時期及び一部工場等の閉鎖時期は、同目録の操業開始、閉鎖時期一覧表記載のとおりである。

特定工場群の所在位置は、所在地図の①ないし記載のとおりであり、工場等①③④は西淀川区内にあり、その他の工場等(工場等⑩⑪⑫を除く)は、西淀川区に隣接する兵庫県尼崎市、大阪市此花区の臨海部の大工場群の中又はその隣接部に存在し、いずれも西淀川区境から三Km以内にある。

五 当事者間の相互関係

1 本件患者の居住地と本件各道路との位置関係

本件患者のうち、本件各道路の供用開始後、各道路端から一五〇m以内に居住していた者及び各道路との距離は、目録八〔道路沿道患者一覧表〕のとおりであり、二〇m以内が一四人、二〇m超五〇m以下が二七人、五〇m超一〇〇m以内が四五人、一〇〇m超一五〇m以内が一四人の合計一〇〇人である。

なお、原告らは、本件各道路及び訴外幹線道路から一五〇m以内に居住する本件患者は図表六のとおりであると主張し、本件各道路との関係では目録八記載の者以外に、四名の本件患者が右距離内に居住していると主張する。しかし、原告畠中和男(二〇六〇)の提訴時の住所(西淀川区姫里一丁目二番三五号)と阪神高速大阪西宮線との距離は約三三〇mであり、原告藤井絢子(二三八三)の提訴時の住所(西淀川区花川一丁目一六番一号)と阪神高速大阪池田線との距離は約二三〇mであり、死亡患者中山楠尾次(三〇六八)は阪神高速大阪西宮線が供用(昭和五六年)される以前の昭和五三年に死亡しており、死亡患者仁井シズエ(三〇七〇)は発症時の居住地が不明であり、道路からの距離を確定できない。したがって、右四名については、本件各道路から一五〇m以内の居住者とは認められない。

2 特定工場群と本件各道路の距離

特定工場群と本件各道路との位置関係は、所在地図のとおりであり、国道四三号線及び阪神高速大阪西宮線は、最短部分で直線距離二〇〇mの位置に特定工場群(旭硝子関西工場)があるが、国道二号線と特定工場群とは最短でも九〇〇m離れており、阪神高速大阪池田線と特定工場群とは三Km以上離れている(道路との距離は各工場・事業場のほぼ中心部で計測)(丙一六八の1ないし3、三六三の1ないし3)。

第二大気汚染公害の沿革

一 大阪を中心とする戦前の大気汚染公害の歴史〈略〉

二 戦後復興と大気汚染の激化

1 戦災による産業活動の低下

空襲による工場の破壊等により、大阪市の工業は壊滅的な打撃を受け、生産活動は著しく鈍化し、公害問題は一次収束した。昭和一八年に七二日を記録した大阪のスモッグ年間発生日数は、昭和二一年は一一日、昭和二二年は八日と低下していき、昭和二三年には一日になっていた(甲五九七―大阪府の公害の概要)。

2 戦後復興

しかし、第二次世界大戦による廃墟のなかで、わが国は産業の戦前への水準への復帰を至上の要請として生産設備の整備を急いだ。

西淀川区の戦後の工業の復興は、空襲による被害が少なかったこともあって早く、昭和二三年には、工場数は七三二で市内第四位(7.8%)、従業員数は二万二一六六人で市内第二位(9.1%)、生産額は六〇億円で市内第三位(9.5%)となっている(甲六四三)。

尼崎市では、昭和二三年ころから、鉄鋼業を中心に立ち直りをみせはじめ、普通圧延鋼材の生産量は昭和二五年において二六万トンを越え、戦前最高を上回った。生産量の全国比でみても、鋼塊は昭和一八年の尼崎鉄鋼界の全国生産に対する比率四%が昭和二二年には7.2%へ、普通圧延鋼材は、4.8%から11.6%へそれぞれ増加している(甲一七三―尼崎の戦後史)。

此花区は工場数や従業員数こそ少ないが、大工場が集中し、生産額では昭和二三年にすでに大阪市内の第二位の地位を占めていた(甲六四三)。

3 特需景気と生産の拡大

この地域のこうした工業の復興は、昭和二五年に始まった朝鮮戦争の勃発とともに起こった特需景気によって、その速度を急速に速め、製鉄業、石油化学工業、自動車産業、機械工業等を中心とする重化学工業化が戦前とは比較にならない規模で進行していった。

そして、大阪市の製造業の生産総額は昭和二四年一〇四五億円、同二五年一六九六億円、同二六年三二〇二億円、同二七年三六四一億円、同二八年四五〇七億円と特需景気とともに急増した。産業別の生産額でみると昭和二四年と翌二五年は第一位が化学工業、第二位が第一次金属製造業であり、昭和二六年からは第一位が第一次金属製造業、第二位が化学工業となった。この第一次金属製造業のうち鉄鋼業が常に三分の二から四分の三を占めている(甲五七七の1・2)。

尼崎においても、朝鮮戦争による特需は極めて大きな影響をもたらした。なかでも尼崎市の鉄鋼業は、内外の需要が殺到し生産が追い付かない状況で、鉄鋼業を中心とする金属工業の製造出荷額が、昭和二五年の尼崎市内の総出荷額の53.9%と全体の半ばを超え、昭和二六年も53.3%であった(甲一七三)。

4 大気汚染の復活

こうした工業の復興は、再び大気を汚染し始め、昭和二三年に一日になっていた大阪のスモッグ年間発生日数は、徐々に増加していった。その経過は次のとおりである(甲七九七、七九八、八〇五、八一三)。

昭和20年

四九日

昭和27年

一六日

昭和34年

一三四日

昭和21年

一一日

昭和28年

一九日

昭和35年

一五九日

昭和22年

八日

昭和29年

三一日

昭和36年

一二二日

昭和23年

一日

昭和30年

五四日

昭和37年

一二四日

昭和24年

三日

昭和31年

八八日

昭和38年

一〇三日

昭和25年

七日

昭和32年

一一二日

昭和26年

一二日

昭和33年

一三一日

また、大阪市北区扇町の市立衛生研究所の屋上での降下ばいじん中の不溶解性物質の測定値でみても、昭和二一年には戦前(昭和三年から昭和一八年)の平均値9.77トン(km2/月)の二七%の2.64トン(同)まで低下していたが、これも次表のとおり次第に増加し、昭和二六年には戦前のレベルを超えるに至っている(但し、昭和二一・二三・二五年は一年のうち数か月のみの測定である(甲二五三―大阪市における都市公害の概況)。

昭和21年

2.64

昭和27年

10.65

昭和33年

11.48

昭和22年

――

昭和28年

9.93

昭和34年

10.85

昭和23年

5.16

昭和29年

9.01

昭和35年

12.13

昭和24年

6.15

昭和30年

11.06

昭和36年

12.08

昭和25年

8.24

昭和31年

12.44

昭和37年

10.58

昭和26年

11.05

昭和32年

12.45

昭和38年

12.63

なお、大阪市各測定局の降下ばいじん総量は次のとおりである(各測定局の測定値の平均であるが、大正区の測定点は大規模セメント工場の近接地点にあるため除外してある)(単位㌧/km2/月)(甲二五三)。

昭和31年

14.81

昭和34年

13.84

昭和37年

15.03

昭和32年

17.45

昭和35年

16.52

昭和38年

15.44

昭和33年

16.22

昭和36年

17.22

尼崎市の降下ばいじん量も、昭和二五年六月二九日から同年九月一日までの市内一〇か所での調査結果によれば、西本町で51.2トン(km2/月)、杭瀬で18.4トン(同)であり、同年九月三〇日から同年一二月三一日までの市内一五か所での調査でも西本町で30.4トン、初島で13.6トンを記録している。また昭和二六年の市内一四か所の調査でも西本町は上半期16.4トン、下半期10.4トンとなっている(甲二五六―尼崎市衛生局「公害の現状とその対策について」、五九四―尼崎市史)。

ちなみに、鈴木武夫は、ロンドンの降下ばいじん量は月間平均一五トン程度と紹介している(甲五八三の3―朝日新聞「論壇」)。

5 その後の展開

以上のように戦後の急速な産業の復興、とりわけ朝鮮戦争の勃発による特需景気によってわが国の経済は急速に復興し、戦前の鉱工業の水準を突破するとともに、大気汚染等による公害も顕在化し、朝鮮戦争前後には戦前を上回る状態となった。そして、昭和三〇年代に入ると、製鉄業、石油化学工業、自動車産業、機械工業等を中心として産業は重工業化するとともに大規模化が進行し、昭和三五年以降には所得倍増の名のもとに高度成長政策がとられ、新産業都市や工業整備特別地域等による地域開発の振興と重工業化の推進を目的とするものであり、鉱工業生産高やエネルギー消費量は急速に高まり、工場等からのばい煙等の排出量も同時に増大していった。この過程で工業エネルギー源は、昭和三〇年代までの中心であった石炭から石油への転換が行われ、それに伴って、大気汚染因子も、主として石炭の燃焼によって発生する降下ばいじん及び浮遊粉じんから石油の燃焼によって発生する硫黄酸化物にその中心が移っていった。また、そのような日本経済の高度成長によって、人口の都市集中やモータリゼーションの発達等によりいわゆる都市化現象を生み出してきたが、そのような状況のなかで、自動車排出ガスによる大気の汚染の危険が指摘されるようになり、昭和四五年に東京都杉並区の立正高校で発生した光化学スモッグ事件を契機として、新たな汚染因子として窒素酸化物が社会的にも注目されるようになっていった(丙五一、二二九)。

三 外国の大気汚染事件〈略〉

第三全国的にみた大気汚染の推移

一 硫黄酸化物

1 昭和三二年度から昭和四二年度(二酸化鉛法)

硫黄酸化物の測定法として、一か月ごとの測定値の得られる二酸化鉛法(Ⅰ一〇〇頁〈本号七六頁三段〉)が昭和三〇年ころから普及し、昭和三二年度から同四二年度にかけて全国の主要都市で測定が行われている。その測定結果によって、この間の硫黄酸化物濃度の経年変化を見ると、図表二―(1)のとおりである(環境庁公害部調べ)〔甲六三六―六一年専門委員会報告(七頁)〕。

2 昭和四〇年度から昭和六二年度(導電率法)

その後、硫黄酸化物濃度の測定は全国的に導電率法(Ⅰ一〇二頁〈本号七六頁四段〉)によって行われるようになり、昭和四〇年度から当時におけるわが国の代表的な汚染地域一五地点〔東京(都庁前・城東・糀谷・世田谷・板橋・荒川)、横浜(神奈川区総合庁舎・港北区総合庁舎・中区加曽台・県庁)、川崎(大師保健所・公害監視センター・中原保健所)、四日市(磯津)、堺(錦)〕に測定局が置かれて、同測定法により継続的に二酸化硫黄濃度が測定されるようになった。昭和四〇年度から昭和六二年度までのその測定結果は図表二―(2)・(3)のとおりである(一五局の年平均値の単純平均値)〔丙三二三―昭和六三年版環境庁監修「日本の大気汚染状況」(二八〜二九頁)〕。

右1の測定結果からみると、測定法による限界はあるものの、昭和三二年以降昭和四二年までおおむね増加傾向にあり、特に横浜、川崎、大阪、尼崎の増加が著しいことが認められる。これと右2の測定結果を併せると、二酸化硫黄濃度は、昭和四二年度までは全国的に増大していったが、同年度の0.059ppmをピークにその後は一貫して下降傾向をたどり、昭和六二年度は0.010ppmまで低下していることが読み取れる。

3 環境基準達成状況

昭和四八年五月八日に告示された二酸化硫黄に係る長期的評価に基づく環境基準(一時間値の一日平均値が0.04ppm以下)の達成状況は図表二―(4)のとおりであり、市町村数でも測定局数でも達成率が九〇%を超えたのは昭和五四年度であり、以後さらに達成率が向上し、昭和六二年には九九%を超えるまでになっている〔丙三二三(二四〜二五頁)〕。

二 窒素酸化物

1 一般環境大気測定局(一般局)

一般環境大気測定局は、大気汚染防止法二二条に基づき都道府県知事が設置し、一般的な大気汚染状況を把握することを目的とするものである。

窒素酸化物の全国の常時測定は、昭和四三年度に六局〔東京(国設東京=新宿)、神奈川(国設川崎)、大阪(国設大阪)、兵庫(国設尼崎)、山口(国設宇部)、福岡(国設北九州)〕が設置され、昭和四五年度に九局〔千葉(国設市原)、東京(旧都庁前・城東・糀谷・世田谷・板橋)、愛知(国設名古屋)、島根(国設松江)、岡山(国設倉敷)〕を加えて一五局に増設されたが、その後次々と拡大され、昭和六二年度には総数一三四五局となっている。

昭和四三年度から毎年継続して測定している右六局及び昭和四五年度以降毎年測定している右一五局の二酸化窒素の年平均値の経年変化(但し、昭和五三年度以前の測定値はザルツマン係数0.84に補正)は、図表三―(2)のとおりであり〔平成四年版環境庁監修「日本の大気汚染状況」(四一頁)〕、一五局平均値をグラフ化したものが図表三―(1)である〔甲一一〇六―平成五年版環境白書(四頁)〕。

一般局の右測定結果によると、昭和四五年度の0.022ppmに始まり、昭和四七年度の0.020ppmまで低下した後、昭和五四年度の0.028ppmまで増加し続け、その後昭和六〇年度(0.024ppm)までわずかながら改善傾向にあったが、その後は増勢に転じ、平成三年度は0.029ppmとなり、測定以来の最悪の結果となっている。

2 自動車排出ガス測定局(自排局)

大気汚染防止法二〇条に基づき自動車排出ガス測定局が設置され、大気中の自動車排出ガスの濃度の測定を行っている。自排局のうち、昭和四六年から継続して二酸化窒素を測定している全国二一測定局〔千葉(千葉港)、東京(日比谷・柳町・春日町・向島・北品川・大森・上馬・杉並・池袋・梅島)、大阪(淀屋橋・梅田新道・出来島小学校・北粉浜小学校・八尾市立病院・淀川工業高校)、広島(紙屋町)、福岡(三萩野測定所・室町測定所・黒崎測定所)〕の測定結果(ザルツマン係数の補正は前同)は、図表三―(3)であり、二一局平均値をグラフ化したものが図表三―(1)である〔甲一一〇六、環境庁「道路周辺の大気汚染状況4」(四頁)〕。

自排局の右測定結果は、昭和四六年度の0.032ppmからほぼ増勢傾向にあり、昭和五三・五五年度に0.043ppmを記録して以降改善傾向にあったが、昭和六〇年度(0.037ppm)を底に悪化するようになり、平成三年度は0.042ppmとなっている。

3 環境基準達成状況

新環境基準の達成度でみると、全国の有効測定局(年間六〇〇〇時間以上測定を行った測定局)のうち環境基準(一時間値の一日平均値が0.04ppmから0.06ppmまでのゾーン内又はそれ以下であること)の上限値0.06ppmを超える局は、平成三年度で、一般局では八一局(全有効測定局に占める割合は6.4%)、自排局では一二一局(同37.2%〜近畿圏は55%)である。固定発生源について昭和五六年六月から総量規制制度が導入されている三地域(東京都特別区等地域・横浜市等地域・大阪市等地域)については、平成三年度の未達成局は、一般局で一一二局中五九局(52.7%)、自排局で七二局中六七局(93.1%〜近畿圏は89%)となっている〔甲一一〇六(四〜五頁)、丙二二八(一二〜一三頁)、道路環境関係統計資料(平成四年版)〕。

昭和五一年度から平成三年度までの自排局の二酸化窒素の年間九八%値の平均値及び環境基準を超えたものの比率の推移は図表三―(4)のとおりであり、首都圏、近畿圏以外の地域では、ほとんどの測定局で新環境基準を満足しているのに対し、大都市地域になるほど他の地域に比べて測定値が高く、新環境基準を超える比率も高くなっている。総量規制地域の大阪市等地域では、年間九八%値の平均値は0.07ppmを前後しており、新環境基準の未達成測定局は八〇%前後で推移している(平成三年度八九%)〔道路周辺の大気汚染状況・環境庁大気保全局自動車公害課(平成四年版)〕。

三 浮遊粒子状物質

1 年平均値の年度別推移

浮遊粒子状物質については、昭和四一年度から東京(都庁前)と大阪(国設大阪・平尾小学校)、堺(少林寺小学校)、八尾(八尾保健所)の五測定局で継続的に測定されている。昭和四一年度から昭和五九年度までの測定結果は図表三―(5)のとおりである。

昭和四七年に環境基準が設定され、測定局は増加し、昭和六二年度では有効測定局は九五八局あるが、継続四〇測定局の昭和四九年度から昭和六二年度までの測定結果は図表三―(6)のとおりである。

〔甲六三六(二七〜二八頁)、丙三二三(八一頁)〕。

浮遊粒子状物質(浮遊粉じんを含む)の年平均値は、測定を開始した昭和四一年度が五局平均で0.346ppmと最も高く、その後急激に減少して、環境基準が決定された昭和四七年度には0.091ppmとなっていたが、その後もわずかながらほぼ一貫して減少傾向にあり、昭和五八年度に0.036ppmを記録し、その後は0.040ppm前後で推移している。

2 環境基準達成度

環境基準(長期的評価=一時間値の一日平均値が0.1mg/m3)の達成度(測定局数に対する達成局数の比率)でみると、図表三―(7)のとおりであり、昭和四九年度は18.2%であったが、昭和五八年度に六三%を記録し、昭和六二年度には52.6%となっている〔丙三二三(七六頁)〕。

第四環境行政〈略〉

一 国による大気汚染防止制度〈略〉

二 大阪府及び大阪市の大気汚染防止対策〈略〉

三 兵庫県・尼崎市の大気汚染防止対策〈略〉

第五主要大気汚染物質と環境基準

一 主要大気汚染物質

大気汚染公害の沿革及び原告らの主張からみて、大気汚染の主要物質として、硫黄酸化物、窒素酸化物及び浮遊粒子状物質を指標としてとりあげることとする。

1 硫黄酸化物

〔甲八―四八年専門委員会報告、甲六三六―六一年専門委員会報告(七・九九頁)、乙(キ)一〇六―産業環境工学(九頁)〕

(一) 定義

硫黄酸化物(SOX)は、硫黄と酸素の化合物で、二酸化硫黄(亜硫酸ガス・SO2)と三酸化硫黄(硫酸ガス又は無水硫酸・SO3)がある。硫黄酸化物は、大気汚染物質の主成分の一つとして古くから注目されてきたが、現在の連続測定方法によれば、その中心は二酸化硫黄によるものと考えられている。

(二) 化学的特性

硫黄酸化物は、生理学的液体に比較的高い溶解性を示す。二酸化硫黄は、それ自身呼吸器系への障害物質としての性質をもち、濃度と曝露時間のいかんによっては中毒性物質として、他の器官、組織、細胞にも影響を及ぼす可能性があるとされている。

(三) 発生源

硫黄酸化物は、主に燃料又は原材料中の硫黄分が燃焼により酸化されて発生する。そのため、硫黄分を含む石炭及び石油系燃料を使用する火力発電所や工場が主たる発生源とされる。

(四) 人体に与える影響

二酸化硫黄は、上部気道で吸収されやすく、呼吸器刺激物質であるから、上部気道への刺激症状が人体に与える影響の中心である。しかし、深部気道に侵入しうる粒径の小さい物質が共存すると、その粒子に二酸化硫黄が吸着し、粒子とともに深部気道に侵入しうるものと想定され、このような場合は深部気道への刺激症状も考えられる。二酸化硫黄が気道に侵入すると、まず気道上皮にある受容体を刺激し、主に迷走神経を介して平滑筋の収縮が起こると考えられている。また、気道表面から容易に吸収され循環器系に入り、その一部は血液から肺胞領域に脱離するかもしれないことが示されている。吸収された二酸化硫黄は重亜硫酸塩や亜硫酸塩となり、いろいろな組織に運ばれ、硫酸塩に酸化されて尿に排泄される。

(五) 測定方法

硫黄酸化物の測定法としては、大気中の硫黄酸化物が二酸化鉛(PbO2)と反応して定量的に硫酸鉛(PbSO4)を生成することを利用した二酸化鉛法(単位SO3mg/一〇〇cm2/日)が昭和三〇年ころから普及していた。

その後、大気中の二酸化硫黄濃度の測定は、0.03%の過酸化水素を含む吸収液にSO2を含む大気を通過させ、大気中のSO2、SO3が吸収液に吸収されて硫黄となったときの溶液の電気伝導率の変化を検出して大気中のSO2を検出する溶液導電率法(導電率法、単位ppm=一〇〇万l中に一lの二酸化硫黄量がある濃度)によって行われるようになった(両測定法の関係は後述Ⅳ二〜八頁のとおりである)。

(六) バックグラウンド濃度

既汚染地域以外のわが国の代表的な平野部における大気の状況を把握する目的で全国八か所(野幌、箆岳、筑波、新津、犬山、京都八幡、倉橋島、築後小郡)に国設大気測定所が設置されており、右八か所の測定結果によれば、わが国の大気汚染がほとんどないと考えられる地域における大気汚染物質の濃度は、二酸化硫黄でほぼ0.005ppmであり、これがわが国のバックグラウンド濃度と考えられる。

2 窒素酸化物

〔甲一〇―四七年専門委員会報告、甲二九―五三年専門委員会報告(一四頁)、甲六三六(一三・一〇〇頁)、甲七二五―加須屋実著「環境毒性学」(上巻・二四〇頁)〕

(一) 定義

窒素酸化物(NOX)は、窒素と酸素の化合物であり、各種のものが含まれるが、環境大気中に通常存在し、かつ、人の健康に影響を与えるとされているのは一酸化窒素(NO)と二酸化窒素(NO2)であり、この両者が狭義の窒素酸化物とされる。

(二) 化学的特性

一酸化窒素は無色の気体で水とは反応しない。二酸化窒素は赤褐色で刺激性のある難水溶性気体である。窒素酸化物の発生初期は大部分が一酸化窒素であるが、環境大気中に排出された一酸化窒素は大気中の酸素によって二酸化窒素に酸化されるため、環境大気中ではほとんどが二酸化窒素の状態である。なお、二酸化窒素の大部分は亜硝酸塩あるいは硝酸塩に変化して大気中から除去されるが、大気中滞留時間は数日から数か月程度と推定されている。

(三) 発生源

窒素酸化物の発生源は、①燃焼過程(ボイラー等の固定発生源、自動車等の移動発生源、喫煙、暖房及び厨房における燃焼等)、②硝酸製造施設等の工業生産過程、③生物活動に由来する自然発生の三つに分類される。③の発生量は全地球的に見れば、①②を併せた人為的発生量の一〇ないし一五倍ともいわれているが、発生密度を比較すれば、自然発生の場合は十分希釈されるのに対し、都市地域における人為的発生の場合は局地的であるため、都市地域における環境大気中の窒素酸化物濃度は非都市地域よりも際立って高い。

(四) 人体に与える影響

二酸化窒素は、生理学的液体に対する溶解性が低いため、全気道に影響を及ぼし、さらに深部気道に浸入し、細気管支や肺胞領域に影響を与えることが形態学的研究から示されている。二酸化窒素は、細胞膜の不飽和脂質を急速に酸化して過酸化脂質を形成し、これによる細胞膜の障害が考えられている。一部はゆっくりと加水分解して亜硝酸や硝酸が形成され、気道系から吸収される。なお、二酸化窒素は、浮遊粒子状物質の存在の有無と関係なく、呼吸器深部に容易に到達する性質をもっているが、浮遊粒子状物質と共存するとき、気道の気流抵抗の増加という生体反応でみると二酸化窒素と浮遊粒子状物質は相加作用をもつことが人の実験で確かめられており、二酸化硫黄との間でも相加作用が認められている。但し、相加作用の具体的影響は曝露方式や濃度等によって規定される。

(五) 測定方法

二酸化窒素濃度の測定は、二酸化窒素を含む空気を吸収発色液(ザルツマン試薬)に通すと、二酸化窒素量に比例して橙赤色のアゾ染料を生ずることを利用した吸光光度法(単位ppm)であり、この原理に基づく自動測定器が開発され、わが国では広く使用されている。なお、ザルツマン係数(右測定法における二酸化窒素の亜硝酸イオンへの転換係数)は昭和五三年までは0.72とされていたが、昭和五三年専門委員会報告に基づいて、同年七月一七日付環境庁大気保全局長通達(丙一二七)により0.84に変更されている。

(六) バックグラウンド濃度

二酸化窒素のわが国でのバックグラウンド濃度は、前記国設大気測定所の測定結果によれば、おおむね0.007ppmとされている。

3 浮遊粒子状物質

〔甲一二―四五年専門委員会報告、甲六三六(二二ないし二五・二九・一〇六頁)〕

(一) 定義

大気中粒子状物質のうち大気中に浮遊しているすべての粒径の粒子状物質(PM)を総称して浮遊粉じん(SP)といい、大気中粒子状物質のうち重力、雨等によって降下するものを降下ばいじんという。浮遊粒子状物質(SPM)とは、その化学的性質を考慮することなく、また生成過程を問わず、浮遊粉じんのうち粒径一〇μm(ミクロン)以下のものをいう。

(二) 大気中等における動態

大気中粒子状物質は、その粒径によって空気中での滞留時間や動きが異なる。一〇μmまでは九〇%が気道及び肺胞に沈着し、五μm以下の粒子は、0.5μmまでは沈着率が次第に減少し、0.5μmで二五ないし三〇%の沈着率を示す。これより粒径の小さい粒子の沈着率は再び増加する。肺胞沈着率は、二ないし四μmの粒子が最大で、0.4μm以下の粒子の沈着率は再び増加すると考えられている。なお、呼吸器沈着率は、呼吸量と呼吸数によって影響を受ける。

(三) 発生源

浮遊粉じんは、石炭・石油系燃料、廃棄物の燃焼・生産過程、堆積場、コンベヤー、篩等から発生するもの、自動車の運行に伴って発生するもの、風などの自然環境等により発生するものなどがある。この他、硫黄酸化物、窒素酸化物などのガス状物質が大気中で他の物資と反応し、粒子状物質になるものもある。

(四) 人体へ与える影響

浮遊粒子状物質の人体への影響は、粒子の物理的化学的性状に依存しているが、影響の機構の分類としては硫黄酸化物、窒素酸化物などのガス状物質と基本的に類似し、粒子が気道に沈着し物理的化学的に気道を刺激することによる症状、クリアランス機構の障害などが関与して起こると考えられる感染抵抗性の減弱、形態学的変化等である。

(五) 測定方法

浮遊粒子状物質の測定は、濾過捕集による重量濃度測定法(標準測定方法)によって測定された重量濃度と直線的な関係を有する量が得られる光散乱法(デジタル粉じん計)、圧電天びん法、β線吸収法により測定している。

(六) バックグラウンド濃度

わが国での浮遊粒子状物質又は浮遊粉じんのバックグラウンド濃度は、前記国設環境大気測定所における測定結果に基づいて、0.02ないし0.03mg/m3程度とされている。

二 環境基準

1 硫黄酸化物

(一) 旧環境基準

昭和四四年二月一二日の閣議決定により、公害対策基本法九条の規定による大気汚染に係る環境上の条件のうち、人の健康に関する硫黄酸化物に係る基準を大気汚染防止の目標として次のように定め、その達成に努めることとするとして、以下の環境基準が定められた(丙一四一)。

人の健康に関するいおう酸化物に係る環境基準は次のいずれをも満たすものとする。

(1)

(ア) 年間を通じて、一時間値が0.2ppm以下である時間数が、総時間数に対し、九九%以上維持されること。

(イ) 年間を通じて、一時間値の一日平均値が0.05ppm以下である日数が、総日数に対し、七〇%以上維持されること。

(ウ) 年間を通じて、一時間値が0.1ppm以下である時間数が、総時間数に対し、八八%以上維持されること。

(2)

年間を通じて、一時間値の年平均値が0.05ppmをこえないこと。

(3)

いずれの地点においても、年間を通じて、大気汚染防止法に定める緊急時の措置を必要とする程度の汚染の日数が、総日数に対し、その三%をこえず、かつ、連続して三日以上続かないこと。

(二) 新環境基準

環境庁は、昭和四八年五月八日、二酸化硫黄に係る環境基準を次のとおり改めた(環境庁告示二五号)〔丙一三七(一二六頁)〕。

一時間値の一日平均値が0.04ppm以下であり、かつ、一時間値が0.1ppm以下であること。

2 窒素酸化物

(一) 旧環境基準

環境庁は、昭和四八年五月八日、二酸化窒素に係る環境基準を次のとおり定めた(環境庁告示二五号)〔丙一三七(一二六頁)〕。

一時間値の一日平均値が0.02ppm以下であること。

(二) 新環境基準

環境庁は、昭和五三年七月一一日、二酸化窒素に係る環境基準を改定し、次のとおり新環境基準を設定した(環境庁告示三八号)〔丙一四四(三二〇頁)〕。

一時間値の一日平均値が0.04ppmから0.06ppmまでのゾーン内又はそれ以下であること。

なお、右新環境基準は、中公審の二酸化窒素の人の健康影響に係る判定条件等についての答申を最大限に尊重して設定されたものとされているところ、同答申は、短期曝露については、一時間曝露として0.1〜0.2ppm、長期曝露については、年平均値として0.02〜0.03ppmを指針として提案している。この指針について、環境庁は、一日平均値の年間九八%値と年平均値は高い関連性があり、一日平均値で定められた環境基準0.04〜0.06ppmは年平均値0.02〜0.03ppmにおおむね相当するものであるとともに、この環境基準を維持した場合は、短期の指針として示された一時間値0.1〜0.2ppmをも高い確率で確保することができるものであるとしている〔丙一二七、丙一四四(三二一頁)〕。

3 浮遊粒子状物質

環境庁は、昭和四七年一月一一日、人の健康に関する浮遊粒子状物質に係る環境基準について、次のとおり告示した(環境庁告示一号)(丙一三八)。

人の健康に関する浮遊粒子状物質に係る環境基準は、次のいずれをも満たすものとする。

(1) 連続する二四時間における一時間値の平均値が、大気一立方メートルにつき、0.10ミリグラム以下であること。

(2) 一時間値が、大気一立方メートルにつき、0.20ミリグラム以下であること。

なお、右告示は、昭和四八年五月八日環境庁告示二五号により廃止され、右二五号告示により、浮遊粒子状物質の環境基準は次のとおり定められているが、内容的な変更はない。

一時間値の一日平均値が0.10mg/以下であり、かつ、一時間値が0.20mg/以下であること。

第六企業一〇社(特定工場群)の立地・操業の経緯〈略〉

第七本件各道路及び訴外幹線道路の設置供用の経過

一 本件各道路の設置供用の経過

1 国道二号線

(一) 概要

国道二号線(阪神国道ともいわれていた)は、大阪市北区曽根崎上三丁目を起点とし、北九州市門司区老松町を終点とする延長約六四七キロメートルの一級国道である。西淀川区内においては、左門橋から佃地区を通り、歌島橋交差点を経て淀川大橋へと抜ける延長約2.4キロメートルの区間であり、西淀川区の東部を北西から南東へほぼ直線に横断している。西淀川区内の全線は幅員約二七メートル、四車線である。

(二) 建設の経過

国道二号線の前身は、いわゆる山陽道であり、国土を縦貫する一大幹線道路であるが、大正時代までは、大半の箇所が幅員3.6メートルの砂利敷道路であった。これを主要道路として連絡される大阪、神戸の商工業は、大正時代に入って、大阪市は、わが国経済の中枢地としての地歩を固め、神戸市は東洋の代表的貿易港となり、両市及び両市間の商工業の発展、人口の集中は急速に進み、国道二号線の沿道は人家が軒を連ねる状況となり、その整備が急がれた。このような経過から大正九年に、阪神間について、中央部に阪神電気鉄道の軌道敷5.4メートルを含む歩道付き四車線、標準幅員27.0メートルとする改築計画が決定され、大正一五年に完工、供用開始された(丙二四六)。その後、昭和五〇年に阪神電気鉄道の軌道を廃止し、道路中央の軌道敷跡に中央分離帯を設置し、自転車道が整備されるなどして現在に至っている。

2 国道四三号線

(一) 概要

国道四三号線(第二阪神国道ともいわれていた)は、大阪市西成区西四条を起点とし、神戸市灘区岩屋南町を終点とする延長29.9キロメートルの一級国道であり、歩道及び中央分離帯の完備した阪神間の大動脈をなす道路である。西淀川区内では福町、大和田、大野、出来島、中島、佃を経由し、区内の延長距離は約2.5キロメートルであり、全線の大部分は、幅員五〇メートル、一〇車線であり、西淀川区内の佃地区から兵庫県側にかけては阪神高速大阪西宮線と二階建構造となっている。

(二) 建設の経過

大阪湾岸臨海工業地帯の振興を図るため、大阪市と神戸港、阪神工業地帯を直接連絡する幹線道路が必要であり、阪神間の通過交通の処理の上でも、第二阪神国道を建設する必要性が戦前から強く主張され、旧道を拡幅整備することによって、戦前に大阪側の安治川の手前まで幅員二二mができていた。ようやく戦後、昭和二一年に施行された特別都市計画法に基づいて、戦災復興事業として、大阪湾臨海工業地帯を結ぶ幅員五〇mの第二阪神国道の都市計画決定がなされ、昭和二八年に二級国道一七三号線として指定され、昭和三二年に建設省直轄により建設に着手し、昭和三四年に一級国道四三号線に昇格し、二〇年後(昭和五三年)の計画交通量は一日一〇万台と推計されていた。そして、西淀川区通過部分は、昭和四四年八月にその一部が、昭和四五年三月にその全部が供用開始された。また、西淀川区内の国道四三号線は、平成二年に立体交差にすることで交通流を円滑化することを目的にして、全区間が高架構造とされた(丙二二八、三五三、三五四、丙尋三の1)。

3 阪神高速大阪池田線

(一) 概要

阪神高速大阪池田線(大阪府内通過部分を大阪府道高速大阪池田線、兵庫県内通過部分を兵庫県道高速大阪池田線として路線認定されているが、両者を合わせて「阪神高速大阪池田線」という)は、大阪市西成区を起点とし、池田市空港一丁目を終点とする延長25.4キロメートル、全線四車線の高架式の自動車専用道路(都市高速道路)である。西淀川区内の延長距離は約2.6キロメートルで、区内の東端をほぼ南北に横断している。

(二) 建設の経過

昭和三〇年代中ころの道路状況は、急激な自動車交通量の増加により、阪神都市圏内の幹線道路はすべて飽和状態に陥っており、放置すれば、都市機能が失われ、地域の産業、経済が大きな打撃を受けることが予想される事態になっていた。このような道路事情の悪化を打開するため、一般道路と完全に分離して大量の交通を処理できる自動車専用道路の整備が急がれ、昭和三七年に阪神高速道路公団法が成立し、都心部の自動車交通を処理する環状道路と、都心部と周辺部を連絡する数本の放射状道路が計画された。阪神高速大阪池田線は、この環状道路(環状線)と放射道路(空港線)からなるもので、昭和三七年九月に都市計画決定がなされ、途中計画の拡張があり、昭和四二年三月に環状線部分、同年八月西淀川区を通過して豊中市走井(福島―豊中北)までの供用が開始され、そして昭和四五年三月に全線が供用開始された(丙三五、一六一、二五七、二五八、二六一、丙尋四の1)。

4 阪神高速大阪西宮線

(一) 概要

阪神高速大阪西宮線(大阪府内通過部分を大阪府道高速大阪西宮線、兵庫県内通過部分を兵庫県道高速大阪西宮線として路線認定されているが、両者を合わせて「阪神高速大阪西宮線」という)は、大阪市西区西本町三丁目を起点とし、西宮市今津水波町の名神高速道路の西宮インターチェンジを終点とする延長14.3キロメートル、幅員25.75メートル、四〜六車線、全線高架式の自動車専用道路(都市高速道路)である。西淀川区内では姫島、大和田、出来島、佃を経由し、区内の延長距離は約3.5キロメートルである。西淀川区内の佃地区から兵庫県側にかけては国道四三号線と二階建構造となっている。

(二) 建設の経過

昭和四〇年代前半には、大阪市内の環状線を中心とする都市高速道路網が一応完成し、神戸市内から名神高速西宮インターチェンジまでの阪神高速神戸西宮線が完成していた。この両線を最短で結び、大阪市と神戸市及び阪神間の交通渋滞を緩和し都市機能の増進等を図ることを目的として、昭和四四年に阪神高速大阪西宮線の都市計画決定がなされ、西淀川区内においては昭和四八年八月から工事に着手し、昭和五六年六月に全線供用開始となった(丙二五九、二六一、丙尋四の2・3)。

二 訴外幹線道路の設置供用の経過〈略〉

第八公害健康被害補償制度の概要

一 公害健康被害に対する補償制度成立の経緯

1 特別措置法の制定

公害問題が全国的な問題となった社会情勢を背景として、昭和四二年に公害対策基本法が制定されたが、同法は、公害の未然防止の施策を明らかにするとともに、「政府は、公害に係る被害に関する救済の円滑な実施を図るための制度を確立するため、必要な措置を講じなければならない。」(二一条二項)として、公害被害救済制度の確立を求めていた。

右規定に対応して、中公審は、昭和四三年一〇月、「公害に係る紛争の処理及び被害の救済についての意見」を政府に具申した。右意見具申は、公害被害の救済に対しては、発生責任者がその費用を負担することを原則としつつ、因果関係や寄与割合の把握の困難性などから、当面の制度として民事責任と切り離した行政上の救済制度を設け、その費用は産業界が全体としてその社会的責務を明らかにする意味でこれを負担し、これに国等の財政的支出を加えるという構想を提言した。

これを受けて、昭和四四年一二月一五日、「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法」(特別措置法)が制定された。同法は、事業活動等に伴って相当範囲にわたる著しい大気汚染等が生じたため、その影響による疾病が多発した場合において、当該疾病に罹患した者に対し、補償の措置を講じて、その者の健康被害の救済を図ることを目的とするものであり(一条)、補償給付は、①医療費(社会保険を使用し、自己負担分のみを医療費とする―甲七〇の1)、②医療手当、③介護手当の三種類であり(四ないし九条)、その費用は、事業者が全体の二分の一、残りの二分の一を国及び地方公共団体が負担するものとされた(一〇条以下)。

西淀川区は、その指定地域とされ、大気汚染の影響による疾病として、慢性気管支炎、気管支ぜん息、ぜん息性気管支炎及び肺気腫並びにこれらの続発症とされた(同法施行令一条)。そして、大阪市は、同法に基づいて昭和四五年一月、大阪市公害被害認定審査条例を制定し、同年二月一日から西淀川区の認定患者に対し右給付の支給を開始した。

以上のとおり、特別措置法は、当面の緊急措置として、医療費を中心とする一定の給付をする社会保障的性格の強い行政上の救済制度であるが、公健法の施行により昭和四九年八月三一日廃止された。

2大阪市規則の制定

特別措置法による給付には、逸失利益に対する補償がないなど被害補償としては十分なものではなかったため、大阪市は、これを補完する意味で昭和四八年、「大阪市公害被害者の救済に関する規則」を制定し、国の公害に係る健康被害損害賠償保障制度が実施されるまでの間、西淀川区所在の企業からの拠出金を主な財源として、公害病認定患者又はその遺族に対し、一定の補助費等を支給し、患者等の健康回復や生活の安定に寄与することを目的として、大阪市独自の救済制度を発足させた(昭和四八年六月一日施行)。

右規則による給付は、①療養生活補助費、②療養手当、③入院扶助費、④死亡見舞金の四種類であり(三条)、いずれも特別措置法による給付に付加して支給されるものであった(丙一四七)。

なお、右規則は、右目的に従って、公健法の施行にともなって廃止された。

3 公健法の制定

特別措置法が応急的な最小限の医療的救済を図ろうとするものであったため、公害被害による損害填補についての抜本的措置を求める声が高まり、環境庁長官は、昭和四七年四月、中公審に対し、「わが国における公害に関する費用負担は今後いかにあるべきか、また、環境汚染によって生ずる損害賠償費用はいかに負担すべきか」について諮問した。

中公審は、費用負担特別部会を設け、その下に損害賠償負担制度専門委員会と費用負担専門委員会を設置して審議を重ね、昭和四七年一二月に中間報告を公表し、これに対する各界の意見聴取等をふまえて、昭和四八年四月、諮問に対する答申を行った。その過程で重要な問題とされたのは、制度の性格、因果関係の問題、疾病認定の要件、給付の構成(特に慰謝料の扱い)、給付水準、費用の負担、民事責任との関係などである。これらに対する答申の要旨は次のとおりであり、これを基に「公害健康被害補償法」が制定され、昭和四八年一〇月五日公布され、昭和四九年九月一日から全面的に施行された。

(一) 制度の性格

民事責任をふまえた損害賠償の保障制度と考えるか、あるいは社会保障的色彩を有する生活保障制度とするかは、費用の負担、給付のあり方にかかわる基本問題であるが、公害による被害の発生が原因者の汚染原因物質の排出による環境汚染によるものであり、本来的にはその原因者と被害者との間の損害賠償として処理されるものにつき制度的解決を図ろうとするものである以上、本制度は基本的には民事責任をふまえた損害賠償保障制度として構成すべきである。

(二) 因果関係の問題

環境汚染とその健康被害としての疾病に係る因果関係の判断は、関連学問分野により判断が異なることもありうるが、諸科学分野のすべてにおいて因果関係が厳密に立証されなくても、汚染レベルと疾病の発見等との関係を疫学的手法を用いて究明し、その因果関係について蓋然性があれば足りるとする判例学説において定着しつつある考え方を基本とすべきである。

個々の患者の疾病と環境汚染との因果関係は、非特異的疾患といわれる大気汚染系疾病にあっては、多くの場合個々に厳密な因果関係の証明を行うことはまず不可能である。したがって、このような特性を有する大気汚染系疾病を本制度の対象とするためには、疫学を基礎として人口集団につき因果関係ありと判断される大気汚染地域にある指定疾病患者は一定の曝露要件を満たしておれば因果関係ありとする、いわば指定地域、曝露要件、指定疾病という三つの要件をもって個々の患者につき大気の汚染との間に因果関係ありとみなすという制度上の取決めをせざるを得ない。

このような制度上の割切りを前提とする以上、指定地域の指定は一定以上の有症率、受診率等を示している地域であること等客観的な基準に基づいて厳格に行われるべきである。

(三) 疾病認定の要件

所定の疾病が存在するか否かを認定することがあらゆる給付支給の前提となるが、非特異的疾患については、他原因との識別はおよそ不可能に近い。このため、本制度の対象となる疾病のうち非特異的疾患については、指定地域、曝露要件、指定疾病(医療機関の診断)の三つの要素によって認定するという考え方を導入することとした。

疾病の認定については、個々の医療機関が認定申請者の請求に基づいて指定疾病にかかっているかどうかの医学的診断を行い、認定審査会はこの診断に基づいて医学専門的立場から審査を行い、実施機関に指定疾病に該当しているかどうかについて意見を述べることになる。

(四) 給付の構成

本制度における給付は、医療費、患者本人に対する補償費、遺族に対する遺族補償費、児童補償手当、介護費、療養手当、葬祭料とすべきである。

慰謝料は、精神的損害に対して支給されるものであり、精神的損害の中には、患者及び遺族の被った社会的犠牲等の要素が含まれているほか、損害を与えた者に対する制裁という意味の分も含まれているものもあり、これらの損害をどのように評価するかについては、基本的には民事訴訟に委ねることとするが、本制度にもある程度慰謝料の要素をおり込み制度全体の中でその要素をどのように生かすかという方向で、給付の種類なり給付水準の問題を検討してきた。

(五) 給付水準

本制度は、公害による健康被害としての疾病を対象とする点において公害裁判と同様であるが、裁判による最終的な公平の回復に先立ち、裁判より簡易化された画一定型的要件で迅速に給付を行うものであり、その着目する損害は通常損害とならざるを得ない。

また、非特異的疾患にあっては、環境汚染調査、疫学調査、医学的所見を基礎として得られた地域指定、曝露要件等の基準をもとにして想定される指定地域の人口集団にあらわれた疾病発現等の現象を確率論的にとらえ、このような集団現象をその集団に属する個人に投影して因果関係を広く認定するものであるので、給付水準を定めるにあたっては、このような事情をも考慮する必要がある。

以上により、非特異的疾患における補償費の給付水準は、全労働者の平均賃金と社会保険諸制度の給付水準の中間になるような給付額を設定することが適当である。

(六) 費用の負担

本制度が損害賠償の補償を行うことを基本的性格としていることや公平の見地からみて、汚染原因者の寄与の程度に応じて分担させることを基本とすべきである。公費負担は右の原則に背馳しない限りで行うべきであり、地方公共団体も住民福祉に対する第一義的責任から応分の負担をすべきである。

固定発生源に対する賦課方式は、本制度の性格及び事業者の公害防除努力を評価しうるという点から、汚染負荷量に着目して賦課金を課す方式を中心に考えるべきである。

移動発生源については、大気の汚染に対する寄与度の大きさは無視しえないものであり、これらにも合理的な費用分担がなされなければならないが、その賦課方式は、原燃料賦課方式あるいは自動車重量税引当方式から選択されるべきである。

一般家庭等の一般生活活動等に伴う汚染寄与分についても、これらの排出量を合計すれば大気の汚染に対する寄与度では無視しがたいが、個々に徴収することは不可能に近いため、原燃料賦課方式が検討されるべきである。

(七) 民事責任との関係

本制度は、被害者が訴訟をおこし、又は和解を行うことを妨げるものではない。

本制度による給付がなされた場合には、事業者は、同一の事由については、その給付額の限度において損害賠償の責めを免れるものとする。

本制度による給付を受けることができる者が事業者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、本制度は、その賠償額の限度で給付を行う責めを免れる。

二 公健法の概要

〔甲七八六―公害医療ハンドブック、乙五―逐条解説公害健康被害補償法、丙三六七―昭和四九年一一月二五日中公審答申〕。

1 公健法に基づく認定要件

公健法で定める認定要件は、①政令で定める地域(指定地域)において、②政令で定める疾病(指定疾病)に罹患し、③政令で定める期間、指定地域に居住、通勤等していた(曝露要件)という三要件である。

(一) 指定地域

特別措置法は指定地域を一本化していたが、公健法は第一種と第二種にわけ、「第一種地域」は、「相当範囲にわたる著しい大気の汚染等の影響による疾病が多発している地域であること」とされ(公健法二条―以下、公健法については条文のみを記載する)、そのような地域か否かの判定は、相当範囲にわたる著しい大気の汚染が生じていること(大気汚染の程度に関する要件)及びその影響による疾病が多発していること(健康被害の程度に関する要件)の二要件により判断するものとされている。この二要件について、昭和四九年一一月二五日付「公害健康被害補償法の実施に係る重要事項について」と題する中公審答申(丙三六七)は、概要、次のような説明をしている。

(1) 大気汚染の程度に関する要件

大気汚染を構成する物質としては、硫黄酸化物、窒素酸化物、浮遊粒子状物質、オキシダント、一酸化炭素、炭化水素、降下ばいじん等があるが、当面は、硫黄酸化物、窒素酸化物、浮遊粒子状物質の三種類の汚染物質を指標として大気汚染の程度を判定せざるをえない。右三物質を指標として大気汚染の程度を判定するためには、それぞれの物質の濃度に一定数の係数をかけて総合指数を算出して判定する方法があるが、今後の研究にまたなければならない問題もあるから、当面は、各物質ごとの大気汚染の程度を定め、これを総合的に考慮して判定するのが適当である。

硫黄酸化物、窒素酸化物、浮遊粒子状物質に係る汚染の程度の区分は次表によるのが適当である。

汚染の程度

指標の意味

一度

汚染物質の濃度が環境基準を越えている程度

二度

有症率が環境基準を充たしている地域にみられる「自然有症率にくらべて明らかに高くなる(おおむね二倍)程度の汚染の程度」

三度

旧環境基準を越し、有症率が自然有症率の二~三倍、ときにはそれ以上となる程度の汚染の程度

四度

極めて著しい汚染があり、有症率が自然有症率の四~五倍、ないしそれ

以上に達する程度の汚染の程度

しかし、窒素酸化物及び浮遊粒子状物質については、当時、資料に乏しかったことから、現実に汚染濃度と右指標との関係が示されたのは、導電率法による二酸化硫黄濃度(年平均値 単位ppm)だけであった(次表)。

汚染の程度

二酸化硫黄濃度

一度

0.02以上0.04未満

二度

0.04以上0.05未満

三度

0.05以上0.07未満

四度

0.07以上

但し、窒素酸化物のうち二酸化窒素の健康影響があることは実験的、疫学的研究から知られているし、浮遊粒子状物質についても健康影響において硫黄酸化物と相乗効果があることが知られているとして、大気汚染の程度を判定するに当たってはこれらについても十分考慮し、総合的に判定すべきであるとしている。また、現時点で汚染が軽度になっていても、過去に著しい汚染があればその影響を受けた疾患が多発していることも考えられるので、一〇年程度を限度としてさかのぼって汚染の程度を判定することが必要な場合もあると指摘している。

さらに、季節的変動、高濃度汚染の出現頻度等についても考慮して、大気の汚染の程度を判定すべきであるとしている。

(2) 健康被害の程度に関する要件

地域指定の基礎調査として、大気汚染の影響による健康被害の発生状況をできるだけ客観的に把握するために環境庁は、①調査地域に三年以上居住している四〇歳代、五〇歳代の男女を対象者とするBMRC法による閉塞性呼吸器疾患に関係のあるせき・たん等の症状の有症率の調査をし、②同じ対象者について肺機能検査を実施して大気汚染の肺機能への影響を客観的に把握し、③国民健康保険加入者のうち指定疾病で一か月間に医療機関で受診したものの受診率を調査しており、これらに基づいて判定されることになっている。

概ね昭和四四・四五年ころまでの疫学的調査報告に基づいて、軽度地域(新環境基準をみたす程度)における四〇歳〜五〇歳代の有症率を「自然有症率」とし、これを標準として大気汚染の影響による健康被害の発生程度を区分すると次表のとおりである(大気汚染の程度との対応は下部)。

有症率の程度

自然有症率に対し

汚染の程度との対応

一度

おおむね二倍

二度

二度

おおむね二~三倍

三度

三度

おおむね四~五倍以上

四度

地域指定を行うに当たり汚染の程度が三度で有症率の程度が二度のように両者が併行している場合は問題がないが、そうでない場合には、季節別の平均値や高濃度汚染の出現頻度、硫黄酸化物以外の汚染物質による汚染程度等を考慮して判断する必要があるとしている。

(3) 西淀川区等の指定

原告らの居住する西淀川区は、特別措置法制定の当初から指定地域として指定されており、公健法による第一種地域にも指定されている。

なお、本件地域では、福島区、此花区、淀川区、住之江区、堺市(西部地域)、尼崎市(東部南部地域)も第一種地域に指定されている。

〔公害健康被害補償法施行令(以下「施行令」という)一条別表一〕

(二) 指定疾病

第一種地域における指定疾病は次のとおりである(施行令一条別表一)。

(イ) 慢性気管支炎及びその続発症

(ロ) 気管支ぜん息及びその続発症

(ハ) ぜん息性気管支炎及びその続発症

(ニ) 肺気腫及びその続発症

(三) 曝露要件

第一種地域における曝露要件は、居住又は通勤等(通勤又は通学等で、一日に八時間以上指定地域内で過ごすことが常態である場合をいう)、期間の連続又は不連続に応じて、指定疾病ごとに政令で申請時までの必要期間が定められている。その必要期間は、居住の場合、慢性気管支炎及びその続発症の場合、連続して二年以上、気管支ぜん息及びぜん息性気管支炎並びにその続発症の場合、連続して一年以上、肺気腫及びその続発症の場合、連続して三年以上を原則とし、通勤等の場合はそれぞれ五割増しの期間が定められている。また、幼児の場合や不連続の場合については、特別の期間が定められている。その詳細は図表四―(1)のとおりである(四条一項、施行令二条)。

2 補償給付の種類及びその内容〈略〉

3 公健法上の認定手続〈略〉

三 公健法の改正〈略〉

第四章原告らの主張〈略〉

第五章被告らの主張〈略〉

第二部  争点に対する判断

〔以下の事実認定に関する証拠は、原則として各項目の末尾に記載する。証拠の記載のない部分は、弁論の全趣旨により認定した事実、当事者間に争いがない事実及び明らかに争いがないから自白したものとみなした事実並びに

第一部第三章(基礎的事実)で認定した事実である。〕

第一章西淀川区の大気汚染状況

第一データからみた西淀川区の大気汚染状況

硫黄酸化物、窒素酸化物及び粒子状物質を中心とした西淀川区の大気環境濃度の推移及び環境基準等に照らした汚染レベルの評価は以下のとおりである。

一 硫黄酸化物による汚染状況

1 西淀川区における測定経過

(一) 二酸化鉛法による測定

大阪市では、二酸化鉛法による硫黄酸化物の測定を昭和三三年一〇月から開始している。測定点は、開始当時は市内の一九地点であったが、昭和三四年一月から三二地点に増加され、翌三五年一月以降は三三地点での測定が続けられてきた。

その内、西淀川区内の測定点は、北東部が第一病院(昭和三七年以降西淀川区役所に変更)、中部は大和田小学校(後の大和田東小学校)、南西部は川北小学校である。

(二) 導電率法による測定

大阪市では昭和三七年から導電率法による硫黄酸化物の測定が開始されている。

西淀川区では、昭和三九年一二月から大和田東小学校でこの方法による二四時間の常時測定が始まったが、近傍煙源による局地的影響を回避するため、昭和四二年八月からは淀中局に移設され現在に至っている。なお、導電率法による測定が継続して行われているのは淀中局のみである。

(三) 二酸化鉛法と導電率法による測定値の関係

二酸化鉛法は、大気中の硫黄酸化物(SO2、SO3)が二酸化鉛(PbO2)と反応して定量的に硫酸鉛(PbSO4)を生成することを利用して、硫黄酸化物による一か月間の大気汚染度を定量的に測定するものであり、試薬(二酸化鉛)を塗布した布を円筒に巻き付け、これを通気性のあるカバー(シェルター)に入れて地上一〇ないし一五mの高さに設置し、大気中に一か月間放置しておき、生成した硫酸鉛の硫酸イオンを定量分析するものである。この測定法は一九三二年(昭和七年)に英国の科学工業調査局(DSIR)が建造物に対する大気中亜硫酸ガスの相対的影響力を知るために使用するようになったものであり、気象条件等によって影響されるほか、同一条件での測定でも一〇%程度の偶然誤差があるとされており、硫黄酸化物の絶対濃度を厳密に測定するには適さない(乙(ウ)五四、五五)。

測定結果に影響を与える因子の第一は気象条件であり、風が強かったり、気温が高かったり、湿度が高いと二酸化鉛と硫黄酸化物との化学反応が進みやすい。第二に、二酸化鉛の試薬によって測定結果の誤差の範囲が異なる点である。大阪市で昭和四二年まで使用していた関東化学製の試薬は英国DSIR標準品に対し工業地区で三六%から一一六%(平均六四%)の幅があるとの比較試験結果(渡辺弘ほか)があり、単純に換算できない問題点を含んでいる(乙(キ)一六)。なお、大阪市では、昭和四二年四月以降、英国製DSIR規格品に統一している。第三に、シェルターの形状によって通気性に差が生じる点である。大阪市の測定に使用されていたシェルターの一つである「大阪長谷川型」は、DSIR型と比較して五三%ないし七〇%の幅があるとの比較試験結果(前同)もある。

この両測定値の関係について、中公審の硫黄酸化物に係る環境基準についての専門委員会は、二酸化鉛法1.0mgSO3/一〇〇cm2/日は導電率法で0.032〜0.035ppmに相当するとしており(甲八)、大阪府も二酸化鉛法値はほぼ1.5mgSO3/一〇〇cm2/日が導電率法による0.05ppmに相当するとしている(甲八五五)。

原告らは、右知見に依拠して、二酸化鉛法値に三〇分の一を乗じて導電率法値を求めることができると主張し、これに基づいて西淀川区の汚染状況の主張をしているのに対し、被告らは、二酸化鉛法には前記のような多くの問題点があり、右のような換算法(三〇分の一法)によって正しい汚染状況を判断することは相当でないと批判している。

そこで、誤差の実態を検証するため、後記認定の西淀川区の月別二酸化硫黄濃度データ(図表一一―(3)―二酸化硫黄濃度月別比較表)に基づいて、昭和四四・四五・四七年の二酸化鉛法値を原告ら主張の三〇分の一法により換算した値と同時期に同一の測定局で測定された導電率法値をグラフにして対比したのが図表一一―(4)(硫黄酸化物濃度〜二酸化鉛法と導電率法の測定値の対比)である。

これによれば、昭和四四年は、二酸化鉛法値が導電率法値より圧倒的に高く、最大では0.061ppm(六月)の差があり、逆に昭和四七年は、四月を除いて導電率法値の方が高く、一月の差は0.043ppmもある。昭和四五年は、両測定値が高くなったり低くなったりしているが、三月の開差は0.062ppmもある。もっとも、これを年単位で平均してみると、次のとおりであり、その誤差は相当緩和され、三年間の平均値でみれば、その差は0.003ppmとなり、前記専門委員会の指摘する範囲内に収まっている。

昭和四四年

昭和四五年

昭和四七年

三年間平均

二酸化鉛法換算値

0.1

0.077

0.034

0.07

導電率法値

0.07

0.081

0.049

0.067

しかし、右の測定結果は、いずれも淀中局で測定したものであり、試薬もDSIR製に統一されている。それにもかかわらず右のような状況であり、各年あるいは各月毎の厳密な濃度を測定するには誤差が大きすぎるといわざるをえない。

都市

倍率

都市

倍率

室蘭

五九倍

大阪

二八倍

宇部

三六倍

大牟田

二四倍

横浜・川崎

三〇倍

四日市

一九倍

三〇倍

水島

九倍

次に、各都市での両測定値の関係をみると、導電率法値に対する二酸化鉛法値の倍率は下表のとおりであり、横浜、川崎、堺、大阪などは三〇分の一法に近い倍率を示しているが、四日市や水島などは二酸化鉛法値が相当低く出ており、都市による差は極めて大きい(乙(キ)一七―五九頁―表三)。現に、四日市ぜん息損害賠償請求事件判決では、三重県立大学医学部公衆衛生学教室が磯津地区で一〇回にわたり、両測定法による同時測定を行った結果に基づいて、両者の比率の平均値を1.9mg/day/100cm2=0.1ppmと判断されている(判例時報六七二号六五頁)。

以上の結果からみれば、二酸化鉛法値によって大気中の硫黄酸化物の絶対量を正確に把握することはできないし、同一の測定点における測定結果であっても、二酸化鉛法値は、年単位でも月単位でも厳密な汚染濃度を示すものとはいいがたい。ことに他都市間での比較では、誤差要因がさらに倍加するから正確な比較はなしがたいものといわざるをえない。

しかし、わが国で導電率法による測定が行われるようになったのは昭和三〇年代の終わりころからであり、それ以前は概ね二酸化鉛法での測定しか行われておらず、他に適切な測定値も存在しないことと、同一地点における測定値に限れば、不正確であるとはいっても、長期的には右の程度の整合性をもっていること、大阪については両測定値の関係は概ね三〇対一の比率であることからすれば、二酸化鉛法による測定値を、硫黄酸化物による大気汚染の概況を知り、経年的変化をみる程度に使用することもやむをえないものというべきである。

したがって、以下の硫黄酸化物による汚染状況の判断にあたっては、導電率法値がある場合はすべてそれにより、同法値の存在しない場合にのみ、補助的に二酸化鉛法値を使用するものとする。

2 測定結果

(一) 年平均値の経年変化と他地域等との比較

昭和三六年度から平成四年度までの西淀川区内の測定局(昭和三七年までは大和田小学校、昭和三八年から昭和四二年七月までは大和田東小学校、その後は淀川中学校)での二酸化硫黄の測定結果を集約し、大阪市内の測定値(測定局ごとの年平均値を単純に平均したもの)、全国平均値(継続一五測定局の年平均値の単純平均値)、川崎市(大師保健所測定局)及び四日市市(磯津測定局)での各測定値とを対比すると図表一一―(1)〔西淀川区二酸化硫黄汚染データ(年平均値)比較表〕のとおりになる(但し、西淀川区の昭和三六年度から昭和三九年度までの測定値は、関東化学製の試薬を使用した二酸化鉛法値を基にし、関東化学製とDSIR製の試薬の換算を行うため、1.5625倍(乙(ケ)一四)したうえで、導電率法値に換算するため、これを三〇分の一にしたものである)。そして、これをグラフ化したのが図表一一―(2)(二酸化硫黄汚染データ比較グラフ)である。

なお、昭和三六年から昭和五二年までの二酸化鉛法値及び導電率法値の月別平均値は図表一一―(3)(二酸化硫黄濃度月別比較表)のとおりである。

(二) 高濃度(一時間値)の発生状況

西淀川区で導電率法による測定が開始された昭和三九年一二月から昭和四二年三月までの期間について、0.1ppm以上の発生頻度(総時間数に対する割合)は図表一一―(5)〔二酸化硫黄高濃度(一時間値)の発生頻度〕のとおりである。

右の期間の高濃度(0.1ppm以上)の月間最大持続時間をみると図表一一―(6)(二酸化硫黄高濃度の月間最大持続時間)のとおりである。

なお、大和田東小学校において、0.2ppm以上の濃度が三時間以上継続するか、0.3ppm以上の濃度が二時間以上継続した回数をみると、昭和四一年度中の発生回数は八三回であり、そのうち昭和四二年一月に二三回、同年二月に一七回発生している〔甲八〇二―「西淀川地区大気汚染調査報告(42・3)」(四一〜四二頁)、甲八五四―「昭和四一年度大気汚染測定結果報告(その一)」〕。淀中局においては、一時間値が0.2ppmを超えた回数が昭和四四年度に三三二回を記録している(甲一二三)。

3 汚染レベルの評価

(一) 測定値の環境基準適合性

二酸化硫黄について、旧環境基準は、一時間値で0.2ppmを超える濃度の総時間数に対する割合を一%未満、0.1ppmを超える濃度については一二%未満、一日平均値0.05ppmを超える日数を三〇%未満、一時間値の年平均値を0.05ppm以下とすることを要請しており、新環境基準は、一時間値の一日平均値が0.04ppm以下であり、かつ、一時間値が0.1ppmを超えないことを要求している(Ⅰ一〇九〜一一一頁)。但し、右のうち長期的評価については、日平均値の二%除外値が0.04ppmを超えず、かつ、年間を通じて、日平均値が0.045ppmを超える日が二日以上連続しない場合を適合とするものとされている(丙一三七―昭和四八年六月一二日付環大企第一四三号)。

昭和四二年度から平成四年度までの淀中局(一部出来島局)の硫黄酸化物濃度について、旧・新の環境基準別に達成・未達成の状況をみると図表一一―(7)(西淀川区二酸化硫黄濃度と環境基準)のとおりとなる。

これによると、淀中局では、昭和四七年度に初めて旧環境基準を達成している。しかし、翌四八年五月により厳しい新環境基準が設定されたため、それ以降は再び環境基準(新)を超える状況になったが、これも昭和五二年度には達成するに至り、平成四年までこれを維持している。

出来島局での測定は昭和五八年度以降であるが、昭和六三年度及び平成二年度に新環境基準の長期的評価を超える濃度となっているものの、他の年度は新環境基準を達成している。なお、新環境基準は、年平均値は定めていないが、一時間値の一日平均値0.04ppmはほぼ年平均値0.02ppm程度と考えられ(図表一一―(7)参照)、これに基づいて検討すると出来島局においては平成元年も新環境基準を超えていることになる。また、大阪府は、昭和四八年策定の「大阪府環境管理計画―BIG PLAN」(丙一〇八)で、新環境基準の短期及び長期の両指標のいずれをも満たすための目標年間平均値を0.013ppmと定めており、これを基準とすると、淀中局では昭和五三年度以降達生し続けているが、出来島局では、平成三年度に一度達成しただけである。

(二) 汚染濃度レベル及び他汚染地区との比較

昭和三六年度から昭和三九年度までの二酸化鉛法による測定値について、川崎(大師地区)、四日市(磯津地区)、西淀川区(大和田小)を比較すると次表のとおりである(PbO2値=mgSO3/一〇〇cm2/日、導電率法値への換算は、前記の両測定値の関係を考慮して、川崎・西淀川区についてはPbO2値の三〇分の一、四日市については一九分の一とする。なお、西淀川区のPbO2値については、前述のとおり試薬に関する換算をしている)。

年度

川崎(大師地区)

四日市(磯津地区)

西淀川区(大和田小)

PbO2値

換算値

PbO2値

換算値

PbO2値

換算値

36

2.48

0.083

0.97

0.051

2.24

0.076

37

2.92

0.097

2.01

0.106

2.25

0.082

38

3.58

0.119

1.56

0.082

3.19

0.112

39

3.42

0.114

1.39

0.073

2.94

0.09

右の結果によれば、昭和三六年度から昭和三九年度までの西淀川区(一般局)の硫黄酸化物による汚染レベルは、絶対濃度の測定には限界のある二酸化鉛法値での対比ではあるが、川崎(大師地区)程ではないものの、四日市(磯津地区)を概ね上回っており、全国的にみても最悪の部類に属するものと評価することができる。

導電率法による測定が実施されるようになった後については、前記硫黄酸化物汚染データ比較グラフ(図表一一―(2))をみれば明らかなように、西淀川区(淀中局)の昭和四〇・四一年度の硫黄酸化物の年平均値は、全国で最悪となっている。

ことに、昭和四〇年度の年平均値0.159ppmは、旧環境基準(0.05ppm)の3.2倍にも達し、新環境基準による年平均値を0.02ppmとすると、その八倍にものぼるものである(もっとも、昭和四〇年度の測定値は、比較的低値となる四・五・七・八月分のデータが得られていないから、年平均値がやや高く現れている可能性がある。しかし、その誤差はさほど大きいものではない―図表一一―(3)―二酸化硫黄濃度月別比較表参照)。

その後急速に汚染状況は改善されていっているが、それでも昭和四六年度までは旧環境基準を相当上回る状態にあり(昭和四三年度は旧環境基準に近い値となっているが、同年度にテレメーター化工事が実施されたため、観測日数が少なく、観測値に代表性が乏しい)、一日平均値0.05ppmを超える日が昭和四四年度は四分の三(二七四日)にもなり、その他の年度も一年の半分を超えており(図表一一―(7))、全国的にみても最悪の状態を脱していない。

その後はさらに改善が進み、昭和四九年度には、西淀川区(淀中局)の測定濃度は全国及び大阪市の平均値と並ぶまでになり、それから先は全国及び大阪市の平均値と同等かそれよりも低いレベルで推移するようになっている(図表一一―(1)参照)。なお、昭和五〇、五三ないし五五、五八年度は大阪市内の一三測定局(一般局)中で最も良好であり(丙一三二、三二五)、昭和六二年度には、大阪市内全測定局で新環境基準を達成している。

(三) 高濃度汚染の発生頻度

旧環境基準は、一時間値が0.1ppm以下の時間数が総時間数に対し八八%以上維持されることを求め、新環境基準は、常に右濃度以下となることを求めているが、西淀川区(大和田東小)で導電率法による二酸化硫黄の測定が開始された昭和三九年一二月から昭和四二年三月までの間においてはすべてこの基準を満たしておらず、昭和四〇年一一月から昭和四一年三月までは連続して0.1ppm以上となった時間数が八〇%を超えており、昭和三九年一二月(46.2%)、昭和四〇年一月(31.0%)・一二月(52.1%)、昭和四一年二月(33.8%)・三月(31.6%)・七月(30.5%)、昭和四二年一月(43.2%)には0.2ppm以上の時間数が三〇%を超えるなど、この時期にはとりわけ高濃度汚染が多くみられる(図表一一―(5)参照)。

0.1ppm以上の高濃度の持続時間をみても、昭和四〇年一二月には一五一時間(六日間余)、昭和四一年一月には一九四時間(八日間余)も連続している(図表一一―(6)参照)。

(四) 緊急事態の発生状況

昭和四三年六月に公布された大気汚染防止法は、指定地域に係る大気の汚染が著しく人の健康をそこなうおそれがある場合として、政令で定める事態(緊急事態)が発生したときは、都道府県知事は、その事態を一般に周知させるとともに、指定地域内においてばい煙を排出する者に対し、ばい煙の排出量の減少について協力を求めなければならないとしている(一七条)。

そして、右緊急事態について、大気汚染防止法施行令は、硫黄酸化物について、次の事態をいうものとしている(一一条)。

① 一時間値0.2ppm以上が三時間継続

② 一時間値0.3ppm以上が二時間継続

③ 一時間値0.5ppm以上

④ 一時間値の四八時間平均値が0.15ppm以上

西淀川区において、昭和四一年度には、0.1ppm以上の濃度となったのが二七七六時間(全測定時間の44.3%)、0.2ppm以上が七〇二時間(同11.2%)、0.3ppm以上が二〇五時間(同3.3%)であり、そのうち右①②に該当する緊急事態が八三回発生している(甲八五四)。ことに昭和四二年一月には二三回、同年二月には一七回もの発生をみている(甲八〇二)。

(五) まとめ

以上に検討してきたところから判断すると、西淀川区における硫黄酸化物による大気汚染のレベルは、昭和三六年ころから昭和四六年ころまでの一〇年余にわたり、全国の汚染地域の中でも最悪又はそれに近い状況が継続し、長期的指標においても、短期的指標においても、環境基準を大きく上回る汚染状態が持続し、大気汚染防止法が定める緊急事態の発生頻度も高かったことが認められる。その後の改善には目ざましいものがあるが、それでも昭和五二年度までは環境基準を達成するには至っておらず、環境基準(新)を継続して達成するようになったのは昭和五三年度以降のことであり、その後は自排局では環境基準を僅かに超えることもあるものの、大勢においては、環境基準を達成し、全国及び大阪市の平均値と同等かあるいはそれをさらに下回る状況まで改善されてきていることが認められる。

二 窒素酸化物による汚染状況

1 西淀川区における測定経過

西淀川区において窒素酸化物の常時測定が開始されたのは、自排局の出来島小学校で昭和四六年から、一般局の淀中学校で昭和四八年からである。

右の測定方法はいずれもザルツマン試薬を用いる吸光光度法(Ⅰ一〇六頁)によるものであり、右両測定局には、測定開始時からザルツマン試薬比色式自動連続測定器が設置されている。

その測定値の算出については、昭和五二年度まではザルツマン係数として0.72を使用していたが、その後は環境庁大気保全局長通達に従って0.84に係数が変更されている(Ⅰ一〇六頁)。そこで、以下の測定結果については、昭和五二年度以前の測定値に〔0.72÷0.84≒0.857〕を乗じて新係数に換算している。

2 測定結果

(一) 年平均値の経年変化と他地域等との比較

昭和四六年度から平成四年度までの西淀川区の二酸化窒素汚染状況(年平均値)を一般局(淀中局)と自排局(出来島局)別に大阪市内の各測定局及び全国の一五局の年平均値の平均値とを対比してみると、図表一二―(1)〔西淀川区二酸化窒素汚染(年平均値)データ比較表〕のとおりであり、これをグラフ化すると図表一二―(2)(3)(二酸化窒素汚染データ比較グラフ)となる。

(二) 高濃度の出現状況

昭和五三年度から昭和六三年度において、淀中局及び出来島局の一時間値が0.2ppmを超えた時間数及び0.1ppm以上0.2ppm以下の時間数は図表一二―(5)〔二酸化窒素高濃度(一時間値)発生頻度〕のとおりである。

3 汚染レベルの評価

(一) 測定値の環境基準適合性

右各測定結果と旧環境基準及び新環境基準とを対比した結果は、図表一二―(4)〔西淀川区二酸化窒素濃度と環境基準(昭和四八年〜平成四年)〕のとおりである。

(1) 旧環境基準の適合性

旧環境基準は、一時間値の一日平均値が0.02ppm以下(Ⅰ一一一頁)であることを要請していたが、淀中局においては昭和四九年度から平成四年度まで、出来島局においては昭和四八年度から平成四年度まで、一度も右基準値を達成したことはなく、日平均値が0.02ppmを超えた日は、淀中局では有効測定日数の八七%から九九%、出来島局では八八%から一〇〇%にものぼっている。

(2) 新環境基準の適合性

新環境基準は、旧基準を緩和し、一時間値の一日平均値が0.04ppmから0.06ppmまでのゾーン内又はそれ以下であることとされたが、この基準の改定は、昭和五三年専門委員会報告が示した短期曝露指針0.1ppm〜0.2ppm(一時間値)、長期曝露指針0.02ppm〜0.03ppm(年平均値)をも高い確率で確保できるものとして昭和五三年七月に設定されたものである(Ⅰ一一一〜一一二頁)。

(イ) 年平均値

昭和五三年度以降平成四年度までの西淀川区の測定濃度は、年平均値では、淀中局及び出来島局とも一度も右指針値の高値(0.03ppm)を達成したことはない。

淀中局では、昭和四八年度から昭和五一年度までは0.04ppm台であったが、その後は0.03ppm台の前半のレベルまで低下しているものの、そのレベルで横ばい状態にあり、改善が進んでいるとはいえない。

また、出来島局では、昭和四八年度から昭和五三年度までは0.04ppmをはさんで上下する状態であったが、その後やや高くなり、概ね0.05ppm台で推移している。

(ロ) 日平均値

新環境基準が定める日平均値(但し、一年間の日平均値のうち高い方の二%を除外した日平均値=日平均九八%値)でみると、淀中局では、昭和四九年度に0.081ppmを記録したのをはじめ、昭和五〇・五一・五三年度に基準ゾーンの最高値を超えたものの、その後は一二年間にわたりゾーン内の濃度を維持してきたが、平成三年度には0.062ppmとなり、ゾーン最高値をオーバーする結果となっている。

これに対し、出来島局では、昭和四八年度以来平成四年度に至るまで基準ゾーン内の濃度となったことはなく、すべて基準ゾーンの最高値を超えており、この一五年間のうち昭和五三・五四・五七・五九・六〇・六二・六三年度及び平成元年度の八年間は0.08ppmをも超えている。昭和五三年度から昭和六三年度までの一一年間の平均でみると、基準ゾーン下限値未満の濃度の日は二四%、基準ゾーン内の日は五一%、基準ゾーン最高値超過日は二五%となっている。

(ハ) 一時間値

昭和五三年専門委員会報告が示した短期曝露の指針値の高値である一時間値0.2ppmを超えた時間は、淀中局では昭和五三年度から昭和六三年度まで一度もなく、指針値のゾーン内(一時間値0.1ppm以上0.2ppm以下)の時間も昭和五三年一二月に三四時間を記録したのが最高で、ほとんどが〇又は一桁の時間数にとどまっている。

出来島局でも0.2ppmを超えた時間はほとんどなく(右一一年間で合計三時間のみ)、ゾーン内の時間数も昭和五四年五月に一〇八時間を記録したのが最高であり、右一一年間(一三二か月)のうち七〇時間以上は九か月だけで、ほとんどの月は数時間ないし数十時間の範囲で推移している。

(二) 他地域との比較

一般局の全国一五局の年平均値と西淀川区(淀中局)の汚染濃度とを対比すると、昭和四八年以降、常に西淀川区の濃度が全国平均値を上回っているが、昭和四八年度は全国平均の二倍に近かったものの、その後差は次第に縮まっている。大阪市内の一般局一二か所の年平均値の平均値と対比すると、昭和四八年度から昭和五一年度までは淀中局の方がやや高濃度であったが、昭和五二年度以降は逆転し、淀中局が大阪市内の平均値を上回ったことはない(図表一二―(2)参照)。

自排局においては、昭和四六年度から昭和五三年度までは、全国二一測定局の平均値と西淀川区(出来島局)の年平均値とが前後する状況にあったが、その後は、全国平均値は横ばい状態であるのに対し、出来島局の濃度が徐々に高まったため、全国平均値との乖離が広まっていった。しかし、平成三年度にはその差は相当縮まっている。大阪市内の自排局一一か所の平均値と対比すると、昭和五六年度では大阪市内平均値の方が高かったが、その後逆転し、出来島局がやや高くなっている(図表一二―(3)参照)。

(三) まとめ

以上のとおり、西淀川区の窒素酸化物濃度は、一般局では新環境基準によって設定された長期評価の濃度ゾーンの上限値を昭和五四年度以降ほぼ達成し、短期評価については完全に達成しているが、年平均値では新環境基準の目標の上限値である0.03ppmを達成したことは一度もなく、大阪市内の平均値よりは低くなっているものの、大阪市内平均値が全国レベルに比べて相当高いことに留意しなければならず、改善の傾向もみられない。

また、自排局では、年平均値・日平均九八%値については、新環境基準を達成したことはなく、一時間値でも一年の四分の一程度は基準値を超える状態で推移しており、全国平均値より相当高い大阪市内平均値をも上回る汚染状態が続いている。

三 粒子状物質による汚染状況

1 西淀川区における測定経過

大気中の粒子状物質は、粒径や測定方法等により、降下ばいじん、浮遊粉じん、浮遊粒子状物質に区分される。

(一) 降下ばいじん

降下ばいじんは、大気中粒子状物質のうち、重力、雨等によって降下するばいじん、粉じん等であり、環境基準は決められていない。

降下ばいじんの測定は、採取装置を用いて一か月毎に試料を採取してその重量を測定し、測定結果はトン/km2/月という単位で示される。

西淀川区では、昭和二九年から大和田小(後の大和田東小)に降下ばいじん計が設置され、昭和四三年からは淀中局で測定されている。採取装置は、昭和四三年三月まではデポジットゲージ法、同年四月以降は米国式ダストジャー法に変更されている。デポジットゲージ法は風などによる試料の飛散のためダストジャー法の場合の五〇〜七〇%値しか得られないとされているから(甲八五七―「日本の大気汚染状況(昭和五四年版)」)、ダストジャー法による測定値と比較するときには、その1.5ないし2倍であったと考えなければならない。

(二) 浮遊粉じん

浮遊粉じんは、大気中に浮遊しているすべての粒径の粒子状物質の総称である。

浮遊粉じんの測定は、ハイボリュームエアサンプラーやローボリュームエアサンプラーを用いて浮遊粉じんを捕集し、直接その重量を計測する重量濃度測定法のほか、相対濃度測定法として、光散乱法(導気孔から入って来る粉じんに光を照射し、反射する散乱光を計測して相対濃度を求めるもの。デジタル粉じん計と呼ばれる)、テープエアサンプラーを用いた透過率測定法(透明なテープに吸引空気中の粉じんを付着させ、光の透過率の変化を測定するもの)などがある。

ハイボリュームエアサンプラー及びローボリュームエアサンプラーは一時間値の測定ができないため、常時測定は主に光散乱法のデジタル粉じん計が用いられている。単位はmg/m3である。

西淀川区においては、昭和四二年から、淀中局でデジタル粉じん計とハイボリュームエアサンプラーによる測定が行われている。

(三) 浮遊粒子状物質

昭和五〇年度から光散乱法(デジタル粉じん計)により測定された浮遊粉じん濃度(相対濃度)とローボリュームエアサンプラーによる濃度(重量濃度)との比により係数を求めて相対濃度を重量濃度へ換算することにより浮遊粒子状物質の測定が行われている。

その後、昭和五六年六月環境庁告示により、新たに圧電天びん法及びβ線吸収法による測定法に変更され、淀中局の測定方法も昭和五八年度からβ線吸収法を採用している。

2 測定結果

(一) 降下ばいじん

昭和二九年から昭和六三年までの降下ばいじんによる西淀川区の汚染状況を大阪市内一般局の年平均値と対比した結果は図表一三―(1)(西淀川区降下ばいじん汚染データ比較表)のとおりである。

(二) 浮遊粉じん及び浮遊粒子状物質

昭和四一年度から昭和四九年度までの浮遊粉じん及び昭和五〇年度から平成四年度までの浮遊粒子状物質の測定結果を大阪市内一般測定局の年平均値及び全国の継続測定局の測定結果と対比した結果は図表一三―(2)(西淀川区浮遊粒子状物質汚染データ比較表)のとおりである。

3 汚染レベルの評価

(一) 降下ばいじん

降下ばいじんについては、国の環境基準は定められていないが、昭和四〇年一二月に大阪市公害対策審議会は環境管理基準として一〇トン/km2/月の基準値を答申している(甲八五五)。右基準値と対比すると、西淀川区(大和田小―大和田東小)の測定値は、昭和三〇年には約2.8倍の27.80トン/km2/月を記録しているほか、昭和二九年から昭和三九年までは概ね二倍前後で推移している。この汚染濃度は、大正区(大規模なセメント工場と五〇〇mの近接距離にあり、セメント製造工程から発生するカルシウムが夏期において、溶解性物質として飽和に近い状態で存在するため、その測定値が傑出している)を除けば、大阪市で一・二位を占めるものである。しかし、その後は大幅に改善され、昭和四四年までは右基準値を前後する程度になり、その後さらに低下を続け、昭和六三年には2.78トン/km2/月まで低減され、大阪市内測定局の平均値よりも低くなっている。

(二) 浮遊粒子状物質測定値の環境基準適合性

昭和四七年に設定された環境基準により、浮遊粒子状物質濃度は、一時間値の一日平均値が0.1mg/m3以下であり、かつ、一時間値が0.2mg/m3以下であることとされているところ(Ⅰ一一三頁)、西淀川区での浮遊粒子状物質の測定結果と環境基準とを対比した結果は、図表一三―(3)(浮遊粒子状物質濃度と環境基準との比較)のとおりである。

淀中局では、昭和五〇年度の環境基準適合率が59.1%、昭和五一年度が76.9%であったほかは、いずれも九〇%台から一〇〇%となっており、大阪市内の一三測定局の平均値と対比しても、昭和五三年度以降は、昭和六一年度と平成四年度を除いて下回っており、市内平均値を上回った昭和六二年度においても、長期的評価による日平均値(九八%値)を超えた日数は一三日で、翌六三年度には○日となっており、ほぼ環境基準を達成していると評価しうる状況にある。

出来島局での測定は昭和六三年度以降であるが、平成二年度までは日平均値が環境基準を超えた日が二〇%程度であり、その後は一〇%以下になっているものの、いまだ環境基準を達成してはいない。

(三) まとめ

西淀川区での浮遊粒子状物質濃度の測定は昭和五〇年度からであるが、昭和二九年度から昭和三九年度まで大阪市の環境管理基準の二倍前後で推移していた降下ばいじん量及び昭和四二年度から昭和四九年度まで年平均値で0.2ないし0.07mg/m3の高濃度で推移していた浮遊粉じん濃度からみて、昭和四九年度以前における浮遊粒子状物質濃度も環境基準値を超えていたことは明らかである。したがって、浮遊粒子状物質については、昭和二九年度以降昭和五八年度までは環境基準を超える汚染状態が継続していたものと認めるのが相当であり、その後は、一般局においては、ときに環境基準を超えることはあるものの、概ね環境基準を達成しているが、自排局においては、いまだ達成できない状態が続いているというべきである。

なお、浮遊粒子状物質に係る環境基準は、硫黄酸化物濃度指標の値が旧環境基準値を超えている地区における知見を有力な根拠としている昭和四五年専門委員会報告に依拠して設定されたものであり、その意味では、硫黄酸化物濃度が著しく改善されている昭和五三年度以降においては、やや厳しい環境基準となっていると理解する余地があり、浮遊粒子状物質に係る環境基準を継続的に九〇%以上達成している現状においては、実質的に環境基準を達成していると評価することもできなくはない。

第二社会的認識における西淀川区の大気汚染状況

大気汚染公害の沿革(Ⅰ四二頁以下)にみたように、西淀川区及びその隣接部にある尼崎市、此花区などでは、昭和二〇年代半ばには相当程度まで工業の復興が進められ、朝鮮戦争による特需景気はさらにこれを加速したが、環境政策の伴わない戦後の急速な経済復興は、工業都市を中心に深刻な大気汚染等の公害をもたらすことになり、工業系地域が七割を超す(Ⅰ三七頁)西淀川区においてもその影響は次第に激しくなっていった。大気汚染状況についての科学的データに基づく分析は右にみたとおりであるが、そのような大気汚染状況に対する社会的認識を知るために新聞報道等を中心として、西淀川区における大気汚染問題の推移を概観することとする。

一 新聞報道にみる大気汚染状況

昭和三〇年代初めころからばい煙、スモッグ、亜硫酸ガス、窒素酸化物などによる大気汚染についてしばしば新聞報道がなされ、健康被害との関係についても数多くの報道がなされてきている(甲一二二の1ないし39、五八三の1ないし87、五八四の1ないし41、五八五の1ないし21)。そのうちのごく一例をあげれば以下のようなものである。

1 昭和三二年九月二三日(朝日新聞―甲五八三の1)

「全国平均を下回る―尼崎幼稚園児の体力」との見出しで、「尼崎市内幼稚園一三園の園児一四四〇人の体力測定の結果、スス、煙、ゴミにまみれた工都だけに、全国平均を下回り、同市内でも工場・住宅が密集する南部地帯の子は北部住宅地帯の子より耐久力を必要とする運動で劣っていることが分かった。」などと報じている。

2 昭和三五年一二月二日(朝日新聞―甲五八三の4)

「空から大気の汚染調査―下界一面に灰色の綿―二千メートルの上層には青空」との見出しで、「気象庁と大阪管区気象台は、飛行機により上空からの大気汚染状況の調査をした。当日、阪神間は高気圧に覆われて上空にはかけらの雲もないが、下界は霧と煙が混ざり合ってうす汚れた雲が地上を重く包んでいた。スモッグ層が低く地上一五〇m。大阪城の天守がぽっかりと浮かんでいる。」などと、上空からの様子を伝えている。

3 昭和三七年一二月二七日(朝日新聞―甲五八三の6)

「大阪また煙霧に明ける―発生ことし一二〇日目」との見出しで、「西淀川などが濃く、ひどいところでは視界百―二百メートルでビルなどは白いベールの中にすっぽりと沈んだ。大阪管区気象台の発表によると、濃い煙霧の発生日数は二一日現在、一二〇日で昨年とタイ記録、戦後二番目の記録をつくりそうである。市民から根本的なばい煙規制対策をのぞむ声が高まっている。」などと報じている。

4 昭和三八年五月一六日(朝日新聞―甲五八三の7)

「月五十円の補償金―西淀川の赤い煙騒動解決―集じん装置も条件に」との見出しで、大阪製鋼西島工場(現合同製鐵大阪製造所)の付近住民は、工場から出る赤い煙をめぐり、一年間対立を続けてきたが、各戸に一か月五〇円の補償金を出し、昭和三九年一一月までに煙突に集じん装置をつけるように努力することを条件に話し合いがついたことを報じている。

5 昭和四〇年一〇月二一日(朝日新聞―甲五八三の9)

「公害―自衛する学校―スモッグ用教室灯も設備」等の見出しで、大阪市内の小・中学校で公害被害の訴えが続出しており、市教委は公害対策を学校の環境整備計画に取り入れ、とりあえず、来春をメドに公害のひどい大正、此花、西淀川などの学校を主にスモッグ用教室灯を整備しはじめるとして、昼でも点灯しないと授業ができない学校があり、スモッグシーズンを控え、無灯教室一六二に螢光灯をつけることを報じている。

6 昭和四三年一一月五日(産経新聞―甲五八四の3)

「亜硫酸ガスにつつまれて―むしばまれる生徒の健康―ノドや目に異常―半数がへんとう腺肥大―大阪・西淀中」の見出しで、大阪市教委主催の「大都市教育問題研究協議会」でなされた西淀中学校の校長の大気汚染及び生徒の健康被害の実情報告を詳しく紹介している。

7 昭和四四年六月一六日〜同月二〇日(毎日新聞―甲五八四の5ないし9)

毎日新聞は、特別措置法の衆議院通過を目前にした右期間に五回にわたり、「空のない街―西大阪・ゼンソク地帯」と題する連載を行い、重症ゼンソク患者の多発地帯である西淀川区をはじめとする西大阪尼崎一帯の汚染状況及び健康被害等の実情を紹介し、尼崎市南部から西淀川方面に工場煙突からの排煙が流れていく様子を撮影した写真や西淀川区の主要工場の重油使用量分布図などを掲載し、この地区が第一に指定地区になるだろうと報じている。

8 昭和四四年七月一九日(朝日新聞―甲五八三の24、毎日新聞―甲五八四の11)

「気管支襲う亜硫酸ガス―大阪府調査―汚染地、九%が患者」(朝日)、「府民むしばむ大気汚染―大阪府の調査まとまる―一〇〇人中に患者八・九人―濃度に比例する気管支炎」(毎日)との見出しで、大阪ばい調の五年間にわたる調査結果を報じている。

9 昭和四五年五月二六日〜同年六月一八日(朝日新聞―甲五八四の1ないし16)

朝日新聞は、右期間に一六回にわたって「大気汚染」のタイトルで阪神間の粉じん、亜硫酸ガス、一酸化炭素、窒素酸化物等による大気汚染公害を連載で取り上げ、汚染及び健康被害の実態調査、公害防止を求める市民運動、行政や企業の対応などを詳細に報じている。

10 昭和四五年一二月一八日(毎日新聞―甲五八四の20)

「猛烈なスモッグ―大地あえぐ―「ノド痛い」で満員―各病院・公害患者は悲痛」などの見出しで、「京阪神地方は、もう三日間もスモッグのカンヅメの中に閉じ込められたまま。一八日朝も汚れた灰色のベールにすっぽり覆われ、その底では大人も子供も息苦しさにあえいだ。大阪府や大阪市では亜硫酸ガス発生源の工場やビルに対し「重油の使用を制限するよう」呼びかけるなど、対策に大わらわだったが、公害病指定地区の大阪・西淀川区はじめ各地の病院にはノドの痛みを訴えてかけつける人が相ついだ。同朝発令された大阪府初のスモッグ警報は、午後二時すぎにやっと注意報に切り替えられたが、この朝の街の表情は、まさに非常事態寸前だった。大和田小学校では午前一〇時四〇分、スモッグ警報が出ると同時に、全児童にグラウンドに出ないように呼びかけた。出来島小学校では、教室や職員室に備えつけられた二九台の空気清浄器がフル運転し、保健室の酸素吸入器を使う児童も増える一方だ。」などと報じた。

二 行政の対策、議会における質疑、学校、医師会の取り組み等

1 このような大気汚染等の公害の深刻化に対応して、昭和二五年以来、大阪府、大阪市、尼崎市が、公害防止条例の制定、排出企業との公害防止協定の締結などをはじめとする多くの環境対策を実施してきたことは先にみたとおりであり、昭和四五年の「西淀川区大気汚染緊急対策」をはじめ、その多くの施策は、西淀川区を中心とする臨海工業地帯を対象とするものであった(Ⅰ八六頁以下)。

2 大阪府議会、大阪市議会、尼崎市議会でも、昭和三〇年代の初頭ころから、再三公害問題が取り上げられるようになり、関西電力のばい煙被害や大阪製鋼(現合同製鐵)の赤い煙などのほか、中山鋼業、古河機械、大阪瓦斯、住友金属など具体的な企業名をあげての追及も繰り返しなされている(甲五七三の4、12、25、26、27、甲五七四の3、4、5、7、8)。

3 西淀川区医師会は、西淀川区の公害が悪化し呼吸器疾患の多発していく中で昭和四二年に近畿大気汚染調査連絡会の「ばい煙等の影響調査」(大阪ばい調)に協力したのをはじめとして、調査活動や公害検査センターの設置、公害対策基本法及び大阪府公害防止条例に対し、「経済との調和条項」の削除を要求するなどの提言・陳情活動などを行ってきた。こうした西淀川区医師会の運動については、「医師会がこのような公害追放運動に立ち上がるのは珍しい」として新聞でも報じられた〔甲六八、七〇の1、七三、七五、八五、五五三の66、五八三の70、六八三の68、甲尋一の1(証人那須力)〕。

4 学校でも、「西淀川ぜん息地帯」として新聞報道されるような事態に対し、児童の健康を守るために、昭和四四年に大阪市小学校教育研究会西淀川支部保健研究部が西淀川区内一一小学校の全学年の児童九〇三五人に対する健康調査を実施したのをはじめとして、同年、大阪府・市教育委員会から公害対策研究校に指定された大和田小学校や淀中学校などのほか研究指定校以外の出来島小学校や幼稚園などにおいても児童の健康調査や公害に対する認識調査などが実施され、各校では「公害」学習など学校ぐるみでの保健活動・研究活動なども展開され、その結果が公表されるとともに、これらの調査により児童に対する健康影響が深刻な状況にあることがしばしば新聞でも報道されている(甲五一、五二、五三、五四、五六、五八、五九、六〇、六九、五八四の15、八五八)。

第三西淀川区の大気汚染状況のまとめ

一 主要汚染三物質を総合した汚染状況

淀中局及び出来島局における二酸化硫黄、窒素酸化物及び浮遊粒子状物質の濃度は前記のとおりであるが、前二者と浮遊粒子状物質は測定単位も異なるし、各汚染物質はそれぞれ異なる化学的特性を有するものであり、呼吸器への影響についてもまったく同一というわけではない(Ⅰ一〇〇〜一〇九頁)から、各年度の測定値を単に累計しただけでは、健康影響の観点からの汚染状況を把握するうえで十分であるとはいえない。これを正確に評価するためには、各汚染物質の健康への影響度と相互作用などを解明したうえで、各汚染物質ごとの影響を係数化するなどして評価することが望ましい。しかし、各汚染物質ごとの係数を決定する判定材料は乏しい。公健法の実施に要する費用の負担を定める際にも、疾病に影響を与える原因者に対し、その原因となる程度に応じて負担させることを基本としていたが、適切な係数を決定することができなかったため、固定発生源と移動発生源別の硫黄酸化物と窒素酸化物の推定排出量割合を単純に算術平均してその負担割合を、固定発生源八〇%、移動発生源二〇%と決定しているところである(Ⅰ一七九頁)。現在においても適正に係数を決定するだけの知見を得られていないが、環境基準は、それぞれの決定時点における多くの疫学調査等の科学的知見を取り入れて、人の健康に関する基準として設定されているものであることからすれば、これを一つの係数とみなすことにはそれなりの合理性があるものと考えられる。

そこで、新環境基準の一時間値の一日平均値により二酸化硫黄については0.04(ppm)、二酸化窒素についてはゾーン値の上限値の0.06(ppm)、浮遊粒子状物質については一日平均値の0.1(mg/m3)の各逆数を係数として(二酸化硫黄の年平均値の環境基準レベルを0.02とし、二酸化窒素濃度の年平均値の三分の二、浮遊粒子状物質の年平均値の五分の二を同レベルとみなす)、前記データ(但し、二酸化硫黄及び浮遊粒子状物質については淀中局データ、二酸化窒素濃度は出来島局のデータ)に基づいて、右三物質の各年度の相対的な濃度を比較すると図表一四のとおりとなる。

二  大気汚染状況の時代的区分

以上の検討結果からみれば、西淀川区の大気環境は、測定値データが存在する限度で評価しても、浮遊粒子状物質(降下ばいじん、浮遊粉じん)については、昭和二九年度から昭和五八年度まで、二酸化硫黄については、昭和三六年度から昭和五二年度まで、二酸化窒素については昭和四六年度以降平成四年度まで、いずれも環境基準を超える汚染状態が継続していたことが認められるが、主要汚染物質及び汚染レベルについて、その時期を画するとすれば、次の三期に区分することができよう。

1  第一期

昭和二九年度から昭和三九年度までの一〇年程は大量の降下ばいじんが測定され、昭和三六年度から昭和四五年度までの一〇年間は硫黄酸化物による汚染が全国でも最悪の状態が続いており、両者を併せた昭和二九年度から昭和四五年度までの一六年間の西淀川区は、全国でも有数の大気汚染地域であり、高濃度汚染時期と評される。また、この時期は、工場・事業場を中心とする固定発生源による汚染時代ともいえる。前記の多くの新聞報道なども、この時期の西淀川区の高濃度汚染を反映している。

2  第二期

これに続く昭和四六年度から昭和五二年度までの七年間は、昭和四〇年代に入って社会的にも問題化してきていた自動車排出ガス(一酸化炭素、窒素酸化物)による汚染が加わり、硫黄酸化物も浮遊粒子状物質も環境基準をクリアしてはいないながら、硫黄酸化物を中心に前記のような高濃度汚染が急速に改善された状況であり、各大気汚染物質が相加的又は相乗的に影響することからすれば、全体としては、第一期からみて相当汚染状態が改善した時期として区分するのが相当である。そして、汚染の主体も、固定発生源に加えて、自動車を中心とする移動発生源が重要な位置を占めはじめた時期でもある。したがって、以下、道路汚染に関しては、第二期以降を中心に検討することとする。

3  第三期

昭和五三年度以降は、硫黄酸化物による汚染は環境基準の半分程度を維持できるまでに改善され、硫黄酸化物に関する限り、大気汚染は終息したとも評価できる状況になった。また、一般局での浮遊粒子状物質もほぼ環境基準を達成するレベルまで低減され、実質的にはすでに達成しているとの評価も可能な状況になっている。窒素酸化物については、一般局では、第二期よりは改善されているものの環境基準(新)の高値(年平均値)をやや超えるレベルでの横ばい状態である。その結果、主たる汚染物質は窒素酸化物と自排局における浮遊粒子状物質となり、工場・事業場を主体とした西淀川区の大気汚染状態は概ね終息し、自動車排出ガスを中心とする大気汚染が主座を占める時期になったと考えられる。しかし、右三物質による汚染状態を全体としてみれば、第二期よりもさらに改善された時期として区分するのが相当である。

第二章主要大気汚染源と排出量

第一大気汚染物質の主要発生源

以上のような西淀川区の大気環境に大きな影響を与えている汚染物質には多種多様なものがありうるが、その主要なものは、硫黄酸化物と窒素酸化物と浮遊粒子状物質とされる。そして、硫黄酸化物は、主に原燃料中の硫黄分が燃焼によって酸化されて発生するものであり、硫黄分を含有する石炭や石油系燃料を使用する火力発電所や工場が主たる発生源である。また、窒素酸化物は、窒素分を含有する原燃料の燃焼や高温燃焼による空気中の窒素の酸化、さらには生物活動によっても発生するものであり、工場等の固定発生源(ボイラーでの原燃料の燃焼過程や硝酸等の工業生産過程での発生)と自動車、航空機、船舶等の移動発生源のほか、喫煙、暖房、厨房などでの燃焼などが主な発生源である。浮遊粒子状物質は、工場や自動車のほか風などの自然環境による発生などがある(Ⅰ一〇〇〜一〇九頁)。

第二工場等からの大気汚染物質の排出

一 西淀川区周辺の発生源の状況

1 大阪府下の発生源

大阪府及び大阪市が昭和四五年度に実施したばい煙発生施設の実態調査(悉皆調査)によれば、調査対象となった工場等は大阪府下で約九五〇〇に達しており、そのうち大気汚染防止法による届出を義務づけられ行政によるコントロールの可能な「ばい煙発生施設」を有する工場等の数は、三〇七八あり、尼崎市では二四七存在していた(合計三三二五)。これら大阪府下及び尼崎市の工場等のうち、燃料使用量が二kl/日相当以上の主要な発生源は六七六(西淀川区内は四五)であり、その分布状況は図表一六―(1)のとおりである(乙(イ)二三、乙(キ)二七三)。

2 西淀川区内の発生源

昭和四五年当時、西淀川区には一二二五の工場等があり、このうち二六五の工場等(排出工場)が硫黄酸化物を排出していた。うち重油使用量が二kl/日以上の工場は四五であった。その他、硫黄酸化物の排出施設として公衆浴場が三三あった。

昭和四五年一二月における排出工場二六五のうち、大阪市が行った「西淀川区大気汚染緊急対策」で燃料調査の対象とされた一九五工場(対象工場)の硫黄酸化物排出量は、713.83Nm3/hであり、特定工場群の三工場がこれに含まれるが、その三工場の排出量(278.82Nm3/h)だけで約四〇%を占めている。

右排出工場二六五のうち、所在の確認できた二二八工場と公衆浴場の分布状況は図表一六―(2)のとおりであり、西淀川区全域に分布している〔甲六六(西淀川区大気汚染緊急対策実施報告)、乙(イ)二三、三六〕。

3 尼崎市の発生源

昭和四五年当時尼崎市には二二三七の工場が存在し、大気汚染防止法によるばい煙発生施設を有する工場等が二四七、年間重油使用量四五〇〇kl以上の第一次協定対象工場が二三社二七工場(その重油使用量は一三〇万五〇〇〇klで尼崎市全市に対する割合は93.9%に及ぶ)、年間重油使用量五〇〇から四五〇〇kl未満の第二次協定対象工場が三九社四〇工場と三企業団地(五五社五五工場)(その重油使用割合は全市の5.6%)存在していた。

尼崎市における第一次、第二次大気汚染防止協定工場の所在は図表一六―(3)のとおりであり、尼崎市内の全域に広く分布している〔甲二七二(大気汚染防止協定)、乙(イ)二三〕。

二 特定工場群の大気汚染物質の排出機序

右ばい煙発生施設のうちでも大工場に分類される特定工場群は、鉄鋼製造業、電力業、ガス製造業、コークス製造業、ガラス製造業、化学工業の六業種にわかれるが、各生産工程から生ずる硫黄酸化物、窒素酸化物、ばいじん(粉じん・浮遊粒子状物質等)を中心とする大気汚染物質の排出機序の概要は以下のとおりである。

1 鉄鋼製造業(神戸製鋼所、合同製鐵、住友金属、中山鋼業)

鉄は、鉄鉱石等を原料として製造されるが、その生産工程は、焼結、製銑、製鋼及び圧延ないし加工工程の四つが主要な工程である。

焼結工程における焼結炉での鉄鉱石やコークスの高温燃焼(焙焼)でそれらに含まれる硫黄分が酸化されて硫黄酸化物が発生し、コークス中の窒素分の燃焼による酸化及び高温燃焼による空気中の窒素の酸化により窒素酸化物が発生する。

製銑工程においては、熱風炉でのガス、重油等の燃焼によりそれらに含まれる硫黄分が酸化し、高炉内においても、焼結鉱などの原料に含まれる硫黄分が酸化して硫黄酸化物が、また高温燃焼によって窒素酸化物がそれぞれ発生する。

製鋼工程においても、転炉での高圧酸素の吹きつけによる溶銑の精錬、平炉での重油等の燃焼による精錬、電気炉でのスクラップの溶解や酸素吹きつけによる酸化精錬などの過程において硫黄酸化物、窒素酸化物が発生する。

圧延・加工工程では、均熱炉や加熱炉、乾燥炉などから、重油等の使用によって硫黄酸化物が、高温燃焼によって窒素酸化物が発生する。

これらの各工程に付帯して、船からの原燃料の荷揚げ、輸送、格納などの過程、原料ヤードでの保管、高炉などへのベルトコンベヤーなどによる運搬、高炉等への装入などの際にばいじん、粉じんが発生するほか、溶銑の出銑・移しかえ、焼結鉱の整粒工程、圧延工程での鋼片表面の酸化鉄被膜の分離、燃料の燃焼に伴うすすや燃えがらなどもばいじんや粉じんの原因となる。

2 電力業(関西電力)

火力発電は、発電用ボイラーで石炭・重油等を燃焼させて高温高圧の蒸気を作り、それをタービンに送って蒸気の力で高速回転させ、これに直結された発電機で電気を作りだすものである。

燃料の重油や石炭をボイラー内で燃焼させた場合、右燃料中に含まれる硫黄分や窒素分が空気中の酸素と結合して硫黄酸化物・窒素酸化物が、また高温燃焼によって窒素酸化物が発生し、ばいじんも発生する。石炭を燃料とする場合には石炭の荷揚げ、運搬、貯蔵の際に粉じんが発生する。

3 ガス製造業(大阪瓦斯)

石炭ガス、水性ガス、ナフサガス、原油ガスなどの製造工程があるが、いずれの工程でも加熱用燃料の石炭、コークス、ナフサ、原油等の燃焼によって、硫黄酸化物、窒素酸化物、ばいじんが発生する。また、石炭の荷揚げや貯炭場での貯蔵、ベルトコンベヤーなどでの運搬、石炭やコークスの破砕等の過程で粉じんが発生する。

4 コークス製造業(関西熱化学)

前記石炭ガス製造工程と同じく、石炭の加熱乾留過程における燃料ガスの燃焼により硫黄酸化物、窒素酸化物、ばいじんが発生する。

原料石炭の荷揚げ、貯蔵、移送などの工程で石炭粉などの粉じんが発生し、さらに焼き上ったコークスの窯出、整粒、出荷等の工程でも粉じんが発生する。

5 ガラス製造業(旭硝子、日本硝子)

ガラス製造工程は、①原料である硅砂・石灰石・苦灰石・長石・ソーダ灰などを粉砕し、これをカレット(屑ガラス)とともに調合し、②調合した原料を溶融炉で溶解し、③溶解したガラスを板状や壜状に成形し、④成形されたものの変形を防ぐために、徐冷炉で熱処理を行い、⑤製品によっては、焼付炉で加熱し印刷焼付けを行う各部門に大別される。

これらの工程においては、溶融炉や加熱炉などにおいて、原料を重油燃焼等によって高温加熱するため、原燃料中の硫黄分が酸化して硫黄酸化物が発生し、燃焼空気中の窒素や燃料中の窒素分が酸化して窒素酸化物が発生し、同時にばいじんが発生する。また、原料の荷降ろし、粉砕・貯蔵・ベルトコンベヤーによる搬送などの過程で粉じんが発生する。

6 化学工業(古河機械)

化学工業はその製造品目により著しく異なるが、古河機械大阪工場は濃硫酸、酸化チタン、亜酸化銅の製造を行っている。

濃硫酸製造工程では、原料の硫化鉱を流動焙焼炉で焙焼する過程、硫黄酸化物・窒素酸化物・ばいじんが生成され、その一部は最終的には排出される(但し、溶融硫黄方式の場合は、原料に純度99.99%の溶融硫黄を使用するため、ばいじんの発生はほとんどない)。

酸化チタン製造工程では、溶解反応機でのイルメナイト鉱石と硫酸の化学反応の過程で排出される排ガスに硫黄酸化物、ばいじんが含まれ、焙焼炉や水蒸気を発生させるためのボイラーからも硫黄酸化物・窒素酸化物・ばいじんが発生する。

亜酸化銅製造工程では、使用する蒸気のほとんどが濃硫酸工場の副生蒸気のため、この工程自体には、汚染物質を排出する設備はない。

三 特定工場群の大気汚染物質排出量

1 硫黄酸化物

特定工場群が昭和三一年から平成四年までの間に各工場等から排出した二酸化硫黄量は図表一七―(1)(2)(特定工場群の二酸化硫黄排出量―企業別)のとおりであると認める(右排出量の大部分は、企業一〇社が開示した数値であり、一部は燃料あるいは生産量に基づく推計値である。甲三六八の1、八四四、甲尋五の1ないし7)。

これを西淀川区、此花区、住之江区、堺市、尼崎市の各地域別に集計し、行政発表値〔燃料使用量と二酸化硫黄排出量―大阪府生活環境部公害室(甲八四一)〕により認定(一部推定)した各行政区別の排出量を比較すると図表一七―(3)(特定工場群の二酸化硫黄排出量―地域別)であり、それを積み重ねグラフにしたのが図表一七―(4)である。

これによれば、いずれの地域においても地域全体の排出量に対する特定工場群の排出量割合は五割ないし九割以上にも及んでいることがわかる。

2 窒素酸化物

窒素酸化物の排出量は、原燃料の使用量と燃焼温度とその継続時間により計算することができるが、燃焼温度や継続時間は運転状況により変動が多く、簡単に推計することは困難である。しかし、地方自治体は、総量規制を実施するために、工場等からの窒素酸化物の排出量を把握する必要が生じ、施設別、原燃料種類別に実測した窒素酸化物排出濃度調査結果のほか、環境庁をはじめ各地方自治体で公表決定されたデータを参考にして、原燃料単位ごとの排出係数(原単位)を決定している〔甲八四九―四二頁、乙(イ)五―一一頁、甲尋五の1ないし7)。そこで、特定工場群の原燃料使用量に排出係数(原単位)を乗ずれば、それぞれの窒素酸化物排出量を算定することができるが、特定工場群全部について算定する資料はない。

尼崎市立地の特定工場群の一部について、原燃料使用量と右排出係数に基づいて窒素酸化物排出量を計算した結果は図表一八のとおりである。

〔昭和三四年度から昭和四五年度までの「電力」欄は、尼崎市立地の関西電力の発電所、昭和三四年度から昭和三九年度までの「窯業」欄は旭硝子(関西工場)の排出量を示す。昭和五一年度から昭和六二年度までは尼崎市全体と尼崎市立地の電力(関西電力)、窯業(旭硝子及び日本硝子を中心とする窯業土石製造業)、鉄鋼(住友金属及び神戸製鋼所を中心とする鉄鋼業)、石炭(関西熱化学)の各排出量を示す―尼崎市の「公害の現状と対策」昭和五一年版から昭和六二年版、甲八五〇)。

第三本件各道路等の大気汚染物質の排出

一 本件各道路の交通量の推移と特徴

本件各道路の乗用車類・貨物車類別の交通量〔一二時間(午前七時から午後七時)交通量及び二四時間交通量〕、平均運行速度(ピーク時平均旅行速度)、交通渋滞(五〇〇m以上の渋滞車列が三〇分以上継続した状況の回数・時間)、大型車混入率は、図表一九―(1)のとおりである。

1 国道二号線

国道二号線は、国道四三号線が全線供用開始となる昭和四五年三月まで、阪神間の唯一の主要幹線道路としての役割を果してきたが、その一二時間交通量は、昭和三三年で二万七一一四台、昭和三七年以降は四万台から五万台で推移し、大型車混入率は十数%程度であった。昭和四五年三月に国道四三号線が全線供用開始となり、昭和四六年には四万〇六五六台と約五〇〇〇台減少し、その後減少傾向を示している。

2 国道四三号線

国道四三号線は阪神間の大幹線道路となり、全線供用開始当時から一日七万台から九万台の自動車が通行してきたが、阪神高速大阪西宮線の供用開始により減少しはじめ、平成二年の二四時間交通量は六万六一三四台となっている。

なお、国道四三号線は大型車混入率が大きいこともその特徴であり、ほぼ三〇%をこえる大型車混入率があり、昭和五五年には34.7%、平成二年には39.8%というきわめて高い混入率を示している。

さらに、西淀川区に直接関係のない通過交通(ある地域を単に通過する交通で、その地域内には起点又は終点をもたない交通)が多い点も特徴である。西淀川区に出発地、目的地を持つ西淀川流出入交通、つまり西淀川区に関連のある交通は、本件各道路をあわせて、北断面で9.7%、南断面で16.2%であり、国道二号線は従来から地域内交通の利用が多い道路であるから、国道四三号線における通過交通の占める割合は極めて大きいことが推測できる。

3 阪神高速大阪池田線

阪神高速大阪池田線の二四時間交通量は、全線供用開始以降、常に一〇万台を超えている状況が続いている。大型車混入率は、概ね一〇%前後であるが、昭和五五年には18.4%に達している。阪神高速道路の中で大阪池田線は四番目に交通量が多く、大阪西宮線よりも交通量が多い。また、近畿圏の高速道路の内でも交通渋滞の特に著しい路線である。平成二年における交通量は一一万一六三二台、大型車混入率は19.3%である。

4 阪神高速大阪西宮線

阪神高速大阪西宮線の開通後、交通量は次第に増加し、昭和五六年には五万九〇〇〇台であったのが、平成二年には九万八九八四台となっている。大型車混入率は、昭和六〇年が17.1%、平成二年が23.5%である。

また、同線は高速道路であるため、必然的に通過交通が多い。同線の西淀川区内の出入口は姫島と大和田にあるが、ここを利用する交通は両出入口をあわせても一日平均七〇〇〇台弱であり、西淀川区に直接関係のあるものは一〇%にも満たないと推定される。

5 本件各道路

本件地域の主要幹線道路が国道二号線のみであった昭和三三年の一二時間交通量は二万七〇〇〇台程度にすぎなかったが、昭和四〇年には五万六〇〇〇台に倍増している。昭和四五年に国道四三号線が全線供用開始となり、国道二号線の交通量は減少することになるが、同年に供用開始された阪神高速大阪池田線の交通量もあわせると、昭和四六年の一二時間交通量は、一九万五〇〇〇台に急増する。昭和五六年に阪神高速大阪西宮線が供用開始されことにより、国道四三号線の交通量はやや減少するが、四幹線道路(本件各道路)を合わせた交通量は、昭和五八年の二一万八〇〇〇台(一二時間交通量。二四時間交通量は二九万六〇〇〇台)、昭和六三年は二三万一〇〇〇台(同三三万台)となり、新しい幹線道路の供用にともなって、急速に交通量が増大してきている。

二 自動車排出ガスの排出機序

1 自動車走行により排出される大気汚染物質

現在使用されている自動車エンジンは、大別するとガソリン又は液化石油ガス(LPG)を燃料とする火花点火式エンジンと軽油を燃料とする圧縮着火式エンジン(ディーゼルエンジン)の二つである。

前者のエンジンを使用している自動車は、ガソリン車又はLPG車と言われ、乗用車、軽自動車、小型トラックの大部分がこれにあたる。なお、一般に走行しているそれらの車輌の多くはガソリン車で、LPG車はきわめて限られている。後者のエンジンを使用している自動車は、ディーゼル車と言われ、小型車の一部及び大型のトラックやバスなどがこれにあたる。

自動車のエンジンは、稼動に伴って様々な大気汚染物質を発生させ、その多くを排出ガス(排気管から排出される排気ガスだけでなく、エンジンの燃焼室からクランクケース内に吹き抜けるブローバイガス、燃料装置からの蒸発ガスなどをも含む)とともに車外へ放出する。ガソリン車から排出される主な大気汚染物質は、一酸化炭素(CO)、窒素酸化物(NOx)、炭化水素(HC)、鉛化合物及び煤であり、ディーゼル車からの主な大気汚染物質は、一酸化炭素、窒素酸化物、炭化水素、煤及び硫黄酸化物(SOx)である。

右のほか、ガソリン車およびディーゼル車に共通して、自動車の走行に伴いブレーキ、クラッチ、タイヤ及び路面の摩耗によって発生する粒子状物質もある。

なお大気汚染防止法では一酸化炭素、炭化水素、鉛化合物、窒素酸化物及び粒子状物質を「自動車排出ガス」と定めている(同法二条六項、令四条)。

2 大気汚染物質の排出機序

(一) 一酸化炭素(CO)

自動車から排出される汚染物質としては最も量が多く、燃焼室内における不完全燃焼によって発生する。

(二) 窒素酸化物(NOx)

霧化した燃料が空気と混合のうえ燃焼(完全燃焼)する際、空気中の窒素が反応して発生する。燃焼過程で生成される窒素酸化物の大部分は一酸化窒素(NO)であるが、排出後空気中で酸化して二酸化窒素(NO2)となる。

(三) 炭化水素(HC)

ガソリンや軽油などの燃料は、いずれも化学構造的には各種炭化水素の混合物であり、これらの一部はエンジンで完全に燃焼せず未燃炭化水素として大気中に排出される。未燃炭化水素のほかに、ガソリン車ではクランクケースからのブローバイガス、燃料タンク、気化器等からの蒸発によって放出される炭化水素もある。

(四) 鉛化合物

自動車のノッキングを防止するため、燃料にアンチノック剤としてアルキル鉛(四エチル鉛、四メチル鉛等)を添加している場合、アルキル鉛が燃焼によって数ミクロン以下の無機の鉛化合物の微粒子となって排出される。

(五) 硫黄酸化物(SOx)

軽油には0.4%程度の硫黄が含まれており、これが燃焼過程で酸化され硫黄酸化物を生成する。

(六) 粒子状物質

粒子状物質には、燃料の燃焼過程で生じる無機鉛化合物の微粒子、ピレン類などの炭化水素、黒煙(すす)などと、走行中にタイヤと道路表面の摩擦によって生じる粉じん、ブレーキライニングやクラッチの摩耗によって生じるアスベストの微粒子、路面に堆積された粉じん(自動車の走行によって拡散する)などがある。

3 車両別排出量

一酸化炭素、窒素酸化物及び炭化水素は主として燃料の燃焼過程で形成されるので、その発生量すなわち大気中に排出される量は、燃焼状態、エンジン構造(種別、大きさ)、自動車の走行状態などによって大きく異なってくる。しかし、一般的にディーゼル車は、一台あたりの排出量で、炭化水素や窒素酸化物がガソリン車やLPG車よりもかなり多く排出される。NOx排出量でみると、二〇〇〇ccのガソリン車の基準を一として、副室式ディーゼルエンジンの二トントラックで6.3倍、直噴式ディーゼルエンジンの二トントラックで10.2倍、同四トン車で16.1倍、一〇トン車では30.3倍になる(甲一〇七八)。

硫黄はガソリンにも含まれているが、軽油と比べるとごくわずかであり、硫黄酸化物の排出が問題となるのは、事実上ディーゼル車のみであり、ばいじんの排出もディーゼル車の方が多い。

NOxと浮遊粒子状物質は、発進と加速の繰り返しによる走行によって排出が増大するため、交通渋滞はこれら物質の排出を増加させる。

三 西淀川区内走行の自動車による窒素酸化物排出量

1 自動車から排出される窒素酸化物量の算定方法

「窒素酸化物総量規制マニュアル」(乙(イ)三四―八九頁以下)における地域内の全道路を走行する自動車から排出される窒素酸化物の量の算定方法の概要は次のとおりである。

(一) 自動車から排出される窒素酸化物の量は、次式によって算定される。

Q=  Ek・Mk・22.4/46・10-3

Q :窒素酸化物排出量(Nm2/h)

Ek:車種kの基準年の窒素酸化物排出係数(g/台・Km)

Mk:車種kの走行量(台・Km/h)

(二) 走行量については地域内の道路を幹線道路とその他の道路(細街路)ごとに基準年における車種別時間帯別交通量を把握し、曜日変動、季節変動により補正する。

(三) 基準年における車種別の窒素酸化物の排出係数は、次式によって求められる。

EK=EKL・SKL

EK:基準年におけるK車種の窒素酸化物排出係数(g/台・Km)

EKL:K車種中のl排出ガス規制年次車の窒素酸化物排出係数(g/台・Km)

SKL:基準年におけるK車種中のl排出ガス規制年次車の構成比

このうち、EKLについては、自動車からの窒素酸化物の排出実態を正確に把握するために、対象地域内の自動車の走行状態調査に基づき定められた実走行モードによる排出係数を使用する。

(四) 実走行モードの設定には、走行道路については、地域内の自動車の走行状態を的確に代表できるように選定し、走行日時については、地域内の走行状態を正確に把握できるように、平日と休日に分け、オフピーク、ピーク、夜間帯等を選定し、平均車速のほか、アイドリング、加速、定速、減速モードの各走行時間割合等について検討する。

(五) 走行状態調査から得られた実走行モードにより、地域における代表的な車種で、販売台数(市場占有率)が多い車を選定し、シャーシダイナモメータを用いて、模擬走行実験を行って排出ガス測定を行う。

2  西淀川区における自動車の窒素酸化物排出量の推計

自動車からの窒素酸化物の排出量は前記のようなデータがあれば算定できるが、本件各道路の西淀川区内部分を走行する自動車を対象に調査して得られた排出係数は存在せず、また、昭和五八年度以降の排出係数は公表されていない。

そこで原告らは、大阪市が総量規制実施のための技術的基礎として調査研究した結果である昭和四九年度及び昭和五五年度の「車種別走行モード別排出係数」のうち、平面道路の場合時速二〇キロメートルの排出係数、高速道路では時速六〇キロメートルの排出係数を使用するほか、大阪市等のデータを基にして、西淀川区の道路別・年別の窒素酸化物排出量を推計している。その結果及び推計に使用したNOx係数並びに推計計算式は、図表一九―(2)〔西淀川区(道路別・年別)窒素酸化物排出量(推計)〕のとおりである。

右のとおり、西淀川区内を走行する自動車を対象に調査した排出係数でないだけでなく、各年度の排出係数もなく、特に昭和五八年度以降の排出係数が公表されていないところ、昭和四八年四月以降、数次にわたって実施された自動車排出ガス規制により窒素酸化物の排出量が低減してきており、規制車の混入により排出係数が低減すべきところ、それが反映されていない点において、右推計結果は、特に昭和五八年以降において正確性に問題がある。

被告らは、右の点を批判するだけでなく、特定道路の特定区間を走行する自動車から排出される窒素酸化物の量を算定する以上、排出係数も特定道路の特定区間(本件でいえば、本件各道路のうちの西淀川区内部分)における走行モードに対応した数値を使用すべきであると主張している。しかし、そのような排出係数等のデータは、本件各道路の供用開始後現在に至るまでまったく調査されたことがないから存在しないという。被告の立場での主張として理解できないではないが、道路管理者として沿道の環境を保全する立場からすれば、交通量の増大、走行車両の構成比の変化、自動車排出ガス規制による変化などに対応して、沿道の環境がどのような影響を受けているかを調査するのは本来道路管理者としての義務ともいうべきであって、データが存在しないことを理由に推計の批判のみをしているのは不当といわざるをえない。

その点をも考慮すれば、可能な範囲でなされている推計もやむをえないものというべきであり、これによって排出量の概要を判断することはやむをえない。なお、右のような問題点は、西淀川区内において、本件各道路と他の道路との排出割合を見るうえでは大きな欠陥とはならない。

そして、右推計結果によれば、本件各道路からの窒素酸化物排出量は、西淀川区内の全道路の排出量と比較して、昭和五五年ころまでは七割程度であり、その後は概ね八割前後で推移していることが認められる。

また、本件各道路間の比較でみれば、国道二号線は昭和四三年の一六五トンから平成二年の八〇トンへ半減し、国道四三号線は全線供用開始後の昭和四六年の二七〇トン弱から昭和五二年に二九〇トンまで増加したが、平成二年には一九〇トン台まで低減し、阪神高速大阪池田線は全線供用開始後の昭和四六年二〇〇トン余であったのが平成二年には二八〇トン台まで増加し、阪神高速大阪西宮線は昭和五八年に二五〇トン台であったのが平成二年には三四〇トン余まで増加している。これを平成二年の国道四三号線を一〇〇として比較すると、

国道二号線       四二

阪神高速大阪池田線  一四七

阪神高速大阪西宮線  一七八

となる。

第三章大気汚染物質の到達

第一到達の因果関係に関する基本的視点

一  排出と到達の関係

1  排出と拡散

西淀川区には、第一章で判断したような大気汚染状況が存在し、第二章で認定したとおり、西淀川区及びその周辺地域には、特定工場群及び本件各道路並びにその他の多数の訴外排出源が存在する。そこで、次にこれらの排出源から排出された大気汚染物質が本件患者に摂取されたか否か(到達の因果関係)が検討されなければならない(但し、現実の摂取は、個々の患者の居住期間や居住状況に左右されるから、ここでは本件患者の居住地への到達の有無を検討する)。

しかるところ、煙突から排出される大気汚染物質は、通常は大気拡散のメカニズムに従って、大気中に拡散し、その濃度を薄めながら、地表に到達する。排煙の拡散は、発生源条件としての煙源の高さ(実煙突高さのほか排煙の吐出力や温度も影響する―有効煙突高さ)に規定されるほか、風向・風速に代表される気象状況に大きく左右される。その気象条件も単純に風下汚染のみを考えればよいというわけではなく、風向・風速の諸相、大気の安定度、逆転層の形成とその崩壊などの複雑な気象のメカニズムが影響することが知られている。

したがって、特定地域への汚染物質の到達及び到達量を知るためには、発生源と対象地域との距離・位置関係、排出量などとともに、それぞれの発生源条件や地域的な拡散条件の検討が不可欠である。

2  自動車排出ガスの距離減衰

自動車排出ガスの場合も同様に気象の影響を受けて拡散することになるが、その排出源が低位置にあることから当該道路の沿道に到達することは明らかであり、道路端から離れるに従ってどの程度汚染質が減衰するか(距離減衰)、すなわち、道路端からどの程度の距離まで汚染物質の影響があるかが検討の課題となる。

二  因果関係の証明

到達の因果関係は、厳密にいえば、個々の排出源の排出した大気汚染物質(共同不法行為が成立する場合には、共同不法行為者が排出した大気汚染物質の全体又はその一部)が、本件患者各人に摂取されたことの証明が要求される。

右の証明は、可能な限り自然科学的に証明されることが望まれるが、長時間にわたって高所で排出し続けられ、右のような諸条件により刻々と変化しつつ、広範囲に拡散されていく排煙について、その排出源から到達までの経路を直接的に証明することはほとんど不可能である。

このように事実的因果関係の証明については、科学的因果法則自体が確立されていない場合や方法論的に可能であっても現実に実験的に確認することが極めて困難な場合などが少なくない。そこで、「訴訟上の因果関係は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は通常人が疑を差し挾まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである」(最高裁昭和五〇年一〇月二四日第二小法廷判決・民集二九巻九号一四一七頁)とされている。

これは訴訟上の因果関係の証明についての一般原則というべきものであり、特に証明度を緩和するものではないと解されるが、どのような事実をもって、「特定の事実と特定の結果を招来した関係」を是認しうるとするかは、科学的証明の困難性の程度やその原因、その時点における現実的な証明手段、加害と被害の態様などを総合して判断すべきであり、証明の程度に関する「高度の蓋然性」というのもそれ自体幅を持った概念であり、右のような諸要素を考慮して判定されるのが相当と考える。

三  都市型複合大気汚染における個別の到達評価の必要性

前記のような諸条件のからまりあった大気拡散について、個々の発生源から特定地点への大気汚染物質の到達の判定は、発生源と対象地域との距離、方位、排出条件、排出量等の発生源条件の検討、煙流の直接的な観察、気象条件の解析による推定などの多くの方法がある。そして、これらの手法は、汚染物質の到達について定性的な把握のレベルでは有効と考えられる。また、対象とすべき発生源が少なく、近傍に集中していたり、あるいはコンビナートなどのように一体として判断することができるような場合は、到達量を概括的に推定することも可能であるかもしれない。

しかし、西淀川地域のような都市部にあり、発生源条件の著しく異なる大中小さまざまな発生源があらゆる方向に多数存在し、それらの排出した汚染物質が重合して地域全体の環境濃度を悪化させている可能性がある場合(以下「都市型複合大気汚染」という)において、対象となる個々の発生源の責任を各別に判断する必要がある場合には、それぞれの排煙の到達を個別に評価しなければならず、そのような場合には、右のような定性的手法には大きな限界があることは明らかである。これに対し、大気拡散シミュレーションは、後に検討するように種々の問題点を含みながらも、発生源条件や気象条件を総合して、個々の発生源からの汚染物質の到達を定量的に解明しようとするものとして評価される。

したがって、拡散シミュレーションによる計算によって、対象煙源の各別の寄与の程度が求められるとすれば、それが最も望ましいことはいうまでもない。そこで以下、これを中心に検討を進める。

四  淀中局の地域代表性

以下、このような観点でもって、大気汚染物質の到達について検討することとするが、到達先については、本来は個々の患者を対象としなければならないところ、その居住地は西淀川区一円に広がり、各居住地ごとの測定値もないから、これを格別に判断することはほとんど不可能に近い。

しかるところ、本件は各患者の近傍にある特定汚染源からの局地的大気汚染が問題とされているわけではなく、西淀川区内とその周辺地域のみならず遠く堺市にまで及ぶ広域に所在する多くの発生源から排出された汚染物質の到達が課題とされており、一方、西淀川区は河川水面を除けば一〇km2程度の地域(Ⅰ三五頁)にすぎないから、その排煙の到達濃度は本件患者の居住地によってさほどの差はないと考えられる。したがって、西淀川区のほぼ中央に位置し、住宅地域の真ん中にあり、国道四三号線からは約八〇〇m、阪神高速西宮線からは約六〇〇m離れ、特定汚染源の影響のない淀中局をもって、本件患者の居住地をほぼ代表するものとする(甲六六、丙四二七―原告居住分布図参照)。

なお、後に共同不法行為の項で判断するように、特定工場群から西淀川区に到達した汚染物質と本件各道路を走行する自動車の排出した汚染物質との間には共同行為性が認められるが、企業一〇社と被告らの責任は分割されるべきであると考えるから、その関係で、特定工場群の排煙の到達については、被告らの分割責任について判断するのに必要な限度、すなわち、全体としての到達の有無とその到達割合の概要を判断するにとどめる。

第二大気拡散シミュレーションからみた汚染物質の到達

一 大気拡散シミュレーションの手法

1 大気拡散シミュレーションの意義

シミュレーションとは、一般に、「現実の世界に存在するシステムあるいはこれから作ろうとするシステムのモデルを作り、これを使って実験をすること」であり、その実験結果と実態との整合を図りながらモデルの妥当性を確認したうえで、そのモデルを用いて現実の世界の再現や将来予測を行うことであり、大気汚染の分野でも、拡散理論の発達、電子計算機の発達とともに、コンピューターを用いた大気拡散シミュレーションが世界的にも実施されるようになっている。これは、拡散モデルを用いて、個々の発生源ごとの各地点への影響濃度を計算し、その重合値によって、環境濃度を再現しようとするものである。

拡散モデルには、連続的に排出する発生源からの煙流の拡散を取り扱うプリューム式と、煙を一塊の煙(パフ)としてその移流・拡散を取り扱うパフ式がある。前者は比較的長期の平均濃度を、後者は地形効果などにより気象条件が特に複雑な場合の短時間濃度を計算するのに適している。

いずれの式も式中に幾つかの変数をもっており、的確なデータが収集され適正な変数が設定されれば地表濃度を正確に再現できる。そして、整合性のある計算値が得られれば、到達の経路は不明であっても、発生源ごとの個別の条件を考慮した到達量を計算することができる(甲一一九、乙(イ)三五、乙(キ)一一八)。

2 総量規制の導入と地域総合シミュレーション

(一) 総量規制の導入

昭和四九年六月、大気汚染防止法の一部が改正されて硫黄酸化物の総量規制が導入された(Ⅰ八四頁)。総量規制は、大気汚染防止法の定める排出基準のみによっては大気環境基準の確保が困難な地域(指定地域)について、地域における指定ばい煙の総量を大気環境基準に照らして定められるところの総量に削減することを目途として、両総量の割合、工場等の規模、使用原燃料の見通し、特定工場等以外の指定ばい煙の排出状況の推移等を勘案して、削減目標量と計画達成の期間等を定め、これに基づいて事業者ごとの許容排出量を割当て、これを総量規制基準として排出規制を行うものである(大気汚染防止法五条の二・三、一三条の二等)。

大気汚染防止法施行規則は、その総量の算定について、①風向、風速等の気象条件、②指定ばい煙の発生源の位置、排出口の高さ等の状況、③指定ばい煙の排出状況、④指定地域に影響を及ぼす当該指定地域外における指定ばい煙の発生源の状況及び排出状況、⑤その他総量の算定に必要な事項に関する資料を用いて、大気汚染予防手法により、総量削減計画が行われない場合の濃度を推定し、大気環境基準を確保する濃度となることを目途として算定するものとされ、大気汚染予防手法は、電子計算機等を利用して大気の拡散式に基づく理論計算を行うこと等により、排出と汚染との関係を科学的かつ合理的に明らかにする手法であって、当該手法を用いて推定される大気の汚染と実測された大気の汚染とを照合して相当程度適合していることが確認されたものでなければならないとしている(同規則七条の五)。

(二) 総量規制マニュアル

環境庁は、総量規制を実施する基礎となる総量の算定について、昭和五〇年五月、「総量規制マニュアル」(乙三)を作成し、大気汚染物質の発生源からの排出と大気汚染との関係を定量的に把握し、規制に利用するため、現時点において精度が高く有効に用いうるものと考えられる手法の一つとして、電子計算機を用い、大気拡散式に基づき、一定期間内の種々の気象条件のもとにおける拡散の理論計算結果から、一定期間の平均値又は濃度累積頻度分布を再現する方法を示している。

そして、右マニュアルが示している汚染シミュレーションの手法は、対象地域の発生源を網羅的に組み込み、それらすべての発生源について計算を実施することから「地域総合シミュレーション」と呼ばれている。

(三) 地域総合シミュレーションの手法

その手法の概要は次のとおりである(乙三)。

(1) 基礎データ解析

汚染予測を行う対象地域について、固定発生源及び移動発生源に関する煙源データ(①煙源の位置、②煙突実体高、③煙突の直径、④ばい煙発生施設の種類、⑤ばい煙発生施設の規模、⑥排ガス量、⑦排ガス温度、⑧排出熱量、⑨原燃料の種類、⑩原燃料使用量、⑪原燃料中S分、⑫SOx排出量、⑬排煙脱硫装置の有無と有の場合はその効率)を収集し、そのモデル化(点煙源と面煙源の区分、風速階級別の有効煙突高の設定等)を行い、気象データ(①風向風速の一時間値、②上空の風向風速データ、③日射量あるいは熱輸送量もしくは大気の乱れの一時間平均値、④上空気温分布のデータ)を収集し、地上風、上層風の解析等を行う。

(2) 拡散モデルの設定

基礎データを整理し、地域特性と気象条件に適合した拡散パラメータ(煙の水平・鉛直方向の広がりの標準偏差)を選択し、点煙源と面煙源別に有風時(一m/s超)はプリューム式、無風時(一m/s以下)はパフモデルを用いて、拡散モデルを設定する。

拡散パラメーターの推定は、風向風速の変動量(クレーマー、スミスら)、鉛直温度勾配(TVA)、あるいは両者の組合せ(シンガー)、日射量、雲量、風速の組合せ(パスキル、ターナー)などを利用する場合、これと実測値との適合性を確かめ、必要な場合は適切な修正を加えることを検討する。

(3) 汚染濃度の重合計算

各データを入力してコンピューターで類型化された気象条件ごとに各煙源の拡散計算を行い、有風時及び無風時の重合計算をし、各々の出現頻度を考慮して、年平均値又は必要に応じて暖房期、非暖房期あるいは季節別の平均値を算出する。

(4) 適合性の検討

拡散計算の結果得られた濃度を実測濃度と比較照合する。適合性の検討は次の三つの要素について行う。

① 回帰直線の傾き 0.8〜1.2の範囲内で、できるだけ一に近いことが望ましい。

② 相関係数 少なくとも0.71以上であり、可能な限り0.8以上であることが望ましい。

③ 濃度パターン 導電率法による自動測定機を設置した測定点が少ない場合は、二酸化鉛法による測定値も参照する(両者の相関が0.8以上)。

適合性に問題がある場合は、拡散計算に用いた風及び拡散パラメーター等について再検討を加え、拡散計算を繰り返す。なお、①②による適合性の検討を行う場合、合理的な説明が可能な範囲で特異点(全測定点のうちで概ね一五%以内)を選び、適合性の基準の適用範囲から除外しても差し支えない。

二 大阪府・市における地域総合シミュレーション

1 大阪市四八年度SOxシミュレーション

(一) シミュレーションの概要

大阪地域は、大気汚染防止法の一部改正により、硫黄酸化物についての総量規制の地域指定を受けた。大阪市は、後記のようにそれまでにも大気拡散計算手法による重合計算を実施し、大気汚染対策を行ってきていたところ、総量規制を実施するため、総量規制マニュアルに準拠した地域総合シミュレーションを実施することにした。そこで、昭和四八年度を対象とした地域総合シミュレーションのモデルを完成し、大阪市全域を対象地域とし、これを一Km×一Kmのメッシュに区画し、固定発生源二四九二煙源(大阪市一五三〇、府下一〇市六三二、尼崎市三三〇)と移動発生源一四三一(合計三九二三煙源―点汚染源と扱った工場等は大阪市三〇九、大阪市外六三、尼崎市七一の合計四四三)を対象として、各メッシュの格子点一九五か所及び淀中局を含む市内一三か所の大気汚染モニタリング・ステーション(以下「観測局」という)における発生源ごとの濃度を計算し、汚染寄与率の解明、改善のための許容排出量等について解析を行った。その結果は、昭和五二年四月に公表されている。

右シミュレーションによる各観測局ごとの発生源別の計算濃度は図表二〇―(1)〔各観測局における発生源別汚染寄与率(計算濃度)一覧表〕のとおりである。

適合性の検討では、二観測局を除外しているが、総量規制マニュアルが適合要件とした回帰直線の傾きは0.85であり、相関係数は0.84となっている。また、実測値(二酸化鉛法値)と計算値に基づく各等濃度線図が作成されているが、適・不適の判定はされていない(乙(イ)四)。

(二) 同シミュレーションによる将来予測と総量規制の効果

この解析結果を資料として、大阪市は、同市公害対策審議会に諮問し、その検討を経て答申を受け、昭和五三年三月、硫黄酸化物対策指導要領を策定し、総量規制を実施した。大阪市の総量規制は、右シミュレーションにより昭和五三年度の濃度予測を行い、一定規模以上の総量規制対象工場については原燃料の使用量を基礎に硫黄酸化物許容排出量を規制し、その他の工場については使用燃料の含有硫黄分を一定値以下に定めることによって許容排出量を規制し、全市域において二酸化硫黄の濃度を環境基準以下に逓減させることを目指したものである(乙(イ)三五)。その結果、昭和五四年度において、二酸化硫黄の新環境基準の日平均値0.04ppm以下をクリアしなかった日が大阪市内全測定局(一般局一二)で合計七日(昭和五三年度は八三日)になり、長期的評価(日平均値の二%除外値が0.04ppmを超えず、かつ年間を通じて、日平均値が0.04ppmを超える日が二日以上連続しないこと)においては全測定局において適合した(昭和五三年度の適合局は二局のみ)(甲八二四、八二五)。そして、昭和五五年度において、全ての環境基準をクリアするに至っている(甲八二六)。

(三) 同シミュレーションによる特定工場群の汚染寄与割合

(1) 公表値

同シミュレーションによる発生源別の汚染寄与割合は、図表二〇―(1)のとおり、大阪市と府下の大工場(燃料使用量一〇kl/日以上の工場)・中工場(同二kl/日以上一〇kl/日未満の工場)・その他と尼崎市、船舶、ディーゼル自動車の区分のみが公表されただけであった。

それによると、淀中局に対する各発生源の汚染寄与割合は、大阪市内発生源の大工場が10.29%、中工場が8.68%、その他が35.79%で合計54.76%、府下のそれらが順次3.62%、1.70%、3.84%、9.16%、尼崎市が26.64%、船舶が1.04%、ディーゼル自動車が8.40%であり、実測濃度が0.0321ppmのところ、計算濃度の合計は0.0262ppm(実測濃度の81.62%)であった。

(2) 特定工場群別の計算濃度及び寄与率

そこで企業一〇社は、それぞれ自社の計算濃度及び寄与率を知るため、大阪市及び尼崎市に対し、個別にシミュレーション結果の照会をし、その回答を得た。特定工場群別の計算濃度及び寄与率は図表一〇―(1)〔淀中局における企業一〇社の寄与率(昭和四八年度)〕の「寄与率A」のとおりである(乙(イ)三八ないし四七―全枝番を含む)。

これによると特定工場群の寄与率は、全体で16.43%となっている。

(3) 発生源別・規模別寄与率

特定工場群とその他の寄与率の内訳を集計した結果は図表一〇―(2)〔淀中局における計算濃度及び寄与率(昭和四八年度)〕のとおりであり、これによると、淀中局に対する発生源別(固定発生源・移動発生源)・規模別(大工場・その他)の寄与率は、次のとおりである(尼崎市は規模別の区分がされていないので、尼崎市立地の特定工場群のみを大工場として集計)。

固定発生源

移動発生源

大工場

その他

船舶

ディーゼル車

25.83%

64.73%

1.04%

8.40%

(4) 自動車の寄与率

本件各道路を走行する自動車(主としてディーゼル車)の硫黄酸化物の排出量の西淀川区内全道路に対する割合に関する資料はないが、当時の本件各道路の窒素酸化物の排出量は西淀川区内の全道路の約七〇%と推定される(図表一九―(2)参照)から、これに基づくと本件各道路の寄与率は5.88%となり、固定発生源全体の約一五分の一程度である。特定工場群の全寄与率との対比でみれば約三六%に当たる。

2 西淀川区大気汚染緊急対策における拡散シミュレーション

大阪市は、昭和四五年に策定した右緊急対策(Ⅰ八八頁)において、硫黄酸化物濃度を逓減させるための工場別の対策を実施する前提として、西淀川区(工場数一八九、煙源二〇六)及び尼崎市(工場数六七、煙源二九五)の工場を対象として、昭和四五年一二月実測値に基づくそれぞれの大気汚染寄与率を算定するため、シミュレーションによる拡散計算(拡散パラメータは、現地拡散実験をもとに海陸風別、煙源高別に決定)を行った(以下「西淀緊対シミュレーション」という)。その結果に基づく、淀中局に対する企業規模別汚染寄与率は次のとおりである。

西淀川

大企業 四社(重油使用量一〇kl/日以上)

14.20%

中企業 四一社(同 二kl/日以上)

25.70%

小企業一四四社(同 二kl/日未満)

28.10%

尼崎市に立地する工場 六七社

32.00%

これに基づき、大阪市は、企業規模別に硫黄酸化物逓減計画を立て、西淀川区の大工場に対しては対昭和四五年度減少率47.3%、中小企業に対しては同51.0%にするように指示するとともに、尼崎市に対しても、同市立地の工場の硫黄酸化物排出量を昭和四五年九月実績より着地濃度で六〇%逓減させるよう要請し、昭和四六年一一月一日から実施することとした(甲六六―三八〜五〇頁)。

その結果、昭和四五・四六年度には達成できていなかった二酸化硫黄の旧環境基準を昭和四七年度にはすべてクリアするに至った(図表一一―(7)参照)。

3 此花区特別対策における拡散シミュレーション

大阪市は、此花区に関して昭和四三年度から実施している此花区特別対策の一環として、同区及び周辺に立地する一九九工場を対象として、昭和四六年一一月の実測値に基づく硫黄酸化物汚染寄与率を算定して、その逓減計画を立てるため、拡散シミュレーションを実施した(以下「此花特対シミュレーション」という)。これに基づく寄与率の算定結果及び硫黄酸化物逓減計画は次のとおりである(乙(イ)五二)。

これらの対策の結果、此花区の環境濃度は、昭和四六年度の年平均値0.065ppmが昭和四七年度には0.047ppmまで低減している。

4 大阪府環境管理計画における拡散シミュレーション

大阪府は、昭和四八年九月、大阪地域の公害防止の総合計画として「大阪府環境管理計画」(BIG PLAN)を策定したが(Ⅰ九一頁)、その計画を遂行するために、大阪府のほぼ全域と尼崎市を対象地域として、固定発生源及び移動発生源(自動車)の両者を対象に、府下を大阪市、北大阪、東大阪及び南大阪の四地域に分割し、昭和四五年度のデータを基に、各地域の発生源が自地域及び他地域の環境濃度に与える影響(寄与度)を拡散シミュレーションによって計算した。

このシミュレーションには堺市の気象条件(風向・風速頻度)を府下全域に適用したため、高濃度出現地域についてはかなり高い精度を示したものの、東北部の淀川に沿う風が卓越する地域などでは計算上この効果が加味されていないなどのため精度を欠き、移動発生源についても計算値と比較できる実測値が不足しているため精度の検討が十分でないなどの問題点がある。

同シミュレーションの結果の概要は次のとおりである。

(一) 硫黄酸化物

大阪市の二酸化硫黄合計濃度は5.056pphmであり、各地域の寄与率は、大阪市六一%、北大阪三%、東大阪三%、南大阪一〇%、尼崎市二三%となっている。

大阪市地域にあっては、冬季のビル暖房による影響が環境濃度の三〇%に達している。

移動発生源(軽油使用自動車)からの濃度は、全般的に固定発生源に比してかなり低く、地域内の平均濃度でみると固定発生源からの濃度の一〇ないし二〇分の一程度である。

(二) 窒素酸化物

固定発生源については、各地域間の寄与度は硫黄酸化物とほぼ同様の傾向にある。

移動発生源については、排出源が地表面にあることから、地域内の汚染質排出強度が域内濃度に強く作用している。

大阪市における固定発生源による合計濃度は2.157pphmで(三三%)、移動発生源で4.462pphm(六七%)である。

5 大阪クリーン・エアプラン73における拡散シミュレーション

大阪市は、昭和四八年一一月に策定したクリーン・エアプラン73(Ⅰ九一頁)における大気汚染対策を進める基礎資料として各発生源の排出汚染物質が環境濃度に及ぼす寄与率を把握するため、大阪市内全域及び隣接都市の八〇八工場等(ビル暖房)を対象発生源、西部臨海工業地域を対象地域とし、昭和四七年度の発生源データをもとに拡散シミュレーション(拡散パラメータは、大阪市が昭和四四年冬季に実施したエア・トレーサー実験の結果をもとに大気安定度を決定して算出)により硫黄酸化物濃度の汚染寄与率の推定を実施した。

その結果、西部地域では、実測濃度と比較的よく一致した計算結果を得たとしている。淀中局を計算地点とする昭和四七年度冬季の工場規模別の寄与率は次のとおりである(乙(イ)五三)。

大規模工場

17.9%

事業場

5.0%

中規模工場

20.4%

小規模工場

25.0%

隣接都市

31.7%

6 大阪市窒素酸化物濃度対策中間報告の拡散シミュレーション

大阪市公害対策審議会大気部会窒素酸化物小委員会は、昭和五三年一二月、窒素酸化物対策中間報告として「総量規制実施のための技術的基礎について」(乙(イ)五)を発表し、窒素酸化物について、昭和四九年度における諸データを基に計算した大気拡散シミュレーションの手法(諸元)及び結果を報告している。その概要は以下のとおりである。

〔対象煙源数〕

大阪市内及び市域外の自動車及び工場等並びに船舶で、点源・線源・面源をあわせ総煙源数は五七五八。

〔拡散モデル〕

拡散式は、有風時はプリュームモデル(一部SRIモデル)、無風時はパフモデル。

〔拡散パラメータ〕

有風時・無風時についてそれぞれパスキルチャート及びターナーチャート(但し、都市での地表面粗度の増大やヒートアイランド効果による拡散幅の増加、都心部での乱流強度の変化などを考慮し、計算濃度と実測濃度の整合性を高めるため拡散幅に地域差を与えるなどの修正をした)。

〔昭和四九年度発生源別汚染物質排出量〕

発生源

NOx㌧/年(構成比%)

SOx㌧/年(構成比%)

自動車

大阪市内

1万7368

1230

市域外

2万5015

523

4万2383(49.2)

1753(2.7)

工事等

大阪市内

1万4667

1万9716

市域外

2万7927

4万2589

4万2594(49.4)

6万2305(94.8)

船舶

1250(1.4)

1667(2.5)

合計

8万6227(100)

6万5725(100)

〔NOx平均寄与濃度と汚染寄与率〕

計算結果から大阪市内の大気汚染モニタリングステーション(一四か所)への発生源別寄与濃度、汚染寄与率の平均値は、次のとおりである(濃度単位ppb、その他は自然界と小発生源によるバックグラウンド)。

計算値

寄与率

計算外汚染

補正濃度

補正寄与率

自動車

46.8

78%

9.3

56.1

67%

工場等

12.8

21%

9.4

22.2

26%

船舶

0.5

1%

0.3

0.8

1%

その他

――

――

5

5

6%

合計

60.1

100%

24

84.1

100%

〔実測値との整合度〕

大気汚染モニタリングステーションにおける整合度

相関係数=0.86

回帰式の傾き=1.09

ステーション別、風向別の計算値と実測値の整合度も高い。

〔計算外汚染の評価〕

回帰式の傾きが一(四五度)の直線y=K+xを仮定した場合の実測値のこの直線からのずれが最小となるようなkの値は二四ppbであった。すなわち、この拡散モデルによる計算では平均して二四ppbだけ計算値が実測値より低くなっているが、計算値と実測値の差としてほぼ妥当な値であると判断している。その原因は、①海陸風の交替による風向変化による戻り汚染が計算外となっていること、②排出量算定地域内の家庭燃料やその他小発生源の影響が入力されていないこと(二ppbと推定)、③自然界のバックグラウンド濃度及び排出量算定地域外の発生源からの移流(三ppbと推定)が入力されていないこと等によるものであり、①分と推定される一九ppbをインプットした自動車、工場等、船舶に排出量に比例して配分して、前記補正濃度及び補正寄与率を算定した。

7 大阪市大気環境保全基本計画に係る拡散シミュレーション

大阪市は、昭和五九年、右基本計画(ニュークリーンエアプラン)を策定し(Ⅰ九五頁)、昭和五五年度の窒素酸化物汚染状況を推計するため拡散シミュレーションモデルを用いて、メッシュ別及び測定局におけるNOx及びNO2の年平均濃度を計算した。実測値と計算値の全測定局平均の差は12.8ppbであり、内三ppbをバックグラウンド濃度として、残りを発生源種類ごとに排出量に比例して割り振った。その結果は以下のとおりである(濃度単位はppb)(乙(イ)五五)。

発生源の種類

全メッシュ平均濃度

同平均寄与率

淀中局/寄与率

工場等

12.1

19%

23.50%

自動車

40.1

64%

61.50%

船舶

2.6

4%

3.20%

航空機

0.3

0.40%

0.70%

家庭等

4.8

8%

5.70%

自然界

3

5%

5.30%

合計

62.8

100%

100%

三  拡散シミュレーションに対する原告らの批判とその検討

1  原告らの批判の骨子

原告らは、拡散シミュレーション自体の限界並びに前記大阪府・市の各シミュレーション(以下「行政シミュレーション」という)、ことに大阪市四八年SOxシミュレーションには種々の問題点があり、特定工場群の寄与率が過少に評価されていると主張している。しかし、先にも述べたように特定工場群間の個々の排出の到達量を正確に算出することを目的とはしていないので、そのような観点からの批判は置いておいて、シミュレーション自体に対する批判点について検討をする。なお、原告らの主張するパフモデルによる塚谷解析も特定工場群の寄与の程度に関するものであるから、その当否についての検討はしない。

原告らの批判点の骨子は次のとおりである。

(一)  拡散モデル自体、有効煙突高さなどの煙源条件、拡散状態と気象条件を関連づけるための拡散パラメータなどの変数の定め方、風向・風速などのデータの推定方法などが確立されていない(第一点)。

(二)  行政シミュレーションの採用しているプリュームモデルは、風向・風速、大気安定度、温度の鉛直勾配を一定と仮定するなどして風下濃度を求め、実測値(年平均値)に合わせるために拡散パラメータを変更したり修正したりして、答えを決めて式を作る作業をしているにすぎない(第二点)。

(三)  そのようにして作られたモデルは、個々の日・個々の時間の濃度を再現することはできず、その式が現象を正しく記述しているどうかも検討されていない(第三点)。

(四)  行政シミュレーションは、規制実施の根拠作りを目的とし、拡散モデルに欠陥があればやり直せばすむものであって、結果的に汚染が低減したからといってシミュレーションの正さを示すものとはいえない(第四点)。

(五)  行政シミュレーションは、人体影響との関係で重要な高濃度汚染等の現実の汚染現象を再現することができない(第五点)。

2  検討

(一)  第一点について

拡散計算を行うためには、煙源条件や気象条件に関する基礎データの収集と解析が必要であるが、必要なすべての項目について実測データが存在するわけではないから、実測値を基礎としつつ、有効煙突高さを推定したり、地上の風向・風速から上層のそれらを推定する必要がある。その方式については、世界中で多種多様な推定式が提唱されているが、いまだ定説をみるには至っていないことは原告らの指摘するとおりである。また、データによっては、わずかな資料から推定を重ねていかなければならない場合も少なくない。そのうえそれらのデータを関連づけるために拡散パラメータなどいくつかの変数を定めなければならないが、これについても種々の実験などに基づいて多くの方式が提唱されており、世界的に承認された方式が存在するわけではないし、各地域の具体的な気象条件のすべてを取り入れたパラメータがあるわけでもない。一般的に評価の高い方式を基礎として、対象地域の状況を加味した修正を行いながら試行錯誤的に適用しているのが実情と思われる。

しかし、排出量を中心とする排出状況の分析や気象状況の調査・研究からは、汚染物質の拡散を定性的に把握することはできても、これを定量的に計算することは不可能であり、汚染源から排出された汚染物質が特定の地点に到達した量を直接実測によって明らかにすることも極めて困難であることから、大気拡散現象の正確な分析・予測とそれに基づく的確な対策を立てることを目的として、多くの研究が続けられているのであって、未解決の問題が少なくないからといって、これらの研究の成果を全面的に否定することが許されるわけではなく、その科学的意義を正当に評価する必要がある。反対に、多くの限界があることを軽視し、一見詳細に算出された計算値を無批判に受け入れることも科学的姿勢とはいえない(甲一一九、四九五、乙尋四の5)。

(二)  第二点について

行政シミュレーションが有風時に採用しているプリュームモデルが定常場を仮定しており、それが現実の大気拡散場における静穏時の高濃度の出現などを正確に反映しているものでないことは原告らの指摘するとおりであるが、これも拡散シミュレーションの意義と目的に照らして理解すべきものである。地域総合シミュレーションは、拡散計算に基づいて汚染物質の到達を予測するというよりも、実測した年平均値に適合する拡散現象を発見し、それに基づいて個々の発生源の寄与の程度を把握することを課題としているというべきである。これは、例えば拡散パラメータの選択について、総量規制マニュアルが、実測値に最も適合する拡散パラメータをさぐるために、試行錯誤的に行ったり、コンピューターで実測値と計算値の差が最小となる数値を決定させる方法を紹介していることにも現れている(乙(イ)三・八三頁)。そして、右のような適合論的なパラメータの選択は、気象学的な経験を通して最も出現頻度の高い拡散パラメータの中から、気象条件や地域条件(都心部のビルによる地面粗度の違い等)に応じ、かつ、実測値をよく再現できるものを探り出すことであって、実測値と近似した計算値が得られさえすればよいというものではない(乙(イ)三五)。したがって、一般的に右のような適合値の選定方法を否定することは、地域総合シミュレーションの目的に照らせば正当とはいいがたい。

(三)  第三点及び第五点について

この点も原告らの指摘するとおりであるが、個々の日や時間の濃度を再現することは、地域総合シミュレーションの目的とするところではなく、個々の時間などの濃度を再現できないからといって、長期的な平均値の再現の科学性や意義を否定する理由になるわけではない。長期の平均値を使用することによってかえって誤差の少ない平均的寄与を算定できる面もある。

逆に、平均的な定常状態の拡散場での濃度が再現できたからといって、すべての拡散現象が解明されたといえないことも当然であり、健康影響との関係で重要な静穏時などの高濃度を再現できないことは、大きな限界というべきである。この点については、過去の濃度実測データの解析結果から、年間平均値に対しどの程度の高濃度がどの程度の頻度で出現するかを推定することはある程度できるが、個々の発生源との関係まで明らかにできるわけではない。

しかし、先にみたように、行政シミュレーションを基礎とした硫黄酸化物に係る大気汚染対策において、長期指針とともに短期指針もほぼ同時的に達成している(図表一一―(7)参照)ことからすれば、年平均濃度の逓減対策が高濃度の出現を抑える効果も招来していることが窺え、年平均値と短時間の高濃度との間に密接な関係があることを示しているものと考えられる。

(四)  第四点について

行政シミュレーションが大気汚染対策上の各種の規制の根拠を見いだすために実施されているものである以上、予測した効果をあげられないなどの欠陥があればやり直せるというよりもやり直すべきである。しかし、実際にそのような事例があったことを窺うことのできる証拠はないし、行政シミュレーションについては、その手法やデータなども公表されており、その意味で専門家の批判にさらされていると考えられるから、その内容が明らかに不合理なものであれば、指弾を受けるであろうし、原告らの指摘するような不合理な手法による計算結果に基づいて規制を行おうとすれば、経済的にも経営的にも負担を強いられる企業がこれを容易に受け入れるとは考えられない。その点からも原告らの右主張は失当である。

3  行政シミュレーションの意義

以上に検討してきたところによれば、拡散シミュレーションは、排出量や気象の状況等からは具体的な判断が困難な都市型複合大気汚染において、発生源条件や気象条件の主要な要素を取り入れて汚染物質の定量的な到達を解明しようとするものであり、その精度をあげるために種々の研究が重ねられ、多くの実験や観測に基づいた拡散モデルやそれに使われる変数等に関する理論が発表され、いろいろな手法によるシミュレーションが実施されて現実の大気汚染対策に活用され、大阪を含め多くの大気汚染地域でその改善のために貴重な成果をあげてきたものであることが認められる。他に汚染物質の定量的な判定手段がないことからしても、その意義は重要である。

しかし、発生源・気象・濃度等のデータの量及び質の問題、大気現象の流動性・複雑性等から拡散計算の中核をなすパラメータや推定式について確定的な方式が確立していないこと、地域ごとに異なる気象特性を正確に表現することの困難性など解決されていない種々の課題が存在していることも否定はできない。したがって、拡散シミュレーションが唯一の定量的評価手段であることを重視しつつ、個々のシミュレーションの評価にあたっては、目的、データ、各種推計式、拡散パラメータ、計算値と実測値との適合性、将来予測と規制効果の対応関係などを慎重に検討する必要がある。

第三特定工場群の排煙の到達

一  煙流の観測からみた到達

大阪管区気象台と気象研究所とは、共同で昭和三五年から昭和三八年にかけて四度にわたり、大阪の大気汚染状況について、飛行機による上空からの観察などを含めた立体的な調査を実施しているが、それらの調査において、西淀川区の西部に神崎川を挾んで隣接する尼崎の臨海部の工場や火力発電所からの排煙が西よりの風に乗って西淀川区を含む大阪市内に流れ込んでいる状況が観察されている(甲一二二の12)。また、これらの調査の際に撮影された多数の航空写真や昭和二九年から昭和四五年ころにかけて撮影された航空写真によっても、西・南西・南方向の風によって、尼崎の臨海部の工場群や西淀川区の南部の此花区などの工場群の排煙が西淀川区方向に流されている場合があることは明らかである〔検甲一一の1ないし8・32・35・62ないし65、一四の1ないし42、一五の一ないし一五七、甲尋五の3(証人加藤邦興)二三七ないし二九七項〕。

このような目視による観察結果からみても、特定工場群が風上となり、西淀川区が風下となるような風向時には、特定工場群の排煙が西淀川区に到達することは明らかである。しかし、これらの写真は瞬間を描写したものにすぎず、これだけでは特定工場群の排煙の到達量を推定することはできない。

二  排出量と環境濃度の相関からみた到達

前記認定のとおり、西淀川区においては昭和三〇年代から昭和四〇年代にかけて日本でも有数の高濃度の大気汚染が存在しており、その近傍において特定工場群が地域全体の排出量の過半を占めるような大量の大気汚染物質の排出を継続してきたことからすれば、特定工場群の排出した大気汚染物質の幾ばくかが西淀川区に到達していたことは想像に難くない。これに加えて、特定工場群の二酸化硫黄排出量の推移と西淀川区の環境濃度の変化の対応関係をみると、図表二一(本件地域における排出量と環境濃度との対比)のとおり両者の間に相当の関連は認められ、これも特定工場群の排煙が西淀川区に到達していることを推定させる一事由といえる。

三  気象特性からみた到達

西淀川区地域の風向の特徴は、図表八―(2)(風配図)からも明らかなように、年間を通じて南西象限(淀中局を中心として南南西・南西・西南西・西・西北西)と北東象限(同じく北北西・北・北北東・北東・東北東)の風系が中心となっており、暖候期は両者概ね拮抗しているが、寒候期は北東象限の風系が卓越している。

図表一〇―(6)(淀中局における風向頻度)は、昭和四四年度から昭和五四年度までの一一年間の淀中局の風向測定データ(一時間値)のうち二酸化硫黄濃度が測定されている時間に対応するものを風向別に集計したものであるが、これによると右期間の平均風向頻度は、南西象限の風系が三三%、北東象限の風系が五〇%であり、東ないし南の風が約一一%となっている。

そして、西淀川区においては、南西象限の風系下及び北東象限の風系下で特徴的な高濃度汚染が発生している(前者を「南西型汚染」、後者を「北東型汚染」という)。その状況は、図表二二―(1)(2)(3)(4)のとおりである。

このうち南西型汚染は、風向・風速と高濃度の出現状況からみて、西淀川区とその西及び南側に隣接する尼崎市及び此花区の臨海部の工場等群を主要汚染源とする風下汚染というべきである。なお、関西電力春日出発電所及び旭硝子関西工場化学品部(福島区)は、淀中局の南東側にあり、南西象限の風系から多少外れるが、前記のとおり年間一一%程度は東ないし南の風であり、少ないながらこの風向時において風下汚染の源となるものと考えるのが相当である。

なお原告らは、北東型汚染においても特定工場群が寄与していると主張するが、特定工場群の寄与率を厳密に判定する必要性がないから、この点については特に検討することはしない。

四  行政シミュレーションによる到達

以上の検討からみても特定工場群の排煙が西淀川区に到達していることを推認することはできるが、これらからは到達量を具体的に知ることはできない。

しかし、前記大阪市四八年SO2シミュレーションによれば、特定工場群の排出した硫黄酸化物は、その寄与の程度は異なるものの、いずれも淀中局に到達しており、特定工場群の寄与率は、全体で16.43%となっていることが認められる。原告らは、右の寄与率は大工場の寄与を小さく評価しすぎているとして批判しているが、西淀緊対、此花特別、大阪クリーン・エアプラン73の各シミュレーションが示している大工場とその他の中小の工場の寄与の割合とさほどの差異はなく、多少の誤差があるとしても、概ね妥当な評価と考えられる。

なお、大阪市四八年SO2シミュレーションは二酸化硫黄に関するものであるが、右事実からすれば、同時に排出されている窒素酸化物や浮遊粒子状物質等も淀中局に到達していることは明らかである。

また、右シミュレーションは昭和四八年度における淀中局の平均濃度を再現することを目的に計画されているものであり、同年度の特定工場群の二酸化硫黄の排出量は三万八二〇〇トンにすぎず、これは昭和四四年度(二〇万六〇〇二トン)の五分の一以下である。また、特定工場群の二酸化硫黄排出量が地域の排出量に占める割合も昭和四八年度は五七%であるが、昭和四二年度には八五%を占めていたのであり(図表一七―(3)(4)参照)、したがって、昭和四八年度以前においては、特定工場群の淀中局に対する寄与濃度は右シミュレーションの結果よりもはるかに大きいことは当然である。

第四自動車排出ガスの地域環境への影響と距離減衰

一 自動車排出ガスの地域環境への影響

自動車排出ガスが当該道路沿道に到達することが明らかであることは先にも述べたとおりであるが、ここでは地域環境全体への影響の程度を検討する。

1 行政シミュレーションによる自動車排出ガスの影響

(一) 大阪市窒素酸化物濃度対策中間報告(基準・昭和四九年度)

右報告の概要は先に示したとおりであり、同報告によれば、拡散シミュレーションの結果、昭和四九年度において、大阪市全域を走行する自動車全体の右全域に対する窒素酸化物の平均寄与率(補正後)は六七%であり、工場等の寄与率(二六%)の2.5倍を超えることが認められる。

そして、同シミュレーションの結果による自動車によるNOx濃度分布図(乙(イ)五、図表二〇―(3))によれば、西淀川区のうち本件各道路が走行している一帯は、大阪市の中心部である北区・東区・南区・浪速区等とともに高濃度(六〇ppb)汚染地域に含まれていることが認められる。右濃度分布図を西淀川区用途地域図(甲六六)と重ね合わせれば(図表二〇―(4))、西淀川区内の住居地域(すなわち本件患者の居住地)のほとんどが右の高濃度地域に含まれていることが窺われる。また、同シミュレーション結果の全発生源によるNOx濃度分布図(図表二〇―(2))及び工場等によるNOx濃度分布図(図表二〇―(5))と前記自動車によるNOx濃度分布図を比較すれば、西淀川区の全発生源によるNOx濃度が六〇ないし一〇〇ppbであり、そのうち自動車排出ガスの寄与が四〇ないし六〇ppb、工場等の寄与が二〇ないし二五ppbであり、自動車の寄与が工場等より2ないし2.4倍高く、高濃度地域でみると自動車の寄与が六〇%、工場等の寄与が二五%程度とみられる。

〔NOx年平均値(y)とNO2年平均値(x)との関係はy=2.71x0.921の数式で換算されるから、NOx年平均値一〇〇ppbはNO2年平均値0.0503ppmであり、以下同様に八〇ppbは0.0395ppm、六〇ppbは0.0289ppm、四〇ppbは0.0186ppmに相当する(乙(イ)五)。〕

(二) 大阪府環境管理計画(基準・昭和四五年度)

同計画で実施された拡散シミュレーションにおいても、大阪市における窒素酸化物についての寄与率は、固定発生源が三三%、移動発生源が六七%としており、前記シミュレーションとほぼ同様の結果を示している。

(三) 大阪市大気環境保全基本計画(基準・昭和五五年度)

同計画で実施された拡散シミュレーションによれば、昭和五五年度において、淀中局におけるNOx濃度は、実測値0.0641ppm(NO2濃度0.0343ppm)に対し、計算値が0.0561ppm(同0.0291ppm)となり、発生源別のNOx濃度に対する寄与濃度(計算値)は、工場等0.0132ppm(23.5%)、自動車0.0345ppm(61.5%)、船舶0.0018ppm(3.2%)、航空機0.0004ppm(0.7%)、家庭等0.0032ppm(5.7%)、自然界0.003ppm(5.3%)と算定されている。大阪市内NOxの濃度分布(全発生源、自動車、工場等)は、図表二〇―(6)(7)(8)のとおりである。

これを前記(一)のシミュレーションの結果と比べると、西淀川区の全発生源による汚染レベルはかなり改善され、自動車によるNOx濃度も市内中心部に比較して相当低くなっているが、道路沿道に限定して高濃度地域が分布しているわけではない点は、(一)のシミュレーション結果と同様である。

淀中局を計算地点としたシミュレーションはこれのみであるが、前二者との整合性も高く、自動車の排出する窒素酸化物の一般環境に与える影響が工場等よりはるかに大きいことを示すものであり、窒素酸化物に関しては、自動車排出ガスが主要な汚染源というべきである。

2 阪神高速道路環状線の通行止めに伴う二酸化窒素濃度の変化

大阪府環境保健部環境局及び大阪市環境保健局環境部は、昭和六三年一月に阪神高速環状線が工事のため通行止めになったのを契機に、交通総量抑制による二酸化窒素濃度の改善効果を把握することを目的として、通行止め期間中の最も交通量の減少した同月一二日(対象日)について、この日と気象条件の類似した日との比較対象によって、二酸化窒素濃度の変化を解析した。

対象日は、大阪市内の交通量が約一〇%減少し、かつ、都心部の路上駐車が大幅に減少し、交通渋滞発生時間も一般道路で一五%、阪神高速道路で五五%減少して交通流が円滑となった。

そして、対象日は、通常であれば大阪市内の二酸化窒素濃度が高くなる気象条件であったにもかかわらず、大阪市内の中心部にやや高い地域があるが、むしろ市周辺部に高い地域が分布し、大阪市内一般環境局一三局平均二酸化窒素濃度の大阪府下一般環境局三九局平均二酸化窒素濃度に対する比も約一〇%減少した。

この結果、市内一三局の日平均値0.054ppmに対し、対象日は0.005ppm程度の濃度低減効果があったと推定され、交通量の減少及び交通流の円滑化等の交通量の制御により、二酸化窒素濃度の低減の可能性があることが示されたとされている(甲六四九)。

これによっても、自動車排出ガスの影響が道路沿道に止まらず、一般環境にある程度の影響を及ぼしていることが窺われる。

3 環境行政における自動車排出ガス対策

昭和四六年に大気汚染防止法施行令の改正により窒素酸化物がばい煙の一種として初めて規制の対象とされた後、環境基準の設定、窒素酸化物対策の技術開発、規制対象施設の拡大などの措置がなされ、昭和四八年からは数次にわたり自動車排出ガス規制が実施されてきたが、自動車交通量の増大と大型ディーゼル車対策の遅れなどにより都心部を中心として改善の徴候がみえず、昭和五六年には同施行令の改正により窒素酸化物に対しても総量規制が導入され、東京都特別区等、横浜市・川崎市等とともに大阪市・堺市等も総量規制地域に指定された(Ⅰ八六頁参照)。

これに対応して大阪府・市、兵庫県・尼崎市でも窒素酸化物対策が鋭意進められ、昭和五〇年度には大阪府の固定発生源の窒素酸化物排出量は昭和四七年度比で半減(昭和四七年度第一次・第二次重点工場推定排出量七万五三〇〇トン、昭和五〇年度同排出量三万七六〇〇トン―丙一一一)したが、自動車排出ガスの削減対策は十分な効果をあげることができず、昭和五〇年代以降の大気汚染対策は、自動車等移動発生源による窒素酸化物が中心となってきている。平成元年に大阪市が策定した「大阪市自動車公害防止計画」(Ⅰ九六頁)は、大気環境改善についての対策を進めた結果、全般的には大気環境は大きく改善され、二酸化硫黄、一酸化炭素については環境基準を達成し、二酸化窒素についても固定発生源については計画通りの削減が図られたが、自動車排出ガスについては、規制の強化や交通量抑制のための公共交通機関の整備など、各種の対策にかかわらず顕著な改善が認められず、それが今日の大気汚染の主たるものと考えられると述べ、今日の大気汚染問題の中心が自動車排出ガスにあるとの認識を示している(甲八六八)。

このような認識は、硫黄酸化物濃度の推移(図表一一―(2))と一般局と自排局における窒素酸化物濃度の推移(図表一二―(2)(3))を対比してみれば分かるように、窒素酸化物については、一般環境においても新環境基準を達成していないし、とりわけ道路沿道においては新環境基準の上限値を大きく超えていることが背景となっているものである。なお、西淀川区においては、一般局(淀中局)に対し道路沿道の自排局(出来島局)の汚染濃度が昭和五四年以来1.5倍を超える状態が続いている。

二 距離減衰

被告らは、道路を走行する自動車から排出される窒素酸化物(NOとNO2の相加)の濃度は、道路から若干離れるだけで急激に減少するから、本件各道路を走行する自動車の排出ガスが本件患者の居住地に到達することはないと主張するので、以下、距離減衰について検討する。

1 距離減衰に関する調査結果

道路を走行する自動車の排出ガス中の物質は、煙突からの排煙と同様に発生源条件や風向・風速などの気象条件によって拡散されるから、その到達距離も到達する濃度も一様ではない。そこで、国道四三号線等で実施された道路端と一定の距離をとった位置での濃度変化に関する調査結果の概要をみることとする。

(一) 兵庫県公害研究所調査〜芦屋市、西宮市及び尼崎市(昭和四八・四九年)

兵庫県公害研究所が昭和四八年に芦屋市、西宮市及び尼崎市の各一地点において、国道四三号線に直角に交差し道路幅が六ないし九mの交通量の少ない道路を対象に窒素酸化物濃度を測定した結果のうち、西宮市における測定結果によれば、道路端から五〇mで約五〇%、一〇〇mで約七〇%程度の減衰がみられる(甲八六九)。

同研究所は昭和四九年にも同様の調査を行っているが、その結果によるとNOは道路端から二〇mで九〇%、四〇mで七〇%、六〇mで六〇%、一〇〇mで三五%となり、その後も徐々に減衰傾向が続き、NO2は、約五〇m地点までは道路端と同程度かより高い値を示し、五〇m以上で減衰が始まり、一〇〇mで約七〇%、一五〇mで約五〇%と減衰はゆるやかである(甲八七一)。

(二) 国道四三号線自動車公害総合環境調査〜尼崎市等(昭和四九年)

兵庫県生活部環境局は、昭和四九年八月から九月にかけて、国道四三号線沿線の尼崎市、芦屋市及び西宮市において、道路端から二〇〇mまでの拡散状態等を調査した。その結果の概要は次のとおりである(甲八七〇、丙三六六)。

(1) 尼崎市の住居の密集した所では、自動車から排出されたNOxの濃度は、道路端からゆるやかに減少し、四〇mで七五%、八五mで五〇%、一五〇mで二四%となり、一五〇mを超すとあまり減衰がみられなくなる(図表七―(2)上段)。

(2) NO2については、道路端から約二〇m地点まで濃度が増大し、約四〇mから次第に減少していき、約二〇〇mあたりで五〇%程度に減衰する。これは道路端付近でNOがNO2に酸化される反応が起こるためと思われる(図表七―(2)下段)。

(3) 芦屋における道路ぎわでの垂直分布調査では、NOxは地上からの高度があがるほど濃度は下がり、逆に一酸化炭素は地上からの高度があがるほど濃度が漸増する傾向を示した。

(三) 尼崎市調査〜県道尼崎宝塚線(昭和四九年)

尼崎市が昭和四九年八月に県道尼崎宝塚線(南武庫之荘)で行った自動車排出ガス拡散調査によれば、道路周辺の建物の少ない所では自動車排出ガスの直接的影響は道路から風下側約一〇〇m辺りまで認められる。NO2は約二〇mで三分の一程度になり、その後はほとんど減衰していない(丙三六六)。

(四) 環境庁調査〜芦屋市・西宮市(昭和五〇年)

環境庁企画調整局環境保健部は、昭和五〇年に芦屋市と西宮市の国道四三号線とその上に阪神高速道路が設置されている地点において、調査期間中の主風向が北系で平均風速が2.7m/sの条件のもとで、バックグラウンド濃度測定点として道路北側五〇m地点をとり、道路南側には、道路端・五〇m地点・二五〇m地点を測定点と定めて、窒素酸化物等の測定を行った。その結果は次のとおりである(単位ppm)(甲八七二)。

NOx

NO

NO2

北側 五〇m地点

0.057

0.029

0.028

南側 道路端

0.182

0.133

0.049

南側 五〇m地点

0.115

0.074

0.041

南側 二五〇m地点

0.062

0.034

0.028

これによるとNOは五〇m地点でほぼ半減し、二五〇m地点では四分の一程度になり、NO2は五〇mでは一六%程度しか減衰しないが、二五〇mではバックグラウンド濃度に等しくなっている。なお、南側道路端では、NO2量はNOxのうちの二七%程度を占めるだけである。

(五) 大阪自動車排出ガス対策推進会議調査〜守口市・岸和田市(昭和五一年)

大阪府の右推進会議は、昭和五一年度に守口市及び岸和田市において、道路汚染調査を行い、窒素酸化物と一酸化炭素について道路端からの距離と濃度の関係について、道路端から約二〇mまでに約八〇%減衰し、二〇mを超える範囲では比較的ゆるやかになり、五〇mで約九〇%減衰したとしている(丙一七一―図表七―(3))。

(六) 近畿地建調査〜西淀川・出来島地区(昭和五二年)

近畿地方建設局大阪国道工事事務所が、昭和五二年一一月八日から一五日までの一週間にわたって、西淀川区出来島地区において、道路端・二五m・五〇m・一〇〇m・二〇〇mの各地点の窒素酸化物の一時間値を測定した結果は、図表七―(1)のとおりである。これによると、道路端を一〇〇として、二五mで84.9、五〇mで52.2、一〇〇mで33.9、二〇〇mで30.3となっている(丙一七二の一ないし三)。

(七) 日本道路公団調査〜東名高速道路沿道(昭和五二年)

日本道路公団は、昭和五二年、東名高速道路沿道において、盛土、高架、切土及び平面の各道路構造となっている地点を対象に、図表七―(4)のとおりの測定点を設け、風下(風向が複数の測定点を持つ側が風下となる場合)、平行風(道路にほぼ平行に風が吹く場合)、風上(複数の測定点を持つ側が風上になる場合)、静穏(風速一m/s以下)の別にNOxとNO2の濃度を測定した。その結果について、調査者は次のように要約している(甲八七六)。

(1) 道路構造にかかわりなく、NOx及びNO2の路肩からの減衰は類似した曲線を描く。

(2) 風下時と平行風時にはかなり類似した減衰曲線を描く。風上時であっても、道路端では自動車排出ガスによる濃度増加がかなり強く認められ、このとき道路端から二一〜三六m風上でも濃度増加がわずかに認められる。

(3) 静穏時であっても、道路端濃度は有風時(風下)とあまり変わらない値(やや高め)をとる。距離減衰曲線も有風時(風下)と同様な形をとる。

(八) 財団法人日本公衆衛生協会調査〜川崎市(昭和五二年)

財団法人日本公衆衛生協会は、昭和五二年一二月から昭和五三年一月にかけて、川崎市川崎区貝塚において、国道一五号線を対象に、調査期間中の主風向が北系で平均風速が毎秒2.2メートルとの条件のもとで、二〇〇mまでのNOx、NO、NO2の濃度を測定した。その結果は図表七―(5)のとおりである。

右によるとNOの減衰はNO2に比べて顕著であり、四〇m位でほぼ半減する。NO2は三〇〜四〇m付近までかなりの減衰をするが、その後の減衰はわずかであり、二〇〇m地点でも道路端の六〇%を超えている。

なお、右協会は、昭和五三年にも横浜市神奈川区三ツ沢中町において、国道一号線を対象に、同様の調査を行っているが、ほぼ同様の結果を得ている(甲八七五)。

(九) 東京都衛生局調査〜環七等(昭和五七〜五九年)

東京都衛生局は、昭和五七年から昭和五九年にかけて、環状七号線、国道一七号線、杉並区、練馬区、板橋区において、複合大気汚染に係る健康影響調査を実施した。同調査における道路沿道の窒素酸化物濃度の測定結果は図表七―(6)のとおりである(甲六三九)。

これによるとNOは二〇mで半減以下になることが多いが、NO2の減衰はゆるやかであり、一五〇mでも二〇%程度しか減衰しない場合もみられる。

(一〇) 西宮市・芦屋市・尼崎市調査(平成元年)

西宮市、芦屋市及び尼崎市は、平成元年五月、国道四三号線の北側と南側の各一一〇mの範囲において、簡易測定(PTIO法)により、NOx、NO、NO2の濃度の測定を行った。測定期間中の主な風向は北ないし北北東であり、平均風速は3.2m/sであった。その結果は、図表七―(7)のとおりである。

これによるとNOは一〇ないし三〇m程度でほとんど半減するが、道路端でのNO2濃度はNOx濃度の二〇%前後でバックグラウンド濃度との差は大きくなく、減衰も極めてゆるやかである(甲八七三)。

2  距離減衰の評価

(一)  右にみたとおり各調査における距離減衰率にはかなりばらつきがあるが、各調査結果を総合すると、次のような傾向が認められる。

(1)  NOx中のNOとNO2の比率

自動車から排出されるNOxは、大部分がNOであり、これが排出後空気中で酸化してNO2になるところ、右各調査結果によれば、道路端ではNOが約四分の三を占め、NO2が約四分の一程度であり、道路端から数十mの間に酸化反応によりNOが減少し、NO2が増加する傾向がみられる。

(2)  NOの距離減衰

NOは、道路端から五〇m付近に至るまでにほぼ半減し、その後はゆるやかに減衰を続け、二〇〇m付近では四分の一程度となり、道路の風上側の濃度に近づく。NOの減衰は、拡散だけでなく、酸化反応による減少も含まれていると推定される。

(3)  NO2の距離減衰

NO2は、道路端から数十mまではやや増加傾向を示し、その後減衰を始めるが、NOの減衰に比べてゆるやかであり、二〇〇m付近でも道路端の半分程度の濃度が残っているが、概ね風上側の濃度に近づいている。NO2の減衰は、NOの酸化による増加と拡散による減少の総和と考えられる。

(4)  NOxの距離減衰

右の結果、NOとNO2の相加としてのNOxは、道路端から五〇m付近で約六〇%、二〇〇m付近で約三〇%程度に減衰することになる。

(二)  被告らは、距離減衰により本件各道路を走行する自動車の排出するNOxは本件患者の居住地に到達することはないと主張するところ、以上のようにNOxを全体としてみれば、距離による減衰は著しいが、その中心はNOであって、環境基準の指標とされているNO2は、NOの酸化による生成と拡散による減衰が同時的に行われることもあって、その減衰はゆるやかで道路端から二〇〇m離れても半減する程度である。さらにその先については明確なデータはないが、NO2の低減のカーブから判断してその後も徐々に低下を続けて環境濃度のレベルに達するものと推定される。なお、環境濃度のレベルに達するということは、その段階で他の発生源からのNO2と合わさって環境濃度を形成していることを意味するのであって、自動車排出ガスの影響が消滅するわけでないのは当然である。

前記各シミュレーションの結果は、自動車排出ガスの直接的な影響の少ない一般局におけるものであるから、そこにおけるNOxの影響が距離減衰後のNOx濃度の反映と考えるのが相当である。

したがって、淀中局における二酸化窒素の測定濃度のおよそ六〇%は、各シミュレーションの対象煙源とされた本件各道路を含む西淀川区内の道路を走行する自動車の排出する窒素酸化物に起因するものというべきである。

そうすると、距離減衰の示すところは、道路端では一般環境に比べ、NOで約四倍、NO2で約二倍、NOx全体で約三倍、道路端から五〇m付近ではNO・NO2・NOxとも約二倍の局地的高濃度の汚染にさらされていることを指摘することにより重要性があるものということができる。

第五到達の総合評価と各排出源の寄与割合

一  西淀川区の一般環境に対する寄与割合

1  工場等からの到達

西淀川区には、区内にもその周辺にも極めて多数の工場等が存在しているところ、各種の行政シミュレーションの結果によれば、西淀川区の大気汚染については、個々的には小さいながら多数の中小工場群の寄与が過半を占めており、これに尼崎市内に立地する工場群の影響が大きく、大工場の寄与はそれに次ぐものであることが認められる。

そして、その大工場の大半は特定工場群であり、特定工場群の排出した汚染物質が淀中局に到達し、その濃度に相当程度の影響を与えていることが、各種の検討結果から明らかになった。ことに大阪市四八年SOxシミュレーションは、特定工場群のすべてについて、寄与の程度は別として、その排出する汚染物質が淀中局に到達していることを明らかにしている。

右シミュレーションの結果によれば、昭和四八年度においては、淀中局の二酸化硫黄濃度のうち、工場等の固定発生源の排出した二酸化硫黄による影響は約九一%に及んでいる。

また、大阪市窒素酸化物濃度対策中間報告のシミュレーションでは、昭和四九年度において、淀中局の二酸化窒素濃度に対する工場等の寄与は二五%程度とみられる。

2  自動車排出ガスの到達

大阪市窒素酸化物濃度対策中間報告の昭和四九年度を基準年とするシミュレーションの結果によれば、大阪市内の一四の大気汚染モニタリングステーションの平均値で自動車の影響は六七%とされており、西淀川区の高濃度地域では約六〇%程度とみられる。

大阪市四八年SO2シミュレーションによれば、淀中局の昭和四八年度の二酸化硫黄濃度に対する自動車の影響は約八%とされている。

そして、自動車排出ガスが生活環境に密着した低位置に排出されることからすれば、右寄与分は西淀川区内の道路を走行する自動車によるものが大部分を占めるものというべきである。

3  西淀川区の環境濃度に対する工場等と道路の影響度

以上によって、昭和四八、四九年ころを中心とした工場等と自動車などの発生源別の二酸化硫黄及び二酸化窒素の寄与の程度が概ね明らかになった。そして、工場等の排煙は二酸化硫黄を中心とするのに対し、二酸化窒素については自動車排出ガスがより重要であることが判明した。そこで、これらのデータを基に、西淀川区の大気汚染による健康影響に及ぼす本件各道路の寄与の程度を二酸化硫黄と二酸化窒素の二物質を指標としてみていくこととする(このほか工場等と自動車の排出する浮遊粒子状物質も環境濃度に大きな影響を与えていることはいうまでもないが、これについては、発生源ごとの排出量も明らかにされていないから、ここでは指標とはしない)。

しかして、前記のように、両物質の環境基準値の逆数を係数的に使用して、前記データに基づいて加重平均して影響度を評価すると次表のとおり自動車の影響は三〇%弱と評価される。

発生源

二酸化硫黄

二酸化窒素

合計(加重平均)

工場等

九一%

二五%

64.60%

自動車

八%

六〇%

28.80%

〔(91×6+25×4)÷10≒64.6(8×6+60×4)÷10≒28.8〕

そして、西淀川区内の全道路に対し、本件各道路を走行する自動車の窒素酸化物の排出量は昭和四六年から昭和五二年ころの間は七〇%弱程度で推移しているから(図表一九―(2))、本件各道路を走行する自動車の排出ガスが西淀川区内の一般環境へ与えている影響は平均すると二〇%程度と判断される。

二  道路沿道における寄与割合

1  行政シミュレーション結果からみた寄与割合

右にみてきた本件各道路の影響は、淀中局を含む大阪市内の一般局を測定点とする行政シミュレーションを中心に検討した結果であり、少なくとも対象煙源とされた道路からは一〇〇m以上離れた地点における寄与の程度を表すものである。

したがって、距離減衰の結果から判断すれば、本件各道路の沿道(道路端から五〇m以内)では、二酸化窒素濃度は二倍程度になっていると推定されるから、二酸化窒素については、自動車の影響が七五%に対し、工場等の影響が一六%程度になる。これに基づいて、右と同様の加重平均を求めると、道路端から五〇m以内では、自動車排出ガスの影響は三五%程度になるものと推定される。右は、昭和四八、四九年ころを中心とした道路の寄与割合であり、その後、二酸化硫黄濃度が著しく改善され、浮遊粒子状物質についても低下傾向にあるのに対し、二酸化窒素は増加ないし横ばい状態にある(図表一四参照)ことからすれば、道路沿道における自動車排出ガスの影響はさらに増加傾向にあることは明らかである。

2  測定濃度からみた寄与割合

西淀川区においては、右三物質について、一般局である淀中局及び自排局である出来島局において、それぞれ左記の時期から継続的に濃度測定がなされている(但し、二酸化硫黄については導電率法による測定開始時期)。

〔淀中局〕

〔出来島局〕

二酸化硫黄

昭和四〇年度

昭和五八年度

二酸化窒素

昭和四八年度

昭和四六年度

浮遊粒子状物質

昭和四二年度

昭和六三年度

そして、その測定値は、二酸化窒素濃度について、一時期(淀中局での測定が開始された昭和四八年度とそれに続く二年度)、淀中局の測定値が高値を示していることがあるほかは、すべて出来島局の測定値が高い。両測定局の位置関係からみて、出来島局の測定値には、国道四三号線を走行する自動車の排出する汚染物質の影響が加わることが主たる原因と考えられる(この点、自動車排出ガスの影響で二酸化窒素濃度が加算されるはずの出来島局での二酸化窒素濃度が昭和四八年度から昭和五一年度の三年間については淀中局より低いことは理解困難である。その時期、淀中局での測定値に近傍発生源からの強い影響があったのか、あるいは測定に過誤があったとしか考えられない)。

したがって、両測定値の差は、国道四三号線を走行する自動車に由来するものとみることができる。三物質ともに両局の測定値が得られる昭和六三年度から平成四年度の五年間の平均値を対比すると以下のとおりである。

汚染物質

出来島局

淀中局

寄与率

SO2(ppm)

0.07

0.04

0.03

43%

NO2(ppm)

0.05

0.034

0.016

32%

SPM(mg/m3)

0.018

0.01

0.008

44%

これによると、国道四三号線を走行する自動車に起因する大気汚染寄与率は三物質平均で約四〇%に及んでいることがわかる。なお、淀中局の測定値には自動車排出ガスの影響が一部(二〇%程度)及んでいることは前記のとおりであり、これを考慮すると右の寄与率は五〇%を超えることになる。

第四章発症の因果関係

第一大気汚染公害の特質と法的因果関係

一  法的因果関係の意義

1  因果関係とその立証責任

因果関係とは、ある原因がある結果を生じさせることをいい、不法行為の中心的要件事実の一つである因果関係は、加害行為によって被害(権利侵害)が生じ、それによって損害が発生したことを証明することにある。不法行為法の基本理念は損害の適正な分担にあり、因果関係の証明においてもこの基本理念が発現されなければならない。そこで、加害者の負担すべき責任範囲を画する理論として相当因果関係説に基づく処理がなされてきた。一般に相当因果関係の概念でとらえられてきた問題には、事実的因果関係、保護範囲、損害の金銭的評価を含んでいるといわれている。事実的因果関係においては、「あるか、ないか」の二者択一的判断をするのが通常であり、因果の流れのどこまでを責任範囲とするのが相当かは保護範囲の問題である。保護範囲によって限定されたところの因果関係が認められた以上は、それによって生じた全損害を賠償するのが原則とされる。被害者側に帰責性のある競合原因や被害拡大要因等が存在する場合、あるいは帰責性はないが損害を公平に分担するうえで考慮すべき事由などがある場合には、損害の金銭的評価の場面で、過失相殺又はその類推あるいは信義則等による調整が行われてきた。

そして、相当因果関係の三要素の立証責任はいずれも被害者側にあり、他原因の存在や損害評価上の反対事実等の主張は、被害者側の立証による証明力の減殺を意図するもので反証であり、証明された損害の範囲を限定する意味での過失相殺等の主張は加害者側に立証責任がある。これは法律要件分類説に従って、適正な損害を把握するために立証責任を当事者双方に分配しているものである。

2  因果関係の証明

このように位置づけられた事実的因果関係についての訴訟上の証明は、到達の因果関係の冒頭(Ⅳ八一頁)でも述べたとおり、必ずしも自然科学的証明が必要なわけではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討して高度の蓋然性が証明されることで足り、高度の蓋然性とは、通常人が疑いを差し挾まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることで足りるとされている。そして、具体的な事件における証明の方法や程度については、科学的証明の困難性の程度やその原因、その時点における現実的な証明手段、加害と被害の態様などを総合して判断すべきであると解するのが相当である。

したがって、抽象的には証明の程度は高度の蓋然性が要求されるわけであるが、証明の方法も証明力も具体的訴訟の態様や時代とともに相対的に変化するものである。科学的因果法則が確立されていない事実については、因果関係の存在を推定させる状況(間接事実)からの推認が行われる場合もあるし、科学的な解明が不可能でなくても、その証明が困難であったり、証拠収集の可能性が少ない場合には、その原因に応じて証明力を相対的に評価することも行われる。しかし、このような証明力の相対性は、訴訟において証明されるべき法的評価としての事実証明に本質的に含まれるものであって、いずれの場合も証明力の緩和や立証責任の転換を意味するものではない(蓋然性説、一応の推定説、間接反証説などは、訴訟類型別に証明力の相対性を具体化しようとする試みとしての意義があると考えられるが、証明の程度の緩和や立証責任の転換を図ろうとする点において賛同できない)。

右のような理解に立てば、公害訴訟であるからといって特に証明の範囲や程度について別異の取扱いをしなければならない必然性はないものと考える。

二  大気汚染公害の特質と発症の因果関係の証明

1  個別立証の必要性と大気汚染公害の特質

本件における発症の因果関係とは、大気汚染物質によって指定疾病が発症・増悪することが一般的に認められること(以下「一般的因果関係」という)を前提として、本件患者のそれぞれの罹患した指定疾病(罹患の有無は被害事実の認定の問題であり、因果関係とは異なる)が大気汚染物質によって発症又は増悪したことであり、その立証は、本来は個々の患者ごとになされなければならない(以下「個別的因果関係」という)。

しかるところ、原告らは、大気汚染公害訴訟においては、法的因果関係の判断に当たって特別の配慮がなされるべきであるとして、その根拠として大気汚染公害の特質を列挙している(Ⅱ九三〜九九頁)。そのうち発症の因果関係に関するものとして、①本件患者の疾病が非特異的疾病であること、②本件患者は経済的、社会的弱者であること、③公的調査研究の不備と限界、④自然科学上の研究の不十分さと限界をあげている。

しかして、右①の点については、公健法が定める指定疾病(慢性気管支炎、肺気腫、気管支ぜん息、ぜん息性気管支炎及びそれらの続発症)の定義、診断基準、基本病態と主症状については後に判断するとおりであり、これらはいずれも多種多様な要因によって発症し、増悪するものであって、そのゆえに非特異性疾患と称されていることが認められる。そして、公健法制定の際になされた中公審答申の基礎となった中間報告(中公審費用負担特別部会損害賠償負担制度専門委員会医療分科会「主として医学の立場からみた公害損害賠償保障制度の基本問題について」―甲七六四)も、非特異性疾患といわれる大気汚染系疾病においては、大気汚染のレベルと疾病の発現等との関係を疫学的手法を用いて人口集団の現象として確率論的に究明することはできるが、事故等による明らかに異常な高濃度の汚染による例外的なケースを除いては、多くの場合その疾病と大気汚染物質との因果関係を個々の患者について明らかにすることは極めて困難であるということが、医学、公衆衛生の専門家の一致した見解であるとしている。この報告を受けて中公審は、指定地域、曝露要件、指定疾病の三要件をもって因果関係ありとみなすという制度上の取決めをする以外に非特異的疾患を公害による損害保障制度に取り入れる方法はない旨の答申を行い、公健法の成立に至ったものである(Ⅰ一四七、一四八頁)。右のように、大気汚染が疾病の発現に関わっていることが確率論的に認められる場合にあっても、その疾病が非特異的疾患である場合には、個々の患者ごとに当該疾病罹患と大気汚染との因果関係を証明することは、本質的に困難であることが明らかにされている。

原告らの指摘する他の諸点も結局はこのような個々の患者の疾病と大気汚染物質との因果関係の証明の困難さを原告らにのみ負担させることの問題性をいうものと解される。

2  個別的因果関係と疫学的証明

右にみたように、本件のような長期間にわたる比較的低濃度での都市型複合大気汚染のような場合には、本質的に個別的因果関係の証明は困難とされるが、疫学的調査等によって、一般的因果関係とともに当該汚染地域における罹患率の上昇を証明し、かつ、大気汚染濃度と当該患者の曝露状況(発症状況、症状の経過等)、他因子の影響の有無・程度などを審査(以下「個別審査」という)することにより、大気汚染の影響の度合いをある程度判断することはできるし、疫学的証明も一つの証明方法であるから、その評価いかんによってはそれのみによる事実の認定も不可能ではないし、あるいは他の全証拠資料を総合して事実を認定することができる場合もあろう。

しかし、大気汚染疫学の概要については、後に検討するとおりであり、本来疫学は、人間集団における疾病現象を集団的に観察することにより、その発現の頻度や分布などを規定する諸因子を研究する医学の一分野であり、個人における疾病の発症や増悪に関連した因子を探究することを目的とはしていない。したがって、汚染物質と指定疾病との関連や罹患率の地域的比較などを行うことはできても、疫学調査の結果から直ちにその集団に属する個人の病因を特定することはできない。しかも、疫学的手法は、対象集団の把握、疾病異常の測定、研究方法、結果の分析・評価のあり方などによって、その意義も大きく異ならざるをえず、疫学的因果関係の判断は慎重になされる必要がある。

そして、指定疾病は非特異的疾患であって、大気汚染以外にも多種多様な発症・増悪要因が考えられており、現に大気汚染の有無にかかわらず、どの地域にもある程度の発症がみられるのが通常である(以下「自然罹患率」という)から、右のような個別審査をしても、患者によっては自己の素因や既往の健康状態等の影響によって発症した者もいることは否定できず、個々の患者が大気汚染のみによって、あるいはそれが主たる原因となって発症したのか、大気汚染の影響なしに、あるいはなにがしかの影響はあるが、その患者の素因等が主因となって発症するに至ったのか、増悪についても、どのような影響を受けたのかを具体的に明らかにすることはほとんど不可能というべきであろう。

なお、公健法による認定も前記のように個別的因果関係の証明が不可能であることを前提として、因果関係についての制度的割り切りを行うことにより、行政的補償を行ううえで相当とされる蓋然性を判定しているに過ぎず、大気汚染によって発症した可能性を類型化したものとして重要ではあるが、その前提からして個別的因果関係を証明するものではない。

3  発症の因果関係における証明の対象

以上のように、本件のような場合にも、厳格に個別的因果関係の立証を要求するとすれば、被害者はたちまち立証不能に陥らざるをえないこととなる。大気汚染の存在、被害者の多発という現象が存在するのに(存在するか否かは別個の事実認定の問題である)、この点の立証責任によって損害賠償を全面的に否定することは不法行為法の基本理念にもとることとならざるをえない。

そこで、原告らは、疫学等による集団的な立証は、その集団に属する個人の属性の立証でもあり、大気汚染に曝露されている以上、他の原因があったとしてもその影響を受けていることは否定できないとして、加害者側において大気汚染物質によらないで(他の原因のみによって、あるいはそれが主たる原因となって)発症・増悪したことを証明しない限り因果関係は認められるべきであるとする。

確かに、大気汚染の存在は、発症の閾値を相対的に低下させて新たな発症者を生み出す可能性があるだけでなく、大気汚染と関係なく発症する者に対しても症状増悪の影響を及ぼす可能性は否定できないから、その意味では原告らの右主張も理解できないではない。しかし、問題は、大気汚染の影響のいかんにかかわらず発症する可能性のあった者に対しても加害者に賠償させることが正当かということである。

原告らの主張によれば、被害者側に課せられた立証命題が疫学的証明によって証明されたと主張しながら、加害者側にその反対事実の証明を要求する点で矛盾があるだけでなく、このような証明責任の転換的な処理は、先のような証明を被害者側に負担させることが酷であるという以外に理由がないところ、その証明不可能な命題を加害者側に負わせる結果となる。それは結局において、大気汚染に曝露された住民が指定疾病に罹患した場合は、自然罹患者を含めてその地域の罹患者に対する責任をすべて発生源に負担させることを意味するのであって、適正な損害の負担という理念から外れることにならざるをえない。

他方、被告らは、厳格に個別的因果関係の立証を要求し、大気汚染の原因性と結果に対する寄与の程度を証明の対象とすべきであると主張するが、これも先に述べたように不可能を強いることになりかねない。

そこで、「あるか、ないか」の択一的な因果関係の証明に修正を加える種々の見解が提起されることになる。

その一つに、集団について何らかの相関関係が認められることと、個別の被害について高度の蓋然性をもって因果関係を証明したこととは同一ではないとして、疫学調査にみられる関連性は、相対危険度をもとにした大気汚染の原因確率を計算できるだけであり、少なくとも因果関係についての確率的認定を行い、責任範囲をその限度に限るのが相当であるとする見解がある。これは、前記のような証明不可能な事実をいずれかに負担させるよりも、大気汚染の原因性について確率的計算が可能であれば、それを一つの限界としようとするものであり、疫学的証明以外に立証手段が存在しない場合に、損害を適正に分配するための工夫であるといえよう。この他にも、確率的心証論や割合的因果関係説などの諸説が提起されている。そしてそれらはいずれも発症の因果関係における証明対象を個人ごとの大気汚染の原因性(及び結果に対する寄与の割合)であることを当然の前提としている。そのうえで事実的因果関係の証明度が通常求められる程度に達しない場合でも、心証度や蓋然性の程度に応じた損害賠償を認容しようとしている。

これらはいずれも不法行為の基本理念である損害の適正な分担を目指す点において評価される。もっとも、このような考え方は一般的に適用するか特定の事案にのみ例外的に適用するかにかかわらず、事実的因果関係の証明についての従来の考え方の枠組みを変更するものであり、証明の対象を不明確にしたり、事実の存否の判断にあいまいさを持ち込む恐れがないではないように思われる。

そこで、加害者の行為の関与により一定の被害(疾病の発症・増悪)が現に生じており、当該訴訟の時点における科学水準によれば、疫学等によって統計的ないし集団的には加害行為との間に一定割合の事実的因果関係の存在が認められるが、集団に属する個々の者について因果関係を証明することは不可能あるいは極めて困難であり、被害者にその証明責任を負担させることが社会的経済的妥当性を欠く一方、加害行為の態様等から少なくとも右一般的な割合の限度においては加害者に責任を負担させるのが相当と判断される場合には、いわば集団の縮図たる個々の者においても、大気汚染の集団への関与自体を加害行為と捉え、右割合の限度で各自の被害にもそれが関与したものとして、損害の賠償を求めることが許されると解するのが相当である。右のように集団への関与の割合自体を証明対象とすることによって、従来の因果関係の立証責任の分配、証明度についての原則を維持しつつ、右のような場合については、被害者側に帰することが妥当でない証明困難により全面的に請求が棄却される事態を防止し、他方、加害者側にも加害行為に対応しないおそれのある損害の負担をさせないことにより、その適正な分配が可能になると考える。

したがって、原告らは右立証命題について高度の蓋然性をもって証明する必要があり、かつ、右割合の損害賠償を求める限りはそれで足りる。

4  一般的因果関係の判断

加害行為の集団への関与の程度を評価するうえで、相対危険度(ある要因の曝露を受けた群が、受けなかった群に比べて何倍疾病発生又は死亡の危険率が高いかを示すもので、罹患率又は死亡率の比である―乙(ウ)二二四)は一つの客観的な判定基準を与えるものである。西淀川区の有症率(有症率を罹患率とみなしたもの、以下同じ)に対する被汚染地区の有症率の比率を相対危険度とし、これを基に有症率の増加分の西淀川区の有症率に対する割合を求めれば、具体的個人の疾病罹患が疫学的に原因とされた因子に曝露されたことによって増大したところの危険に帰せしめることができる確率を判定することができる。

もっとも、右の計算では、発症の増加に係る部分を把握することはできるが、症状の増悪に係る部分を十分把握できないきらいはあるので、この部分については追加的に考慮する必要がある。

第二呼吸器の基本構造と指定疾病の概要

一 呼吸器の基本構造と機能

呼吸は、生体が代謝を営むために必要な酸素を外界から取り入れ、物質代謝の結果組織に生じた炭酸ガスを排出するガス交換の過程をいい、鼻(又は口)―咽頭―喉頭(以上、上気道)―気管―気管支―肺胞(以上、下気道)を主たる構成部分とする呼吸器によって司られている。

左右の肺には、気管から分岐した気管支が一本ずつ入り、十数段の二分岐を繰り返しながら段々と細くなり、気管支―細気管支―終末細気管支―呼吸細気管支―肺胞管となり、その先端が毛細血管に取り囲まれた袋状の肺胞となっている。そして、肺胞においてガス交換が行われる。

外界の大気中には、塵埃、細菌、ウイルス、刺激性ガス、微小粒子状物質等が含まれており、呼吸器には、これら異物が肺胞に達しないようにする防御機構が備わっている。その一つに線毛運動がある。鼻腔から終末細気管支にいたるすべての気道の表面は、円柱線毛上皮と呼ばれる細かい線毛をもつ細胞で占められており、所々に粘液を分泌する杯細胞が挾まれている。線毛上皮の上には、ゲル層とゾル層の二層の粘液性被膜が覆っており、侵入してきた異物は、粘着性を有するゲル層に捕捉され、気道液(杯細胞や気管支腺から分泌する粘液や漏出した血漿成分など)とともに線毛運動によってエスカレーターのように咽頭へ向かって運ばれて排除される。気道液がある程度の生理的なレベルを超えると、たんとして対外に排出される(せきは、たんを排出する生体の防御反応である)。このほかの防御機構としては、鼻腔の粒子濾過や鼻粘膜での捕捉排除、呼吸細気管支から肺胞領域での貪食細胞(マクロファージ)やリンパ流による排除、細菌等を捕捉する白血球の働き、免疫反応などがある(乙(ウ)一―本間日臣他「慢性閉塞性肺疾患のすべて―Ⅱ病因論」、乙(ウ)七五―谷本普一「呼吸器疾患に関する一八〇の質問」、乙(キ)四九―図説臨床内科講座「呼吸器1」)。

大気に含まれた汚染物質が気道及び肺を侵襲することにより、呼吸器の防御機構に障害が起こり、肺胞が破壊されて気腫性変化を来したり、呼吸困難を生じさせたりする可能性が考えられている。多くの気道系疾病の中で大気汚染との関連で従来から注目されてきたのは慢性気管支炎、肺気腫及び気管支ぜん息であり、公健法は、右三疾病とぜん息性気管支炎並びにこれらの続発症を第一種地域の指定疾病として規定している。右各疾病の定義、診断基準、基本病態及び主症状並びにその主要病因は以下のとおりである。なお、慢性気管支炎、気管支ぜん息、肺気腫を包摂するものとして慢性閉塞性肺疾患の概念が使用されている。

二 慢性閉塞性肺疾患

かって慢性気管支炎、気管支ぜん息及び肺気腫の診断については相当の混乱がみられた。昭和二七年に英国で発生したロンドン・スモッグ事件を契機に、英国医学研究協議会(BMRC)は、慢性気管支炎に関する研究を開始し、昭和三三年に開催されたチバ・ゲスト・シンポジウムにおいて、それまで英国と米国で診断名に混乱が見られた慢性気管支炎、肺気腫及びその関連疾病の用語、定義、分類等が検討され、初めて『慢性非特異性肺疾患』(CNSLD)という用語の使用が提案された。その後、昭和四〇年、米国胸部疾患学会(ATS)は、病因不明の慢性気道閉塞症候を、臨床像と病理組織像との関連性がより正確に分かるまでは、『慢性閉塞性肺疾患』(COLD)と呼ぶことを提唱し、慢性気管支炎、気管支ぜん息及び肺気腫を包括する概念として使用されるようになった。

しかし、閉塞性換気障害(種々の原因で空気が気道内を十分に流れない状態)を特徴とする疾患は多数あり、その後の診断技術の進歩、病型分類の精緻化により、それぞれ独立した疾病として診断することが可能となってきており、右用語の存在意義はほとんど失われ、ことに気管支ぜん息をこの概念から除外する見解が一般的となってきていることからすれば、かえって混乱のもととなるとの指摘もあるが(乙(ウ)七六―本間日臣「慢性閉塞性肺疾患の概念の変遷」)、右の三疾患が互いに重なり合っている場合も少なくなく、むしろ純粋な慢性気管支炎・気管支ぜん息・肺気腫は少ないとの指摘もあり、臨床症状の類似性から相互の鑑別が困難な場合もあるといわれ(甲六六一―滝島仁他「臨床呼吸器病講座」、甲六六二、原澤道美他「臨床呼吸器病学」、甲六六七―滝沢敬夫「慢性閉塞性肺疾患」、甲六七〇―村尾誠「病態生理、重症度よりみた分類」、甲六八一―長野準編著「気管支喘息診療ハンドブック」、甲七四六―原澤道美「気道閉塞性疾患をめぐって」、乙(ウ)八三―泉孝英他「慢性気管支炎・細気管支炎」)、これを包括する適切な用語も見い出せないとして、慢性気管支炎、気管支ぜん息及び肺気腫を包括するものとして、わが国の疫学的研究等では使用されているのが現状である(甲六三六―「大気汚染と健康被害との関係の評価等に関する専門委員会報告)。

しかるところ、被告らは、診断技術の進歩等により三疾患の分類が可能になった以上、これを一括りにした判断は不当であると主張している。確かに、病名診断などは医学の発展に対応して精緻化していかなければならないし、異なる病因をもつものを症状の類似性から同一範疇で論じることは臨床上も問題があることはいうまでもなく、診断技術等の向上に対応して、できる限り個々の疾患ごとの検討がなされることが望ましいことは多言を要しない(乙(ウ)八七―フレッチャー他「肺気腫、慢性気管支炎、気管支喘息及び気流閉塞の定義」、乙尋一〇の1―証人滝沢敬夫)。

しかし、そのことは慢性閉塞性肺疾患としてとらえていた症状の中に種々の病型が含まれており、これを病理的に分類が可能になってきたというにすぎない場合もあるのであって、包括的にとらえられていた症状と大気汚染との関連についての判断の変更に直結するものではないし、包括概念に基づいて解析された疫学的研究等がすべて無意味になるというわけでもない。例えば、被告らは、フレッチャーは後述の慢性気管支炎の閉塞型(慢性閉塞性気管支炎)について、病変部位の相違から慢性閉塞性細気管支炎と呼ぶ方が適当であり、異なる疾病ととらえるべきであり、これを慢性気管支炎の一態様としていたのは誤りであると指摘しており、このような新しい考え方が専門家の間で容認されつつあると主張している。フレッチャーがこのような指摘をしていること、これを支持する学説があること、わが国でも学会で同様の報告が徐々に出てきていることは認められる〔乙(ウ)八七、乙(ウ)八八―フレッチャー他「慢性気流閉塞の自然史について」、乙(ウ)一〇六―J・Bムレン他「慢性気管支炎における気道の炎症に関する再検討」、乙尋一〇の1(五四〜八二項)〕。そして、右新学説が一般の承認を受けるとすれば、慢性閉塞性肺疾患に含まれるのはフレッチャーのいう慢性閉塞性細気管支炎ということになるが、フレッチャーは慢性閉塞性細気管支炎もこれを除外した慢性気管支炎も大気汚染と関わりのない疾病であるといっているわけではないし、気道過分泌を主徴とする後者から気道閉塞への進展もまったく否定されているとまではいえない〔乙尋一〇の2(三〇〜三六項)〕。

三 慢性気管支炎

1 定義

昭和三四年、フレッチャー教授は、慢性気管支炎を「肺、気管支及び上気道の限局性病巣によらないで起こる慢性あるいは反復的なせき・たんを主症状とする疾患であるが、慢性あるいは反復性とは一年のうち少なくとも三か月間、ほとんど毎日、少なくとも二年間連続してせき・たんが存在する状態を意味する」と定義した。右定義は臨床及び機能的徴候に基づいたものであり、臨床的な診断基準と理解すべきものである。しかし、臨床的に機能異常を正確に測定する方法がなく、病理組織学的な所見に基づく基準も見い出せないため、右定義が今日でも慢性気管支炎の定義として用いられている(乙(ウ)五二―村尾誠編「慢性閉塞性肺疾患のすべて」)。

リードは、気管支腺の形態学的な肥大度を計測する方法(リード指数)を考案し、フレーチャー基準を満足する慢性気管支炎群と同基準に従って明らかに慢性気管支炎でないノンブロンク群との比較調査を行った結果、前者は約0.6、後者は約0.4の成績を得、両者の間に相関関係を認めた。これによって、フレッチャーの基準に基づいて診断された慢性気管支炎は、形態学的にもある程度気管支腺の肥大を表現していることが確認されている〔乙(ウ)一〇五―「Reid指数」、乙尋一〇の1(四三〜四六項)〕。

なお、BMRCは、昭和四〇年、慢性気管支炎の定義と分類について、慢性気管支炎患者の全てに共通した本質的な臨床的異常は、たんを伴うせきとして通常みられる気管支の過分泌であるが、他に膿性たんを起こす細菌感染とびまん性の気道閉塞がしばしば発生するとして、「単純性」「粘液膿性」「閉塞性」の型を分類し、それぞれの定義を示して、これらが別々に又は互いに合併して認められるとしている(甲六三六)。

2 診断基準

フレッチャーの診断基準により慢性気管支炎を診断する場合、基準それ自体の内容から、まず、せき・たん症状の把握が必要であり、次いで慢性の要件である二年連続・三か月間ほとんど毎日せき・たんが存在することを認定しなければならない。そのためには、喀たんを一定期間容器に採取させるなどの方法による客観的な把握方法もあるが、基本的には問診によることになるから、慢性気管支炎の診断においては、問診が第一の重要性をもつ。

そして、喀たんを起こす疾患としては、結核、肺炎、嚢胞性疾患、気管支拡張症等のような限局性肺疾患、肺肉芽腫やじん肺のようなびまん性の特異性肺疾患、原発性の心臓血管疾患又は腎疾患があるから、臨床診断においてはこれらの疾患の除外が重要である。もっとも、慢性気管支炎はこれらの疾患のいずれとも共存しうるから、他疾患が認められた場合でも、せき・たん症状が他疾患によるものでないと診断できれば、慢性気管支炎との共存と診断することは可能である(甲六三六)。

したがって、慢性気管支炎の診断を行うためには、問診による臨床症状の把握に加えて、胸部レントゲン所見、肺機能検査、心電図検査といった医学的検査や理学的検査などによる総合判断を行いつつ、他疾患と鑑別することも必要となってくる。

この点において、胸部レントゲン所見は、肺結核、陳旧性肺結核、気管支拡張症、心疾患、肺がん、間質性肺炎、びまん性汎細気管支炎などの鑑別上有用とされている。

肺機能検査は、これによって慢性気管支炎の診断を確定できるものではないが、一秒量、一秒率等の測定により閉塞性換気障害の有無及び程度を判定し、拘束性の疾患(びまん性間質性肺炎等)を鑑別するために有用である〔被検者に力一杯吸い込んで力一杯吐き出させることにより呼出したガス量を努力性肺活量(FVC)といい、FVCのうち最初の一秒間で呼出されるガス量を一秒量といい、一秒量のFVC比を一秒率という。一秒率が七〇%以上を正常とし、それ以下は閉塞性換気障害の存在を示すとされている〕。

心電図検査は、心疾患との鑑別や慢性気管支炎に続発する肺性心の診断に有用である。

理学的所見では、乾性ラ音やときに湿性ラ音が聴取され、他病鑑別にも有用とされる。

(乙尋一〇の1・2、乙尋一一の1・2―証人梅田博道)

3 基本病態と主症状

慢性気管支炎の基本病態は、気管支壁内の気管支腺、気管支上皮細胞内の杯細胞という気管支分泌構造の肥大とこれによって惹き起こされる粘液性分泌物の過剰生成である。

この粘液性分泌物の過剰生成により、本疾患患者はたんを長期間にわたって喀出し、たんを喀出するためにせきをする。この反復性又は慢性のせき・たん症状が本疾患の主症状である。

慢性気管支炎のたんは、一日、数mlから数百mlに及ぶものまである。また、せき、たんに加え、ぜん鳴、息ぎれ等の気道閉塞症状が生じることがあり、これは、気道分泌物の気管支内滞留、気管支粘膜の浮腫、気管支痙攣などにより説明される。気道閉塞には、可逆的な場合と非可逆的な場合がある。

閉塞性の障害が高度になると、肺不全状態をきたし、低酸素血症となり、チアノーゼをみるようになる。さらに、肺高血圧症から肺性心をみるようになる。

このように慢性気管支炎は、病状が進行すれば、肺気腫を合併し、あるいは肺性心を合併して死の転機を迎えることがある。

(甲六六一、六六二、乙尋一〇の1・2)

4 主要病因

慢性気管支炎の病因としては、内的因子として、年齢、性、人種、体質(アレルギー素因等)、遺伝、既往症、肺循環障害などがあり、外的因子として、喫煙、気候、大気汚染、職業性曝露、感染などが指摘されている(甲六三六―六五頁)。ウイルス感染、細菌感染に加えて、刺激性ガス、粉じんなどの吸入が一次的な原因となり、これに加えて機能的には分泌異常、攣縮などが、解剖学的には肋膜癒着、脊椎側彎などが助長因子となり再発を繰り返して慢性化するという指摘もある(甲七四五―梅田博道「公害疾患と気管支拡張剤」)。このような種々の因子が複雑に絡みあっているため、慢性気管支炎の病因を特定することは困難であり、これらの因子群は独立的に貢献するものではなく、相互に関連しあいながら誘因あるいは病因となっている(甲六六一)といわれているが、そのうち主要なものとして、加齢、既往症、喫煙、感染、大気汚染について検討する。

(一) 加齢

慢性気管支炎患者は、年齢的に四〇歳以上に非常に多く、特に六〇歳代で急激に有病率が増加することが知られている(図表二三―(1)参照)。剖検肺(一八七例)での調査結果では、正常肺は四〇歳未満では七七%であるのに対し、四〇歳以上では二五%であり、ことに加齢との関係があるのは萎縮型であったとの報告もある。また、主気管支から葉気管支への分岐部の気管支壁における気管支腺の肥厚の程度を計測し、喫煙や大気汚染とは関係なく加齢とともに肥厚する傾向が認められている(乙(ウ)一、乙(ウ)五二、乙(ウ)一三八―田中元一「東京逓信病院呼吸器科における慢性気管支炎患者の実態について」)。

(二) 既往症

入院患者中の肺結核既往症の有無を調査した結果、慢性気管支炎患者二七人中一二人(44.4%)に肺結核既往症が認められたとする報告がある。同報告は、肺結核既往は必ずしも後遺症として呼吸器疾患に罹患するとは限らないが、罹患しやすい傾向があると思われるとし、年齢的には六〇歳以上としている(乙(ウ)一三九―今泉忠芳他「肺結核既往と呼吸器疾患」)。

また、呼吸不全を呈した五四例の肺結核後遺症剖検例の調査結果から、気管支病変として、拡張、屈曲、狭窄、肥厚などがあり、組織学的には慢性気管支炎像が認められるが、拡張所見のみをみても二四例に中等度以上の拡張が認められた。結核後遺病変としての気管支病変はかなり普遍的なものと考えられるとする報告がある(乙(ウ)一四〇―田島洋他)。

但し、右各調査においては、慢性気管支炎の病因としての喫煙や大気汚染等他の要因の影響の有無等を検討しているわけではなく、肺結核既往症が慢性気管支炎の病因と断じているものでもない。

(三) 喫煙

(1) 喫煙の影響についての調査

慢性気管支炎の病因として喫煙の重要性は古くから指摘されており、その治療の第一段階は疑わしいあらゆる刺激要因を排除することであり、喫煙は禁止すべきであるとされている(乙(ウ)一三六―「ハリソン内科書」)。

ヒギンズの観察結果(英国における五五歳から六四歳までの男性三九三人対象―昭和三四年)によれば、持続性せき・たんの有症者のうち、非喫煙者は六%、前喫煙者は九%であるのに対し、軽喫煙者(一〜一四g/日)で二〇%、重喫煙者(一五g/日以上)では四二%にも達しており、慢性気管支炎有症者では、順次〇%、4.4%、13.9%、17.6%となっており、単純性気管支炎に対する現喫煙の影響の強さを示している(乙(ウ)一四三―ヒギンズ「喫煙、呼吸器症状および換気―住民のランダムサンプルにおける研究」)。その後も多くの疫学調査がなされ、同様の結果が示されている(乙(ウ)二六―「喫煙の医学的問題」一〇七頁、乙(ウ)五二)。

伊藤(昭和四四年)らは、四日市市及び周辺地区の男性一万三七五八人の調査で、慢性気管支炎は非喫煙者の0.37%に対し、軽度喫煙者〔ブリクマン指数(一日喫煙本数×喫煙年数)200以下〕1.10%、中等度喫煙者(同200〜599)1.51、ヘビースモーカー(同600以上)では4.83%と増加していると報告している(乙二六―一〇九頁)。

常俊(昭和四四年)は、大阪、兵庫での四〇歳以上の住民二万九二三八人を対象とした慢性気管支炎の住民調査の結果、性・年齢・喫煙量からみた慢性気管支炎の有病率の関係は図表二三―(1)のとおりであり、これによるとフレッチャーの診断基準に基づく慢性気管支炎の有症率は男女とも年齢及び喫煙量とともに増加し、男子の一日二一本以上喫煙者、女子の一日一一本以上の喫煙者の有症率は同年齢群の非喫煙者に比べ、それぞれ三〜四倍、五〜六倍の値を示していると報告している。常俊は、これらの結果に基づき、喫煙が性及び加齢という条件を超えて慢性気管支炎の発展に重要な因子であるとしている(乙(ウ)二六―一一〇頁)。

このような内外の調査報告を踏まえて、臨床医学の教科書にも、慢性気管支炎を罹患しやすくする諸因子について、単一の因子としては喫煙が最も重要であると記載されている(乙(ウ)一四六―「セシル内科学―慢性気管支炎」)。

(2) 一秒量の低下と喫煙感受性

フレッチャーとペトは、喫煙のリスクを年齢の経過と一秒量の低下の関係から調査し、その結果について、次のように整理している(図表三〇参照)。

① 一秒量は加齢とともに連続的かつなめらかに低下する。

② 非喫煙者の場合、一秒量の低下はゆるやかであり、臨床上意味を認めるべき気流閉塞に至ることはなかった。

③ 喫煙者の場合も、その多くは一秒量低下は非喫煙者と同程度のゆるやかさであり、臨床上意味を認めるべきほどの重度の気流閉塞に至ることはなかった。しかしながら、喫煙者の中で喫煙の影響に対する感受性の高い者については様々な程度の気流閉塞に至り、致命的になることもあった。

④ 喫煙感受性のない喫煙者にあっては、元々喫煙によって肺が影響を受けないから、禁煙しても一秒量に対する効果はほとんど認めない。しかし、喫煙感受性の高い喫煙者においては、禁煙しても旧に復することはないが、全員について改善効果を認めた。

同報告によれば、一秒量と喫煙の関連性の強さが示されているが、他方、非常に喫煙感受性が高い喫煙者でなければ、喫煙の影響は極く小さく、そのような者が多数であり、禁煙者のほとんどは高度の喫煙感受性を伴わないことも示されている。なお、同論文は、イギリスでは喫煙習慣が増加しているのに、慢性気管支炎と肺気腫を死因とする死亡率が低下傾向を示していることから、喫煙以外の何らかの原因の関与を示唆している(乙(ウ)八八)。

なお、喫煙者のすべてが慢性閉塞性肺疾患に罹患するわけではなく、そのうちの十数%程度が慢性閉塞性肺疾患としての機能障害を示すにすぎないという知見もある(乙(ウ)二一八―永井厚志他「喫煙・大気汚染との関係」)。

(3) 喫煙法と慢性気管支炎の発生頻度

喫煙については、喫煙歴、喫煙量、煙草の種類とともに喫煙法によってもその影響は相当異なるとの調査結果がある(リミングトン―昭和四五年)。

それによると、フィルターの有無でたんの発生頻度に有意差が認められ、口腔喫煙と肺臓喫煙では、前者の方がニコチン・タールの体内残留量が数十倍も少なく、日本人では肺臓喫煙は一三%程度に過ぎないとの調査結果もあるとされている。また、ドゥルーピング(一本の煙草を吸うときに煙を吐く間も煙草を口にくわえたままでいること)やリライティング(一旦消した煙草を再度吸うこと)でも、このような喫煙法は一般の喫煙法に比べて有意に慢性気管支炎の発生頻度を高めることが知られている。なお、受動喫煙も無視できないとされている(乙(ウ)二六―一一二頁)。

(4) 喫煙の健康影響

気管支の内面を覆う線毛上皮は、気管支肺胞系に吸気とともに侵入してくる粉じんや微生物の除去に最も大きな役割を果たしているところ、煙草の煙は粒子相及びガス相の両方が粘膜線毛毒性を有し、煙草煙の長期間曝露は上皮病変、粘液過分泌及び線毛機能不全をきたし、粘膜線毛クリアランスの悪化を引き起こすとされている。人における観察でも喫煙者の気道上皮には喫煙量と年齢(ないし喫煙期間)とに比例した増生、異型化などの変化が認められ、走査電子顕微鏡での観察では細気管支ではクララ細胞が減少ないし消失し、杯細胞がこれに変わっているのが認められたという報告例や喫煙者に線毛の脱落と短縮が高率に認められたとする報告などがある。また、慢性気管支炎の初期病理所見とされる非感染性の気管支腺肥大について、喫煙者における粘液腺肥大の頻度は有意差をもって非喫煙者より大きく、肥大の程度は喫煙量と明らかに相関するという報告もある。但し、この点については、感染その他の因子の少ない急死した若い男の剖検成績で、喫煙者と非喫煙者との間に差が認められず、非喫煙者にも気管支腺肥大の所見があったことから、喫煙以外の刺激も重要であるとの指摘もある(乙(ウ)二六・一三七〜一四二頁、乙(ウ)一四七―米国保健福祉省「喫煙の健康影響―慢性閉塞性肺疾患」、乙(ウ)一四八―厚生省編「喫煙と健康」)。

なお、軽度の呼吸器症状の有症率の差は喫煙量の差で説明できたが、もっと強い呼吸器症状の有症率や肺機能の差は喫煙量で訂正しても除去できなかったことから、喫煙は軽度に呼吸器症状の有症率を規定する決定的な重要因子であるが、この軽度の症状をより重篤な呼吸器症状に進展させる因子として大気汚染が付加的に重要な役割を演じているとする考えもある(乙(ウ)九〇―「新内科学体系」一〇七頁―Mork)。

(四) 感染

気道系の防御機構の破綻が慢性気管支炎の発症につながると考えられ、気道感染は発症に必ずしも必須ではないが、増悪因子として極めて重要であるとされている(乙(ウ)五二)。

(五) 大気汚染

主要大気汚染物質(硫黄酸化物、窒素酸化物及び浮遊粒子状物質)の化学的特性及びその人体に与える影響については先に述べたとおりであり(Ⅰ一〇〇〜一〇九頁)、大気汚染が慢性気管支炎の発症・増悪に重要な役割を果たしていることは多くの医学書にも記載されている。ごく一部を掲記すると以下のようなものである。

梅田博道「公害疾患と気管支拡張剤」(甲七四五)

大気汚染は、気道の感染あるいは気道の刺激を生じ、あるいは助長し、気管支の攣縮、炎症を起こし、気道の分泌物は増え、粘稠度は増大するなどの影響を与える。大気汚染が一次的な原因でない場合でも、気管支、肺胞系に悪影響を及ぼすことは明らかである。

宮本昭正他「新訂・大気汚染と呼吸器疾患(甲六五三)

SO2は気道に対する刺激作用をもち、吸入により咽頭、気管・気管支の呼吸抵抗を増強する。SO2の人の呼吸器に対する影響はすべてこの気道抵抗の増加による結果と考えられている。

NO2の生体影響の標的臓器は呼吸器であり、低・高さまざまな濃度で曝露した実験動物に共通してみられる変化は、線毛の消失、粘膜の変成と分離、分泌亢進、細気管支及び肺胞上皮細胞の増生、肺胞壁の浮腫状化、肺胞腔の拡張と肺気腫様変化で、これらによって末梢気道に閉塞性呼吸器障害を起こすと考えられている。この他に免疫学的影響として抗体産生能の低下、線毛の欠落による気道の異物排除能低下などの結果として感染抵抗性の低下がよく知られている。この効果は、曝露したNO2との間に量―反応関係が認められることもあって関心が高い。

織田敏次他「内科セミナー―閉塞性肺疾患・間質性排煙・肺線維症」(甲六五〇)

鼻腔、気管を通って侵入してきた汚染物質は、まず主気管支に接触する。そしてこの部位に沈着した粒子及び粘膜面の液層に溶解した刺激性のガス体が影響を及ぼす。その影響が長期にわたれば、線毛運動の低下、粘液腺の分布亢進及び肥大を招来するようになる。このような変化は、臨床的には慢性のせき、たんとなり、慢性気管支炎が発症する。

「ハリソン内科書」(乙(ウ)一五三)

刺激物(喫煙、SO2のような大気汚染物質)にさらされると感受性の強い人では気管支の慢性過剰粘液分泌をもたらすという説を支持する知見が今日では得られている。

「セシル内科学―慢性気管支炎」(乙(ウ)一四六)

慢性気管支炎の単一の因子としては喫煙が最も重要であり、その圧倒的に強い影響のために、他の諸因子の関与の割合については一部曖昧となっている。大気汚染、塵芥の多い職業、特に年齢の増加が罹患頻度を高くする。大気汚染の強い地域(イングランド北西部)と休日保養地に住む男子の死亡率調査で前者が一〇倍という例を紹介している。また、幼児期の環境が下気道感染の頻度及び換気能に重大な影響を与えることを裏付ける証拠があるとして、イギリスにおける疫学調査によって、大気汚染の強い地域に住んでいる子供では最高瞬間流量が有意に低く、幼年時代のこれらの影響因子が成人期の慢性気管支炎や閉塞性肺疾患の発症に重大な役割を担っているであろうとする見解などが示されている。

四 肺気腫

1 定義

昭和三七年、ATSは、肺気腫を「肺胞壁の破壊的変化により、終末気管支梢から末梢の含気区域が異常に拡大していることが特徴の解剖学的変化」と定義し、以後この定義が国際的にも定着している。これを受けて日本肺気腫研究会も同年以降、肺胞壁を破壊したものを肺気腫としている(甲六六二)。

肺気腫には、形態上、小葉中心型と汎小葉型が区分される。わが国では小葉中心型が多いとされている〔乙尋一〇の1(一八一〜一八五項)〕。

2 診断基準

わが国では、昭和三七年に肺気腫研究会が肺機能検査所見等を基準にした臨床的肺気腫の診断基準を設け、これが今日においても臨床上広く使用されている。

右診断基準は、次の諸条件から成立している。

① 肺の異常な膨張を示すものとして、肺気量の増大があること。

② 呼出時間の延長と関連して、呼出障害(これは肺の弾性異常と気道の閉塞性機序などの総合的結果として)があること。

③ 非可逆的破壊を伴うという観点から、気管支拡張剤その他による治療効果に限界があり、完全に無症状、肺機能が正常な、いわゆる間歇期のないこと。

また、機能的診断基準として、次表の基準を示しているが、肺気腫をすべて含み、見落とすことのない条件として「あまい基準」、確実にこれだけの条件を満足すれば肺気腫に間違いないという条件として「きつい基準」が設定されている。

あまい基準

きつい基準

一秒率

70%以下

55%以下

%MBC

70%以下

50%以下

%残気量

125%以上

150%以上

残気率

35%以上

45%以上

肺内ガス混合指数

1.5%以上

3.5%以上

一秒率改善度

500ml以下

300ml以下

なお、この診断基準は、一秒率の低下、残気率の増加等の肺機能検査所見、胸部レントゲン所見等とともに病歴、自・他覚症、理学的検査等も参考にし、これらを総合判断して診断するものとされている。

理学的所見としては、視診では、胸郭は吸気位をとり、ビヤ樽形の胸郭変形がみられ、前後径が増大しているものが多く、触診では、吸気時の胸郭拡張が低下し、心尖拍動を触れにくく、打診では、全肺野に鼓音を呈し、心・肝濁音界は不明瞭となり、肺・肝境界は低下し、聴診上では、呼吸音は限弱し、呼気は延長し、ラ音を聞く場合が多い。口唇、口膜粘膜、爪床にチアノーゼを呈することがある。

肺機能のレントゲン所見としては、樽状胸郭、横隔膜の低位・偏平化、肺野のX線透過性亢進、心後腔及び胸骨後腔の拡大などを含む肺の過膨張所見と肺野の末梢血管陰影の狭細化・減少などの末梢血管陰影の変化である(甲七八七―原沢道美他「臨床呼吸器病ハンドブック」)。

3 基本病態と主症状

肺気腫の基本病態は、肺の過膨張と含気量の増大である。

肺の過膨張は必然的に横隔膜を含めた胸郭をも押し広げ、胸郭の拡大を呈するに至る。しかし、胸郭の拡大には限界があり、それ以上の過膨張は他方で肺胞の虚脱を惹起する。

含気量の拡大による肺胞中隔の圧迫・破壊・重合癒着は、毛細血管の内腔の狭小、数の減少から血流の減少をきたす。

肺胞中隔の破壊は、肺の弾性を低下させ肺が伸びやすくなるとともに、細気管周辺の気管支拡張症が減少し、強制呼気閉塞をきたす。

以上の肺弾性の減少と呼気閉塞はその程度が不均一に分布しているので、肺内ガス分布障害を惹起し、このガス分布障害は血流の不均等分布と相まって、換気血流比の不均等分布をきたす。以上の基本病態が高度となると肺機能不全をきたし、これによる低酸素血症と肺胞中隔の破壊による血管床の減少とから右心負荷さらに右心不全、肺性心に至る。

肺気腫の主症状は、息切れ、せき、喀たん、ぜん鳴などであるが、はじめは通常潜行性である。息切れは軽症例では労作時のみに認められることが多く、重症例では起坐呼吸となる。せきは、呼吸困難のあらわれる前におこり、気管支炎を繰り返したり、気道感染を併発すれば増強する。

また、肺機能の形態学的変化から、肺のガス交換が著しく障害されるため、高度の低酸素血症にしばしば高炭酸ガス血症を伴い、これらによる症状として、頭痛、全身脱力、錯乱、意識障害、羽ばたき振顫などがみられる。

なお、肺気腫患者は、呼吸仕事量の増大、疲労、息苦しさのため、体重減少、食欲低下が起こり、栄養状態が悪くなり、上腹部不快感を訴えることがある(原因は不明であるが、低酸素血症、高炭酸ガス血症による慢性的ストレスのため胃液の分泌が亢進して消化性潰瘍をきたしているためと考えられている―肺気腫の二〇〜二五%の頻度で合併する)。

肺気腫の特徴である肺胞構造の破壊的変化は、一旦生じると、もとに復することはない。したがって完治は全く望めず、次第に症状が進行して、低酸素血症を来たし、更に高炭酸ガス血症を伴って、呼吸不全を来たし、ついには右心負荷から肺性心を惹起して死の転帰を迎える(甲六六二、七八七、八四〇―織田敏次他「閉塞性肺疾患・間質性肺炎・肺線維症」)。

4 主要病因

肺気腫は、肺組織障害の基盤の上に圧力負荷が加わって発生すると考えられており、肺組織障害因子としては、素因、加齢、喫煙、環境汚染、感染などがあげられ、圧力負荷には閉塞性障害、過換気、せき嗽、胸腔内圧の変化などがあげられている(甲六六七―滝沢敬夫「慢性閉塞性肺疾患」)。内的因子として性差、加齢、遺伝的素因、外的因子として喫煙、大気汚染について検討する。加齢、喫煙、大気汚染は慢性気管支炎とほぼ共通するものである。なお、肺気腫には、小葉中心型と汎小葉型が区分されるが、小葉中心型は外的要因が関係しやすく、汎小葉型は遺伝的因子とか内的因子が大きく関与しているのではないかといわれている〔乙尋一〇の1(一八六〜一八七項)〕。

(一) 性差

一般に男女比は三〜一〇対一程度といわれている(乙(ウ)一五五―村尾誠編「慢性閉塞性肺疾患のすべて」)。

(二) 加齢

肺気腫が年齢とともに増加することは一般に認められている。山中晃の成績によると、無選択四八九例の剖検肺について、通常三〇歳代ないし四〇歳代から現れ、六〇歳代で五〇%を超え、七〇歳代で六〇%に達する。びまん性の汎小葉型肺気腫は、原則として六〇歳代になってから現れるが、小葉中心型は四〇歳代から現れ、加齢とともに増加し、六〇歳代以降急速に増加するといわれている(乙(ウ)一)。

(三) 遺伝的素因

α1―アンチトリプシン欠損症における肺気腫多発の事実が知られている。α1―アンチトリプシンを先天的に欠損する遺伝的疾患が存在し、その高度欠損型では七〇〜八〇%に肺気腫をみ、比較的若年で発症する。中間型でも喫煙など他の因子が加わると肺気腫の発生が高率になるといわれている。その原因として、粉じん、病原体、ガスなどによる肺組織刺激反応に応じて蛋白分解酵素が活性化、放出され、正常状態であればそれらに対する阻止物質の動員によって酵素作用は阻止され、組織は保護されるが、α1―アンチトリプシン欠損によりその阻止力が動員されないため組織破壊に至ると考えられている(乙(ウ)六―滝沢敬夫「呼吸器2―肺気腫」)。但し、わが国ではα1―アンチトリプシン欠損例の報告は極めて少なく、高度欠損型の報告はされていない〔甲六六二(四四八頁)、乙(ウ)一四八(一七六頁)〕。

(四) 喫煙

肺気腫の重症度と喫煙者率との関係から喫煙量と肺気腫発症率との間には量―反応関係があり、特に重篤な肺気腫との関係は圧倒的であるといわれている。喫煙が肺組織に与える傷害の機序を大別すると、①肺におけるプロテアーゼ対アンチプロテアーゼのバランスを乱す、②肺の防御機構を傷害する、③肺内クリアランス機構を傷害するの三点とされる。煙草煙は、肺胞マクロファージ及び多核白血球のプロテアーゼ(蛋白分解酵素)の合成と放出を促進し、かつ、これらの細胞数を増加させ、加えてアンチプロテアーゼ活性を抑制し、肺胞マクロファージの貪食能、殺菌能も抑制する作用があり、①が直接的な影響を与えるとされている(乙(ウ)一)。

なお、剖検肺の検索から、肺気腫のみられなかった症例の半数は喫煙者であり、そのうちかなりの比率で高度喫煙者がみられているが、非喫煙者では六〇歳以上のわずかな症例に極く軽度の肺気腫が認められたのに比し、喫煙者では六〇歳以上の症例のほとんどが気腫性病変をともなっており、その四分の一に高度の気腫性病変が認められ、高度症例は全例が喫煙者であり、軽度症例でも九〇%が喫煙者であり、喫煙が肺気腫発生に深く関与していることを示唆している(乙(ウ)二一八)。

(五) 大気汚染

NO2やO3のように生理学的液体に溶解性の低い物質は全気道に影響を及ぼし、さらに深部気道に侵入し、細気管支や肺胞領域に影響を与えることが形態学的研究から示されている(NO2の人体に与える影響―Ⅱ九〇頁参照)。その程度は曝露濃度と期間に依存するが、都市大気中で記録される程度の濃度では、終末細気管支から肺胞領域にかけてが最も影響を受けやすいとされている。そして、NO2の低濃度曝露でも相当長期間曝露を行えば肺気腫様の不可逆性の形態学的変化が起こることも事実であるといわれている〔甲六三六(一〇〇〜一〇三頁)〕。

なお、右のように肺組織傷害を起こす機序の一つとして、プロテアーゼとアンチプロテアーゼの均衡の破壊が考えられるところ、直径0.5μ以下の浮遊粒子状物質やこれに吸着したSO2やNO2が気道深部に侵入し肺胞に達すれば、マクロファージや多核白血球が集積してこれを排除しようとしてエラスターゼなどの蛋白分解酵素を放出することになり、大気汚染物質が慢性的に末梢気道を刺激することによってアンチプロテアーゼとのバランスが破綻し、これが組織破壊の一因と考えられている〔甲六五〇、乙尋一〇の1(一八六〜一八七)〕。

被告らは、山中晃の調査結果を援用して、SO2と肺気腫との間に関連性がみられないと主張する。確かに、山中は、慢性肺気腫をとりあげ、死亡当時の居住地のSO2汚染度との関係を調査し、その結果、SO2汚染度と肺気腫との間に明らかな関係を見いだせなかったとしている。しかし、山中自身が明らかにしているように、右調査は、東京都二三区を濃度の異なる三地域に分け、死亡当時の住所に従って該当する三地域にあてはめただけであり、同一区内でも濃度差がある点を考慮していないだけでなく、その居住期間、それ以前の居住地も考慮されていないのであって、結論を引き出すわけにはいかないものというほかはない。山中も、大気汚染の呼吸器に及ぼす影響として、慢性気管支炎や慢性肺気腫などがあげられており、臨床的にも汚染地区、汚染度の上昇によって右各疾患が増加ないし増悪することが知られているとして、大気汚染と肺気腫との関係を肯定している。右調査はそれを形態学的に検討しようとして、データ不足から十分な検討ができず、目的を達せられなかったというだけであって、両者の関連性を否定する根拠となるものではない。

五 気管支ぜん息

1 定義

気管支ぜん息とは、気管支を取り巻いている筋肉(平滑筋)が突然収縮を起こして、気管支が細くなって空気の通りが悪くなり、呼吸のたびにぜん鳴(ゼーゼー、ヒューヒューと音をたてること)を伴い、呼吸が苦しくなる疾病であるが、平滑筋の収縮が取れると、再び普通に呼吸ができるようになるもので、このぜん息発作の可逆性が他の慢性呼吸器疾患と異なるところである。

ATSは、このような特徴をもつ気管支ぜん息について、昭和三七年、「種々の刺激に対する気管、気管支の反応が亢進しており、自然にか、あるいは治療により、その強さが変化する広汎な気道閉塞によって、症状をあらわす疾患で、気管支炎、肺気腫、心血管系疾患によるものや、また気管の狭窄が本質的でない気管支、肺、心血管系疾患により類似の症状を起こすものは除く」と定義した(乙(ウ)九七―小林節雄「気管支喘息とは」)。この定義を要約すると、①広汎な気道狭窄、②可逆性、③気道過敏性、④他の心肺疾患の除外、の四点にまとめることができる(甲八六四―織田敏次他「内科セミナー―閉塞性肺疾患・間質性肺炎・肺線維症」)。

これに対し、米国の国立心・肺・血液研究所が中心となり、一一か国から参加した医師らで構成された「喘息の診断と管理に関する国際委員会」が平成三年から進めてきた検討の結果得られたコンセンサスを発表(日本語版―平成四年一〇月)しているが、それによると、運用上の定義として「喘息は、マスト細胞や好酸球など多くの細胞が関係する気道の慢性的炎症性障害である。喘息になりやすい者では、この炎症による症状が生じる。この炎症は、自然にあるいは治療によってたいていの場合回復する可逆的な、広範にわたるが変動する気道閉塞障害を通常伴い、またさまざまな刺激に対する気道過敏性の増大をも同時にもたらす。」とまとめている(乙(ウ)二四二―「喘息の診断と管理のための国際委員会報告」)。

2 診断基準

気管支ぜん息の診断は、ATS定義に基づけば、前記四点について判断することによってなされる(甲六八一、八六四、乙(ウ)三―図説臨床内科講座・呼吸器2「気管支喘息」、乙(ウ)九二―梅田博道他「ぜんそく・かぜ・結核の治療」)。

(一) 広範な気道狭窄

気管支ぜん息の発作性呼吸困難症状は、広範な気道狭窄によって生じるものであり、気道狭窄は、気管支の収縮(気管支を取り巻く平滑筋が強く痙攣して気管支の内腔を狭くすること)、気管支粘膜の過分泌(気管支粘膜からの粘稠な分泌物が増えて気管支の内腔を塞ぐこと)、気管支粘膜の浮腫(気管支の内側の粘膜が炎症のため肥厚して内腔を狭くすること)によって起こる。そして、狭くなった気管支の内腔を空気が出入りするときに、ぜん鳴が生じる。したがって、広範な気道狭窄の存在は、聴診器によって全肺野にラ音を聴取するか、あるいはこれを用いなくてもぜん鳴(気道狭窄音)を聴取することによって判断できる。

(二) 可逆性

可逆性とは、ぜん息発作が治療によって、著しく軽い発作の場合には自然に、もとの正常な状態にかえる性質を有することであり、呼吸困難が発作性に出現し、それが寛解すると自覚的にも理学的にも著明な改善を示すから、臨床的観察、治療効果等によって判定できる。可逆性を客観的に知るためには、発作時に気管支拡張剤を吸入させ、一秒量の改善率をみる。改善率が二〇%以上の場合は可逆性であると判断する。もっとも、不可逆性閉塞性換気障害である肺気腫でも二〇%以上の改善を示すことが少なくないから、長期的経時的観察が必要である。

(三) 気道過敏性

気道過敏性とは、種々の非特異的刺激に対する気道の反応性が亢進していることをいい、気管支ぜん息患者はアセチルコリンやヒスタミンに敏感で、健常者の約一〇〇分の一の量の吸入で気道狭窄を起こすとする研究報告もある(牧野荘平・一九六四)。その客観的な検査としては、アセチルコリン等の薬品を気道に吸入させて、一秒量の変化をみる吸入試験があるが、右検査には問題点があって、その有用性並びに必要性には疑問も呈されている。また、これがなされなければ気管支ぜん息の診断ができないというわけではなく、他の理学的諸検査等に臨床症状を加味して診断することは可能である。

(四) 他の心肺疾患の除外

他疾患との鑑別では、心臓ぜん息、慢性気管支炎、肺気腫、びまん性汎細気管支炎、肺線維症、喉頭や上気道の炎症、上気道・縦隔・期間・気管支の腫瘍や異物、肺炎、肺水腫、過敏性肺臓炎等が問題となる。

これらについては、問診、理学的所見のほか胸部X線、心電図等の諸検査により鑑別される必要がある。もっとも、他の心肺疾患と気管支ぜん息は二者択一の排斥関係にはなく、併存するものであり、他疾患の存在と呼吸困難発作が別で、呼吸困難は気管支ぜん息そのものである例もある。この場合には合併症を伴う気管支ぜん息と診断することになる。

3 基本病態と主症状

気管支ぜん息の基本病態と主たる症状は以下のとおりである(甲六八一、甲七一〇―大島駿作他「臨床呼吸器病学・改訂二版」、甲七四六―原澤道美「気道閉塞性疾患をめぐって」)。

(一) 発作性呼吸困難

気管支ぜん息の基本病態は、広範な可逆性を有する気道狭窄であり、これによって本患者の最も主要症状である発作性の呼吸困難が生じる。この発作性呼吸困難は、深夜又は早朝等の夜間に起きやすいといわれるが、昼間にも起きる。

(二) 発作時の努力動作

ぜん息発作の初期の気道閉塞は主として気管支平滑筋の攣縮によって生じ、吸気相も呼気相も等しく息切れを訴える。重積状態になると、気道閉塞の多くは気管支粘液栓の形成によって起き、吸気と呼気両相の換気仕事量は著しく増加して、そのために苦痛を訴える。この時期になると横臥していることもできず、起坐呼吸などの努力動作を行うことになる。なお、ぜん息発作時の息切れは、呼出時に一段と強い。

(三) せき

ぜん息発作に先立って乾性せき嗽を訴えることも多い。乾性のせき嗽はぜん息発作極期まで続くが、それ以後は次第に湿性せき嗽となる。

(四) たん

ぜん息の初期から極期にかけては、通常、たんの喀出は少なく、極期を過ぎるころから、高い粘稠性の固く白い(ときに黄色の)たんが出はじめる。線維の多いたんで多数の好酸球などが認められる。その後次第に低粘性のものになって、その量も増加してくる。寛解期に近くなると、唾液と区別し難いほどの泡沫を伴う粘液状で無色に近くなる。

しかし、感染型の場合には、たんの量は、常に多く、性状は、奬液性のものから、粘液性、膿性までいろいろの程度のものを喀出する。

(五) ぜん鳴

発作が起きると、ゼーゼーまたはヒューヒューというぜん鳴を伴った呼吸困難を生じるのが、ぜん息発作の特徴であり、ほとんどの場合に出現する。気道狭窄部を通過する空気の振動による笛声音(ヒューヒュー)と気流によって起こされた気管内分泌物の振動による軋音(ゼーゼー)が主であるが、気道内に低・中粘稠線維の分泌物が多いときはこれに湿性ラ音(水泡音)が混じることがある。

(六) チアノーゼ

ぜん息発作の進行により口唇、口唇粘膜、爪床などに紫藍色を呈するチアノーゼが現れる。

(七) 発汗

換気労作が増加するために発作の初期から発汗が認められる。

(八) 発熱

通常発熱はないが、感染の合併を生じたときは発熱を伴う。

(九) 消化器症状

発作時には食欲が減退する。重症発作では著しい。また、発作時に腹痛・嘔吐・下痢を伴うこともある。

(一〇) 循環器症状

強い発作時には一過性の右心負荷をきたす。慢性型ぜん息では右心負荷の増大継続により右心肥大、右心不全をきたすこともある。

(一一) 気道の絞扼感・胸痛・頭痛

気道閉塞により絞扼感を訴える。重積状態になると、換気仕事量の増加による横隔膜や腹筋の疲労により胸痛を訴えたり、高炭酸ガス血症によって脳動脈の拡張が起こり脳血流量の増加による脳圧の上昇のため頭痛を訴えることが多い。

(一二) 意識障害及び全身衰弱

重積状態に陥ると高炭酸ガス血症及び呼吸性アシドーシスによる興奮状態、意識混濁、ときには昏睡状態に陥ることもある。また、換気努力により疲労、不眠、食事摂取不能による栄養低下や二次脱水が加わって全身衰弱をきたすことがある。

(一三) 発作重積状態

重症に陥ると、気道閉塞が著しいために呼吸ごとに出入りする空気量が極端に減少して高度の呼吸困難に陥り、チアノーゼや意識障害などを起こすこともある。発作重積状態とは、そのような状態が二四時間以上も続く場合をいう。脱水状態に陥りやすく、たんは粘稠度を増して喀出が困難になり、気道閉塞が持続する。空気量の極端な減少のため、呼吸音やぜん鳴が聴取できなくなり、せきも減少する。これは呼吸不全を示す最悪の状態を示している。

(一四) 寛解期の運動障害等

気管支ぜん息が完全に寛解した状態では自覚症状はなく、多くのぜん息患者は健常人とまったく同じ労作が可能であるが、アトピー型ぜん息患者などでは、寛解期にも運動時における気道抵抗の増加が著しく、その回復が遅いことがあり、強労作はできない。成人のぜん息では、気道感染なども関与していることが多く、強労作により息切れが起こりやすい。

(一五) 死の転帰

ぜん息発作による死は極めてまれであるといわれていた時期もあったが、最近の臨床経験では必ずしもまれではなく、死因はぜん息発作そのものによる窒息死が最も多く、その他には肺性心、心不全等が上げられている。

4 主要病因

(一) 気管支ぜん息の分類

気管支ぜん息の分類としては、病因分類として、Rackemannの外因性と内因性の分類、Swinefordのアトピー型、感染型、混合型に分ける分類が一般的である。

外因性ぜん息とは、ぜん息発作の主な原因が吸入性アレルゲンや食餌性アレルゲンなど明瞭な場合で、内因性ぜん息は、はっきりしたアレルゲンが見いだせない場合である。

アトピー型は、アトピー性皮膚炎やアレルギー性鼻炎の既往歴があったり、これらを合併している頻度が高く、家族歴にアレルギー性疾患を有する者が多く、皮膚反応、誘発試験が陽性で、発症は小児期ないし思春期である場合が多い。感染型は、主として気道感染によって発作が誘発され、発熱、膿性のたんや鼻汁、扁桃の発赤、腫脹がみられ、皮膚反応が陰性で発症は中年以降の場合が多い。混合型は、この両者を併せもつものである。

そして、外因性とアトピー型、内因性と感染型がほぼ対応するとされている(乙(ウ)三)。

各症例の比率について、Swinefordはアトピー型四〇%、感染型一〇%、混合型五〇%と報告しているが、わが国ではほぼ同率とする報告もある〔甲七一〇(二一〇頁)〕。

発症年齢でみると、小児では九〇%ないしそれ以上がアトピー型であるが、成人発症の場合は六〇ないし七〇%程度(乙尋九の2―証人長野準一一五〜一一八項)がアトピー型あるいは四七%が感染型とする意見がある(甲七〇六―中野博他「気管支喘息の発症素因、発症リスク」二四三八頁)。

右のような病因分類がなされていることからも、気管支ぜん息の病因としてはアレルギーと感染が重要な役割を演じていると考えられているが、その他にも自律神経失調説、内分泌調節異常説、精神神経症説、メディエーター(化学伝達物質)代謝異常説、β受容体遮断説などがあり、最近では炎症性反応説も有力に主張されており、いずれかによって一元的にすべてを説明することは困難な状況にある(甲六三六、乙(ウ)三、乙(ウ)二四二)。

(二) アレルギー

アレルギー(=アトピー、遺伝的傾向をもった過敏症)反応による気管支ぜん息は、生体が抗原を吸入し続けているうちに、体内にレアギン(皮膚感作抗体)という特別な抗体ができ、この抗体を保有する生体が再び病因性抗原に曝露されると抗原抗体反応が起こり、抗原抗体結合物が生じて組織のマスト細胞に働いて、ヒスタミンなどの化学伝達物質が遊離され、これが気道の平滑筋を収縮させ、その狭窄を起こしてぜん息発作が発症するものと考えられている。昭和四一年にレアギンが特別な免疫グロブリンのIgEであることが発見され、その後その測定方法(RIST法、RAST法)の開発などアレルギーに関する知見は著しく進歩し、アレルギー反応の機序に四類型が存在することなどが解明されてきた。そして、気管支ぜん息の本態がI型アレルギー(IgEが関与する反応)によるものであるとの見解が定着するに至り〔甲六八一(四頁)〕、今日ではぜん息はほとんど常に何らかのタイプのIgEが関与する反応と関連をもっているとの考えも示されるようになっており(乙(ウ)一五六―Burrowsら「気管支喘息と血清IgE値ならびにアレルゲンに対する皮膚テストとの関連について」)、気管支ぜん息の本態がアレルギーによることが一層明確になってきている。

ところで、気管支ぜん息は、種々の刺激に対する気道の反応性が何らかの原因によって亢進した状態となり、通常は反応しないような種々の刺激に対して気道が反応し、頻回に発作(気道狭窄による呼吸困難)を起こすものであり、気道反応性が亢進した状態を気道過敏性といい、これが基盤(ぜん息準備状態)となり、そのうえに気道平滑筋を攣縮させる因子(発作誘発因子)が加わり、両者の質と量との関係から、個人の耐性を超えると発症すると考えられている。

したがって、気管支ぜん息の病因としては、気道過敏性を生じさせる原因の追求と発作誘発因子の分析が必要である。

しかるところ、気道過敏性については、先天的要因によるのか後天的要因によって生じるのか、両者が関与しているのか明確な結論は得られていないが、気道過敏性の程度とIgE値やアレルゲン陽性数が関係しないことなどから、アトピー素因の有無とは独立したものと考えられており、気道過敏性の先天的基盤のうえにアレルギー反応による気道の炎症などがこれを亢進させると考えられている。

発作誘発因子には、アレルギー性炎症(特異的刺激)のほかにも気道感染、自律神経の失調、内分泌異常、刺激物の吸入、心因、気象の変化など多種多様なものが考えられている(甲七〇六、甲七一一―高橋昭三「気管支喘息・治療」、乙(ウ)三、乙(ウ)九二、乙(ウ)九四―牧野荘平「肺生理学的特徴 気道過敏性」、乙尋九の1ないし4)。

いずれの点でもアレルギー反応は重要な役割を果たしているがそれだけですべてが説明できるというわけでもない。

(三) 感染

中高年者のぜん息発症が気道感染を契機とすることが多いといわれている。気道感染は、気道過敏性を亢進させることによりぜん息発症に関与すると考えられており、その機序としては、気道感染により気道上皮が傷害を受け、Irritant Receptorが露出され、種々の刺激に対する閾値が低下することや、アレルギー的な機序としては、RSウイルス等の感染に際して、それらのウイルスに対する特異的なIgE抗体が産生されることやインターフェロンが肥満細胞からの化学伝達物質の遊離を促進することが知られている(甲七〇六)。

(四) 大気汚染

SO2、NO2、O3、SPMなどの大気汚染物質が気道粘膜上皮細胞の障害による気道過敏性の亢進、気道の防御機構の破綻による易感染性などをもたらし、それが気管支ぜん息に影響を与えていると考えられている。

大気汚染物質の易感染作用の機序は、前記のような大気汚染物質(SO2、NO2、SPM等)による気道の異物排除能の低下や免疫的影響としての抗体産生能の低下が生体の防御機構の破壊につながり、これが気道の過分泌を起こし、さらに気道を感染の温床とさせるものである(甲六八一)。

また、大気汚染物質は、それ自体がアレルゲンとなることはないが、防御機構の破綻により、アレルゲン物質の生体内への透過性を亢進させ、抗原抗体反応を促進させる作用が考えられる(甲六五〇、甲六八一、甲六八二―長野準他「大気汚染による呼吸器疾患」、甲七〇七―長野準「最近における気管支喘息の診方と考え方」、甲七一五―三井健司「気管支喘息と大気汚染」)。

気道過敏性の亢進については、後天的な因子の影響が考えられているところ、気道の炎症によって気道過敏性が生ずるとする最近の見解によれば、炎症の主座は気道上皮であり、気道上皮細胞の傷害が重要な役割を担っていることが考えられている。その役割としては、物理的防御機構の欠如、炎症の伝達物質を遊離することによる炎症の発症・進展への関与、平滑筋弛緩物質の産生・遊離の欠如、上皮細胞による化学伝達物質の不活化機構の欠如などであるとされている。そして、気道上皮の傷害について、感染、アレルギー反応とともに大気汚染物質の寄与が指摘されている(甲六八一、甲七〇六、甲七一九―相沢久道「感染・炎症の関与」、甲七二〇―Simonsson「気管支喘息における気道のHyperreactivityと、関連する諸問題」)。

大気汚染物質が気道過敏性をもった者に対し、アレルゲンやその他の多くの因子とともに発作を誘発する因子として働くことは医学的知見としてほとんど異論のないところである(甲七三五「大気汚染と呼吸障害」、甲七三八―梅田博道「大気汚染とぜんそく」、甲七四五)。ぜん息発作を繰り返すたびに気道過敏性が亢進するおそれがあり、それによって発作状態も深刻化していくことからすれば、発作誘発因子は気管支ぜん息の増悪因子と評価することもできる(甲七一一―高橋昭三「気管支喘息‥治療」、甲七七七―皆川公延「難治性喘息」)。

六 ぜん息性気管支炎

ぜん息性気管支炎は、特別措置法上も公健法も指定疾病の一つに加えているが、当時からぜん息性気管支炎の本態には問題があることが認識されていたものの、わが国では臨床的に広く慣用されていたため加えることとされたものである。その後、引き続いて大気汚染系疾病研究会で検討され、ぜん息性気管支炎には次の疾病が含まれているとされている。

①反復性気管支炎

②アレルギー性気管支炎(気管支ぜん息前段階)

③慢性気管支炎(稀)

④乳児期気管支ぜん息(重症型は除く)

⑤小児期気管支ぜん息軽症型

そして、その症状ないし所見としては、ウイルス、細菌及びアレルギーに起因する上気道炎に罹患しやすく(一年に七回以上)、しばしば気管支炎を合併(一年に四回以上)し、主として呼気性ぜん鳴を伴い、呼吸困難(努力性呼吸)がないか、またあったとしても軽く、感染徴候は必ずしもあるとは限らないとされている(甲七八六―環境庁環境保健部保健業務課編「公害医療ハンドブック」)。

七 続発症

指定疾病には、右四疾患の他にこれらの続発症が含まれ、環境庁は、その範囲を以下のように定めている(昭和四九年九月二八日環保企第一一〇号通達「第一種地域の大気の汚染に係る続発症の範囲について」)(甲六五四―「公害医療ハンドブック」)。

1 指定疾病の認定に係る続発症の範囲

第一種地域の汚染に係る指定疾病の認定に係る続発症としては、当面、慢性肺性心、肺線維症等に限定される。

2 指定疾病に係る診療報酬の請求及び指定疾病に係る障害度の評価等にあたっての続発症の範囲

各種の続発症を次の二群に分ける。

(一)指定疾病の進展過程において当該指定疾病を原疾患として、二次的に起こりうる疾患又は状態

(1) 慢性肺性心

(2) 肺線繊症

(3) 気管支拡張症

(4) 肺炎

(5) 自然気胸

(二)指定疾病の治療又は検査に関連した疾病又は状態

(但し、右は主治医等の判断の目安であって、事例として示す疾病に限定する趣旨ではなく、従来どおりあくまで主治医等の判断を尊重しつつ、続発症の範囲、名称を明示しない場合の欠点を補うよう配慮したものである。)

3 右分類に加えられていないが、次のような疾病又は状態も続発症として取り扱われる。

(一) 指定疾病の進展過程に起こりうる疾病若しくは状態又は指定疾病が誘因となりうる疾病若しくは状態

(例)(1) 気管支ぜん息発作が基盤となったと考えられる流産、ヘルニア等

(2) 慢性肺気腫や慢性気管支炎に関連した消化性潰瘍

(二) 指定疾病の治療又は検査に関連した疾病又は状態

(例)(1) 気管支ぜん息等の治療のために長期間ステロイドホルモンを用いたときに発生又は悪化した消化性潰瘍等

(2) 慢性気管支炎等の治療のため長期間抗生物質を連用したときに起こったビタミン欠乏症、血液疾患、肝障害、腎障害等

(3) 診断確定のために行ったアレルゲンテストや気道過敏性テスト等に引き続き起こった重症気管支ぜん息発作又はショック状態等

第三大気汚染疫学の概要

〔甲二九、一一一、一二七、三四二、六三六、乙(ウ)七、一六、一八、四一、四八、四九、六六、六七、六八、乙(キ)四八、丙一七四、一七六、二〇六、三〇八の3、三二六〕

一 疫学の定義と意義

1 疫学の定義

疫学とは、人間集団における疾病(健康障害)現象を集団的に観察することにより、その発現の頻度(発生状況)や分布(蔓延状況)などを規定する諸因子(作用因子、宿主因子、環境因子)を研究する医学の一分野と定義される。

2 疫学の意義

臨床医学による個人診断は、個々の患者について、その疾病の症状と所見とに基づいて、これを治療するために行われるものであるが、疫学は、右の定義が示すように、個人における疾病の発症や増悪に関連した因子を探究することを通常その目的とするものではない。しかし、疫学調査による健常者を含む人間集団の集団的観察により、個人診断では検出の困難な疾病の発症又は増悪の原因となっている因子が解明され、あるいは疾病原因に対する有益な示唆が得られる場合があり、その因子を除去することによって疾病の発生を予防するなど人の健康保持のために有効な対策を探究することが疫学の重要な目的であり、そこに臨床医学と異なる意義がある。

二 疫学の方法

1 疫学的手法の意義

疫学には医学の一分野として右のような意義があるが、疾病あるいは健康障害の発生は、生体の複雑な生物学的反応の所産であり、多数の要因がこれに関与しており、ことに非特異的疾患においては、その発生原因及び機序が複雑多岐で、その疫学的解明には多くの困難が伴うものであり、健康障害と諸因子との関連の検討に当たっては、客観的で合理的な疫学的手法が採用され、その手法が厳密に遵守されることが重要である。

2 対象集団の把握と疾病異常の測定

(一) 対象集団の把握

疫学的観察の第一歩は、集団中に発生する疾病異常を測定して、これを定量的に把握することである。

疾病異常の発生状況を測定する対象全員が分母となる。分母となる集団のサイズや性格は目的に応じて異なるが、対象とする健康障害に全員が罹患する可能性をもっていなければならない。また、対象集団が定められた以上は、その全員について疾病異常の有無の情報を得る必要があるが、実際にはしばしば把握洩れ(未受診者)が生ずる。このような場合、受診者と未受診者との間に疾病異常者の偏りがないかを確認する必要がある。さらに標本調査の場合は、抽出した集団が定義された分母を真に代表しているかどうかが重要である。

(二) 疾病異常者の把握

分子に相当するのが疾病異常者であるが、その把握方法には、スクリーニング検査法、集団検診、既存資料の利用などの種々の方法があるが、いずれの場合もその前提として、調査対象の疾病異常の概念と定義を明確にし、診断基準を確立しておくことが最も重要である。

3 疫学的方法

疫学調査においては、健康障害の発生原因を宿主、病因、環境の各方面から調査・研究することになるが、この疫学研究の段階とこれに対応する研究手法は次のように分けられる。

第一段階 仮説の設定 →

記述疫学的方法

第二段階 仮説の検証 →

分析疫学的方法

第三段階 仮説の実証 →

実験疫学的方法

(一) 記述疫学的方法(仮説の設定)

記述疫学とは、健康障害の発生、分布の状況を時間的・空間的・人の属性別に観察し、対象集団について作用因子、環境、宿主などに関する資料を統計的に集計し、どの要因が健康障害に関与しているかを検討して、健康障害の発生要因に関する仮説を設定するものである。

(二) 分析疫学的方法(仮説の検定)

記述疫学的方法によって設定された健康障害の発生要因に関する仮説を分析的な観察によって検討し、仮説要因と健康障害との間の関連性の有無を確かめ、さらにその関連の仕方から両者の間の因果関係を推定するのが分析疫学的方法の目的である。ここには、対照のとり方によって患者対照研究と要因対照研究の二つの方法があり、また調査時点の観点から、それぞれ横断研究と縦断研究に分類される。

(1) 患者対照研究

集団中で問題の疾病を持つ患者群が、その疾病を持たない群(対照群)に比べて仮説要因をより高率に保有しているかどうかを調べる方法である。

この研究において重要な問題は対照群の選び方であり、検証したい仮説要因以外の条件を患者群とできるだけ一致するようにしなければ鋭敏に仮説要因の検証ができないだけでなく、間違った結論を出す恐れがある。

情報聴取の方法についても両群同じ調査方法を採用するなどの配慮が必要である。

(2) 要因対照研究

仮説要因を保有する群と保有しない群、あるいはそれが多い群と少ない群について、問題の疾病の発症率や有病率を比較する方法である。

この研究は、要因の有無別あるいは多少別に健康障害の発生状況を比較するものであるから、各被調査者についての作用要因の有無ないし量の正確な把握が必要であり、対照群の選定についても、仮説要因以外の条件の同一性の確保が重要である。

(3) 横断研究と縦断研究

分析疫学的方法を調査時点の観点から分類すると、横断研究と縦断研究に分かれる。

横断研究とは、ある時点で仮説要因の保有状況を断面的に調査する研究のことをいい断面調査ともいう。

縦断研究とは、ある時期を通しての仮説要因の保有状況や疾病の発生率等を調査する研究のことをいい、調査時点より過去にさかのぼって調査する後ろ向き調査と将来に向けて調査をする前向き調査がある。縦断研究のうち、ある固定した集団(コホート)を選び、この集団を追跡して疾病の発生を観察する研究をコホート研究といい、後ろ向きコホート調査と前向きコホート調査がある。

患者対照研究は横断研究と後ろ向き研究に分けられる。要因対照研究は横断研究、後ろ向き研究、前向き研究(コホート研究)に分けられる。

(4) 各種研究方法の特質

仮説要因と健康障害との間に疫学的因果関係があるというためには、仮説要因が健康障害の発生前に作用していなければならず、その関係を知るためには時系列的研究が必要であり、縦断研究が有用な資料を提供する。

これに対し、横断研究は、原因とその結果の測定が一時点に行われるから、原因が調査時点以前にも高い確率で反映している場合でなければ、疫学的因果関係を明らかにしうる資料となりえない。

縦断研究のうちの後ろ向き研究は、過去に遡る調査手法のため、情報の把握の正確性に欠ける場合があり、また慢性疾患などの場合は、その疾患の発病と要因との関係が断定できない場合がある。

これに対し、前向きコホート研究は、固定した集団を仮説要因の有無別等に分けて、目標疾患の新発生状況を将来に向かって直接観察して仮説の検証ができるので、信頼度の高い資料が得られやすい。

このように調査方法の違いによって、疫学的因果関係の認定の程度に大きな差が生ずるため、その認定にあたっては、調査方法の特質と意義を慎重に吟味することが必要である。

(三) 実験疫学的方法(仮説の実証)

分析疫学方法により統計的な関連性が認められ、原因として推定されるに至った要因について、これを実際に人間集団に与え、それを与えれば問題の健康障害が発生し、それを与えなければその障害が全く発生しないか、あるいは与えた場合に比べて有意に低い割合でしか発生しないことを実験的に確かめるのが実験疫学的方法であり、これによって統計的な関連性を超えて疫学的因果関係の存在が確定される。もっとも、実験疫学が病気の原因究明に不可欠であるというものではない。

この実験疫学的方法を人間集団を対象に実施することは倫理上の問題があり、個体差や生活環境の違いを等質化することの困難性もあって、その制約は多く、介入研究等を除いてあまり行われていない。

そのため、人間集団における実験に代えて動物実験が行われることもあるが、人間と実験動物との間には、①幾何学的要因、②時間的要因、③量的要因、④質的要因における差があるため、動物実験の結果をいかに人間に当てはめたらよいかという「外挿の問題」が生ずる。動物実験の結果を人に外挿する科学的な手順が確立されていない現状においては、動物実験の結果をもって人に対する影響を定量的に把握することは困難であり、定性的な推定を可能とするにとどまるから、動物実験によって直ちに疫学的因果関係の確定を行えるものではない。

三 疫学における因果関係

1 統計的関連性と因果関係の推定

(一) 因果関係の定義と関連の型

疫学における因果関係とは、「二つの範疇に属する事象又は性質があり、片方の範疇のものの頻度又は性質の変化に続き、他方の範疇のものの頻度又は性質が変化する関係」と定義される。

この二つの範疇間の相互の関係における統計的関連の有無は、分析疫学の段階における統計的解析により明らかにされる。

そして、統計的関連を示した場合にも、①因果関係とは無関係に、偶然あるいは因果関係のある他の要因に影響されて見かけ上の関連性を示した場合、②因果関係はあるがその要因は原因ではなく結果である場合、③因果関係があり、その要因が原因である場合、が含まれる。

(二) 統計学的仮説検定(有意性検定)

仮説要因と健康障害との関連性を吟味するために、統計学的仮説検定(有意性検定)が行われる。

論理学上、「AならばBである→Bである」という場合、Bに導く要素はAだけとは限らないから、BならばAであると判断することはできず、したがって、A(仮説)自体が真であることを証明することはできない。しかし、「AならばBである→Bでない→ゆえにAではない」という論法は正しいから、仮説の誤りは証明できる。

有意性検定は、右論法に立脚したフィッシャーの仮説検定法により判断される。これによれば、まず、対象集団について設定した仮説を対立仮説とし、この仮説を否定する仮説を帰無仮説とし、仮に帰無仮説が正しいとされた場合に得られる標本統計量が統計学的な確率分布(標準正規分布、x2分布、t分布、F分布等)においてどの程度の確率で生じるかを求め、その確率がある有意水準(帰無仮説の下では非常にまれにしか起こらない統計量の値に対応する確率で、通常は五%又は一%が用いられる)以下の場合、帰無仮説は誤りであったとして棄却され、その反面として、対立仮説は統計的に有意である(統計的に確からしい)とされて、統計的関連性が肯定される。

そして、x2検定、t検定、F検定など仮説のタイプに適応した検定法がある。

(三) 有意性検定の意味

このような有意性検定により帰無仮説が棄却され、その結果を評価する場合、まず有意性検定の前提となる標本抽出(無作為抽出)の適正に留意する必要がある。また、帰無仮説による有意性検定は、ある仮説について偶然性を除外するという保証を与えるものであるが、対立仮説における相対危険度や相関関数の値自体の量的な有意性を検証するものではなく、具体的な有症率の値及びその確からしさについては検証できないことなどに留意しなければならない。

なお、帰無仮説が棄却されない場合は、対立仮説の有意性が肯定されないことになるが、統計的な検定の対照とするべき標本の数(データの数)が少ないために統計的に有意な差があることを判別しきれない場合(検定力が低い場合)にも帰無仮説を偽りであるとして棄却することができないから、有意性が認められなかったからといって、逆に関連性を否定するものではない。

2 因果関係の判断条件

分析疫学の段階で仮説要因と結果との間に統計的関連性が認められた場合でも、その関連性は直ちに因果関係を示すものではない。そこで、実験疫学的方法によらないで疫学的因果関係を推論するための判断条件としていくつかの提案がなされている。

(一) アメリカ公衆衛生局長諮問委員会のクライテリア(判定条件)

右委員会が一九六四年に「喫煙と健康」について検討した際用いたものであるが、左の五項目の判定条件は因果関係の判断上その全てが不可欠なものというわけではない。

(1) 関連の一致性(関連の普遍性)

特定の集団で、ある要因とある結果との間に関連性がみられる場合に、同じ現象が、時間、場所、対象者を異にする集団でも認められることをいう。

(2) 関連の強固性

健康障害と要因との間に見られる関連性が強いことをいう。この関連性の強さを示す指標として、相対危険度、オッズ比、相関係数、回帰係数、偏相関係数、重相関係数などがあり、量―反応関係が認められれば更に強固となる。

(3) 関連の特異性

ある要因とある結果との関係が特異的な関係にあることをいう。

ある疾病を観察すると特定の要因が必ず存在しており、逆にその要因があれば予測される率でその疾病が引き起こされる場合には特異性は極めて高いことになる。

(4) 関連の時間性(時間先行性)

要因が結果の現れる以前に作用していることをいう。

(5) 関連の整合性

要因と結果の間に疫学的因果関係があるとした場合に、その要因がその疾病に関する既存の知識と合致し、またその疾病についてみられる種々の現象がそれによって矛盾なく説明しうることをいう。

(二) ヒルの九視点

ヒルは一九六五年労働衛生の立場から汚染の職業的曝露と人体影響に関連して因果関係に導くための次のような九項目の視点及びコメントを示した。

(1) 関連の強固性(但し、関連が軽微だということのみで原因と結果の仮説を排斥してはならない)

(2) 関連の普遍性(但し、反復調査がなかったり不可能な場合もあり、単独の現象をもとに決意することに何らの困難もない)

(3) 関連の特異性(但し、疾病にとって一対一の関係は頻発するものではなく、過度に強調してはならない)

(4) 時間的関係

(5) 生物学的勾配(量、反応関係)

(6) 生物学的もっともらしさ(但し、この点は今日の生物学の知識に依存するので強要はできない)

(7) 整合性(一般に知られている疾病の自然発生と生物学の知見と大きく矛盾してはならないこと)

(8) 実験による検証

(9) 類推(これは類推による判断が正当化されることを示している)

第四大気汚染に係る疫学調査の問題点

一 大気汚染測定局の測定濃度の地域代表性

1 被告らは、大気汚染レベルが同一地域内で一様であれば、測定点を中心にした範囲内はその測定点における測定値でその地域の大気汚染レベルを代表させることができようが、同一地域内でも場所が変われば大気汚染濃度は地理的条件、気象条件等に左右されて変化するから、測定点を中心にどの程度の範囲ならば地域代表性があるといえるのか、合理的な基準を示すことは困難であり、また、調査対象地区に測定局が存在しない場合には、近隣の測定局の測定値又は近隣の複数の測定局の平均値で、その調査対象地区の大気汚染レベルを表すものとしているが、この点につき医学的、生物学的根拠は示されていない、と主張する。

2 確かに、調査対象地区の汚染程度を測定点の汚染濃度で代表させてよいかどうか、対象地域選定の段階で十分考慮する必要がある(甲三三八・三〇頁)。わが国及び欧米諸国で実施されてきたBMRC質問票を用いた調査では、調査対象地域から二ないし五キロメートル以内にある測定値を用いるか、又は対象地域内に複数の測定値がある場合にはその平均値を用いる例が多い(乙(ウ)九・八一頁)。それらの疫学調査が、地域の実情を検討した上で結果的にそのような測定値を用いている事実を重視すべきである。

大気汚染測定局の地域代表性は大気汚染の健康影響指標の選び方、調査対象集団の規模の決定に密接に関連している。大気汚染の地域の代表性は、ばらつきの幅を越えて本質的な差異が起こる濃度差を生じさせないように考慮することが、実際的であり意味がある(乙(ウ)九・八一〜八二頁)。持続性せき・たんという影響指標の場合、極めてまれな発症というケースではないからより小さい集団でよい(その範囲の代表性が認められればよい)し、微小な濃度変化を微妙には反映しなくてもよいといえる。

二 個人曝露量

1 大気汚染濃度としては、地域に設置された測定局の測定値をもって、当該地域の個人の曝露濃度とされている(乙(ウ)二三・三二七頁)。

被告らは、個人行動は多様であり、それぞれ環境濃度は異なるから、測定局の測定値を個人の曝露量とみなしてよいかは問題である。具体的には、暖房器具による室内汚染、受動喫煙等を考慮する必要がある、と主張する。

2 しかし、調査地区間において気候上極端な差がない限り、地区間の集団検討に際して室内汚染を問題とする必要はないし、昭和六一年報告は、室内汚染について有症率と有意な関連がほとんどみられなかったとする(甲六三六・一九六〜二〇六頁、二三六〜二五五頁。その他に甲三四一・六頁)。また、多数の者を対象とする疫学調査において、受動喫煙を含め個人曝露量を測定するというのは非常に困難かほとんど不可能であって(丙三三〇、乙尋二の3・前田証言)、およそ実現性のない机上の空論にすぎず、被告らの見解は大気汚染疫学を含め疫学の存在を否定しようとするものである。

これに対し、測定局の測定データは、過去のデータも含め容易に入手して使用でき、現在又は過去の有症率調査との関係を検討する上で有用である。

大気汚染疫学は、大気環境中の曝露以外にNO2の曝露があることを前提としつつ、大気汚染中のNO2等の濃度を指標とする大気汚染と人口集団における健康影響を研究する(丙二〇八・八六頁)、すなわち、質問票を用いて有症率の地域差を大気汚染を仮説要因として分析するもので(甲六三一・二九頁)、個人の全曝露量と有症率の関係を分析するものではない。個人曝露量のデータでは、汚染濃度を指標とした地域比較はできない。

三 BMRC質問票

1 被告らは、第一に、BMRC質問票の有効性が認められているのはたんに関する項目だけであり、また質問内容は自覚症状に関する事項が中心であるため回答は被調査者の主観に左右されるので、その信頼性はよく訓練され経験ある調査者が調査した場合でも八〇ないし九〇パーセントである。第二に、BMRC質問票による調査はよく訓練された面接者が手引書にしたがって忠実に実施しなければならないが、わが国ではそのような調査は少ない。第三に、持続性せき・たんを慢性気管支炎の指標とするとしても、これによって慢性気管支炎そのものが診断できるわけではないし、上気道、気管支、肺の限局性病巣によるもの、例えば肺結核、心疾患によるものを除外すべきである。第四に、持続性せき・たんの指標により、気管支ぜん息、肺気腫、ぜん息性気管支炎を把握することはできない、などと批判する。

2 第一点について、「5+10症状」とはBMRC質問票の質問項目5と10にともに「はい」と答えた症状という意味で、「三か月以上、毎日せきとたんが続く症状」である(乙(ウ)一七)。この持続性せき・たん症状は慢性気管支炎の主症状に対応している(甲六三六)。慢性気管支炎の定義自体が自覚症状を中心に構成されているので、自覚症状中心に質問を構成することで問題はない(乙(ウ)六〇)。

BMRC質問票では、せきとたんの持続性期間についての質問はないが(甲七六七)、それは英国で質問5と10に「はい」と答える人の九五パーセントはそのような症状が二年以上続いているということがわかったからである(乙尋二の2・吉田証言)。

第二点について、わが国の疫学調査でも面接者の訓練はなされている。また、BMRC質問票の使用にあたっては、質問票の文字を機械的に発することが重要とされている(乙(ウ)六〇・一〇四頁)。さらに、より多くの集団を対象に調査を実施するために、BMRC質問票に基づいた自記式アンケートも用いられており、面接方式と自記方式との間で差がないことが確認されている(甲一二七・三六八頁、三七七頁、甲三四七・九一頁)。

第三点について、一般人口集団の中で、他疾患の頻度は少なく、持続性せき・たん症状に含まれる割合は極めてわずかであるので、疫学調査では他疾患を除外するための特別の手段をとる必要はない。しかも、他疾患は大気汚染と無関係に存在し、汚染地域でも非汚染地域でも同様の割合で存在している。したがって、他疾患は大気汚染と持続性せき・たん症状有症率との関連性の検討にあたっては考慮する必要はなく、誤差範囲のものとして処理しうる。

第四点について、持続性せき・たん症状には、慢性気管支炎の他、同症状を伴う肺気腫、気管支ぜん息も含まれる。また、ATS―DLD質問票では気管支ぜん息の主症状をとらえることができる。

四 ATS―DLD質問票

1 わが国では、昭和五〇年代半ばからBMRC質問票にかえて日本式ATS―DLD質問票(自記式)が導入されており、年々有症率が低下してきたためにアンケート票で大量のデータを把握する必要があること、ぜん息にも利用できることが導入の理由とされている。それ以後の環境庁実施の疫学調査ではすべてこの自記式によって行われている(甲一三一、甲一三二、甲三四一、甲三五九)。

2 被告らは、これを自記式アンケートに用いる限りBMRC質問票を自記式に用いるのと同様の問題がある、ATS―DLD質問票の成人用(乙(ケ)四四)では、「医師にぜん息といわれたことがありますか」との質問によってぜん息を把握しようとするが、これによってぜん息患者を的確に把握できるか疑問であると批判する。しかし、気管支ぜん息の症状の把握については、ATS―DLD質問票による調査手法が確立している(甲一二八ないし一三〇、甲一三三)。

五 交絡因子

1 交絡因子は、仮説要因たる大気汚染以外の要因で各対象集団の有症率に影響を与える因子を指すが、この場合交絡因子は大気汚染の有無、程度別に区分した地域毎の対象集団での有症率に差をもたらすものでなければならない。したがって、とりあげられるべき交絡因子は、有症率に影響をもたらし、かつ、地域毎の対象集団によって、その分布が異なっているものである。

被告らは、疾病の発症・進展に影響を与える他の要因が比較の妨げとならないように配慮すべきであると主張するが、これは当然のことである。有力な過去の疫学調査においては、有症率に影響を与えると考えられる大きな要因である性別、年齢、喫煙については考慮されて、訂正有症率を求めてデータ処理されている。

2 そのほか、職業歴、経済的地位、家庭内暖房の種類などの要因をどう評価するかが問題となる(甲一一一・四頁、甲六三三・三一頁、乙(ウ)七〇)が、調査地区間において極端な差がない限り、考慮しなくとも足りる。一般には、性、年齢、喫煙以外の要因を考慮しない状態であっても、疫学調査結果によって関連性が示されたことは、両者の関連性を強く推測させる(甲六三〇・七九頁、甲三三八・三四頁)。

六 断面調査

1 断面調査は、ある時間の断面で、集団間の有症率等を比較検討する疫学調査であるが、被告らは、断面調査では、関連の時間性の要件を満たさないと批判する。

しかし、断面調査で仮説要因としたものが結果の前に作用していた可能性があればよく、調査時に測定される仮説要因が大体恒常的であればよい(乙(ウ)一六)。大気汚染の疫学調査では、調査時から過去三年分の汚染データ、それがないときは一年分の汚染データを用い、同じようなばらつきで大気汚染が以前にもあったことを確認しつつ、断面調査の結果から因果関係を推論するのに不合理性はない。

2 これに対し、コホート研究は、固定した集団(コホート)を仮説要因の有無、多少別に分けて疾患の新発生状況を前向きに観察するものであり、大気汚染疫学については、大気汚染の有無、程度別に集団を設定し、そこでの有症率の変化を時系列的に追跡し分析する研究方法である。固定集団を現在時点で選ぶ前向きコホートと過去の時点で選ぶ後向きコホートがある。しかし、後向きコホートの場合には過去の症状データを把握することが困難である。前向きコホートの場合、何年間追跡するか定説がない、追跡期間中の有症率の変動が大気汚染によるものか、交絡因子によるものか判別が困難である、転出・協力拒否・死亡といった脱落者が出た場合にはよい結果は得られない。したがって、断面調査よりコホート研究が勝っていると必ずしもいえない(乙尋一の5・山口証言)。

第五大気汚染に係る各疫学調査の概要

一 四日市市における調査

1 産研等の住民検診調査(甲七七一、乙(キ)一七)

産業医学研究所(以下「産研」という)、三重県立大学医学部、四日市市は、昭和三九年度に四日市市内六地区(汚染地区―磯津・塩浜北・塩浜南・非汚染地区―四郷・富洲原・桜)において、四〇歳以上の住民を対象に、厚生省の調査に準じて、BMRCの問診票を簡略化した質問票を使用して症状を応答させ、一定症状の者について面接検診を行う方法での調査を実施し、症状層別にこの訴えを確認し、年齢、喫煙の修正などを行って、慢性気管支炎の地区別有症率等の分析を行い、続いて昭和四〇年から昭和四二年においても、他の市内汚染八地区(港・浜田・同和・中央・共同・海蔵・西橋北・羽津)について同形式の質問票調査及び検診を行っている。

右住民検診調査の結果について、同大学の吉田克己教授らは、次のような報告を行っている。

(一) 慢性気管支炎及びぜん息様発作の有訴症率と当該地区の昭和三七年から昭和四〇年まで四年間の平均硫黄酸化物の濃度との間に高い相関関係が認められる。

(二) 年齢階層別の慢性気管支炎症状有症率をみると、加齢による増加が認められるが、同時に常に汚染地区に高率(2.5〜3.3倍)に発生していることが認められる。

(三) 喫煙と慢性気管支炎症状有症率との関係については、非汚染地区に対し汚染地区では全体で3.8倍であるが、非喫煙者群では5.9倍、喫煙者群では2.7倍となり、この割合は高汚染地区ほど高くなる。また、非汚染地区では喫煙による増加率は3.2倍であるのに対し、汚染地区では1.4倍にすぎず、汚染地区では圧倒的に大気汚染が大きな影響因子であることが認められる。喫煙は、慢性気管支炎の発生に一定の影響が認められ、大気汚染と相加的な作用をもつと考えられるが、同時に、明らかに汚染地区での有症者の増大は喫煙のみでは説明ができず、汚染が著しい増加の要因となっていることを示している。

2 学童検診(甲七七二)

産研は、厚生省の委託を受けて、昭和四〇年、四日市市内の左記学童について、質問調査、問診、身体計測、聴打診、呼吸機能検査(時間肺活量、気道抵抗)を行った。

対象小学校

三年生

六年生

亜硫酸ガス

降下煤じん

汚染

塩浜小学校

二七五人

二六九人

0.73mg

12.9㌧

三浜小学校

0.68mg

13.5㌧

非汚染

桜小学校

九七人

一一五人

0.05mg

4.4㌧

神前小学校

0.07mg

5.0㌧

(単位 亜硫酸ガス=mg/一〇〇cm2/日、降下煤じん=㌧/km2/月)

右調査の結果について、産研の今井正之助手は次のとおり報告している。

(一) 前病症(既往症)としては気管支ぜん息の前病症率が汚染校では非汚染校の二倍近い。

(二) 問診による自覚症については、汚染校において咽頭痛(3.5倍)、たん(3.2倍)、はきけ(2.7倍)、せき(1.9倍)、眼痛(1.8倍)を訴えるものが多い。

(三) 呼吸機能検査では、時間肺活量・努力性肺活量とも汚染校の方がかなり劣っているが、有意の差はなかった。

(四) 塩浜小学校と神前小学校の学童について、ボディープレチスモグラフによる気道抵抗の測定の結果は、汚染校の方が気道抵抗が強く、一%の危険率で有意の差が認められた。但し、男女別の集計では、女子には有意差は認められていない(このことから本質的に男子の方が大気汚染に影響されやすい傾向が認められる)。

3 磯津検診(甲七七三)

産研は、昭和三九年一月、四日市ぜん息の実態把握のため、磯津地区(住民二八一五人、亜硫酸ガス平均値約0.13ppm)のぜん息様患者(地区内の開業医のカルテによって気管支ぜん息の診断のある患者六六人―人口の2.3%)のうち比較的重症者三一人に対し、問診、血液検査、呼吸機能検査、心電図検査等を実施した。

右の結果について、前記吉田教授らは、次のとおり報告している。

(一) アレルギー皮内反応は、ハウスダスト陽性二人、タタミオモテ陽性三人で陽性率は著しく低い。家族歴においても気管支ぜん息の認められる者は六人で低い。発病は二六人が工場の操業が本格化した五年以内に起こっている。

(二) 好酸性細胞六%以上が一〇人、心電図で肺性Pを疑う者九人で肺性P波の率が著しく高い。

(三) 肺機能検査では、正常三人、拘束性障害四人、閉塞性障害一五人、拘束・閉塞両性の障害五人である。閉塞性障害を示すもの二〇人中、アロテックの吸入によって一秒率の回復の著明(二〇%以上)な者六人である。

(四) 入院患者のうち二人が約一か月転地療養をしたが、その期間は全く発作が起こらず、また、肺機能もかなり改善された。

4 検討

(一) 産研等の住民検診調査について

被告らは、右調査について、①誇張回答の傾向、②喫煙の影響の評価方法、③原因の特殊性などを指摘して吉田らの解析結果を批判している。

①の点は、右調査において、慢性気管支炎率の算定を、

(検診対象数÷調査表回収数)×(慢性気管支炎数÷受検者数)

によって求めている(但し、受検者数は、実際の受検者から結核、心臓疾患等を除外した数である)ことから(乙(ケ)五〇)、自覚症状を訴えているだけで実際に検診を受けて慢性気管支炎と診断されていない者の率が影響することになり、被告らの指摘する問題がないとはいえないが、検診を受けなかった有訴症者を考慮しているものとしてあながち不合理とはいえない。また、誇張回答との批判は、受検者数(結核等を除く)中の慢性気管支炎の率のみからの仮定であり、右調査が分析している気管支ぜん息率、慢性気管支炎率、閉塞性障害率、一秒率五五%以下の者の率を総計すると、塩浜地区が五八%に対し、非汚染地区である富洲原・四郷・桜が56.4%であり、右指摘は相当でない。

②について、吉田らの分析方法によって、大気汚染度の影響の方が喫煙の影響よりも大きいと断定できるかには疑問があるにしても、右調査結果から前記の評価(喫煙と大気汚染とは相加的影響があり、汚染地区での有症率の増加は喫煙のみによっては説明できないこと)をすることに異論はない。

③について、四日市はピーク性汚染が顕著であり、西淀川区と汚染形態が異なることは吉田らも指摘しているところであって(乙(キ)一七)、ピーク性高濃度時の呼吸器に対する侵食と変化の少ない比較的低濃度での曝露の継続による影響との関係について十分な検討を行う必要はある。

したがって、この調査結果を汚染形態の異なる西淀川区の大気汚染下での健康影響の評価に直ちに適用することには問題があるが、そのような点を考慮に入れても、右調査が前記のように硫黄酸化物及び降下ばいじんと慢性気管支炎症状有症率、慢性気管支炎症状とぜん息様発作の有訴症率の高い相関関係を認めていることにそれなりの意義があることを否定するのは相当でない。

(二) 学童検診について

被告らは、汚染校では自覚症状の過剰傾向が強いという。確かに、質問調査において、汚染校においては、粘膜刺激症状を中心とした自覚症状の訴えが高いだけでなく、非汚染校に比べ、下痢が1.9倍、腹痛が1.6倍と高く、やや奇異な感があると指摘されている(乙(ケ)五一)。しかし、その原因は明らかでなく、大気汚染の副次的影響である可能性も否定できず、そのすべてを誇張回答と断定することはできない。また、汚染校においては、浮遊ふんじんや二酸化硫黄の高濃度以外にも硫酸ミスト等の刺激物質の存在も認められているが(乙(ケ)五一)、調査結果に大きな影響を与えるものとみるべき証拠はない。被告らは、このほかにも汚染校と非汚染校とは都市部と農村部の違いがあり、運動能力差なども考慮すべきであるなどと主張するが、これが調査結果に大きな影響を与えているとする根拠はない。

したがって、右の諸点を考慮しても、今井報告の指摘する前記調査結果を否定することはできない。

(三) 磯津検診について

被告らは、国保レセプトによる罹患率調査の問題点を指摘し、また、ぜん息患者数だけから磯津で同患者の多発があったかどうか不明であること、いわゆる「四日市ぜん息」は慢性気管支炎の一種ではないかとの考えもあることなどを主張するが、吉田らの報告(甲七七三)は、医師受診率による調査のほか、住民の呼吸機能等の検査においても、汚染地区における閉塞性疾患の疫学的増大とぜん息様患者(但し、このぜん息様疾患は従来の気管支ぜん息というよりも慢性気管支炎の可能性があるとする)の多発がみられるとしているものであって、前記の報告に影響を及ぼす指摘とはいえない。

二 厚生省ばい調(乙(ウ)一九)

1 厚生省は、「ばい煙等影響調査」(以下「厚生省ばい調」という)として、昭和三九年及び昭和四〇年に、汚染地区として大阪市此花区梅香町・四日市市塩浜北・同塩浜南・同磯津、非汚染地区として大阪市池田市呉服町・四日市市四郷・同桜、同富洲原を選定し、調査地区内に居住する四〇歳以上のすべての一般住民を対象として、本調査の企画判定委員会(厚生省、大阪府、三重県の各代表者、国立衛生院鈴木武夫部長、国立衛生試験所外村正治部長、慶応大学外山敏夫教授で構成)によって採用された質問調査票を配付し、各自記入したものを回収し、さらに、質問調査の結果に基づいて、フレッチャーの定義を参照して、三か月以上のせき、又はたんのある者、及びぜん息用発作、息切れのある者などを対象として医学的検査を行った。

右調査結果について、厚生省環境衛生局長舘林宣夫は、次のとおり報告している。

(一) 環境測定結果

汚染物質

大阪市

四日市市

汚染地区

非汚染地区

汚染地区

非汚染地区

降下ばいじん

8~13

3~4

7~18

2~6

浮遊粉じん

487.7

187.5

260.8~399.2

211.4~234.2

亜硫酸ガス

1.5

0.57

0.5~2.3

0.2

〔単位 降下ばいじん=㌧/km2/月浮遊粉じん=μg/m3   亜硫酸ガス=mgSO3/一〇〇cm2/日〕

なお、調査期間中の亜硫酸ガス測定結果について、一時間平均値は大阪の汚染地区0.06ppmに対し、四日市(磯津)では0.16ppmであり、日別最高濃度が0.3ppm以上を示した日は、大阪12.5%(2/16日)に対し磯津64.3%(18/28)と著しく高かった。

(二) 回収率は、大阪汚染地区八四%(地区内の四〇歳以上の人口三四二一人)、非汚染地区八三%(同三五二〇人)、四日市汚染地区79.2%(同四六三五人)、非汚染地区82.8%(同四五四九人)で総平均は82.0%(同一万六一二五人)であり、地区間に著明な差はなかった。

回答者の年齢別構成をみると、汚染地区では若年層の占める比率が高く、非汚染地区では高年層の占める比率が高い傾向を示している。

(三) 質問調査票により、せき、たんなどの呼吸器系の自覚症状発現頻度をみると、何らかの症状を訴えた者は、大阪、四日市とも、かつ男女とも明らかに汚染地区に高率(汚染地区間では四日市がより高率)であり、汚染・非汚染地区間の有症率には有意差が認められた(危険率一%)。

(四) 慢性気管支炎症状の発現には、性、年令、喫煙の有無等による影響を受けるが、本調査では性別、年令段階別、喫煙の有無別に分けて、それぞれについて汚染、非汚染地区間の比較を行った。その結果、性別では男子に高率であるが、汚染・非汚染地区別では男女とも汚染地区に高率である。年齢別では、一般的には若年層より高年層に移行するほど高率であるが、汚染・非汚染地区別では、いずれの年齢層でも汚染地区に高率である。喫煙の有無別に有症率をみると、非喫煙群に比して喫煙群に高い有症率を示したが、汚染・非汚染地区別では、いずれの群においても汚染地区が高率であった。

地区間の差を補正して各々の慢性気管支炎症状の有症率を求めると、大阪、四日市のいずれにおいても、男女とも非汚染地区に比して汚染地区の有症率が高くx2テストにより一%以下の危険率で有意の差が認められた。

(五) 質問調査による有症者について実施した呼吸機能検査を中心とする医学的検診(受診率は四〇〜五〇%)の結果によれば、閉塞性障害者率は症状区分別で慢性気管支炎症状群に高かった。しかし、汚染・非汚染地区間についてみると大阪では汚染地区に高かったが、四日市では明瞭な差はみられなかった。

(六) 質問調査及び検診の結果、大気汚染の悪化の程度によって、呼吸器への好ましくない影響がみられることが明白である。すなわち、呼吸器自覚症状、慢性気管支炎症状などと大気汚染との間に関係があることは明らかである。

2 検討

被告らは、アンケート票による調査のためデータの信頼性に欠けること、四日市調査につき、濃度データの調査期間が地区によって異なり相互比較性がないことや除外診断が不徹底であったこと、四日市はピーク型高濃度曝露であるのに対し、大阪は低濃度長期曝露であって、汚染の影響を同一に論じることはできないなどと主張する。

濃度データの調査期間の問題、四日市と大阪の汚染の形態が同一ではないことは被告ら指摘のとおりであるが、館林の報告(乙(ウ)一九)によれば、質問票による質問調査によると、せき、たん及び息切れの症状を示したものは明らかに汚染地区に頻度が高く、かつ、汚染の増加に伴いその頻度が増加する傾向がみられたこと、慢性気管支炎症状の有症率は、年齢、喫煙習慣による因子を除いてみた場合でも汚染地区に高率であったことが認められており、右調査結果の意義を左右するものではない。

三 大阪ばい調(乙(ウ)一八)

1 昭和三一年七月、近畿地方の大気汚染の実態を把握し、その影響を究明することを目的として、官公庁、学校、団体、会社等によって構成される近畿地方大気汚染調査連絡会が発足したが、右調査連絡会は、昭和三九年七月、大阪府から大気汚染の人体影響についての調査を委託され、同年以降昭和四三年までの五か年間にわたり、西淀川区を含む大阪府下二五地区で四〇歳以上の住民総計九万五二五三人を対象(全数調査)にして、フレッチャーの定義に基づき、BMRC標準質問票に準拠して作成したアンケート調査を行い(Aグループの回収率86.3%、Bグループの回収率53.2%、Cグループの回収率53.2%、Dグループの回収率57.2%)、調査票で自覚症状のある者を対象に問診及び臨床的諸検査(胸部X線検査、呼吸機能検査、心電図検査、理学検)を行う(医学的検査受診率・平均49.9%)など、環境調査、疫学調査、病理調査、統計調査を実施した。そのまとめとして、昭和四四年七月、同会から「ばい煙等影響調査報告(五カ年総括)」が公表された(以下、右調査を「大阪ばい調」という)。その結果の概要は以下のとおりである(大阪ばい調を解析したものとして、甲一〇六、乙(ウ)五九、乙(キ)三九、丙三二七などがある)。

(一) 大気汚染の住民に及ぼす影響

(1) 調査結果の信頼性の吟味

Aグループ(西淀川(A)・西淀川(B)・大正(A)・福島Ⅰ・福島Ⅱ・東住吉(A)・東住吉(B)・此花―調査対象者二万九二〇七人、調査票回収者二万五二一〇人)について、アンケート調査を実施してから一か月後に二四〇六人に対し医学的検査を行っているが、その中から無作為で抽出した八二九人について調査票と問診結果との比較をしたところ、慢性気管支炎症状の一致率は96.8%であり、アンケート調査の信頼性が確認された。

(2) 慢性気管支炎住民調査

(イ) Aグループの全調査対象者について、フレッチャーの定義による慢性気管支炎の有症者率と年齢と喫煙量との関係を検討した結果、男女とも年齢、喫煙量の増加と共に高率であった(図表二三―(1))。

(ロ) 慢性気管支炎の地区別訂正有症者率は、亜硫酸ガス濃度(PbO2―SO3値)の高い地区ほど高率である(図表二三―(2))。

(ハ) 慢性気管支炎有症者率に対する年齢、喫煙量、大気汚染度の関係を次の数式で表すことができた。

Y(%)=1.94α+10-4×3N(X-20)2-3.18

Y:地区有症者率

α:PbO2法によるSO3値(mg/100cm2/day)

N:1日当たり喫煙量

女子非喫煙者……………………4

男子非喫煙者………………………8

喫煙者 1日 10本以下……………10

〃 〃 11-20本以下……………20

〃 〃 21本以上…………………30

X:年齢

(ニ) 慢性気管支炎の有症者率は、PbO2法による亜硫酸ガス濃度1.0mgの増加により約二%増加する。前記数式より大阪市各地区の慢性気管支炎の有症者率を推定することが可能になった。

(ホ) 但し、風向による指向性の強い、高いピークをもった汚染を示す西淀川の一部地区(西淀川(B))では、有症者率がPbO2、法の年平均値より予想されるよりも、著しく高率であった。このような質的に異なった汚染地区に前記数式を適用するためには、汚染度の指標について考慮する必要がある。この点については検討中である。

(ヘ) 慢性気管支炎の閉塞性障害者率は、年齢、喫煙量ともに高率である。

(ト) 慢性気管支炎の閉塞性障害者率の地区間の比較では著明な差はみられなかった。受診率の低いことを考慮しなければならないが、地区の慢性気管支炎有症者の約二三%以上のものが閉塞性障害を有するものと推定しうる。

(3) 死亡調査

慢性気管支炎症状を有するものの死亡率は、慢性気管支炎以外の有症者群及び正常者群に比して高く、その差は観察期間が長い程拡大する。なかでも、呼吸器疾患、肺気腫、肺性心による死亡は正常者の5.9倍を示した。

(4) 急性影響

(イ) 慢性気管支炎、肺気腫、ぜん息等非特異性呼吸器疾患患者の症状悪化の頻度は亜硫酸ガス濃度(日最高値及び平均値)の増加とともに高率となった。また、自覚症状の悪化だけではなく、亜硫酸ガス濃度の変化につれて、呼吸機能の悪化するもののあることが明らかにされた。

(ロ) 一般正常者(事業所従業員)についても、頭痛、せき、たん等の症状を訴える頻度が汚染の変動にともなう傾向がみられた。

(二) 大気汚染の学童の肺機能に及ぼす影響

本調査では、別に大阪市内工業地区、商業地区、住宅地区の学童の肺機能に対する大気汚染の影響が調査された。学童の肺機能は最大呼気流量を主な指標とし、大気汚染は、硫黄酸化物濃度、浮遊粉じん濃度を指標としている。その結論は次のようにまとめられている。

(1) 年間を通じて概ね2.0mgSO3/日/一〇〇cm2以上のSO2濃度を示す工業地区においては、年間を通じて概ね1.0mgSO3/日/一〇〇cm2以下を示す住宅地区に比し寒期に肺機能の低下が認められる。

(2) 大気汚染の年間平均値に著しい差は認められないが、年間を通じて0.5ppm以上のSO2濃度の汚染ピークがしばしば出現する工業地区と寒期にしばしば0.5ppmに近い汚染ピークが出現し暖期には概ね0.3ppm以下の汚染ピークが認められる商業地区の学童の肺機能を比較した場合、工業地区に低下する者が認められ、この場合その肺機能低下は慢性的傾向を示した。

(3) 肺機能低下時には最大呼気流量と肺活量比の関係から検討して、閉塞性様肺機能低下の傾向を示す異常低下者の出現率が増大する。

(4) PFR/H(最大呼気流量/身長×一〇〇)は肺機能測定時のSO2濃度と逆相関の傾向を示すが、浮遊粉じん濃度との相関は明らかでない。

(5) 以上の結果により、大阪市内の大気汚染ことにSO2濃度の著しく増大している工業地区においては、寒期に学童の肺機能が低下し、その影響は急性的な影響のみならず慢性化の傾向を有するものと考える。

2 検討

被告らは、右調査について、分析疫学を目指すものとして種々の問題があると批判している。以下、被告らの指摘を中心として検討する。

(一) 調査対象地区の一つに西淀川区を選定したことにより具体的に調査結果に問題が生じていると認めるに足りる証拠はない。

(二) 本調査は、「四〇才以上の(当該)地区居住者全員に配付」した(乙(キ)三九)という意味で全数調査である。Aグループでは「公衆衛生活動の活発な町」を選んで調査地区としたというが、これは日赤奉仕団の協力が得られ、全数調査が可能な町という意味であり、地区住民が問題意識を持っている町という意味ではない(乙(ケ)三の4、乙尋一の6・山口証言)。

また、B、C、Dグループ担当地区の回収率が低いこと、未回答者について調査していないことは否定できないが、回収率が問題になるのは標本調査の場合であり、全数調査の場合は原則としてそれは問題にならない(乙尋一の2・山口証言)。

(三) 大阪ばい調ではアンケート票を自記式留置き法によったが、各収集法には長所・短所があり、自記式法には、面接者による偏りを排除でき、広範囲に多数の標本を得られるという長所もある(甲一二七)。

大阪ばい調の実施に際して常俊は、自記式であるため質問票を短くしているが、フレッチャーの慢性気管支炎の定義を捉えるには十分であることを確認し、また回答の記入もれ及び無回答は回答数から除外することにした。そして、質問は単純であり誤解を生じることは少ないこと、他人の症状について他人が書くということは通常ないであろうこと、わが国では質問票は十分理解できるはずであることなどの判断をした。なお、BMRCも、BMRC質問票を自記式に変更することができるとしている(乙(ウ)六〇、乙尋一の6・山口証言)。したがって、大阪ばい調は右の方法の長所・短所を踏まえて、その正確性について配慮しており、調査精度に著しい影響を与えるようなデータの偏りがあるとは認められない。

(四) アンケートの結果と問診の結果との一致率が96.8%と非常に高かったことに関し、被告らは問診と医学的検査を受けた者の中から無作為抽出して右一致率を検討したにすぎないと批判する。確かに、本調査においては、医学的検査受診者を無作為抽出方式によって選定したとの報告はなされておらず、受診者群と非受診者群との間に等質性があるか否かの検討がされた形跡はみられないから、積極的な受診行動が一致率の検定に何らかの影響を与えている恐れがないとはいえないが、可能性の指摘にとどまり、これが本調査結果の精度に大きく影響しているとみなければならない根拠はない。

(五) 医学的検査受診者のうち、他疾患による除外者比率が、地区によって様々であることは否定できない。

(六) 交絡要因につき、大阪ばい調は、性、年齢、喫煙を検討しており、当時の疫学調査として概ね必要な配慮がなされているというべきである。被告らは極めて多くの考慮事項を要求しているが、それらの全てを解析しうるようにデザインすることは極めて困難であり、また、それらの全てを考慮しなければ調査結果の妥当性が得られないとまではいえない。

(七) 各調査地区の慢性気管支炎有症率と関連づけられている亜硫酸ガス濃度は、出典が明示されていないが、各測定局の年平均値をとったものと推定される。被告らは、調査前三年間の平均値をとるべきところを、調査前々三年間の数値を使用しているケースがあること、採用された測定局が調査地区内にあったりなかったりであり、特にAグループ担当の調査地区では、採用された測定局が調査地区内にないことが多いことなどを指摘しており、これらの点に問題があったことは否定できない。しかし、これらが調査結果を大きく左右するとまでは認められない。

(八) 被告らは、同一調査地区についての各代表測定局の三年間にわたる濃度のばらつきは大きいので、その測定局の濃度がその地域の濃度を代表しうるといえるかを問題としており、一部にそのような傾向がみられないではないが、三年間の濃度平均を当該地区の曝露量としているのであって、これが調査結果の意義を大きく損なうものとまではいえない。

(九) 慢性気管支炎有症者率に関する数式は、Aグループの中の六地区の調査結果に基づいて導かれたが、それ以外の地区に適用できるかが問題となる。特に西淀川B地区については右数式による計算値と実測値は大きく離れている。もっとも、このことは本調査も認めて検討している。

(一〇) まとめ

本調査には被告ら指摘の問題点があることは否定できないが、説明のつくものもあり、そうでないものは本調査もそれを認めたうえで分析していると認められる。したがって、右数式がどの地区にも適用できるなどと認定することはできないが、前記調査結果については右問題点を意識したうえで、評価の対象とすることは可能と考えるのが相当である。

四 六都市調査(乙(ウ)二七)

1 環境庁(昭和四六年七月発足までは厚生省)は、「複合大気汚染健康影響調査」(ばい煙等影響調査)として、昭和四五年度から昭和四九年度まで全国六地区(千葉県―市原地区・佐倉地区、大阪府―東大阪地区・富田林地区、福岡県―大牟田地区・福岡地区)で、主として右調査地区に三年以上居住している三〇歳以上の家庭婦人及び六〇歳以上の男子総計一万五一六七人(住民基本台帳などによって統計学的に偏りのない方法で選択)を対象に、環境調査、健康調査(呼吸器症状等に関する面接質問のほか、呼吸機能検査、喀たん検査、胸部レントゲン検査等)等の反復断面調査を実施し、昭和五〇・五一年度に総合解析を行い、昭和五二年一月、すべての調査結果とともに集計・解析の結果を公表した。その概要は次のとおりである。

(一) 大気汚染の測定結果

本調査で測定した大気汚染物質は、硫黄酸化物、窒素酸化物、一酸化炭素、浮遊粉じん、降下ばいじん等八物質であるが、六地区平均値を昭和四五年度から昭和四九年度にかけて経年的にみると、硫黄酸化物、浮遊粉じん及び降下ばいじんについては、漸次低下傾向を示したが、窒素酸化物についてはこのような傾向は認められなかった。

(二) 健康調査結果

(1) 呼吸器症状有症率

BMRCが非特異性慢性肺疾患の疫学調査用に作成した質問票(一九六六年版)を利用した保健所の保健婦による面接質問調査が行われた。

呼吸器症状(せき、たん及び持続性せき・たん)の有症率を女子について年齢階層別にみると、有症率は年齢とともに高くなる傾向がみられ、喫煙習慣別にみると、男女ともに喫煙者(一日平均一本以上喫煙している者)は非喫煙者の二〜三倍以上の有症率を示した。

呼吸器症状の有症率を地区別に比較すると、六地区間においては、東大阪地区と大牟田地区の有症率が相対的に高く、市原地区、佐倉地区、富田林地区及び福岡地区の有症率が相対的に低かった。

呼吸器症状を年度別に比較すると、BMRCの質問票の全項目について質問を行った昭和四五・四八・四九年度の持続性せき・たんの有症率については昭和四五年度から昭和四九年度にかけて低下傾向が認められた。

(2) 呼吸機能検査結果

呼吸機能検査は、三府県で同一機種のコンピューター付スピロメーターを使用して、努力性肺活量、努力性肺活量比、一秒量、一秒率、指数(一秒量/予測肺活量×一〇〇)等を測定した。

三〇歳以上の女子について、呼吸機能検査結果を年齢階層別に比較すると、右いずれの測定値も年齢とともに減少する傾向がみられ、喫煙習慣別にみると男女とも非喫煙者が喫煙者より大きい値を示す傾向がみられた。

呼吸機能検査結果を年度別に比較したが、明らかな経年的増減傾向はみられなかった。

(三) 大気汚染と呼吸器症状との関係

各大気汚染物質の濃度(又は量)と呼吸器症状有症率との関係を統計学的に分析したところ、一部の例外を除いて両者の間には順相関がみられたが、これらの相関のうち、いくつかの組み合わせについては有意性(危険率五%)が認められたが大部分では有意ではなかった(図表二四―(1))。

(四) 大気汚染と呼吸機能との関係

大気汚染と呼吸機能の関係については、昭和四六年度のCOと換気機能分類Ⅱ型との逆相関、昭和四九年度のCOと努力性肺活量比との順相関を除いて、統計学的に有意な関係は認められなかった。

2 鈴木武夫らの解析の結果(甲一一六)

国立公衆衛生院次長鈴木武夫らは、昭和五三年、本調査の結果に基づく解析を行い、「大気汚染と家庭婦人の呼吸器症状及び呼吸機能との関係について」と題する報告を行っている。その検討結果の要旨は、次のとおりである。

(一) 導電率法で測定したSO2濃度は五年間平均値で0.012〜0.033ppm、ザルツマン法によるNO2と濃度は0.013〜0.043ppm、CO濃度は0.6〜4.2ppmの範囲であり、経年変化は、SO2及びCOについては低下傾向が認められたが、NOXについては年度によって変化はするが五年間の傾向としては変化しないか微増の傾向がみられ、大気汚染の指標物質が昭和四七年を転換期として、硫黄酸化物と浮遊粒子状物質から窒素酸化物に変化したように見受けられる。

(二) 大気汚染と呼吸器機能検査結果との間には明らかな関連性は認められなかった。呼吸機能の低下と喫煙習慣及び加齢との関係は明らかに認められた。

(三) 持続性せき・たんの有症率と大気汚染との間の単相関係数について、昭和四五年度と昭和四九年度を比較すると、昭和四五年度にはSO2・SOX・CO・SPMとの相関が、昭和四九年度にはNO・NO2・NOXとの相関が大きかった。大気汚染の指標物質の転換が人口集団への影響との関係からもみられると解釈した。

(四) 持続性せき・たんの有症率と大気汚染との関係の有無について、各年度について,x2検定(Cochran-Ar-mitage法)を行ったところ、昭和四七年度はSO2・NO2・NOX・SPM及び降下ばいじん、昭和四八・四九年度はNO・NO2及びNOXと有症率との関係が統計学的に有意であった。

昭和四七年度以降三回にわたる面接調査で、持続性せき・たんの有症率と窒素酸化物との間に統計学的有意性が認められたことは注目されるが、この有症率は、窒素酸化物のみによって説明されるものではなく、他の汚染物の存在下における窒素酸化物との関係で説明されるものであり、また、有症率と窒素酸化物濃度との関係がどの程度の濃度から示されるかの推定は調査対象地区が少なく精度のよい推定はできなかった。

(五) 本調査で年間六五〇〇時間以上測定されたNO2及びSO2の年間平均濃度と、月一回二四時間測定されたSPMの濃度についての年平均値と持続性せき・たんの有症率の関連について考察すると、NO2、SO2及びSPMの年間平均濃度がそれぞれ0.02ppm、0.03ppm及び一五〇μg/m3以下であれば持続性せき・たんの有症率は二%以下であり、それを超すと有症率は四〜六%となった(図表二四―(2))。

3 検討

被告らは、本調査に対し、種々の観点からの批判を展開し、公害防止対策を推進するための資料としてはともかく、因果関係解明の資料として使用することはできないと主張する。

被告らは、本調査は、調査対象者の次年度以降の追加は若干名としながら、市原については六二名が追加されていると主張する。確かに同地区について昭和四六年度に六二名の追加があることは認められる(乙(ウ)二七)。しかし、六地区を平均すれば、昭和四六年度以降に新規調査対象者として追加された者は平均一%に止まっており、調査結果の精度に影響を及ぼすものではない(甲一一六)。

被告らは、BMRC調査では九五%の回答率を要求しているのに、本調査では78.6%に止まっているという。右指摘もそのとおりであるが、本調査は、右結果を現実問題としては満足すべきものであったと考えており(甲一一六)、その判断を特に不当とすべきものとまでは認められない。

被告らが指摘するように、大気汚染の測定時間について、年間六〇〇〇時間という一応の基準があり(乙(キ)五一)、ランダムサンプリングでも年間の一〇分の一(八七六時間)は必要とされている(甲尋三の3―証人塚谷)ところ、本調査では二酸化窒素に関する測定値の半数程度はこれを満たしていないなど不十分な点が少なくない(乙尋一の2―証人山口)。しかし、本調査は測定時間を明らかにし、かつ測定時間の短い部分を指摘し、欠測が一定度を超えた場合は欠測扱いとする等の配慮をしている。また、本調査には、曝露と健康影響の時間性に関し、一部被告らの指摘するような問題点があるが、この点についても解析上一応の配慮はなされている(甲一一六)。

測定局の地域代表性に関して、調査地区面積を約五km2以内であるといいながら、六地区中二地区(富田林、大牟田)はそれを超えており、本調査対象地域の平均面積は5.6km2になっており、当初のデザインと実施状況に多少の相違があることが認められる。また、市原、富田林地区では調査期間中に測定地点を移転しているが、その点については本調査も検討ずみである。

被告らは、BMRC質問票による面接につき、地区によって面接者の訓練が不十分であると主張するが、本調査に当たり面接者として保健婦であることに統一され、かつ質問方法につき訓練が施されたことが、本調査報告書(乙(ウ)二七)に明記されている。

被告らは、富田林の昭和四八、四九年度のデータを除外して解析している鈴木らの解析について、右データの除外には合理的な理由がないなどと批判するが、富田林地区では当初富田林保健所で測定し、昭和四八年四月からは富田林消防署で測定しているところ、後者は交通量の多い幹線道路に面しており、右調査地域の汚染状態を代表する測定値とは考えられなかったので、本調査報告書も鈴木らもその昭和四八、四九年度のデータを除外したものであり、特に不当とはいえない(吉村・甲三三六もこれを支持する)。

以上、被告らの指摘するように、本調査には、多少の問題点がないわけではないが、いずれも本調査の意義を否定するほどのものではなく、因果関係を判断する資料として不的確であるとする被告らの主張は採用できない。

五 岡山調査(坪田ら解析)

1 岡山県(衛生部)においては、昭和四六年度から硫黄酸化物を大気汚染の主たる指標として健康影響調査が行われてきたが、岡山大学医学部公衆衛生教室坪田信孝教授らは、このうち昭和四九年度(乙(キ)六四)、五〇年度、五二年度の調査データに基づいて、統計的解析を行った。なお、右健康影響調査の対象者は、当該対象地区に三年以上居住している四〇歳以上六〇歳未満の男女で、五〇分の一以上の抽出率で無作為抽出された者であり、右対象者に対し、BMRCの呼吸器疾患に関する面接用質問票(一九六六年)に基づき環境庁指定の調査方法を改変した質問票をもとに、質問方法統一のための事前講習を受けた保健婦が面接して行う個別面接方式で実施され、さらに面接結果について医師による再面接でのチェックを受けている。

坪田解析の概要は以下のとおりである。

(一) 第一解析(甲一一三)

第一解析は昭和四九・五〇年度の疫学調査一二地区について単回帰分析と重回帰分析を行い、「現状の大気汚染と呼吸器症状との間に関係はない」という帰無仮説を棄却していくという原理に基づいて解析を行ったものである。

(1) 単回帰分析により窒素酸化物及び硫黄酸化物を指標として大気汚染と持続性せき・たん訂正有症率を指標とした呼吸器症状との間における解析結果において、両者間に関係がないとはいえない成績を得た。この成績は、濃度に関して、測定局の位置、個数及び測定時間を考慮して作成した種々の指標を用いて解析を行った場合も変わらなかった。

(2) 重回帰分析の変数選択法により、第一位には一八例中一六例で窒素酸化物に関する指標が、二例で硫黄酸化物に関する指標が選択された。第二位には前者の一六例中一〇例で硫黄酸化物に関する指標が、五例で浮遊粒子状物質に関する指標が、一例で光化学オキシダントに関する指標が選択され、後者の二例では窒素酸化物に関する指標が選択された。また、これらの第二位まで変数を使用した場合の母重相関係数はすべての例でゼロとみなされなかった。

(3) 以上の一連の成績は、大気汚染と呼吸器症状との間に線型関係があるとの仮説をたて、この仮説が実際のデータより認容できるか否かを検討するために、線型関係は存在しないという帰無仮説を検証し、帰無仮説が棄却された成績であり、このときの線型仮説の第一種の過誤(帰無仮説が真であるにもかかわらず、これを否定する誤り)は五%以下である。したがって、呼吸器症状に与える大気汚染の影響は、統計疫学的見地からは否定できないものであると考えられた。

(4) 呼吸器症状に大気汚染が寄与しているとの仮説は、その内容を詳細に検討すれば、岡山県における呼吸器症状に対する汚染物質ごとの寄与の程度は、窒素酸化物、硫黄酸化物の順と考えられた。

(二) 第二解析(甲一一四)

第二解析は、右第一解析と同一のデータを基に、大気汚染と持続性せき・たんとの関係を明確にするため、対象者数を考慮した解析をするよう無作為再抽出法による訂正をし、解析に際して生じる第二種の過誤(帰無仮説が偽であるとき、否定せずに見逃す誤り)を減少させ、かつ両者の関係を詳細に検討することのできるx2統計量による回帰分析を応用し、大気汚染と呼吸器症状とは関連性があるとの仮説(帰無仮説)が否定されないで留保されるかどうかを検討している。

(1) 訂正手法として用いた無作為再抽出法は、x2統計量による回帰分析の適用を可能とし、この回帰分析の持つ第二種の過誤を減少させるという利点は、再抽出によるデータの損失より大きいと考えられる成績であった。

(2) この回帰分析により、一般的な回帰分析に比べてより詳細に、大気汚染と有症率との関係を把握することができた。すなわち、岡山県南部地域の地区ごとの有症率には有意の差(危険率五%)が認められ、この差を説明する因子として、窒素酸化物、硫黄酸化物を指標とした大気汚染が考えられた。また、これらの指標で表される大気汚染の増加に伴って有症率が増加するという傾向は有意(同一%又は五%)であり、かつ直線的なものとみなすことができた(同五%)。

(3) 右の成績は、窒素酸化物、硫黄酸化物を指標とした大気汚染と有症率に関係があると考えられた右第一解析の成績と矛盾しないものであった。

(三) 第三解析(甲一一五)

大気汚染と持続性せき・たん有症率の関係を用量―反応関係として把握するためには、従来の回帰分析で行われていた直線モデルの仮定は論理的整合性に欠けるため、前記の昭和四九・五〇年度の健康影響調査に加えて、低濃度地区を含む五地区の調査を新たに実施し、これを加えて、従来の解析とともに、プロビットモデルを仮定した解析を行い、解析結果をもとに、大気汚染と有症率の用量―反応関係について検討したのが第三解析である。

(1) 加重平均(直線モデルを前提とした回帰分析により前記第一解析と同じ方法で訂正した持続性せき・たん有症率とSO2、NO2、NOXの三か年平均値、年平均値に測定時間の重みをつけた平均値)による訂正有症率を用いた回帰分析では「窒素酸化物・硫黄酸化物を汚染指標とした大気汚染と有症率の間には関係がある」とした前記第一解析の成績と矛盾しない成績が得られた。

(2) x2統計量によって検定した結果、地区ごとの有症率には有意の差があり(危険率一%)、窒素酸化物を大気汚染の指標とした場合には、直線モデル・プロビットモデルともに容認され(同五%)、その際に、大気汚染の増加に伴って有症率が高くなるという傾向は有意であった(同一%)。

したがって、窒素酸化物と有症率の間には、他の多くの化学物質と生体反応に認められると同様の用量―反応関係があると考えられた。このときのNO2濃度は0.006〜0.030ppm(一〜三年平均値、ザルツマン法、同係数0.72)であった。

(3) 硫黄酸化物と有症率の関係は有意であった(危険率五%又は一%)。しかし、この検定の基礎となったモデルは、直線モデル・プロビットモデルともに適合性が否定された(同一%)。したがって、硫黄酸化物によって、現状の地区ごとの有症率の差を説明することは困難と考えられた。さらに、この成績と右(二)の成績により、有症率の地区差を説明する指標として、窒素酸化物の方が硫黄酸化物より、より良い指標と考えられた。

2 検討

被告らは、坪田らの右解析に対し、基礎データ及び解析手法に種々の問題点があり、これを因果関係解明の手段とすることはできないと主張する。

第一に、調査対象地区の選定・区分に不合理があるという。しかし、大気汚染と有症率との間の関連性を明らかにするには、調査対象地区は大気汚染の状況をふまえて区分することが必要であり、岡山県は、No.5(水島A)、6(水島B)の地区は地形に伴う風向頻度を考慮して分割し、三石地区は片上地区などとかなり離れてはいるが、地形の類似性と発生源の類似性を考慮して、No.10地区として一括して調査したものであり、本調査地区区分にはそれぞれ理由があり(乙(ウ)三五)、不合理とはいえない。

第二に、汚染濃度データに独立性がないと指摘するが、有症率の地区差を大気汚染で説明しようとする場合、独立性を必要とするのは有症率についてであり、大気汚染濃度についてではない(甲六三二)。

第三に、無作為再抽出により標本数の減少による新たな誤差の危険については、検定における第二種の過誤の増大の危険を指摘されながら、大気汚染と有症率とが無関係であるとの帰無仮説は有意とされて棄却されている(坪田解析のほか、乙尋二の2―前田証言)。

第四に、被告らはプロビットモデルの適用に不必要な厳密さを要求しており、同モデルは決して複雑で使いにくいものではない(甲三五一―柳本)。坪田らのプロビットモデル適用は、二酸化窒素などを指標とする大気汚染と有症率との関連性の有無や強さを検定するものであり、特定の汚染物質の量に対する反応の大きさを厳密に推定するものではない(甲六三二、乙(ウ)三五)。

第五に、被告らは、坪田第三解析が二酸化窒素年平均値0.006ppmでも量―反応関係が認められたと結論しているとして、二酸化窒素のバックグラウンド濃度(0.007ppm)との関係からみても不当であると主張するが、坪田らは、0.006ppmを超すと用量―反応関係が始まると結論づけたのではなく、有症者が増加し始める特定の濃度を決めることを目的とした解析でもない(乙ウ三五、甲一一五)。塚谷も、用量―反応関係があると仮定しても矛盾は起きなかったということであり、右関係の存在を証明したわけではないとしている(甲尋三の5―塚谷証言)。

第六に、被告らは、第一解析で濃度データの一部地区除外を恣意的と批判しているが、坪田ら第一解析の単回帰分析において一部地区を除外したのは、年平均値を得るのに十分な測定時間があったとはいえない測定局のある地区であったからである(甲一一三)。

第七に、被告らは、重回帰分析の前提としての説明変数(汚染物質濃度)について要件を満たしていないと主張するが、N数が少ない場合は検定に際し帰無仮説が棄却できない方向に働くようになっている。坪田らは、地区数Nが少ないことを承知のうえで、有意差検定の中で標本数も考慮している(甲尋八の1―塚谷証言)。

第八に、被告らは、地区により抽出された有症率のバラツキが大きいと指摘しているが、坪田らの検定はデータのばらつきを含んだ上で行われているし、データが大きくばらついた場合には有意差ありとはならない(乙尋二の2―前田証言、乙尋八の1―塚谷証言)。

第九に、特定地区の人口集団の有症率を推定する場合には抽出率が問題となるが、坪田解析のように大気汚染と有症率との関連性を検討する場合には抽出率は問題とならない。逆に、この場合に抽出率を等しくすると、地区毎の人口が異なるので標本数が大きくばらつくこととなり、大気汚染と有症率の関連性の検定力が落ちてしまう(乙尋八の1―塚谷証言)。

このほか、被告らが指摘するように、本調査では、窒素酸化物、二酸化窒素について過去三年間のデータを使用している地区は一二か所中一か所にすぎないこと、有症率症状の時期より後の二酸化窒素濃度を対応させている場合があることなど、汚染資料に使用した測定資料の不十分さなど問題点がないわけではなく、したがって、坪田らの解析にも限界は否定できないが、右にみたように、被告らの指摘は必ずしも正鵠を得たものではなく、右解析結果を大きく損なうものではない。

六 大阪兵庫調査(乙(キ)五四)

1 宮崎医科大学公衆衛生教室の常俊義三教授らは、大阪府下(守口市春日、高石市東羽衣、吹田市南部、守口市土居、泉大津市浜、東大阪市枚西)及び兵庫県下(赤穂市中心部)において、検討の対象資料として、大気汚染常時測定局の昭和四七年度から昭和四九年度までの各種汚染物質の測定データ(三年間平均値は、SO20.0206〜0.0323ppm、NO20.0196〜0.0723ppm、SP(浮遊粉じん)四四〜一〇四μg/m3)を用い、慢性気管支炎の有症率等については、調査対象地区の四〇歳以上の男女の全住民(二万五五二六人)を対象に呼吸器に関するアンケート調査を実施し(回収率86.5%)、調査票にせき・たんの症状の記載のある者を対象としてBMRC標準質問票を用いて面接調査をし、呼吸機能検査を実施した疫学調査結果に基づき、大気汚染の慢性気管支炎有症率に及ぼす影響についての研究を行った。その結果の概要は次のとおりである。

(一) 複合汚染と有症率

汚染物質の様々な組み合わせで一三種類の複合指数を用い、単相関分析により、慢性気管支炎訂正有症率(年令と喫煙を訂正)との関係を検討した結果、六つの複合指標との間に有意な相関(危険率五%)がみられ、単独汚染指標よりも高い相関があり、そのなかでもNO2と他の汚染物質との組み合わせよりも、SO2とSPの相加的な汚染指標の組み合わせの方が、慢性気管支炎有症率との相関係数が高く、有意の関係を示すものが多い。

(二) 重回帰分析による複合汚染指標の組み合わせと有症率

地区の慢性気管支炎有症率を推定するには、複合汚染指標を用いた重回帰分析による回帰式を用いるのが最も妥当であると考えられ、重回帰分析により得られた有意な重回帰式を用いてSO2・SP・NO2の慢性気管支炎有症率に与える影響の度合いを考えると、慢性気管支炎の有症率に最もよく対応する大気汚染の指標は、SO2とSPの相加的複合指標であり、NOXの影響はこれに比べて少ないことが示された。

(三) 持続性たんの有症率(たんのみ三か月以上続く症状)は、他の呼吸器症状に関する有症率よりも各種大気汚染指標との間に相関関係が強く、大気汚染に最も鋭敏に対応することが明らかにされた。

2 検討

(一) 被告らは、大阪府での質問票と赤穂市での質問票とは内容が異なっている、守口市土居については、昭和四六年度のアンケート調査に基づく有症率を昭和四七年度以降の汚染濃度に対応させているなどと指摘する。また、常俊ら(乙(キ)五四)は、問題点として対象とした調査地区が七地区と少なかったことを挙げている。

(二) しかし、汚染濃度については、昭和四六年以前では窒素酸化物に関する十分な測定資料が得られなかったので、昭和四七年度以降の汚染濃度を用いたものでありやむをえない事情がある(乙(キ)五四)。また、(一)のような問題点があるとしても、二酸化硫黄と浮遊粉じんの相加的な指標が慢性気管支炎有症率によく対応するとされた点は注目すべきである。

七 千葉調査(吉田ら解析)(甲八九二)

1 千葉県下においては、昭和四六年一〇〜一一月に千葉市ばい煙等影響調査会が大気汚染の人体影響調査をしたのをはじめとして、千葉市は、昭和四七年から昭和五〇年にかけて、県下五市二一地区で同様の調査(いずれも個別の断面調査)を行っている。

大気汚染状況については、硫黄酸化物濃度は、各調査対象地区内のほぼ中心にある大気汚染測定局のデータ(導電率法を原則とするが、その測定値のない場合は二酸化鉛法値に0.03を乗じた値)を使用し、調査年度を含む前三年平均値(0.009〜0.042ppm)を使用し、窒素酸化物濃度は、全調査対象地区で測定されているわけではないが、調査地区内又は至近の測定局データの調査年度の年平均値(NO0.005〜0.043ppm、NO20.013〜0.041ppm)を使用している。

調査対象者は四〇歳から五九歳までの男女七七四二人であり、BMRCの標準質問票を用いた面接方式が採用されている。

千葉大学医学部公衆衛生学教室は、これら調査のほとんどに関与してきているところ、同教室の吉田亮教授らは、右各調査結果に基づいて解析を行い、その結果を発表している。その要旨は次のとおりである。

(一) 持続性せき・たん症候群(訂正有症率)と大気汚染の関係

持続性せき・たん症候群(冬せきとたんが年三か月位、ほとんど毎日のように続くもの)の性・年齢・喫煙量訂正有症率とSO2・NO・NO2・NOX平均値との相関係数は、SO2と0.80、NOと0.91、NO2と0.71、NOXと0.84であり、極めて強い相関が認められた。

(二) 持続性せき・たん症候群(訂正有症率)の汚染度に対する重回帰

前記調査データのうちSO2とNOXの測定が同時になされている地区は四市一三地区(調査対象者四九五六人)であり、これら地区の持続性せき・たん症候群の訂正有症率のSO2及びNOXに対する重回帰分析の結果、SO2とNO、SO2とNO2、SO2とNOXのいずれの組み合わせでも有意の相関が認められた。

(三) 自然有症率を維持するための環境条件

持続性せき・たん症候群の自然有症率は三%以下とされており、SO2の環境基準が達成された場合の年平均濃度を0.016ppmとして、右自然有症率を維持するための窒素酸化物の濃度を重回帰式に当てはめて試算すると対NOでは0.006ppm、対NO2では0.013ppm、対NOXでは0.022ppm以下となった。

2 検討

千葉市における疫学調査についての吉田らの解析(甲八九二)に対し、被告らは、調査の計画・実施方法等について統一性と一貫性を保つための検討がなされていないこと、吉田らは自ら設定した基準、すなわち二酸化硫黄等の濃度データは調査対象地区内のほぼ中心にある大気汚染測定局の調査実施年、その前年、前々年の導電率法による硫黄酸化物濃度の年平均値の三年平均値を使用するという基準に従ってまとめたデータによらなかったこと(基準に則したデータを使用すると有意な相関は認められない)などを指摘する。

また、荘司らは、吉田ら解析における、データの集計・転記ミス及び引用ミス等が、多数存在することなどを指摘する(乙(ウ)四四、一三〇、一三一)。

これらの指摘に対し、吉田は反論しているが、吉田が誤りを認める部分もかなりある(乙(ウ)一三一)こと、右指摘は右解析の基礎にかかわっていること、本調査は本件訴訟の対象地域にかかる調査ではないことなどを考慮し、当裁判所は右解析を評価の対象とはしないこととする。

八 大阪府医師会調査(甲六、三八)

1 大阪府医師会では、昭和四六年度から隔年に大阪府下の全公立小学校児童を対象にして、全児童にアンケート調査票を配布し、保護者に児童の自覚症状の記入を求め、自覚症状の年次推移と大気汚染との関連について検討した。

(一) 実施時期

昭和四六年度は六月、昭和四八・五〇・五二年度は各一〇月

(二) 対象学校数及び児童数

年度

調査校数

回答児童数

回答率

昭和四六年度

719校

60万9190人

92.70%

昭和四八年度

984校

66万2774人

93.10%

昭和五〇年度

848校

72万9048人

94.60%

昭和五二年度

882校

78万8859人

96.00%

(三) 地域区分

汚染度

地区

0.9以上

西部臨海工業地帯

0.7以上

大阪市ビル商店街・大阪市東部地区・泉北臨海工業地帯

0.5以上

大阪市住宅街・大阪市隣接の北大阪及び東大阪・東大阪後背地

0.5未満

泉北地区後背地・北大阪後背地・南河内地域・泉南地域

その他(郡部)

(注)汚染度は昭和四七年度の硫黄酸化物濃度(mgSO3/一〇〇cm2/日・PbO2法)に対応しており、Ⅰ地域が最も汚染がひどく、Ⅱ・Ⅲ地域がこれに次ぎ、Ⅳ・Ⅴ地域は府周辺のベッドタウンあるいは農村部で汚染が比較的少ない。

(四) 調査項目(アンケート調査票)

1

のどが いたい、はしかい。

2

へんとうせんが よく はれる。

3

くしゃみが でやすい。

4

めが いたい、しょぼしょぼする。

5

かぜで ないのに よく あたまが いたい。

6

おなかが よく いたむ。

7

せきが よく でる。

8

かぜを ひいていない ときでも ぜいぜい

ひゅうひゅうという ことが ある。

9

はなかぜを よく ひく。

10

お医者さんに ぜんそくと いわれたことがある。

11

ふだんから よく 病気を する。

右のうち、9・11以外は、四回の調査に共通する質問項目である。9は昭和五〇年度までは「ねているときにきゅうに いきぐるしくなることがある」であったが、解釈が一定しないおそれがあるため変更したものであり、11は昭和五二年度調査で追加されたものである。

(五) 調査結果

アンケート調査票に対する回答結果(訴症率)を年度別・地域群別に比較すると図表二五のとおりである。

(六) 調査結果の評価

(1) 地域群別の訴症率を比較すると、調査したいずれの症状とも、汚染の著しい地域ほど訴症率が高率であった。

(2) 地区別にみると、訴症率の高位は、大阪市西部臨海工業地区(西淀川区・此花区・港区・大正区・住之江区)、堺・泉北臨海工業地区及び大阪市内ビル・商業地区の三地区でほとんどを占めていた。

(3) 大阪市内について、昭和四五年当時の汚染濃度推定値(相対的な意味では現在でもある程度代用できるものとみなした)と訴症率との相関関係をみたところ、工場からのNOX値とは、全項目について相関関係を認めた。また、「くしゃみがでやすい」の訴えは、自動車からのNOX値との相関が目立った。

(4) 大阪府下の四三か所の測定点の昭和五一年度実測値と周辺校(一Km以内)の訴症率との関係をみると、「せきがよくでる」がSO2・NO2とそれぞれ相関がみられた。

(5) 年次推移では、大部分の症状の訴症率が昭和四八年度に最高であった。しかし、非汚染地域でも同様であり、訴症率のその後の低下が、はたして大気汚染(特にSO2)の減少傾向を反映しているのかどうか疑問の余地がある。

(6) しかし、「せきがよくでる」については、例外的に、非汚染地域では年次変動がほとんどなく、高汚染地域ほど低下が目立った。また、「くしゃみがよくでる」と「ぜいぜいいう」は、非汚染地域も含めて、年次変動がほとんどなかった。

(7) 四三か所の実測値について、SO2濃度を二段階、NO2濃度を四段階に区分して、せき、くしゃみの訴症率をみた。SO2濃度が0.02ppm未満の地域に限っても、NO2濃度が高濃度のところは訴症率が高くなる成績を得た。

(8) SO2及びNO2を指標にして、汚染度と訴症率との関係を示す式を求めることができた。

(9) 一部地域について、成人層における持続性せき・たんの訴症率と本調査成績とを対応させた。全体の傾向はほぼ同様であったが、地区別の細部については必ずしも一致しなかった。

(10) 「くしゃみがでやすい」の訴えは、大阪市中央部のビル・商業街に高率であった。個人別には、「ぜいぜいいうことがある」の訴えと重複するものが目立った。

2 検討

この調査は、対象児童の肺機能検査など客観的裏付けがないこと、大気汚染濃度は昭和四五年の推定値を用いたこと、汚染濃度と訴症率との回帰式は少ないデータから導き出されたこと、大部分の訴症率は昭和四八年度が最高であり、また、NOxの年平均値が0.015ppm前後から大気汚染との関連が目立ってくるとされているが、これらは大気汚染以外の何らかの要因が反映していると思われることなどの問題点がある。しかし、アンケート調査票によって、汚染が高濃度の地域ほど訴症率が高いという傾向がみられたことについては評価できる。

九 学童の呼吸機能の経年的変化に関する研究(丙二一〇)

1 常俊教授らは、西淀川区の柏里小学校(高度汚染地域)、羽曳野市の西浦小学校(中程度汚染地域)、河内長野市の楠小学校(低汚染地域)の三校の昭和四九年に小学校二年生・三年生であった学童〔継続調査対象数―柏里小二二二人、西浦小一八六人、楠小二一六人、合計六二四人。うち全調査資料が得られたもの五八一人(93.1%)〕を対象とし、昭和四九〜五一年の三年間にわたってバイテーラーを使用した呼吸機能検査を実施し、大気汚染の程度の異なる地区の学童の呼吸機能の経年的変化について調査(前向きコホート研究)した。その結果の概要は以下のとおりである。

(一) 対象校と大気汚染測定局との距離、測定局の特性を考慮する必要があるが、大気汚染度は柏里小でもっとも高く、次いで西浦小、楠小の順となった。西浦小と楠小の差は極めて少ないものと考えられる。

(二) 既往歴については、一部の疾患(はしか、鼻炎)を除き三校間に著明な差はみられなかった。

(三) 年七回以上、年一〜六回感冒にかかったことのあるもの、せき・たんの自覚症状を有する者は、いずれも柏里小でもっとも高率であった。

(四) 同居家族内の喫煙者率は三校間で差はみられなかった。

(五) アンケートによる起立性調節障害陽性率は、三年生で柏里小が、四年生では楠小でもっとも高率であるなど、学年・学校間で一定の傾向はみられなかった。

(六) 身長、座高、胸囲、体重などの身体計測値の二年間の増加量を性・学年・学校別に比較すると、柏里小の増加量が他の二校に比べて低値を示すものが多くみられた。

(七) 努力性肺活量、一秒量、0.75秒量の増加量は、二年、三年生とも柏里小でもっとも低値であり、他の二校との間に有意の差がみられた。

(八) 身長の呼吸機能に与える影響を考慮し、身長一cm増加あたりの努力性肺活量、一秒量、0.75秒量の増加量を前項同様に比較したところ、同様の結果となった。

(九) 呼吸機能に影響を与える身長以外の要因を考慮し、同居内に喫煙者のない者、家族にぜん息のない者、小児ぜん息の既往のない者、起立性調節障害陰性者及び前記すべてがない者の各群について、男女別に身長一cm増加当たりの努力性肺活量、一秒量、0.75秒量の増加量を校別に比較した結果、いずれの群でも、男女とも柏里小の増加量が他の二校に比べ低値を示した。

(一〇) 三年間の欠席日数により対象者を三群に分け(〇〜二日、三〜一三日、一四日以上)、学年・学校別に、男女別に身長一cm増加当たりの努力性肺活量、一秒量、0.75秒量の増加量をみると、各校とも欠席日数が多い群ほど増加量は低く、また、欠席日数群別に各校を比較すると、いずれの群でも柏里小が他の二校に比べて低値を示した。

2 検討

以上の結果は、学童の呼吸機能に与える種々の因子を考慮しても、大気汚染が学童の呼吸機能に影響を与えていることを示唆している。

右調査について検討するに、被告らは、汚染が著しく改善された昭和四九年以降の調査であり汚染濃度については地区間に差はそれほどないと主張するが、本報告によれば地区間の濃度の差が認められる。また被告らは、身体計測、努力性肺活量の測定結果について都市と農村の学童の発育に関する相違を示していると主張するが、本調査では呼吸機能に影響を与える身長以外の要因を考慮しており、大気汚染と呼吸機能との関連を否定することはできないと考えられる。

一〇 東京都衛生局道路沿道調査(甲六三九)

1 二酸化硫黄濃度が急速に減少するなかで、大気汚染への関心が窒素酸化物、浮遊粒子状物質、オキシダント等を中心とする複合汚染へと向けられてきたことに対応して、東京都(衛生局)は、窒素酸化物を中心とする複合大気汚染の健康に及ぼす影響を解明するためには、健康影響調査の実施が必要であるとして、昭和五二年度に「東京都公害衛生対策専門委員会」に諮り、調査事項、調査手法等について意見を求め、その意見に基づく調査を推進するため、「東京都複合大気汚染健康影響調査検討委員会」を設置し、「症状調査」、「疾病調査」、「患者調査」、「死亡調査」、「基礎的実験的研究」の五分野に分けて、昭和五三年度から五五年度(一部昭和五六年度)までの間調査研究を行った。そして、昭和五六年度に中間解析を行い、この結果に基づいて調査手法等に改善を加え、後期調査として昭和五七年度から五九年度まで調査研究を行ったうえ、昭和六〇年度にそれらの総合解析を実施し、昭和六一年五月、その結果を「複合大気汚染に係る健康影響調査総合解析報告書」として公表した。

症状調査は、対象地域を、幹線自動車道路端から二〇m以内の地区を「沿道」、二〇m〜一五〇mまでの地区を「後背」とし(但し、一部は、二〇m〜五〇mを「後背1」、五〇m〜一五〇mを「後背2」としているが、以下の整理では、両者を合わせて「後背」としてデータを整理している)、対象地域に調査時点まで満三年以上居住している満四〇歳以上六〇歳未満の女性(以下「主婦」という)を対象とし、同じ世帯に学童(満六歳〜一二歳)あるいは老人(満六〇歳以上)が同居している場合はこれらも調査対象とした。調査方法は、ATS―DLD質問票に準拠した成人用と児童用の質問票を事前に郵送し、後日調査員が訪問して回収し、不備が発見されれば対象者から聴取により補完した。

調査データのうち、地区別有症率の比率(昭和五七・五八年調査、主婦・老人・学童別)をグラフ化したものが図表二六―(1)、昭和五七〜五九年の窒素酸化物濃度測定結果(各年七日間平均値)をグラフ化したものが図表二六―(2)である。

東京都衛生局は、右総合解析の結果を次のとおりまとめている。

(一) 幹線道路の健康影響に注目した調査

(1) 主要幹線道路の付近住民を対象にしたアンケートによって行った症状調査の結果を総合すると、幹線道路からの距離に依存して呼吸器症状有症率に差が生じているとみなすのが妥当であろう。この結果は、年齢、居住年数、喫煙状況など呼吸器症状に関連するとみられる要因別に検討しても有症率は同様の傾向を示していたことから、得られた有症率の差を、それらの関連要因の差によって説明することは困難であろう。また、同時に行われた環境調査においても沿道からの距離に応じて大気汚染物質の距離減衰がみられたことから、自動車排出ガスによる影響が示唆された(図表二六―(2)参照)。

(2) 健康観察記録及びアンケートにより行われた患者調査では、幹線道路から五〇m以内の乳幼児において、呼吸器疾患の罹患率が高く、症状もやや強い傾向がみられた。

(3) 死亡調査では、幹線道路との距離にかかわらず、ほぼ一様の死亡分布を示し、「道路に近い程、粗死亡率が高くなる」という現象は観察されなかった。

(二) 学童の健康影響に注目した調査

(1) 昭和五三年度から五六年度にかけての疾病調査では、区部の学童と市部の学童の気道疾患罹患率の比較を行ったところ、非ぜん息学童の気道疾患罹患率の地区間差がみられ、また、ぜん息有症率は区部に高いことがわかった。しかし個々の地域におけるぜん息有症率と大気汚染濃度及び季節・気象条件との相関を検討したが、一定の傾向は認められなかった。

(2) 昭和五七年度から五九年度にかけての疾病調査では、学童を対象として二年間にわたり、肺機能の推移、欠席調査及び尿中ハイドロキシプロリン/クレアチニン比(以下「尿中HOP/CRE比」という)を観察した。

(イ) この結果、区部の学童では、大気清浄地区の学童と比べ身長の増加に伴う肺機能の増加が有意に低いことが認められた。これが何によるものか各方面から検討を加える必要があろう。

(ロ) 今回の欠席調査からは、大気汚染の急性ないし亜急性の影響を示すことはできなかった。

(ハ) また、大気中NO2による肺組織の損傷を反映するとされる尿中HOP/CRE比の測定を、汚染濃度の異なる三地区の学童について行った。NO2濃度の高い地区では、低い地区に比べ尿中HOP/CRE比が有意に高いという結果がえられた。

(ニ) 大気汚染の急性影響に関する検討では、ほとんどの肺機能指標が大気汚染の濃度の増加に伴い低下する傾向を示し、そのうちいくつかで有意の相関がみられたことは、注目する必要がある。

(三) 大気汚染に感受性が高いと思われる集団を対象とした調査

(1) 昭和五三年度から五六年度にかけての患者調査では慢性閉塞性肺疾患患者の症状と大気汚染の関係を調査したが、OXが正の要因としてみられた。しかし、他の大気汚染物質については、一定の傾向はみられなかった。

(2) 昭和五七年度から五九年度にかけての患者調査では、乳児コホートと三歳児を対象として呼吸器罹患率を調査したが、例数の関係もあり、二地区間に有意差はみられなかった。

(四) 死亡に関する調査

(1) 都内全域にわたる死亡者を対象に死亡の地理的集積性、時間的集積性について検討したところ、一〜五歳階級及び四〇〜六四歳階級の全死亡について地理的集積性が見られた。

(2) 大気汚染測定局(一般局)の一Km圏域内の累積粗死亡率と大気汚染因子の累積曝露量との相関を検討したところ、各死亡ともNOXが他の大気汚染因子よりもやや相関係数が高い傾向を示した。

一般局を粗死亡率の高さによって、高・中・低の三段階に分けてみると粗死亡率が高い局と中程度の局で女子の気管、気管支及び肺の悪性新生物とNOXとの相関係数が高いこと(0.696、0.609)が注目される。

また、一般局をその所在地の特性に基づき、住宅地区と商業地区に分けると、商業地区で男女とも各死因とNOXとの相関係数が極めて高かった。

なお、汚染因子の累積曝露量と累積死亡率では分布様式に類似したものがあり、しかも東京都の東半部と西半部ではその分布様式が異なっている。したがって、さらにこの性格の異なる両地帯を分けて、大気汚染以外の要因についての検討も含め、汚染濃度と死亡現象の因果性を追求する必要があると思われた。

(五) 基礎的実験的研究

(1) ラット等を用いてNO2、O3単独もしくは両物質複合曝露による影響をみた。

従来、NO2の長期曝露による生体影響は0.5ppm以上で生ずると定説化されていたが、一年半に及ぶ長期の実験で0.3ppmの濃度で、肝重量の減少、気管支上皮の病理学的変化を見いだしている。NO2の生体影響の特性については、気管支上皮、肺胞への障害作用で、酸化還元酵素群、解糖系酵素群、膠原線維代謝などの変動を惹起するだけでなく、肝臓、血液などにも影響を与えることが知られた。

NO2の単独曝露により肺胞マクロファージの貪食能低下がみられ易感染状態が引き起こされる可能性が示された。

O3単独の長期曝露では0.1ppmで電子顕微鏡的に認められた肺胞壁間質の長期にわたる水腫の持続と心臓の加齢性変化の促進などの病理学的な変化及び生化学的変化を見いだしている。

NO2とO3の組み合わせによる長期の複合曝露においても、病理学的、生理学的変化が見られ、種々の代謝系への影響が示された。

(2) NO2の短期高濃度曝露で、発がん物質であるニトロソアミン、ニトロピレンが体内で生成されることがわかった。

(3) 浮遊粒子状物質に関しては組成が複雑であり、現段階では実験的取扱いが困難な面があったために、十分な研究がなされるに至らなかったが、発がんとの関連で今後取り組むべき課題である。

2 検討

(一) 被告らは、本調査は環境行政の一環としての保健対策のためのものであり、因果関係の検討に使用するには多くの限界や問題点があると指摘している。

本調査自身も、①昭和五七年調査の後背1における有症率が高率である点や統計的にみて有意差が認められた症状項目は一部に限られる点など、依然として考慮すべき点が残っていること、②昭和五七年調査の主婦では持続性せき、持続性たん、持続性せき・たん、せき・たんの増悪、ぜん息様発作の五項目で沿道より後背1地区の方が有症率が高かったこと、③昭和五八年調査の主婦では呼吸器の病気、たんを伴う呼吸器の病気の二項目で沿道より後背地区の方が有症率が高かったこと、③老人と学童に関しては、昭和五七年、昭和五八年調査とも沿道やや高い有症率を示した項目が多く存在していたが、統計的に有意な差とは認められないこと、④第一回目の調査(昭和五七年又は五八年)で症状のあった者のうち、第二回目の調査(昭和五九年)でも引き続き同一症状を訴えた者は約半数であり、個人レベルでの症状の持続性、再現性をみるためには例数をより多くして検討する必要があること、などを指摘している。

(二) もっとも、同時に本調査は、①多年度にわたり複数の地域でほぼ一貫した結果が得られたことから考え、幹線道路からの距離に依存して有症率に差が生じているとみなすのが妥当と考えられること、②年齢、居住年数、喫煙状況など呼吸器症状に関連するとみられる要因別に検討しても有症率は同様の傾向を示していたことから、得られた有症率の差をそれらの関連要因の差によって説明することは困難と考えられること、③昭和五七年環境調査結果をみると、二〇ないし五〇メートル付近の一酸化窒素濃度及び二酸化窒素濃度は〇ないし二〇メートル付近の濃度よりも低く、五〇ないし一五〇メートルの濃度に近い値となっており、昭和五八年及び昭和五九年環境調査においても同様の傾向を示していることを考えあわせると、窒素酸化物の距離減衰のパターンはある程度一般化して考えることができると思われること、などを指摘し、本調査の意義を示している。

(三) 右のとおり、本調査は、被告らの指摘する問題点のほとんどを認識しながら、右(二)の見解を導いているといえ、その意義は少なくない。

一一 環境庁a・b・c調査(甲三四一、六三六、九三三、九四〇、丙二九八)

1 環境庁は、昭和六一年に「質問票を用いた呼吸器疾患に関する調査」(環境庁環境保健部―以下「a調査」という)、「大気汚染健康影響調査報告書」(環境庁大気保全局―以下「b調査」という)及び「国民健康保険診療報酬明細書を用いた呼吸器疾患受診率調査及び新規受診率調査」(以下「c調査」という)をそれぞれ発表している。

(一) a調査は、環境庁環境保健部が、ATS―DLD方式に準拠した質問票を用いて、昭和五六年度から五八年度にかけて、群馬県から宮崎県までの太平洋側を中心として、全国四六校の小学校〔年平均値〜二酸化硫黄0.004〜0.016ppm、二酸化窒素0.0035〜0.034ppm、浮遊粉じん(浮遊粒子状物質を含む)一三〜六九μg/m3〕の全児童を対象とした調査を行い、居住歴六年以上の児童(四万三六八二人)について解析(児童調査)したものと、昭和五七、五八年度には全国四〇校の小学校〔年平均値〜二酸化硫黄0.004〜0.0135ppm、二酸化窒素0.003〜0.038ppm、浮遊粉じん(浮遊粒子状物質を含む)二〇〜六三μg/m3〕の児童の両親及び祖父母を対象とした調査(成人調査)を行い、居住歴三年以上で三〇歳から四九歳の年齢群(三万二一一四人)について解析したものである(甲三四一、九四〇、九四二の1)。

(二) b調査は、環境庁大気保全局が、ATS―DLD方式に準拠した質問票を用いて、昭和五五年度から五九年度にかけて、北海道から鹿児島県までの日本海側も含む全国の五一地域の小学校(合計一五〇校、三年平均値〜二酸化窒素0.005〜0.043ppm、二酸化硫黄0.005〜0.024ppm、浮遊粉じん(浮遊粒子状物質を含む)二〇〜九〇μg/m3)の児童(児童調査)並びにその両親及び祖父母(成人調査)を対象とした調査を行い、居住歴三年以上の者(児童九万八六九五人、成人一六万七一六五人)について解析したものである(甲九三三、丙二九八)。

(三) c調査は、国民健康保険診療報酬明細書を用いて指定疾病(続発症を除く)の受診率(一か月間の指定疾病の全受診者を調査した受診率調査と一年間にわたって指定疾病の新規受診者を調べた新規受診率調査)と大気汚染物質濃度との関連について調査を行ったものである(甲六三六)。

各調査結果の概要は以下のとおりである。

2 a・b調査の比較

(一) 大気汚染濃度と有症率との相関

有症率と大気汚染物質との相関をみると次のような関係になる(成人の有症率は年齢・喫煙訂正有症率、◎は一%有意、○は五%有意)。

〔a調査〕

〔環境濃度(年平均値)〜二酸化窒素0.003〜0.038ppm、二酸化硫黄0.004〜0.0135ppm、浮遊粉じん(浮遊粒子状物質を含む)二〇〜六三μg/m3。なお、三年平均値を用いると、成人男子の「持続性せき・たん」有症率とNO2との相関が五%有意になる。〕

区分

症状

NO2

SO2

PM

NO2

SO2

PM

成人

持続性せき・たん

持続性たん

ぜん息様症状・現在

児童

ぜん息様症状・現在

持続性ゼロゼロ・たん

〔b調査〕

〔環境濃度(三年平均値)〜二酸化窒素0.005〜0.043ppm、二酸化硫黄0.005〜0.024ppm、浮遊粉じん(浮遊粒子状物質を含む)二〇〜九〇μg/m3〕

区分

症状

NO2

SO2

PM

NO2

SO2

PM

成人

持続性せき・たん

持続性たん

ぜん息様症状・現在

児童

ぜん息様症状・現在

持続性ゼロゼロ・たん

(二) 二酸化窒素濃度区分と有症率の比較

(1) 成人調査

慢性気管支炎の基本症状に対応する疫学的指標である「持続性せき・たん」粗有症率を二酸化窒素を指標として0.01ppm間隔の濃度別に集計した結果は次のとおりである(a調査は三〇〜四九歳の粗有症率、b調査は全年齢の年齢訂正有症率)。

濃度区分

a 調査

b 調査

~0.010ppm

1.00%

0.30%

2.60%

0.70%

0.011~0.020

1.70%

0.40%

2.40%

0.80%

0.021~0.030

2.00%

0.70%

2.60%

1.10%

0.031~

2.30%

0.80%

2.00%

1.10%

a調査では、男女とも濃度の高い階級ほど有症率が高く、x2検定の結果有意であることが認められている。

b調査では、女では濃度の高い階級ほど有症率が高かったが、男ではそのような結果はえられていない。

(2) 児童調査

児童について、「ぜん息様症状・現在」の有症率と二酸化窒素濃度との関係をみると次のとおりである。

〔a調査〕

NO2濃度区分

男  (%)

女  (%)

~0.010ppm

1.9(1.0~2.9)

1.7(0.5~4.9)

0.011~0.020

4.1(2.2~6.2)

2.3(0.3~3.9)

0.021~0.030

4.0(2.2~6.0)

2.8(1.2~4.5)

0.031~

5.5(2.9~7.1)

3.1(2.5~4.1)

〔b調査〕

NO2濃度区分

男  (%)

女  (%)

~0.010ppm

4.2(2.9~6.2)

2.6(0.9~3.5)

0.011~0.020

4.4(3.0~5.8)

2.8(1.2~5.5)

0.021~0.030

4.5(3.2~6.0)

2.7(1.8~3.8)

0.031~

6.1(4.2~8.7)

4.0(3.3~4.7)

右のとおり、両調査とも個々の濃度階級に属する各地域の有症率(括弧内)にはかなりのばらつきがみられるが、a調査では、男女とも濃度の高い階級ほど有症率が高く、b調査では、男女とも0.31ppm以上の地域で0.3ppm以下の地域より有症率が高率であり、それぞれについてx2検定の結果、有意であることが認められている。

3 a調査

(一) 都市形態と有症率の比較

調査校を都市形態別に、人口密度五〇〇〇人/km2以上の地域(U)、一〇〇〇人/km2以上五〇〇〇人/km2未満の地域(S)及び一〇〇〇人/km2未満の地域(R)の三つに分け、「ぜん息様症状・現在」及び「持続性ゼロゼロ・たん」の有症率を比較した結果は次のとおりである。

(1) 児童調査

「ぜん息様症状・現在」及び「持続性ゼロゼロ・たん」の有症率を比較すると、いずれもUで最も高く、Rで最も低い値を示し、統計的にも有意の差が認められた。

(2) 成人調査

「ぜん息様症状・現在」、「持続性ゼロゼロ・たん」及び「持続性せき・たん」の有症率はUで最も高く、Rで最も低い値を示したが、年度・性ごとにみると統計的に有意な差が認められる場合は少なかった。

(二) 他因子と有症率との関連

(1) 児童調査

体質、過去の病気、現在の病気、過去の栄養、家族構成、部屋密度、室内汚染、遺伝性要因及び居住環境に関する因子と有症率との関連をみたところ、体質、過去の病気及び現在の病気に関する因子については有意な関連がみられた。これらの因子を有する群と有しない群に分けて、有症率の都市形態間の差を検討すると、いずれもU>S>R>の関係がみられ、少なくとも他にも有症率の差をもたらしている因子があることを示唆した。但し、年度・性ごとにみると有意なものと有意でないものとがあった。

一方、室内汚染に関する因子等については、有症率と有意な関連はほとんどみられなかった。

なお、この調査では、一部の小学校について全員を対象にIgEの検査が行われたが、IgE分布に学校間の差はみられなかった。

(2) 成人調査

家族数、部屋密度、室内汚染、既往症、職歴及び喫煙に関する因子と有症率との関連をみたところ、既往症に関する因子については、有意な関連が認められ、喫煙に関する因子等については一部で有意な関連がみられた。

室内汚染については児童調査と同様であった。

(三) 学校別有症率と大気汚染濃度との関係

学校別の有症率と大気汚染濃度との関係については、次のような傾向がみられた。

(1) 児童調査

各年度とも男女を通じて概ね有意な相関が認められた。汚染物質別にみると、二酸化窒素>浮遊粉じん>二酸化硫黄の順で統計的に有意な関連性を示す場合が多かった。

(2) 成人調査

せき・たん症状系と二酸化硫黄・浮遊粉じんとの間に有意な相関を示す場合が多く、二酸化窒素との間では比較的少なかった。「ぜん息様症状・現在」の有症率と大気汚染濃度との間には有意な関連はみられなかった。

4 b調査

有症率と大気汚染との相関について、他要因を考慮した解析の結果によると次のような傾向がみられた。

(一) 児童調査

(1) アレルギー素因あり(父若しくは母にぜん息様症状又はアレルギー性鼻炎の既往がある場合、祖父若しくは祖母にぜん息がある場合、又は本人にじんましん、アレルギー性鼻炎又は湿疹の既往がある場合を指す)の群では、次の組合せで相関が有意になる傾向が認められた。

男・女……「持続性ゼロゼロ・たん」……二酸化窒素・二酸化硫黄

男…………「ぜん息様症状・現在」………二酸化窒素・二酸化硫黄

(2) 家族の喫煙のある者では、次の組合せで相関がより強くなる傾向が認められた。

男…………「持続性ゼロゼロ・たん」「ぜん息様症状・現在」………二酸化窒素

(3) 鉄筋の家屋では木造に比べ、次の組合せで相関がより強くなる傾向が認められた。

女…………「持続性ゼロゼロ・たん」……二酸化窒素

(4) 排気型暖房の家屋では非排気型に比べ次の組合せで相関がより明瞭になる傾向が認められた。

男…………「ぜん息様症状・現在」………二酸化窒素

女…………「持続性ゼロゼロ・たん」……二酸化窒素・二酸化硫黄

(二) 成人調査

(1) 女で、「持続性せき・たん」と二酸化窒素との間にみられた有意の相関については、肺結核等の呼吸器疾患の既往の有無別に分けると両群とも相関が弱くなった。

(2) アレルギー素因(両親のぜん息又は本人のアレルギー性鼻炎の既往)有りの者で、次の組合せで相関が認められた。

女…………「ぜん息様症状・現在」………二酸化窒素

5 c調査

(一) 全国の八地域〔年平均値〜二酸化硫黄0.010〜0.029ppm、二酸化窒素0.008〜0.042ppm、浮遊粉じん(浮遊粒子状物質を含む)二二〜八〇μg/m3〕を対象に、昭和五二年五月請求分の診療報酬明細書を用いて同年度に行った断面的な受診率調査において、〇歳から九歳までの小児の場合にはどの汚染物質と疾病との組合せにおいても大気汚染濃度と受診率の間には、有意な関連性はみられなかった。

(二) 四〇歳以上の成人の場合には、慢性気管支炎、気管支ぜん息及び肺気腫については大気汚染濃度〔特に二酸化硫黄の過去最高値(年平均値0.012〜0.084ppm)と浮遊粉じんの過去最高値(年平均値二二〜一九三μg/m3)〕と受診率との間で統計的に有意な関連性がみられる場合が多かった。

(三) 全国一七地域(年平均値〜二酸化硫黄0.003〜0.026ppm、二酸化窒素0.003〜0.036ppm、浮遊粉じん(浮遊粒子状物質を含む)一七〜八三μg/m3)における新規受診率調査の結果、〇歳から九歳までの小児、四〇歳以上の成人ともに、指定疾病のいずれの場合も大気汚染濃度と受診率との間に統計的に有意な関連はみられなかった。

6 検討

(一) a調査

この調査は、全国各地を一緒にして調査し、気候風土や社会状況が異なる地域の有症率を大気汚染のみによって説明しようとしたが、気象因子や社会経済的因子などを調整していない。また、調査対象者には、五〇歳以上の最も大気汚染に対する感受性の高い層が少ないので、大気汚染との関連性が出にくくなっている(甲六三二、六三三、甲尋八の1―塚谷証言)。

しかし、このような調査においても、大気汚染が有症率に影響を及ぼしていることを示す項目が存在していることは注目される。

(二) b調査

常俊ら(甲六三八)は本調査を解析して、ぜん息様症状・現在とぜん鳴症状で明らかな地区間の差がみられたとするが、NO2濃度との関連をみれば、濃度の高低と有症率の高低は必ずしも一致しておらず、濃度区分の最高地区と有症率の最高地区とが連動していない逆転現象もみられる。次に常俊らは、単相関分析の結果では男女とも各有症率とNO2と有意の相関がみられたとするが、その相関係数はいずれも0.5以下で弱い相関である(乙(ウ)二二七、二二八)。

次に、室内汚染の影響に関しては、「暖房の種類」「家族内喫煙者(受動喫煙)」の有無の間で有症率に有意の差はみられなかった(甲六三八)。また、持続性せき・たんとNO2との有意な相関は、成人の男では認められなかった。ぜん息様症状・現在とNO2との有意な相関は、児童では認められたが、成人の男女では認められなかった。

本調査でも一部ではあるが大気汚染と有症率の間の有意な相関を示している項目もある。また、右のぜん息様症状有症率との関連とNO2との関連については、有症率の地域較差を説明する他の有力な因子を明確に指摘することは困難であるとされている(甲六三八)。しかし、右のとおり、本調査の結果は必ずしも明確ではない。

一二 四日市市国道一号線等沿道調査(甲八九四)

三重大学医学部北畠正義教授らは、道路からの距離別に呼吸器系疾患受診率を求め、自動車排出ガスによる呼吸器系疾患への影響を調査することとし、固定発生源による汚染が少なく、交通量の多い主要幹線道路が横切る地区として、四日市市富田・富州原地区を選び、同地区を走る国道一号線(一日交通量二万六四九一台)及び名四国道(同四万八三三三台)について、各道路端から三〇mごとに第一ないし第五ゾーンを設定し(但し、名四国道の第一ゾーンは六〇m)、各ゾーン別の国民健康保健加入者(合計三二八〇人)を対象にし、昭和四八年三月から昭和五〇年一一月までに呼吸器系疾患で受診した者を受診レセプトから抽出し、呼吸器系疾患を次の五つの患者群に分け、患者群と各ゾーンとの関係を夏期(五〜八月)と冬期(一一〜二月)別に分析した。

〔患者群〕

急性型 感冒・急性気管支炎・肺炎・流行性感冒

ぜん息型 気管支ぜん息・ぜん息性気管支炎

上気道型 咽頭炎・喉頭炎・扁桃腺炎・アンギーナ・鼻炎

慢性型 慢性気管支炎・肺気腫・気管支拡張症

閉塞型 気管支ぜん息・ぜん息性気管支炎・慢性気管支炎・肺気腫

患者群の各ゾーン別の割合を年間・夏期・冬期別に集計した結果をグラフにしたものが図表二七である。これに基づき、北畠らは、次のように分析している。

1 急性型においては、年間・夏期・冬期別の集計ともに、道路からの距離にはほとんど関係なく受診しており、自動車排出ガスによる影響の差を確認できない。夏期に比べ冬期の受診率が著明に高いことから季節的因子が強く作用していると考えられた。

2 ぜん息型では、第一ゾーンにおいて受診率が高く、第二〜第五ゾーンまではほぼ同程度である。季節的変動は小さく、第一ゾーンの受診率の高さは自動車排出ガスの影響によるものと考えられた。

3 上気道型では、国道一号線+名四国道、国道一号線の年間及び冬期において、道路から距離を隔てるとともに受診率が低下しており、自動車排出ガスの拡散濃度分布とかなり一致するのではないかと考えられた。

4 慢性型では、名四国道沿線の第一ゾーンに高い受診率を認め、第一ゾーンと他のゾーンとの間に著明な差があるが、国道一号線においては差を確認できなかった。

5 閉塞型においては、第一ゾーンに高い受診率を認め、名四国道においてその差は著明であった。

一三 国道四三号線沿道柳楽調査(甲八九五、八九六)

岡山大学医学部衛生学教室柳楽翼教授らは、昭和五四年、自動車排出ガス汚染と学童集団の呼吸器症状等との関連を調査することとし、国道四三号線に隣接する芦屋市の精道小学校(一五六二人。東方約一Kmの打出自排局の昭和五一〜五三年度の二酸化窒素平均値0.043ppm)及び尼崎市の西小学校(一一一五人。隣接の武庫川測定局の同平均値0.032ppm)を調査対象校とし、右両校と比較して汚染度の明らかに低いと考えられる芦屋市の山手小学校(八三四人。二酸化硫黄の測定しか行われていないが、神戸市・西宮市・尼崎市の二〇一般局の中で低い方から三番目)を対照校とし、全学童に質問票を配付し、上・下気道症状及び眼粘膜症状等について、父母による記入を依頼し、現住居に三年以上居住している者を対象として、自覚症状有訴率と学童の住居から国道四三号線までの距離との関係を分析した。そして、柳楽らは、その結果を次のとおり報告している(要旨)。

1 有訴率の三校別比較では、各校区の大気汚染状況の差に対応した関係、すなわち精道小>西小>山手小の順序が認められた。

2 対象二校の有訴率は、国道四三号線と住居との間の距離が大になるに従って有訴率が低下する傾向(距離減衰傾向)があり、スコア法による検定によって多くの項目について有意の線型傾向が認められた。

3 有訴率の距離逓減傾向と自動車排出ガス汚染の距離減衰の間にはパターンの相似が認められ、対象二校の汚染レベル等を考慮すると、道路近傍での自覚症状の高率発生と距離減衰は自動車排出ガス汚染に起因することを否定しえない。

一四 守口市道路沿道調査(甲八九三)

大阪府守口市内の半径2.5Km以内にある五小学校学童を対象に、ATS―DLD標準質問票を基に作成された質問票(環境庁・改定版)を用いて呼吸器症状を調査し、近畿自動車道・阪神高速道・国道一号線に囲まれた地域内にある二小学校(一六〇八人。沿道内地区=A)と幹線道路がない三小学校(二四九八人。沿道外地区=B)とに分けて大気汚染濃度との関連を分析したところ、次のような結果となったとの報告がある(常俊義三・昭和六二年)。

沿道内地区

沿道外地区

A/B

大気汚染度

SO2(ppb)

24.2

17.8

1.47

(1.36)

SP(μg/m3)

72.9

51.6

1.41

NO2(ppb)

40.2

21.4

1.88

NO(ppb)

117.4

13.4

8.45

(8.76)

NO/NO2

2.9

0.6

――

ぜん息様症状(%)

6.5

4.6

1.4

ぜん鳴症状(%)

7.1

6.1

1.1

(1.16)

(欄外の数字は、A/Bの計算結果であり、計算違いと思われる。)

一五 東京都内幹線道路沿道住民調査(甲九四一)

国立公害研究所環境保健部の新田裕史らは、自動車排出ガスの呼吸器症状に対する影響を調査するため、東京都板橋区・練馬区・中野区の環状七号線周辺地域(環七地域〜交通量・昭和五二年度四万三六八三台、昭和五五年度三万六一三九台)と東京都八王子市の国道二〇号とそのバイパス周辺地域(八王子地域〜交通量・昭和五二年度一万四四九三台、昭和五五年度一万四三一九台)を対象地域とし、それぞれの道路(交差する国道等を含む)端から二〇m以内の地区(A地区)とそれに続く二〇mから一五〇mまでの地区(B地区)に分け、昭和五四年七月一日現在で対象地域に満三年以上在住している満四〇歳以上六〇歳未満の女性を調査対象者〔A地区は該当者全員(環七地域七五六人・八王子地域六三五人)、B地区はほぼ同数を無作為抽出、合計二七八九人)とし、ATS―DLD質問票の日本版に準拠した質問票を用いて、事前に郵送したうえ調査員が回収して呼吸器症状を調査し(昭和五四年一〇月)、環境測定は、昭和五四・五五年度に東京都公害研究所で開発されたNO2サンプをラー用いてNO2の測定を行った(昭和五四年度〜環七地域四四か所、八王子地域四三か所。昭和五五年度〜環七地域二五か所、八王子地域四八か所)。なお、二〇九人に対し、昭和五四年一一月二七日二四時間の個人曝露量をフィルターバッジNO2を用いて行い、同時に暖房器具の使用状況なども調査した。

新田らは、その結果を次のとおり報告している。

1 地区別有症率(%)

症状

環七地域

八王子地区

A地区

B地区

A地区

B地区

持続性せき

11.9

8.0*

8.2

3.9**

持続性たん

16.1

11.9*

11.8

5.6***

持続性せき・たん

6.5

5.2

4.1

1.7*

せき・たんの増悪

12.6

8.8*

7.1

4.5

ぜん鳴①

32.3

29.2

20.7

21.4

ぜん鳴②

4

1.2**

2.1

0.4*

ぜん息様発作

11.2

8.3

6.9

7.3

軽度の息切れ

34.2

27.7*

30

24.2*

中度の息切れ

9.5

6.7

8.2

5.3

ひどいかぜ

44

43.1

29.5

31

同(たんを伴う)

32.5

27.3

18.5

18

〔*印は、A地区とB地区間で統計的に有意差が認められたものであり、*は危険率五%、**は同一%、***は同0.1%を示す。〕

なお、右各「症状」は次の質問項目の肯定回答に対応するものである。

「持続性せき」〜「いつも出るせきが、一年に三か月以上、毎日のように出る」

「持続性たん」〜「いつも出るたんが、一年に三か月以上、毎日のように出る」

「持続性せき・たん」〜「持続性のせき」+「持続性のたん」

「せき・たんの増悪」〜せきとたんが一緒に三週間以上も続いたことが、このところ毎年一回ある。

「ぜん鳴①」〜「かぜをひいたときとか、もしくはひかなくても、ゼーゼーとかヒューヒューすることがある」

「ぜん鳴②」〜「毎日とか毎晩のようにゼーゼーとかヒューヒューすることがある」

「ぜん息様発作」〜「これまでに、ゼーゼーとかヒューヒューして、息が非常に苦しくなる発作を起こしたことがある」

「軽度の息切れ」〜「平らな道を、急いで歩いたり、ゆるい坂道を登ったりすると、息が苦しくなる」

「中度の息切れ」〜「平らな道を歩くとき息が苦しくて、同年輩の人に遅れる」

「ひどいかぜ」〜「この三年間、かぜや呼吸器の病気で、仕事を休んだり、家で休んだり、寝たりしたことがある」

「同(たんを伴う)」〜「ひどいかぜ」のうちで「たんも一緒に出た」

2 喫煙状況別の有症率

非喫煙・前喫煙・喫煙の別に有症率を比較した結果は、図表二八―(1)のとおりであるが、前喫煙者群及び喫煙者群ではA地区よりB地区の有症率が高いものもあり有意差は認められないが、非喫煙者群では、環七地域ではすべての症状項目でA地区が高く、有意差が認められるものが七項目に及び、八王子地域でも三項目で有意差が認められている。

3 開放型ストーブ使用の有無別の有症率

開放型ストーブの使用・非使用別に有症率をみると図表二八―(2)のとおりであり、非使用群において、環七地域で多くの項目で有意差が認められたことが注目される。

4 二酸化窒素環境測定結果

昭和五四・五五年度に実施した二酸化窒素の環境測定結果は、図表二八―(3)のとおりであり、環七地域・八王子地域とも、A地区とB地区の濃度差は約0.01〜0.02ppm存在し、測定時間が短い(昭和五四年度は二日、昭和五五年度は五日、各日とも原則として二四時間測定)ことを考慮しても、両地区間の二酸化窒素濃度には平均的にみてある程度の差が存在すると考えられる。

但し、呼吸器症状に関する結果のみから、多数の自動車排出ガス成分中のどの物質の影響かを明らかにすることはできなかった。

5 地区差と個人曝露量の差の関係

二酸化窒素の個人曝露量を測定した結果、曝露量の差は、開放型ストーブ使用の有無と環七地域と八王子地域の地域差に規定されるところが大であり、A地区とB地区との差(道路端からの距離差)にはあまり関係がみられなかった。冬期暖房使用時の一日だけの測定であり、一般化は困難であるが、A地区とB地区における環境中の濃度差がそのまま両地区の対象者の個人曝露量の差とはみなせない可能性を示唆している。

6 要約

環七地域、八王子地域それぞれにおいて、〇〜二〇mの地区と二〇〜一五〇mの地区間で呼吸器症状の有症率に差が認められ、これは自動車排出ガスの影響による差によるものと考えられた。

一六 東京都葛飾区沿道調査(甲九三八)

国立公害研究所環境保健部の小野雅司らは、都市での移動発生源に起因する大気汚染物質のうち浮遊粒子状物質と二酸化窒素に重点をおいて、都市沿道周辺に位置する家屋内外の大気汚染状況を把握するとともに、沿道周辺住民を対象に健康調査を行い、沿道汚染が人の健康に及ぼす影響を明らかにすることを目的として、東京都葛飾区内の水戸街道及び環状七号線(一二時間交通量約三万五〇〇〇台)沿道で、各道路端から二〇m以内(A地区)、二〇〜五〇m(B地区)、五〇〜一五〇m(C地区)の三つの地区に分け、三年以上居住するなどの要件で一〇九三世帯を抽出し、昭和六一年一一月にATS―DLD標準質問票(環境庁版)を使用して留置法(確認が必要な場合は電話で再調査)による健康調査(回収数八〇五世帯)を行い、そのうち二〇〇世帯を選んで昭和六一年三・七・一一月、昭和六二年二・五月の五回(各平日の四日間連続)にわたって、屋内のSPM濃度、屋内外のNO2濃度の測定を行った。このほか家屋構造、家庭内喫煙、暖房器具、調理用ガス器具についての質問調査も実施した。

そして、呼吸器症状有症率は、児童(A対B対C=二〇九人対二四八人対六五七人)・成人(A対B対C=二三七人対二九二人対八〇四人、年齢構成三〇歳〜四九歳)に分けて地域間比較を行い、有意差検定は、A地区とB・C地区間で片側t検定を行った。汚染質濃度についても同様の有意差検定を行った。

小野らは、以上の結果を次のとおり報告している。

1 児童の呼吸器症状

(一) 属性別有症率

(1) アレルギー既往の「あり群」と「なし群」を比較した結果は次のとおりであり、「あり群」がすべての症状で二ないし四倍高率であった。

〔症状〕

〔あり群〕

〔なし群〕

持続性せき

5.50%

2.00%

持続性ゼロゼロ・たん

4.10%

1.00%

ぜん息様症状・現在

9.60%

2.10%

ぜん鳴症状

11.70%

5.30%

たんを伴うひどいかぜ

17.50%

9.70%

(2) 受動喫煙の有無と呼吸器症状有症率の間に関連は認められなかった。

(3) 開放型暖房器具使用群で呼吸器症状有症率が高い傾向がみられたが、その差はわずかであった。

(二) 地区別有症率

(1) 地区別有症率は次のとおりであり、A地区の有症率はすべての症状でB・C地区より高率であり、*印については危険率五%でA地区との間に有意差が認められた。

〔症状〕

〔A地区〕

〔B地区〕

〔C地区〕

持続性せき

4.80%

2.40%

3.20%

持続性ゼロゼロ・たん

3.80%

1.60%

1.80%

ぜん息様症状

11.00%

5.2%*

5.9%*

ぜん息様症状・現在

6.70%

4.00%

4.70%

ぜん鳴症状

11.30%

3.8%*

7.90%

たんを伴うひどいかぜ

16.30%

8.5%*

13.10%

(2) 既往歴については、ぜん息性気管支炎(危険率五%)とちくのうがA地区で高率であったが、百日ぜきのようにB・C地区で高率を示すものもみられた。

2 成人の呼吸器症状

(一) 属性別有症率

属性(居住歴・年齢・喫煙・暖房・職業)別の有症率で、父親・母親とも有症率に差がみられたのは喫煙(喫煙群>非喫煙群)のみであり、そのほかでは父親で運輸・通信従事者に、母親で高年齢群に高い有症率がみられたが、その他の要因に関しては一定の傾向は認められなかった。

喫煙の有症率は次のとおりである。

〔症状〕

〔父親〕

〔母親〕

〔喫煙群〕

〔非喫煙群〕

〔喫煙群〕

〔非喫煙群〕

持続性せき

4.30%

0.80%

2.40%

1.10%

持続性たん

13.70%

7.00%

7.80%

4.20%

持続性せき・たん

2.90%

0.80%

2.40%

0.50%

ぜん息様症状・現在

0.20%

0.00%

1.20%

1.30%

ぜん鳴症状

3.70%

1.60%

4.30%

3.70%

息切れ

10.60%

4.70%

11.40%

10.20%

(二) 地区別有症率

(1) 地区別有症率の比較をした結果は次のとおりである。

〔父親〕(*印 危険率五%で有意差がある)

〔症状〕

〔A地区〕

〔B地区〕

〔C地区〕

持続性せき

3.80%

3.00%

3.70%

持続性たん

18.90%

11.90%

10.6%*

持続性せき・たん

2.80%

1.50%

2.90%

持続性せき・たん(二年以上)

2.80%

1.50%

2.70%

ぜん息様症状

0.00%

0.70%

0.80%

ぜん息様症状・現在

0.00%

0.70%

0.00%

ぜん鳴症状

3.80%

3.80%

3.00%

息切れ

11.50%

6.10%

9.90%

〔母親〕(*印 危険率五%で有意差がある)

〔症状〕

〔A地区〕

〔B地区〕

〔C地区〕

持続性せき

2.30%

1.30%

1.20%

持続性たん

8.50%

3.20%

14.70%

持続性せき・たん

2.30%

0.00%

1.20%

持続性せき・たん(二年以上)

2.30%

0.00%

0.90%

ぜん息様症状

0.80%

3.20%

1.40%

ぜん息様症状・現在

0.80%

2.50%

0.90%

ぜん鳴症状

7.00%

4.60%

2.6%*

息切れ

14.80%

7.60%

10.20%

(2) 既往歴については、父親では肺炎・アレルギー性鼻炎、ろくまく炎、慢性気管支炎、心臓病が、母親では肺炎アレルギー性鼻炎、慢性気管支炎がそれぞれA地区で高率であり、一部に有意差が認められた。

3 喫煙と暖房の組合せによる二酸化窒素濃度

家屋内における喫煙の有無、開放型暖房器具使用の有無による室内汚染について調査した結果は次のとおりであり、喫煙世帯で屋内微小粒子濃度の上昇が認められ、開放型暖房器具の使用世帯で屋内NO2濃度の上昇とガス調理器具による台所NO2濃度の上昇が確かめられた(*印 危険率五%の有意差あり)。

喫煙

暖房

世帯数

粒子上物質 μg/m3

世帯数

NO2(ppb)

>2.5

<2.5※

居間

台所

屋外

28

13.9

36.8

33

25.8

41.1

29.3

26

18.4

45.8

27

53.1*

64.2*

29.9

31

16.8

77.2*

35

26.4

43.7

30.9

80

16.2

69.1*

86

63.3*

76.0*

28.8

〔注 ※=粒径(μm)

喫煙 −:非喫煙世帯  +:喫煙世帯

暖房 −:排気型ストーブ使用世帯又は暖房器具非使用世帯

+:開放型ストーブ使用世帯〕

一七 東京都衛生局道路沿道調査(第二回)(甲九三九の1・2)

東京都衛生局は、昭和五三年度から昭和五九年度にわたって実施した「複合大気汚染に係る健康影響調査」(以下「前回調査」という)の結果及び課題を受けて、自動車排出ガスをはじめとした都内の大気汚染が健康に及ぼす影響をさらに科学的に解明し、また、大気汚染による健康影響を未然に防止するためのシステム(サーベイランス・システム)を構築することを目的として、昭和六二年度から平成元年度にわたり、学童及び道路沿道の健康影響調査、健康監視モニタリング、健康影響調査の指標別解析及び基礎的実験的研究を行った。

そして、平成三年、「大気汚染保健対策に係る健康影響調査総合解析報告書」を公表した。その概要は次のとおりである。

1 学童の健康影響調査

(一) 調査の概要

目黒区A小学校・板橋区B小学校・東大和市C小学校を選定し、昭和六二年七月時点で対象とした三〜四年生に対し、ATS―DLD質問票による呼吸器症状調査を行ったほか、昭和六二年度から平成元年度の三年間に健康についてのアンケート調査や肺機能検査等を行った。

(二) 結果の概要

(1) 環境測定

浮遊粒子状物質濃度は三校間に著しい差はみられなかった。

一酸化窒素は、A小が高く、B小とC小は冬期を除くとほぼ同様な値を示していた。二酸化窒素は、A小とB小が高い傾向が認められ、C小は最も低い値を示した。

(2) 健康影響調査

呼吸器症状の有症率では、男子で三校間に有意差がみられなかった。

女子では、C小が他の二校よりすべての症状で低率であり、「ぜん鳴(grade 2)」「ぜん息様症状・現在」では、A小>C小の傾向が有意であった。

「ぜん息様症状・現在」「ぜん鳴(grade 1)」では、B小がC小に比べ高値を示したが、有意ではなかった。

健康についてのアンケート調査では、「アレルギー性鼻炎」がA小で高かった。

肺機能検査では、努力性肺活量、0.75秒量それぞれの調査月別修正平均値(性、学年、身長等)は、A小が他の二校よりほぼ一貫して低値であった。個人の肺機能(努力性肺活量、0.75秒量)の変動では、A小の年間平均増加量(修正平均値)は少ない傾向があり、C小は多い傾向があった。

尿中HOP/CRE比測定では、多少の変動はあるが、B小>A小>C小の順であり、多くの検査時期で有意差が見られた。窒素酸化物との相関では、尿中HOP/CRE比への急性影響を示唆する結果は得られなかった。

欠席調査(病気以外・下気道疾患・ぜん息によるものを除く)では、欠席日数の中央値がA小>B小>C小の順であり、特に欠席理由の計、病気、呼吸器疾患、上気道疾患、感冒では、「A小>C小」「B小>C小」に有意差がみられた。また、一日前、二日前、三日前の一酸化窒素、二酸化窒素日平均値と欠席率との関係では、欠席理由の計、病気、呼吸器疾患、上気道疾患、感冒では、いずれも有意な正の関連がみられたが、相関係数はいずれも小さく、0.3未満であった。

2 道路沿道の健康影響調査

(一) 調査の概要

汚染度の比較的高い地域である東京都墨田区内の幹線自動車道路端から二〇m以内の地区(墨田沿道)とこれに続く二〇m〜一五〇mまでの地区(墨田後背)を対象地区とし、汚染度の比較的低い地域である東大和市の一部地域のうち青梅街道の道路端から二〇m未満の範囲を除外した地区を対照地区とし、各地区に満三年以上居住の満三〇歳以上六〇歳未満の女性(成人)と満一年以上居住の三歳以上六歳未満の小児を調査対象〔最終の分析対象者は、成人は墨田沿道四七二人、墨田後背七七一人、東大和市七四八人(計一九九一人)、小児は墨田沿道五一人、墨田後背九五人、東大和市一五九人(計三〇五人)〕とし、呼吸器症状については昭和六二年七月にATS―DLD質問票により調査し、肺機能検査等については昭和六二年度から平成元年度の三年間実施した。

(二) 結果の概要

(1) 環境測定

窒素酸化物、浮遊粒子状物質及び浮遊粉じん中の各成分について、ほぼ一貫して道路からの距離減衰が認められた。窒素酸化物では、一酸化窒素の距離減衰は二酸化窒素のそれよりも著しかっだ。

二酸化窒素の個人曝露においては、室内汚染の影響を考慮したうえでも三地区間で環境の違いに対応した曝露レベルに差がみられたことから、三地区の住民の二酸化窒素への曝露レベルに、墨田沿道>墨田後背>東大和の順で勾配が存在すると考えられる(暖房器具別地区別呼吸器症状有症率―図表二九―(1)―参照)。

(2) 健康影響調査

成人の地区別呼吸器症状有症率は、図表二九―(2)のとおりであり、墨田沿道>墨田後背>東大和という傾向がみられ、特に「ぜん鳴」「息切れ」では有意であった。

成人について喫煙状況別に有症率を比較すると図表二九―(3)のとおり、いずれの症状でも現喫煙者の有症率は高い傾向が認められ、非喫煙者群ではほとんどの症状で墨田沿道>墨田後背>東大和という傾向がみられるのに対し、現喫煙者群では東大和との対比では墨田沿道が高いものの、墨田沿道よりも墨田後背の方が高い項目が多い。

小児の地区別呼吸器症状有症率は、図表二九―(4)のとおりであり、「持続性ゼロゼロ・たん」で墨田沿道>墨田後背>東大和という傾向が有意であった。

肺機能検査では調査毎の比較では、墨田沿道>墨田後背>東大和という傾向はみられなかったが、個人の肺機能(努力性肺活量、0.75秒量)の変動では、墨田沿道の年間変化量(減少量)が他の二地区より大きかった。

尿中HOP/CRE測定では明確な地区間差及び季節変動はみられなかった。

3 健康監視モニタリング

(一) 調査の概要

過去一〇年間の窒素酸化物の累積値と自動車走行台数の差により環境状況の異なる中央区・大田区・渋谷区・板橋区・八王子市・立川市・青梅市・町田市・田無市内の九地区を選定し、各地区の道路周辺地区に居住する満三〇歳以上六〇歳未満の女性で、各地区の沿道・後背それぞれ五〇〇人を無作為抽出して呼吸器症状調査(ATS―DLD質問票)を行い、その結果に基づきさらに各地区一〇〇人を対象に三年間継続して検診を実施した。

(二) 結果の概要

(1) 環境測定

一酸化窒素については、中央区を除き、各地区とも沿道>後背(二〇m)>後背(一五〇m)となり、距離減衰が認められた。二酸化窒素についても距離減衰が認められたが、一酸化窒素ほど顕著な距離減衰はみられなかった。

浮遊粒子状物質については、沿道が後背に比べて高い傾向がみられた。

市部と区部との比較では、一酸化窒素、二酸化窒素、浮遊粒子状物質については、市部に比べて区部が高値を示した。

(2) 健康影響調査

呼吸器症状有症率について、前記墨田地区を追加して一〇地区の解析を行ったところ、「持続性たん」「息切れ」「息切れ(grade 3)」では、後背に比べて沿道が有意に高かった。

健康についてのアンケート調査では、沿道の有訴率(「声がかすれる」「鼻の中が汚れる」「湿疹・かぶれ・じんましん」)が後背に比べ高率であった。

肺機能検査(%肺活量)では、各年度とも沿道と後背の間では顕著な差はみられなかったが、個人の肺機能(努力性肺活量、一秒量)の変動では、後背に比べて沿道の年間減少量(修正平均値)が多い傾向がみられた。

尿中HOP/CRE測定では明確な地区間差及び季節変動はみられなかった。

4 基礎的実験的研究の概要

(一) 目的

濃厚な大気汚染要因に曝露した実験動物に生ずる異常知見をもとに、疫学調査の方向性を定める基礎資料とし、また、検査指標の開発に資するために、ディーゼルエンジン排出ガスの動物曝露実験によって、生体影響の「病理学的」「生化学的」及び「生理学的」検討及び大気汚染による健康影響を把握できる指標の開発等を多角的に検討する。

(二) 研究結果(ディーゼルエンジン排出ガス動物曝露実験)

(1) 病理学的変化

高濃度ディーゼルエンジン排出ガス(以下「排出ガス」という)を曝露された動物の病理学的変化の原因は、排出ガス中のガス成分だけではなく、粒子状物質にも存在すると考えられる。ラット新生仔については、排出ガス曝露により、肺胞の発育遅延が引き起こされ、胸郭への影響もみられた(曝露濃度の範囲:NO22.0〜2.1ppm、粒子 0.03〜5.63㎎/m3)。

(2) 生化学的変化

排出ガスに含まれる粒子状物質は、ラットの肺胞マクロファージのO2の産生能の低下に寄与することが示唆される(曝露濃度の範囲:NO20.1〜1.7ppm、粒子 0.03〜8.3㎎/m3)。

また、ラットの臓器中のビタミンB6量、血清中のビタミンA量等にも影響を与える可能性がある。

(3) 生理学的変化

排出ガスは、曝露濃度(NO20.12〜2.60ppm、粒子0.02〜7.81㎎/m3)の範囲で、呼吸機能への影響が示唆され、特に粒子状成分は換気機能への影響が大きく、ガス状成分は、ガス交換機能への影響が大きいものと考えられる。

(三) 健康影響指標

排出ガスを曝露した動物実験において、尿中ヒドロキシプロリンを始めとする健康影響指標はその有用性が期待されるが、フィールドで活用するためには、さらに基礎的研究が必要である。

5 まとめ

(一) 大気汚染レベルと曝露レベルについて

(1) NOx、SPM及びSPM中の各種成分の測定結果によれば、いずれの物質においてもほぼ一貫して道路からの距離減衰が認められ、対照地区においてはさらに低レベルであることが示された。距離減衰の程度はそれぞれの物質によって違いがみられ、NOxにおいてはNOの距離減衰はNO2のそれよりも著しかった。

(2) 今回の個人曝露レベルの測定のみから各地区の住民全体の曝露レベルを直接に推定することは困難であるが、三地区の住民のNO2への曝露レベルに墨田沿道>墨田後背>東大和の順で勾配が存在すると考えることは合理的であろう。また、室内汚染の影響が少ないとみなせる対象者においても濃度勾配がみられたことから推測すると、他の自動車排出ガス由来の大気汚染物質についても曝露レベルに違いが存在する可能性も十分予想できる。

(二) 健康影響指標について

(1) 成人の呼吸器症状については、ほぼ一貫して想定された大気汚染レベルに対応して、有症率に一定の傾向がみられた。その中では、「持続性たん」、「ぜん鳴」、「息切れ」等でよりはっきりした違いがみられた。このことは、これまでに実施された同種の調査においても報告されていることである。

(2) 小児の呼吸器症状については成人の場合ほど一定の傾向は認められなかった。これは、小児の場合は対象者数が限られていたことも関係しているかもしれない。

(3) 大気汚染の健康影響指標の肺機能検査については、調査回ごとの地区間の比較では、想定されたような地区間での差はみられなかった。検査項目によっては、墨田沿道地区よりも墨田後背地区が高い傾向を示すものもあった。また、東大和地区がより低値を示した検査項目もみられた。

対象者の職業の有無、受動喫煙、居住歴等でこのような傾向を説明することはできなかった。

尿中HOP/CRE比についても、明確な違いは認められなかった。

(三) 自動車排出ガスの健康影響について

(1) 本調査から得られた知見のうち、自動車排出ガスに由来する大気汚染物質のレベルと曝露レベルについては、地区間に違いが存在すると考えることは妥当であると考えられる。

(2) 健康影響については、呼吸器症状について違いがみられる項目があった。

一方、呼吸器症状調査結果と肺機能検査における調査回ごとの地区間の比較の結果は必ずしも一貫していない。

(3) 道路沿道の住民に何らかの健康影響が生じているかどうかを疫学的に評価するためには、多くの困難があるが、本調査の結果は影響の存在を示唆するものと考えられる。但し、自動車排出ガスの健康影響について、量―反応関係にまで踏み込んで検討するためには、さらに詳細な曝露評価が必要である。

一八 大気汚染健康影響継続観察調査(甲一〇九五)

環境庁では、a・b調査終了後、大気保全局長の私的諮問機関として「大気汚染健康影響継続観察調査検討会」を設置し、疫学調査の設計から調査の実施、結果の解析に至るまで検討した。本調査は、NO2とSPMを中心とした大気汚染の推移と学童のぜん息等呼吸器症状・疾患の関連性を検討するため、昭和六一年度から平成二年度まで、約五〇〇〇人の学童を対象に行われ、従来の断面調査に加え、同一対象者を追跡調査することにより、対象者の健康状態の経時的変化をみたものである。

1 調査地区と調査方法

埼玉県朝霞市(A小学校)、京都市南区(B小学校)、同市左京区(C小学校)、大阪市西区(D小学校)、同市城東区A(E小学校)、同区B(F小学校)、同市西淀川区(G小学校)、大阪府羽曳野市(H小学校)を選定し、ATS―DLDの標準質問票を基に作成された質問票(環境庁改訂版)を用いた調査のほか、呼吸機能検査、血清中の非特異的IgE抗体の測定を行った。

2 調査地区の大気汚染濃度

SO2との経験から考えると、大気汚染に起因する慢性呼吸器系の疾患は、曝露から一〜三年経過して発症するとされていることと、感受性が高い乳幼児の時期の曝露も考慮し、通常は昭和五六年から平成元年の年平均値(九年間平均値)を用いる。

NO2については、大阪市西区が九年間平均値で0.038ppmと最も高く、大阪市城東区A、同市西淀川区及び京都市南区は九年間平均値が環境相当値である0.030ppmを超過していた。また、京都市左京区及び大阪府羽曳野市は九年間平均値が0.020ppm未満であった。年度別では、埼玉県朝霞市は昭和六一年以降0.030ppmを超過しやや悪化する傾向にあり、大阪府羽曳野市でも同年以降やや悪化している。京都市左京区では測定年度により大気汚染状況にかなりの変動がみられる。しかし、全般的にはNO2と濃度は横ばいであった。

SPMについては、埼玉県朝霞市が九年間平均値で52.8μg/m3と最も高く、このほかの地区は京都市左京区の27.1μg/m3を除けば、すべて四〇〜四九μg/m3の範囲内でNO2ほどの地区間の差は認められなかった。年度別では、一九八〇年代初頭に比べると改善傾向にあるが、中盤から後半にかけては横ばいであった。

3 非特異的IgE抗体と有症率

大阪市西区、城東区A・B、西淀川区及び大阪府羽曳野市の五地区については、昭和六三年と平成二年度に全学童を対象に非特異的IgE抗体の検査を行った。右抗体値が二五〇IU/ml以上の者を陽性とし、地区・年度別に陽性率をみると、各年度とも地区間にも、年度間にも有意差は見られなかった。

この結果は、ぜん息様症状有症率の地区間の差が、個体の素因(非特異的IgE抗体に代表されるアレルギー素因)の分布の差によるものでないことを示している。

4 ぜん息様症状新規発症

地区別にみると、調査開始時症状なし群では、男で0.10%(京都市左京区)〜1.32%(大阪市西区)、女で0%(大阪市城東区B)〜0.60%(大阪市西区)と地区間に差がみられ、男及び男女計では概ねNO2濃度が高い地区でぜん息様症状の新規発症率が高率になる傾向があり、両者に有意な相関がみられた。また、男及び男女計では、NO2の九年間平均値が0.03ppmを超過する地区は、それ以下の地区よりぜん息様症状の新規発症率が高い傾向がみられた。

全追跡対象者に対するぜん息様症状の新規発症率をNO2濃度により地区別に比較すると、男で有意な相関が認められたものの、調査開始時症状なし群に比べるとばらつく傾向がみられた。

5 ぜん鳴症状群の予後

悪化率は、男で0〜9.9%(平均5.9%)、女で1.2〜18.8%(平均6.7%)であり、地区間に差がみられ、大阪府羽曳野市を除くとNO2濃度が高い地区ほど高率になる傾向がみられる。大阪府羽曳野市が高い値となったのは、人口急増に伴い大阪市内からの転居者が多く、また、付近に府立羽曳野病院(呼吸器専門科を持つ)があるため、転居者の中にぜん息と治療中の学童が多く含まれている可能性等が考えられる。

第六動物実験

一 昭和四三年専門委員会報告時の知見

昭和四三年一月に硫黄酸化物についての専門委員会報告が出され、これに基づいて硫黄酸化物の環境基準(旧基準)が設定されたが、右委員会における討議資料として提出された「亜硫酸ガス(いおう酸化物)の環境基準設定のための資料と考察」(鈴木ら―甲七六〇)に「動物に及ぼすSO2の影響」がまとめられている。その主要なものの要旨は次のとおりである(SO2曝露濃度―曝露期間―対象動物―結果の順序に従って記載する)。

1 0.7〜1.6ppm―二週間以上―ラット―四〇%の肺に粘液、膿、乾酪物質がみられた(Vintinerら・一九五一)。

2 一、二、四、八、一六、三二ppm―一六か月―ラット―ぜん鳴、眼の混濁、脱毛の発生と程度は濃度に関係していた(Ballら・一九六〇等)。

3 一〜一五〇ppm―二〇〜四〇分―イヌ―(気管切開して曝露)肺コンプライアンスには変化はなかったが、気流抵抗は曝露開始後一〇秒以内に五〇〜一二五%増加した。SO2は投与量の四二%が気管に摂取された(Balchumら・一九五九)

4 1.1〜141ppm―二〇〜四〇分―イヌ―(鼻及び口を通す曝露)肺及び胸郭のコンプライアンスは減少した。非弾性抵抗は全ての例で上昇(平均四七%)し、濃度の高い程高い値を示した。気管及び肺に滞留するSO2は気管切開して投与した場合に比べて非常に少なかった(Balchumら・一九五九)。

5 二ppm―一時間―モルモット―気道抵抗が二〇%増加した(Amdur・一九五五)。

6 7.51ppm―二三時間/日・八〇日間―ラット・ウサギ・マウス―白血球数、赤血球数は増加、排煙、気管支炎が発生した(Schnurered・一九三七)。

7 一〇ppm―ウサギ―摘出気管に直接曝露すると、線毛運動は停止する(Dalhamら・一九六一)。

8 三〇〇ppm―三日―モルモット・マウス―全部に胃の拡張と多発性出血性の胃潰瘍を認め、また胃穿孔の頻度は高い(Weedon・一九四二)。

9 二〇mg/m3―四時間―ラット―脾臓のデヒドラーゼの活性がコントロール群に比べて28.6〜63.7%低下、また脾臓、腎臓、血液、脳小腸粘膜のコリンエステラーゼの活性が29.0〜41.7%低下した(Lavoba・一九六三)。

10 0.5〜1.0%容量―一日一回、五〜九〇分まで漸次延長四〜六二二日―ウサギ―鼻腔粘膜に与える変化は、急性曝露では呼吸部粘膜に偽膜性線維性炎症を生じ、緩徐な曝露では呼吸部粘膜上皮に萎縮、変成、後には増殖、鼻甲介の癒着、嗅上皮細胞の萎縮をみる(山田・一九五五)。

11 0.5〜1.0%容量―一日一回、五〜九〇分まで漸次延長四四〜七一〇日―ウサギ―副腎重量の増加、組織学的にも皮質の肥厚、細胞増殖、皮質細胞の腫脹、崩壊、萎縮等をおこす。ミトコンドリア減少、アルカリフォスファターゼ減少、髄質細胞は腫大、後に萎縮した。実験開始後五か月までは機能低下、五〜一二か月には機能亢進、一二か月以降は再び機能低下を来す(土屋・一九六一)。

12 0.5〜1.0容量―五〜九〇分まで漸次延長六〜七一〇日―ウサギ―脳にうっ血、出血傾向をみる。神経細胞間のニッスル顆粒の崩壊、顆粒状変成、リポイド及びリポフスチンの増加。神経細胞は髄鞘の結節状膨隆、及び曲折、軸索変成、腫大をおこし、神経膠細胞、脳膜、脈絡膜上皮細胞、欠陥内皮細胞及び外膜細胞の脂質の増加をみた。蜘蛛膜、軟膜での円形細胞浸潤を来した。この変化は実験開始後六〜八か月に最も強く、八か月〜一年くらいで弱まる(井樋・一九六〇)。

二 昭和六一年専門委員会報告時の知見

中公審環境保健部会「大気汚染と健康被害との関係の評価等に関する専門委員会」は、大気汚染の生体影響に関する知見の現状を整理しているが(六一年報告―甲六三六)、その一環として動物実験の成果をまとめている。二酸化窒素、二酸化硫黄及び粒子状物質を中心としてみると次のとおりである。

1 肺形態学的影響

(一) 二酸化窒素

(1) NO24.0ppm、0.4ppm、0.04ppmのラットに対する九か月間、一八か月間及び二七か月間曝露の結果、光顕的に、4.0ppm曝露群については、九か月目にNO2曝露において定型的な形態学的変化、すなわち、気管支上皮の肥大と過形成、杯細胞の増加、線毛上皮の異形成及び気管支肺接合部から肺胞道へかけての細胞浸潤を伴う壁肥厚とクララ細胞の増殖が明らかに認められ、これらは一八か月目にさらに進行し、これに加え肺胞道近接肺胞に軽度の壁肥厚と局所的増殖が認められるようになり、二七か月目には気管支肺接合部から近接肺胞領域における線維化と上皮増殖が進行した。しかし、一般の肺胞壁には変化は明らかではなく、肺気腫像も認められていない。これらの変化は0.4ppm二七か月間曝露群についても軽度ながら認められたが、0.04ppm曝露群では認められていない。一方、電顕的形態計測的平均肺胞壁厚の増加傾向が、4.0ppm曝露群では九か月目から、0.4ppm曝露群では一八か月目から、0.04ppm曝露群でもより軽度ながら一八か月目から認められている(竹中ら・一九八〇)。

(2) NO20.04ppm、0.12ppm、0.4ppmの三、六、九、一八か月間曝露が上記実験の再実験として行われたが、光顕的には上記結果がほぼ支持された(京野ら・一九八三)。

(3) ラットに対するNO21.0ppm、0.5ppm、0.3ppmの三、六、一二、一八か月間曝露が行われ、0.3ppm群では、肺の形態学的変化は、三、一八か月で疑陽性であるが、全般としては確定的ではなく、一方、0.5ppm群では、一八か月後には軽度ながら定型的病変(気管支粘膜上皮の肥大や増殖等)が出現した(寺田ら・一九八一)。

(4) ラットに対するNO2一〇ppm、三ppm、0.5ppm及び0.1ppmの一か月間曝露についても、全体として濃度依存的に、形態計測的平均肺胞壁厚が増加している。なお、この場合、反応の強さには月齢差が認められ、一月齢から一二月齢にかけては低下しているが、二一月齢では再び強まっている(Kyonoら・一九八二)。

(5) NO20.34ppm六週間(六時間/日、五日間/週)曝露のマウスにおいて、肺胞Ⅱ型細胞の数が増加した(Scherwinら・一九八二)。

(6) NO20.1ppm六か月間(ピーク濃度一ppm/二時間を含む)曝露を受けたマウス(Portら・一九七七)、また、NO20.65ppmとNO0.25ppmにおいて、更にNO20.15ppmとNO1.66ppmの混合ガス六八か月間曝露後三二か月間〜三六か月間清浄大気内におかれたイヌ(Hydeら・一九七八)において、肺気腫変化とみなしうる形態計測的変化が特に前者において認められた。

(7) NO20.5ppm〜1ppm三か月間(五時間/日、五日間/週)曝露のマウスにおいて、特に鼻腔呼吸部上皮に炎症所見や線毛脱落が認められている(飯泉ら・一九七七)。

(二) 二酸化硫黄

(1) サルにおけるSO20.14ppm、0.64ppm、1.28ppm及び5.12ppm七八週間曝露(Alarieら・一九七二・一九七三・一九七五)、また、イヌにおけるSO25.1ppm六二〇日間曝露(Lewisら・一九七三)において、少なくとも光顕的には、曝露によるような異常は見いだされていない。

(2) 高濃度SO2曝露、例えばSO2四〇〇ppm六週間曝露(三時間/日、五日間/週)を受けたラットにおいては、杯細胞の変化(特に中心部気道における数や大きさの増大や有糸分裂像)が顕著であり、慢性気管支炎のモデルとされている(Reid・一九七三)。

(三) 粒子状物質

(1) サルに対する硫酸エーロゾル4.79mg/m3(MMD0.73μ)及び2.43mg/m3(MMD3.60μ)七八週間連続曝露によっては、細気管支上皮の増殖、呼吸細気管支及び肺胞壁の肥厚が認められているが、0.48mg/m3(MMD0.54μ)、0.38mg/m3(MMD2.15μ)の同期間曝露による影響は、ないか極めて軽度であった(Alarieら・一九七三)。

(2) モルモットに対する0.9mg/m3(MMD0.49μ)及び0.1mg/m3(MMD2.78μ)の五二週間連続曝露においては、特別な異常は見いだされていない(Alarieら・一九七三)。

(3) 0.16mg/m3(MMD2.73μ)及び0.46mg/m3(MMD2.63μ)のフライアッシュ一八か月間曝露を受けたサルにおいては、肺内各所へのフライアッシュの沈着又はマクロファージの集合を除けば、光顕的に特別な異常は認められていない(Mac-farlandら・一九七一)。

(4) 硫酸エーロゾル(0.09mg/m3〜0.99mg/m3、MMD0.50μ〜4.11μ)、SO2(0.11ppm〜5.29ppm)及びフライアッシュ(0.42mg/m3〜0.55mg/m3、MMD4.10μ〜5.89μ)の二種又は三種混合物のサルに対する七八週間曝露において、形態学的異常(杯細胞の肥大・増殖、局所的上皮化生)が認められたのは0.9mg/m3〜1.0mg/m3の硫酸エーロゾルを含む条件下のみであり、その他の組み合わせ条件下では異常は認められていない(Alarieら・一九七五)。

(5) 濃度がほぼ一〇〇μg/m3でSUBMICRONのニッケル化合物エーロゾルのラット二か月間曝露(一二時間/日、六日間/週)において、酸化ニッケルはマクロファージ増加を、塩化ニッケルは気管支及び細気管支上皮の増生をきたし、一方、同一条件下の酸化鉛及び塩化鉛エーロゾル曝露では、マクロフファージ数はむしろ減少した(Binghamら・一九七二)。

(四) その他

(1) 自動車排出ガス(非照射:CO九八ppm、炭化水素二八ppm、NO20.05ppm、NO1.45ppm、照射:CO九五ppm、炭化水素二四ppm、NO20.94ppm、NO0.19ppm、オゾン0.20ppm)、SOx(SO20.42ppm、硫酸0.09mg/m3)及び両者混合物の約六八か月間にわたるイヌに対する曝露において、照射排出ガスとSOx混合群では近位の気腔拡大が、非照射排出ガス及びこれとSOxとの混合群では細気管支無線毛細胞増殖がそれぞれ強く認められている(Hydeら・一九八〇)。

(2) 排出ガス(CO四〇ppm〜六〇ppm、炭化水素五ppm〜八ppm、NO2+NO0.6ppm〜2ppm)のマウスへの一か月間曝露(三時間/日、五日間/週)では、気管支周囲組織と肺胞壁の浮腫、肺胞壁血管の充血及び末梢気管支上皮細胞の増殖をきたしている(中島ら・一九七二)。

(3) 重油燃焼生成物のラット生涯曝露において、粒子状物質濃度0.5mg/m3以上で、上皮増殖を伴った気管支炎及び汎細気管支炎並びに初期肺気腫像が生じている(河合ら・一九七三)。

(4) 米国ロスアンゼルス、リバーサイド地区における二年間のマウスの野外曝露においては、急性及び慢性肺臓炎の発生頻度が増加していた(Gard-nreら・一九七〇)。

(5) 大阪における約二年間のマウスの野外曝露においては、黒色粉じんの沈着、異物多核細胞の出現、鼻粘膜杯細胞や気管支腺の増加及び末梢気管支上皮の増殖が認められている(丘ら・一九八二)。

2 肺生理学的影響

(一) 二酸化窒素

(1) NO20.8ppm及び2.0ppmのラット生涯期間にわたる曝露中に、呼吸数が増加している(Freemanら・一九六六・一九六八)。

(2) 肺気流抵抗上昇とFRC増加が、NO2八ppm〜一二ppm三か月間曝露のウサギで認められたが(Davidsonら・一九六七)、NO2と五ppm5.5か月(7.5時間/日、五日間/週)曝露のモルモット、NO25.4ppm三〇日間(三時間/日)曝露のラットによっては認められていない(Freemanら・一九六八)。

(3) 末梢気道抵抗上昇は、NO2三〇ppm〜三五ppm七日間〜一〇日間曝露を受けたハムスターにより示されているが(Niewohnerら・一九七三)、NO25.4ppm三〇日間(三時間/日)曝露のラットでは否定的である(Yokoyamaら・一九八〇)。

(4) NO2と四ppm、三か月間及びNO20.4ppm九か月間曝露を受けたラットにおいて、動脈血酸素分圧の低下が認められているが、動脈血二酸化炭素分圧は変化していない。

なお、NO20.04ppm九か月間曝露によっては変化は認められていない(鈴木ら・一九八一、一九八三)。

(5) NO20.64ppmとNO0.25ppmの混合ガスのイヌに対する長期曝露において、一八か月目には肺機能に異常はなかったが(Vaughanら・一九六九)、六一か月目には肺一酸化炭素拡散能と呼気ピーク流量の低下が認められている(Lewisら・一九七四)。これらのイヌは、その後二年間清浄大気内に置かれた場合、対照群とは異なり、肺一酸化炭素拡散能の低下傾向と動肺コンプライアンス増加の傾向を示している(Gillespieら・一九八〇)。

(二) 二酸化硫黄

(1) サルにおけるSO20.14ppm、0.64ppm、1.28ppm及び5.12ppm七八週間曝露によっては、肺機能(換気力学、換気分布、肺一酸化炭素拡散能、動脈血ガス分圧)に異常は認められていない(Alarieら・一九七二・一九七三・一九七五)。

(2) SO25.1ppm二二五日間曝露を受けたイヌにおいては、肺気流抵抗の上昇と動肺コンプライアンスの低下が、また、六二〇日間曝露によっては吸気分布の異常が認められている(Lewisら・一九六九)。

(三) 粒子状物質

(1) サルの七八週間連続曝露においては、硫酸エーロゾル4.79mg/m3(MMD0.73μ)及び2.43mg/m3(MMD3.60μ)により、換気分布の悪化、呼吸数の増加又は動脈血酸素分圧の低下が認められているが、0.48mg/m3(MMD0.54μ)、0.38mg/m3(MMD2.15μ)によっては肺機能に変化は認められていない(Alarieら・一九七三)。

(2) モルモットの0.9mg/m3(MMD0.49μ)(Alarieら・一九七五)、0.1mg/m3(MMD2.78μ)(Alarieら・一九七三)の五二週間連続曝露において、換気力学や一酸化炭素摂取度に異常は観察されていない。

(3) イヌの0.9mg/m3(九〇%は0.5μ以下)二二五日間曝露(Lewisら・一九六九)では、肺一酸化炭素拡散能の低下が、六二〇日間曝露(Lewisら・一九七三)では、さらに加えて肺気流抵抗の上昇や肺気量の減少が認められている。

(4) 前記形態学的影響の項での硫酸エーロゾル、二酸化硫黄及びフライアッシュの二種又は三種混合物のサルに対する七八週間曝露によって、肺機能(換気力学、換気分布、肺一酸化炭素拡散能、動脈血ガス分圧)に異常は観察されていない(Alarieら・一九七五)。

(5) 短期曝露の結果ではあるが、各種硫酸塩エーロゾルのモルモットの肺気流抵抗上昇作用は、硫酸を一〇〇とした場合、硫酸亜鉛アンモニウム三三、硫酸第二鉄二六、硫酸亜鉛一九、硫酸アンモニウム一〇であり、硫酸水素アンモニウム、硫酸銅、硫酸第一鉄、硫酸ナトリウムでは極めて弱いか、認められない(Amdurら・一九七八)。

(四) その他

前記形態学的影響の項でみた自動車排出ガス(非照射:R、照射:I)、SOx及び両者の混合物のイヌに対する長期曝露において、六一か月目には、R群及びR+SOx群で残気量の増加、I群及びI+SOx群で呼気気流抵抗の上昇が認められているが、自動車排出ガスとSOxを混合しても各々の作用を増強することはなかった(Lewisら・一九七四、Gillespieら・一九八〇)。

3 肺生化学的影響(二酸化窒素)   (一) NO2五ppm一〇日間曝露のラットにおいて、肺における過酸化脂質の増加がTBA法によって認められた(市川ら・一九八一)。

(二) NO2四ppmの九か月並びに0.4ppm及び四ppmの八か月間曝露のラットにおいて、肺のTBA値の増加が、NO20.04ppm、0.4ppm及び四ppmの九か月間及び一八か月間曝露を受けたラットのすべての群において、呼気エタン濃度に基づく過酸化脂質はdose-depen-dentに有意な増加を示した(Sagaiら・一九八四)。

(三) ラットに対するNO20.4ppm、1.3ppm及び四ppmの曝露により、肺還元型グルタチオン(GSH)量は、四ppm曝露群でのみ一週間目より増加し始め(河田ら・一九八一)、さらに、0.04ppm、0.4ppm及び四ppmの九か月間、一八か月間及び二七か月間曝露によっても、四ppm群のみで有意な増加が示された(河田ら・一九八〇)。

(四) 肺GPO活性は、NO20.4ppm、1.2ppm及び四ppmの四か月間曝露を受けたラットでは、いずれの群でも有意ではないが、初期に増加傾向を示し、曝露の長期化につれて低下の傾向を示した(Ichinoseら・一九八二)。

(五) マウスに対するNO2一ppmの一七か月間曝露により、GPO活性は各種臓器で低下しており、この傾向はビタミンE欠食摂取群で顕著であった(Ayazら・一九七八)。

(六) ラットに対するNO20.04ppm、0.4ppm及び四ppmの九か月間及び一八か月間曝露においては、肺GPO活性は、0.4ppm一八か月間、四ppm九か月間及び一八か月間曝露群において低下し、グルタチオンS―トランスフェラーゼ活性も、0.4ppm及び四ppm一八か月間曝露群において低下した。一方、GR及びG6PD活性は、四ppm曝露群において上昇した(Sagaiら・一九八四)。

(七) 肺のリン脂質脂肪酸組成の変化が、NO2四ppmの九か月間、一八か月間及び二七か月間曝露を受けたラットで認められ、0.4ppm及び0.04ppm群でも同様の傾向がみられている(小林ら・一九八〇)。

(八) NO20.5ppmとNO20.05ppmの混合ガス一二二日間間欠曝露(八時間/日)のモルモットにおいても、肺リン脂質組成変化が認められている(Trzeciakら・一九七七)。

(九) 肺レシチン又はその他のリン脂質画分への14C―酢酸の取り込みは、NO20.15ppm曝露では変化がなかったが、NO20.15ppmとオゾン0.15ppm混合ガスによっては、曝露一週間にわたり低下した(瀬戸ら・一九七五)。

(一〇) モルモットに対するNO21.1ppm一八〇日間間欠曝露(八時間/日)で、ヘキソサミンの減少、シアル酸の増加(Drozdzら・一九七七a)とともに肺コラーゲン量の減少が認められた(Drozdzら・一九七七b)。

(一一) NO21.21ppm+NO20.37ppm、又はNO20.27ppm+NO22.05ppmをイヌに五年間曝露した場合、肺のプロリンヒドロキシラーゼ活性は顕著に増加したが、肺のコラーゲン含量は変わらなかった(Orthoeferら・一九七六)。

(一二) NO20.25ppmの二四日間〜三六日間間欠曝露(四時間/日、五日間/週)を受けたウサギにおいて、肺コラーゲン線維の構造変化が認められているが、これは中止後七日目では元に復している(Buellら・一九七〇)。

(一三) 尿中ハイドロキシプロリン排泄増加は、NO21.1ppm一八〇日間間欠曝露(八時間/日)を受けたモルモットで認められ(Drozdzら・一九七七b)、ラットのNO20.1ppm〜0.5ppm曝露においても一定期間は認められている(笠原ら・一九七九)。

4 気道感染抵抗性に関する影響

(一) 短期・単独曝露

気道感染に対する抵抗性変化を直接的に示す報告の内、短期曝露下におけるものは極めて数多く報告されており、これらの内で最低濃度は以下のとおりである。

(1) マウスに対するNO23.5ppm二時間曝露(Ehrlichら・一九六六)、NO21.5ppm八時間曝露において、肺炎桿菌感染による死亡率の増大をきたした(Ehrlichら・一九八〇)。

(2) マウスに対するNO22.0ppm三時間曝露において、化膿性連鎖球菌感染による死亡率の増大をきたした(Ehrlichら・一九八〇)。

(3) マウスに対するNO22.3ppm一七時間曝露において、吸入黄色ブドウ球菌に対する肺殺菌能の低下をきたした(Goldsteinら・一九七三)。

(4) 四mg/m3までの硫酸塩粒子のマウスへの三時間曝露時に、その後の化膿性連鎖球菌感染による死亡率は量―反応関係をもって増加したが、死亡率を二〇%増加させる濃度は、硫酸カドミウムでは0.2mg/m3、硫酸銅では0.6mg/m3、硫酸亜鉛では1.5mg/m3、硫酸アルミニウムでは2.2mg/m3、硫酸亜鉛アンモニウムでは2.5mg/m3、硫酸マグネシウムでは3.6mg/m3であった(Ehrlichら・一九八〇)。

(二) 短期・混合曝露

(1) オゾン0.05ppm、0.1ppm及び0.5ppmとNO21.5ppm、2.0ppm、3.5ppm及び5.0ppmのマウスに対する三時間間欠曝露時の化膿性連鎖球菌感染死亡率をみると、両ガスの作用は相加的であった(Ehrlichら・一九七七)。

(2) オゾン0.1ppm三時間曝露、次いで硫酸エーロゾル0.9mg/m3二時間曝露を継続するとき、化膿性連鎖球菌感染死亡率は相加的に増加している(Gardnerら・一九七八)。

(3) 自動車排出ガス(照射)についての報告は、これまでのところ排出ガス(NO20.2ppm〜0.3ppm、CO二五ppm、オキシダント0.15ppm)四時間曝露によるマウスの連鎖球菌感染死亡率の上昇を除けば少ない(Coffinら・一九六七)。

(三) 長期・単独曝露

同種の実験における長期曝露の影響としては以下の報告がある。

(1) NO2五ppm及び一〇ppmに一か月間又は二か月間曝露されたリスザルにおいては、肺炎かん菌の吸入感染を受けた場合、剖検時における菌の肺内残存例が増加し、また、インフルエンザウイルス感染を受けた場合には、対照群には見られなかった死亡例が発生した(Henryら・一九七〇)。

(2) NO2一ppm六か月間連続曝露を受けたモルモットでは肺炎双球菌による(Kosmiderら・一九七三)、また、NO20.5ppmの三か月間連続又は六か月以上の間欠曝露(六時間/日、五日間/週)を受けたマウスでは肺炎かん菌による(Ehrlichら・一九七七、Henryら・一九六八)吸入感染死亡率が増加している。

(3) SO2一〇ppm二〇日間曝露(六時間/日)のラットにおいては、大腸菌エーロゾル吸入時の肺内殺菌能に変化はない(Rylanderら・一九六九)。

(4) SO2五ppm一か月間〜三か月間連続曝露を受けたマウスにおいては、化膿性連鎖球菌による死亡率に有意の変化は認められない(Ehrlichら・一九七八)。

(5) インフルエンザウイルスに感染せしめたマウスをSO2に七日間曝露したとき、七ppm〜一〇ppmにおいてその肺炎の程度は増強する(Fair-childら・一九七二)。

(6) SO2一ppm二五日間間欠曝露(七時間/日)は、ラットにおける肺クリアランスを遅延せしめる(Ferinら・一九七二)。

(7) SO2一ppm一年間間欠曝露(1.5時間/日、五日間/週)は、イヌにおける気道粘液流速を遅延せしめる(Hirschら・一九七五)。

(四) 長期・複合曝露

(1) マウスに対するNO22.0ppmとオゾン0.05ppmの混合ガス一週間〜四週間間欠曝露(三時間/日、五日間/週)では、化膿性連鎖球菌の感染死亡率を上昇せしめている(Ehr-lichら・一九七七)。

(2) また、NO20.5ppmとオゾン0.1ppmの混合ガスへの一か月間〜六か月間間欠曝露(三時間/日、五日間/週)後、肺炎連鎖球菌を吸入感染させるとき、その死亡率は、感染後ガスに一四日間再曝露した場合が著しく高かった。なお、混合ガスに曝露していない二一時間にNO20.1ppmに曝露した群と清浄空気に曝露した群とで感染死亡率を比較した場合、曝露三か月間以内では前者の方が低値であった(Ehrlichら・一九八〇)。

(3) 炭粉表面にSO3を凝縮したもの―acid-coated carbon(H2SO41.4mg/m3+carbon1.5mg/m3)―の間欠曝露(三時間/日、五日間/週)を受けたマウスのインフルエンザウイルス感染による死亡率は、四週間曝露では差は認められないが、二〇週間曝露では対照群三六%に対し四五%と上昇した(Fenterら・一九七九)。

5 免疫に対する影響

気道感染抵抗性に関する要因として免疫に注目した場合、特に長期曝露の影響としては以下のような報告がある。

(一) マウスに対するNO20.9ppm四〇日間曝露(中村ら・一九七一)、また、0.4ppm、1.0ppm及び6.4ppm四週間曝露(Fu-jimakiら・一九八二)は、羊赤血球(SRBC)投与時の脾臓におけるplaque形成細胞(PFC)数では6.4ppmは亢進し、他は抑制を示した。一方、二次反応では、1.6ppmのみが亢進を示した。

(二) マウスに対するNO20.1ppm(0.25ppm、0.5ppm、1.0ppmのピーク濃度を三時間/日付加)及びNO20.5ppmの一二か月間曝露は、脾臓における植物性血球凝集素(PHA)反応をきたしている(Maigetterら・一九七八)。

(三) マウスに対するシリカ四九三二μg/m3の三九週間曝露(Burnsら・一九八〇)及びシリカ四七七二μg/m3の七日間〜三〇〇日間曝露(Scheuchenzuberら・一九八二)は、大腸菌エーロゾル投与時の脾臓におけるPFC数及び血清抗体値の低下をきたした。

(四) 五五八μg/m3炭素粒子の一九二日間間欠曝露(一〇〇時間/週)も同様な影響をきたした。ただし、縦隔リンパ節の数の反応は必ずしも抑制されていない(Zarkowerら・一九七二)。

(五) 前記のacid-coated car-bon(H2SO41.4mg/m3+carbon 1.5mg/m3)の二〇週間間欠曝露(三時間/日、五日間/週)において、SRBC投与に対する脾臓のPFC数は曝露途中に変動はあったが、二〇週目には低下し、しかもその低下はCARBON単独曝露によるそれよりも大であった(Fenterら・一九七九)。

6 気道反応性に対する影響

(一) 二酸化窒素

(1) NO27.5ppmの二時間曝露により、ヒツジのカルバコール・エーロゾルに対する気道反応性は一〇匹中五匹について上昇した(Abrahamら・一九八〇)。

(2) モルモットにNO2七ppm〜一四六ppmを一時間曝露したとき、その直後にはヒスタミンエーロゾルに対する気道反応性がNO2濃度に比例して亢進している。ただし、この反応は二時間後にはほとんど認められていない(Silbaughら・一九八一)。

(二) 二酸化硫黄

SO2一ppm、二ppm、五ppm及び一〇ppmの一時間曝露は、イヌのアセチルコリン反応性を上昇せしめるが、最大効果は二ppm曝露時であり、一〇ppm曝露の効果は最小であった(Islamら・一九七二)。

(三) 粒子状物質

(1) 硫酸エーロゾル四mg/m3〜四〇mg/m3に一時間曝露したとき、強く反応するモルモットとそうでないものが存在し、前者においてのみヒスタミン・エーロゾルに対する気道感受性が曝露後一九時間まで亢進していた(Sil-baughら・一九八一)。

(2) ヒツジに四mg/m3の九種硫酸塩エーロゾルを四時間曝露したとき、カルバコールに対する気道反応性は、硫酸亜鉛アンモニウムと硫酸亜鉛によってのみ上昇している(Abrahamら・一九八一)。

(3) 1.9mg/m3硫酸ミストに三〇分間、一四回の曝露と共に経気道アルブミン感作を受けたモルモットは、アルブミン感作のみの動物よりアセチルコリン・エーロゾル反応性が亢進している(Kitabatakeら・一九七九)。

三 その他の知見

中島泰知教授(元大阪府立公衆衛生研究所)らは、その論文(甲七五七、七五九、九二一、九二二、九二三、九二九)において、大気汚染の生体影響に関する動物実験の結果をまとめている。

1 「窒素酸化物による大気汚染と生体影響」(甲九二九)〜NOxと他の汚染物質との複合影響について

(一) 2.5ppmNO2と2.5ppmのSO2の混合曝露の場合、呼気及び吸気抵抗に複合的な効果がみられ、NO2(三〜四〇ppm)とエーロゾルの同時吸入により気道抵抗値は相乗的に増加する(中村・一九六四)。

(二) 比較的高濃度のNO又はNO2とCOの混合曝露による急性実験では、血液中のCOヘモグロビンがCO単独曝露時より増加するという報告があるが、低濃度の混合曝露(NO20.2〜0.8ppm+CO50ppm1.5か月)では増加はみられていない(中島、楠本・一九七〇)。

(三) 慢性肺不全のラットでSO20.055ppm+NO20.055ppm90日、24時間、SO20.3ppm+NO20.25ppmにより抗筋クロナキシー、血液酵素活性(コリンエステラーゼなど)に相加的影響が認められる(Shalamberidze・一九七一)。

2 「慢性気管支炎の病因としての大気汚染」(甲七五九)、「窒素酸化物および光化学スモッグの生体影響に関する実験的研究―一〇年の歩み」(甲七五七)

(一) マウスを用いたNO21.0〜1.5ppm曝露実験

(1) NO2曝露一か月群。気管では粘膜上皮の増殖、膨化及び剥離が著名で、粘液分泌の亢進も顕著であった。粘膜下組織は浮腫状で毛細血管の拡充がみられたが、炎症細胞の浸潤は不著明であった。肺では大きい気管支に巣状に被覆上皮の剥離がみられた。気管支の分岐部では増殖、変性して剥離した上皮や崩壊物、さらに粘液塊が特によく観察された。細小気管支では管腔に剥離した上皮が充満し、そのために管腔が閉塞されるのがみられた。

(2) NO2一か月曝露後、清浄空気で一か月飼育群。気管においては粘膜層は正常の上皮の配列がみられず、上皮は繊毛を失い、空胞化、膨化などの変性を示し、あるいは剥離して小さなびらんをつくるものがあった。また、全例に単球、リンパ球の著名な浸潤がみられた。

(3) NO2一か月曝露後、清浄空気で三か月飼育群。気管では、前群に認められたリンパ球の浸潤は五例中二例が軽減し、三例が消失していた。肺の細小気管支では、上皮の増殖、剥離の著しいものもあるが、その変化は軽減ないし消失しているものが多かった。また、五例中三例に気管支を取り巻いてリンパ球の浸潤がみられた。

(二) マウスを用いたNO20.3〜0.5ppm曝露実験

(1) NO2と六か月曝露群。気管の粘膜層は浮腫が高度であって、上皮の空泡変性、増殖及び剥離が著名に観察された。粘膜下組織には軽度の浮腫、うっ血がみられた。肺では、剥離性気管支炎の像が著明で、細小気管支で剥離細胞や粘液分泌物で管腔が充満されるのがよくみられた。

(2) NO2六か月曝露後、清浄空気で一か月飼育群。気管の粘膜層にはなお浮腫、上皮の変性がみられた。その他に全例に単球、リンパ球の浸潤が観察された。この細胞浸潤は粘膜下組織にも高度に認められた。肺では、細小気管支の粘液分泌亢進、上皮の増殖、剥離はなおみられたが、気管支周囲のリンパ球の浸潤が五例中三例に観察された。他の一例にはリンパ装置の肥大がみられた。肺胞腔の拡張は二例に認められた。すなわち、前実験に比べて低濃度で長期間曝露した動物の呼吸器の変化が高度であった。

(3) NO2六か月曝露後、清浄空気で三か月の飼育群。気管の粘膜上皮には偏平上皮化生の認められるものがあった。粘膜層と粘膜下組織にはリンパ球の浸潤が全例(五例)にみられた。肺では、細小気管支の上皮の剥離、粘液亢進がみられるものもあったが、多くではこのような像は消退していた。しかし、肺胞腔の拡張はよく観察され、気管支周囲をリンパ球、単球が取り巻く像は見られないようになったが、肺胞隔にリンパ球の浸潤巣が残っているのがよく認められた(甲七五九、陳・中島)。

(三) これに対し、被告らは、前倉・魚住らのラットのSO2曝露実験(乙(キ)三〇八―前倉ら・一九九一)を取り上げて、中島の右動物実験を批判する。

前倉らは、ラットをNO2三〇ppm、一日八時間、三一日間曝露し、曝露後、八日間、二八日間、九一日間、一八三日間、三〇〇日間清浄空気によって飼育した。その結果、形態学的観察により、NO2曝露により生じた肺病変(気管支から終末細気管支にかけての上皮細胞の線毛の短小化と消失、上皮の増生と肥大、杯細胞の増生、肺胞道壁の線維性肥厚、肺胞道近傍の線維化病巣、肺胞腔の拡大など)は、NO2曝露を止めることにより回復することがわかった。NO2による肺病変は可逆的であることがわかった、とされている。

被告らは、陳らが前記病変を非可逆的としている点について、ラットはマウスに極めて近い種であるから、可逆的か非可逆的かの知見の差は動物の種差によるものとは理解できず、陳らの実験は前倉らの実験の約一八年前であり、感染対策が不十分であったため、感染による影響を無視できず、陳らの実験でみられたリンパ球の浸潤は感染によるものと理解できると主張する。

しかし、中島証人はマウス・ラット等にみられた形態学的変化を非可逆的とは証言していない。また、動物実験において、曝露が中止された場合、形態学的変化について可逆性があるとしても、そのような変化が曝露継続により非可逆的になる可能性を否定することはできない。

陳らの実験結果、前倉らの実験結果は、それぞれの時期・条件下での動物実験として意味があるとともに、それ以上の一般性をもつかどうかはさらに検討を要する。

3 「都市街路沿道における長期野外動物曝露実験」(甲九二三)

(一) 昭和五二年から大阪市内、市道都島阿倍野線(四車線)に面する大阪市立桃山病院の街路沿いに設置した二基の野外曝露チェンバーの一方(Aチェンバー)には外気を送り、他方(Bチェンバー)には粒子フィルターによって除塵した空気を送り、さらに右チェンバーの位置から直交距離約五〇メートルの近接建物内のチェンバー(Cチェンバー)には浄化空気を送った。これらにマウス三群各一二〇匹を収容し、およそ二年間飼育して、次の結果を得た。

Aチェンバーのみにみられた所見は、肺における黒色粉じん貪食遊走細胞の出現、黒色粉じんの組織内沈着、ときに異物多核細胞の出現及び少数の肉芽腫様変化の発生であった。A・Bチェンバーの両者に共通にみられた所見は、鼻粘膜のgoblet細胞の増加、気管腺の増加、末梢気管支上皮の増生、肺胞壁の浮腫性肥厚及び赤血球系の軽度の貧血傾向であった。また、実験期間中の体重変化及び半数生存期間では、各群間に有意の差を認めなかった。

なお、この実験が行われた地点の曝露期間中の平均大気汚染レベルは、SO20.018ppm(100%)、NO20.051ppm(77%)、浮遊粒子状物質97.6μg/m3(68%)である(かっこ内は、チェンバー外大気に対するA・Bチェンバー内濃度の割合)。

(二) これに対し、被告らは、A・BチェンバーとCチェンバーとのNO2濃度の影響の比較をするのであれば、NO2濃度以外のすべての条件を可能な限り同一にすべきであるが、設置場所、給気、騒音、排泄処理等についてA・BとCチェンバーとは差がありすぎる。また、このような実験の結果の評価については、野外曝露での汚染物質以外の他の要因(例えば、感染対策の相違点、騒音・温湿度の変動などの相違点)の影響を考慮する必要があると主張する。

しかし、動物実験、特に本件のような長期にわたる野外曝露実験は、物理的な制約の下で行わざるをえず、その制約下での実験結果として評価することになる。また、中島らは、A・Bチェンバー内濃度は(外気より)低下し、平均濃度は約0.04ppmレベルと見積られ、本実験の結果では、末梢気管支上皮増生を起こす実験室内NO2曝露の下限濃度として、これまでに知られているレベルより著しく低い右濃度で同様な所見が認められたとするが、その理由として、現実の汚染大気中のNO2とその他の種々のガス状成分の複合効果や、右平均濃度を超えた濃度の影響が蓄積した可能性等が考えられるとしている(甲九二三・八六頁、中島証言・主尋問一五二項)。

四 動物実験の評価

六一年専門委員会報告は、哺乳動物は解剖学的、生理学的、生化学的に類似しており、その曝露実験結果は人における影響の機構の解明や、量―影響関係の存否の判断の助けとなり、さらには人における量―影響関係の推測を可能とするものと考えるとする(甲六三六・二二四頁)。五三年専門委員会報告も、人口集団の健康保護のための濃度条件を考察する際、疫学的研究と動物実験、人体負荷実験等の実験室的研究とを併せ評価している(甲二九・八八頁)。

動物実験は、疫学調査から得られた知見が生物学的妥当性をもつかどうかを検討するためのもので、既存の医学知識との整合性を担保し、疫学的因果関係の推定のために利用される。その意味で、動物実験の実験条件が大気中の汚染濃度より高くてもさしつかえない。動物実験の結果は、その結果から直ちに汚染物質と人の健康影響との因果関係を認定できるものではないが、人においても同種の影響が起こりうるであろうという定性的な推定を可能とするものである。

第七人への実験的負荷研究

一 昭和四三年専門委員会報告時の知見

「亜硫酸ガス(いおう酸化物)の環境基準設定のための資料と考察」(甲七六〇)にまとめられた「人間に及ぼす影響(実験)」のうち主要なものの要旨は次のとおりである(SO2曝露濃度―曝露期間―影響の順序に従って記載する)。

1 0.5〜0.7ppm―一秒間―感受性の高い人でのにおいの閾値(Dubrovskaya・一九五七)。

2 一ppm―被験者一〇〜一四人:約七五%が悪臭と味を感じる(Henschler・一九六〇)。

3 2.5ppm―被験者一〇〜一四人:すべてが味を感じ、三〇分の曝露ですべてのものが不快を感じる(Henschler・一九六〇)。

4 三ppm―慣れていない者二八人のうち一〇人に異物感、及び硫黄の燃える様な臭気を感じ、慣れている者の三二人のうち三〇人がSO2の存在を認める(Holmes・一九一五)。

5 三〜四ppm―訓練を受けた者がSO2の臭いを認めることのできる濃度(Holmes・一九一五)。

6 四〜五ppm―未訓練者がSO2の臭いを認めることのできる濃度(Holmes・一九一五)。

7 五(四〜七)ppm―一〇分―気流抵抗は三九%増加した(Frankら・一九六二)。

8 五ppm―せきが出る(Hen-schlerら・一九六〇)。

9 五ppm―一時間―気管収縮をおこす(CaliforniaStandardsofAm-bient AirQuality)。

10 一〇〜一五ppm―気道灼熱感、せき及び胸部圧迫感あり。脈拍数、呼吸数は大多数の者に一〇%増加した(伴野・一九六一)。

11 一三ppm―気流抵抗は七二%増加した(Frankら・一九六二)。

12 一五〜三〇ppm―粘性抵抗は七六%、換気粘性仕事は一五二%上昇し、終了後一〇分間も高い値が続いた。肺圧縮率は不変、spirometry及びピークフロー値には著変は認めなかった(横山・一九六三)。

13 二〇〜四五ppm―気道灼熱感、せき及び胸部圧迫感が著明、中にラッセル音を聴取する者がある(伴野・一九六一)。

14 二五ppm―線毛運動五〇%低下(Cralley・一九四二)。

二 昭和六一年専門委員会報告時の知見

昭和六一年専門委員会報告(甲六三六)にまとめられた人への実験的負荷的研究について、二酸化窒素、二酸化硫黄及び粒子状物質を中心としてみると次のとおりである。

1 自覚症状への影響

(一) 正常者

(1) 二酸化窒素

(イ) 臭いは、0.12ppmくらいから認められる(Henshlerら・一九六〇)。

(ロ) 咽頭痛、せき、胸部絞扼感や胸痛は、間欠的運動下での二時間曝露では1.0ppmくらいから認められる(Hackneyら・一九七八)。

(2) 粒子状物質

硫酸エーロゾルでは、1.0mg/m3くらいから咽頭の刺激感を認める(Bushtuevaeら・一九五七)。

(二) 呼吸器疾患患者(二酸化窒素)

(1) NO20.5ppmへの二時間曝露では、一三人の気管支ぜん息患者のうち、三人が胸部絞扼感、一人が運動中に呼吸困難、一人が軽度の頭痛、二人が目の刺激感を認め、七人の慢性気管支炎患者のうち、一人が鼻汁を認めたが、著者らはこれらの変化がNO2への曝露によるものかどうかは疑問であるとしている(Kerrら・一九七九)。

(2) NO20.2ppmへの間欠的運動下での二時間曝露では、三一人の気管支ぜん息患者の呼吸器症状を主にした自覚症状スコアの増加が認められたが、著者らはこの増加はNO2によるものとは思えないと報告している(Kleinmanら・一九八一a)。

2 肺機能への影響

(一) 正常者

(1) 二酸化窒素

間欠的運動下での二時間曝露では、NO20.05ppmに曝露された一〇〜一二人の各種肺機能のうち、一部の指標で曝露濃度・影響関係からみて意義の不確かな変動がみられるようになり(Kerrら・一九七九、香川ら・一九八一)、1.0ppmに曝露された一六人では再現性に乏しいが、FVCの減少や一部の者に動肺コンプライアンスの減少がみられるようになる(Hack-neyら・一九七八)。

(2) 粒子状物質

(イ) 硫酸エーロゾルでは、間欠的運動下での二時間曝露では、0.4mg/m3くらいから各種肺機能のうちで一部の指標で曝露濃度・影響関係からみて意義の不確かな変動がみられるようになり、0.939mg/m3の濃度に曝露された一一人では、FEV1.0の減少がみられた(Horvathら・一九八二)。

(ロ) 0.98mg/m3の濃度のエーロゾルをマスクで一時間吸入した一〇人では、気道のクリアランスの増加がみられた(Newhouseら・一九七八)。

(ハ) 硝酸塩エーロゾルでは、間欠的運動下で0.295mg/m3濃度の硝酸アンモニウムに二時間曝露された二〇人では、各種肺機能に影響が認められない(Kleinmanら・一九八〇)。

(二) 呼吸器疾患患者

(1) 二酸化硫黄

(イ) 気管支ぜん息患者が、アトピー患者(アレルゲン皮内反応検査で二つ以上のアレルゲンに陽性反応を示し、ぜん鳴の既往のない者)や正常者に比べ、より低い濃度への曝露で気道狭窄が起こることが示されている(She-ppardら・一九八〇、Crippsら・一九八二)。

(ロ) 運動負荷下で経口吸入をさせた場合には、SO2に反応を示す患者の一部では、0.10ppmの一〇分間の吸入でもSRawの有意な増加が起こることが示されている(Sheppardら・一九八一)。

(ハ) SO20.1ppmでも、乾燥冷気下での過換気状態での経口吸入は、乾燥冷気は気道狭窄の効果を高める可能性がある(Sheppardら・一九八四)。

(2) 二酸化窒素

気管支ぜん息患者を対象にした研究では、

(イ) マスクでNO21.0ppmを四時間吸入したときの六人の各種肺機能には変化は認められない(Sacknerら・一九八一)。

(ロ) 間欠的運動下でのNO20.5ppmの濃度に二時間曝露された一三人の各種肺機能に変化は認められなかったが、七人の慢性気管支炎患者群を含めた患者グループとしてみると、静的コンプライアンス、TLC、RV及びFRCの増加を認めたが、筆者らはこれらの変化がNO2への曝露によるものかどうかは疑問であると報告している(Kerrら・一九七九)。

(ハ) 間欠的運動下でNO20.2ppmの濃度に二時間曝露された三一人では、有意ではないが呼吸抵抗の増加とFEVの減少が認められた(Kleinmanら・一九八一a)。

(ニ) NO20.1ppmの濃度に一時間曝露された二〇人のうち、一三人ではSRawのわずかではあるが有意な増加が認められた(Orehekら・一九七六)。

(ホ) 同濃度に同時間曝露された一五人では、有意ではないが小さな増加が認められた(Hazuchaら・一九八三)。

(3) 粒子状物質

(イ) 硫酸エーロゾルでは、間欠的運動下で0.075mg/m3の二時間曝露された六人の気管支ぜん息患者の各種肺機能に変化は認められなかったが、個人別にみると二人がRtの増加を示した。

経口吸入では、硫酸エーロゾル0.5mg/m3の濃度を一六分間吸入させられた一五人の気管支ぜん息患者では、SGawの有意な低下が認められた(Utellら・一九八一)。

(ロ) 硫酸エーロゾル1.0mg/m3の濃度を一〇分間吸入させられた六人の気管支ぜん息患者の各種肺機能に有意な変化は認められなかった(Sacknerら・一九七八)。

(ハ) 硫酸塩エーロゾルでは、0.0156mg/m3の硫酸亜鉛アンモニウムに間欠的運動下で二時間曝露された一九人の気管支ぜん息患者の各種肺機能で、いくつかの指標で有意な変化がみられたが、一定の傾向は認められなかった。しかし、個人的にみると、三人にFEVの減少がみられた(Linnら・一九八一)。

(ニ) 0.096mg/m3の硫酸第二鉄に間欠的運動下で二時間曝露された一八人の気管支ぜん息患者の各種肺機能には、有意な変化は認められなかったが、個人的にみると四人が肺機能において小さいが有意な減少が認められた(Kleinmanら・一九八一b)。

(ホ) 間欠的運動下で二時間、0.085mg/m3の硫酸水素アンモニウムに曝露された六人の気管支ぜん息患者及び0.100mg/m3の硫酸アンモニウムに曝露された五人の気管支ぜん息患者について、各種肺機能で有意な低下を示す変化は認められなかった(Avolら・一九七九)。

(ヘ) 経口吸入では、1.0mg/m3の硫酸水素ナトリウム又は硫酸水素アンモニウムを一六分間吸入した一五人の気管支ぜん息患者では、硫酸水素アンモニウムでSRawとFEV1.0の有意な低下が認められた(Utellら・一九八一)。

(ト) 硝酸塩エーロゾルでは、0.189mg/m3の硝酸アンモニウムに間欠的運動下で二時間曝露された一九人の気管支ぜん息患者の各種肺機能に、有意な変化は認めれなかった(Kleinmanら・一九八〇)。

(チ) 経口吸入では、1.0mg/m3の硝酸ナトリウム又は硝酸アンモニウムを一〇分間吸入した一五人の気管支ぜん息患者では、各種肺機能に有意な変化は認めれなかった(Sacknerら・一九七九)。

3 血液生化学的分析値への影響(正常者・二酸化窒素)

(一) 間欠的運動下で、NO2一ppmの濃度に2.5時間曝露された一〇人では、アセチルコリンエステラーゼ活性の有意な低下がみられた(Posinら・一九七八)。

(二) NO20.3ppm濃度に二時間曝露された七人では、血漿ヒスタミンの有意な増加がみられた(香川ら・一九八二)。

(三) NO20.2ppmの濃度に二時間曝露された一九人ではGSHの有意な増加がみられた(Chaneyら・一九八一)。

4 気道反応性への影響

(一) 正常者

(1) 二酸化窒素

NO2五ppmの濃度で、二時間曝露では気道反応性の亢進はみられないが、一四時間曝露では亢進がみられる(Beilら・一九七六)。

(2) 粒子状物質

間欠運動下での、0.2mg/m3の硫酸エーロゾルに曝露された七人または0.14mg/m3の硝酸ナトリウムに曝露された八人では、アセチルコリン・エーロゾル吸入に対する気道反応性の亢進がみられない(Kagawaら・一九八五)。

(二) 呼吸器疾患患者

(1) 二酸化窒素

(イ) 間欠的運動下で、NO20.2ppmの濃度に曝露された三一人の気管支ぜん息患者は、約三分の二の患者にメサコリン・エーロゾルに対する気道反応性の亢進がみられた(Kleinmanら・一九八一a)。

(ロ) NO20.1ppmの濃度に一時間曝露された二〇人の気管支ぜん息患者では、一三人にカルバコール・エーロゾル吸入に対する気道反応性の亢進がみられたが、更に四人の患者をNO20.2ppmの濃度に曝露したところ、0.1ppmへの曝露時よりも強い気道反応性の亢進を示したのは一人のみであった(Orehekら・一九七六)。

(ハ) NO20.1ppmの濃度に一時間曝露された一五人の気管支ぜん息患者では、グループとしてみるとメサコリン・エーロゾル吸入に対する気道反応性の亢進はみられなかったが、個人別にみると六人が気道反応性が幾らか亢進していた(Orehekら・一九七六)。

(2) 粒子状物質

(イ) 0.1mg/m3の硫酸エーロゾルを経口吸入で一六分間吸入した一五人の気管支ぜん息患者のうち、二人はカルバコール吸入に対する気道反応性の亢進が見られた(Utellら・一九八一)。

(ロ) 1.0mg/m3の硫酸水素ナトリウム又はアンモニウムを経口吸入で一六分間吸入した一五人の気管支ぜん息患者では、カルバコール吸入に対する気道反応性の亢進はみられなかった(Utellら・一九八一)。

5 気道クリアランス機構への影響(正常者・二酸化硫黄)

三二人について五ppmのSO2又はSO2を含まない空気に四時間曝露後、Rhinovirusを含む液を鼻腔に接種された者の鼻粘膜の線毛運動の速度を調べた報告によると、線毛運動速度は、SO2に曝露されず、また、感染を受けなかった者では有意な減少がみられなかったのに比べ、ウィルスに感染された者も感染されなかった者もSO2に曝露された者では、五〇%近く減少した。感染されたが、SO2に曝露されなかった者では、接種後二日目に減少し始め三〜五日目には五〇%近く減少した(Andersenら・一九七七)。

6 感染抵抗性への影響(正常者・二酸化硫黄)

三二人を二グループに分け、五ppmのSO2又は汚染のない空気に四時間曝露後、Rhinovirusを含む液を鼻腔に接種し、上気道感染率及び鼻洗浄液中のウイルス抗体価を測定したが、有意な差はみられなかった(Andersenら・一九七七)。

7 混合曝露の影響

オゾンに他の汚染物質を混合した場合やSO2にNO2又は食塩エーロゾルを混合した場合の影響が主に肺機能の面から調べられているが、オゾンとSO2の混合曝露以外は明確な増強効果は示されていない。

オゾンとSO2の混合曝露では、各々0.37ppmのオゾンとSO2の混合曝露及び0.15ppmのオゾンと0.15ppm又は0.3ppmのSO2の混合曝露で、オゾン単独曝露に比し肺機能の有意な低下を引き起こすことが示されている(Kagawa・一九八五)。

第八大気汚染と健康被害との関係の評価等に関する専門委員会報告等

わが国の環境基準等を決定する際には、各種の専門委員会が設置され、大気汚染物質と健康被害との関係について多くの検討が積み重ねられている。これらを中心に大気汚染と健康被害との関係についての評価の概要を整理すると次のとおりである。

一 「浮遊粒子状物質による環境汚染の環境基準に関する専門委員会報告」(昭和四五年一二月二五日・生活環境審議会公害部会浮遊ふんじん環境基準専門委員会―甲一二)

1 調査結果の要約

右専門委員会は、地域大気汚染を起こしている汚染物として注目される粒子状物質の大部分は、その原因が石炭・石油系燃料、廃棄物の燃焼等の燃焼過程及び生産過程からの漏洩等に求められ、さらに自動車排気中の粒子状物質が加わると考えられるとしたうえ、浮遊粒子状物質(SPM)による人の健康への影響に関する研究調査資料を可能な限り集め、次のように整理している。

(一) SPMの濃度が六〇〇μg/m3(一二〇〇〜三〇〇μg/m3)になると視程は二Km以下となり、地域住民の中に不快、不健康感を訴えるものが増加する。また交通事故発生に留意せねばならないとされている。一五〇μg/m3(三〇〇〜七五μg/m3)となると視程は八Km以下となり、有視界飛行は困難となるとされている。

(二) 年平均値(二四時間値)一〇〇μg/m3の地区での非特異的非伝染性呼吸器症状(例えば慢性気管支炎症状)の有症率がそれ以下の地区に比べ増加がみられる。

(三) 年平均値(二四時間値)一〇〇μg/m3の地区に居住する学童の気道抵抗の増加がみられる。

(四) 二四時間平均値一五〇μg/m3、一時間平均値三〇〇μg/m3の状態が出現すると病弱者、老人の死亡数が増加する。

(五) 米国における研究によれば年平均値八〇μg/m3から一〇〇μg/m3に増加すると全死亡率の上昇がみられた。

(六) 英国における研究によれば年平均値一四〇μg/m3から六〇μg/m3に改善されたとき地域の「たん」の排出量の著明な減少がみられた。

(なお、右(二)・(三)・(四)はいずれもSOx濃度指標の値が旧環境基準値を超えている地区のものである。)

2 環境基準の提案

右専門委員会は、SPMの人の健康と福祉に及ぼす影響についてのこのような資料に基づき、SPMの濃度条件について、①連続する二四時間の平均一時間値が100μg/m3(=0.1mg/m3)以下であり、②一時間値が200μg/m3(=0.2mg/m3)以下であって、この両条件が常に満足されていなければならないとの提案を行い、その後、昭和四七年一月一一日、右提案どおりの環境基準が告示され、現在に至っている。

二 「窒素酸化物等に係る環境基準についての専門委員会報告」(昭和四七年六月二〇日・中央公害対策審議会大気部会窒素酸化物等に係る環境基準専門委員会―甲一〇)

1 右専門委員会は、NOxは、人の健康への影響はもちろんのこと、視程の障害、大気の着色(赤褐色)等を起こし、そのうち、人及び人の環境基準への影響を考えて注目すべきものはNOとNO2であるが、NOの影響については、動物に対する極端な高濃度曝露では中枢神経系の障害や血球素との強い親和性などが認められているものの、実験手法の困難さのためもあって、人に対しては十分な知識がないとして、主としてNO2の影響に関する資料を以下のとおり整理している。

(一) NO2はSPMの存在と関係なく、呼吸器深部に容易に到達する性質をもっている。一方SPMと共存するときは、気道の気流抵抗の増加という生体反応でみると両者は相加作用をもつことが人の実験で確かめられている。

(二) NO2は古くから呼吸器刺激ガスとして知られ、その中毒は職業病として注目されてきた。動物実験でも、職業病でも高濃度の急性NO2中毒による死因は肺水腫等であり、慢性影響では慢性気管支炎、肺気腫の発病が憂慮されている。

(三) 人はNO20.12ppmで臭いを感知する。この嗅覚値はSO2が共存する場合は低くなる。

(四) NO216.9ppm一〇分間で人の気道の気流抵抗に有意の上昇がみられる。また気流抵抗の増加という反応でみるとSO2とNO2は相加的作用が認められる。

(五) 動物実験では0.5ppm四時間曝露で、肺細胞への影響がみられ、0.5ppm数か月間曝露で細気管支炎、肺気腫の発症が認められる。

(六) 動物実験では、NO2に曝露すると肺炎桿菌、インフルエンザウイルスに対する感受性が高まること、生存期間の短縮、生菌排除能の減弱等が指摘されている。

(七) NO2一〇ppm一日二時間曝露で、インフルエンザウイルスを感染させると間質性肺炎像がみられ、その病理学的所見は曝露日数の増加により高度となる。また、0.5ppm六か月間曝露すると末梢気管支の上皮細胞の反応性増殖が認められ、肺気腫を軽度に認めることができる。これにインフルエンザウイルスを感染させると肺炎像は高度となり、かつ末梢気管支上皮細胞の腺腫様増殖がみられるようになる。この腺腫様増殖には注目しなければならない。

(八) NO2が気管支ぜん息の発症の原因となる可能性が動物実験で示されている。

(九) 地域住民に対し現在程度の濃度で急性又は慢性の影響がどの程度出現しているかの研究は少ない。

(一〇) 米国でSO2汚染がほとんどなくNO2(0.062〜0.109ppm)及び硝酸塩(3.8mg/m3)汚染のある地区の学童のインフルエンザ感染率及び欠席率の上昇が報告されている。

(一一) 慢性気管支炎の有症率の影響調査では、四〇歳以上の成人の慢性気管支炎の有症率は非大気汚染地区で約三%であるが、SO2が0.05ppm(二四時間平均濃度の年間平均値)以下の地区における東京都の男子自治体職員の慢性気管支炎(持続性せき・たん=単純性慢性気管支炎)の有症率(昭和四三〜四六年)は、五%以上を示しており、この場合のNO2濃度は0.042ppm(二四時間平均濃度の年間平均値)以上であった。

(一二) 昭和四五〜四六年の冬季に行われた全国六か所での三〇歳以上の家庭の主婦の持続性せき・たんの有症率調査によれば、有症率とNO2濃度は高い水準の関連性を示した。有症率が四%を超えた地域のNO2濃度は一時間値の測定期間中の平均濃度で0.029ppmであった。なお、成人女子の有症率は成人男子に比べ、低位にあることが広く認められている。

2 環境基準の提案

右専門委員会は、以上のようなNO2の人の健康への影響の資料に基づいて、その影響特に慢性影響が憂慮されていること、さらにSO2との相加作用があることに注目しつつ、地域環境基準大気中のNO2の年間を通じて常に維持されるべき濃度条件として、一時間値の二四時間平均値が0.02ppm以下であることを提案している。そして、環境庁は、右提案に従って昭和四八年五月八日、右提案どおりの環境基準を定めた。

三 「いおう酸化物に係る環境基準についての専門委員会報告」(昭和四八年三月三一日・中央公害対策審議会大気部会いおう酸化物に係る環境基準専門委員会―甲八)

1 調査結果の要約

右専門委員会は、SO2それ自身が大脳生理学的反応、気道抵抗の増大、上気道の病理組織学的変化、呼吸器の細菌、ウイルスによる感染に対する抵抗性の低下等の影響を及ぼし、このようなSOxの呼吸器への影響は、NOx、特にNO2によって加重されることは実験室における研究により証明されているとしている。そして、SOxに係る旧環境基準の設定の際になされた昭和四三年一月の生活環境審議会公害部会環境基準専門委員会報告(以下「旧報告」という)にその後の新しい知見を加えて、地域環境大気中のSO2濃度条件を検討している。

旧報告で整理されているその当時の調査結果((一)〜(三))と本専門委員会が注目した調査結果((四)〜(九))は次のとおりである。

(一) 大阪市における調査によれば、SO2濃度の一時間値の二四時間平均値が0.1ppm以上で死亡数の増大をきたす傾向を示し、日平均値あるいは月平均値0.08ppm以上はともに感受性の強い学童の肺機能を低下させ、三日平均値0.05ppm以上で死亡数が増大する傾向が認められた。

(二) 時間的濃度変化の大きい四日市市においては、年間を通じて日最高値(一時間値)の平均値が0.1ppmで、また一時間値の二四時間平均値の10%が0.07ppmを超えると、気道炎症の有症率が二倍以上に増加し、前一週間の平均値が0.09ppmを超えたときは、学童の気道性疾患による欠席率が平常時の三倍となる。

(三) 地域住民を対象としたBMRC方式による疫学的調査によれば、一時間値の年間平均値が約0.05ppmを超える地区では慢性気管支炎症状の有症率が約五%になり、汚染のまだ生じていない地区と比較すると約二倍に達している。

(四) 北九州地区における調査によれば、二酸化鉛法による昭和三五〜四二年にわたる平均値で1.04mgSO3/100cm2/日の地区においては、0.53mgSO3/100cm2/日の地区に比べ、学童のぜん息様症状の訴え率が二倍認められた。

(五) SO2汚染が急激に悪化した場合の過剰死亡についての大阪市における調査によれば、SO2濃度六日間平均値が0.12ppmの高濃度汚染がみられたときに、特に循環器系疾患を有する者に死亡率が増大した。

(六) 兵庫県赤穂市及び大阪府における調査において、四〇歳以上の成人につき、「せき」と「たん」が三か月以上毎日出る単純性慢性気管支炎症状有症率は、二酸化鉛法で年平均値1.0mgSO3/100cm2/日(導電率法0.032〜0.035ppm相当)以下の地区では約三%であるが、それ以上の値を示す地区では二酸化鉛法による測定値と有症率との間に正の関連性があった。

(七) 全国六か所におけるばい煙等影響調査(対象者三〇歳以上の家庭婦人)では、右と同じ症状の有症率三%は、二酸化鉛法による値が五か月平均で約0.7mgSO3/100m3/日(導電率法0.022〜0.025ppm相当)であった(右の有症率三%は、SO2による汚染が軽微又はほとんどない地区においてみられると考えられるものである)。

(八) 四日市市における閉塞性呼吸器疾患の新規患者の発生数(三年移動平均値)とその年のSO2濃度の年平均値とは、概ね0.04ppmを超えたところでは濃度と発生患者数は正の関連性があり、かつ、一時間平均値0.1ppmを超えた回数が年間概ね一〇%以上測定されたところで、新規患者数は一時間平均値0.1ppmを超えた回数と正の関連性が認められた。

(九) 年少者の呼吸機能特に閉塞性機能低下とSO2濃度との関係は各地の調査で確かめられている。

2 環境基準の提案

右専門委員会は、以上のようなSO2の人の健康への影響に関する資料に基づく総合判断の結果、地域環境基準大気中のSO2について、人の健康を保護するうえで維持されるべき濃度条件(導電率法)を次のとおり提案し、これを受けて、昭和四八年五月八日、右提案どおりの新環境基準が告示され、現在に至っている。

(一) 二四時間平均一時間値に対し

0.04ppm

(二) 一時間値に対し

0.1ppm

なお、濃度条件を考慮するにあたって、大気汚染の影響は濃度と曝露時間の組合せで定まるが、影響を受ける側の素因、状態を無視できず、大気汚染に敏感に反応する集団又は感受性の高い集団、例えば年少者、老人という年齢による人口集団、慢性の呼吸器又は循環器疾患等の病人集団への影響は注目されなければならないことを指摘している。

四 WHO「窒素酸化物に関する環境保健クライテリア」(甲二九、乙(ウ)二八)

世界保健機構(WHO)は、昭和五一年八月、東京において、環境保健クライテリアに関する専門家会議を開催し、世界各国から専門家を集めて環境汚染物質の健康影響に関する知見・研究(世界各国における動物実験や人体影響に関する実験・災害及び職業曝露・地域集団曝露に関する研究報告等が資料とされた―日本からは六都市調査の初年度の資料が事前に配付されていたが、審議資料としては取り下げられた)を検討、評価した。WHO環境保健クライテリア専門委員会は、その会議の結果に基づいて、「窒素酸化物に関する環境保健クライテリア」を発表している。そのうち窒素酸化物の曝露による健康影響の評価に関する部分(第七章)の要旨は以下のとおりである(但し、一酸化窒素については、環境大気中で一般的に見い出される濃度で、注目すべき生物学的影響をどの程度有しているかいまだ証明されていないとして、一酸化窒素曝露限界についてのガイドラインについての検討を行っていない)。

1 曝露レベル

(一) 人為発生源から遠く離れた農村地域でのNO2濃度は0.0025ppmと推定されている。

(二) 大部分の大都市では、年間平均濃度は0.01〜0.05ppmが記録されている。これらの大都市の多くでは二四時間平均濃度の最大値は0.07〜0.21ppmにわたっている。

(三) 普通、NO2は他の多くの大気汚染物質(PM、CO、SO2、O3等)と共存する。人に対する健康影響はこうした汚染物質が相加的あるいは相乗的にすら作用している。

(四) 人々の一部は、これらの大気汚染物質に加えて、間欠的であるが、職場環境又は家庭環境において、あるいは煙草の煙を吸入することによって極めて高濃度のNO2に曝露されている。煙草の煙は一二〇ppm程度の濃度のNO2を含み、ガスストーブの真上では1.1ppmの高濃度に達する。

2 動物実験研究

(一) NO2の第一標的は呼吸器系であり、観察された影響は曝露濃度と時間に関連しているが、肺機能の変化、形態学的変化、個体の防御機能の低下、浮腫及び高濃度の場合には、死も含まれている。さらに成長率の低下、免疫学的反応の変化、赤血球の増加、白血球の増加、増殖機能の変化、中枢神経系の条件反射作用の遅れ、身体活動の低下が観察されてきた。

(二) 肺機能に好ましからざる影響が見い出される最低の濃度は0.8ppmであった。このレベルでは、ラットの呼吸数は生涯を通して上昇したままであった。

(三) マウス、ラット又はウサギに0.25〜1.0ppmの濃度を連続曝露すると呼吸器系に数多くの形態学的変化が生じた。

(四) NO2に対する曝露により、呼吸器感染に対する感受性の増加が明らかにされた。この影響は、ドーズ(量=濃度×曝露時間)と明白に関連しているし、短期曝露でも連続的曝露でも、あるいは間欠的曝露においても観察される。

3 人の志願者に対する研究

(一) 気道抵抗の増加のような健康人の肺の機能変化が0.7ppm以上の濃度のNO2を一〇分間吸入した後に始まることが明らかにされている。

(二) ぜん息患者の気管支収縮剤(カルバコール)の吸入に対する反応が、0.1ppmの濃度のNO2に一時間曝露後に増強することが明らかにされた。

(三) 同じ反応は、NO20.05ppm、O30.025ppm、SO20.10ppmに二時間複合曝露した場合健康な被験者においても観察された。

(四) NO2の嗅覚閾値と暗順応の変化が起こるレベルは共に0.11ppmであった。

4 地域人口集団に対する曝露の影響

(一) 疫学的研究によれば、NO2、SOx、PM、それにある場合には光化学オキシダントを含む地域の大気の曝露を受けると、特に学童において、急性呼吸器系疾患の危険性が増大し、肺機能が低下することが示された。しかし、示されたNO2レベルが健康影響に対応するのかどうか、さらに他の汚染物質のひとつが単独、あるいは、NO2と結びついて、原因物質となるかどうか決めるのは疫学的研究では困難である。さらに、健康影響は慢性曝露によるものか、あるいは毎日のピーク濃度の曝露による、呼吸器系への小さな繰り返しの刺激によるものであろう。実験室での動物実験データから判断すると、急性呼吸器感染に対する抵抗性の低下には長期間低濃度曝露を課したうえでの間欠的なピーク値が主要な役割を演ずるらしい。

(二) それゆえ、本専門委員会は、報告された疫学的研究の結果はそれ自体ではNO2の曝露についての健康影響を評価するための定量的な基礎データを示しえないとの結論に至った。特に、本専門委員会は、与えられた平均時間に対する一定のNO2濃度と様々な疫学的研究によって観察された健康影響とを決定的に対応づけることはできないとの合意に達した。もっとも、疫学的研究は、動物実験及び人の志願者による研究によって示された急性呼吸器感染の危険性の増大と肺機能の変化についての知見を支持する点で意義がある。

5 健康影響の評価

(一) 一九七二年WHO専門委員会は、決定的な疫学データがない状態で一定の大気の質についての指針を設定するには、不十分な情報しかないと考えたが、本専門委員会は、より決定的な影響的知見を待つよりも利用可能な動物及び人についての実験室的研究データを用い、公衆の健康保護がはかられる曝露限界についての指針値を提案するのが適当であり、賢明であると考えた。

(二) 短期間曝露によって観察された最低の影響レベルの評価として0.5ppmのNO2レベルを選んだ。その理由は、この濃度では多くの動物及び人の志願者に関する研究において、影響が明らかにされてきたからである。

(三) より低濃度である0.1ppmのNO2がぜん息患者に好ましからざる影響を及ぼすことを示す一つの人の志願者に対する研究がある。この研究はさらに追試する必要があり、現時点においては、高い感受性を有する人に対する最低の好ましからざる影響のレベルは不明であって、さらに評価される必要がある。

(四) 最低の好ましからざる影響のレベルに関する不確定性と、NO2の高い生物学的活性に注目するならば、相当な安全係数が要求されるとの結論を得た。

どのような安全係数も恣意的なものであるにちがいないが、明らかに安全係数は大都市地域に住む住民の健康を守るのに充分なものであるべきである。

あらゆる利用可能なデータを考慮してNO2の短期曝露に対しての最小の安全係数は三ないし五であると提案することを決定し、また公衆の健康保護がはかられる曝露限界はNO2について最大一時間曝露として0.10ないし0.17ppmの濃度が規定されるであろうということで一致した。この一時間曝露は一月に一度をこえて出現してはならない。

(五) NO2と共存する他の生物学的に活性のある大気汚染物質との相互作用に関する知見によれば、より大きな安全係数、つまり、より低い最大許容曝露レベルが必要となろう。さらに、現時点においてでも、より高い感受性を有する人々の健康を守るためにはより大きな安全係数を必要とするであろう。

(六) 健康影響の評価にあたり、NO2の人への長期間曝露による生物医学的影響は、公衆の健康の保護という観点から、勧告するに足るほどには確かめられていない。したがって、長時間平均値に関する曝露限界は提案しない。

五 「二酸化窒素に係る判定条件等についての専門委員会報告」(中央公害対策審議会大気部会二酸化窒素に係る判定条件等専門委員会―甲二九)

昭和四八年に二酸化窒素に係る旧環境基準が設定された後、二酸化窒素の人の健康影響に関する研究が進歩し、多くの新しい知見が得られていることを受けて、環境庁長官は、昭和五二年三月、中公審に対し、「二酸化窒素の人の健康影響に関する判定条件等について」諮問した。

これを受けた中公審は、大気部会に「窒素酸化物に係る判定条件等専門委員会」を設置して検討した。同専門委員会は、これまでの内外の動物実験、人に対する負荷研究及び疫学調査等、利用可能な内外の最新の知見を検討して、昭和五三年三月二〇日「窒素酸化物に係る判定条件等についての専門委員会報告」をとりまとめた。その検討結果の評価のうち、二酸化窒素の健康影響に関して注目された知見の概要及びそれに基づいて提起された指針は以下のとおりである。

1 健康影響に関して注目した知見

本専門委員会は、疫学的研究から得られた大気汚染の指標としてのNO2濃度レベルと人口集団の健康影響指標との関連性を、実験室的研究の成果と併せて評価すれば人口集団の健康保護のための環境大気中NO2濃度の必要条件を考察することは可能であるとし、検討したNO2の人の健康影響に関する判定条件に関する一六八編の知見のうちから、特に注目した一四の報告をとりまとめている。その大要は以下のとおりである。

(一) 人の感覚器の反応は、NO2単独曝露の場合、臭いについて0.12ppmが閾値であり、暗順応の変化が0.074ppm五分間曝露で起きる。

(二) 人の志願者に対する実験で、慢性気管支炎患者の気道抵抗の増加が1.6〜2.0ppmNO2三〇回吸入で観察された。

健康人では1.0ppmを間欠運動を行いながら三〜四時間吸引しても、一部の者を除いて一般に自覚症状や鋭敏な肺機能検査で影響がみられないが、2.5ppm以上では二時間曝露で気道抵抗の増加が観察された。同様に健康人の場合間欠的運動下で0.5ppmNO2三〇分経口吸入では変化がみられない。

(三) 気管支ぜん息患者に対するNO2単独の0.1ppm又は0.2ppm一時間曝露後、気管支収縮剤であるカルバコールの吸入に対する反応が増強されるが、この反応は可逆的である。

(四) 種々の動物を用いた長期曝露実験によって種々の形態学的、生理学的及び生化学的変化が観察されるNO2の濃度は0.3〜0.5ppmである。

(五) 肺胞壁の電子顕微鏡学的形態計測における異常値が、ラットに対するNO2の単独0.12ppm三五日曝露で観察されている。この場合、同時に血中グルタチオン量の減少などの生化学的変化も観察されている。

(六) ラットを用いた短期曝露の実験から0.5ppm四時間の曝露で肺の肥伴細胞に形態学的変化が見られている。この変化は曝露中止後二四〜二七時間後には観察されなかった。

(七) 動物実験でNO2の曝露による呼吸器の感染抵抗性の減弱をみている。

(八) 米国のTNT製造工場が存在する地域において行われた疫学的研究によれば、NO2濃度の年平均値0.06〜0.08ppm以上の地域においては、同0.03ppmの地域に比べ学童の急性呼吸器疾患罹患率が高いことが観察された。しかし、米国における調査で環境大気中のNO2の年平均値が概ね0.05ppm以上を超える地域とそれ以外の地域で呼吸器症状の変化は見い出されなかったとする報告もなされている。

この調査で観察された影響は調査地域の一時間値の年間九〇%値である0.15ppm以上のピーク濃度の二〜三時間の繰り返し曝露による可能性もあると研究者自身によって指摘されている。

(九) わが国の四疫学調査(六都市、千葉、岡山、大阪・兵庫)の結果から環境大気中NO2濃度の年平均値0.02〜0.03ppm以上の地域においてNO2濃度と持続性せき・たんの有症率との関係が見い出された。

(一〇) わが国の小学生を対象とし、末梢気道の肺機能の変化に着目した疫学的研究によれば、NO2の年平均値0.04ppm程度の都市において各調査日の特定の時間帯のNO2濃度(0.02〜0.29ppm)と一部の感受性の高いと思われる者の肺機能に個人正常調節機能範囲で相関が見い出される。

(一一) NO2を長期間曝露した場合の影響の変化の過程を示唆するいくつかの動物実験がある。

マウスを用いた感染抵抗性の減弱は、曝露期間の経過とともに漸増する。ラットの肺のNO2の障害の修復反応の開始は、加齢と共に遅れることが観察されている。また、NO2の影響に対する生体の代償性反応は一時的であって、曝露期間の経過とともに、代償能が低下する時期に至ることがマウス肺の還元型グルタチオンの消長について観察された。

(一二) NO2と他の汚染物質との共存効果については、いくつかの動物実験の知見から、SO2とは相加的な作用を有することが知られている。また、O3とは感染抵抗性の知見から、短期曝露については相加的に、繰り返し曝露では相乗的に働くことが示唆されている。

(一三) NO2と他の汚染物質の混合物について、健康人の気管支収縮剤に対する反応についての研究によれば、NO20.05ppm、O30.025ppm、SO20.1ppmの混合ガスに、二時間曝露後にアセチルコリンの吸入に対する反応が増強された。

(一四) 動物に対する長期曝露に関するこれまでの実験では、腫瘍、がんの発生は認められていない。

2 指針の提案

(一) NO2の短期曝露による健康影響

以上のような動物実験、人の志願者に対する研究による短期曝露の影響を考察した場合、単一の知見のみから指針を直接的に導き出すことは困難である。したがって、動物実験から得られた0.5ppmを起点に人に対する知見を総合的に考察することが必要である。

WHOの窒素酸化物に係る環境保健クライテリア専門家会議はNO2単独曝露の場合、0.5ppmを好ましくない影響の観察される最低レベルと考え、これの安全率を見込むことによって、公衆の健康保護に必要な曝露レベルは、一時間値0.10〜0.17ppm以下であるとしている

現時点で短期曝露による影響を地域の人口集団について観察した報告はほとんどない。米国におけるTNT製造工場周辺の疫学調査(前記(8))で見いだされた学童の急性呼吸器疾患罹患率の増加が一時間濃度の年間九〇%値に相当する0.15ppm以上の濃度の二〜三時間繰り返し曝露による可能性もあるとの指摘がなされていることを参考として利用できると思われる。

(二) NO2の長期曝露による健康影響

動物実験の結果0.1ppm以下の長期曝露で変化が見い出されたとする報告はないが、低濃度下の曝露期間の延長、他の汚染物質の共存及び加齢等の要素が加わることにより、影響の悪化を起こす可能性がある。こうした要素を考慮した場合、長期曝露の指針は、動物実験で影響が見い出された濃度レベルを起点として、より低いレベルに求められるであろう。

疫学的研究では、米国における調査結果(前記(八))とわが国での調査(前記(九)(一〇))で多少の開きがあるが、有症率の関連の有無を判断する基準や呼吸器症状の評価(米国の方が症状の重いものをとらえている)などに差があるから、わが国の疫学的研究の成果は独立して評価することが可能である。

疫学研究の結果を考察する場合、動物実験の結果との対応を評価する必要がある。しかし、疫学的研究と動物実験の結果を単純に対応させることは困難である。わが国の疫学的研究において利用されている持続性せき・たんの発生を直接的に説明しうる動物実験の知見は少ない。しかし、多くの動物実験で証明されたNO2の呼吸器に対する作用から判断して、大気中NO2が、他の汚染物質と共に人口集団のうちに見い出される持続性せき・たんの発生に一定の役割を果たしている可能性を否定できないと考える。

(三) 環境基準の提案

地域の人口集団の健康を適切に保護することを考慮し、環境大気中のNO2濃度の指針として、次の値を参考とし得ると考えた。

(1) 短期曝露については一時間曝露として0.1〜0.2ppm

(2) 長期曝露については、種々の汚染物質を含む大気汚染の条件下において、NO2を大気汚染の指標として着目した場合、年平均値0.02〜0.03ppm

3 付言について

右専門委員会報告では、報告書を補うために、「付言」をつけている。その付言では、(1)昭和四七年の窒素酸化物に関する専門委員会報告以後の知見の進展、(2)指針の提案にあたっての留意事項、(3)将来への課題と判定条件等の見直しについて触れている。右の(2)の中で、「(二酸化窒素に着目して)提案された値は影響が出現する可能性を示す最低の濃度レベルであると判断される」とされていた表現が、後に、「提案された指針は、その濃度レベル以下では、高い確率で人の健康への好ましくない影響をさけることができると判断されるものである」と修正された〔甲三六四の1、2、甲尋三の2・塚谷証言(一五一〜一六二項)、乙尋二の3・前田証言(二九五〜三五〇項)〕。

その修正の理由は、昭和五三年四月三日環境庁大気保全局企画課作成の書面によれば、「三月二〇日の大気部会において、付言の一部につき、報告書本文と表現を一致させる観点から修正の要望があり、部会長と鈴木委員長に一任された結果」修正されたというのである(甲三六四の1)。

しかし、第一に、この修正は、専門委員会委員の明確な同意を得ていない。第二に、修正前の表現はその数値以上は影響が出現する可能性があることを述べているのに対し、修正後の表現はその数値以下であれば健康への好ましくない影響を回避できることを述べていると理解しうる。したがって、提案された指針のうち、0.02から0.03ppmの区間について、修正前では影響の可能性ありとなり、修正後では影響回避可能というように理解でき、その結論が異なるおそれがある(甲三六七)。右の修正には、以上のような問題がある。

もっとも、いずれにせよ、右の付言では、修正した箇所に引き続き、「健康への悪い影響、好ましからざる影響の判断」について、「本委員会は、病気または死を影響の判断基準としては採用せず、健康が維持され、人の機能の恒常性の維持機構が負担なく機能をしている状態で判断すべきであると考えた。すなわち、大気汚染の影響として、このような状態からの偏りが見い出されない状態を保障すべきであ」る、としている。

4 二酸化窒素の環境基準の改訂

中公審は、昭和五三年三月二二日、右専門委員会報告に基づいて、提案どおりの環境基準の指針を答申し、環境庁は、同年七月一一日、二酸化窒素に係る旧環境基準(一時間値の一日平均値0.02ppm以下)を新環境基準(一時間値の一日平均値が0.04ppmから0.06ppmまでのゾーン内又はそれ以下)に改訂した。

六 「大気汚染と健康被害との関係の評価等に関する専門委員会報告」(昭和六一年四月・中央公害対策審議会環境保健部会大気汚染と健康被害との関係の評価等に関する専門委員会―甲六三六)

1 右専門委員会設置の背景・経緯

公健法の第一種地域の指定要件のうち大気汚染に関する要件は、昭和四九年一一月の中公審答申(公害健康被害補償法の実施に係る重要事項について)に基づいて二酸化硫黄を主な指標として取り扱われてきたが、わが国の大気汚染の態様において、かって高い濃度の汚染がみられた硫黄酸化物による汚染が著しく改善される一方、窒素酸化物及び大気中粒子状物質による汚染が一〇年余り横ばいで推移するなどの変化がみられた。

このため、硫黄酸化物以外の窒素酸化物等の大気汚染物質と健康被害との関係を究明したうえで、地域指定等の制度運用に当たるべきであるとの指摘があり、こうした背景を受けて、環境庁長官は、昭和五八年一一月、中公審に対し、わが国の大気汚染の態様の変化を踏まえ、第一種地域の今後のあり方について諮問した。

中公審はこれを受けて、環境保健部会に新たに大気汚染、公衆衛生、臨床医学等の分野の専門家からなる本専門委員会を設置した。

本専門委員会は、まず大気汚染の態様の変化と汚染レベルの現状の評価及び大気汚染と生体影響の関係に関する知見の現状の評価を行い、その上で大気汚染と健康被害との関係を総合的に評価し、昭和六一年四月、その結果を「大気汚染と健康被害との関係の評価等に関する専門委員会報告」にとりまとめた。

これに基づき、中公審が前記諮問に対する答申を行い、その結果公健法が改正され、それまでの指定地域のすべての指定が解除されるに至ったことは先に示したとおりである。

2 大気汚染と健康被害との関係の評価

本専門委員会は、慢性閉塞性肺疾患の自然史における病因及び発症機序並びに主要大気汚染物質の呼吸器への生体影響の機構とその影響像等の検討を行い、それまでに発表されていた科学的知見として前示の動物実験及び人への実験的負荷研究のほか内外の多数の疫学的知見を整理し、検討を加え、それらを総合して、大気汚染と健康被害との関係を評価している。そのうち「大気汚染と慢性閉塞性肺疾患との関係の評価」の概要は次のとおりである。

(一) 慢性閉塞性肺疾患の基本病態に対する大気汚染の関与の可能性

(1) 気道粘液の過分泌

慢性気管支炎の基本病態は、持続性の気道粘液の過分泌であり、形態学的には杯細胞の増加や気管支腺の肥大が基本所見である。

動物実験の報告を総合すると、NO2長期曝露による杯細胞の増殖を含む気道病変は、動物実験の結果から説明可能であり、実験動物において0.4ないし0.5ppmで認められると評価される。

(2) 気道の反応性の亢進又は過敏性

気管支ぜん息の基本病態は、気道が過敏であることであり、そのため種々の化学伝達物質や物理的刺激に対して異常に反応して気管支平滑筋収縮による狭窄状態を来し、また、気道粘膜の浮腫及び炎症並びに気道分泌物、炎症性細胞、細胞破壊物等の気道内蓄積による気道閉塞を来す。

動物実験、人への実験的負荷研究の報告を総合すると、各種の汚染物質は一過性に気道収縮剤に対する気道反応性の亢進を来し、気道が過敏な気管支ぜん息患者については、NO20.1ppmの短期曝露で気道反応性の亢進をもたらす可能性があると評価される。

(3) 気道感染

気道感染が慢性気管支炎や気管支ぜん息の自然史に具体的にどのような役割を演じているかは、十分に解明されていないが、慢性気管支炎や気管支ぜん息を含む慢性閉塞性肺疾患の発症・増悪因子として多かれ少なかれ関与している可能性は高く、大気汚染の健康影響として注目されるものの一つである。慢性気管支炎の分泌過多は必ずしも気道感染を伴わなくても起こりうるが、分泌過多があると細菌やウイルス感染を起こしやすくなり、また、感染は気道に形態学的、機能的変化を起こしやすいとも考えられる。気管支ぜん息に関しても、感染型が分類されているように、感染は気管支ぜん息の自然史で重要な役割を演じていることが考えられる。

動物実験の報告を総合すると、長期曝露下では実験動物の気道感染抵抗性はNO20.5ppmにおいて低下すると評価される。

(4) 気道閉塞の進展

気道閉塞は、慢性閉塞性肺疾患の基本的病態生理である。そのメカニズムとしては、大別して①気管支収縮、②気道内における分泌物等の貯留、③気道壁にかかる牽引力の減少が挙げられる。多くの場合はFEV1.0の減少を来すが、いわゆる末梢気道の閉塞を主体とする場合には、その顕出には他の検査指標が必要となる。

NO2長期曝露を受けた実験動物の気道の形態学的所見は、その狭窄の存在を示している。

SO2に関しては、異常を認める報告と変化なしとする報告があり、判断が難しい。

人への実験的負荷研究で見出される短時間曝露による軽度の一過性の、しかも曝露を繰り返すと適応が起こり反応が見られなくなるような影響が、持続性の気道狭窄の進展にどの程度関係しているかはよく分かっていない。しかし、曝露を繰り返すと適応がおこり気道狭窄が見られなくなることは、生体にとってはより多くの呼吸器刺激物質が気道に侵入しやすくなることを意味し、呼吸器に生化学的及び形態学的変化を引き起こす機会が多くなることも考えられる。

(5) 気腫性変化

肺気腫の分類の基本型は小葉中心型と汎小葉型である。小葉中心型は肺気腫のうちで最も多く、比較的若年者に発症し、呼吸細気管支の破壊と拡張を主病変とする。NO2曝露による肺気腫は多くはこの型である。

NO2曝露による実験動物での肺の気腫性変化の成立は明らかであるが、曝露濃度がある程度高く、曝露期間がある程度長期間であることを必要とする。

(二) 現状の大気汚染と慢性閉塞性肺疾患との関係の評価

(1) 慢性気管支炎の基本症状との関係の評価

慢性気管支炎の基本症状に対応する疫学的指標は「持続性せき・たん症状」であり、これはかつてわが国で広く用いられたBMRC方式に準拠した問診票で、最近ではATS方式に準拠した質問票で使用されている。

わが国で行われた「持続性せき・たん」を指標とした疫学調査を歴史的に比較すると、

(イ) 昭和三〇年代後半、いわゆるスモッグ時代の調査

(ロ) 昭和四〇年代後半、すなわちSO2の低下傾向の続いている時期の調査

(ハ) 昭和五〇年代後半、すなわちSO2、NO2大気中粒子状物質の汚染動向が比較的安定した時の調査の間に次のような傾向の差がみられる。

昭和三〇年代後半の化石燃料の燃焼に伴うSOxと大気中粒子状物質が相当高濃度に存在していた頃の時代に行われたほとんどの疫学調査結果は、持続性せき・たん症状とSOxや大気中粒子状物質の濃度との間に、量―反応関係を示唆するようなものを含む強い関連がみられている。

大気汚染対策によりSOx及び大気中粒子状物質の濃度が昭和四〇年代に顕著に減少し、昭和四〇年代後半の調査においてはほぼ右の関連が依然みられたものの、その末期においては持続性せき・たん有症率とNO2との間に有意な相関が認められるようになった。

昭和五〇年代後半に行われた環境庁a・b調査の結果は、その調査規模及び調査地域の大気汚染濃度からして、比較的安定的に推移しているわが国の大気汚染の現状を全体として反映しているものとみることができる。

環境庁a・b調査における成人の持続性せき・たん有症率の状況、動物実験の結果から判断して、現状の大気汚染が地理的変化に伴う気象因子、社会経済的因子などの大気汚染以外の因子の影響を超えて、持続性せき・たんの有症率に明確な影響を及ぼすようなレベルとは考えられない。

なお、慢性気管支炎の基本病態の一つである気道粘液の過分泌状態との関連で持続性たんの有症率が環境庁a・b調査で共通して二酸化硫黄、浮遊粉じん及び二酸化窒素と有意な相関が認められたことが注目される。このせきを伴わない持続性たんの中には気管・気管支以外の分泌物、例えば鼻汁なども含まれている可能性もあり、健康影響指標としてどのような意義を有するかは今後の検討課題である。

(2) 気管支ぜん息の基本症状との関係の評価

気管支ぜん息において発作性呼吸困難、ぜん鳴等の臨床症状はかなり特徴的であり、これに対応する疫学的指標はATS方式に準拠した質問票のぜん息様症状・現在で代表される。また、持続性ゼロゼロ・たんも児童の気管支ぜん息やぜん息性気管支炎との関連で注目されている。

(イ) 児童のぜん息様症状・現在

環境庁a・b調査の結果から判断して、現状の大気汚染が児童のぜん息様症状・現在や持続性ゼロゼロ・たんの有症率に何らかの影響を及ぼしている可能性は否定できないと考える。しかしながら、大気汚染以外の諸因子の影響も受けており、現在の大気汚染の影響は顕著なものとは考えられない。

(ロ) 成人のぜん息様症状・現在

環境庁a・b調査の結果から判断して、現在の知見から現状の大気汚染が成人のぜん息様症状・現在の有症率に相当の影響を及ぼしているとは考えられない。

(3) 現状の大気汚染と慢性閉塞性肺疾患との関係の評価

本専門委員会は、動物実験、人への実験的負荷研究、疫学的研究及び臨床医学的知見を総合判断して、わが国の現状の大気汚染と慢性閉塞性肺疾患の関係について、次のような評価を下している。

(イ) 現在の大気汚染も、過去の大気汚染の場合と同じく、そのほとんどは化石燃料の燃焼によるものである。したがって、現在でもわが国の大気汚染は、SO2、NO2及び大気中粒子状物質の三つの汚染物質で代表しておいても大きな過ちを来すことはないと考える。しかし、燃料消費事情、汚染対策、発生源の変化、特に交通機関の構造変化によって、わが国の最近の大気汚染は、NO2と大気中粒子状物質が特に注目される汚染物質であると考えられる。

(ロ) 現在の大気汚染が総体として慢性閉塞性肺疾患の自然史に何らかの影響を及ぼしている可能性は否定できないと考える。しかしながら、昭和三〇〜四〇年代においては、わが国の一部地域において慢性閉塞性肺疾患について、大気汚染レベルの高い地域の有症率の過剰をもって主として大気汚染による影響と考えうる状況にあった。これに対し、現在の大気汚染の慢性閉塞性肺疾患に対する影響はこれと同様のものとは考えられなかった。

(ハ) わが国の大気汚染と慢性閉塞性肺疾患の評価に伴って、本専門委員会は次のことに留意すべきであると考える。

ⅰ 検討の対象としたものは、主として一般環境の大気汚染の人口集団への影響に関するものである。したがって、これよりも汚染レベルが高いと考えられる局地的汚染の影響は、考慮を要するであろう。

ⅱ 従来から、大気汚染に対し感受性の高い集団の存在が注目されてきている。そのような集団が比較的少数にとどまる限り、通常の人口集団を対象とする疫学調査によっては結果的に見逃される可能性のあることは注意せねばならない。

第九発症の因果関係のまとめ

一  はじめに

本章第二において判断したとおり、指定疾病の発症・増悪には多くの要因がかかわっているが、二酸化硫黄、二酸化窒素及び浮遊粒子状物質等の大気汚染物質もそれぞれの化学的特性から、個々的にも、相加的にもその主要な要因の一つであることは多くの医学者の承認するところであり、本章第六ないし第八において整理した動物実験、人への実験的負荷研究の各種知見によって、その生物学的妥当性が証明されている。しかし、一般環境大気中の比較的低濃度による長期曝露の場合は、その濃度や曝露期間などの曝露条件と被曝露者側の主体的条件などによってその影響は異なるところ、これらの実験は、ほとんどが現実の大気レベルをはるかに超える高濃度曝露によるものであり、実際の大気環境に近い濃度レベルでの研究はごくわずかにとどまっており、一般的に、どの程度の濃度レベルでどの程度の期間曝露された場合に指定疾病が発症・増悪するか、その場合に主体側の条件がどのように関わるかなどについては、医学その他の関係諸科学によっても十分に明らかにされているとはいいがたい。

しかし、法的因果関係については、必ずしも科学的な証明が要求されるわけではなく、当該地域における大気汚染状況の推移、罹患率の上昇と汚染状況との関連性、当該地域あるいはその他の地域における疫学的知見などを総合して判断することも可能である。以下、これまでに認定してきた各事実を総括して、指定疾病と西淀川区の大気汚染との因果関係について検討する。

二  西淀川区の大気汚染の状況

西淀川区の大気汚染状況については、先に時代的区分(Ⅳ五三頁)をもって示したように、昭和二九年度から昭和四五年度までの第一期は、前半は大量の降下ばいじん、後半は硫黄酸化物による汚染が、川崎市や四日市市などと同等あるいはこれを凌ぐ程の全国でも最悪のレベルにあり、工場等を中心とする固定発生源による高濃度汚染時代であった。その後昭和五二年度に至る第二期は、硫黄酸化物や浮遊粒子状物質についていまだ環境基準を達成するには至っていないものの、その濃度が急速に改善されてきた時期であり、他方で次第に社会問題化してきていた自動車排出ガスによる汚染が加わってきたことが特徴である。西淀川区においては、それまで主要幹線道路は国道二号線のみで、その交通量(一二時間交通量)も四万台程度であり、その窒素酸化物排出量も二九〇トン足らずであったのが、昭和四五年度に国道四三号線及び阪神高速大阪池田線の西淀川区内走行部分の供用が開始されたことにより、交通量(前同)は一気に二〇万台近くまで急増し、排出される窒素酸化物量も六〇〇トンを超えるまでになっている(図表一九―(1)(2))。昭和五三年度以降現在に至る第三期は、二酸化硫黄濃度がさらに低下し、環境基準の半分程度を維持できるまでになっているものの、道路沿道における浮遊粒子状物質及び二酸化窒素は環境基準を達成しておらず、特に二酸化窒素濃度は横ばい状態で改善の兆しも見えていないが、大気汚染状況を全体としてみれば、第二期よりさらに一層改善されてきている。

個々の大気汚染物質の推移とともに、それらを全体として把握し、右のような時代的特徴をみるために、環境基準濃度を一つの係数とみて、右主要汚染三物質を総合した大気汚染状況の推移を先に示した(図表一四)が、西淀川区の大気汚染状況の全体的推移がこれにより明らかとなる。その特徴として、降下ばいじんや浮遊粒子状物質と二酸化硫黄の場合は、第一期において、環境基準の数倍に及ぶ高濃度汚染時代があったが、二酸化窒素については、全体を通じて、異常な高濃度を示した時期はなく、測定が開始された昭和四六年以来、道路沿道においては、最も高いときでも環境基準の1.9倍弱(昭和五七年度―年平均値による)であり、概ね1.6〜1.7倍程度で推移し、一般環境においては、測定が開始された昭和四八年度に1.6倍の最大値を記録しているが、その後は環境基準のゾーン上限値をわずかに超える程度で推移しており、二酸化硫黄を主体とする汚染とは明らかな違いがある。

三  環境基準と健康影響

公害対策基本法は、「政府は大気の汚染、水質の汚濁及び騒音に係る環境上の条件について、それぞれ、人の健康を保護し、及び生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準を定めるものとする」(九条一項)と規定し、この基準については、常に適切な科学的判断が加えられ、必要な改定をすることが求められており(同条三項)、政府は、公害の防止に関する施策を総合的かつ有効適切に講ずることにより、この基準の確保に努めなければならないものとされている(同条四項)。

環境基準は、このような規定に基づいて、中公審に諮問するなどして、科学的知見を取り入れ、人の健康に関する基準(生活環境の保全のための基準ではない)として設定されてきたものであり(Ⅰ一〇九頁以下、Ⅳ三九八頁、四〇二頁、四〇六頁、四二〇頁)、その設定の由来に鑑みれば、人の健康を保護するうえで維持されることが望ましい基準であって、公害防止を目指す行政の長期の総合的施策(被告らの主張するリスク・マネジメント)の達成目標であると考えるのが相当である。したがって、これを公害発生源に対する直接的な規制値とすることができないことはいうまでもない。

そして、環境庁は、二酸化硫黄に係る新環境基準について、WHO(世界保健機関)の大気の質に関する指針のレベル1(ある値又はそれ以下の値ならば現在の知識では直接的にも間接的にも影響が観察されない濃度と曝露時間の組合せ)に相当するものとして、二酸化硫黄は、呼吸器系器官に対して長期的影響及び短期的影響を及ぼすこと並びにそれが浮遊粒子状物質や窒素酸化物と共存することによりその影響が強められることを考慮し、わが国における大気汚染の実態等をふまえて、二酸化硫黄等による大気汚染が人の健康に好ましからざる影響を与えることのないよう、十分安全を見込んで設定されたものであり、これらの環境上の条件を若干超える測定値が得られた場合においても、直ちにそれが人の健康被害をもたらすものではないとしている(丙一三七―昭和四八年六月一二日付環大企第一四三号環境庁大気保全局長通達)。また、窒素酸化物に係る新環境基準についても、基準値は、疾病やその前兆とみなされる影響が見出されないだけでなく、更にそれ以前の段階である健康な状態からの偏りが見出されない状態に留意したものであり、正常な健康の範囲に保つというものであるので、健康の保護について十分な安全性を有するものであり、短期曝露の指針を一回超えたからといって直ちに影響が現れるというものではないとしている(丙一二七―昭和五三年七月一七日付環大企第二六二号「二酸化窒素に係る環境基準の改定について」)。

もっとも、この点については、各環境基準がどの程度の安全率を見込んでいるのか、専門委員会報告でも答申でも具体的に明示されてはおらず、前記の各環境基準設定時の専門委員会報告が検討対象とした科学的知見に現れている汚染濃度と健康影響との関連からみれば、設定された環境基準のレベルでも健康影響がみられるとする知見もないわけではない。しかし、それらの知見を的確に評価することは極めて困難であり、一部の知見のみに基づいて、環境基準の当否をたやすく批判することは相当でないが、他方、個々の知見に対する十分な検討をすることなく、環境庁の右のような通達の趣旨から直ちにすべての環境基準に十分な安全率が見込まれていると即断することも安易にすぎるというべきであろう。

右のような問題はあるが、各環境基準の設定の経過に照らせば、環境基準値をもって、直ちに健康被害に結びつく閾値と評価することはできないし、環境基準を一時的に超えたから直ちに健康に影響が生じるというものでもないというべきである。しかし、少なくとも環境基準を大きく超えたり、未達成の状況が長期にわたって継続する場合には、人の健康にとって、疾病あるいはその前駆症状若しくは健康な状態からの偏りなど、何らかの健康への悪影響が生ずる可能性を否定することはできないというべきである。そして、これらの影響は、各汚染物質ごとにもその可能性は否定できないが、前記主要三物質の総体においての評価も重要である。

このような意味で、環境基準値は大気汚染状況を評価するうえで一定の意義を有するものといえるところ、時代的区分の第一期においては、二酸化硫黄濃度が環境基準(新)の八倍から四倍程度にも及んでいたものであり、この時期の二酸化硫黄が健康に悪影響を与える危険性が高かったことはこの点からだけでも十分推認することができる。これに対し、二酸化窒素については、環境基準との関係からは同様の判断はできない。

四  地域指定における大気汚染の程度

西淀川区は、特別措置法及び公健法において、「相当範囲にわたる著しい大気の汚染等の影響による疾病が多発している地域である」として、昭和四五年以来、公健法の改正により全国の地域指定が解除された昭和六三年に至るまで地域指定を受けていた(Ⅰ一四四頁、一五七頁)ほか、大阪市規則により、西淀川区内の企業からの拠出金等を財源とする補償制度の対象地区ともされていた(Ⅰ一四五頁)。このような地域指定の判定には、行政的割り切りが行われるなど限界がないわけではないが、わが国における高濃度汚染地区としての評価の一つの基準としての意義を有するものである。

そして、公健法による指定地域の判定基準とされた「汚染の程度」と「有症率の程度」の関係からみれば、二酸化硫黄濃度が年平均値で0.07ppm以上の場合は、極めて著しい汚染があり、有症率が自然有症率の四〜五倍、ないしそれ以上に達する程度の汚染(四度)とされているところ(Ⅰ一五四頁)、西淀川区の汚染濃度は、昭和四五年度まではその基準を超え続けており(昭和四三年度は右基準以下であるが観測日数不足のため参考濃度である)、昭和四〇年度にはその二倍をも超える0.159ppmを記録している(図表一一―(1))。昭和四六年度以降、二酸化硫黄濃度は低下傾向に向かい、昭和四六年度の汚染の程度は三度(自然有症率の二〜三倍程度)、昭和四七年度は二度(自然有症率の概ね二倍程度)となり、その後は一度又はそれ以下となっている。

右基準は、標準的な汚染の程度と有症率との関係を示したものであり、これが直ちに西淀川区の両者の関係を決定するものとはいえないが、西淀川区の二酸化硫黄の高濃度汚染時期における有症率の異常な増加の可能性を示すものである。

五  認定患者数の推移

西淀川区における公健法に基づく昭和四五年度から平成四年度までの認定患者数・取消数・現在認定患者数(各年度末の三月末)の推移は、図表一五―(1)のとおりであり、昭和四五年度から認定が行われ、平成五年三月末現在の大阪市の認定数累計は三万九二一四人であり、西淀川区の認定数累計七〇〇三人は大阪市全体の一八%(人口数約3.5%)に及んでいる。取消数は、大阪市が治癒等一万三七四五人、死亡八七九一人、他都市転出六六七人に対し、西淀川区は、順次三一六〇人(二三%)、一五三八人(一七%)、八九人(一三%)となっている。

全国の主要大気汚染地域における昭和五五年九月末日現在の人口に対する認定患者率をみると、図表一五―(2)のとおりであり、西淀川区の認定患者率4.04%は、全国(指定地域)の認定患者率0.55%の七倍余にも及ぶものであり、四日市市(0.96%)や川崎市(0.93%)の四倍を超えており、他地域との比較でも圧倒的に高率となっている。もっとも認定患者率は、認定申請率に大きく影響されるところ、西淀川区においては前述のように、区医師会をあげての公害対策がとられてきた事情もあり、他地域との比較の意味では必ずしも有病率の違いを正確に反映するものとはいえないが、西淀川区自体の新規認定患者の多さは、大気汚染のレベルを評価するうえで軽視しえない事実である。

なお、西淀川区の新規認定患者数は、昭和五二年度までは毎年度三〇〇人を超え、認定開始から昭和五二年度までの新規認定者は五六二一人であるが、その後はかなり減少し、昭和五三年度から昭和六三年度までの新規認定者は一三七二人(年平均一二五人)となっている。また、治癒等による認定取消者は、昭和五〇年度までは数十人から一〇〇人台であったが、昭和五一年度以降昭和五五年度までの間に合計一七九五人(年平均三五九人)と急増し、その後は再び数十人から一〇〇人台となっている。大気汚染状況の推移との関係は、図表一四に示すとおりであり、汚染状況の変化と認定患者数及び取消数の推移との間に関連性が高いことがわかる。

六  本件患者の発症時期

本件患者四三二人は、いずれも指定疾病の認定を受けているものであり、各人の疾病の発症時期は、個人票記載のとおりであり、これも図表一四にグラフで示すとおり、汚染状況の推移との間に高い関連性があることが認められる。

七  西淀川区における有症率調査

昭和三九年から昭和四三年までの五か年間に調査された大阪ばい調の結果(図表二三―(2))によれば、西淀川(A)地区における慢性気管支炎の地区別訂正有症率は、次のとおりであり、有症率の最も低かった金岡地区と対比すると4.8倍にも及んでいる。このような有症率の顕著な増加は、第一期の西淀川区の二酸化硫黄を中心とする高濃度の大気汚染の影響と推定するのが相当である〔調査前年度の二酸化硫黄濃度(二酸化鉛法)は、西淀川区3.87mgSO3/100cm2/日、金岡0.92mgSO3/100cm2/日〕。

有症率

西淀川(A)

9.70%

5.80%

7.70%

金岡

2.10%

1.20%

1.60%

この他、昭和四六年から昭和五二年の間に調査された大阪府医師会調査の結果も、西淀川区を含む西部臨海工業地帯における各種の訴症率が非汚染地区に比べて相当高率になっていることを示しており(図表二五)、高度汚染地域として西淀川区内の小学校を選定して実施された学童の呼吸機能の経年変化に関する研究(Ⅳ二八八頁)においても、低汚染地域の学童に比べて西淀川区内の学童の呼吸器機能の低下などの差異が認められている。

八  疫学的調査等における大気汚染物質と有症率との関係

1  二酸化硫黄と有症率の関係

各疫学調査、動物実験、人体負荷研究等の結果等は先に詳細にみたとおりであるが、二酸化硫黄と慢性気管支炎有症率等との関連性が認められたもののうち主なものの骨子を整理すると以下のとおりである。

(一)  疫学調査

(1)  四日市調査〔産研等〕

四日市における地区別慢性気管支炎有症率(四〇才以上)によれば、昭和三九年度の年齢・喫煙を修正した標準化有症率は、汚染地区の平均が7.8%であるのに対し、非汚染地区の平均は2.7%となっている。同年度の地区別SO2濃度と有症率の相関係数は、男が+0.95、女が+0.97である(乙(キ)一七―図5)。

昭和三九年から三年間の質問票調査によれば、慢性気管支炎症状とぜん息様発作とSO2濃度との間に高い相関が認められる。また、喫煙を除外しても、SO2濃度が高い地区ほど、罹患率が高くなる(甲七七一―図4・5・8)。

(2)  厚生省ばい調

昭和三九年、大阪市汚染地区(此花区梅香町)のSO2濃度(一時間平均値)は0.06ppm(非汚染地区の約二倍)である。

これに対し、性別慢性気管支炎症状有症率は、大阪市では、汚染地区で男7.2%、女3.3%、平均5.3%であり、非汚染地区で男5.0%、女1.2%、平均2.9%である(乙(ウ)一九―表3)。

喫煙と慢性気管支炎症状有症率は、大阪市では、汚染地区で喫煙者7.1%、非喫煙者2.9%、合計5.3%であり、非汚染地区で喫煙者5.5%、非喫煙者1.0%、合計2.9%である(同―表4)。

また、性別、年齢と喫煙による地区間の差を補正した、慢性気管支炎症状の標準化有症率は、大阪市において、汚染地区で男6.8%、女3.8%、非汚染地区で男5.2%、女1.0%である(同―表5)。

(3)  大阪ばい調(乙(ウ)一八)

汚染地区である西淀川区(A)と非汚染地区の金岡のSO2濃度と訂正有症率の関係は、前記のとおり、西淀川区(A)7.7%に対し、金岡1.6%であり、他の地区の比較は図表二三―(2)のとおりである。

(4)  六都市調査

昭和四五年度から同四九年度までの全国六都市での大気汚染と呼吸器症状との関連を調査した結果、SO2濃度は漸次低下傾向にあり、持続性せき・たん有症率も同様の低下傾向を示しており、SOxとの関連性については昭和四五年度の六〇歳以上の男についてのみ有意性が認められた(図表二四―(1))。

(5)  大阪府医師会調査

大阪府医師会がSOx濃度に対応させた地域区分に基づき昭和四六年度から隔年に府下の小学校児童を対象に調査した結果、汚染地区程呼吸器症状に関する訴症率が高いことが示されている(図表二五)。

(6)  環境庁a・b調査

(イ)  a調査

SO2と有症率(成人は年齢・喫煙訂正有症率)との相関は、成人の持続性せき・たん及び持続性たんにつき、男女とも有意である。また、児童のぜん息様症状・現在につき、女のみ有意であり、児童の持続性ゼロゼロ・たんにつき、男女とも有意である。

(ロ)  b調査

SO2と有症率(成人は年齢・喫煙訂正有症率)との相関は、成人の持続性せき・たんにつき女のみ有意、持続性たんにつき男女とも有意、ぜん息様症状・現在につき女のみ有意である。また、児童のぜん息様症状・現在につき女のみ有意、持続性ゼロゼロ・たんにつき男女とも有意である。

(二)  動物実験及び人体負荷研究

(1)  SO2曝露の動物実験においては、ラットにおける0.7〜1.6ppm二週間以上の曝露により四〇%の肺に粘液、膿、乾酪物質がみられたとの結果(Ⅳ三四九頁)、ラットにおける一ppm二五日間間欠曝露(七時間/日)により肺クリアランスを遅延させたとの結果(Ⅳ三六九頁)など、SO2の影響が認められたものが多数ある。

(2)  人体負荷研究においても、0.5〜0.7ppm(一秒間)の曝露で感受性の高い人でのにおいの閾値とされ(Ⅳ三八三頁)、呼吸器疾患患者に運動負荷下でSO20.10ppmを一〇分間経口吸入させた場合、反応を示す患者の一部ではSRawの有意な増加が起こることが示され(Ⅳ三八八頁)ているなど、SO2の影響が認められている。

(三)  昭和四八年専門委員会報告

右専門委員会は、SO2それ自身が大脳生理学的反応、気道抵抗の増大、上気道の病理組織学的変化、呼吸器の細菌、ウイルスによる感染に対する抵抗性の低下等の影響を及ぼすことを認めている。そして、右専門委員会は、昭和四三年の専門委員会報告(旧報告)時の三つの知見にその後の注目された六つの知見(Ⅳ四〇三〜四〇五頁)を総合評価して、SO2の新環境基準を提案した。この九つの知見によれば、SO2濃度の三日間平均値0.05ppm以上で死亡数が増大する傾向が認められ、一時間値の年間平均値が約0.05ppmを超える地区では慢性気管支炎症状の有症率が約五%(非汚染地区の約二倍)になり、六日間平均値0.12ppmで循環器系疾患を有する者に死亡率が増大し、二酸化鉛法で年平均値1.0mgSO3/100cm2/日(導電率法0.032〜0.035ppm相当)以上の地区では測定値と単純性慢性気管支炎症状有症率(四〇歳以上)との間に正の関連性が認められ、概ね0.04ppmを超えたところでは濃度と閉塞性呼吸器疾患の新規患者の発生数は正の関連性があるなどとされている。

(四)  昭和六一年専門委員会報告

右報告は、前記のとおり、主要大気汚染物質の呼吸器への影響に関する多数の科学的知見を整理したうえで、現状の大気汚染と慢性閉塞性肺疾患との関係の評価を行っているが、その中で疫学的調査の歴史的比較を行い、①昭和三〇年代後半の化石燃料の燃焼に伴う硫黄酸化物と大気中粒子状物質が相当高濃度に存在していたころの時代に行われたほとんどの疫学調査結果は、持続性せき・たん症状と硫黄酸化物や大気中粒子状物質との間に、量―反応関係を示唆するようなものを含む強い関連がみられている。②大気汚染対策により硫黄酸化物及び大気中粒子状物質の濃度が昭和四〇年代に顕著に減少したが、昭和四〇年代後半の調査においてもほぼ右の関連がみられた、としている〔この点について、前田和甫は、「この専門委員会では当時の大気汚染レベルを念頭において、その慢性閉塞性肺疾患を疾病のレベルで検討した。逆にいうと過去の昭和三〇―四〇年代の問題については特に取り上げなかった。」という(乙(ウ)一一九・七七頁)。しかし、同報告は、現状の大気汚染と慢性閉塞性肺疾患の関係に注目しているものの、昭和三〇〜四〇年代の疫学調査を含め、網羅的に疫学調査を紹介した上で評価を下したものであって、昭和三〇〜四〇年代に関する記述が意味のないものとはいえない〕。

2  二酸化窒素と有症率との関係

二酸化窒素と呼吸器症状との関連を示すものとして前記のような各種の疫学調査結果や動物実験、人体負荷研究などが存在するほか、専門委員会報告等においても二酸化窒素に関する多くの記述がある。その主要なものを整理すると以下のとおりである。

(一)  疫学調査

(1)  環境庁a調査

NO2と有症率(成人は年齢・喫煙訂正有症率)との相関は、成人の持続性たんにつき、男女とも有意である。また、児童のぜん息様症状・現在につき、男女とも、児童の持続性ゼロゼロ・たんにつき、男のみ有意である。

(2)  環境庁b調査

NO2と有症率(成人は年齢・喫煙訂正有症率)との相関は、成人の持続性せき・たんにつき、女のみ有意、持続性たんにつき男女とも有意である。また、児童のぜん息様症状・現在及び持続性ゼロゼロ・たんにつき男女とも有意である。

(3)  大気汚染健康影響継続観察調査

男及び男女計では概ねNO2濃度が高い地区でぜん息様症状の新規発症率が高率になる傾向があり、両者に有意な相関がみられ、また、男及び男女計では、NO2の九年間平均値が0.03ppmを超過する地区(西淀川区を含む)は、それ以下の地区よりぜん息様症状の新規発症率が高い傾向がみられた。

(二)  WHOクライテリア

(1)  動物実験において、NO2に対する曝露による呼吸器感染に対する感受性の増加はドーズ(量=濃度+曝露時間)と明白に関連しており、肺機能に好ましくない影響が見い出されるNO2との最低濃度は0.8ppmであった。また、0.25〜1.0ppmの濃度を連続曝露すると呼吸器系に数多くの形態学的変化が生じた。

(2)  気道抵抗の増加のような健康人の肺の機能変化は、0.7ppm以上の濃度のNO2を一〇分間吸入した後に始まる。

(3)  疫学的研究によれば、地域の汚染大気の曝露により学童において急性呼吸器疾患の危険性が増大し、肺機能が低下することが示されているが、示されたNO2レベルのみで健康影響への対応を決定することは困難である。

(4)  短期間曝露によって観察された最低の影響レベルの評価として0.5ppmのNO2レベルを選んだ。この濃度では多くの動物及び人の志願者に関する研究において影響が明らかにされている。

(5)  健康影響の評価にあたり、NO2の人への長期間曝露による生物医学的影響は、公衆の健康の保護という観点から、勧告するに足るほどには確かめられていない。

(三)  昭和五三年専門委員会報告

(1)  人の志願者に対する実験で、健康人がNO22.5ppm以上二時間曝露で気道抵抗の増加が観察された。長期曝露動物実験によって、種々の形態学的、生理学的及び生化学的変化が観察されるNO2濃度は、0.3〜0.5ppmである。

(2)  NO2の短期曝露による健康影響については、動物実験から得られた0.5ppmを起点に人に対する知見を総合的に考察することが必要である。

(3)  NO2の長期曝露による健康影響については、動物実験の結果0.1ppm以下の長期曝露で変化が見いだされたとする報告はない。

(四)  昭和六一年専門委員会報告

(1)  動物実験の報告を総合すると、NO2長期曝露による杯細胞の増殖を含む気道病変は、0.4ないし0.5ppmで認められると評価される。また、気道感染抵抗性は0.5ppmで低下すると評価される。

(2)  動物実験、人への実験的負荷研究の報告を総合すると、気道が過敏な気管支ぜん息患者については、NO20.1ppmの短期曝露で気道反応性の亢進をもたらす可能性がある。

(3)  昭和四〇年代末期において、疫学調査により持続性せき・たん有症率とNO2との間に有意な相関が認められた。

しかし、環境庁a・b調査における成人の持続性せき・たん有症率の状況、動物実験の結果から判断して、現状(昭和五五年から昭和五九年)の大気汚染は右有症率に明確な影響を及ぼすようなレベルとは考えられない。

(4)  同調査の結果から判断して、現状の大気汚染が児童のぜん息様症状・現在や持続性ゼロゼロ・たんの有症率に何らかの影響を及ぼしている可能性は否定できないが、現在の大気汚染の影響は顕著なものとは考えられない。

また、現在の知見から現状の大気汚染が成人のぜん息様症状・現在の有症率に相当の影響を及ぼしているとは考えられない。

3  二酸化硫黄及び二酸化窒素と有症率との関連性

以上においては、二酸化硫黄及び二酸化窒素について、それぞれ単体での健康影響についてみてきたが、次に両者を中心とし、その他の大気汚染物質を含めた相加作用と有症率との関連性を検討する。

(一)  疫学調査

(1)  六都市調査

年間平均濃度が、NO20.02ppm、SO20.03ppm、SPM一五〇μg/m3以下であれば、持続性せき・たん有症率は二%以下であるが、それを超すと有症率は四〜六%となる。

(2)  岡山調査

坪田解析によれば、NOx及びSOxを汚染指標とした大気汚染と持続性せき・たん訂正有症率との間には関係があるとされている。

(3)  大阪兵庫調査

(イ)  単相関分析による複合汚染指標と慢性気管支炎訂正有症率

六つの複合指標との間に有意な相関(危険率五ないし一%)がみられる。その中でも、NO2と他の汚染物質との組み合わせよりも、SO2とSPの相加的な汚染指標の方が相関係数が高い。

(ロ)  重回帰分析による複合汚染指標と慢性気管支炎訂正有症率

NO2よりSO2とSPの相加的複合指標が有症率に及ぼす度合いが大きいと考えられ、慢性気管支炎有症率に最もよく対応するのは、SO2とSPの相加的指標であることを示唆している。

(4)  大阪府医師会調査

四三か所の実測値について、SO2濃度を二段階、NO2濃度を四段階に区分して、せき、くしゃみの訴症率をみると、SO2濃度が0.02ppm未満の地域に限っても、NO2濃度が高濃度のところは訴症率が高くなる成績を得た。

(二)  昭和四七年専門委員会報告

気流抵抗の増加反応においてSO2とNO2は相加的作用が認められる。

右専門委員会は、NO2の慢性影響が憂慮されていること、SO2との相加作用があることに注目して、NO2一時間値の二四時間平均値が0.02ppm以下であることを提案した。

(三)  昭和四八年専門委員会報告

SOxの呼吸器への影響は、NOx、特にNO2によって加重されることは実験室における研究により証明されている。

(四)  WHOクライテリア

普通、NO2は他の多くの大気汚染物質(SO2など)と共存する。人に対する健康影響はこうした汚染物質が相加的あるいは相乗的にすら作用している。

(五)  昭和五三年専門委員会報告

NO2と他の汚染物質との共存効果については、いくつかの動物実験の知見から、SO2とは相加的な作用を有することが知られている。

(六)  昭和六一年専門委員会報告

同報告は、動物実験の報告の中で、いわゆる混合曝露について次のように述べている。

ある種の可溶性塩のエーロゾルは、モルモットへの短期曝露実験において、SO2の肺気流抵抗上昇作用を相乗的に増強するという実験がある。一方、サル、モルモットの長期曝露実験において、肺機能への影響や肺形態学的影響に関する限り、SO2、硫酸ミスト及びフライアッシュの二種又は三種混合物に相乗的効果は認められないとの報告があり、さらにイヌへの自動車排出ガス長期曝露実験において肺機能への影響・肺形態学的影響について自動車排出ガスとSO2の間に相乗効果を認めていない報告もある。

また、いわゆる感染抵抗性に関しては、NO2とオゾンの混合ガスについての検討が多く、相加、ときには相乗効果が認められているが、それらは曝露方式や濃度によって規定されるように思われる。

そして、同報告は、これらの動物実験結果からは、複数汚染物質の作用は必ずしも相乗するとはいえないが、少なくとも相加するものと判断すべきであろう、とする。

4  指定疾病の発症・増悪と大気汚染物質との関係

右1ないし3にみた大気汚染物質と有症率との関係は、主として一般大気環境における疫学調査結果である。これに基づく健康影響は以下のように評価される。

(一)  SO2単体の影響

SO2に関しては前記のように多数の疫学調査が存在し、三倍ないし四倍にも及ぶ明確な呼吸器症状有症率の増加を示すものが少なくない。これから直ちに指定疾病との因果関係を認定することはできないが、実験疫学的方法によらないで疫学的因果関係を推論するための判断条件のうち、アメリカ公衆衛生局長諮問委員会の五条件(Ⅳ二二三頁)に沿って検討してみても、右疫学調査の結果は、関連の一致性(普遍性)、強固性、時間性(時間先行性)、整合性を満たすものといえる。そして、動物実験の結果、人体負荷研究の成果などのほかに中公審の右各専門委員会の報告の趣旨を総合すると、西淀川区における第一期及び第二期における現実の大気環境内のSO2濃度のレベルにおいて、SO2単体でも指定疾病の発症・増悪に一定の影響があったものと認めることができる。

(二)  NO2単体の影響

前記のようにNO2についてもいくつかの疫学調査結果が呼吸器症状有症率と濃度との間に関連性を認めているが、SO2程明確な有症率の増加までは認められず、動物実験や人体負荷研究などで影響が認められる最低のレベルは概ね0.5ppmを指標とするものであり、この濃度は、出来島局の測定値の一〇倍前後の高さである。気管支ぜん息患者については0.1ppmの短期曝露でも気道反応性の亢進をもたらす可能性があるとの知見もあるが、この濃度でも二倍前後の高さであり、SO2に関する調査結果が現実の環境大気における濃度レベルでの有症率との関連性を認めていることと明らかな違いがある。

この点について、前記中島らの0.04ppm程度でマウスに形態学的変化が認められたとする報告(Ⅳ三七四頁)があるが、これについては、前記のとおり被告らの批判もあるところであり、確実な追試がなされているとはいえず、この報告のみによって、人のレベルで有症率の増加まで判断することは困難である。

したがって、NO2についてもその長期曝露が持続性せき・たん等の呼吸器症状に対して何らかの影響を与えていることは否定できないが、西淀川区における現実の大気環境におけるNO2濃度のレベルにおいては、いずれの時期においても、NO2単体と指定疾病の発症との疫学的因果関係を認めるには至らないといわざるをえない。

(三)  SO2とNO2の相加作用の影響

右のようにNO2単体では指定疾病の発症との因果関係を認めるに足りる十分な証拠がないものの、NO2がSO2と相加的に呼吸器症状に影響を与える可能性があることは前記のように多くの調査結果等が示しているところである。そして、西淀川区の第二期程度の濃度レベルにおいては呼吸器症状の有症率に対しNO2とSO2が相加的影響を及ぼしていることが認められる。

したがって、第二期においては、西淀川区に現実に存在したSO2とNO2との混合した汚染物質と指定疾病の発症・増悪との間に因果関係を認めるのが相当である。

5 道路沿道調査からみた自動車排出ガスの影響

(一) 前記のような一般環境における各種の疫学調査等のほかに、道路の沿道を対象とした多くの調査報告がなされている。これらの骨子を整理すると以下のとおりである。

(1) 四日市市国道一号線等沿道調査

調査期間  昭和四八年〜昭和五〇年

地域区分  第一ゾーン=道路端から三〇m以内(名四国道は六〇m)

調査結果 (図表二七)

ぜん息型患者群では、第一ゾーンにおいて受診率が高い。

慢性型患者群では、名四国道沿線の第一ゾーンに高い受診率を認めたが、国道一号線では差を確認できなかった。

閉鎖型患者群では、第一ゾーンに高い受診率を認めた。

(2) 東京都衛生局道路沿道調査

調査期間  前期―昭和五三年度〜昭和五五年度(一部昭和五六年度)

後期―昭和五七年度〜昭和五九年度

地域区分  沿道二〇m以内、後背二〇m〜一五〇m

調査結果 (図表二六―(1)(2)(3))

住民に対する調査では、幹線道路からの距離に依存して呼吸器症状有症率に差が生じており、幹線道路から五〇m以内の乳幼児において、呼吸器疾患の罹患率が高いが、道路に近い程、粗死亡率が高くなるという現象は観察されなかった。

学童に対する調査では、ぜん息有症率は区部に高いが、個々の地域におけるぜん息有症率と大気汚染濃度等には一定の傾向は認められなかった。なお、NO2と濃度の高い地区では、低い地区に比べ尿中HOP/CRE比が有意に高かった。

慢性閉塞性肺疾患患者の症状と大気汚染の関係の調査では、Ox以外の大気汚染物質については一定の傾向はみられなかった。

動物実験で一年半に及ぶ長期曝露(NO2)で肝重量の減少、気管支上皮の病理学的変化を見いだしている。また、NO2の単独曝露により肺胞マクロファージの貪食能低下がみられ、易感染状態を引き起こされる可能性が示された。

(3) 国道四三号線沿道柳楽調査

調査期間  昭和五四年

調査結果  呼吸器等の自覚症状の有訴率は、大気汚染状況の差に対応した関係が得られた。

国道四三号線と住居との距離が大になるに従って有訴率が低下する傾向がある。

有訴率の距離逓減傾向と自動車排出ガス汚染の距離減衰の間にはパターンの相似が認められ、道路近傍での自覚症状の高率発生は自動車排出ガス汚染に起因することを否定しえない。

(4) 東京都内幹線道路沿道住民調査

調査期間  昭和五四年度〜昭和五五年度

地域区分  沿道二〇m以内、後背二〇m〜一五〇m

調査結果 (図表二八―(1)(2)(3))

環七地域の沿道において、持続性せき、持続性たん、せき・たんの増悪、ぜん鳴②、軽度の息切れで後背地区より有症率が有意に高かったが、持続性せき・たん、ぜん息様発作等では有意差は認められなかった。

(5) 守口市道路沿道調査

調査期間  (不明)

調査結果  近畿自動車道・阪神高速道・国道一号線に囲まれた沿道内地区においては、幹線道路がない沿道外地区に比べ、NO2濃度が1.88倍高く、ぜん息様症状で1.4倍、ぜん鳴症状で1.2倍高いことが認められた。

(6) 東京都葛飾区沿道調査

調査期間  昭和六一年〜昭和六二年

地域区分  沿道二〇m以内、後背二〇m〜一五〇m

調査結果  児童については、沿道の有症率はすべての症状で後背地区より高率であり、ぜん息様症状、ぜん鳴症状、たんを伴うひどいかぜでは有意差が認められた。

成人についても、ほとんどの症状で沿道の有症率が高かったが、有意差が認められたのは、男では持続性たんのみであり、女ではぜん鳴症状のみであった。

(7) 東京都衛生局道路沿道調査(第二回)

調査期間  昭和六二年度〜平成元年度

地域区分  沿道二〇m以内、後背二〇m〜一五〇m

調査結果 (図表二九―(1)〜(4))

窒素酸化物濃度に差のある三小学校における学童の健康影響調査では、呼吸器症状の有症率は、男子で三校間に有意差はみられなかったが、女子では、ぜん鳴、ぜん息様症状・現在で汚染度に対応した傾向が有意に認められた。

道路沿道での健康影響調査では、成人の地区別呼吸器症状有症率は、沿道が高い傾向がみられ、特にぜん鳴、息切れでは有意であった。肺機能検査では、大気汚染濃度との対応関係はみられなかった。

本調査は、まとめとして、道路沿道の住民について健康影響の存在を示唆するものと考えられたが、自動車排出ガスの健康影響について、量―反応関係まで踏み込んで検討するためには、さらに詳細な曝露評価が必要であるとしている。

(二)  道路沿道における自動車排出ガスの影響

右各調査の結果によれば、前記の一般環境とはやや異なり、道路端から二〇m(一部は三〇mないし六〇m)以内の住民の呼吸器症状に関する多くの指標について、後背地との間に有症率の差がみられている。これらの調査は、四日市市国道一号線等沿道調査を除けば、すべて昭和五三年度以降(第三期)に実施されたものである。そして、その結果からみれば、道路沿道においては、第三期においても、沿道住民の健康に対する自動車排出ガス(窒素酸化物、粒子状物質等)の影響が示唆されているというべきである。

しかし、有症率の差が統計上有意と認められるものは一部であり、しかも後背地の方が有意と認められる指標もわずかではあるが存在しており、指定疾病の発症のレベルにおいては、自動車排出ガスの健康影響を明確に認定するまでには至らない。

もっとも、前記各道路沿道調査によれば、乳幼児・学童・老人を中心として、道路沿道の居住者に呼吸器症状の増加傾向が認められており、現実の道路沿道における自動車排出ガスが、少なくとも弱者(呼吸器疾患を有する者や老人、幼児など)に対しては、何らかの健康への悪影響を与えている可能性があることが窺われ、本件患者との関係においても、既に指定疾病に罹患していた患者の症状の増悪への関わりまでは否定できない。この点に関し、昭和六一年専門委員会報告が「現状の大気汚染と慢性閉塞性肺疾患との関係の評価」において、「従来から、大気汚染に対し感受性の高い集団の存在が注目されてきている。そのような集団が比較的少数にとどまる限り、通常の人口集団を対象とする疫学調査によっては結果的に見逃される可能性のあることは注意せねばならない」と指摘している(Ⅳ四三一頁)ことに留意しなければならない。

そうすると、道路沿道に関しては、大気汚染状況が全般的に改善されてきている第三期(昭和五三年度以降現在に至る時期)においても、大気汚染物質(前記のとおり、道路沿道においては、その中心は窒素酸化物である。なお、浮遊粒子状物質やディーゼル排気ガスも汚染物質としては重要であるが、本件においては、それらの排出量等は明らかにされていない)が、沿道住民、とりわけ弱者に対し、呼吸器症状への悪影響を与えている可能性を否定することはできないものというべきである。

九  総括

1  以上に検討してきた種々の評価要因を総合すると、西淀川区においては、第一期(昭和二九年度から昭和四五年度)では、降下ばいじん、浮遊粒子状物質、二酸化硫黄を中心として、全国有数の高濃度汚染状況にあり、二酸化硫黄濃度は、環境基準(新)の四倍ないし八倍にも及んでおり、昭和四五年度には「著しい大気の汚染等による疾病が多発している地域」に指定され、同年度に認定された公健法上の認定患者は一五三〇人にのぼり、本件患者のほとんどがこの時期に指定疾病に罹患しているだけでなく、西淀川区における呼吸器症状の有症率の顕著な増加も認められ、その主要な原因は、二酸化硫黄を中心とする大気汚染にあったと判断される。なお、この時期においても、工場排煙に含まれる二酸化窒素に加え、自動車の排出する二酸化窒素も大気汚染の原因物質となっていたことは明らかであり、相加作用からみて、高濃度の二酸化硫黄に加えて二酸化窒素も汚染物質の一つであったことはいうまでもないが、西淀川区においては、この時期、道路沿道の二酸化窒素濃度の測定は行われておらず、その濃度を的確に推定する証拠もないから、第一期においては、自動車の排出する二酸化窒素の影響を認定することはできない。

2  これに続く第二期(昭和四六年度から昭和五二年度)においては、二酸化硫黄濃度が急速に改善されてきてはいるが、未だ環境基準を達成するには至ってはおらず、浮遊粒子状物質についても環境基準を超える状況にあるうえに、自動車の排出する二酸化窒素が加わり、西淀川区を全体としてみた大気汚染状況において相当高い濃度レベルにあり、地域指定は解除されておらず、年間六〇〇人弱の患者が認定を受けている状況で、本件患者の相当数はこの時期に指定疾病に罹患し、西淀川区における呼吸器疾患の有症率についても相当高率であったことが認められ、その一つの原因として、二酸化硫黄等と二酸化窒素との相加的影響があったものと判断するのが相当である。

3  これに対し、第三期においては、道路沿道に限ってみれば、浮遊粒子状物質や二酸化窒素濃度には、はかばかしい改善がみられず、ことに自動車に起因する二酸化窒素等による道路沿道汚染が問題とされており、本件患者との関係においてもその症状の増悪への影響は否定できないが、一般環境大気についてみれば、二酸化硫黄濃度がさらに低下したことから大気汚染状況の全体的改善は顕著であり、これに加えて、新規認定患者数も顕著に減少し、本件患者においてもこの時期の発症者は極めて少ないことを総合し、かつ、前記のとおり、二酸化窒素単体での健康影響(指定疾病の発症)について十分な証拠が存在しないことからすれば、この時期については、西淀川区の大気汚染レベルをもって、健康への影響を一般的に規定することは困難である。

第五章共同不法行為

第一共同不法行為の要件と効果

一  不法行為法の基本原則

不法行為法は、①損害を負担すべき者に、②適正な損害を負担させ、③救済されるべき者に、④妥当な被害の回復を得させる、ことをその理念とするものであり、不法行為の類型、加害と被害の諸相、加害者側と被害者側の社会経済的関係、社会政策的諸要素等を総合して、実体法・訴訟法の両面において、この理念にふさわしい解決(損害の妥当・公平な負担)が図られていかなければならない。

そして、①③に関し、一般の不法行為にあっては、自己責任の原則及び過失責任主義が適用され、特殊の不法行為にあっては、責任範囲の拡大や過失原則の修正(被害者保護への比重の移動)が行われる。また、②④に関しては、相当因果関係論による枠組みが考えられている。訴訟法的には、通常は法律要件分類説に基づいて立証責任の分配が決められているが、特殊な類型の不法行為にあっては、右の理念に基づく修正が図られなければならない。

これまで判断してきた到達の因果関係における大気汚染物質の本件患者への到達の概括的な認定、発症の因果関係における疫学的証明を中心とした一般的因果関係の判断、確率的評価の導入などは、本件のような都市型複合大気汚染公害という特殊類型の不法行為を前提として、加害と被害の特質に対する配慮のもとになされてきた修正である。

共同不法行為もまた特殊の不法行為の類型に属するものであるとともに、本件においては、到達の因果関係において検討したように極めて多数の汚染源が寄与して西淀川区に高濃度の汚染現象をもたらした都市型複合大気汚染という事案の特質を併せもつ。これを念頭に責任主体の範囲、賠償責任の範囲と負担方法、立証責任の分配等が検討されなければならない。

ところで、自己責任の原則は、自己の行為についてのみ責任を負い、他人の行為については責任を負うことがないことを意味し、過失責任主義は、非難可能性を責任の根拠とするものであり、非難可能性のない行為に対しては責任が及ばないことを保障する意味において、個人の自由な活動を保障するものである。したがって、この両原則は、一般の不法行為の基本原則であるというだけでなく、近代法の意思自治の原則に対応するものとして不法行為一般に共通の原則でもあると考えるべきであるから、特殊の不法行為についての修正要因が存在しない、あるいは消滅した場合には、この原則に立ち返ることが必要となる。

二  共同不法行為の要件と効果

共同不法行為は、複数者の行為によって被害が生じた場合の加害者の責任の範囲と被害者の救済の関係を規律するものであるが、加害名間の内部関係、関与の態様、各人の行為内容、被害態様、因果関係の系列、証明の難易など千差万別である。これに対し、民法は、七一九条の一か条を置くのみであり、同条は、一項前段において、「数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは各自連帯してその賠償の責に任ず」とし、一項後段として、「共同行為者中のいずれがその損害を加えたかを知ること能わざるときもまた同じ」とし、二項において、「教唆者及び幇助者はこれを共同行為者と見做す」と定めている。

そして、民法は、このいずれの場合においても、共同不法行為に該当する限り、それによって生じた全損害を各共同行為者に連帯して負担させることを予定している。なお、一般に一項前段は狭義の共同不法行為、一項後段は加害者不明の共同不法行為といわれている。

1  民法七一九条一項前段の共同不法行為の要件と効果

(一)  行為の客観的関連共同性

狭義の共同不法行為は、複数の共同行為者の行った違法行為によって惹起された結果の全部について、各行為者がそれぞれ連帯責任を負担する特殊の不法行為である。

共同行為者は、直接結果発生に結びつく行為を共同で実行した者(共同実行者)に限られるわけではなく、共謀者や二項の教唆者や幇助者も含まれる。そして、共同行為者各自の行為の質及び量は千差万別であり、結果との結びつきの態様や強弱も様々である。

このような複数者が関与して加害行為がなされる場合、一般に加害者側には何らかの関連があるのに対し、被害者側においては、加害者間の関係、各行為者のそれぞれの行為内容と結果との関係などを把握することは容易ではない。そこで、このような共同不法行為に対しては、加害者側の共同加功の事実と被害者側の証明の困難性等を考慮し、被害者保護の観点から、各行為者の行為内容、各行為の関連性及び関連共同した行為と結果との因果関係を主張立証することにより、個々の行為者の行為と結果との関係(各行為と結果との結びつき、各行為の寄与度)について主張立証しなくても、共同行為に加功した者に対し、全部の結果について賠償を求めることができることとしたものと解するのが相当である。したがって、共同行為の関連性については、共同行為者の主観的側面に関わりなく、行為が客観的に関連し共同して結果を発生させていることで足りるというべきである。なお、行為の関連共同性を事実的因果関係としてみると、連鎖の範囲が大きく広がる危険があるが、この点は相当因果関係の保護範囲の問題として、合理的な範囲に限定されるべきである。

(二)  責任の分割の可否

右のように共同行為に客観的関連性が認められ、加えて、共同行為者間に主観的な要素(共謀、教唆、幇助のほか、他人の行為を認識しつつ、自己の行為と合わさって被害を生じることを認容している場合等)が存在したり、結果に対し質的に関わり、その関与の度合いが高い場合や、量的な関与であっても、自己の行為のみによっても全部又は主要な結果を惹起する場合など(以下、このような場合を「強い共同関係」という)は、共同行為の結果生じた損害の全部に対し責任を負わせることは相当であり、共同行為者各自の寄与の程度に対応した責任の分割を認める必要性はないし、被害者保護の観点からも許されないと解すべきである。

しかし、そうでない場合、すなわち、右のような主観的な要素が存在しないか、希薄であり、共同行為への関与の程度が低く、自己の行為のみでは結果発生の危険が少ないなど、共同行為への参加の態様、そこにおける帰責性の強弱、結果への寄与の程度等を総合的に判断して、連帯して損害賠償義務を負担させることが具体的妥当性を欠く場合(以下、このような場合を「弱い共同関係」という)には、各人の寄与の程度を合理的に分割することができる限り、責任の分割を認めるのが相当である。

なお、その場合の責任の割合は、結果への量的及び質的な寄与の程度を中心とし、共同関係の態様、帰責性等を総合して判断すべきものと考える。

(三)  主張立証責任

以上のような理解に立つとき、被害者側は、共同行為者各自の行為、各行為の客観的関連共同性、損害の発生、共同行為と損害との因果関係、責任要件(責任能力、故意・過失・無過失責任)、違法性を主張立証し、加害者側は、弱い共同関係であることと自己の寄与の程度及び責任の分割が合理的に可能であることを主張立証して、責任の分割の抗弁を主張することができる。これに対し、被害者側は、責任の分割を不当とするときは、強い共同関係があることを主張することになる(これは責任分割の抗弁に対する積極否認事実の主張であり、反証にあたる)。

2  民法七一九条一項後段の共同不法行為の要件と効果

(一)  行為の客観的関連共同性

加害者不明の共同不法行為は、複数の者がそれぞれの行為のみによっても結果発生の危険がある行為を共同して行い、そのうちのどの行為によって結果が惹起されたか不明の場合(択一的競合―寄与度不明の場合も含む)について、共同行為者全員に対し、連帯してその賠償を求めることを許したものである。この規定も前段と同様に、加害者側に共同行為への加功の事実があることと、複数者の関与のために証明が困難となった被害者側の立場に配慮して、被害者保護の観点から、結果を惹起した行為者を特定することなく、損害の賠償を求めることができることとしたものである。

そして、この場合も規定の趣旨からして、共同行為の判断は、共同行為者の各自の行為を客観的にみて、その一部又は全部によって結果が生じる危険性があること(客観的関連共同性)で足り、共同行為者の主観的要素は考慮する必要はないと解するのが相当である。

(二)  減免責の主張

加害者不明の共同不法行為は、通常、共同行為者の誰か(単独又は複数)の行為によって全部の結果が惹起されていることを前提に考えられている。そして、自己の行為が結果を惹起していない場合にも連帯責任を課されるのは、被害者側の証明の困難に由来するものである。したがって、共同行為者において、自己の行為が結果を惹起していないことを立証すれば、責任を免除するのが相当であるし、結果に関わっている場合でも寄与の程度を証明し、責任の分割が合理的に可能であれば、減責を認めるのが相当である。

(三)  主張立証責任

以上によれば、被害者は、共同行為者の各自の行為、各行為の一部又は全部が損害発生の原因となる危険性があること(客観的関連共同性)、右行為の一部又は全部により損害が発生したこと、責任要件、違法性を主張立証することになる。これに対し、加害者は、自己の行為が結果の発生に関わっていないこと、あるいはその一部に寄与しているだけであることを主張立証して減免責を求めることができる。

3  重合的競合における一部寄与者の責任

(一)  共同不法行為と重合的競合

以上に検討してきたのは、狭義の共同不法行為(一項前段)においては、共同行為者の行為によって全部の結果、あるいは少なくともその主要な部分が惹起されたことを前提とし、加害者不明の共同不法行為(一項後段)においては、共同行為者とされた者のうちのいずれか(単独又は複数)が全部の結果を惹起していることを前提としている。

しかし、本件のような都市型複合大気汚染の場合は、先に判断したように、工場・事業場、自動車、ビル暖房などの他にも家庭の冷暖房・厨房や自然発生まで、極めて多数の大小様々な発生源が存在しており、個々の発生源だけでは全部の結果を惹起させる可能性はない。このように共同行為にも全部又は幾つかの行為が積み重なってはじめて結果を惹起するにすぎない場合(以下「重合的競合」といい、その行為者を「競合行為者」という)がある。

このような場合であっても、結果の全部又は主要な部分を惹起した、あるいは惹起する危険のある行為をした競合行為者が特定されたうえで、前記の各要件が証明されれば、共同不法行為の規定を適用することになんら問題はない。しかし、重合的競合で競合行為者が極めて多数にのぼる場合などでは結果の全部又は主要な部分を惹起した者を具体的に特定し、それぞれの行為を明らかにすることは容易ではなく、その一部の行為者しか特定できない場合がある。そのような場合には、右の要件からすれば、直ちに共同不法行為規定を適用することはできない。

しかし、個々の行為が単独では被害を発生させないとしても、それらが重合した結果、現実に被害が生じている場合に、その被害をまったく救済しないことは不法行為法の理念に照らして不当といわなければならない。そこで、一定の要件が備われば、このような場合にも同条を類推適用して公平・妥当な解決が図られるべきである。

(二)  重合的競合における民法七一九条の類推適用の要件と効果

(1)  類推適用の相当性

競合行為者の行為が客観的に共同して被害が発生していることが明らかであるが、競合行為者数や加害行為の多様性など、被害者側に関わりのない行為の態様から、全部又は主要な部分を惹起した加害者あるいはその可能性のある者を特定し、かつ、各行為者の関与の程度などを具体的に特定することが極めて困難であり、これを要求すると被害者が損害賠償を求めることができなくなるおそれが強い場合であって、寄与の程度によって損害を合理的に判定できる場合には、右のような特定が十分でなくても、民法七一九条を類推適用して、特定された競合行為者(以下「特定競合者」という)に対する損害賠償の請求を認めるのが相当である。

(2)  特定競合者の責任の範囲

右のように特定競合者の行為を総合しても被害の一部を惹起したにすぎず、しかもそれ以外の競合行為者(以下「不特定競合者」という)について具体的な特定もされない以上、特定競合者のうちで被告とされた者は、個々の不特定競合者との共同関係の有無・程度・態様等について、適切な防御を尽くすこともできないのであるから、特定競合行為者にすべての損害を負担させることは相当ではない。したがって、結果の全体に対する特定競合者の行為の総体についての寄与の割合を算定し、その限度で賠償させることとするほかはない。

(3)  責任の分割の可否

特定競合者間の関係については、民法七一九条の共同不法行為の場合と同様の理由から、客観的関連共同性が認められる限り、原則として連帯負担とするのが相当であると考えるが、加害者側において、共同不法行為の場合と同様に、特定競合者間に弱い共同関係しかないことと、各人の寄与の程度を証明することによって、各人の寄与の割合に従った責任の分割あるいは減免責を主張することができると解する。

第二本件訴訟における共同関係

一  西淀川区の大気汚染の特徴

先に、西淀川区の大気汚染状況(Ⅳ第一章)、主要大気汚染源と排出量(同第二章)、大気汚染物質の到達(同第三章)の各章において検討してきたように、西淀川地域の大気汚染は、二酸化硫黄の排出量でみる限り、特定工場群がその大部分を占めてきたものの、発生源の位置関係から現実に西淀川区へ到達した汚染物質の量、したがってその濃度に対する寄与度は、特定工場群の影響も少なくはないが、周辺の工場等の大多数を占める中小発生源の影響の方が全体としては大きいのが実態であり、二酸化窒素については、本件各道路を走行する自動車からの排出量の方が工場等からの排出量を上回っている状況で、ビル暖房、船舶、航空機、家庭排煙などの影響も全体的にみれば無視できないレベルにある。昭和四五年当時におけるばい煙発生施設は、大阪府下で約九五〇〇、西淀川区と尼崎市で合計約五〇〇存在しており(Ⅳ五六〜五八頁)、各種の行政シミュレーションでも煙源としてとらえられていないような小発生源や各家庭の冷暖房や厨房からの二酸化窒素の排出など個々的にみれば微小な発生源を対象としないとしても、西淀川区の環境濃度に影響を与えている発生源は、大・中・小とりまぜて少なくみても数百にはのぼるものと推測される。このような発生源の多様性と多量性からみて、特定の発生源が特定の地域に影響を及ぼしている旧来型のニューサンスとは本質的に異なるものであり、その特徴から都市型複合大気汚染と評価される。

二  被告らの主要汚染源性

原告らは、特定工場群及び本件各道路を西淀川区の大気汚染の主要汚染源であると主張するところ、確かにこのように多数の発生源のうち、わずかな特定工場群と本件各道路からの汚染物質だけで前記認定のような影響を及ぼしていることは重大である。しかし、硫黄酸化物については、個々的には微小であるとしても全体としてみれば中小発生源の寄与の程度の方が大きいし、本件各道路の寄与の程度は全体の二〇%程度とみられるのであって、西淀川区の大気汚染に起因する被害のすべて又は主要な部分が特定工場群及び本件各道路によって惹起されているとはいいがたく、その意味では主要汚染源と評価することはできない。

そして、原告らは、特定工場群及び本件各道路以外の発生源(訴外発生源)について、訴外幹線道路についてはかなり具体的な主張があるものの、その他の工場等及び道路については、抽象的にはその存在を指摘してはいるが、個々の発生源の名称も所在地も明らかにはしておらず、もとよりそれぞれの排出量や到達量も不明であり、特定工場群及び本件各道路との関連性も訴外発生源間の関連性についても何ら明らかにはなっていないのであって、訴外発生源について特定がなされているとは到底認められない。

したがって、先の判断に従えば、特定工場群及び本件各道路からの汚染物質の排出と訴外発生源の排出を一体として、民法七一九条を適用することは相当ではない。

三  共同不法行為の類推適用

しかるところ、特定工場群の排出した汚染物質がいりまじって本件患者の居住地に到達していること、本件各道路を走行する自動車の排出した汚染物質も一般環境濃度と道路沿道とでは影響の程度に違いはあるが、いずれにしても右工場排煙といりまじって到達し、訴外発生源の排出した汚染物質とあいまって、西淀川区の高濃度の大気汚染状況を形成し、それが当該地域において指定疾病の発症又は増悪の危険を招来してきたことはこれまでに検討してきたところから明らかである。被告らは、各発生源から排出される汚染物質は、時々刻々と変化しながら大気中に拡散しているのであって、一体として到達しているわけではないというが、ミクロ的にみればそのとおりであるとしても、職業的曝露のように極めて高濃度の汚染により短期的に健康被害が生じたような場合とは異なり、長期継続的な高濃度の大気汚染が住民の健康に悪影響を与え続け、それが指定疾病の発症・増悪に関わってきたことからすれば、これを一体的と評価することに何ら問題はない。また、被告らは、自動車排出ガスは道路沿道に限られており、国道四三号線と阪神高速大阪西宮線の一部を除けば、本件各道路と特定工場群とは近接した位置にはないという。確かに、後述のとおり(Ⅳ四九二頁)阪神高速大阪池田線と特定工場群との間は最短でも三Km以上離れているなど、本件各道路のすべてが特定工場群と近接しているとはいいがたいが、工場排煙は前記のとおり広範囲に拡散されているのであるから、本件各道路の沿道にも及んでいるのは当然であって、その限りでの汚染物質の一体性を認めることに特段の支障があるとはいえない。

そうすると、特定工場群及び本件各道路を走行する自動車の汚染物質の西淀川区への到達(侵害行為)は客観的にみて関連共同性を有すると評価するのが相当である。

そして、特定工場群及び本件各道路の寄与の程度は、正確にこれを算定することは困難ではあるが、数多くのシミュレーションの結果や気象関係の分析などを総合することによって、ある程度合理性をもった評価をすることが可能となっている。

したがって、先に検討してきたところの重合的競合の場合として、民法七一九条の類推適用を考えるべきであり、被告らの責任は、最大限、特定工場群及び本件各道路の寄与割合の総体を超えることはないというべきである。

しかるところ、被告らは、本件各道路と特定工場群との間には連帯責任を負担するような共同関係(強い共同関係)はないし、本件各道路の寄与はあるとしても極めてわずかでしかないと主張するので、以下、両者の共同関係と被告らの責任の範囲について検討することとする。

第三特定工場群と本件各道路との共同関係

一 地形的・気象的一体性について

原告らは、大阪平野の地形的特徴について、大阪平野と大阪湾とを一括した地形を湖盆(LAKE BASIN)に近い地形であり、その気候は盆地的気候の性質を有すると主張している。そのような地形的特徴がみられ、その結果、その地域内に排出された汚染物質がその地域に滞留するような状況があり、それを競合行為者が認識しているとすれば、強い共同関係を判断する一要素となりうると考えられる。

ところで、大阪平野は、西側は大阪湾に面し、北西側は六甲山地(最高峰約一〇〇〇m)、それから東北東へ連なる北摂山地(同約八〇〇m)、東側は南北に連なる生駒山地(同約六〇〇m)と金剛山地(同約一一〇〇m)、南側は丘陵地を経て和泉山脈(同約九〇〇m)がほぼ東西に走り、これらの山地に囲まれた地形にはなっている(図表八―(1)参照)。しかし、その広さは、東西約二〇Km、南北約四〇Kmに及び、北方では、池田、豊中市方面で六甲山地と北摂山地の間が開け、北東方向は、琵琶湖に源を発し京都盆地を貫通して大阪湾に注ぐ淀川筋に沿って低地(淀川地溝)が大きく開けて京都盆地に続き、南方は、生駒山地と金剛山地の間を奈良県に端を発する大和川が大阪市南部と堺市との間をぬって西に流れて大阪湾に注ぎ、その流域が低地となっており(甲四六―大阪管区気象台「近畿の風」)、地形的に盆地とはいえない。もっとも、このような地形が大阪平野の気象に一定の影響を及ぼし、海陸風の卓越など大阪平野特有の局地気象現象を現出しており、これが大阪平野の北西端に位置し、新淀川の右岸河口部にあり、大阪湾奥に面している西淀川区の大気汚染に一定の影響を与えていることは、大阪管区気象台の作成した文書(甲四一―「大阪平野の局地気象と大気汚染気象予報」、甲四六、甲四七―「瀬戸内海の海陸風」)等にもみられるところではある。

しかし、大阪平野は開放度〔全国八〇か所の気象官署を中心(対象地点)として半径一五Kmの円を描き、その円内にある対象地点の標高より二〇〇m以上高い地域を風の障害物として、この障害のない開けている部分の角度の総和を求め、これを開放度としたもので風の流通性をみる一指標とされている―甲四七〇―大気汚染ハンドブック〕が比較的大きい方であり(乙(イ)二〇、乙尋七の1・2)、平均風速でも全国的にみて大きい方に位置し、風速ランク別頻度分布や気温日較差(日最高値と日最低値の差)でも典型的な盆地とされる松本や京都と比べて明らかな差があることが認められ(乙(イ)二一、四八、四九、乙尋七の1・2)、大阪平野が全体的にみて特に閉塞性の強い盆地地域でないことは明らかである。

単に盆地であるというだけで強い共同関係を認めること自体も疑問であるが、まして右のように特別な閉鎖性が認められていない以上、その地域に汚染物質を排出したというだけでは、強い共同関係はないといわざるをえない。

二 社会経済的一体関係について

原告らは、本件各道路は、本件地域に集中立地している大工場の振興を図ることを主要な目的として建設された産業用道路であり、本件地域の工場群の発展にとって不可欠の産業基盤となっていることなどをあげ、特定工場群と本件各道路とは社会経済的一体関係があると主張する。

本件各道路の設置供用の経過は先に認定したとおりであり(Ⅰ一三五〜一四〇頁)、国道二号線は本件地域が阪神工業地帯として形成される以前から国土を縦貫する大幹線道路となっていたものであるが、それ以外の三道路は、昭和四〇年代及び五〇年代に新たに設置供用されたものであり、国道二号線の整備、新規道路の建設の経過をみれば、阪神間の臨海地域における都市化・工業化の進展と密接な関係をもっていることは明らかである。その重要な目的の一つに産業基盤の整備による本件地域の振興があげられることも当然であるが、本件各道路は、阪神間のみならず、西日本全体にとっても主要幹線道路というべき位置にあり、産業活動を含め、広範な地域住民の生活に対する基幹的役割を果たしているものというべきである。通過交通の多さや大型トラックの混入率の高さ(Ⅳ六五〜六八頁)はこのことを示しているともいえる。

このような基幹道路の役割をとらえて、本件地域の工場・事業場と本件各道路との間に社会経済的一体性があるとの指摘は、あえて否定するに及ばないが、このような関係は本件地域に限られたことではなく、道路と産業との一般的関係にすぎず、本件各道路と特定工場群との関係はそのごく一部にすぎないのであって、これをもって両者間に強い共同関係があるといえないことは明らかである。

三 公害激化にともなう一体性について

西淀川地域においては、昭和三〇年代から昭和四〇年代にかけて、全国でも有数の大気汚染地域として社会問題となっていたのであり(Ⅳ四三〜五一頁)、そのような状況が十分改善されていない状態で昭和四五年に国道四三号線と阪神高速大阪池田線は設置供用されたのであって、高濃度汚染地域に巨大道路を設置することによりさらに深刻な大気汚染をもたらすことは十分予測可能であったともいえ、その点では本件地域の環境に対する配慮に欠ける点がなかったとはいいがたく、その点で過失や違法性の判断において検討すべき問題がないわけではない。

しかし、国道四三号線や阪神高速大阪池田線の建設は、本件地域の局地的問題ではなく、阪神都市間及び西日本全体にわたるモータリゼーションの急速な進展に対応するものとして必然的であったともいえるし、それによる渋滞の解消は一面で沿道環境の改善になる面も否定はできないのであり、その設置位置や規模については現実的な問題も含めて道路政策の全般に関わることであって、その判断の当否は別として、前記のように地形的・気象的に特別な閉鎖地域と認められないことや本件各道路と特定工場群の汚染物質の排出は、工場は主として硫黄酸化物、道路は窒素酸化物を中心としており、排出位置も工場は高煙突から広域に汚染物質を拡散させるのに対し、道路は低位置からの排出であり影響範囲も道路沿道を中心として拡散するなど、その排出の態様にも違いがあることなどを勘案すれば、被告らが、西淀川区における大気汚染の状況を認識しつつ、右各道路の新設による自動車排出ガスがあいまって、地域住民に健康被害が生じることを認容していたと評価するのは相当ではない。

したがって、右各道路の新設当時の西淀川区の大気汚染状況は、被告らに対し、特定工場群の排煙の寄与部分についてまで連帯責任を負担させる事由となるものではないと解する。

四 被告らの責任範囲

右のような諸事情を勘案すれば、道路の設置管理者に対し、道路を走行する自動車の排出ガスによる健康被害に対する賠償はともかく、当該道路の通過地域に存在する工場等の排出した大気汚染物質による住民の健康被害についてまで連帯責任を負わせることを相当とするような強い共同関係があると解することはできない。

したがって、本件各道路を走行する自動車の排出ガスに起因する被告らの責任は、特定工場群とは区別して、本件各道路の寄与の限度に限定するのが相当である。

第四道路間の一体性

原告らは、本件各道路が機能的に補完関係にあることや訴外幹線道路等と相まって西淀川区内の道路網を形成していること、さらには被告国と同公団との間の出資や監督関係等の道路管理面での一体性などから、被告ら間には密接な共同関係があると主張する。

しかるところ、先に判断したように、自動車排出ガスに起因する責任は、発症のレベルでは第二期に限定され、呼吸器症状の増悪のレベルでとらえれば第三期においても何らかの影響が否定できない。しかし、後記の違法性の評価から、自動車排出ガスに起因する責任は、第二期における道路沿道(道路端から五〇m以内)に限定するのが相当であり(したがって、その時期には設置されていない阪神高速大阪西宮線は除外される)、国道二号線については道路沿道についても責任がないと判断される。そうすると、本件各道路の責任については、第二期(昭和四六年から昭和五二年)における国道四三号線及び阪神高速大阪池田線の沿道に対してのみ、右各道路を走行する自動車の排出する二酸化窒素を主体とする汚染物質と工場排煙との一体的な寄与ないし違法性が認められるにすぎないこととなる。

そして、右認定を前提とすると、国道四三号線と阪神高速大阪池田線の両道路の沿道汚染は工場排煙を介することによって一体性が認められるものの、両道路間は最短距離でも三Kmも離れており(丙一六八の2)、各道路の沿道に相互の自動車排出ガスが到達する可能性は少ないから、両道路を一体として、その沿道被害について連帯責任を負担させなければならない理由はまったく存在しない。

したがって、被告国は国道四三号線の、被告公団は阪神高速大阪池田線の各沿道被害に対し、それぞれの寄与の限度において責任を負担すれば足りるものと解する。

第六章違法性及び責任

第一営造物の設置又は管理の瑕疵の意義と要件

一  国家賠償法二条一項の意義

原告らは、本件各道路を走行する自動車から排出される大気汚染物質が特定工場群等から排出される大気汚染物質とともに本件患者に健康被害をもたらしたとして、これは公の営造物たる本件各道路の設置又は管理の瑕疵に該当するとして、国家賠償法二条一項に基づき、本件各道路の設置・管理者である被告らに対しその損害の賠償を求めているものである。

しかして、国家賠償法二条一項にいう「営造物の設置又は管理の瑕疵」とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いている状態をいい、安全性を欠いている状態には、当該営造物を構成する物的施設自体に存する物理的、外形的な欠陥ないし不備によって他人に危害を生ぜしめる危険性がある場合(物的性状瑕疵)だけでなく、その営造物が供用目的に沿って利用されることとの関連において危害を生ぜしめる危険性がある場合(供用関連瑕疵)をも含み、その危害は、営造物の利用者に対するもののみならず、利用者以外の第三者に対する危害をも含むと解するのが相当である。したがって、当該営造物の利用の態様及び程度が一定の限度にとどまる限りでは危害発生の危険性がなくても、これを超える利用に供されることによって危害発生の危険性の存する状況にある場合には、そのような利用に供される限りにおいて右営造物の設置、管理には瑕疵があるということができる。

そして、右営造物の設置・管理者において、かかる危険性があるにもかかわらず、これにつき特段の措置を講ずることなく、また、利用につき適切な制限を加えないまま、右営造物を利用に供し、その結果利用者又は第三者に対して現実に危害を生じさせたときは、それが右設置・管理者の予測しえない事由によるものでない限り、国家賠償法二条一項の規定による責任を免れることができないと解される(最高裁昭和五六年一二月一六日大法廷判決・民集三五巻一〇号一三六九頁―大阪空港最高裁判決―参照)。

原告らの本件損害賠償請求は、右の供用関連瑕疵を理由とするものと解されるから、以下、その視点で検討する。

二  供用関連瑕疵の要件

1  危険性の存在

国家賠償法二条一項は、道路等の公の営造物のように、その設置又は管理が公の行政作用に基づく場合に、その設置又は管理に瑕疵があったため、他人に損害が生じたときは、国又は公共団体は、過失の有無にかかわらず、賠償の責任があることを規定したものであるから、本件各道路の設置・供用に関連した瑕疵により生じた損害の賠償を求めるには、これに瑕疵、すなわち本件各道路を自動車の通行の用に供することによって沿道住民等に危害を生ぜしめる危険性があることとその危険性によって損害を生じたことを主張立証すれば足りる。

2  違法性の判断

そして、その瑕疵の存在が第三者に対する関係において違法な権利侵害ないし法益侵害となるか否かを判断するにあたっては、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為のもつ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間にとられた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情をも考慮し、これらを総合的に考察して違法な権利侵害ないし法益侵害となるか否かを検討すべきであると解する(前記最高裁判決参照)。

3  免責の抗弁

民法七一七条は、土地の工作物の占有者に限っては損害の発生を防止するに必要な注意をしたことにより免責されることを定めているが、国家賠償法二条一項はこのような規定を置いておらず、原則として免責されることはない。

しかし、営造物の設置・管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいうのであるから、不可抗力の場合など、当該営造物の設置・管理者において、危害発生の危険性を予測することができず、あるいはその危険性を回避することが不可能である場合にまでその責に帰せしめるのは相当ではない。但し、過失責任主義を採用していないことからすれば、右の予測可能性や回避可能性は、設置・管理者の主観的側面を重視すべきものではなく、当該営造物を設置してから危害が発生するまでの間における科学的、物理的、時間的制約などの客観的事由を中心に判断するべきである。

第二本件各道路の危険性について

先に判断してきたところによれば、西淀川区において、工場等の排出する汚染物質による大気汚染の影響が相当程度残存していた第二期(昭和四六年から昭和五二年)を中心として、従来から存在していた国道二号線、昭和四二年に同区内走行部分の供用が開始された阪神高速大阪池田線及び昭和四五年に同じく供用が始まった国道四三号線(以下「本件三道路」という)を走行する自動車の排出する汚染物質が右工場等の排煙と一体となることによって、西淀川区の大気環境を悪化させ、住民に指定疾病を発症又は増悪させる危険性があったと認められるから、右各道路を設置・供用し、先に認定したような多数の自動車を通行させ続けることによって、西淀川区の住民に危害を及ぼす危険性があったといわなければならない。

また、道路沿道については、第三期においても一定の危険性があることは先に判断したとおりであり、その限りでは、昭和五六年六月に全線の供用が開始された阪神高速大阪西宮線をも含めて、本件各道路の道路沿道住民の呼吸器症状の悪化などに影響を与える危険性が存在しているといえる。

第三違法性について

右のように、本件各道路を自動車走行の用に供することによって、工場等の排出する大気汚染物質とあいまって、住民に健康被害を生ぜしめる危険性があり、現に本件患者の一部に健康被害が生じているのであるから、その被害法益の重大性に鑑みれば、特段の事由がない限り、これが違法性を有することはいうまでもない。しかるところ、被告らは、侵害行為の態様、道路の公共性、道路管理者による環境対策の限界などを理由にその違法性を否定する。そこで、以下、これらの主張について検討を加える。

一 侵害行為の態様

被告らは、西淀川区の大気汚染は、都市型・生活型複合汚染であり、発生源は無数に存在し、本件各道路に関して問題とされる汚染物質の直接の排出者は各道路を走行する国民各自の自動車であり、しかも距離減衰の結果到達範囲は道路沿道のごく一部に限られ、その量もそれのみでは問題とされる余地のないものであるなど、侵害行為の態様において、違法性は低いと主張する。

確かに、先にみてきたとおり、西淀川区の大気汚染には工場等の固定発生源と自動車、船舶、航空機などの移動発生源のほかにも、ビル暖房や家庭での厨房・暖房等によって発生する汚染物質(窒素酸化物)もあるが、家庭排煙の影響はせいぜい数パーセントにとどまるものであり(Ⅳ一〇四〜一〇七頁)、無視できないにしても、その一〇倍以上にも及ぶ自動車公害の比ではない。また、道路についてみても、本件患者の居住地の周囲には縦横にはりめぐらされた生活道路が存在し、近接しているだけにその影響も否定はできない。これらの生活関連の大気汚染に対しても発生源対策などが必要ではあるが、個々人での対応には限界があり、全体的な環境対策にまつほかはないのであって、これによる汚染はいわばバックグラウンド濃度として考慮したうえで、幹線道路の設置等を行うべきである。

国道四三号線、阪神高速大阪池田線、阪神高速大阪西宮線のように一日一〇万台もの交通量を予定した巨大な道路は、それによる渋滞の解消などの環境面への効果を否定できないにせよ、他方で個々的にみれば小さい自動車の排出ガスをそれだけ大量に集積させるものであり、その危険性こそが重大であって、他発生源の存在は、それが認識不可能な場合はともかく、そうでない以上、違法性の評価に大きな影響を与える事由とはならないというべきである。

なお、本件各道路の交通量及び窒素酸化物の排出量(図表一九―(1)(2))をみると、左表のとおり、国道二号線は、他の三線と比べ、交通量(昭和四六年から平成二年の一二時間交通量の平均―但し、阪神高速大阪西宮線については昭和五六年から平成二年)においても排出量(同期間の年間排出量の平均・単位トン)においても半分以下であり、影響が比較的少ないことは考慮されなければならない。

国道二号線

国道四三号線

大阪池田線

大阪西宮線

交通量

三万〇九八九

六万一一九二

八万四二八五

六万〇五六九

排出量

九七

二四二

二四六

三〇二

また、先に検討したように自動車排出ガスは、道路端から離れるにつれてその濃度が減衰していき、道路端で一般環境濃度(道路の風上側の濃度)の約四倍ある一酸化窒素、約二倍ある二酸化窒素は、道路端から五〇m付近で一酸化窒素は半減し、二酸化窒素は大きな変化はないが、約二〇〇mの地点ではそれぞれ道路端の四分の一、二分の一程度に低下し、概ね一般環境濃度に近づくことが認められる。もっとも、前述のとおり、距離減衰があるとはいっても、自動車排出ガスの影響が道路沿道に限定されるというわけではなく、その点では被告らの主張は失当である。しかし、道路沿道と一般の環境大気との濃度差は留意されなければならない。

二 本件各道路の公共性

1 道路一般の公共性

(一) 被告らは、道路は国民の日常生活や経済社会活動に欠かすことのできない基礎的資本であり、自動車交通はその特徴(随意性、機動性、速達性、快適性)から交通手段として高い評価を受け、他の交通手段に比して主要な役割を果たすに至っており、このような結果、自動車の台数は急速に増えつづけ、道路の重要性・公共性はますます高まっているという。また、道路は、交通機能(トラフィック機能・アクセス機能)のほかに空間機能(公共施設の収容スペース・生活環境スペース・防災スペース等)などを有し、その存在は、国民の日常生活の維持存続に不可欠であり、絶対的といっても過言でない優先順位を主張しうるものであると主張する。そして、このような道路の有用性をさらに高度化することは、国民の希望するところでもあるという。

(1) 自動車保有台数の推移

昭和二五年度に約三六万台(一〇〇世帯に二台)であったわが国の自動車保有台数は、昭和六〇年度には約四六一五万台(一〇〇世帯に一二一台)と一二九倍にも増加し、走行台キロ(走行している自動車の台数に当該自動車が走行した道路の距離を乗じたもの)は、同じく約三八億台キロから約四二八四億台キロと一一四倍になっている(丙二一五)。

(2) 自動車輸送の分担率

貨物輸送における自動車輸送の占める割合は、輸送トン数でみると昭和二五年度には五九%であったが、昭和六〇年度には九〇%に増加し、輸送トンキロ(輸送トン数に輸送キロメートルを乗じたもの)は、同じく8.4%から47.4%に拡大している(丙二一五)。

旅客輸送における自動車輸送の占める割合は、輸送人員でみた分担率は、昭和二五年度の15.1%から昭和六〇年度の64.4%に増加し、輸送人キロ(輸送した人員に輸送キロメートルを乗じたもの)では、同じく7.7%から57.0%と著しく伸びている(丙二一五)。

(3) 道路に対する国民の意識

総理府の昭和五二年世論調査によると、国民の過半数が週二〜三回以上の頻度で自動車を利用し、ほとんど毎日利用している者は四割にのぼっている。また、右世論調査の結果によると、国民が居住地周辺で整備を望んでいる社会資本の第一位に道路があげられている(丙一一)。

道路施設に関する満足度では、道路が狭いことや渋滞することが大きな不満とされている(丙尋一の1)。

大阪府が昭和五四年に実施した「自動車公害についての世論調査」(丙二五三の1・2)によれば、幹線道路(両側に二車線以上ある道路)について六〇%弱が必要を認め、住宅が幹線道路の一〇m以内にある住民の六二%が必要を認めている。そして、現住地に幹線道路が建設されることになった場合にも過半数の住民は協力の意向を示していることが認められる。

(二) 以上のような各種のデータ(もっとも、右の大阪府の世論調査は両側に二車線以上ある道路を幹線道路と定義付けての発問であり、一〇車線もあり、一日一〇万台も走行するような道路を念頭に置いての解答か甚だ疑問というべきである)などからみても、被告らの指摘するような認識が一般的であり、道路の有用性を否定することはできず(丙尋一の1)、道路の違法性の評価にあたっては一定程度考慮を払わなければならないと考えられる。

しかし、地球環境問題に対する認識も高まっている現在、自動車交通の利便性にのみ注目し、交通量主義にのみ目を向けた道路政策が無批判に許されるものでないし、道路一般の公共性や重要性に対する認識や国民の希望が右のようなものであるということと、健康被害を及ぼす危険のある巨大な道路を十分な安全対策を施すことなく住居地域に設置供用することとを同列に論じることはできない。公共性の高さは、道路整備の必要性は示しても、それをどのような規模で、どのような位置に、どのような設備を備えたものとして設置するかについて道路の設置・管理者にフリーハンドを与える趣旨のものでないことはいうまでもなかろう。むしろ公共性の高さは、道路が設置された沿道住民の利益のためだけのものではないことを示しているのであって、公共性が高ければ高いほど、それを利用する範囲は広範囲に及ぶこととなるのであるから、より一層安全性に配慮し、全体の利益のために少数の沿道住民に被害を及ぼすような結果を回避しなければならない。

したがって、被告らは、道路一般の公共性や重要性の高さなどを論拠に、絶対的といっても過言でない優先順位を主張しうるというが、到底左袒することはできない。ことに、本件において問題とされているのは指定疾病の罹患・増悪という極めて重要な健康被害であり、そのような被害の危険性がある以上、公共性の名においてその違法性がすべて解消されるとはいいがたい。

(三) もっとも、道路が国民生活に深く根ざしたものであることからすれば、いかなる被害をも及ぼしてはならないとまではいいえないのであって、一般の生活道路はもとより、それらをつなぎ地域交通網の中心となる幹線道路などの影響は一定限度で受忍せざるをえないであろう。この点からみて、国道二号線は、その成り立ち、規模、地域交通に果たす役割などにおいて、他の三路線とは異なる側面があり、両者を同列に論じるのは相当でない。

2 本件各道路の重要性及び公共性

(一) 被告らは、阪神都市圏及び西淀川区地域の地域特性と交通特性からみても、本件各道路は、同地域の自動車交通とそれを支える基幹道路として重要性と公共性は明確であると主張する。

(1) 地域特性

阪神都市圏は、商工業及び社会・経済の中枢管理機能の強い大阪市、商工業及び経済社会活動の中心的位置を占め、かつ、港湾流通機能の強い神戸市の両市を複核とし、その間に住宅及び教育文化的機能の強い芦屋市、西宮市等、並びに工業生産的機能の強い尼崎市がそれぞれ固有の機能を発揮しながら、全体として総合的な都市圏を構成しており、西日本における商工業の中心的地位を占めるとともに、近畿地方の経済の心臓部ともなっていることは被告らの指摘するとおりである(丙尋三の1)。そして、その一部に属する西淀川地域が工業活動の活発な住工混在の町であり、就業地としての特性を有していることは先にみたとおりである(Ⅰ三六頁)。

(2) 交通特性

このような地域特性から、阪神都市圏における物資流動は、圏域内が約三分の一強、圏域外が約三分の二弱を占めており、その輸送手段は、貨物自動車によるものが七〇%を超えている。

右調査によれば、人の移動については、圏域内だけの移動が全体の約七七%を占め、そのうち自動車利用は五二%に及んでいる。

西淀川区の物資流動については、同区内々の流動量は八%程度に過ぎず、ほぼ半数が同区を除く阪神都市圏内での流動であり、同区が阪神都市圏と相互補完の関係にあることが窺われる。そして、その輸送手段は、同区内々はほとんどが貨物自動車によっており、同区と阪神都市圏内との物資流動についても八五%が貨物自動車により行われている。

西淀川区に関連する人の移動においても阪神都市圏内で終結するものが八四%に及び、その交通手段の過半は自動車である(丙二四三―昭和五〇年度から翌五一年度にかけての京阪神都市圏物資流動調査、丙尋三の1)。

本件各道路は、これらの自動車交通の大半を分担している。

(3) 国道四三号線、阪神高速大阪池田線及び同大阪西宮線の建設の主目的

(イ) 国道四三号線

阪神都市圏の主要幹線としては国道二号線(阪神国道)しか存在せず、大正一五年に拡幅整備されて以来、同国道は、阪神地域のみならず、わが国の幹線道路として長期間その機能を果してきたが、昭和二八年には飽和度が一一八%(道路構造令による許容台数一万八〇〇〇台に対する交通量二万一二四六台の割合)となり、昭和三〇年には一四五%、昭和三三年には二〇八%、昭和三五年には二四五%と悪化し続け、交通麻痺は著しく、その機能を十分に果たしえない状況となっていった(丙三三)。

国道四三号線は、先に本件各道路の設置供用の経過でみたとおり、戦前から、大阪湾の沿岸部にある阪神臨海工業地帯の振興を図ること、神戸港と阪神工業地帯を直接連絡すること、商業的局地交通量が増加している阪神国道のバイパスとすることなどを主目的として計画されていたものであるが、昭和三八年に兵庫県下の供用が開始された当時は、右のような阪神国道の渋滞状況を解消するものとして歓迎された(丙三一)。

(ロ) 阪神高速大阪池田線

また、昭和三〇年代中ころの大阪市内の都心部の交通量は限界容量をはるかに超え、国道二号線と同様、御堂筋(北区堂ビル前)の飽和度は四二〇%、国道一号線(旭区今市町)は三二二%に達するなど、速度低下が著しく、交通麻痺が常態化していた(丙三三)。このような状態を解消し、都市機能を維持し、地域の産業、経済の発展を図るために、一般道路と完全に分離して大量の交通を処理できる自動車専用道路の必要性が高まり、阪神高速道路公団法の成立を受けて、被告公団において計画したのが、都心部の自動車交通を処理する環状道路と、都心部と周辺部を連絡する数本の放射状道路である。阪神高速大阪池田線は、この環状道路(環状線)と放射道路(空港線)で構成されているが、当初は急速にベッドタウン化しつつあった大阪市北部の豊中市や池田市等と就業地である大阪都心を既設の大阪府道大阪池田線を介して直結させる道路として計画され、その後名神高速道尼崎・栗東間の開通、大阪国際空港の拡張計画、中国縦貫道路の開通、万国博覧会の開催等を受けて、大阪国際空港まで延長されたものである。この開通により大阪の交通麻痺の解消と走行時間の短縮に大きな期待がもたれた(丙三九、四〇、丙尋四の1)。

(ハ) 阪神高速大阪西宮線

阪神高速大阪西宮線は、昭和四四年に都市計画決定がなされているが、当時、大阪市内においては環状線を含め、阪神高速大阪池田線等の路線網が概ね完成し、また、神戸においても、神戸市内から名神高速道路のインターチェンジ(西宮)までの間に阪神高速神戸西宮線が完成しており、この両者を結び付けることにより、大阪市と神戸市及び阪神間の沿線各市の都市機能の増進、維持が図られるとして、そのような目的のもとに、大阪・神戸都心部を最短で結ぶルートが計画された。しかし、道路環境問題が社会的にも大きく取り上げられていた時代であり、沿線住民の強い反対があったことも原因して、一二年を要して昭和五六年六月に供用開始されることになった。この結果、阪神高速大阪池田線、国道二号線及び国道四三号線などの旧来の道路についてはかなりの交通量減少効果があり、また、阪神間の時間短縮効果においても相当の成果が得られている(もっとも、二四時間交通量については、阪神高速大阪西宮線を加えると昭和五五年の約二三万九〇〇〇台から二九万六〇〇〇台となり、全体としては大きく増加している―図表一九―(1))(甲五一八、五二〇ないし五二三、丙二五九、二六一、三四九、丙尋四の2・3)。

(4) 国道四三号線、阪神高速大阪池田線及び同大阪西宮線の役割

以上のような阪神都市圏並びに大阪都心部の自動車交通の体制を整備し、都市機能の維持や阪神臨海工業地帯の発展を意図して建設された国道四三号線、阪神高速大阪池田線及び同大阪西宮線がその設置の目的に従い、阪神都市圏の地域特性、交通特性の中で重要な役割を果たし、西淀川区においても、他の幹線道路と一体となって道路網を形成し、産業経済活動の中枢としての役割のほか、日常の生活物資の輸送、住民の移動、緊急自動車等の運行、バス路線などとしても中核的な役割を担っていることは明らかである(丙二五一、二五九、丙尋三の2、丙尋四の1・2)。もっとも、本件各道路の西淀川区に出発地・目的地をもつ西淀川区流出入交通は、北断面で9.7%、南断面で16.2%にすぎず、他は西淀川区に関係のない通過交通となっている(丙二五二)。

(二) 右のように、本件各道路が阪神都市圏において重要な役割を有し、西淀川区の自動車交通についても中核的な位置を占めていることは十分に窺うことができるが、先にも述べたように、このような道路の公共性や重要性は、沿道住民の健康被害までをも容認するものではありえない。しかも、国道四三号線、阪神高速大阪池田線及び同大阪西宮線の設置供用の目的や道路の規模並びに通過交通の多さからも明らかなように、西淀川区の住民の受ける利益はそのごく一部にすぎないのであって、そのような利益の多くはこれらの道路が西淀川区内に存在しなければ受けられないというわけのものでもなく、沿道住民に多少の利益があるとしても、健康被害を容認しなければならない事由となるものではないことはいうまでもなく、違法性を完全に阻却する事由とはなりえない。

三 環境対策とその限界

被告らは、戦前・戦後を通じての大気汚染現象は、殖産興業政策、富国強兵政策、戦後復興等の行政による近代化政策に追随して、人口の都市集中、自動車交通の著しい増加などの都市化現象が進展し、都市部に発生源が集中したことによって惹起されたものであり、国民の総意に基づく面を忘れてはならず、これに対し、道路の設置・管理者としてのとりうる環境対策は十分に行ってきたものであり、なお道路公害が完全には克服されていないとしても、これは発生源対策の強化、交通規制、道路網の整備、物流対策、人流対策、低公害車の普及促進等の諸政策を長期的展望の下で総合的に推進していく以外になく、それには国民的合意の形成のうえに、社会的、財政的、技術的な諸制約の克服へ向けた関係者の一体となった努力が必要であり、ひとり道路設置・管理者の責任ではありえないと主張する。国や大阪府・大阪市等が進めてきた環境行政(Ⅰ七五〜一〇〇頁)及び環境基準の設定(Ⅰ一〇九〜一一三頁)については先にみたとおりである。ここでは、自動車排出ガスに対する環境対策の現状について検討する。

1 発生源対策

(一) 発生源対策の法的仕組み

発生源対策とは、自動車排出ガス規制により排出量の低減化を図ることを目的として、大気汚染防止法及び道路運送車両法に基づいて、環境庁長官と運輸大臣により行われるものである。

環境庁長官は、大気汚染防止法一九条一項により、自動車排出ガスの許容限度を定めることとされており、運輸大臣は、同条二項により道路運送車両法に基づく命令で、この許容限度が確保されるようにすべきことが定められ、道路運送車両法四一条に基づく道路運送車両の保安基準(昭和二六年運輸省令第六七号―以下「保安基準」という)により排出量が規制されている。

そして、道路運送車両法二〇条において、都道府県知事は、自動車排出ガスによる大気の著しい汚染が生じ、又は生じるおそれがある道路の部分及びその周辺の地域について、自動車排出ガスの濃度の測定を行うこととされ、同法二一条において、都道府県知事は、大気の汚染が一定限度を超えていると認められるときは、都道府県公安委員会に対し交通規制の措置を要請すること、また、特に必要があると認めるときは、道路構造の改善その他自動車排出ガスの濃度の減少に資する事項に関し、道路管理者等に意見を述べることができることとされている。さらに、緊急時の措置として、都道府県知事は、自動車の運行の自主的制限を求め、あるいは都道府県公安委員会に対し交通規制措置を要請することとされている。

自動車排出ガス規制は、保安基準によって確保されるとともに、これを担保するため、自動車に対する新規検査及び継続検査が行われ、街頭における不良車両の検査等が行われることになっている。

(二) 自動車排出ガス規制の経緯

(1) 自動車排出ガス規制のはじまり

昭和三七年のばい煙規制法の制定に際し、衆議院社会労働委員会において、自動車排出ガス(一酸化炭素)対策を早急に確立するように求める付帯決議がなされ、以後、排気ガス対策の研究、調査が進められ、昭和四一年四月には衆議院産業公害対策特別委員会で「自動車排気ガス規制に関する件」の決議がなされ、一酸化炭素の規制目標が定められ、自動車排気ガス規制が開始されることとなった。

そして、一酸化炭素や炭化水素に対し、新車のCOの平均濃度を三%以下とする四モード濃度規制(昭和四一年)を開始し、昭和四二年からは使用中の自動車に対する排気ガス点検整備の実施も始め、昭和四四年以降は排出基準を2.5%に強化し(丙七九)、さらにブローバイガス還元装置の備付けの義務化(昭和四五年―丙八〇)や燃料蒸発ガス排出抑止装置の備付けの義務化(昭和四七年―丙八一)などを実施してきた。その後、窒素酸化物も規制対象になり、以後の各規制が行われるようになった。

(2) 四八年度規制

昭和四七年一二月改正(昭和四八年四月一日施行)の保安基準により、一酸化炭素、炭化水素、窒素酸化物について、次の規制が行われた(以下「四八年規制」という)(丙八二)。

(イ) 軽量車に対する一〇モード重量規制

軽量車(ガソリン又はLPGを燃料とする自動車のうち車両総重量2.5トン以下の自動車等―新車)について、一定の負荷状態で指定の運転条件(一〇モード)で運行する場合に発生し、排気管から大気中に排出される排出物に含まれる一酸化炭素、炭化水素、窒素酸化物の走行距離一Km当たりの排出量(単位:グラム)が次の値を超えないものとする。

自動車の種別

一酸化炭素

炭化水素

窒素酸化物

軽量車

燃料・ガソリン

26

3.8

3

燃料・LPG

18

3.2

3

二サイクルの軽自動車

26

22.5

0.5

(ロ) 重量車に対する六モード濃度規制

重量車(ガソリン又はLPGを燃料とする自動車のうち軽量車を除くもの)について、六モードでの排出物に含まれる前記物質が次の値(容量比)を超えないものとする。

自動車の種別

一酸化炭素

(百分)

炭化水素

窒素酸化物

(百万分)

重量車

燃料・ガソリン

1.6

520

2200

燃料・LPG

1.1

440

2200

(3) 五〇年度規制

昭和四九年一月改正(昭和五〇年四月一日施行)の保安基準により、乗用車(昭和五〇年一二月一日以降に製造されたもの)を中心に四八年度規制が次のとおり強化された(以下「五〇年度規制」という)。

自動車の種別

一酸化炭素

炭化水素

窒素酸化物

軽量車

定員一〇人以下の乗用車

2.7

0.39

1.6

その他

17

2.7

2.3

二サイクルの軽自動車

17.0

15.0

0.50

なお、コールドスタート時の排出ガスの実態を評価する運転条件(一一モード)での規制も追加されている(丙八三)。

(4) 五一年度規制

昭和五〇年二月改正(昭和五一年四月一日施行)の保安基準により、五〇年度規制の一〇モード重量規制の定員一〇人以下の乗用車の窒素酸化物の規制値を1.60グラムから0.84グラムに強化するなどの規制措置が加えられた(以下「五一年度規制」という)(丙八四)。

(5) 五二年度規制

昭和五一年一二月改正の保安基準のうち、四八年度規制の重量車の六モード濃度規制について窒素酸化物の規制強化が図られ、その改正部分が昭和五二年八月から施行されることになった(以下「五二年度規制」という)(丙八五)。

(6) 五三年度規制

昭和五一年一二月改正の保安基準のうち、軽量車に対する一〇モード重量規制度について窒素酸化物の規制強化(定員一〇人以下の乗用車の窒素酸化物の規制値を0.84グラムから0.48グラムに強化するなど)が図られ、その改正部分が昭和五三年四月から施行されることになった(以下「五三年度規制」という)(丙八五)。

(7) 五四年・五六年・五七年・五八年規制

昭和五二年一二月の中公審答申「自動車排出ガス許容限度長期設定方策について」に基づき、二段階にわけてトラック・バス等の窒素酸化物の排出規制の目標値が示された(重量ガソリン車で第一段階一一〇〇ppm、第二段階七五〇ppm、直接噴射式ディーゼル車で第一段階五四〇ppm、第二段階四七〇ppmなど)。

第一段階の規制は、全車種について昭和五四年規制(ガソリン車は昭和五四年一月、ディーゼル車は同年四月から適用)として実施され、第二段階については、軽量・中量ガソリン車については昭和五六規制、重量ガソリン車・軽貨物車及び副室式ディーゼル車については昭和五七年規制、直接噴射式ディーゼル車については昭和五八年規制として実施された(丙二三七―昭和六一年版環境白書)。

(8) 六二年規制

昭和五六年五月、自動車公害防止技術評価検討会は、ディーゼル乗用車について、新たに窒素酸化物低減のための二段階目標値を示した〔小型車(等価慣性重量1.25トン以下のもの)で第一段階0.7g/km、第二段階0.5g/km、中型車(等価慣性重量1.25トンを超えるもの)でそれぞれ0.9g/kmと0.6g/km)。そして、第一段階の目標値に基づく規制が昭和六二年規制として実施された(丙二三七)。第二段階については施行年度がまだ決定されていない〕。

(9) 六三年・六四年・六五年規制

昭和六〇年一一月、環境庁は、中公審に対し、自動車排出ガス低減対策のあり方について諮問し、自動車排出ガス専門委員会で審議のうえ、昭和六一年七月、中間答申が取りまとめられた。右中間答申は、窒素酸化物対策の緊要性から、昭和六三年末から同六五年(平成二年)末を目途とした大型ディーゼルトラックの一五%削減、軽量トラックの乗用車並み規制等の低減目標が示され、これに基づき、トラック・バスの排出する窒素酸化物についての六三年・六四年・六五年の各車種別削減率が決定され、それぞれ実施に移されることになった。

その後、平成元年一二月に中公審答申がまとめられ、短期(五年以内)及び長期(一〇年以内)の二段階の目標値が定められ、窒素酸化物の低減策が実施されている。

(10) 自動車NOx法による総量規制

平成四年一二月一日、自動車から排出される窒素酸化物の特定地域における総量の削減等に関する特別措置法(いわゆる「自動車NOx法」)が施行された。同法に基づいて閣議決定された総量削減基本方針は、特定地域において平成一二年度末までに二酸化窒素に係る環境基準をおおむね達成することを目標とし、自動車単体対策の強化、車種規制の実施、低公害車の普及促進、物流・人流・交通流対策の推進、局地汚染対策の推進等を基本事項として挙げている。

(三) 自動車排出ガス規制効果の推移(窒素酸化物)

以上のように昭和四八年に始まった自動車排出ガス規制に係るNOx排出量(平均値)の低減効果は図表三一のとおりである。これによると、ガソリン・LPGを燃料とする自動車のうち、トラック・バスについては、未規制時と比較して八ないし二五%まで削減され、乗用車については、八%まで低減している。しかし、軽油を燃料とするディーゼル車のうち、乗用車については、二九ないし三七%まで低減しているが、トラック・バスについては、三六ないし四七%までの低減にとどまっており、ガソリン・LPG車に比べると、ディーゼル車の低減率は相当低いことが認められる(丙三六四―昭和六三年版環境白書)。

2 交通規制対策

(一) 交通規制対策の法的仕組み

(1) 公安委員会による交通規制

昭和四五年の道路交通法の改正により、都道府県公安委員会は、交通公害を防止するため必要があると認めるときは、交通整理、歩行者又は車両等の通行の禁止その他の道路における交通の規制をすることができるものとされ(同法四条一項)、また、同委員会は、大気汚染防止法二一条等の要請があった場合等、必要があると認めるときは、当該交通公害の防止に関し右規定による措置を行うものとされた(同法一一〇条の二)。

(2) 都道府県知事による道路交通法上の措置要請

昭和四五年の大気汚染防止法の改正により、都道府県知事は、自動車排出ガスにより道路の部分及びその周辺の区域に係る大気の汚染が総理府令で定める限度を超えていると認められるときは、都道府県公安委員会に対し、道路交通法の規定による措置を要請するものとされ(測定に基づく要請―同法二一条)、右限度は総理府令により一酸化炭素の大気中の含有率の一時間値の月間平均値一〇ppmとされた。また、同法は、都道府県知事は、気象状況の影響により大気の汚染が急激に著しくなり、人の健康等に重大な被害が生ずる場合として政令で定める場合に該当する事態が発生し、当該事態が自動車排出ガスに起因する場合は、同様の措置を要請するものとしている(緊急時の措置等―同法二三条)。

そして、大気汚染防止法施行令は、右の「緊急時」を次のように定めている(一一条・別表第五)。

硫黄酸化物

一時間値が0.5ppm以上で三時間継続した場合

一時間値が0.7ppm以上で二時間継続した場合

浮遊粒子状物質

一時間値が3.0mg/m3以上で三時間継続した場合

一酸化炭素

一時間値が50ppm以上となった場合

二酸化窒素

一時間値が1ppm以上となった場合

オキシダント

一時間値が0.4ppm以上となった場合

(二) 実施されている交通規制対策

現在まで西淀川区内においては交通公害防止や緊急時の措置としての車両の通行禁止や交通規制が行われたことはなく、通常の場合の交通規制対策として行われているのは、信号の系統化(国道二号線及び同四三号線については昭和五一年三月実施)など交通管制システムによる自動車交通の円滑化、交通規制及び取締りの強化等であり、これらの対策によって、交通流をスムーズにさせ、発進・停止回数の減少、過積載の排除などによる排出ガスの低減を期待している程度にとどまっている(丙尋二の1)。

3 道路管理者としての対策

道路管理者としての大気汚染防止対策としては、道路法に基づいて行われる道路網の整備、道路構造の改善、幹線道路の沿道の整備に関する法律(沿道法―昭和五五年制定)に基づいて行われる沿道対策などがある。

(一) 道路機造令及び関係通達の整備

従来、わが国の道路整備は、自動車交通需要の増大に対処し、交通混雑の解消に重点が置かれてきたため、騒音・排出ガス等による交通公害や自然環境との調和などの新たな問題が生じたことから、昭和四八年六月に閣議決定された第七次道路整備五箇年計画において、初めて環境問題が取り上げられ、沿道の環境を保全するという大きな目標が立てられた。これに基づいて建設省は、昭和四九年に「道路環境保全のための道路用地の取得及び管理に関する基準について」と題する通達を発出し、幹線道路を新設又は改築する場合において、当該道路に隣接する地域の生活環境を保全する必要がある場合は、道路の車道端から両側にそれぞれ幅一〇m(幹線道路)ないし二〇m(自動車専用道路)の土地を道路用地(環境施設帯)として取得し、植樹帯、遮音壁等あるいは歩道、自転車道、通過交通の用に供しない道路等を設置するものとされている。その後、道路構造令は、昭和五七年の改正により、道路沿道環境を守るための植樹帯の規定を追加し、第四種第一級の道路には幅員1.5mを標準とする植樹帯を設けることとし、都心地や住宅密集地等を通過する幹線道路においては、その事情に応じた適切な値の植樹帯を設置するものとしている(一一条の三)。

(二) 道路管理者としての対策

(1) 道路網の整備

都市部におけるバイパス、環状道路の整備等、道路網の体系的整備により、通過交通をできるだけそれに転換し、都市内の道路を内部交通中心に機能させることができるようになる。それにより交通量の適正配分を行い、交通流をスムーズにし、沿道環境が改善される。

(2) 道路構造の改善

交差点の立体化、高架構造の採用、植樹帯・環境施設帯の設置などにより、交通の円滑化、大気汚染物質の拡散希釈、大気の浄化などの効果が期待されている。

(3) 沿道法による沿道対策

沿道法は、騒音対策として道路周辺を公共用地として取得して公園等として整備することなどを規定しているものであるが、これにより環境施設帯と同様の沿道環境改善の効果も期待できる。

(4) これまでに実施された環境対策

(イ) 本件地域を含む大阪湾岸地域については、平成六年に供用が開始された湾岸道路が国道四三号線等のバイパス的機能を果たすことが期待されている。

(ロ) 本件各道路の西淀川区内における道路構造等の改善として、次の施設等が設置されている。

国道四三号線〜昭和五一年度に植樹帯(歩道幅員六mのうち二mに樹木を密植)一八六〇mが設置された。

昭和五〇・五一・五五年度に高さ二mの遮音壁一六六八mが設置された。

国道四三号線と淀川北岸線との平面交差点(大和田交差点)において、国道四三号線の中央四車線の高架工事が進行中である。

阪神高速大阪池田線〜昭和六〇年三月末までに延べ四三〇mの環境施設帯が設置され(計画は四九〇mであり、残部についても用地買収完了後設置予定)、かつ、全線(三五〇〇m)にわたり遮音壁が設置されている。

国道二号線〜昭和五〇年度から昭和五二年度に延べ四〇〇二mの植樹帯が設置されている。

阪神高速大阪西宮線〜建設時に従来の高速道路の高架の高さ(約八ないし一一m)を約一二ないし一五m程度に高くする高高架構造を採用し、排出ガスの拡散希釈を容易にし、住宅地と道路との接する部分を少なくするため、片側に鉄道や河川が位置するようなルート設定を行い、住宅地と接する部分には概ね民地と高速道路との間に六ないし九mの付属街路を設置している。

(丙二二八、二四一、二六四、検丙一、二、五の1ないし8、丙尋二の1、丙尋四の1〜3)。

4 環境対策の評価

右にみた環境対策は、一酸化炭素に対する濃度規制以外はすべて国道四三号線及び阪神高速大阪池田線が設置され、全面供用が開始された後に実施されたものであるところ、被告らは、工場排煙を主とするものではあるが、西淀川区の大気汚染公害が深刻化し社会問題化していく過程を認識しうべき状況にあり、かつ、自動車の発生源対策としては一酸化炭素対策が進展しつつあっただけで、後記のとおり、窒素酸化物等による大気汚染については、科学的に解明されていたわけではないものの、その危険性が社会的にも認識されつつある状況下において、一日一〇万台規模の道路(右二道路)を住民の生活領域内に設置するについて、特段の環境影響調査も実施することなく、したがって、道路構造上なんらの環境対策を施すこともなく、右二道路の供用を開始したものであり、供用開始後の対策の困難さをいう前に、既に設置段階における配慮の不十分さが問題とされなければならない(この点においても、古来から存在する国道二号線は別異に検討する必要がある)。なお、阪神高速大阪西宮線については、設置にあたり前記のような環境対策上の一応の配慮はなされている。

その後における環境対策は、数次にわたる発生源対策が増大を続ける交通量の中で汚染レベルを大きく悪化させないで推移している大きな要因として評価され、交通規制対策も自動車排出ガスの低減効果をある程度果たしてきたものと評価される。また、被告らの実施してきた対策も、膨大な費用を要する阪神高速湾岸線の設置など、大きな効果を期待できるものもないではない。

しかし、被告らは、右三道路の供用を開始した後も西淀川区の沿道における環境影響を調査したことはなく、したがって、被告らの行ってきた道路管理者としての対策については、自動車排出ガス対策としてどのような効果があったかも明らかにはされておらず、少なくとも工場排煙による西淀川区の大気汚染がいまだ相当のレベルにあった第二期の当時において、環境対策が十分な効果をあげていたとは認められない。

被告らは、右のような各種の環境対策に関する権限の多くは、道路の設置・管理者に属していないと主張する。確かに、自動車排出ガスの発生源対策は環境庁長官及び運輸大臣の権限に属する事項であり、道路の設置・管理者は、自ら自動車排出ガスの許容限度を決定することはできないし、交通規制については都道府県知事や公安委員会の権限に属する部分が多いが、道路の設置・管理者は、当該道路を設置し供用することによって第三者に被害を生ぜしめてはならないのであって、自動車排出ガスの規制状況に応じて、道路の規模・構造、設置位置等を決定し、供用を開始した後においても、交通量と沿道への影響の調査を実施し、危険性の有無を常時監視し、知事や公安委員会の権限に属する交通規制の実情をも勘案しつつ、適切な対処をすべきであり、その危険性を回避する手段が自らの権限に属しないからといって、供用の全部又は一部の廃止(車線制限)をもなしうる道路の設置・管理者において危険性のある道路の供用を続けることが正当化されるものではない。

自動車公害を解決することの社会的、財政的、技術的な困難性は理解できないわけではなく、その解決のためには関係者の一体となった努力が必要であることも被告らの指摘するとおりであるが、健康被害の重大性を考えれば、それらの諸問題が解決されるまで、沿道住民にのみ受忍を強要するというわけにはいかないのであって、右のような諸事情をもってしても、損害賠償責任をすべて免れしめるべき違法性阻却事由と認めることは相当でないと判断する。

四 違法性のまとめ

1  以上に判断してきた侵害行為の態様、道路の公共性、環境対策の諸点を総合的に勘案するに、自動車排出ガスに対する危険性が認識されている現在においても自動車交通が社会・経済的に重要な地位を占め続けている以上、道路は重要な社会資本であり、その公共性からみて、地域内の生活に密着した道路やそれらをつなぐ地域交通網の要となる一定規模の幹線道路などは、地域社会にとって必要不可欠なものであり、それらの道路の存在による影響はある程度受忍せざるをえないというべきである。

2  その観点からすれば、国道二号線は、旧山陽道が大正一五年に拡幅改修され、阪神間の中核道路としての役割を果してきたものであり、国土を貫通する一大幹線道路ではあるが、地域交通に占める役割も大きい道路であって、その通行量や窒素酸化物の排出量も国道四三号線、阪神高速大阪池田線及び同大阪西宮線と比較すれば相当低く、かつ、国道四三号線が設置供用されたことにより、その交通量はさらに低下しており、侵害行為の面でもその影響は必ずしも大きくはないから、その違法性は、一般環境に対するもののみならず、道路沿道についても否定するのが相当である。

3  これに対し、国道四三号線と阪神高速大阪池田線は、西淀川区の大気環境の悪化が著しく進行していた時代に計画され、居住地域に一〇万台もの交通量を想定した巨大な道路を特別な環境対策を施すこともなく設置し、その供用を開始したものであり、その結果、第二期において、工場排煙とあいまって西淀川区の大気汚染に一定の影響を与え、本件患者の指定疾病の発症・増悪の一要因となっていたのであるから、その違法性が低いとはいいがたい。

もっとも、当時の大阪市内及び阪神間の交通麻痺状態は、地域の産業経済の面からも社会生活の点からも、その解消が強く求められていたものというべきであり、自動車排出ガスの危険性が社会問題化しはじめていたとはいうものの、科学的に解明されていたとまではいえないことや、技術的な諸制約からみて内陸部に道路を建設することもやむをえなかった側面も否定できない。

このような事情と、生活道路はもとよりある程度の規模の幹線道路であればその影響は受忍限度内と評価すべきであることや、その後の環境対策などもあわせ考えれば、一般環境大気の汚染レベルと比べてより高濃度の汚染にさらされている道路沿道については、その違法性を否定することはできないが、それ以外の地域については、違法性がないと判断するのが相当である。そして、右沿道の範囲については、距離減衰に関する調査結果などを考慮し、道路端から五〇m以内とするのが妥当であると考える。

4  また、本件各道路(昭和五六年に供用が開始された阪神高速大阪西宮線を含む)を走行する自動車の排出ガスは、第三期においても、道路沿道住民に対し、何らかの呼吸器症状への悪影響を与えてきていることが疑われ、本件患者の症状の増悪をもたらした可能性を否定できないことは先に判断したとおりであるが、明確な有症率の増加などはみられず、既述のようにこの時期においては、公健法の認定患者も著しく減少し、本件患者においてもこの時期に発症したと認められる者は極めて少なく、呼吸器症状への影響の度合いも明らかでないなど、権利侵害の程度が比較的軽度であることに加え、道路の公共性や環境対策の限界など、前記のような諸事情を総合すれば、受忍限度を超える違法な権利侵害があるとは認められないから、違法性を否定するのが相当である。

5  したがって、本件各道路の設置供用に関連する瑕疵については、時代区分的には第二期に限定し、地域的には国道四三号線及び阪神高速大阪池田線の各道路端から五〇m以内に居住する沿道住民に限定して、右各道路を走行する自動車の排出する大気汚染物質によりその健康を損なうなどの被害を生じている場合には、その侵害行為を違法と評価するものとする。

第四免責の抗弁について

一 予見可能性について

1 窒素酸化物の健康影響等に関する知見

国道四三号線及び阪神高速大阪池田線が全線供用開始された昭和四五年ころまでに世界及び日本での自動車の排出する窒素酸化物の健康影響等についての研究の経過等を概観する。

(一) ロサンゼルススモッグ対策(昭和三〇年)

モータリゼーションの先進国である米国カリフォルニア州ロサンゼルスでは、昭和一五年ころにはスモッグの発生がみられるようになり、昭和二二年にはカリフォルニア州法として大気汚染防止法が制定された。昭和二七年にはその原因が太陽光線と自動車排出ガスにより引き起こされる光化学スモッグであることが明らかになり、昭和三〇年、ロサンゼルスの大気汚染防止本部は、一酸化炭素、窒素酸化物、亜硫酸ガス、オゾンの四物質を汚染物質としてスモッグ警報発令基準を制定している。右基準によれば、第一警報(窒素酸化物の場合三ppm)で不必要な自動車交通の抑制、第二警報(同五ppm)で特別許可車以外の全自動車のストップなどの措置を決めている(甲五一二、五一三)。

右のスモッグは、主原因が自動車排出ガスであることから、従来の工場排煙を中心としたロンドン型に対しロス型又は都市型スモッグといわれる。

(二) 自動車排出ガス汚染に関する新聞報道等

わが国では、モータリゼーションの出発は遅かったが、昭和二〇年に四万台だった東京の自動車は昭和三三年には一〇倍にふくれあがり、工場排煙による大気汚染に加えて自動車排出ガスによる大気の汚染が注目されるようになり、昭和三〇年代に入ると新聞等でもしばしばその実態や危険性についての報道が行われるようになる(甲六〇〇の1ないし56)。そのうち窒素酸化物に関する記述のあるものの一部をみると以下のようなものである。

(1) 昭和三五年三月三日(読売新聞―甲六〇〇の3)

「自動車がよごす?都の空気―排気ガスを採取、調査」の見出しで、五〇万台を超す自動車のはき出すガスが大気汚染のおもな原因と考えられてきたので、東京都衛生局が国立公衆衛生院等でつくられた大気汚染調査研究会に都内の交差点で自動車排気ガスの調査を委託したことを報じている。その調査対象は、一酸化炭素、亜硫酸ガス、アルデハイド、窒素酸化物とされている。

(2) 昭和三五年三月二七日(週刊朝日―甲五一四)

「アナタは毒ガスの中で暮らしてる―自動車ブームで排気ガス激増」というタイトルで、ロサンゼルスの前記警報システムの紹介をし、都市の自動車公害の状況を報じているが、その中でも自動車排出ガスの成分の一つとして窒素酸化物があげられ、これがスモッグの原因の一つであることが指摘されている。

(3) 昭和三七年七月九日(朝日新聞―甲六〇〇―6)

「尼崎で排気ガス調査―汚染ひどい国道を中心に」との見出しで、阪神国道(国道二号線)での一酸化炭素、炭酸ガス、二酸化窒素の排出量の調査が実施されることが報じられている。但し、右報道の調査との同一性は必ずしも明らかではないが、尼崎市衛生局が昭和三七年八月、一一月、昭和三八年二月、五月の四回にわたって行った阪神国道における排気ガス等の実態調査報告(丙二九四)では、窒素酸化物の調査は実施されていない。

(4) 昭和三七年一二月一三日(朝日新聞―甲六〇〇の8)

「失われた青空―煙霧の季節」と題して、都会の大気汚染の状況を報じ、東京のはロス型とし、自動車排出ガスには一酸化炭素等の他に窒素酸化物が含まれており、大気汚染は慢性的な呼吸器病の原因となるおそれがあるとして、排気ガスの野放し状態の危険性を指摘している。

(5) 昭和四〇年二月二一日(朝日新聞―甲六〇〇の10)

「新しい都市公害―排気ガス―特にひどい交差点」等の見出しで、ここ数年、大都市で自動車が爆発的に増え、排気ガスによる大気汚染の害が無視できないものになってきたこと、車のこみあう交差点では、かなりの濃度の一酸化炭素、窒素酸化物、炭化水素などの有毒ガスが人の高さあたりに立ちこめていること、東大医学部公衆衛生学教室が前年に警視庁に対し都心部の交差点に近づいたらパトカーの窓を締める旨の勧告を行ったことなどとともに、運輸省が自動車メーカーの主力生産車の排気ガスの分析テストを、厚生省が都内の交通警察官を対象とした排気ガスの人体影響の調査をすることを報じている。

(6) 昭和四〇年三月五日(朝日新聞―甲六〇〇の11)

「恐ろしい排気ガス―大阪市内、一酸化炭素、一日六百㌧も」の見出しで、大阪市衛生研究所などの行った昭和三八年登録車三七万台の一日に排出する排気ガス量の算定結果(ロサンゼルスと同じ方法で算定し、一酸化炭素六〇〇トン、炭化水素六〇トン、窒素酸化物二〇トンと推計している)に基づいて、大阪市公害対策室がロサンゼルスの資料を対象にして分析をし、大阪市内を走る自動車が急増し、排気ガスの有毒性が無視できないところまできている旨の報告書をまとめたこと、同報告書はとくに排気ガスにベンツピレンなどの発ガン物質、窒素酸化物や鉛化合物が多いことを指摘している。

(7) 昭和四〇年一一月一二日(朝日新聞―甲六〇〇の14)

「排気ガス追放へ―まず観測ステーション―大阪」の見出しで、厚生省と大阪府の資金負担のもとに大阪市内に自動車排気ガスの観測ステーションを建設し、排気ガスの主成分といわれる一酸化炭素を中心に、炭化水素、亜硫酸ガス、浮遊粉じん、窒素酸化物などを観測することを報じている。その中で西淀川区内では排気ガスで立木が枯死したり、ターミナルの交通警官の職業病に排気ガスの影響をとりあげることが真剣に検討されていることも伝えている。

(8) 昭和四〇年一二月二八日(朝日新聞―甲六〇〇の15)

「窒素酸化物 排ガスにかくれた公害 低濃度で強い毒性」などの見出しで、石油系燃料の廃ガスに含まれる窒素酸化物の毒性が都市公害の中で軽視されすぎているとして、大阪市公害対策部がその人体に与える影響について本格的な調査をすすめており、日本の大都会の大気汚染はロサンゼルス型に変化しつつあると指摘されていることを報じている。

(9) 昭和四二年三月二〇日(朝日新聞―甲六〇〇の24)

「恐ろしい二酸化窒素 スモッグの人体実験から 車の排気ガスに注目を」との見出しで、国立公衆衛生院において、亜硫酸ガスと二酸化窒素について人体実験や動物実験が行われており、二酸化窒素の方が肺の奥深くまではいりこんで害を及ぼすようであり、亜硫酸ガスより恐ろしく、都会で一番の発生源は自動車の排気ガスであり、まだ濃度は低いが、都心や高速道路では高濃度になっており、将来車の増加につれて着実に増加するとして警告していることを報じている。

(10) 昭和四四年一〇月一日(朝日新聞―甲六〇〇の37)

「第三の排気ガス公害『二酸化窒素』登場 動物実験で有害を確認」などの見出しで、大阪府公衆衛生研究所が二年前から二酸化窒素について動物実験を行っており、0.7〜0.8ppmと大気汚染に近い濃度での長期曝露で肺などが侵されることを確認したとして、近い将来、亜硫酸ガスや一酸化炭素より恐ろしい存在になると警告していることを報じている。

(三) 専門文献等

昭和四九年ころまでに発表された窒素酸化物を中心とした物質の生物に及ぼす影響調査に関する文献・資料九八編は、図表三二―(1)(生体影響に関する文献)、(2)(環境基準と生体影響に関する文献)のとおりであるが、このうち最も早く発表されたものは昭和四三年の次の五文献であり、他はその後の六年間に発表されたものである(丙二八七)。

(1) 中島泰知他「NO2短期連続暴露のマウス肺・還元型グルタチオン量におよぼす影響」(大阪府公衆衛生研究所研究報告労働衛生編)

(2) 横山栄二「健康体の呼吸機能に及ぼすNO2暴露の急性影響」(公衆衛生院研究報告)

(3) 同「モルモットの換気能に対するNO2・SO2混合ガス暴露の影響(同)

(4) 同「SO2とNO2のモルモット換気能への影響の比較(同)

(5) 同「自動車排ガスの呼吸器特にその機能に対する影響―主として実験的研究について」(日本胸部臨床)

(四) 立正高校事件(昭和四五年)

昭和四五年七月一八日、東京都杉並区の立正高校で生徒四十数人が突然吐き気などを訴えて倒れ、病院に運ばれる事件が起こった。都公害規制部と都公害研究所は、新公害とみて究明に乗り出し、自動車排気ガス中の炭化水素、窒素酸化物が、夏の強い紫外線によって光化学スモッグであるオキシダントとなり、高湿度の中で大気中の亜硫酸ガスが酸化されて硫酸ミストを発生したことが原因で、世界で初めての複合汚染が犯人と推定されると発表した(甲六〇〇の53)。

2  評価

被告らは、窒素酸化物が大気汚染物質として認識されるようになったのは昭和四五年の立正高校事件が契機であり、国道四三号線及び阪神高速大阪池田線の供用が開始された当時においては、窒素酸化物による自動車公害は一般の認識にはなっていなかったと主張する。

しかし、先にみた環境行政(Ⅰ七五〜一〇〇頁)の経緯に加えて、以上の経過を総合してみると、わが国でも自動車の急増の結果、昭和三〇年代に入ると自動車の排気ガスが社会問題化しはじめ、同年代半ばには排気ガス中の窒素酸化物にも注意が向けられるようになり、科学的な知見は十分ではなかったものの、その危険性を警告する見解も示され、地方自治体等での調査も始まり、動物実験や人体実験なども行われるなどして、昭和四三年には前記五論文が発表され、昭和四五年にこれらの警告が現実化した形で立正高校事件の発生を見るに至ったものである。

被告らは、新聞記事や週刊誌の記事は内容の正確性が必ずしも担保されているとはいえないといい、前記尼崎市の阪神国道での調査の件を指摘しているが、具体的な指摘は右の件のみであり、一般論的に新聞記事等の正確性を非難するのは妥当性を欠く。また、被告らは、昭和三八年のロサンゼルスと昭和四一年の大阪での窒素酸化物濃度(一時間値の最高濃度)の比較において、前者の濃度が最低でも七倍、最高では二〇倍にもなっており、その当時において、わが国で窒素酸化物問題を認識することは困難であったとも主張する。右の比較データは、前者が年間の最高濃度値であるのに対し、後者は三日間で六時間ないし九時間の測定値内での最高濃度値であり、正確な比較をしうる条件が整っているとはいいがたい。ちなみに、後者の測定値の平均値で比較すれば、前者の方が二ないし三倍高い程度にすぎない。

先にみたように西淀川区においては全国有数の高濃度の大気汚染が社会問題となっていたのであり(Ⅳ四三〜五一頁)、加えて自動車排出ガスの有害性が繰り返し指摘され、有害物質の一つとして窒素酸化物に対する警告もなされてきていたことからすれば、そのような状況下で高濃度汚染地域に一日一〇万台規模の巨大道路を二本(国道四三号線、阪神高速大阪池田線)も設置しその全面供用を開始しようとする以上、それによって新たに大気中に排出されることになる自動車排出ガス量の調査、その危険性の研究を行わなければならないのは当然というべきであって、その契機は昭和三〇年代の終わりころないし昭和四〇年代の初頭には十分見いだすことができる。健康への影響が危惧されている以上、科学的な解明が十分でなかったからといって、危険を予測することができなかったとするのは相当ではない。なお、その後調査研究が進められ、昭和四六年には大気汚染防止法施行令の改正によって窒素酸化物もばい煙の一種として規制対象に加えられ(Ⅰ八四頁)、昭和四八年には二酸化窒素の環境基準が設定(Ⅰ一一一頁)され、各種の疫学調査等によってその有害性が明らかにされてきたことは先にもみたとおりである。

したがって、被告らの予測不可能との主張は採用できない。

二 回避可能性について

被告らは、道路の設置・管理者がその有する権限の範囲内で行いうる自動車排出ガスに係る道路環境対策は、現在通行中の自動車交通量の確保、沿道の土地利用の自由、都市部における道路用地取得の困難性等の社会的制約、道路新設工事及び道路構造面の対策における技術的制約、道路整備についての財政的制約等、種々の制約があり、被告らがこれまで実施してきた対策以上には現実的に可能な対策はとりえず、これらの対策を講じてきてもなお自動車排出ガスによる沿道住民の健康への危険性が解消されていないとされるのであれば、道路の設置・管理者の権限からみて、回避可能性はないと主張する。

しかし、先にも述べたとおり、少なくとも当該道路を供用することによって第三者に健康被害を与える危険性がある場合は、その被害法益の重大性からいってそのような危険性を有したままの道路を供用することは許されないというべきであり、供用を開始する時点あるいは供用を開始した後においても、当該道路の自動車走行により沿道住民等に健康被害等を生ぜしめる危険性がないか調査し、その危険性が明らかになった場合は、そのような危険性を回避できるように道路構造(トンネル化、シェルター化、交差点の立体化等)又は道路設備(植樹帯、遮音壁、歩道等)を改善するか、道路の周辺対策(緩衝緑地、緩衝住宅等)などを行い、それらが不可能であり、あるいは実現可能な措置をとっても十分な効果をあげることができないのであれば、走行車両数自体を削減するための措置(車線削減、大型車両の進入禁止等)をとるべきである。これらの措置は、それぞれに種々の制約があり、実現が容易であるとはいえないが、そのような事情を考慮してもなお被告らの実施してきた対策をもって十分であるとすることはできず、少なくとも損害賠償請求に対する責任を阻却すべき事由としての回避可能性の欠如を認めることはできない。

第七章損害賠償請求

第一本案前の抗弁について

被告らは、損害賠償請求において、性質の異なる被侵害利益はそれぞれ別個の訴訟物を構成するにもかかわらず、原告らの請求は、多様な被害をあげながら、各被害の内訳を示すことなくその合計金額の請求をしているものであり、訴訟物ごとの請求金額の特定がないから不適法であると主張する。

しかし、損害賠償請求において、一つの原因事実(被侵害行為)によって生じた健康被害を理由とする財産上の損害と精神上の損害との賠償を請求する場合における請求権及び訴訟物は一個であると解するのが相当であるところ(最高裁昭和四八年四月五日判決・民集二七巻三号四一九頁参照)、原告らの本件損害賠償請求は、その被害内容として、指定疾病の罹患・増悪による身体的被害、日常生活の破壊による被害、家族生活の破壊による被害、経済的被害、社会生活・文化生活等の被害を掲げるとともに精神的被害を主張し、これらを「人間総体としての被害」と捉え、その被害の総額(又はその一部)を請求しているが、その実質は、大気汚染物質によって生じた健康被害を理由とする財産上及び精神上の損害を多様な側面からみたにすぎず、その訴訟物は一個とみるのが相当である。

したがって、右各被害を各別の訴訟物ととらえての本案前の抗弁は理由がない。

第二請求の方式について

一 「損害」の主要事実

被告らは、「損害」の主要事実は、侵害行為の結果を具体的に金銭に評価算定したものであり、損害についての個々の費目、すなわち、治療費、逸失利益、慰謝料等の費目がそれに該当するとの見解のもとに、原告らの本件損害賠償請求は、主要事実の主張がないから、損害の立証の有無にかかわらず棄却されるべきであると主張する。

しかるところ、民事訴訟において、原告が訴訟物として主張する権利の存否の判断は、原則として当該権利の発生要件に該当する具体的事実の有無にかかるものであり、この具体的事実を主要事実(要件事実)という。そして、この主要事実は、弁論主義のもとでの証明の対象となるものであり、その主張がない場合には、被告らの指摘するとおり、証拠の有無にかかわらず、法律効果を発生させることはできない。

ところで、人身被害における損害をどのように認識するかについては、財産上の損害と精神上の損害(慰謝料)に分け、さらに前者を積極的損害(治療費等)と消極的損害(逸失利益)に区分し、それらを集積したものとみる考え方(差額説)や財産上の損害も慰謝料も、一個の不法行為に基づく同一利益の侵害による損害を填補するものであり、身体ないし生命そのものが被侵害利益であるとする見解(死傷損害説)のほか定型化・定額化を指向する考え方などもある。

そして、そのような損害の主張における主要事実については、治療費、労働能力の喪失割合、過去及び将来の収入等の具体的項目自体を主要事実とする見解やそれらは損害認定のための間接事実ないしは損害評価の手段に過ぎないとする意見、すべての項目を併せた総損害額が主要事実であるとする考え方などがある。

いずれの見解に与するかはともかく、弁論主義のもとで損害を認定する場合には、①被害者側のすべての損害が把握できること、②加害者側において適切な防御権の行使が可能であること、③裁判所の判断の客観性が保たれること、が重要である。被告らの主張するように具体的項目自体を主要事実とする考え方に立っても、逸失利益の算定などは統計的数値などによる推定の側面を否定できず、入・通院の雑費などは定額化の方向で処理することによって立証の煩雑さをある程度緩和することなどの配慮がなされていて、それだけでは把握できない損害は慰謝料として斟酌されるのであり、被告らの主張するような方法のみが損害主張の絶対的方法であるとまではいえない。前記の三つの要請を大きく損なわないことに留意しつつ、事案に応じた主張方法を許すことも不当とはいえない。

二  包括請求

原告らは、本件患者の指定疾病罹患に起因する損害について、その各発生時から本件口頭弁論終結時(平成七年三月二九日、但し、死亡者については死亡時)までに被った総体としての被害を包括して損害と主張し、その賠償を求めている(但し、医療費関係の積極損害は除く)。これに対し、被告らは、このような請求方式は、算定基準や方法が客観的に確立されていないため、審判の対象を不明確にし、適切な防御権の行使が制限され、恣意的な認定になる危険があるなどとして反対している。

確かに、死傷損害説に立ったとしても、身体ないし生命の損害額を直接的に把握する手段は存在しないのであって、実務で一般的に行われている個別損害項目を積み上げていく手法を取り入れる以外に損害を公平かつ合理的に算定することは困難である。右のような積み上げ方式をとっても、従来の個別項目が損害把握の方法として十分であるかいささか疑問があり、それ以外の損害を一括りにして慰謝料として認定する点において、損害内容の不明確化のおそれがあるうえ、個別損害項目ごとの主張・立証をしないのであれば、被告らが危惧するのももっともな面がある。

しかし、従来の個別積算方式においても、補完的とはいえ慰謝料額は包括的な判断が避けられず、項目によっては定額的な評価も行われていることに加え、先にも判断したように、指定疾病は、罹患すると長期にわたり継続することが多く、その症状も必ずしも一様ではなく、症状に応じて被害の内容も多種多様にわたることが想定され、これを個々的に証明することは相当の困難を伴うことになり、多数の当事者が関与する本件のような公害訴訟においては、いたずらに審理を長期化させる原因となり、それは被害者救済を不当に遅らせることにもなりかねない。他方、公害訴訟の場合、罹患疾病に共通性があるから、罹患疾病の種類、罹患後の時間的経過、症状の推移、入・通院期間などによって被害内容をある程度類型化することも可能であり、財産的損害についても、年齢・職歴・性別などと右の類型的被害から概ね把握することは可能である。そうすると右のような個別要素を加味して類型化した損害の認定は、公害被害の特質や集団訴訟の現実に対応したものでそれなりの合理性を有するものと評価できる。そして、それらの算定については、できる限り各種の統計資料等により蓋然性の高い額を算出するように努め、それが困難な場合には被害者側にとって控えめな算定方法によることとすれば、加害者側においても、類型化された損害の評価についてある程度の防御をすることも可能であるし、統計的手法による損害算定は一般にも取り入れられているものであるから、不当に不利益を課することにはならないというべきである。

したがって、原告らの包括請求については、指定疾病の罹患によって被った被害を前記のような個別的あるいは類型的要素に基づいて算定される損害を中心とし、これによって把握することの困難な精神的損害を加えたものを包括損害として請求しているものと理解すれば、これをあえて違法としなければならないものとはいえない。

三  一部請求

原告らは、本件損害賠償請求を一部請求であると主張するが、法律上の一部請求の場合は、損害の総額を明示し、その一部を特定する必要があるところ、原告らは指定疾病罹患によるあらゆる被害を総体としての被害と位置づけて、その賠償を求めており、損害の総額を明示していないから、一部請求とは認められず、審判の対象は、その主張する損害賠償請求権の存否とするほかはなく、この判決の既判力は口頭弁論終結時までに生じた損害賠償請求権の全部に及ぶことになる(なお、原告らは、損害の総額を明示しなければならないとするのであれば、公健法等により原告らが受給した額と本訴請求額の合計を損害の総額と主張するというが、後記のように右受給額は損益相殺の対象となりうるから、結局、全額請求をしているのとかわりはないことになる)。

四  一律請求

原告は、本件大気汚染被害の共通性、等質性を理由に、死亡者と公健法の認定等級に基づき四類型に分け、各類型ごとに一律の請求をしている。これに対し、被告らは、損害賠償は個々の被害者に生じた損害の填補であり、加害行為が同一であっても被害が同一とはいえないとしてこれを批判している。

被告らの批判は一面もっともであるが、この点は、先にも述べたように、被害実態に沿ってある程度の類型化をすることは可能でもあり、また、公害被害の共通性・等質性に立脚して損害算定の面でもその特質をある程度反映させることはそれなりの合理性もあるから、類型化を一概に非難するのは相当でない。しかし、損害の個別性をまったく無視することも妥当でなく、前記のような個別指標を重視しつつ損害の評価を行うべきである。もっとも、原告らが類型別に一律の請求をすること自体は、請求額の上限を画する以外の意味はなく、裁判所がそれに拘束されるわけではないから、何ら問題とするに足りない。

第三被害と損害の把握について

一 被害実態

原告らは、西淀川区における大気汚染公害被害の特徴は、①激甚な汚染が広範な被害をもたらしたこと、②患者の病苦が深刻であり、死にいたる病であること、③被害が数十年にわたって継続していること、④被害が身体被害を核として連鎖し、増幅して全人間的破壊に及んでいることであるとして、身体的被害を中心にして前記のような各種の被害態様の主張をしている。

しかるところ、本件患者が罹患したと主張する指定疾病は、人が生存のために一時たりとも欠かすことのできない呼吸機能に障害を及ぼす呼吸器疾患であり、その基本病態と主症状の概要は先に判断したとおりである(慢性気管支炎―Ⅳ一六三頁、肺機能―Ⅳ一八一頁、気管支ぜん息―Ⅳ一九〇頁)。いずれも重症の場合は死の転帰を迎えることもあり、本件患者中にも指定疾病に起因する死亡者が相当数存在することが示すように死の不安にさえさらされている者もおり、そうでなくても長期にわたることが多く、心身に与える苦痛は甚だ大きく、程度はともあれ、生活全般にわたり原告らの主張(Ⅱ二四五〜二七〇頁)するような被害が生じていることは、原告ら各人の陳述書及び本人尋問の結果に照らしても推測にかたくない。しかし、原告らの主張する被害実態は、最重症者を念頭に置いたものと考えられる。実際には、公健法の認定等級が、特級・一級・二級・三級・級外の五段階に区分されており、原告らの一律請求も四類型に分類されているように、その症状のレベルは患者ごとに様々であり、重症患者と軽症患者ではその病苦の程度は大きく異なるのであるから、その被害は、症状の程度を基本において評価しなければならない。

二 損害の把握

原告らは、右のような被害を全体として「人間総体としての被害」としてとらえ、その被害こそが本件損害賠償の対象であり、大気汚染公害の特質からすれば、従来の制限賠償的な損害賠償実務の枠を超えて完全賠償がなされるべきであると主張する。生命・身体に対する侵害が医療費や入・通院の交通費・雑費、付添費などの積極損害、得べかりし収入の喪失などの消極損害などの類型化された被害にとどまるものでないことは指摘のとおりであるが、原告らの主張するような総体としての被害との乖離については慰謝料の判断において補完的に把握されているのであって、右のような項目を基本とした損害額の認定は、原告らの主張する完全賠償額を評価する一手法であり、加害者側の防御権にも配慮した方法であって、これを非難するのは当たらない。したがって、本件においても、基本的には従来から一般的に類型化されている損害項目について検討し、右のような被害実態をふまえて、類型的損害項目によって把握することの困難な損害を慰謝料として考慮することとする。

第四個別被害の存否、原因及び損害評価

一 はじめに(検討事項の整理)

1 指定疾病罹患の有無

第四章(発症の因果関係)において判断したとおり、西淀川区の大気汚染と指定疾病(ぜん息性気管支炎については、後述のとおり究極的には慢性気管支炎ないし気管支ぜん息として捉えられるべきものである)の発症との間に因果関係が存在することが一般的に認められる(指定疾病の発症についての因果関係が認められる以上、当然のことながら症状の経過ないし増悪についてもこれが認められるはずであるから、以下では発症について因果関係をいう場合は、特に触れなくても、増悪についてのものも含むものとする。なお、増悪についての因果関係だけをいう場合は、その旨明示する)。したがって、本件患者について損害賠償請求の成否を決するためには、まず、これらの者が指定疾病に罹患しているか否かを検討する必要がある。

また、各指定疾病の発症原因の相違等に応じて、いずれの疾病に罹患したかによって、被告らの賠償責任の成否や範囲が異なる場合がありうるので、指定疾病相互の鑑別や指定疾病の合併の当否なども検討する必要がある。

患者全体に共通する問題については、二項で検討する。

2 個別的因果関係の評価

個々の患者の指定疾病罹患が肯定されると、それが大気汚染を原因とするものであるか否かが問題となる。

指定疾病は非特異性疾患であるから、その発症については大気汚染以外の因子(アレルギー、喫煙、加齢、職場汚染などの他因子)の存否も考慮すべきであるところ、他因子のみが指定疾病の原因であることが個別に立証された場合には、被告らの責任が否定されることはいうまでもない。また、指定疾病が右各他因子の影響も含めた非特異性疾患であることに鑑み、大気汚染と指定疾病発症の間の因果関係の証明が、個々の患者についての直接の立証ではなく、疫学的な面からの大数的な立証を経由したものであることを、個別的因果関係をみるうえで如何に勘案すべきかなどを検討する必要がある。したがって、個々の患者について、被告らの主張する他因子の有無と程度をみていかなければならない。

患者全体に共通する問題については、三項で検討する。

3 損害算定上の考慮事項

賠償されるべき損害の算定においては、まず、その基礎となる症状の程度をどのように把握すべきかを検討する必要がある。

次に、指定疾病の発症・増悪に関して競合原因(他因子)が寄与する場合にそれを右損害算定にいかに反映させるべきかを検討する必要がある。

患者全体に共通する問題については、四項で検討する。

4 個々の患者に関する証拠

本件患者の指定疾病罹患の有無とその原因、症状の程度等に関する証拠としては、次の各証拠(①ないし④は甲ア号証、⑤ないし⑦は乙コ号証)が提出されている(但し、右書証の一部が提出されていない患者や右書証以外の書証が提出されている患者もある。なお、診療録等や医学的検査記録等そのものは提出されていない。)。

① 「陳述書」及び「陳述補充書」(一部)(患者本人又は同居家族等作成)

② 「公害健康被害の補償等に関する法律に基づく認定等に関する証明書」(大阪市長作成)

③ 「診断・証明書」及び「診断・証明書(回答)」(一部)

(本件訴訟提起後、本件患者の主治医が過去の記録を調査のうえ、指定疾病罹患を証明する目的で作成したもの)

④ 「死亡診断書」(死亡患者について)(医師作成)

⑤ 「認定申請書」(又は「公害健康被害補償法認定申請書」)(申請者作成)

⑥ 「診断書」(又は「診断書兼請求書」)(医師作成)

⑦ 「検査」〔又は「公害健康被害補償法医学的検査実施報告書(兼請求書)」〕(医師作成)

(⑤⑥⑦は初認定時及び病名変更・追加認定時のものが提出されているが、括弧外は特別措置法、括弧内は公健法に基づくものである。)

右の他、一部の患者については、患者の本人尋問(又は同居家族の証人尋問)がなされている(以下、前記①ないし⑦に右尋問結果を加えたものを「個別証拠」と総称する)。なお、本件患者の指定疾病罹患の有無その他の問題に関する医療専門家の見解として意見書が提出されている〔乙(サ)二―川上意見書、乙(サ)五―山木戸意見書、甲一〇四四―医師意見書〕。

5 個人票

個々の患者の経歴等〔性別、出生年月日及び死亡年月日(死亡患者の場合)、居住歴、職歴等、家族構成、喫煙歴、本人の病歴、家族の病歴〕、公害病の認定及び等級の経過(認定病名及び認定時期、等級の経過)、治療歴(初診、通院、入院)、原告らが指定疾病であると主張する疾病の発症時期は、当事者間に争いがなく又は証拠若しくは弁論の全趣旨により容易に認定できるものとして、個人票に示したとおりである(一部の患者の発症時期については争いがあるが、これについては個人票に当事者の主張を記載のうえ、前記各証拠中各掲記のものにより認定した)。

また、個々の患者の指定疾病罹患の有無、同じく大気汚染と指定疾病発症の因果関係の有無・程度、同じく損害算定上の問題点について、本件患者の全体に共通する点を以下において検討するが、被告らは、本件患者の多くのに関して個別的な問題点を指摘しているので、個人票の検討事項の項にそれぞれ「罹患疾病」「アレルギー」「喫煙」「受動喫煙」「職場汚染」「加齢」「死因」「症状の程度」等と項目を掲記し、後に必要に応じ判断することとする。

二 指定疾病罹患の有無

1 指定疾病の診断・認定

(一) 認定審査会の審査の実態

公害健康被害認定審査会のあり方に関し、証拠(甲八六、甲尋一の1ないし5―那須証言、証人金谷、同藤森)によると、以下のような事実が認められる。

(1) 個々の患者の罹患疾病についてはまず各主治医が診断する。指定疾病罹患の認定審査は書面審査であり、主治医の診断書、医学的検査実施報告書、検査データ(呼吸機能検査、心電図、レントゲン写真等)が判断材料となっており、補償給付請求の場合も同様の資料が判断材料となっていた。毎年一回の見直し及び三年(ぜん息性気管支炎は二年)に一度の更新手続の際も概ね同様の手続がとられている。

(2) 審査の結果、少数ではあるが指定疾病の罹患が否定されることもあった。

(3) 特別措置法のもとでは審査員は一〇人(大阪市)であったが、個々の患者について、主治医による指定疾病罹患の診断の妥当性を比較的丁寧に審査しており、主治医から事情を聴取することもあった。しかし、公健法のもとでは、指定地域の拡大もあって審査の件数が激増し、かつ補償給付額決定の前提として障害の程度(等級)や死亡起因率の決定が必要となり、これらに関する主治医の判断の妥当性の審査等も加わったため、審査員が一五人(大阪市)に増員され審査会の開催回数も増加されるなどしたにもかかわらず、必ずしも従来のような丁寧な審査は行えなくなった。

(4) 認定審査会においては、患者の症状や生活上の困難等を身近で継続的に観察している主治医の判断が尊重されるべきであるとされていた一方で、右のような認定審査をめぐる状況の中、主として医学的検査結果に基づいた審査がなされる傾向になっていった。その結果特に大阪市では、障害の程度の判断等について主治医の判断が十分尊重されていない(認定審査会においては主治医の判断より低めの認定がなされることがしばしばある)として、主治医の間で不満もないではなかった。

(5) 罹患疾病や障害の程度等に関して疑問がある場合は、主治医の判断に対する疑義照会がなされるものとされていた。症状、検査データなどに関する問合わせがしばしばなされるなど、実際に疑義照会が行われたこともあった。しかし、疑義照会なしに主治医の判断が否定されることもあった。

(6) 昭和五〇年代前半において全般に認定等級は軽くなっているが、症状自体に軽症化の傾向がみられる一方で等級認定の厳格化に由来する面も否定できない〔なお、大阪市(西淀川区)の等級認定は主治医の判断の段階で他地域より厳しいとの指摘があったため、緩和を図るなどの対策を考えたことがある〕。

(7) 審査の能率化のため分科会方式を採っていたが、分科会において審査員が判断に迷う場合、合同会議において資料全部をもとに判断することもあった。

(8) 慢性気管支炎の除外診断においては、胸部レントゲン写真さらに必要があれば喀たん検査や精査により、症状が限局性の病巣によらないことを確認していた。

右のような認定審査の実情を総合的に評価すれば、結果としては主治医の診断が支持されることが多いが、認定審査会において、各種検査結果に基づいて指定疾病罹患の有無について診断の正確性が検討されており、等級認定については主治医の判断と同等かやや厳格な判断がなされていたことが窺われる。

(二) 主治医の診断の実態

本件患者の主治医の一人である証人藤森弘の証言によると主治医の診断状況について、以下のような状況が認められる。

(1) 問診状況

①一日の患者数は多いものの地域の診療所としての性格上比較的頻繁な通院を期待できるため、問診は何回かに分けて行うのを常としたが、それらを合計すれば相当程度の時間となっており、②病名診断は容易なものがある一方で困難なものもあるが、後者についてはより専門性の高い医療機関(西淀病院)と共同で観察し、③既往歴は必ず聴取しており、順番を決めて一つ一つ聞いていくわけではないが、治療を進めながら患者の状態や各種検査値を見つつ臨機応変に行い、そのうち指定疾病に関係のある既往歴については認定用の申請書にも必ず記載し、④呼吸器に直接影響を与える職場の環境条件、その前提として患者の職業歴についても右同様の方法で聴取し、⑤気管支ぜん息の場合、少なくとも一親等の家族(両親)の家族歴を聴取し、⑥現在及び過去の喫煙の有無や本数を聞き、また患者が子供の場合には両親の喫煙の有無を聞いている。

(2) 各種検査

①まず、認定申請をするか否かを決めるために、自らレントゲン検査・血液検査(主として血沈)・肺機能検査〔現在ならスパイロメータを用いるが、昭和四〇年代後半はバイテイラーを用い、それ以前は独自に開発した「マッチ吹き法」(一五cmほど離したマッチの火を吐息で消せるかどうかを試す方法)を用いた〕・心電図検査を行い、指定疾病についての除外診断は右自らの検査結果に基づき行い、②公健法の認定申請をする予定の患者全員について、呼吸機能検査・動脈ガス組成検査・心電図検査・胸部レントゲン検査・血液検査を西淀川公営医療センターで受けさせ、その検査結果を申請の際提出し、③肺機能検査は、検査結果が非常に良好な場合に呼吸器疾患を否定するため行うが、患者の症状に重点を置いているため必ずしも数値だけでは判断せず、血液検査においては血沈・白血球数・血清蛋白量などに着目し、喀たん検査(西淀病院に依頼)では、一方で炎症の原因となりうる細菌(一般細菌・起因菌・病原菌)の有無を探り、他方で結核菌の有無を追及していたが、昭和四〇年代にはIgE検査は行っていなかった。

(3) 慢性気管支炎の診断

①持続性せき・たん症状を訴える患者については、慢性気管支炎と診断するにあたり、まず肺結核ないしその後遺症の有無を疑ったが、昭和五〇年代初めころまでは右可能性を慢性気管支炎より重視しており、その他気管支ぜん息・肺癌・じん肺等との鑑別が必要と考えていたが、間質性肺炎・びまん性汎細気管支炎(DPB)などは昭和四〇年代は鑑別の対象としてあまり念頭に置いておらず、②肺結核・肺癌・肺炎は胸部レントゲン検査で明確な白い影ができるから除外診断できるが、そもそも除外診断のため右検査を行うまでもなく数次の診察の中で右他疾病の鑑別は可能であり、③胸部レントゲン検査で結核の陰影がある場合はその再発を疑い、喀たん検査を行ったが、通常は胃液中の結核菌の有無までは検査しておらず、右喀たん検査の回数を増やして確度を高めようとし、④右検査に加え血液検査(特に血沈)の結果をみて、慢性気管支炎の診断をし、⑤(肋骨切除等の胸郭形成手術の後遺症としてのものを含め)気管支拡張症は胸部レントゲン検査だけでは否定できず確定診断のためには気管支造影が必要であるが、右造影は苦痛を伴うため全般的に疑わしい陰影がある場合はともかく通常は行わない方針であり、⑥肺化膿症の既往がある者については胸部レントゲン検査上陰影があっても右疾病の症状がみられないときは後遺症と診断し、また喀たん検査により再発の有無を判断し(もっとも、真菌はともかく嫌気性菌についての検査は不十分である)、肺化膿症の場合一般に気管支の変位がありうるところ、その有無・程度をみて右後遺症による症状と慢性気管支炎の鑑別をし、⑦慢性気管支炎と気管支ぜん息の区別において、たんの性状はあまり重視しておらず、⑧慢性気管支炎の病像が多彩であり、症状そのものを重視すべきであるとの考えから、肺機能検査の結果が数値的に閉塞性障害を示すか否かは参考にはするが、診断とは必ずしも直結させてはおらず、⑨血液検査においては、特に白血球数によって急性の炎症と区別し、⑩心電図検査は必ず行い、⑪経過観察は慢性気管支炎については一年程度(なお、気管支ぜん息・ぜん息性気管支については半年程度)は行っていた(但し、前医がいる場合はその観察と併せて判断していた)。

(4) 気管支ぜん息の診断

①発作を眼前で観察しかつ治療によりそれが治癒すれば、ことさら気道過敏性をみるためのアセチルコリン吸入試験等をしたり、気道狭窄の可逆性をみるための気管支拡張剤による吸入試験等をするまでもないと考えており、②胸部レントゲン検査・喀たん検査・肺機能検査により肺気腫・慢性気管支炎と鑑別し、③地域の診療所としての性格上患者らの心臓病の有無や経過を把握していたため、心臓ぜん息ないし肺水腫との鑑別はことさら検査等するまでもなく自ずとでき、④気管支ぜん息の診断においてはアレルギー検査は重視していなかった。

(5) 肺気腫の診断

①胸部の外観、呼吸の様式、息切れ・呼吸困難の訴え、呼吸音等の臨床症状や、肺の過膨張を示す胸部レントゲン検査結果などから診断しており、スパイロメータによる残気量の測定や肺拡散能の検査は行っておらず、②肺機能検査における一秒率の数値は参考にはするが必ずしも診断に直結させていなかった。

(6) ぜん息性気管支炎の診断

①ぜん息性気管支炎の明確な定義は不明というほかないが、反復してぜん息に類した症状(ぜん鳴)を示し、呼吸音が乾いている場合にぜん息性気管支と診断し(昭和五一年以降の研修会ではなるべく気管支ぜん息と診断するよう指導されたが、必ずしもこれに従わなかった)、②胸部レントゲン検査と血液検査により肺結核と鑑別していた。

右は主治医の診断状況の一例にはすぎないが、これに加えて、①昭和四〇年代(特別措置法時代)から西淀川区医師会ではしばしば公害病に関する勉強会が開かれており、昭和五一年以降は公健法に関連する研修会がしばしば開かれ各種専門家の講義等がなされ、藤森証人も主治医としてほとんどの研修会に参加したこと、②本件患者の他の主治医もそれぞれ相当の経験を有した医療専門家であるが、前記研修会に参加していたこと、③西淀病院という中核となるべき専門医療機関が存在し各主治医との協力がなされていたことなど(証人藤森及び前記1掲記の各証拠)を総合すれば、各主治医の診断はそれぞれ相当程度慎重に行われたものと推測され、かつその正確性は相当高いものと評価できる。

(三) まとめ

以上のとおり、公健法の認定手続においては、主治医が指定疾病罹患の有無を診断するにあたって、患者の症状に対する経時的な観察を行っていることは当然として、これに加え、認定申請及び毎年の見直しと三年(ぜん息性気管支炎は二年)毎の更新申請の都度、胸部レントゲン検査・肺機能検査・心電図検査等の医学的検査をし、これらの結果をも併せ検討して診断を行い、さらに認定審査会に提出することが義務づけられており、認定審査会においては、複数専門家による検討が予定されているところ、主治医による症状の観察や諸検査、認定審査会によるそれらの検討が省略されたとみるべき事情は窺われない。また、診断書の記載や検査結果等から主治医の診断に疑問がある場合は、認定審査会から主治医への疑義照会の制度があり、現に照会された事例もあるし、それらの結果申請が棄却されたものもある。確かに、申請数が多いことなどから認定審査会が必ずしも十分に機能していない面もあり、疑義照会や棄却例は多くはなく、主治医にも経験や能力等にばらつきがあり得、患者にとって認定された方が経済的に有利であるし主治医もこの点同情的であったことなどの事情も窺えないではないが、認定手続の実態が先にみたとおりであることからすれば、全体としてその信頼性を否定することはできない。なお、公健法認定手続においては、大気汚染と指定疾病発症の因果関係を形式的要件(指定地域・指定疾病・曝露要件)の存在の有無によって制度的に割り切って捉えているが、指定疾病罹患の有無については、制度的割切りはなされていない。

そうすると、主治医の診断とこれに続く認定審査会の認定という公健法の認定手続を経た事実を前提にすれば、本件患者について、指定疾病に該当すると判定しうる症状が存在したことはもちろん、同一又は類似の症状を惹起する他疾病との除外診断がなされたものと認めてよく、またその正確性も一応肯定してよいものと思われる。

2 指定疾病罹患と他の疾病との鑑別

指定疾病と他疾病の除外診断の有無及び正確性についての一般論は右のとおりであり、本件患者については、主治医の診断と認定審査会の審査を経て、個人票の認定病名のとおりの指定疾病罹患が認定されているから、特段の事情のない限り、前記各診断書等に記載された以外の他疾病が存在すると判定するに足りる診察・検査結果等は得られなかったものと推認して差し支えないものというべきであり、したがって、本件患者について指定疾病の罹患を認定するのが相当である。

被告らは、診断書(=前記証拠⑥)において除外診断に関する具体的な記載がないこと、診断・証明書(=前記証拠③)において検査結果・所見に関する具体的な記載がないことなどを挙げて、除外診断がなされていないか又は不十分であると主張するが、失当である。

また、被告らは、パーセント肺活量や一秒率の検査結果が慢性気管支炎の罹患と矛盾する旨主張するが、慢性気管支炎であってもパーセント肺活量の数値が比較的低い(拘束性障害を示す)場合や一秒率の数値が比較的高い(閉塞性障害を示さない)場合はしばしばみられるのであるから(乙(キ)三、証人藤森)、これらのことのみをもって慢性気管支炎の罹患を否定するのは適当でない。

なお、ぜん息性気管支炎の疾病としての実態及び診断名の歴史的位置づけは先にみたとおり(Ⅳ二〇八頁)であるから、可及的に慢性気管支炎、気管支ぜん息、又はその双方として捉え直すべきものと思われる。したがって、特段の事情のない限り、当初ぜん息性気管支炎と診断・認定されたがその後気管支ぜん息と認定されたものは、当初から気管支ぜん息であったとみるべきであり、同じく慢性気管支炎と認定されたものは、当初から慢性気管支炎であったとみるべきである。

3 指定疾病の合併及び指定疾病間の鑑別

被告らは、公健法上の指定疾病のうち、二病、三病を合併していると診断・認定されている場合につき、一病のみの診断・認定をなすべきであるとし、また、指定疾病間の鑑別が十分に行われていないなどと主張している。

たしかに、指定疾病間の合併は通常生じるものであるとまではみられないし、慢性気管支炎が進行して気管支ぜん息や肺気腫に移行し、あるいは、気管支ぜん息が進行して肺気腫が発症するなどの意味で、過渡的ないし継続的に合併が生じるわけではない(乙(ウ)二九、八七、八八、証人滝沢)。また、右三疾病は、病態の一部に共通性があり(例えば、慢性気管支炎においてもぜん息様症状を伴うことがあるなど)、しばしばその鑑別には困難が伴う。そのため一般論としていえば、合併の診断や各疾病間の鑑別が十分でない場合が生じる可能性はある。

そして、右三疾病においては、その発症・増悪に寄与する原因や寄与のあり方が一部は共通するにしても全く同じではないから、大気汚染の原因性や他因子との関係におけるその相対的な大きさを検討した結果、賠償責任の有無や範囲が異なることがありえ、それゆえ右三疾病間の鑑別はもちろん、その合併の有無を明らかにする必要があることは被告らの指摘するとおりである。

しかし、先にみたとおり、例えば、慢性気管支炎は気管支の病変、肺気腫は肺胞壁の病変であるなど、右三疾病はそれぞれ別個の病気であって、順次罹患することがありえないではないばかりか、むしろ病因には共通のものがみられるから、その割合はともかくとして合併自体は生じても別段不自然ではないと考えられ、この点は医学的に概ね肯定されている(甲六六一、六六二、六六七、六七〇、六七二、六八一、六八四、七六四、六八八、一〇五一、乙(ウ)八三、乙尋一〇の2、証人山木戸、同川上)。そして、公健法に基づく認定手続の下では、右の点の正確性は、結局、指定疾病の診断・認定の正確性の問題に帰するのであり、この点については先に判断したとおりであるから、ここでも、指定疾病合併の診断・認定が不正確であることを窺わせる特段の事情がない限り、診断・認定の結果に従うのが相当であり、指定疾病間の鑑別についても同様と考える。

三 個別的因果関係における疫学的証明の評価

1 各他因子の性質や判定のあり方

個々の患者における他因子の有無や程度は、後述するとおり、大気汚染と指定疾病の発症・増悪の因果関係の把握と、賠償されるべき損害の範囲の把握に結びつくものである。

そこで、被告らの主張する各他因子の性質や判定のあり方について検討を加えておく。

(一) アレルギー(気管支ぜん息の発症・増悪)

(1) 気管支ぜん息においてアレルギー反応(アレルギー素因にアレルゲンが作用すること)は、すべての患者について不可欠の過程であるかどうかはともかくとして相当大きな比重を占めること、大気汚染は少なくとも発作誘発因子ないし症状増悪因子としての役割を演じている可能性が強いものの、アレルギー反応においては何らかのアレルゲンが存在し、他方で大気汚染物質そのものはアレルゲンとはなりえないから、一般的には発症や症状の経過のすべてに大気汚染が寄与しているとまではいえないと考えられることなどを総合すると、アレルギー素因やこれに作用するアレルゲンの日常的な存在が認められる場合には、右疾病の発症・増悪に右因子が寄与している可能性が高い(気管支ぜん息とアレルギーとの関係について、Ⅳ二〇二頁参照)。

(2) アレルギー素因の有無を判断する要素としては、以下のような諸点が挙げられている。右各要素は絶対の基準というほどのものではないが、これらを総合すれば、アレルギー素因の有無や程度を推し量ることは可能と思われる。

(イ) 発症年齢(証人山木戸)

一般に、小児期発症の気管支ぜん息にはアレルギー性のものが多く、特に小児期を過ぎて寛解(アウトグロー)する場合は、小児ぜん息の自然の経過に合致するものとして、よりその可能性が高くなる。もっとも、大気汚染地域においては、小児も他の者と同様にあるいはより一層、環境の影響を受けるとも考えられる。

逆に、中高年発症は、アレルギー性でない可能性が高くなる。

(ロ) 家族歴(甲九九〇、九九一、一〇四四―医師意見書、乙(ウ)二七一、証人川上、同山木戸)

アレルギー素因は体質的なものであり、一般に、家族歴はその有無の判断資料とされる。もっとも、アレルギー素因の遺伝性は認められるが必ずしもその程度は高くないとする調査結果もある。また、大気汚染地域においては、同一環境におかれる家族に同様の症状が現れても不思議はないとも考えられる。

(ハ) アレルギー性の他疾患(甲九九九、一一〇一―長岡証言、乙(ウ)二七一、証人川上、同金谷)

既往症ないし合併症として皮膚炎、鼻炎、じんましんなどがあり、これらがアレルギー性のものであると認められれば、気管支ぜん息もアレルギー性である可能性が高い。

(ニ) 皮内テスト(甲九八九、九九三、証人川上)

皮内テストで特定のアレルゲンに陽性反応が出れば、そのアレルゲンが気道過敏症状を起こす原因につながっている可能性がある。もっとも、皮内テストの結果は抗原液の濃度によって異なる可能性があり、それもあって、吸入誘発テストの結果と必ずしも一致しない。他方、皮内テストは検査できる抗原数が限られている。

(ホ) 減感作療法(甲九八九、一〇〇七、一〇四四―医師意見書、一一〇一―長岡証言、乙(ウ)二六五、二七四ないし二七六、証人川上、同山木戸、同金谷)

皮内テストの結果、特定の抗原によるアレルギー性の気管支ぜん息であると疑われた場合、しばしば特異的減感作療法が行われている。そして、特異的減感作療法が奏功したときは、アレルギー性である可能性が濃厚であると考えられる。もっとも、減感作療法の効果の判定は必ずしも容易ではない。また、原因抗原が特定できない場合、しばしば非特異的減感作療法が行われており、非特異的減感作療法については、体質改善的に行われるもので、感染型の気管支ぜん息に有効であるという見方や、アレルギー素因があるのを前提としているという見方がある。

(ヘ) IgE値(甲九八八、一〇四四―医師意見書、乙(ウ)二六七、二七一ないし二七三、証人山木戸)

一般に、アレルギー性疾患においてはIgE値が高くなり、正常値は五〇〇(または三五〇)IU/ml以下とされている。もっとも、IgE値は絶対の基準ではなく、IgE値が低くてもアレルギーでないとはいえないし、逆に、非アレルギー型とされる気管支ぜん息でもIgE値が正常でないことがあると指摘されている。

(ト) 好酸球値(甲九九一、一一〇一―長岡証言、乙(ウ)二六五、二七一、二七三、証人川上、同山木戸、同金谷)

好酸球値は六%くらいまでが正常値であり、それ以上であればアレルギー性の可能性が高くなる。もっとも、非アトピー型で好酸球の増多がみられる場合もある。

(チ) 症状の季節性(甲九八八、乙(ウ)二七一、証人山木戸)

アレルギー性の気管支ぜん息では、特異抗原の増殖等との関係で、症状の強弱に季節性のみられる例が多いとされている。もっとも、一定の季節に体調を崩しやすいのは、アレルギー性の気管支ぜん息の場合に限らない。

(リ) 抗アレルギー剤(甲一〇〇〇、乙(ウ)二六八ないし二七〇、証人川上、同金谷)

抗アレルギー剤は、アレルギー型の気管支ぜん息に効果があるものとして使用される。もっとも、感染型の気管支ぜん息に対して効果のある場合もある。

(二) 喫煙(慢性気管支炎・肺気腫の発症・増悪)

喫煙が何らかの形態学的、病理学的過程を経て慢性気管支炎や肺気腫を引き起こす可能性のあることは今日ほぼ異論がなく、一般的には、これら疾病の最大の発症原因とされている。

したがって、喫煙の事実が認められる場合には、右疾病の発症・増悪に右因子が寄与している可能性は高く、その程度によっては、専ら右因子が気管支ぜん息の発症・増悪の原因となっているとみられることもありえないではない。

ところで、喫煙が右疾病の発症・増悪に及ぼす影響の度合いについては、喫煙の程度に左右されるところが大きく、その程度を評価するには煙草の種類や喫煙法なども考慮されるべきであるが、喫煙本数と喫煙年数が最も重要であり、一日当たりの喫煙本数と喫煙年数を乗じたブリンクマン指数などが一つの目安とされている。右指数も、発症レベル等に関する具体的な数量的基準となるわけではないが、喫煙量と慢性気管支炎の関係を示す統計の結果などをみれば、明確な基準はないにせよ、相当量以上の喫煙が発症に寄与している可能性の高いことは明らかである。なお、個々の患者に関するこれらの事情は、喫煙法の把握が客観的に難しいのはもとより、喫煙本数や喫煙期間の認定も主として本人又は同居家族の過去の記憶を参考としなければならず、必ずしも正確性を期しがたい面があるところ、このことを十分斟酌しつつ、各事例における具体的事情を総合して、原因性の強弱をみるために、喫煙の程度が軽度か重度かを判断していくべきである(慢性気管支炎と喫煙との関係につきⅣ一七〇頁、肺気腫と喫煙との関係につきⅣ一八八頁参照)。

(三) 受動喫煙(慢性気管支炎・肺気腫の発症・増悪)

受動喫煙の慢性気管支炎・肺気腫の発症・増悪に対する影響も、自己喫煙ほどではないにせよ、無視することはできないから、喫煙の項において述べたと同様、その程度を判断する必要があるが、児童の受動喫煙について、相関がより強くなるとする疫学調査(環境庁b調査―Ⅳ三〇九頁)がある一方、否定的な調査結果(東京都葛飾区沿道調査―Ⅳ三二七頁)もあり、自己喫煙と比べその影響は明確とはいえないから、特に影響が強いと認められる場合に考慮すれば足りる。

(四) 加齢(慢性気管支炎・肺気腫の発症・増悪、気管支ぜん息の増悪)

大気汚染の有無とかかわりなく一般に高齢になるにつれ慢性気管支炎・肺気腫の発症率が増加するから、その病理学的説明はともかくとして、全体として加齢の事実が右疾病の発症に何らかの影響を与えることは明らかである(慢性気管支炎と加齢についてⅣ一六九頁、肺気腫と加齢についてⅣ一八六頁参照)。

したがって、右疾病の発症率が急上昇する前後の一定の年齢(六〇歳)を基準に、それ以降の発症には右因子の影響する可能性が特に高いと認められる。

(五) 職場汚染

職場汚染のためにじん肺などの他疾病(指定疾病以外の疾病)に罹患した場合は、そもそも指定疾病罹患がなく、被告らの責任が生じえないのは当然として、職場汚染が指定疾病の発症に大気汚染とともに競合的な原因となっているとの具体的な立証がある場合は、特段の事情がない限り、公平の観点から寄与度に応じた責任の分担を認めるべきである。

2  個別的因果関係と他因子の評価(因果関係論としての他因子論)

(一)  指定疾病は、非特異性疾患であり、大気汚染はその発症原因の一つであるが、他にも種々の原因が考えられ、それらの複合によって引き起こされる可能性もあること、それゆえに発症の原因を一義的に特定することは困難であること、このような事情を前提として、損害を適正に分担させるため、個々の患者について、これを調査対象となる集団の縮図として捉え、疫学的調査結果を基礎とする立証にとどまる限り、大気汚染の集団への関与の割合に相当する限度で個々人に対する侵害と評価するのが相当であることは、大気汚染公害の特質と法的因果関係の問題として判断したところである(Ⅳ一四四頁以下)。

このようにして把握される割合は、非汚染地域における指定疾病の量(発症数と各症状の程度)に対する汚染地域における指定疾病の量的な増加(発症数の増加と各症状の増悪)に対応するものということができ、大気汚染が存在することによってはじめて右増加が生じたという意味で、大気汚染と事実的因果関係のある範囲のものであり、因果関係の判断においては、加害者の行為に起因する被害の全体を示すものである。

ところで、疫学的調査には、汚染地域における有症率の差を他因子の有無にかかわりなく一般的に捉えるもののほか、特定の因子(喫煙・加齢・アレルギー等)の有無・程度に応じて捉えるものもあり、後者の中には有症率の有意差に顕著な相違がみられるものもあるところ、損害のより適正な分担のためには、事実的因果関係のある範囲の把握は可及的に正確であることが望ましいから、右のような調査結果が利用できる限りは、これを基礎とした割合を求めるべきである。

(二)  以上を前提に個別的因果関係の把握において各他因子をいかに把握すべきかを整理すると次のとおりとなる。

(1)  西淀川区の有症率の増加を示す調査結果を中心に各種の疫学調査結果を検討し、西淀川区の大気汚染レベル、公健法に基づく地域指定における大気汚染度と有症率の関係、西淀川区における認定患者数の推移など、これまでに判断してきた諸事情を総合的に勘案し、相対危険度を基礎に症状増悪の影響等をも併せ考慮して、大気汚染が健康に与える影響度は、次の(2)に示す特別考慮を要する他因子群に属しない患者については、これを八割程度とみるのが相当である。

(2)  これに対し、喫煙者については、重度になるほど慢性気管支炎及び肺気腫の有症率が顕著に増大し、その逆に大気汚染による影響度が減少することが明らかであるから、相対危険度はそれだけ低下することになる。

加齢についても同様の傾向が明らかである。

また、気管支ぜん息に対するアレルギーの関係についても、小児ぜん息(乳幼児期から小児期に発症し、成人期に寛解するもの)においては、アレルギーの影響が強いことが認められる。

したがって、重度喫煙者(目安としてブリンクマン指数四〇〇以上)、高齢(六〇歳以上)発症者及び小児ぜん息患者については、それぞれに係る調査結果に基づきいずれも六割程度とみるのが相当である(但し、このうち重度喫煙については、後記四2(六)(Ⅳ六〇六頁)のとおり、大気汚染の帰責性は五割程度となる)。

換言すると、右以外の他因子の影響(軽度喫煙、受動喫煙、六〇歳未満における加齢、小児ぜん息以外の患者におけるアレルギー等)は、大気汚染以外の因子の平均的な影響の範囲内のものとして、(1)の割合が採用されることとなる。

(3)  なお、以上はあくまで疫学的調査を基礎とする割合的な主張立証の枠組みで他因子を評価する基準にすぎないから、原告らには、個々の患者について、大気汚染が右割合より大きい影響を及ぼしたこと(究極的には、専ら大気汚染により発症・増悪したこと)を明らかにすべく主張立証する余地があり、被告らには、同様に、右割合より小さい影響しか及ぼしていないこと(究極的には、専ら他因子により発症・増悪したこと)を明らかにすべく主張立証する余地があるのは当然である。

四 損害算定上の考慮事項

1 症状の程度

(一) 認定等級と症状の程度

(1) 不法行為によって引き起こされた病気や傷害の程度の判定は、本来、個別事案における一切の具体的事情を総合的に勘案してなされるべきものである。そして、それが賠償されるべき損害額を決定する基礎となる。

しかしながら、客観的な不利益の程度や主観的な苦痛の程度など現実に被る害は人様々であって評価が極めて難しい。ことに本件のような呼吸器疾患においては、外傷の場合や、検査によって患部の著明な変化を発見しやすい疾病の場合とは異なり、症状の程度を外部から窺い知ることが難しく、また正確な数値化がしにくいこと、症状の程度自体が種々の要因によって変遷するものであり、またその変遷の態様も一様ではないこと、精神的な要素ないし心因的要因も多分に作用し、症状や苦痛が増幅されたり減殺されたりすることもありうることなどの事情があるため、疾病の程度の判定及びこれに基づく賠償額の決定にはより一層の困難が伴う。このような場合に、個別事情に重きを置きすぎると、損害認定の客観性や公平性を損ねるおそれもないではない。そのような考慮からすれば、傷害や病気の程度についてはある程度類型化を図り、かつ、それを賠償額決定の基準とすることには一応の合理性がある。

(2) ところで、公健法上、大気汚染によって一定の呼吸器疾患が生じたと認定された場合、症状、検査所見、主治医の管理区分(入通院期間、就労の有無、日常生活における制限の度合い、介護の必要性)等の一定の資料に基づき、当該疾病の症状の程度に関して等級認定(特級・一級・二級・三級)がなされている(Ⅰ一六九頁、図表四―(3)(5))。もとよりこれらは民事訴訟で損害賠償額を決定する前提ないし要素として利用されることまで念頭に置いたものではないが、右に述べたとおり症状の程度の把握に関して多くの困難の伴う呼吸器疾患について、過去の状況を的確に把握する適当な目安が他に存在しないうえ、等級認定の状況については、先にみたとおりであって、患者を継続的に観察している主治医が検査結果などをも併せて検討して等級づけをし、これをさらに認定審査会が一定の手続に従い審査した結果であるから、一般的には信頼しうるものと評価するのが相当である。

もっとも、右等級認定に関しては、被告らの指摘するように、例えば、一級とすべき基準が「労働することができず、日常生活に著しい制限を受けるか、又は、労働してはならず、日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度の心身の状態」であるにもかかわらず就業している者が存在しているといった状況もみられないではなく、あるいは、患者本人(又は同居家族)の陳述書(ないし供述)において認定された等級に相応する病状が必ずしも十分に表現されていない事例もないではない。しかし、もともと呼吸器疾患の症状の程度の正確な把握は難しくある程度の幅をもってするほかないことや、呼吸器疾患の症状自体や各人の生活全般への影響の大小如何は個々的性格の強いものであって、同程度の症状でも病気への対応は人により様々な態様がありうることなどに鑑みれば、問診の際における虚偽の申告に基づいたとか、誤った検査方法・結果に基づいたとか、特定の主治医に係る等級認定全般に疑問が感じられるなどの事情が窺われない限りは、前述のとおり認定等級を症状の程度を把握するための資料として差し支えないものと考える(本件は公健法のもとでの給付額決定の当否が問題とされているわけではない)。さらに、認定等級を損害額決定の要素として考慮の対象としても、その際、各級内にある程度の幅がありうるのはやむを得ないことを念頭に置きつつ、同一級は類型的基準として一つのものとして扱うのであれば、右の問題はさほど実質的な意味を有するものではないともいえる。

したがって、本件で個々の患者について症状の程度を判定するに際し、公健法上等級の認定にあたってもともと想定の範囲内にあったと思われる一定の幅をも逸脱しているとみるべき特段の事情がない限りは、これを有力な参考基準と位置づけることとする。

(二) 症状の程度と各種事情

症状の程度の把握にあたって認定等級を参考とするにしても、個々の事例において等級認定の正確性に疑いを抱かせる特段の事情の存在が窺われる場合には、もとよりこれを検討しなければならない。

被告らが各患者についてそのような事情として指摘している事項については、必要に応じて個人別に判断するが、以下、主要な指摘について概括的な判断をしておく。

(1) 認定等級に相当する症状の存在を疑わせる事情

(イ) 肺機能検査結果

前述のとおり、症状の程度の判定にあたって、パーセント肺活量や一秒率などの検査結果は必ずしも決定的なものではない。

(ロ) 入院及び通院の期間や頻度

等級認定における障害の程度の基準は、管理区分として、入院・介護・治療の必要性を判定要素としているが(図表四―(3)(5))、一般に病気の場合、同程度の症状でも人によって対応は異なるし、それぞれの生活事情もあるから、ある程度の幅をもって参酌すべきである。例えば、二級の場合、管理区分上は「時に入院を必要とすること」とされているが、種々の理由で入院せず、通院で対処していたからといって、入院していないことのみでその等級認定を否定するのは相当でなく、入院しなかった事情や通院の頻度なども考慮して判断すべきである。

(ハ) 認定後の就労

就労についても、等級ごとに労働の制限の程度が定められている(図表四―(2)(4))が、一般的に言って同じ程度の症状であっても人によって対応は異なるし、先に述べたような呼吸器疾患の特徴からみれば、なおさら就労状況の違いを直ちに障害の程度の評価に結び付けるのは相当ではない。就労の必要性などの個々的な事情や具体的な就労状況などをみながら、ある程度の幅をもって判断すべきである。

(ニ) 認定後の喫煙

指定疾病の発症後ないし認定後も従来と同程度の喫煙が続いている場合には、さほど苦痛を感じていなかったためと推測されるから、症状の程度は比較的軽かったとみる余地がある。

(2) 認定等級に相当する症状をもたらしたことを疑わせる事情

(イ) 加齢

等級認定の判断基礎となる症状のうちに、息切れなど、大気汚染がなくとも加齢の影響により生じたかもしれない部分が存在することを、全く否定することはできない。とはいえ、右は仮定的な推測によるというほかないし、またどの程度判断を左右するものか定かでもないから、単に高齢であるというだけで指定疾病の発現としての症状の程度が認定等級より軽いものであったとみなければならないとまではいえない。他方で、後述のとおり損害額の算定において年齢的要素は一定程度考慮されるから、いずれにせよ、大気汚染がなくとも加齢の影響により生じたかもしれないという点は自ずと斟酌されることになる。

(ロ) 合併症

患者に合併症が存在する場合、その呼吸器症状や全身症状の一部は当該合併症に起因する可能性がある。例えば、心臓ぜん息は息切れ症状を呈し、高血圧症も心臓に負担をかけて息切れ症状を呈し、腎臓疾患・肝臓疾患・糖尿病等が感染を容易にし呼吸器疾患を悪化させるなどが一般論として指摘される(証人山木戸)。したがって、指定疾病の症状の程度をみる際、これらの影響があるとすれば、それを排除する必要がある。しかし、先にみたとおり、主治医は指定疾病の認定を受けた患者を継続的に診察しており、頻繁に検査もしていたから、合併症の診断漏れは考えにくいこと、制度上合併症の影響を排除して等級認定をすべきであるとされていること、認定審査の際、合併症がある場合は病名が明記されること、認定審査会は指定疾病の罹患の有無とともにその等級についても審査を行うものであり、比較的厳しい運用がなされている状況が窺われることなどからすれば、本件の個々の患者についても、特段疑わしい事情がない限り、合併症は的確に診断され、その影響を排除したうえで等級が認定されているとみるのが相当である。

また、合併症がある場合、指定疾病の症状の程度をみるうえで、入通院がいずれの疾病のためのものか区別する必要があるが、これについても右同様である。

(ハ) 肥満

特段の事情がない限り、身長・体重の如何から直ちに特別の症状が生じるとまでみることはできないし、いずれにせよ、さほど重視できない事情である。

2  他因子の寄与(損害論としての他因子論)

(一)  問題の所在

他因子の存在については先に因果関係の割合的判断において斟酌したが、右は集団(ないしその縮図としての個人)について大気汚染と事実的因果関係のある疾病の量的範囲を画したもの、すなわち、大気汚染の影響が全くなくても発症する可能性のある部分(自然発症率相当分)を割合的に排除しただけであり、厳密にみれば右範囲のうちには、大気汚染のみの寄与にかかる発症部分のほか、大気汚染と他因子の競合的な寄与にかかる発症部分(大気汚染との間に事実的因果関係はあるが、大気汚染のほかにも原因となりうる因子が存在し、両者あいまって初めて刺激としての閾値を超え、発症したという部分)があると観念される。

被告らは、大気汚染と他因子が競合して指定疾病を発症させた場合について寄与度減額を主張するところ、この主張は因果関係の割合的判断を前提としたうえでも観念される右競合の場合における減額の趣旨を含むものと解される。

ところで、このように被害者側の原因が加害行為と競合して損害を生じさせた場合において、被害者側の原因の態様や程度などに照らして、加害者に損害の全部を負担させるのが公平の観点から相当でないときは、民法七二二条二項の規定を類推適用して、被害者側の原因を斟酌することができると解される(最高裁平成四年六月二五日第一小法廷判決・民集四六巻四号四〇〇頁参照)。

そこで、かかる見地から、各他因子の存在をいかに評価すべきかを以下検討する。

(二)  アレルギー

アレルギー素因を特殊な素因とみるべきか否かをさておくにしても、それが生来的なものであって選択の余地がないうえ、大気汚染のように広範かつ継続的な行為であり、様々な属性を有する相当多数の者に影響を及ぼす行為の場合、その多数の者の中には病的ないし特殊な素因を有する者が一定の割合で含まれるのは自明であり、かつ大気は生存のために不可欠なものであってその者らは当該地域に居住する限り全く回避策がないのであるから、両因子競合による損害発生は偶然の結果とはいえず、右の判断基準に従っても、このような素因を理由として寄与度減額をするのは相当でない。

(三)  喫煙

喫煙は個人が自らの意思で選択できるものであるうえ、健康上芳しくない影響のあることはかねてより一般にも知られていたところである。すなわち、煙草煙により咳き込むことはしばしばみられ、喫煙者でも風邪をひいたときなどは控える者が多く、病弱者の前での喫煙は好ましくないとされるなど、漠然としたものであるにせよ喫煙が健康に悪影響を及ぼしうるとの認識はかなり以前から存在していたし(喫煙の害が明確に認識されるようになったのは最近だといわれることもあるが、医学的にみて相当程度厳密な検討がなされるようになったのが最近であるというに過ぎない)、実際にもかかる認識に基づいて古くから未成年者の喫煙は法律上禁じられてきた。原告らは、喫煙が合法的であり、社会的相当性のある行為であるから、その害悪の負担を患者に帰せしめるのは不当であると主張するが、左袒できない。

したがって、喫煙については、寄与度減額を考慮する余地がある。

(四)  受動喫煙

受動喫煙の場合についても、被害者側の選択に属する事情であることに鑑み、右(三)の場合と同様、寄与度減額を考慮する余地がある。もっとも、自ら喫煙する場合と比べれば影響の程度には相当違いがあるから、特に態様の重い場合(乳幼児を養育する母親が相当程度以上の喫煙をする場合など)に限られることになる。

(五)  加齢

加齢は、特殊な要因ではなく誰もが選択の余地なく経験する自然の経過であり、また、地域によって多少の相違はあるにせよ、人口の一定割合は一定年齢以上の層によって占められている。したがって、アレルギーについて述べたと同様の理由から、寄与度減額をするのは相当でない。

(六)  まとめ

以上のとおりであるから、大気汚染と他因子の競合による発症部分を観念できるとしても、まず、アレルギーと加齢の場合は、寄与度減額をするのは相当でない。

これに対し、喫煙(及び特に態様の重い受動喫煙)の場合は、寄与度減額を考慮する余地があると考えられるが、もとよりその度合いを正確に計る資料は乏しく、これを独立に評価することは困難である一方、翻ってみるに、もともと前記発症の因果関係の割合的把握は、実体手続両面から損害の公平な分担を目的としたものであり、他因子の影響を可及的正確に反映させることが望ましいにしろある程度概数的であることは免れない性格のものであるから、前記三2(二)(Ⅳ五九三頁)に述べたことに右寄与度減額の余地あることを加味して、喫煙の程度が比較的重い場合につき、他因子としてこれが存在する場合の割合を決定すれば足りるものと解される。この結果、重度喫煙の場合の大気汚染の帰責性は五割程度とみるのが相当である。

3  死亡起因率(死亡患者の場合)

(一)  因果関係

患者が死亡し、その全部に指定疾病が寄与している場合は、被告らが死亡にかかる損害すべてについて責任を負うべきは当然である(但し、指定疾病の発症について他因子が存在するときは、右2に述べたところに準じる)。また、死亡の一部に指定疾病が寄与している場合(合併症も死亡原因として併存する場合)も、指定疾病と死亡の間に相当因果関係が存在する以上、同様である。

(二)  損害

しかしながら、指定疾病の寄与がなかったと仮定し(したがって、実際の死亡時点で死亡しなかったと仮定し)、合併症が存在する場合とこれが全く存在しない場合を比較すると、余命や残存生存期間中の心身の状態は当然異なると推測され、指定疾病の寄与度は概ねその差を反映するものとみることができるから、前者の損害を後者の損害の右寄与度で把握するのはあながち不合理ではないと思われる。

(三)  死亡起因率の捉え方

そして、指定疾病の死亡原因としての寄与度は、公健法上の死亡起因率を参考にして決定すべきである。すなわち、公健法上の死亡起因率(〇%、五〇%、七五%、一〇〇%)は、遺族補償費等の給付額を調整するために政策的に定められた割合であるから、直ちに損害賠償の範囲を論ずるうえで採用するわけにはいかないが、もともと特定原因の死亡原因としての割合を厳密な数値で捉えることなど極めて困難であり、せいぜい数段階の評価ができるだけであることに鑑みれば、政策的な要因の存在を考慮しても、一定の手続きに従って医師により判定された右割合を信頼してよいと考える。但し、死亡起因率五〇%については、「指定疾病の死亡に対する寄与の比重が他原因の比重より大きいと考えられる場合に該当しない場合」(Ⅰ一七七頁)と定義されていることからすれば、実際には相当その比重が低い場合も含まれているものとみるべきであるから、具体的事例において指定疾病の寄与が比較的低いとみるべき事情がある場合には、二五%程度とみるのが相当である。

第五個人別の検討

一 検討対象となる沿道患者の範囲

先に判断したように、本件各道路を走行する自動車の排出する窒素酸化物等の大気汚染物質は、工場等から排出される硫黄酸化物等の汚染物質との相加作用により指定疾病の発症又は増悪に寄与した蓋然性が認められるが、受忍限度を超えるものとして違法性が認められるのは、本件地域における大気汚染状況の推移のうち第二期(昭和四六年から昭和五二年まで)における国道四三号線、阪神高速大阪池田線(以下、この二道路を「対象道路」という)から直線距離にして概ね五〇mの範囲内(以下、単に「沿道」という)に居住する本件患者に対する侵害行為に限定される。

そして、目録八〔道路沿道患者一覧表〕及び個人票の居住歴から検討すると、対象道路の沿道に居住したことのある本件患者は二七人いるが、そのうち八人はいずれも、対象道路が設置供用される以前に居住したことがある者(原告番号二〇九七 生森増治、同二一九二 貴堂ゆきえ、同二四六四 吉川洋子、同三〇五七 黒田義吉)か、第二期の後に対象道路の沿道に居住することになった者(原告番号二一七九北村サツキ、同二一八一 北村秀一、同二二七一 神保仁、同二三七四 平原マツコ)である。この八人を含め、対象道路の沿道に居住したことのない本件患者については、対象道路を走行する自動車の排出する汚染物質による違法な侵害を受けたと認めることはできないから、その他の点について判断するまでもなく、各損害賠償請求は理由がないことに帰する。

そこで、以下においては、第二期において対象道路の沿道に居住したことのある本件患者一九人について、個別証拠を中心にして、発症時期(個人票四)との関係をも含め、右寄与の可能性を検討し、これが肯定される者については、罹患疾病、症状の程度、他因子の有無・寄与の程度などを検討することとする(個人票で認定している事項については各人の個人票参照)。

二 原因性等の個別検討

1 原告番号二〇一七 片瀬藤榮

(一) 対象道路寄与の可能性

患者片瀬藤榮は、昭和三年ころから昭和六一年一〇月(死亡)まで西淀川区大野三丁目四番三号に居住しており、右居住地は昭和四五年に付近を開通した国道四三号線から直線距離にして約五〇mの位置にある。

そして、本患者は、昭和五一年八月に気管支ぜん息の認定を受けているところ、その発症時期が昭和三一年ころであることは当事者間に争いがない。この発症時期は、昭和五一年八月に本患者が公健法認定申請をする際に提出した申請書(乙コ二―一七の1)に本患者自ら「二〇年も前からゼンソクで苦しんでいた。五年前から特にひどくなった」と記載し、認定申請用の診断書を作成した姫島病院(診療所)の鴨脚医師も発症の時期を昭和三一年と推定し、その当時から通院していた模様である(甲ア二―一七の1)ことからみれば、その程度はともかく、相当古くから気管支ぜん息の兆候があったものと推定される。したがって、本患者については、対象道路の供用前に気管支ぜん息に罹患していた可能性が高いから、少なくともその罹患には対象道路からの汚染物質の寄与は認められない。

しかし、右申請書で「五年前から特にひどくなった」と記載し、本患者と同居していた長男の陳述書(甲ア二―一七の1)によれば、昭和四五年から発作がひどくなったと述べていることと、昭和五一年になって認定を受け、当初二級であったが、翌昭和五二年九月から昭和五九年八月まで一級の認定を受けていることからすれば、対象道路の供用開始後、その道路を走行する自動車の排出ガスが疾病の増悪に寄与した蓋然性はかなり高いと考えられる。

(二) 罹患疾病

本患者の気管支ぜん息罹患について争いはない。

(三) 症状の経過及び程度

(1) 昭和三〇年代初頭にせき・たんがよく出るようになり、はじめてぜん息発作が生じた。その後もしばしば発作があったが、昭和四五年以降悪化し、回数が増えた。発作は季節にかかわりなく生じ、夜間に多く、起坐呼吸をしていた。気管支ぜん息のため七五歳で死亡した(死亡起因率一〇〇%)(甲ア二―一七の1ないし4)。

(2) 被告らは、本患者の症状の経過には加齢の影響があると主張するところ、確かに昭和五〇年代以降本患者は老齢期にあったが、前示のとおり、症状の程度の判定にあたって、認定された等級に基づくほか、格別の考慮をする必要はないものというべきである。

2 原告番号二〇九六 有岡和子

(一) 対象道路寄与の可能性

患者有岡和子は、昭和三四年ころから昭和四七年八月ころまで西淀川区柏里三丁目六〇番地に居住しており、右居住地は昭和四五年に付近を開通した阪神高速大阪池田線から直線距離にして約一〇mの位置にある。

そして、本患者の発症時期が昭和三七年ころであることは当事者間に争いがない。しかるところ、昭和五一年四月作成の藤森医師の診断書(乙コ二―九六の2)によれば「昭和三七年より咳嗽、昭和四〇年ごろより鼻出血など症状ひどくなる。最近は咳嗽と痰のため日常生活上支障がでるくらいである」として、昭和三七年夏ころ発病と推定されており、また、同医師の作成した「診断・証明書」(甲ア二―九六の4)によれば、昭和四六年一月に初診として診察し、その時点での主訴は、昭和四五年一二月ころにかかった風邪がなかなか治らず、せきと大量のたんで不眠になったというものであり、その後同医師が診断・治療を行い、昭和五一年四月に慢性気管支炎と確定診断をしていることが認められる。したがって、本患者は昭和三七年ころからせき・たん症状がはじまり、次第に悪化し、対象道路が供用された後に医師の治療を受けるようになり、昭和五一年に至って慢性気管支炎と確定診断されたものと判断するのが相当である。

そうすると、本患者は、右のような症状が変遷する過程で、昭和四五年の供用開始後、昭和四七年八月ころまで対象道路の沿道に居住していたにすぎないものであり、確定診断されるに至った慢性気管支炎の罹患に対象道路からの汚染物質が何らかの寄与をしている可能性は否定できないと考えられるが、その寄与は比較的小さいといわざるをえない。

(二) 罹患疾病

被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患したと認めるに足りる証拠はないと主張するが、公健法上の診断・認定については前示のとおりであり、また、本患者が慢性気管支炎に罹患したことについて疑いを抱くべき事情は個別証拠上顕れていない。

(三) 症状の経過及び程度

(1) 昭和三七年ころからせき・たんが出始め、昭和四七年ころからひどくなり、以後その状態が続く。昭和五〇年ころからは息切れがし始める。せきはヒューヒューいうかすれたもので、せき込みは一日数回あるが、一旦せき込むと一〇分くらい続く。せき込みのために失神したことが二回ある。たんは粘りが強く切りにくい(甲ア二―九六の1・3・4)。

(2) 被告らは、本患者の症状の経過には合併症(高血圧症)の影響があると主張するところ、証拠(甲ア二―九六の4、乙コ二―九六の2)によると、本患者には右合併症が存在することが認められるが、前示のとおり、右事実によっても、症状の程度の判定にあたって、認定された等級に基づくほか、格別の考慮をする必要はない。

(四) 他因子―喫煙の影響

被告らは、本患者の慢性気管支炎の原因は自らの喫煙にあると主張し、あるいは、喫煙が大気汚染とともに右疾病の発症・増悪に寄与している事実又は可能性を損害算定上考慮すべきであると主張し、他方、原告本人(本患者)は、本患者の喫煙の期間・本数等について、昭和三六年から昭和四二年まで一日三〜五本くらい、職場で休憩時間に喫煙していたと陳述するところ(甲ア二―九六の1・5)、右証拠はたやすくすべてを信用することはできないが、それを斟酌しても、右喫煙は態様の軽いものであり、右疾病発症・増悪の経過全般に対してさほどの影響を及ぼしていないとみるのが相当である。

3 原告番号二一一三 岩井源太郎こと 李成雨

(一) 対象道路寄与の可能性

患者李成雨は、昭和三六年ころから昭和六二年五月(死亡)まで西淀川区佃七丁目四番五号に居住しており、右居住地は国道四三号線から直線距離にして約五〇mの位置にある。

本患者は、右居住地に長年家族とともに居住し、妻がせきをするようになっても本患者自身にはそのような症状は現れなかったが、対象道路が供用されてから五年程度経過したころからせき込むようになり、昭和五一年一二月に千船病院で診察を受け、慢性気管支炎と診断され、昭和五二年一月に認定を受けていることが認められる。右の経過からすれば、本患者の慢性気管支炎の罹患に対象道路からの汚染物質が寄与している蓋然性は高いと考えられる。

(二) 罹患疾病

被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患したと認めるに足りる証拠はないと主張するが、公健法上の診断・認定については前示のとおりであり、また、本患者が慢性気管支炎に罹患したことについて疑いを抱くべき事情は個別証拠上顕れていない。

(三) 症状の経過及び程度

(1) 発症前は健康体であったが、昭和五〇年ころからせき込むようになり、のどが痛み、たんも始終で出るようになった。その後も症状は改善せず、せき・たん・息切れは常時あった。日常生活においては動くのがつらいため、じっとしていることが多かった。就寝中に死亡したが、たんがのどにつまって窒息したものと推測される(死亡起因率五〇%)(甲ア二―一一三の1ないし4)。

(2) 本患者の症状の程度が、等級認定に比し軽度のものであったとの疑いを抱くべき事情は見受けられない。

(四) 他因子―喫煙の影響

被告らは、本患者の慢性気管支炎の原因は自らの喫煙にあると主張し、あるいは、喫煙が大気汚染とともに右疾病の発症・増悪に寄与している事実又は可能性を損害算定上考慮すべきであると主張し、他方、原告本人(金甲先、本患者の妻)は、本患者の喫煙の期間・本数等について、昭和五二年ころまで一日一〇〜二〇本くらい、その後は一日二〜三本喫煙していたと陳述するところ(甲ア二―一一三の1)、成人になったころから喫煙を始めたと推定すると、慢性気管支炎の認定まで約四〇年間に及んでおり、その喫煙の態様の重いものであり、右疾病発症・増悪の経過全般に対して相当の影響を及ぼしたとみるのが相当である。

(五) 他因子―加齢の影響

本患者の慢性気管支炎の発症は五九歳と認められるから、大気汚染と慢性気管支炎発症の因果関係の割合を評価するにあたっては発症年齢を考慮しない。

4 原告番号二一一五 上西よ志み

(一) 対象道路寄与の可能性

患者上西よ志みは、昭和三七年ころから平成五年一一月(死亡)まで西淀川区柏里三丁目一番三八号に居住しており、右居住地は阪神高速大阪池田線から直線距離にして約二〇mの位置にある。

本患者の気管支ぜん息の発症時期は昭和四九年ころ(認定は昭和五〇年)であり、後記症状の経過にみるように、本患者は、右居住地に長年住んでいたが、特に病気をすることもなかったところ、対象道路が供用されるようになってしばらくした昭和四七年ころ症状が出始めており、対象道路からの汚染物質が発症に寄与した蓋然性は高いと考えられる。

(甲ア二―一一五の1・4、検甲ア二―一一五の1ないし7)

(二) 罹患疾病

被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患したと認めるに足りる証拠はないと主張するが、公健法上の診断・認定については前示のとおりであり、また、本患者が慢性気管支炎に罹患したことについて疑いを抱くべき事情は個別証拠上顕れていない。

(三) 症状の経過及び程度

(1) 昭和四七年ころせきやたんが出始め、昭和四九年ころに最初のぜん息発作があった。昭和五〇年終わりころからはほとんど毎晩発作があり、特に冬期に多かった。起坐呼吸をし、睡眠不足のことが多かった。昭和五〇年から昭和五六年ころが最もひどい時期であり、呼吸困難は毎日であった。風邪をひくと症状が増幅した。その後大発作は減少したが、夜半や早朝の呼吸困難は週に二〜三回あった(甲ア二―一一五の1・3)。

(2) 被告らは、本患者は認定された等級に比し軽症であると主張するところ、証拠(原告本人、甲ア二―一一五の1・3)によると、指定疾病での入院歴がなく、昭和五五年以前の通院は月四〜五回程度であること、睡眠薬(重症発作を起こす患者には使用されないと指摘される)が投与されていることが認められるが、他方、二級と認定されていた期間中は夫の足が悪く入院しにくかったことも認められるから、認定された等級(二級及び三級)はいずれも不合理なものとはいえない。

(四) 他因子―アレルギーの影響

被告らは、本患者の気管支ぜん息罹患の原因はアレルギー素因にあると主張するところ、証拠(原告本人、甲ア二―一一五の3)によると、アレルゲンテスト(皮内テスト)が陽性(ダニ、ハウスダスト)であること、右アレルゲンに対する減感作療法が行われて効果があったこと、じんましん、鼻炎があること、家族歴(二男)があること、インタールが使用されていたこと、カーペットを敷かないよう医師の指導があったことが認められ、本患者はアレルギー素因を有しそれが右罹患に寄与しているとみるべきであるが、アレルギー素因その他大気汚染以外の要因が本患者の気管支ぜん息発症・増悪の経過全般に対して専らの原因となっているとまで認めるべき証拠はない。

5 原告番号二一六二 金村和男

(一) 対象道路寄与の可能性

患者金村和男は、昭和四六年一二月(出生)から平成四年一〇月ころまで西淀川区佃七丁目四番六号に居住しており、右居住地は国道四三号線から直線距離にして約四〇mの位置にある。

本患者の発症時期が昭和四七年ころであることは当事者間に争いがない。原告本人(本患者)の陳述書(甲ア二―一六二の1)によると、生後半年あまりで風邪をひいたような状況になり、喉をヒューヒューいわせて息苦しそうにしたので医者にいくようになったと聞いているとのことであり、「診断・証明書」(甲ア二―一六二の3)によれば、問診に対し保護者が、本患者は生後一歳ころから感冒に罹りやすく、せき喇・ぜん鳴があり、ときどきぜん息様発作をみたと答えているようであり、昭和四八年九月に気管支ぜん息の認定を受けているから、対象道路からの汚染物質が本患者の気管支ぜん息の発症に寄与した蓋然性は高いと考えられる。

(二) 罹患疾病

本患者の気管支ぜん息罹患について争いはない。

(三) 症状の経過及び程度

(1) 出生時は健康であったが、一歳ころより風邪に罹りやすく、せき・たん症状があり、ぜん息様の発作が生じた。小学校入学ころに発作がひどくなったが、その後、重度発作は漸減し、軽度発作が反復した。中学生のころは、重度発作はほとんど消失したが、軽度発作は反復した。高校生のころは、重度発作は消失し、軽度発作も漸減した。就労したが残業は控えている。現在は、寛解が近いと見込まれる状態となっている(甲ア二―一六二の1・3・4)。

(2) 被告らは、本患者は軽症であると主張するところ、証拠(甲ア二―一六二の3)によると、二級の認定を受けていた当時においても指定疾病での入院歴がなく、三級の認定を受けていた平成二年四月に就職し、現在に至っており、昭和六一年以降症状が軽快していることが認められる。確かに、二級の管理区分は、「常に治療を必要とし、かつ、時に入院を必要とすること」とされて、三級については、「常に医師の管理を必要とし、かつ、時に治療を必要とすること」「労働に制限を受け、日常生活にやや制限を受けるか、または労働に制限を加え、日常生活にやや制限を加えることを必要とする程度の心身の状態」との基準が示されている(図表四―(2)(3))。

しかし、本患者が二級の認定を受けていたのは、二歳から七歳のころであり、この間に一〇〇〇日を超える通院をしているのであって(甲ア二―一〇二の3)、乳幼児であった本患者を入院させなかったからといって、それだけで右等級認定が不合理とまではいいがたい。また、本患者は、現在旋盤工として稼働しているが、疲れるのでほとんど残業はしない状況での勤務であり(甲ア二―一〇二の1・4)、三級の等級認定の基準に反するものとまではいえない。

(四) 他因子―アレルギーの影響

被告らは、本患者の気管支ぜん息罹患の原因はアレルギー素因にあると主張するところ、証拠(甲ア二―一六二の3・5)によると、非特異的減感作療法が行われて効果があったこと、乳幼児期の発症であり、成長に応じ軽快していることが認められ、本患者はアレルギー素因を有しそれが右罹患に寄与しているとみる余地があるが、アレルギー素因その他大気汚染以外の要因が本患者の気管支ぜん息発症・増悪の経過全般に対して専らの原因となっているとまで認めるべき証拠はない。

6 原告番号二二一六 倉本こすえ

(一) 対象道路寄与の可能性

患者倉本こすえは、昭和一五年から現在に至るまで西淀川区柏里一丁目八番三号に居住しており、右居住地は阪神高速大阪池田線から直線距離にして約四〇mの位置にある。

本患者の慢性気管支炎の発症時期が昭和四三年ころであることは当事者間に争いがない。もっとも、後記の症状の経過及び本患者が初めて医師の診察を受けたのが昭和四七年五月(甲ア二―二一六の3)であり、認定もこのころであることからすれば、右の発症時期における症状は、慢性気管支炎の前駆的症状と理解されなくもなく、そうだとすれば、比較的短期間であるにせよ、発症に対する寄与が疑われるし、少なくとも、対象道路からの汚染物質が本患者の慢性気管支炎の増悪に寄与している蓋然性はかなり高いと考えられる。

(二) 罹患疾病

被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患したと認めるに足りる証拠はないと主張するが、公健法上の診断・認定については前示のとおりであり、また、本患者が慢性気管支炎に罹患したことについて疑いを抱くべき事情は個別証拠上顕れていない。

(三) 症状の経過及び程度

(1) 昭和四三年ころからせきが出始め、次第にひどくなった。昭和四六年終わりころからはせき込みが長い間とまらず、苦しむことが続いた。最近は治療の結果、このようなせきは起こらなくなった。他方、昭和四七年ころから息切れが始まり、最近は著明となっている。せき・たんは一年中出るが、特に冬季がひどい。一日の間では夕方から夜がひどい(甲ア二―二八二の1・3)。

(2) 被告らは、本患者の症状の経過(息切れ症状等)には、合併症(高血圧症)及び肥満体であること(身長約一四五cm、体重約五九kg)の影響があると主張するところ、証拠(甲ア二―二一六の3、乙コ二―二一六の3)によると、本患者には右合併症が存在することが認められ、身長体重も右指摘のとおりであるが、前示のとおり、右事実によっても、症状の程度の判定にあたって、認定された等級に基づくほか、格別の考慮をする必要はないと考える。

(四) 他因子―加齢の影響

本患者の慢性気管支炎の発症年齢は六〇歳を超えてはいないから、大気汚染と慢性気管支炎発症の因果関係の割合を評価するにあたっては発症年齢を考慮する必要はない。

7 原告番号二二八二 金村判浪こと 孫判浪

(一) 対象道路寄与の可能性

患者孫判浪は、昭和三四年ころから昭和六〇年六月(死亡)まで西淀川区佃七丁目四番六号に居住しており、右居住地は国道四三号線から直線距離にして約四〇mの位置にある。

ところで、本患者の発症時期について、原告は昭和四七年ころ、被告らは昭和四五年ころと主張しており、原告主張の根拠は、千北病院(診療所)医師の診断書(乙コ二―二八二の2)が昭和四七年ころを慢性気管支炎の発病時期と推定していることにある。これに対し、被告らは、本患者の息子の嫁の陳述書(甲ア二―二八二の1)に昭和四五年ころから本患者がせきやたんをするようになったとの記載があることを根拠としているものと思われる。しかし、右陳述書は本患者自身が作成したものではないうえ、その症状も慢性気管支炎の前駆症状としても捉えうるものであり、疾病発症は昭和四七年とみるのが妥当と思われる。もっとも、それまでの曝露期間が比較的短いことから考えて、本患者に対する対象道路からの汚染物質の寄与は、慢性気管支炎の発症との関係ではさほど大きくはないと評価するのが相当であるが、少なくともその後の増悪への寄与の蓋然性はかなり高いと考えられる。

(二) 罹患疾病

被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患したと認めるに足りる証拠はないと主張し、また、本患者の死亡数年前からの受診状況が明らかでないことや、死亡診断書(甲ア二―二八二の4)において直接死因(呼吸不全)の原因が気管支ぜん息(約九年間)とされていることを指摘するが、公健法上の診断・認定については前示のとおりであり、右主張ないし指摘は、いずれも本患者が慢性気管支炎に罹患した事実を否定するものとしては失当である(なお、仮に本患者の罹患疾病が気管支ぜん息だとしても、結論に影響はない)。

(三) 症状の経過及び程度

(1) 昭和一〇年代の来日以来、長期間健康で就労もしていたが、昭和四五年ころにせき・たんが出始め、次第に仕事もできなくなった。昭和四七年ころから次第にひどくなり、毎日持続するようになった。せき込みは一日四〜五回あり、たんも始終出るようになった。死因は気管支ぜん息による呼吸不全であるとされている(死亡起因率五〇%)(甲ア二―二八二の1ないし3)。

(2) 被告らは、本患者の症状の経過には何らかの合併症の影響があると主張するところ、合併症の存在を認めるに足りる証拠はない。

(四) 他因子―アレルギーの影響

被告らは、本患者の気管支ぜん息罹患の原因はアレルギー素因にあると主張するところ、本患者には家族歴(孫の金村和雄)があることが認められるものの、他方で、初認定時の好酸球値が〇%であること(乙コ二―二八二の3)、中高年発症であることも認められ、本患者がアレルギー素因を有するか疑問であるうえ、本患者の罹患疾病が気管支ぜん息だとしても、少なくとも、アレルギー素因その他大気汚染以外の要因が本患者の気管支ぜん息発症・増悪の経過全般に対して専らの原因となっているとまで認めるべき証拠はない。

(五) 他因子―加齢の影響

本患者の慢性気管支炎の発症年齢は七〇歳を超えていたものと認められるから、大気汚染と慢性気管支炎発症の因果関係の割合を評価するにあたっては発症年齢を考慮する必要がある。

8 原告番号二三〇七 田村満子

(一) 対象道路寄与の可能性

患者田村満子は、昭和四八年ころから現在まで西淀川区大野一丁目九番二二号に居住しており、右居住地は国道四三号線から直線距離にして約三〇mの位置にある。

ところで、本患者の発症時期は、原告主張では昭和五〇年ころ、被告主張では昭和四八年ころであるが、証拠(乙コ二―三〇七の2)によると、昭和四八年冬ころと認められ(気管支ぜん息の認定は昭和五四年、肺気腫の認定は昭和六三年)、右発症時期を前提とすると、対象道路からの汚染物質が本患者の気管支ぜん息の発症に寄与したというには曝露期間の点で十分とはいえず、その可能性はきわめて小さいというべきである。

しかし、その後の症状の経過からみて、指定疾病の増悪に寄与した蓋然性はかなり高いと考えられる。

(二) 罹患疾病

被告らは、本患者が肺気腫に罹患したと認めるに足りる証拠はないと主張するが、公健法上の診断・認定については前示のとおりであり、また、本患者が慢性気管支炎に罹患したことについて疑いを抱くべき事情は個別証拠上顕れていない。

(三) 症状の経過及び程度

(1) 昭和五〇年ころから、せきが出て止まらないということが度々起きるようになり、のどの奥で大きなかたまりになるようなたんが出始めた。症状は次第に悪化し、昭和五四年ころからは息切れもするようになり、現在では日常生活のささいな動きでも息切れがする。肺炎を併発したことも何回かある(甲ア二―三〇七の1・3・4)。

(2) 本患者の症状の程度が、認定等級に比し軽度のものであったとの疑いを抱くべき事情は見受けられない。

(四) 他因子―アレルギーの影響

被告らは、本患者の気管支ぜん息罹患の原因はアレルギー素因にあると主張するところ、証拠(乙コ二―三〇七の2・3)によると、初認定時の好酸球値が一〇%、追加認定時(昭和六三年)の好酸球値が一六%であること、初認定時の診断書の家族歴欄に「祖母」の記載があることが認められるものの、他方で、中高年発症であること、発作は通年性であること、じんましん等がないこと、祖母は明治生まれでアレルギーかどうかは不明であることも認められ、本患者がアレルギー素因を有するか定かではないうえ、少なくとも、アレルギー素因その他大気汚染以外の要因が本患者の気管支ぜん息及び肺気腫の発症・増悪の経過全般に対して専らの原因となっているとまで認めるべき証拠はない。

(五) 他因子―受動喫煙の影響

被告らは、本患者の肺気腫の原因は受動喫煙にあると主張し、あるいは、受動喫煙が大気汚染とともに気管支ぜん息及び肺気腫の発症・増悪に寄与している事実又は可能性を損害算定上考慮すべきであると主張し、他方、原告本人は、家族の喫煙の期間・本数等について、昭和八年から同居している夫が、昭和五〇年の死亡まで一日一〇本くらい、同居の長男も一日五本くらい喫煙していたと陳述するところ(甲ア二―三〇七の1)、右証拠はたやすくすべてを信用することはできないが、それを斟酌しても、右受動喫煙は態様の軽いものであり、右疾病発症・増悪の経過全般に対してさほどの影響を及ぼしていないとみるのが相当である。

(六) 他因子―加齢の影響

被告らは、本患者の肺気腫発症は加齢が原因であると主張するところ、確かに肺気腫の発症年齢は七〇歳を越えているが、仮に加齢の影響が認められるにしても、本患者の症状経過は主として気管支ぜん息について評価されるものであって、肺気腫は相当後になって併発したにすぎないから、右の点は結論をほとんど左右しない。

9 原告番号二三三〇 豊田鈴子

(一) 対象道路寄与の可能性

患者豊田鈴子は、昭和三一年ころから現在まで西淀川区柏里二丁目三番二六号に居住しており、右居住地は阪神高速大阪池田線から直線距離にして約四〇mの位置にある。

ところで、本患者の発症時期は通院開始の時期などからみても昭和四三年ころと認められ(気管支ぜん息の認定は昭和四八年)、対象道路の供用開始前であるから、右道路からの汚染物質がその発症に寄与した可能性はない。

しかし、後記の症状の経過によれば、対象道路の供用開始後に疾病の増悪に寄与した蓋然性はかなり高いと考えられる。

(二) 罹患疾病

本患者の気管支ぜん息罹患について争いはない。

(三) 症状の経過及び程度

(1) 昭和四三年九月ころからせきが出始め、のどが鳴り、たんが切れなくなった。昭和四五年から昭和五二年ころにかけてぜん息の発作が特にひどく、季節や時間帯を問わず一日に三〜四回発作が出ていたこともあった。昭和五五年ころからは幾分軽くなったものの、起坐呼吸しなければならないような発作が夏から冬にかけて多い。発症以来夜眠りにくい日が多く、睡眠不足となりがちである(甲ア二―三三〇の1・3)。

(2) 被告らは、本患者は軽症であると主張するところ、昭和四九年一〇月から昭和五四年九月まで二級の認定を受けているものの、指定疾病での入院歴がなく、通院も年五〇回程度であることが認められるが、患者本人の陳述書によれば、三人の子供の世話のほか、同居の義母が入退院を繰り返していたなどの事情で入院することができなかったが、自宅でも吸入治療をしているというのであり、右等級認定が不合理であるとまではいえない。

(四) 他因子―アレルギーの影響

被告らは、本患者の気管支ぜん息罹患の原因はアレルギー素因にあると主張するところ、証拠〔原告本人、甲ア二―三三〇の1・3、乙サ二(川上意見書)〕によると、アレルゲンテスト(皮内テスト)が陽性であること、ダニ抗原に対する減感作療法が行われたこと、アレルギー性の他疾患(鼻炎)があること、発作に季節性がみられること、ダニやハウスダストに感作されやすい環境で生活していること、川上医師がアトピー性と認めていることが認められ、本患者はアレルギー素因を有しそれが右罹患に寄与しているとみるべきであるが、アレルギー素因その他大気汚染以外の要因が本患者の気管支ぜん息発症・増悪の経過全般に対して専らの原因となっているとまで認めるべき証拠はない。

(五) 他因子―受動喫煙の影響

被告らは、本患者の受動喫煙が気管支ぜん息の増悪に寄与している事実又は可能性を損害算定上考慮すべきであると主張し、他方、原告本人は、原告の夫、長男、二男の喫煙本数について、それぞれ一日二〇本くらい喫煙していたが、これらの者は自宅外にいる時間が長かったと陳述するところ(甲ア二―三三〇の1)、右証拠はたやすくすべてを信用することはできないが、それを斟酌しても、右受動喫煙は、右疾病増悪に対してさほどの影響を及ぼしていないとみるのが相当である。

10 原告番号二三三八 永野千代子

(一) 対象道路寄与の可能性

患者永野千代子は、昭和四四年ころから昭和五五年ころまで西淀川区出来島三丁目二番に居住しており、右居住地は国道四三号線から直線距離にして約五〇mの位置にある。

ところで、本患者の発症時期は昭和五〇年ころであるから(慢性気管支炎の認定は昭和五八年)、対象道路からの汚染物質が発症に寄与した蓋然性は高いと考えられるが、通院回数の変遷から窺われるように症状の本格化は昭和五〇年代後半になってからであり、前記第二期における寄与は主として前駆症状的な部分ないし疾病のごく初期に対するものであったと思われる。

(二) 罹患疾病

被告らは、本患者が慢性気管支炎に罹患したと認めるに足りる証拠はないと主張するが、公健法上の診断・認定については前示のとおりであり、また、本患者が慢性気管支炎に罹患したことについて疑いを抱くべき事情は個別証拠上顕れていない。

(三) 症状の経過及び程度

(1) 昭和五〇年ころから、せき・たんがよく出るようになり、昭和五四年ころから通院を始めた。当初は年に何回かという程度であったが、昭和五六年ころからは継続的に通院するようになった。せきやたんは毎日出て夜中が特にひどい。せきはのどの奥から絞り出すようなものであり、たんは白っぽくねばねばしてなかなかとれない。床をたわしで掃除したり、重いものを運んだりするときに息切れがする(甲ア二―三三八の1・3)。

(2) 被告らは、本患者は軽症であると主張するところ、証拠(甲ア二―三三八の1)によると、指定疾病での入院歴がなく、初認定後も現在まで就労していることが認められるが、本患者の認定等級は昭和五八年二月の初認定以来三級と判定されており、症状の経過等に照らしても、右判定を不合理とする理由はない。

(四) 他因子―喫煙の影響

被告らは、本患者の慢性気管支炎の原因は喫煙にあると主張し、あるいは、喫煙が大気汚染とともに右疾病の発症・増悪に寄与している事実又は可能性を損害算定上考慮すべきであると主張し、他方、原告本人(本患者)は、本患者の喫煙の期間・本数等について、昭和三五年ころから一日一〇〜一五本くらいと陳述するところ(甲ア二―三三八の1)、右証拠はたやすくすべてを信用することはできないが、それを斟酌しても、右喫煙は態様の軽いものであり、右疾病発症・増悪の経過全般に対してさほどの影響を及ぼしていないとみるのが相当である。

11 原告番号二三四二 中元義裕

(一) 対象道路寄与の可能性

患者中元義裕は、昭和四六年ころから昭和四八年ころまで、昭和五一年ころから昭和五四年まで及び平成元年ころから現在まで西淀川区出来島二丁目七番一九号に居住しており、右居住地は国道四三号線から直線距離にして約一〇mの位置にある。

ところで、本患者の発症時期は昭和三五年ころ(気管支ぜん息の認定は昭和四五年)であり、対象道路が供用開始される前であるから、右道路からの汚染物質がその発症に寄与した可能性はない。

しかし、後記症状の経過及び昭和五一年一〇月に三級から二級に等級が変更されていることなどを考慮すると、右道路の供用開始後に疾病の増悪に寄与した蓋然性はかなり高いと考えられる。

(二) 罹患疾病

本患者の気管支ぜん息罹患について争いはない。

(三) 症状の経過及び程度

(1) 小学校四年(昭和四二年)ころからぜん息発作が出ていたが、小学校六年(昭和四四年)から中学にかけてひどくなり、学校も休みがちだった。現在でも、息が詰まる狭窄の発作が一日に四〜五回あり、毎日点滴を受けている。ヒューヒューゼーゼーという症状は一日中あり、横になって寝ると苦しい(甲ア二―三四二の1・3・4)。

(2) 被告らは、本患者は軽症であると主張するが、本患者は、昭和五一年一〇月から昭和五四年九月まで二級の認定を受けているところ、証拠(甲ア二―三四二の1)によると、昭和五一年に高校を卒業してすぐに就労しているものの、ぜん息発作が出るため他への就職がままならず、父の仕事の手伝い(父の会社の出荷トラックの交通整理、ギフトショップの営業)などをしていたもので、平成三年からはケーキ屋の配達のアルバイトを始めたが入院したため一年ほどで退職したものであって、右等級認定を不合理とする理由はない。

(四) 他因子―アレルギーの影響

被告らは、本患者の気管支ぜん息罹患の原因はアレルギー素因にあると主張するところ、証拠(甲ア二―三四二の1、乙コ二―三四二の3)によると、小児期の発症であること、成長に応じ軽快していることが認められるものの、他方で、初認定時の好酸球値が三%であることも認められ、本患者がアレルギー素因を有するか疑問であるうえ、少なくとも、アレルギー素因その他大気汚染以外の要因が本患者の気管支ぜん息発症・増悪の経過全般に対して専らの原因となっているとまで認めるべき証拠はない。

12 原告番号二三八五 藤高良子

(一) 患者藤高良子は、昭和四二年ころから昭和五六年ころまで西淀川区福町二丁目八番三号に居住しており、右居住地は国道四三号線から直線距離にして約三〇mの位置にある。

ところで、本患者の発症時期は通院開始の時期などからみても昭和四三年ころと認められ(気管支ぜん息の認定は昭和五一年)、対象道路の供用開始前であるから、右道路からの汚染物質がその発症に寄与した可能性はない。

しかし、後記の症状の経過によれば、対象道路の供用開始後に疾病の増悪に寄与した蓋然性はかなり高いと考えられる。

(二) 罹患疾病

本患者の気管支ぜん息罹患について争いはない。

(三) 症状の経過及び程度

(1) 昭和四三年ころからせき・たんが出始め、昭和四四〜四五年ころから勤め先のクリーニング店を休むことが多くなった。昭和五〇年ころからは毎日が息苦しい状態で、夕方から呼吸しにくくなり、夜は特に苦しく、たんもよく出る。最初は冬季がひどかったが、現在では一年中状態がよくない。

(2) 本患者の症状の程度が、等級認定に比し軽度のものであったとの疑いを抱くべき事情は見受けられない。

(四) 他因子―アレルギーの影響

被告らは、本患者の気管支ぜん息罹患の原因はアレルギー素因にあると主張するところ、証拠(乙コ二―三八五の3)によると、初認定時の好酸球値が六%であることが認められるものの、これによっても本患者がアレルギー素因を有するか疑問であるうえ、少なくとも、アレルギー素因その他大気汚染以外の要因が本患者の気管支ぜん息発症・増悪の経過全般に対して専らの原因となっているとまで認めるべき証拠はない。

13 原告番号二三八八 藤森道代

(一) 対象道路寄与の可能性

患者藤森道代は、昭和三五年(出生)から昭和五〇年ころまで、昭和五二年ころから昭和五九年ころまで及び昭和六二年ころから平成二年ころまで西淀川区福町二丁目八番三号に居住しており、右居住地は国道四三号線から直線距離にして約二〇mの位置にある。

ところで、本患者の発症時期は通院開始の時期などからみても昭和四四年ころと認められ(ぜん息性気管支炎の認定は昭和四七年、気管支ぜん息の認定は昭和五一年)、対象道路の供用開始前であるから、右道路からの汚染物質が発症に寄与した可能性はない。

しかし、右道路開通後に疾病の増悪に寄与した可能性は否定できない。

(二) 罹患疾病

本患者は、初認定時から、その後(昭和五一年九月)に認定された気管支ぜん息であったというべきである。

(三) 症状の経過及び程度

(1) 昭和四四年ころ(九歳ころ)から、せきやたん、呼吸困難の症状が出始めた。一八〜二〇歳のころは少し軽減し、また西宮市、吹田市、豊中市に一時居住したときには症状が軽くなったが、西淀川区に戻ると症状は元のように悪化した。夜から朝方にかけて発作が起こりやすく、救急車が来たことも一〇回ほどある(甲ア二―三八八の1・3・4)。

(2) 被告らは、本患者は軽症であると主張するところ、証拠(甲ア二―三八八の1)によると、本患者は、二級に認定されていた昭和五三年八月に高校を中退して歯科医の助手となったが、同年一〇月には三級に変更されて現在に至っており、その間、職を変えたり、一時は主婦専業の時期もあったりしながら平成二年ころまでは就労しているものの、ぜん息発作などのため欠勤することも多く、昭和五四年ころ以降はアルバイト程度であったと認められるから、右認定等級は別段不合理なものとは考えられない。

(四) 他因子―アレルギーの影響

被告らは、本患者の気管支ぜん息罹患の原因はアレルギー素因にあると主張するところ、証拠(甲ア二―三八八の1、乙コ二―三八八の3)によると、初認定時の好酸球値が六%であること、小児期の発症であることが認められるものの、これらを全て総合しても本患者がアレルギー素因を有するか疑問であるうえ、少なくとも、アレルギー素因その他大気汚染以外の要因が本患者の気管支ぜん息発症・増悪の経過全般に対して専らの原因となっているとまで認めるべき証拠はない。

14 原告番号二三九三 本條ユキエ

(一) 対象道路寄与の可能性

患者本條ユキエは、昭和四四年ころから現在まで西淀川区福町二丁目三番二一号に居住しており、右居住地は国道四三号線から直線距離にして約二〇mの位置にある。

本患者の発症時期は昭和四八年ころ(慢性気管支炎の認定は昭和五一年、気管支ぜん息の認定は昭和五二年、肺気腫の認定は平成三年)であるから、対象道路からの汚染物質が右発症に寄与した蓋然性が高いと考えられる。

(二) 罹患疾病

本患者は、昭和五一年三月に慢性気管支炎として初認定を受け、翌昭和五二年三月に気管支ぜん息の追加認定を受けているところ、被告らは、本患者の罹患疾病は初認定時から気管支ぜん息のみとみるべきであると主張するが、前示公健法認定手続の仕組み及び実態に照らし、また、個別証拠を検討してみても、右認定を変更すべき事情は認められない。

(三) 症状の経過及び程度

(1) 昭和四八年夏ころから、せき・たんが出始め、たんがなかなか切れず、せきもひどく出るようになっていき、夜間せき込みが続くこともあった。昭和五一年末には、初めてぜん息発作が出て、病院に行った。それ以降、突然息が出来なくなるような発作が起こるようになった。現在も毎日、明け方にたんが詰まって息苦しくなり、目が覚める。

(2) 本患者の症状の程度が、認定等級に比し軽度のものであったとみるべき事情は見受けられない。

(四) 他因子―アレルギーの影響

被告らは、本患者の気管支ぜん息罹患の原因はアレルギー素因にあると主張するところ、証拠(甲ア二―三九三の1・3、乙コ二―三九三の4)によると、アレルゲンテスト(皮内テスト)が陽性であること、ブロンカスマベルナ(BB)による減感作療法が行われていること、昭和五七年検査時の好酸球値が六%であること、家族歴(父)があること、医師がペットを飼わないように指導していることが認められるものの、他方で、アレルゲンテスト(皮内テスト)の結果について陰性と認める余地のあること(証人金谷)、BBは非特異的な減感作療法で必ずしもアレルギーの治療として行うものでないことも認められ、本患者はアレルギー素因を有しそれが右罹患に寄与しているか疑問であるうえ、少なくとも、アレルギー素因その他大気汚染以外の要因が本患者の慢性気管支炎、気管支ぜん息及び肺気腫発症・増悪の経過全般に対して専らの原因となっているとまで認めるべき証拠はない。

15 原告番号二四三七 森本貞男

(一) 対象道路寄与の可能性

患者森本貞男は、昭和四四年四月ころから平成二年五月(死亡)まで西淀川区福町二丁目五番二九号に居住しており、右居住地は国道四三号線から直線距離にして約二〇mの位置にある。

ところで、本患者の発症時期は昭和三四年ころであり(慢性気管支炎の認定は昭和五〇年、肺気腫の認定は昭和六二年、気管支ぜん息の認定は平成元年)、対象道路の供用開始前であるから、右道路からの汚染物質が慢性気管支炎の発症に寄与した可能性はない。

しかし、その後の症状の経過に照らし、右道路の供用開始後に右各疾病の増悪に寄与した蓋然性はかなり高いと考えられる。

(二) 罹患疾病

被告らは、本患者の罹患疾病は、遅くとも昭和五三年からは、その後(平成元年三月)認定された気管支ぜん息のみとみるべきであると主張するところ、本患者は前記のとおり昭和六二年に肺気腫の追加認定がなされているものの、当時の検査結果は明らかでなく、しかも平成元年の気管支ぜん息の追加認定時の医学的検査実施報告書によれば、%肺活量は一二〇、一秒率は七二と正常範囲にあり、かつ初認定時の検査結果と対比すると一秒率が57.8から72に改善されているなど、肺気腫の病像と合致しない点が認められる。しかし、前示のとおり検査数値は疾病診断の一応の目安であり、一秒率の低下も診断上絶対の要件というわけではないことに加え、公健法認定手続においてはこのような検査結果は審査の対象とされているのであり、その審査の仕組み及び実態に照らし、右のような疑問点があるからといって直ちにその認定を誤りと断ずることはできないし、いずれにせよ、ここで重要なのは対象道路供用開始後の症状経過の状況であって、肺気腫の追加認定の当否自体が本件の結論に影響を及ぼすものではない。また、慢性気管支炎の認定に特段の疑問はない。

(三) 症状の経過及び程度

(1) 昭和三四年ころからせき・たんが出始め、症状が重くなったため、昭和三六年には、定年まで一〇年を残して勤務先の阪急電鉄を退職した。昭和五三年ころからは、ぜん息発作も起きるようになり、息切れも激しくなった。寝るときも、たんがなかなか切れず、起坐呼吸をしていることが多かった。平成二年に入院先で死亡した(死亡起因率〇%)(甲ア二―四三七の1ないし3)。

(2) 被告らは、本患者は軽症であると主張するところ、証拠(甲ア二―四三七の1、乙コ二―四三七の5)によると、就労の事実は認められるが、初認定後も死亡直前まで妻の経営する寿司店の電話番等をしていたというにすぎず、認定等級(二級ないし級外)に疑問を抱くべき理由はない。

(四) 他因子―喫煙の影響

被告らは、本患者の喫煙がせき・たん症状の発現に寄与している事実又は可能性を損害算定上考慮すべきであると主張し、他方、森本マツ子(本患者の妻)は、本患者の喫煙の期間・本数等について、昭和二四年から昭和五〇年ころまで喫煙していた(本数不明)と陳述するところ(甲ア二―三四七の1)、右喫煙はかなり長期間のものであって態様の重いものであり、右疾病増悪に対して相当の影響を及ぼしたとみるのが相当である。

16 原告番号二四四二 山川新治

(一) 患者山川新治は、昭和三一年ころから昭和六一年ころまで西淀川区歌島四丁目八番四七号に居住しており、右居住地は阪神高速大阪池田線から直線距離にして五〇m以内の位置にある。また、昭和六一年一二月ころから昭和六二年一一月(死亡)まで西淀川区柏里三丁目一四番六号に居住しており、右居住地は同じく阪神高速大阪池田線から直線距離にして約四〇mの位置にある。

ところで、本患者の発症時期が昭和四五年ころ(慢性気管支炎の認定は昭和五〇年、気管支ぜん息の認定は昭和五八年)であることは当事者間に争いがないので、これによれば、右慢性気管支炎の発症には、対象道路からの汚染物質が寄与しているとはいいがたい。もっとも、診断書(乙コ二―四四二の2)によると、昭和五〇年一二月に本患者が十三病院を受診した際に、昭和四五年八月ころから感冒様症状(せき・たん)が出現し、近医で治療を受けるも経過は不良で、約二年後よりぜん鳴を伴うようになった旨の訴えを受けて、同病院の医師が昭和四五年八月に発病と推定している事情が窺われ、これが発症時期を昭和四五年とする根拠と思われるが、右はその程度からみても慢性気管支炎の前駆症状とも捉えられ、しばらく後に罹患したと確定的に診断しうる状態に至ったものともみられるから、発症への寄与が全くなかったとも断定できず(但し、曝露期間からみて寄与は比較的小さいというべきである)、また、その後の症状の経過に照らせば、少なくとも、指定疾病の増悪に寄与した蓋然性はかなり高いと考えられる。

(二) 罹患疾病

被告らは、本患者が慢性気管支炎及び気管支ぜん息に罹患したと認めるに足りる証拠はないと主張するが、公健法上の診断・認定については前示のとおりであり、また、本患者が慢性気管支炎に罹患したことについて疑いを抱くべき事情は個別証拠上顕れていない。

(三) 症状の経過及び程度

(1) 昭和四五年ころからせきとたんが出始め、その二年後くらいからゼーゼーいうようになり、ぜん息発作も出るようになった。昭和五〇年ころからは息切れも生じた。現住所に移った昭和六一年ころから特に症状がひどくなり、せき込みが一日に三〜四回、長くて二〇分くらい続くようなった。夜も布団で寝るとせきの発作が起きるため、こたつに覆いかぶさって寝ていた。昭和六二年に入院し、気管支切開を行ったが、結局入院中に死亡した(死亡起因率一〇〇%)(甲ア二―四四二の1ないし4)。

(2) 被告らは、本患者は軽症であると主張し、証拠(甲ア二―四四二の1)によると、二級又は三級に認定されていた時期においても就労していることが認められるが、兄との共同経営又は自営業であることからすれば、右等級認定は不合理なものとはいえない。また、被告らは、本患者の症状の経過(呼吸器症状)には、合併症(肺結核及びその後遺症)の影響があると主張し、証拠(甲ア二―四四二の3)によると、本患者には右合併症が存在したと認められるが、等級認定における合併症の扱いは前示のとおりである。したがって、症状の程度の判定にあたって、認定された等級に基づくほか、格別の考慮をする必要はないものというべきである。

(四) 他因子―喫煙の影響

被告らは、本患者の慢性気管支炎の原因は自らの喫煙にあると主張し、あるいは、喫煙が大気汚染とともに右疾病の発症・増悪に寄与している事実又は可能性を損害算定上考慮すべきであると主張し、他方、山川君子(本患者の妻)は、本患者の喫煙の期間・本数等について、結婚(昭和二一年)から昭和五六年ころまで一日二〇本、その後昭和六一年ころまで一日四、五本喫煙していたと陳述するところ(甲ア二―四四二の1)、右喫煙は態様の重いものであり、右疾病発症・増悪の経過全般に対して相当の影響を及ぼしたとみるのが相当である。

17 原告番号二四四五 山科壽枝子

(一) 本件道路寄与の可能性

患者山科壽枝子は、昭和一四年ころから昭和四六年一一月ころまで及び平成四年ころから現在まで西淀川区大野一丁目三番二九号に居住しており、右居住地は国道四三号線から直線距離にして約三〇mの位置にある。

ところで、本患者の発症時期は昭和四〇年ころであり(慢性気管支炎、気管支ぜん息の認定は昭和四五年)、対象道路の供用開始前であるから、右道路からの汚染物質が発症に寄与した可能性はない。

また、本患者の居住は昭和四六年一一月までであるから、右道路供用開始後の曝露期間も短く、またこの間疾病が悪化した様子は証拠上窺われないから、疾病の増悪に寄与した可能性も極めて小さいと考えられる。

(二) 以上のとおりであるから、罹患疾病、症状の経過及び程度、他因子の寄与等の検討をするまでもなく、原告の請求は認められない。

18 原告番号三〇七二 藤高隆志

(一) 患者藤高隆志は、昭和四二年ころから昭和五六年ころまで西淀川区福町二丁目八番三号に居住しており、右居住地は国道四三号線から直線距離にして約三〇mの位置にある。

本患者の発症時期は昭和四八年ころ(慢性気管支炎の認定は昭和五三年、気管支ぜん息の認定は昭和五六年)であるから、対象道路からの汚染物質がその発症に寄与した蓋然性が高いと考えられる。

(二) 罹患疾病

被告らは、本患者が慢性気管支炎及び気管支ぜん息に罹患したと認めるに足りる証拠はないと主張するが、公健法上の診断・認定については前示のとおりであり、また、本患者が慢性気管支炎に罹患したことについて疑いを抱くべき事情は個別証拠上顕れていない。

(三) 症状の経過及び程度

(1) 昭和四八年二月ころから寝ているときにせきをし、たんが詰まるようになり、そのうちに上を向いて寝られなくなり、睡眠不足に苦しむようになった。昭和五八年に肝硬変で死亡した(死亡起因率〇%)(甲ア三―七二の1ないし5)。

(2) 被告は、本患者は認定された等級に比し軽症であると主張するところ、本患者は、二級と認定されていた間(昭和五四年一二月から昭和五六年一一月)においても、以前からしていた金属收集販売業を続けていたことが認められるが、同時に、その時期には一人では仕事ができず、若い者を日当で雇ったり妻の手伝いで続けていたものの、昭和五六年にはそれでも続けられなくなって娘婿に肩代わりを頼んで仕事から手を引いたことが認められるから(甲ア三―七二の1)、就労を理由とする主張は採用できない。また、被告らは、気管支ぜん息の発作が軽いと主張し、追加時の診断書(乙コ三―七二の4)にも「最近の一年間を通じて軽症の発作が月平均三〜四回」と記載されているが、本患者は、気管支ぜん息の追加認定後すぐに二級から三級に等級が変更されており、診断書の右記載のみから三級よりさらに軽いと判断することはできない。さらに、被告らは、本患者の症状の経過(全身症状)には、肝炎の影響があると主張するところ、右診断書からもその事実を認めることはできるが、前示のとおり、認定された等級を不合理とする理由にはならない。

(四) 他因子―喫煙の影響

被告らは、本患者の慢性気管支炎の原因は自らの喫煙にあると主張し、あるいは、喫煙が大気汚染とともに右疾病の発症・増悪に寄与している事実又は可能性を損害算定上考慮すべきであると主張し、他方、藤高良子(本患者の妻)は、本患者の喫煙の期間・本数等について、結婚当初から昭和五六年ころまで一日二〇本喫煙していたと陳述するところ(甲ア三―七二の1)、右喫煙は態様の重いものであり、右疾病発症・増悪の経過全般に対して相当の影響を及ぼしたとみるのが相当である。

19 原告番号三〇七三 本條貴美夫

(一) 患者本條貴美夫は、昭和四四年ころから昭和五一年九月(死亡)まで西淀川区福町二丁目三番二一号に居住しており、右居住地は国道四三号線から直線距離にして約二〇mの位置にある。

本患者の発症時期は昭和四八年ころ(気管支ぜん息の認定は昭和五一年)であるから、対象道路からの汚染物質が右疾病の発症に寄与した蓋然性が高いと考えられる。

(二) 罹患疾病

被告らは、本患者が気管支ぜん息に罹患したと認めるに足りる証拠はないと主張するが、公健法上の診断・認定については前示のとおりであり、また、本患者が慢性気管支炎に罹患したことについて疑いを抱くべき事情は個別証拠上顕れていない。

(三) 症状の経過及び程度

(1) 昭和四七年ころからせきやたんが出て息が苦しくなり、喉がヒューヒューなるようになり、夜もせきとたんが出て寝ていられず、起坐呼吸をするようになった。昭和五一年八月に発作が出て入院したが、たんがのどに詰まって呼吸ができず、入院後二五日で死亡した(死亡起因率一〇〇%)(甲ア三―七三の1ないし3)。

(2) 本患者の症状の程度が、認定等級に比し軽度のものであったとの疑いを抱くべき事情は見受けられない。

(四) 他因子―加齢の影響

本患者の慢性気管支炎の発症年齢は六〇歳を超えていなかったものと認められるから、大気汚染と慢性気管支炎発症の因果関係の割合を評価するにあたっては発症年齢を考慮する必要はない。

第六損害賠償額の算定

一 公健法等による受給額

1 被告らによる推計結果

本件患者は、その認定時期に応じて、特別措置法、大阪市規則及び公健法による各給付を受けていると推定されるが、各自の実際の受給額を認定する証拠はない。

そのため被告らは、判明している関連データを使用して、本件患者の受給額を推計しているところ、使用されたデータ、算定方法、推計の結果としての本件患者ごとの受給額は、目録一〇(公健法等給付額算定表)記載のとおりである。

2 推計方法の概要とその合理性の検討

(一) 特別措置法の給付(昭和四五年二月〜昭和四九年八月)

(1) 医療費

特別措置法は、医療費を補償給付の一つとしているところ、その医療費は、患者が社会保険を使用した場合の自己負担分のみを給付するものであるが(Ⅰ一四四頁)、原告らにおいて給付内容を明らかにせず、かつ、個別に算定する資料がないため、被告らにおいても主張していない。

(2) 医療手当

特別措置法(又は同施行令)によれば、一か月の入院・通院日数に応じて医療手当の額(月額)が決められているところ(昭和四五年で入院八日以上四〇〇〇円、入院一日ないし七日又は通院八日以上二〇〇〇円等―目録一〇・資料2―(1))、特別措置法当時の本件患者の入院、通院日数を認定する資料がないため、入院一五日以上を特級、入院八日以上一四日以内を一級、入院七日以内又は通院一五日以上を二級、通院四日以上一四日以内を三級に該当するものとして、公健法初認定時の等級をあてはめて算出されたものである。

公健法上の「障害の程度」及び「障害の程度の基準」(図表四―(2)(3))と対比すると、このようなあてはめは特に不合理とまではいえないから、右の推計には相当性がある。

(3) 介護手当

特別措置法は、昭和四五年三月、介護日数一日につき三〇〇円としていたが、昭和四五年四月以降は、介護日数二〇日以上の者に対しては月額一万円、一〇日ないし一九日で七五〇〇円、一日ないし九日で五〇〇〇円を支給するものと定めていたところ(目録一〇・資料2―(2))、本件患者の当時の介護日数は不明であるが、公健法上の特級は、「障害の程度の基準」の管理区分上、「入院を必要として、かつ、常時介護を必要とすること」とされており(図表四―(2))、介護日数二〇日以上の者に該当すると推定できる。したがって、公健法初認定で特級と認定された水野一二三(原告番号三〇四〇)、小田民治郎(同三〇五五)、矢追ヤタ(同三〇七九)及び公健法施行前に死亡した津村安太郎(同三〇六六)について、月額一万円の介護手当の支給を受けていたと推定することに特に問題はない。

(二) 大阪市規則による給付(昭和四八年四月〜昭和四九年九月)

(1) 療養生活補助費

大阪市規則は、一五歳以上の者に対し、入院及び通院日数並びに世帯主と世帯員の区別に基づいて療養生活補助費の支給基準(世帯主の場合、入院日数二一日以上で月額四万円、世帯員は二万円、通院日数四日ないし一四日で一万円と五〇〇〇円等)を定めているいるところ(目録一〇・資料3―(1))、本件患者の当時の入院・通院日数は不明であるから、公健法初認定時の等級から入院及び通院日数を推定し、それと右支給基準を対応させて推定することはやむをえない。被告らの選択した対応関係は右資料3―(1)のとおりであり、入院二一日以上を特級に対応させている点は、特別措置法の医療手当の場合と異なるが、特級の管理区分からすれば、このような対応関係でも特に不当とまではいえない。他の対応関係にも特に問題はない。また、世帯主を二五歳以上の男子としているが、原告らから具体的な反論もなく、不合理とまではいえない。

(2) 療養手当

大阪市規則は、一五歳未満の者に対し、医療を受けた日数(入院・通院)に対応して、月額三〇〇〇円(二日〜三日)ないし四〇〇〇円(四日以上)の療養手当を支給することとしているが(目録一〇・資料3―(2))、本件患者の当時の医療を受けた日数は明らかではない。被告らは、本件患者のうち二四人について、いずれも四日以上と推定しているが、右二四人の公健法初認定等級は、一級二人、二級一一人、三級一一人である。前記管理区分(図表四―(3))からみて、一・二級の一三名については問題はない。三級の管理区分は、「常に医師の管理を必要とし、かつ、時に治療を必要とすること」というものであり、大阪市規則が二段階に分けていることからすれば、三級については低い方にランクするのが相当ではないかともいえるが、右原告らの症状の訴え(陳述書)からすれば、月平均四日程度の医療を受けていると推定することが明らかに不合理とまではいえない。

(3) 入院扶助費

大阪市規則は、入院日数一日につき一〇〇〇円と定めているところ、本件患者の当時の入院日数は明らかでない。被告らは、公健法初認定で特級と認定された水野一二三(原告番号三〇四〇)、小田民治郎(同三〇五五)、矢追ヤタ(同三〇七九)の三人については入院日数を二五日と推定し、一級と認定された三七人については一一日と推定して、受給額を推計している。特級でも二五日も入院しているとは限らず、やや過大な推定と思われなくもないが、あえて修正しなければならないほどの問題ではない。一級についての推定日数は妥当である。

(4) 死亡見舞金

大阪市規則は、昭和四八年三月までの起因死亡者に対し二〇万円の死亡見舞金を支給していた。そして被告らは、津村安太郎(原告番号三〇六六)について二〇万円を計上しているところ、同人は昭和四七年二月四日に死亡し、その直接死因は急性心不全であるが、その原因は公害による肺気腫及び気管支ぜん息とされており(甲ア三―六六―4)、認定疾病に起因する死亡と認められるから、同人が死亡見舞金の支給を受けていたとする被告らの推定は根拠がある。

(三) 公健法による給付

(1) 療養の給付及び療養費(目録一〇の医療費)

被告らは、各年度の全国の認定患者に対する療養の給付及び療養費の総額を当該年度末の認定患者数で除してこれを月数で割り、月額平均値を求め、本件患者全員に対する給付額と推定している。しかし、被告ら自身も指摘しているように、一件あたりの支給額は昭和六一年度で二万円台から三〇万円を超えるものまであり、支給期間が長期間にわたる者も少なくなく、総額では大きな差を生じるおそれがあり、特に等級の低い者にとっては不当な結果になるおそれが強いから、その平均値を本件患者全員にあてはめることは、相当ではない。三級及び級外については減額する必要がある。

なお、被告らは、右給付を本件患者が支給を受けたものと主張しているが、前記のとおり、公健法は、療養の給付については現物支給としており、本件患者が受給したとする理由はない。療養費は例外的な場合であり、本件患者が療養費の支給を受けたとする証拠もない。

(2) 障害補償費・遺族補償費・遺族補償一時金・児童補償手当

右各費目については、標準給付基礎月額表等に、本件患者のそれぞれの認定期間・等級別の支給率・特級認定期間の介護加算・死亡起因率・支給期間等のデータに基づいて推計をしたものであり、その過程に特に問題とすべき点はない。

(3) 療養手当

公健法は、療養手当(月額)の支給基準を入院・通院日数で区分しているが、本件患者の入院・通院日数は一部しか判明していない。そこで被告らは、入院日数一五日以上を特級、同八日以上一四日以内を一級、入院日数七日以内又は通院一五日以上を二級、通院日数四日以上一四日以内を三級及び級外に該当するものとして、本件患者のそれぞれの認定等級をあてはめて算出されたものであり、前記のとおり、公健法上の「障害の程度」及び「障害の程度の基準」と対比して、右推計は相当である。

二  公健法等に基づく給付の性格

1  特別措置法に基づく給付

特別措置法の制定の際に具申された中公審の意見(Ⅰ一四三頁)は、公害被害に関する救済についての当面の緊急措置として、民事責任と切り離した行政上の救済制度の必要性を提言し、同法はこれを受けて制定されたものであり、右給付は、企業等の事業者と国及び地方公共団体が各二分の一ずつを負担して、指定疾病の認定患者に対し、医療費を中心として右のような給付がなされている。右のような同法の制定の趣旨、現実の給付内容からすれば、右給付は、社会保障的性格の強い行政上の救済措置と判断され、本件の損害の填補を目的としているとはいえないから、これは損益相殺の対象とはならないというべきである。

2  大阪市規則に基づく給付

大阪市規則は、第一条においてその目的を「国の公害に係る健康被害損害賠償保障制度が実施されるまでの間、事業者からの拠出金を主な財源として、公害病認定患者又はその遺族に対し、療養生活補助費等の支給を行うことにより、公害病認定患者の健康の回復並びに公害病認定患者及びその遺族の生活の安定に寄与することを目的とする。」と定めている(Ⅰ一四五頁、丙一四七)。これは、特別措置法による給付が逸失利益に対する補償を含まないなど被害補償として十分でなかったことから、その補完として、西淀川区内の企業の拠出金を主な財源として、認定患者又はその遺族に前記のような給付をすることになったものであり、給付目的及び給付内容に照らして、右給付も社会保障的色彩を有する生活保障と考えるのが相当であり、本件の損害の填補を目的としているとはいえず、これも損益相殺の対象とはならない。

3  公健法に基づく給付

公健法の制定の経緯、制度の性格、給付の構成、費用の負担者、民事責任との関係等は先に認定したとおりである(Ⅰ一四五〜一八一頁)。それによれば、公健法の給付は、一面において緊急に救済を要する公害健康被害者に対する社会保障的給付の性格を有するが、基本的には民事責任をふまえた損害賠償保障制度として構成されたものと解するのが相当である。

したがって、公健法に基づく給付を受けた本件患者の損害賠償請求権は、その給付の限度で填補されたことになるから、公健法給付分は損益相殺の対象となる。

三  公健法給付の損益相殺の対象

公健法制定の際になされた中公審の答申においては、給付の構成について、「(慰謝料は、)基本的には民事訴訟に委ねることとするが、本制度にもある程度慰謝料の要素をおり込み制度全体の中でその要素をどのように生かすかという方向で、給付の種類なり給付水準の問題を検討してきた」と述べられている(Ⅰ一四九頁)。

しかし、療養の給付、療養費、療養手当及び葬祭料は実費補償的性格をもつものであり、慰謝料的要素が含まれていないことは明らかである。

障害補償費は、賃金センサスによる男女別・年齢階層別の給与額の八〇%を基準とし(Ⅰ一六一頁)、認定等級に応じて、特級及び一級は一〇〇%、二級は五〇%、三級は三〇%の割合(図表四―(2))で支給するものとされ、逸失利益の補償に相当するものであり、その支給水準からみて慰謝料的要素は認められない。もっとも、障害補償費は、一五歳以上の者に年齢の上限を設けることなく支給することとされており、六五歳以上は年齢階層を区別せず、同一の標準給付額が定められているが(目録一〇資料1(2))、一般的な就業年齢を超える高齢者(六七歳以上とする)については、通常は次第に収入が減少していくはずであるから、その差に相当する部分は、生活補助ないし慰謝料的要素の加味された給付と考えるのが相当である。

遺族補償費及び遺族補償一時金は、死亡患者の遺族に対する補償であり、逸失利益の補償の性格をもつものであり、労働者の賃金水準や生活費控除を考慮し、遺族補償費は、前記賃金センサスによる平均賃金の七〇%程度を一〇年間支給するものとされ、遺族補償一時金は、支給期間が三年間とされており(Ⅰ一六二頁、目録一〇資料1(3))、基本的には慰謝料を含むものとはなっていないが、これも六七歳以上については、障害補償費と同様の側面がある。

児童補償手当は、一五歳未満の認定患者(児童)の場合は、逸失利益がなく、障害補償費の対象とならないが、指定疾病罹患により日常生活に苦痛や支障が生じ、成長や学業の遅れをきたすおそれがあることなどから、児童の障害の程度に応じて支給することとされているものであり、その受給者は、親権の有無にかかわらず現実に当該児童を養育している者とされていることからすれば、右給付の主たる趣旨は、実際の監護者において、児童が指定疾病に罹患したことによる養育介護の負担などの財産的・精神的損害に対する補償と解され、児童自身に対する慰謝料的要素が含まれているとしても、それが主要なものとはみられない。

公健法給付の性格は以上のとおりであり、六七歳以上の本件患者又は死亡患者の遺族に対する障害補償費及び遺族補償費(遺族補償一時金を含む)の一部を除く給付は、いずれも財産上の損害に対応するものであることが認められる。

ところで、障害補償給付等を受けた場合でも、被害者は加害者に対し、別途民法上の損害賠償を請求することができる。しかし、右給付等と民法上の損害賠償とが「同一の事由」の関係、すなわち、右給付等の対象となった損害と民法上の損害賠償の対象となった損害が同性質である場合には、二重の填補が与えられる関係となるから、右給付等は損益相殺の対象となり、その額だけ加害者は損害賠償責任を免れることになるものと解される(最高裁昭和六二年七月一〇日第二小法廷判決・民集四一巻五号一二〇二頁参照)。

しかして、右の判断に従えば、公健法給付のうち、前記の財産的損害に対応する各給付は、民事賠償上の財産的損害(積極損害・消極損害)と同性質の損害に相当し、その限度で同一の事由の関係にあるから、右給付の限度で財産的損害は填補されたことになるが、本件で算定される狭義の慰謝料との関係では、同一の事由による給付とはいえないから、公健法給付分を後記認定の慰謝料から控除することは許されないものといわなければならない。なお、前記のように公健法給付のうちには一部慰謝料的性格を有する給付があるから、この部分は本件での慰謝料の算定にあたって考慮されなければならない。

四  財産的損害と損益相殺の結果

原告らの本件損害賠償請求は、財産的損害を含む全損害の賠償を求めるものであるから、本来は、各別に財産的損害(積極損害・消極損害)及び慰謝料を算定し、公健法による給付を控除すべきである。しかるに、原告らは、本件において請求の対象としているのは、公健法等による受給によっては回復されなかった損害であると主張し、本件患者ごとの積極・消極の各損害額の算定の基礎となる事実については、特段の主張・立証をしていない。そのため、患者ごとの個別資料に基づいて財産的損害を算定することはできない。

しかし、先にも述べたように、公害被害における被害内容の類似性や集団訴訟における個別被害立証の困難性等から統計的手法による概括的な損害の評価もある程度やむをえない面もあることに加え、右にみたとおり、公健法の各給付は、受給権者において、所定の申請をし、必要な証明書等を添付し、障害の程度(労働能力喪失率等)などについての審査を受けたうえで、支給決定がなされている実情からみれば、公健法に基づく支給分については、それに対応する現実の被害が存在したものと推定するのが相当である。

そして、財産的損害にかかる積極・消極の各損害については、療養の給付及び療養費は医療費に相当する現物給付であり、療養手当は、入・通院雑費に相当し、葬祭料は葬儀費用に対応しており、またこれらは年次に従って順次増額されてきていて、概ね妥当な給付水準にあるものと認められる。死亡患者の逸失利益に相当する遺族補償費、遺族補償一時金も、生活費控除を考慮して平均賃金の七〇%を標準給付額と定めており、概ね損害に見合う給付水準にあると考えられる。したがって、これらの積極・消極損害は公健法の給付によりほぼ回復されているものと評価するのが相当である。但し、逸失利益に対応する障害補償費は、賃金センサスによる男女別・年齢階層別の給与額の八〇%を基準とし(Ⅰ一六一頁)、認定等級に応じて、特級及び一級は一〇〇%、二級は五〇%、三級は三〇%の割合(図表四―(2))で支給されているから、基準額における差額の二〇%は、就労可能年齢の患者との関係では、その分だけ低額となっていることになる。しかし、先に判断したように、本件患者の被害は因果関係の割合評価の範囲とするのが相当であり、特段の事由のない患者についても損害全体の八割を限度とするのが妥当であると判断されることからすれば、障害補償費の右水準は、右のような因果関係の判断と符合するものであり、逸失利益についても概ね賠償がなされているというべきである。なお、原告ら及び被告らは、それぞれ右給付割合について異なる割合が妥当であると主張しているが、各等級に対応する障害の程度から考えて、右割合を不合理とするだけの根拠はない。

そうすると、公健法施行後の本件患者の財産的損害については、原則として、公健法に基づく支給により概ね妥当な額で回復されているとみることができるから、これが不当に高額あるいは低額であるとの個別的な主張・立証がない限り、財産的損害については、公健法に基づく各種の給付との損益相殺の結果、概ね填補されたものと解するのが相当である。したがって、本件患者の損害については、公健法による給付が実施される以前の財産的及び精神的損害並びに公健法施行後の精神的損害を、個別事情を斟酌しつつ、財産的要素を含む慰謝料として評価すれば足りる(なお、前記の慰謝料的要素を有する給付については、減額要因として考慮されるのは当然である)。

但し、後記のような重度喫煙などの他原因により大気汚染の関与の度合いが低いと判定された者、すなわち減額要因のある患者については、公健法に基づく給付額が実際の財産的損害を上回る可能性が生ずるが、右給付は一部の給付を除いて慰謝料的要素を含まないから、これを狭義の慰謝料から控除することはできず、別途、これを算定することとなる。

五  慰謝料の算定

1  算定基準

前記個人別の検討の結果、第二期に対象道路の沿道に居住し、工場等から排出された大気汚染物質とともに対象道路を走行する自動車の排出する窒素酸化物等の汚染物質にさらされ、その結果、健康被害(指定疾病の発症・増悪)を受けたと認定された前記一八人について、先に検討してきた諸点を考慮して、右の意味での慰謝料額を算定することとするが、その算定の基準ないし考慮要素を整理すると次のとおりである。

(一)  損害の把握期間

損害を把握すべき期間は、対象道路の供用が開始された後、一定期間(公健法の認定要件である曝露要件及び曝露期間を参考とする―図表四―(1))を経過した後、本件口頭弁論終結日(平成七年三月二九日)までの間で、特別措置法又は公健法に基づく指定疾病の認定を受けている期間とする。但し、死亡患者については各死亡日までとする。そして、その損害の評価は口頭弁論終結日(又は死亡日)とする。したがって、遅延損害金の起算日も口頭弁論終結日(又は死亡日)となる。

(二)  特別措置法期間の損害

(一)の期間の始期から特別措置法による給付が廃止された昭和四九年九月までの間で指定疾病の認定を受けている本件患者に対しては、その期間について、年齢、職歴、症状の程度、入・通院期間等を考慮し、財産的損害を含んだ意味での慰謝料を算定する。

(三)  公健法期間の損害

(一)の期間から(二)の期間を除いた期間については、狭義の慰謝料のみを算定することになるところ、大気汚染によって指定疾病に罹患した場合の損害把握のあり方については、先にも述べたように、基本的には個々の患者の被った個別具体的な苦痛に対応すべきものであるが、公害被害の特性も考慮して、その被害態様をある程度類型化して評価するのが相当である。その際、被害の性質からみて、個々の症状の程度(認定等級を基本とする)とその持続期間(各等級ごとの認定月数に基づく)を中心として評価し、あわせて、慰謝料の補完的作用から収入と関連するものとして年齢的要素を勘案することとする。

また、その後指定疾病が全部又は一部の原因となって患者が死亡した場合には、一方で、通常の寿命を参考に、当該患者が本来であれば全うしたであろう寿命との差異を考慮し、他方で、死亡原因に占める指定疾病の比重(死亡起因率を基礎とする)を勘案して、死亡による損害の金額評価をするものとする。

(四)  寄与度による損害の負担割合

(1)  到達の因果関係の評価に基づく被告らの寄与割合

道路沿道における大気汚染全体との関係で、対象道路を走行する自動車から排出される大気汚染物資の寄与割合は、先に判断したとおり、概ね三五%と評価する。

(2)  指定疾病の発症及び増悪への他因子寄与の割合を考慮した大気汚染の寄与の割合

先に判断した因果関係論における他因子の評価及び損害論におけるその評価を総合したものとして、次の割合によるものとする。

①  以下の②ないし④の事情のない場合 八割

②  慢性気管支炎又は肺気腫患者で高齢発症の場合 六割

③  気管支ぜん息で小児ぜん息の場合 六割

④  慢性気管支炎又は肺気腫患者で重度喫煙者の場合 五割

⑤  右②ないし④が重複する場合は、比較的弱い方の因子は無視しうるものと考え、いずれか低い方の割合とする。

⑥  発症への寄与がないかそれがきわめて小さく、専ら又は主として増悪に寄与している場合は、症状経過への影響の度合いに応じた割合とし、基本的には発症の場合の二分の一とする。

2 各人の慰謝料額の算定

各個人票で認定した事実及び先に認定してきた諸事情を総合しつつ、右算定基準に基づいて、各人の慰謝料額を算定すると以下のとおりである(「損害額」は算定された慰謝料の総額を示し、「賠償額」は、右の基準に基づいて判定した寄与率を乗じた額である―万未満切捨)。

〔原告番号〕

〔本件患者名〕

〔損害額〕

〔賠償額〕

二〇一七

片瀬藤榮

二一七五万円

三〇四万円

二〇九六

有岡和子

一九四六万円

六八万円

二一一三

李成雨

一七四七万円

三〇五万円

二一一五

上西よ志み

一八一四万円

五〇七万円

二一六二

金村和男

二三五二万円

四九三万円

二二一六

倉本こすえ

二四九六万円

三四九万円

二二八二

孫判浪

一〇〇一万円

一〇五万円

二三〇七

田村満子

一三四一万円

一八七万円

二三三〇

豊田鈴子

三〇六〇万円

四二八万円

二三三八

永野千代子

一四六〇万円

二〇四万円

二三四二

中元義裕

三二四〇万円

四五三万円

二三八五

藤高良子

三三一五万円

四六四万円

二三八八

藤森道代

三三〇〇万円

二三一万円

二三九三

本條ユキエ

一九三二万円

五四〇万円

二四三七

森本貞男

一四四一万円

一二六万円

二四四二

山川新治

四一一五万円

三六〇万円

三〇七二

藤高隆志

五二二万円

九一万円

三〇七三

本條貴美夫

二五九八万円

七二七万円

六 相続関係

右患者一八人のうち、左記の四人はいずれも死亡しており、その相続関係は目録七〔相続関係目録〕のとおりである(この点は被告らにおいて明らかに争わないから自白したものとみなす)。したがって、右四人にかかる前記損害は左記のとおり、各原告らに相続されたことになる。

本件患者

原告番号

承継原告

承継割合

承継金額

片瀬藤榮

二〇一七

(1)

片瀬博

(単独)

三〇四万〇〇〇〇円

山川新治

二四四二

(1)

山川君子

(単独)

三六〇万〇〇〇〇円

藤高隆志

三〇七二

(1)

藤高良子

二分の一

四五万五〇〇〇円

(2)

下原麗子

六分の一

一五万一六六六円

(3)

藤高洋子

六分の一

一五万一六六六円

(4)

藤高咲子

六分の一

一五万一六六六円

本條貴美夫

三〇七三

(1)

本條ユキエ

三分の一

二四二万三三三三円

(2)

本條武志

三分の一

二四二万三三三三円

(3)

高谷喜久子

三分の一

二四二万三三三三円

七 弁護士費用

本件事案の難易度、審理期間、審理の経緯等を総合して、右各賠償額の概ね一割(最低金額は一〇万円とし、それを超える場合は概ね五万円単位でみる。但し、相続関係の場合は算定金額を相続割合で分配し、万未満を切り上げる)に相当する左記の金額をもって、本件における相当因果関係のある損害と認める。

原告番号

原告名

金額

二〇一七(1)

片瀬博

三〇万円

二〇九六

有岡和子

一〇万円

二一一三

李成雨

三〇万円

二一一五

上西よ志み

五〇万円

二一六二

金村和男

五〇万円

二二一六

倉本こすえ

三五万円

二二八二

孫判浪

一〇万円

二三〇七

田村満子

二〇万円

二三三〇

豊田鈴子

四五万円

二三三八

永野千代子

二〇万円

二三四二

中元義裕

四五万円

二三八五

藤高良子

五〇万円

二三八八

藤森道代

二五万円

二三九三

本條ユキエ

五五万円

二四三七

森本貞男

一五万円

二四四二(1)

山川君子

四〇万円

三〇七二(1)

藤高良子

五万円

(2)

下原麗子

二万円

(3)

藤高洋子

二万円

(4)

藤高咲子

二万円

三〇七三(1)

本條ユキエ

二五万円

(2)

本條武志

二五万円

(3)

高谷喜久子

二五万円

八 企業との和解金についての弁済又は損益相殺

被告らは、平成七年三月二日に原告らと企業九社(企業一〇社のうち日本硝子を除いたもの)との間に成立した訴訟上の和解により、原告らが企業九社から支払を受けることとなった三三億二〇〇〇万円について、右各企業と被告らが共同不法行為として不真正連帯債務を負担するとすれば弁済になり、被告らが単独で債務を負担する場合でも損益相殺として控除されるべきであると主張する。

しかし、先に判断したとおり、特定工場群の排出する汚染物質と本件各道路を走行する自動車の排出する汚染物質が一体として西淀川区の大気汚染に寄与していたものであり、民法七一九条が類推適用されるが、両者間に強い共同関係はないと認められ、被告らの責任は本件各道路の寄与部分に限定されるから、企業九社と被告らが不真正連帯債務を負担することはない。したがって、弁済の抗弁は理由がない。また、右和解は、原告らの企業九社に対する損害賠償請求に関するものであり、本件各道路の責任に関するものでないことは明らかであるから、被告らの損害賠償債務に対する填補の目的を有するものでないことはいうまでもなく、損益相殺を認める理由もない。

第七消滅時効

一  不法行為に基づく損害賠償請求と短期消滅時効

1  不法行為による損害賠償請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間これを行わないときは時効によって消滅するとされており(民法七二四条)、大気汚染防止法二五条の四も同趣旨の規定を設けている。

2  継続損害についての「損害を知りたる時」の意義

本件のような大気汚染公害による損害は、加害行為が継続する限り、被害も累積的に拡大を続け、症状が増悪したり、新たな症状が発現するおそれがあり、また、指定疾病自体が慢性疾患であるため、加害行為が終息に向かった場合でも、症状の増悪など病像の変化・進展がみられることもあるから、何時をもって「損害を知りたる時」と判断するかは容易ではない。しかし、先に判断したように、指定疾病の基本病態や主症状は概ね明らかになっているのであるから、病像の変化・進展のすべてを認識しなければ提訴できないというものではない。

したがって、各指定疾病に罹患している旨の診断を受け、これに基づいて公健法の認定を受けた時点(初認定時及びより重い等級への変更認定時並びに異なる病名についての認定時)において、その時点において予期せざる後発症等は除き、認定病名及び等級にかかる一般的に予測可能な範囲の損害を知ったものと解するのが相当である。なお、指定疾病に起因する死亡については、右認定時点において予測可能な損害とはいえないから、死亡による損害については、その死亡時に損害を知ったものと判断するのが相当である。

3  「加害者を知りたる時」の意義

民法七二四条の「加害者を知りたる時」あるいは大気汚染防止法二五条の四の「賠償義務者を知った時」とは、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知ったときと解される(最高裁昭和四八年一一月一六日第二小法廷判決・民集二七巻一〇号一三七四頁)。

そして、被告らは、本件患者らは、一次訴訟の患者原告らと同様、一次訴訟提起(昭和五三年四月二〇日)前から西淀川区に居住し、「西淀川公害患者会」のメンバーとして一次訴訟原告らと共通の問題意識を有していたとして、一次訴訟提起時には、被告らが「加害者」であることを知っていたと主張する。

しかし、少なくとも自動車排出ガスに係る健康被害に関しては、排出量の把握、到達及び発症の因果関係等について、極めて多くの科学的知見を調査・研究し、それらを総合的に評価しなければ、容易に結論に到達することのできない困難な問題が山積しており、裁判上明確にその因果関係が認められた例はなく、一次訴訟提起後においても、被告らは、これらの論点について全面的に争ってきたものであり、一次訴訟の原告らが本件各道路を走行する自動車の排出する大気汚染物質も加害行為の一翼を担っており、違法性及び責任もあるとの見解のもとに被告らに対しても損害賠償を求めたからといって、右見解が一般的認識となっていたとまではいえないのであって、これは患者会のメンバーであったか否かによって異なるものではない。

したがって、患者原告にとっても死亡患者の承継人においても、一次訴訟の提起によって、加害者を知ったと認めるのは相当でない。道路公害に対する右のような認識状況のもとにおいては、各原告がそれぞれの訴えを提起した時点をもって、「加害者を知りたる時」とすべきである。

二  時効主張A及び同B①について

右の次第であるから、本件患者については、それぞれの提訴前において、損害賠償請求が可能な程度に加害者を知っていたと認めることはできないから、被告らの主張する時効主張A及び同B①については、その他の点について検討するまでもなく、いずれも採用できない。

三  時効主張B②について

一部請求を明示しない訴え提起による時効中断の効力は債権の同一性の範囲内でその全部に及ぶと解され(最高裁昭和四五年七月二四日第二小法廷判決・民集二四巻七号一一七七頁)、一般に、全部請求の場合に請求権全体について中断効が及ぶと解されている。

本件は、先に判断したとおり、口頭弁論終結までの損害の全部を請求するものと解するのが相当であり、提訴後の症状の増悪や起因死亡による損害も同一原因による損害額の拡張であって、新規の請求権行使ではないから、請求拡張部分のみについて消滅時効が成立することはないと解するのが相当である。

四 結論

よって、被告らの消滅時効の主張はいずれも理由がない。

第八章差止請求

第一差止請求権について

差止請求原告(以下、この章においては、単に「原告」という)らは、人格権又は環境権を根拠として、被告らに対し、本件各道路を自動車の走行の用に供することによって、原告らの居住地において、一定濃度を超える窒素酸化物及び浮遊粒子状物質を排出させてはならないとのいわゆる抽象的不作為による差止を求めている。

右各大気汚染物質に曝露された場合には、その濃度いかんによっては、指定疾病を発症・増悪させ、ときには生命をも奪う危険性が存在することは先に認定してきたところから明らかであり、このような人間の生命や健康等の人格的利益(人格権)は排他的な権利として保障されており、それに対する違法な侵害があれば、その侵害の態様、程度の如何によっては、差止を許さなければ権利の救済を図れない場合もありうるから、人格権を根拠として差止を請求できることはいうまでもないところである。なお、原告らは、差止請求権の根拠として環境権も掲げているが、実定法上の根拠に乏しく、その要件や内容等も明確でないから、採用しない。

第二差止請求の適法性について

一  被告らの本案前の主張

被告らは、第一に、本件はいわゆる抽象的差止請求であり、請求の趣旨が不特定であると主張する。その理由として、①訴訟物の不特定、②行為内容の不特定、③差止請求の不特定、④連帯差止請求、⑤強制執行の方法の問題点を挙げる。第二に、都市型・生活型複合汚染であるため、実現可能性が欠如しており、第三に、原告らの求める排出規制措置の発動の内容は、行政上の措置に当たり、司法判断適合性が欠如していると主張する(Ⅲ二七四頁)。

二  抽象的差止請求について

1  訴訟上の請求は、審理の対象であり、被告の防御の対象となるとともに、判決の既判力の客観的範囲を明確にするものであり、さらに認容判決がなされた場合にはそれに基づき強制執行までなされるものである。その意味で請求の趣旨が特定されていなければならないことは被告らの指摘するとおりである。

被告らは、請求の特定の程度として、債務者に対し、最終的には強制執行が可能な程度に具体的に特定された行為をしないことを求めるものでなければならず、多種多様な行為の結果としての事実状態自体を請求の対象とすることは許されないと主張する。しかし、生命・身体に対する侵害を受けあるいは受けるおそれがある者がその被害の発生の差止を求めるには、権利を侵害する原因(一定量を超える汚染)自体を排除することを求めれば足りるのであって、債務者側においてどのような手段で原因を除去するかについてまで、具体的に主張しなければならないものではないと解すべきである。

確かに、原告らの差止請求は、原告らの居住地において一定の数値を超える汚染状態を作出しないことを求めるもので、その結果を確保するための手段・方法は多岐にわたるものであるが、手段・方法について具体的にその特定まで要求することは、侵害防止方法について複雑・多様な手段が存在する場合には、正確な科学知識及び情報を持たない債権者側に困難を強いることになるおそれがある一方、債務者側は、排出量等の正確な情報に近い立場にあり、かつ求められた結果をどのような手段で達成するかについてもより容易に判断しうる地位にある。また、本来、どのような手段で求められた結果を達成するかは債務者の自由に委ねられているというべきであって、債権者側に原因を除去する手段まで特定して債務者にそれを強制する権利が存在するかについては疑問さえある。

したがって、原告らが右抽象的差止として求める内容の請求は、行為内容(侵害防止手段)が不特定であることはいえず、また、原告らが被告らに対し、侵害の差止として何を求めているかは明らかであるから、訴訟物としては特定されていると解するのが相当である。

2  また、被告らは、測定点や測定方法が特定されていないと主張するが、測定点は、差止を求める原告らすべての居住地という意味で、特定されているし、測定方法についても、現在国が常時測定を行っている測定方法があり、これを前提としつつ、執行段階における知見や技術レベルなどを踏まえて、測定点と測定方法をより具体化することが可能である。

3  さらに、被告らは、原告らが右抽象的差止として求める内容の請求の趣旨では、強制執行の方法がないと主張するが、少なくとも認容判決実現のための強制執行として間接強制の方法をとることはできるから、右主張も採用できない。

三  司法判断適合性の欠如について

原告らの求める本件差止請求は、その目的を達成する手段として、被告らが指摘するように、自動車の通行制限等の交通規制措置、道路の供用の廃止又は路線の廃止、自動車排出ガス規制の強化などの行政上の措置によることも可能であるが、それだけでなく、物的管理行為としての道路施設の改良(道路管理者がこれまでに行ってきたような沿道の環境施設帯や植樹帯の設置、交通流の円滑化のための対策などに加えてシェルター化などの事実行為としての環境対策)や公物管理権に基づく交通管理行為(路側の車線規制、入口規制、通行台数制限、通行車種制限等)などによっても可能であり、その選択は被告らに委ねられているところ、原告らは、公権力の発動を求めているものではないから、原告らの差止請求は民事訴訟として不適法とはいえない。

四  都市型複合大気汚染下における抽象的差止請求について

都市型複合大気汚染における抽象的差止請求の適否について検討する。

1  第一に、汚染源の主体相互の間に主・従の関係や密接な関係があるなど各主体に連帯差止請求が許容される場合には、右に述べたとおり、債務者の責任範囲内において達成すべき事実状態を特定してその差止を求めることは可能であり、その限度の特定で審判の対象も明らかとなっており、債務者の防御権の行使にも特段の支障もないから、これを違法とするのは相当でない。

しかし、本件各道路を走行する自動車から排出される汚染物質が西淀川区の大気環境にある程度の影響を与えていることは認められるものの、各道路の主体である被告らと特定工場群もしくは訴外汚染源の主体との間には、共同して汚染物質の排出を差し止めなければならないような関係は認められない。

2  第二に、右以外の場合における個別の主体に対する抽象的差止請求の適否について検討する。

(一)  多数の汚染源から排出された汚染物質が複合して汚染状況を形成している場合に、他の汚染源から排出されるものを含めた目標値のみを示して特定の汚染源主体に対して差止を命ずると、右主体は、自己以外の汚染源に対し、法律上何らの措置を採ることができないのに、第三者の行為(不作為も含む)を踏まえた措置を採らざるを得ず(なお、主体において、第三者の行為を正確に認識し、また、予想するには困難を伴う場合も多い)、自己の行為限度を超えた過大な義務を負う結果となる場合がある。また、右主体が自らの排出をすべて止めても目標値を達成することができないことがあり得るなど、右主体に不可能を強いる場合も存在する。したがって、このような場合には、右主体の帰責範囲に対応した具体的な作為義務を特定すべきであり、抽象的差止請求の方法によることは相当ではなく、不適法といわざるをえない。

(二)  しかし、個別の汚染源主体について差止を求められた発生源が特定され、かつそれが主要な汚染源である場合には、債務者の責任範囲内において達成すべき事実状態を特定してその差止を求めることは可能であり、その限度の特定で審判の対象も明らかとなっており、債務者の防御権の行使にも特段の支障もないから、これを違法とするのは相当でない。

(三)  そして、本件各道路に起因する汚染についても、道路沿道においては、道路それ自体が汚染の主要な発生源として自動車排出ガスにより一般環境に比較して高い汚染状況が出現する可能性があり、沿道住民の生命・身体に対する侵害の態様及び程度如何によっては、一定濃度以上の大気汚染物質の到達を差し止めることによって、大気汚染濃度を低下させ、侵害状況を除去しうる可能性があるから、被告らに対する右内容を持つ抽象的差止請求は、適法と解される。右沿道の範囲は、先に認定した距離減衰の結果等から判断して自動車排出ガスの直接的影響が考えられる道路端から一五〇m以内とするのが相当である。そして、原告らのうち目録八〔道路沿道患者一覧表〕記載の原告らは、右範囲内に居住しているから原告適格を有するが、その他の原告らにかかる本件差止請求の訴えは不適法であるから却下を免れない。

第三本件差止請求の当否

一  差止基準の合理性

原告らは、二酸化窒素については旧環境基準、浮遊粒子状物質については環境基準に基づき、これを超える排出の差止を求めている。しかし、二酸化窒素については、既述の経過で新環境基準が定められており、旧環境基準を相当とする合理的な根拠はない。それだけでなく、環境基準自体、それをわずかでも超えると直ちに健康に悪影響を与える危険性があるというものではないから、いずれも差止基準として合理的とはいえない。

二  差止の必要性

西淀川区の現状における大気汚染状況は、先に判断したとおりであり、道路沿道において二酸化窒素や浮遊粒子状物質につき環境基準を達成しえていない状況が長期にわたって続いており、自動車排出ガスによる大気汚染が相対的に比重を高めていることは図表一四も示しているところであって、弱者などへの影響が懸念されてはいるものの、大気環境全体が改善されてきている結果、道路沿道においても、特に呼吸器症状の罹患者が増加してきているような状況は窺われず、現状の濃度を前提とする限り、本件各道路の公共性をも考慮すると、沿道住民に対し、受忍限度を超えるような侵害を続けていると認めるに足りる十分な証拠はないといわざるをえず、差止の必要性を認めるべき状況にはない。

したがって、右原告適格を認められた原告らの本件差止請求は理由がないというべきである。

第九章結語

第一損害賠償請求

以上に判断してきたとおり、被告国は、目録一三〔認容債権一覧表(一)〕記載の原告らに対し、同表の「認容額合計」欄に記載の金員とこれに対する「遅延損害金起算日」欄記載の各日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、被告公団は、目録一三〔認容債権一覧表(二)〕記載の原告らに対し、同表の「認容額合計」欄に記載の金員とこれに対する「遅延損害金起算日」欄記載の各日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

よって、右各原告らについては、右の限度での損害賠償請求を認容することとし、同原告らのその他の損害賠償請求及び右原告ら以外の原告らの損害賠償請求はいずれも理由がないからこれを棄却する。

第二差止請求

差止請求については、差止請求原告らのうち目録八〔道路沿道患者一覧表〕記載の原告らの差止請求は理由がないからこれを棄却し、それ以外の差止請求原告らの差止請求にかかる訴えは不適法であるからこれを却下する。

第三仮執行宣言

損害賠償請求のうち、認容部分に対する仮執行宣言は相当でないからこれを付さない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井垣敏生 裁判官清水俊彦 裁判官新堀亮一は填補のため署名押印することができない。裁判長裁判官井垣敏生)

目録集

目録一 原告ら目録〈省略〉

目録二 原告ら訴訟代理人目録

原告ら訴訟代理人弁護士 井関和彦

同 真鍋正一

同 津留崎直美

同 赤津加奈美

同 井奥圭介

同 井上善雄

同 岩田研二郎

同 上山勤

同 梅田章二

同 大櫛和雄

同 小田周治

同 川谷道郎

同 岸本達司

同 櫛田寛一

同 小林俊康

同 阪田健夫

同 佐古祐二

同 須田滋

同 関根幹雄

同 谷智恵子

同 辻公雄

同 土本育司

同 富﨑正人

同 長野真一郎

同 早川光俊

同 東畠敏明

同 秀平吉朗

同 福本富男

同 松井清志

同 峯田勝次

同 宮原民人

同 村松昭夫

同 山川元庸

同 山本彼一郎

同 石田正也

同 石橋一晁

同 井上健三

同 木村保男

同 板井優

同 篠原義仁

同 鈴木守

同 高橋勲

同 竹内平

同 豊田誠

同 中島晃

同 中尾英夫

同 西村隆雄

同 前哲夫

同 山崎博幸

同 吉野高幸

同 石川元也

同 豊川義明

目録三 被告ら及び訴訟代理人目録

被告 国

右代表者法務大臣 前田勲男

被告 阪神高速道路公団

右代表者理事長 大堀太千男

被告両名訴訟代理人弁護士 畑守人

被告両名指定代理人 小磯武男

〈外一四名〉

右被告国指定代理人 岡宣也

〈外二二名〉

被告阪神道路公団訴訟代理人弁護士 中川克己

同 福島正

右被告訴訟代理人 小谷武雄

目録四 請求債権目録〈本号二二四頁〉

目録五 本件各道路目録〈本号二二九頁〉

目録六 特定工場群目録〈省略〉

目録七 相続関係目録〈省略〉

目録八 道路沿道患者一覧表〈省略〉

目録九 個別積算表〈省略〉

目録一〇 公健法等給付額算定表

第一表 給付額総括表〈本号二三〇頁〉

第二表 公健法による給付額一覧表〈省略〉

第三表 特別措置法による給付額一覧表〈省略〉

第四表 大阪市独自の制度による給付額一覧表〈省略〉

(原告個別給付額の算定方法)

資料1 公健法給付額算定基準〈省略〉

資料2 特別措置法給付額算定基準〈省略〉

資料3 大阪市規則給付額算定基準〈省略〉

目録一一 解決金受領額一覧表〈省略〉

目録一二 時効関係目録〈省略〉

目録一三 認容債権一覧表〈本号二三二頁〉

個人票〈一九名分につき掲載〉

原告番号 二〇一七 片瀬藤栄

一 経歴等

1 性別 女

2 出生 明治四四年五月九日

死亡 昭和六一年一〇月二三日

3 居住歴

出生〜昭和三年一一月 西淀川区百島一三八

昭和三年一一月〜死亡 西淀川区大野三―四―三

4 職歴等

大正一一年 大和田小学校を卒業

大正一一年〜昭和三年 家事手伝い

昭和三年〜死亡 主婦、無職

5 家族構成

昭和三年に夫治良吉(明治三四年生、昭和五四年に死亡)と結婚。長女照子(昭和三年生、同二六年に別居)、二女スミ子(昭和五年生、同三一年に別居)、長男博(昭和七年生)、二男勇(昭和一三年生、同四一年に別居)、三男武治(昭和一六年生、同四三年に別居)、四男勝(昭和一八年生、同五〇年に別居)、五男滋(昭和二二年生、同四五年に別居)

認定時は、夫、長男と同居。死亡時は、長男と同居

6 喫煙歴

本人はなし

家族は、長男が喫煙

7 本人の病歴

胆石(昭和四〇年代半ば、兵庫県立尼崎病院で手術)

8 家族の病歴

呼吸器疾患はなし

二 公害病の認定及び等級の経過(甲ア二―一七の2)

1 認定病名及び認定時期

昭和五一年八月 気管支ぜん息

2 等級の経過

昭和五一年九月〜同五二年八月 二級

昭和五二年九月〜同五九年八月 一級

昭和五九年九月〜死亡 二級

3 死亡起因率

一〇〇%

三 治療歴(甲ア二―一七の1・3・4)

1 初診

昭和三〇年代初め頃

2 通院

昭和三〇年代初め頃から近くの病院に通院や往診。遅くとも昭和五一年八月から同六一年二月まで姫島診療所に通院。昭和五二年四月一日から同六一年二月二五日まで(但し、昭和五四年四月一日から同五六年二月末日までを除く)の実通院日数は一七三九日

3 入院

昭和五六年一〇月七日から同月一四日まで(八日間)、昭和六〇年二月二日から同年六月二四日まで(一四三日間)、昭和六〇年一二月二五日から同六一年一月二五日まで(三二日間)、昭和六一年二月二六日から同年一〇月二三日まで(二四一日間)、いずれも西淀病院に入院

四 疾病の発症時期

昭和三一年頃

五 検討事項

1 症状の程度

原告番号 二〇九六 有岡和子

一 経歴等

1 性別 女

2 出生 大正九年六月一〇日

3 居住歴

出生〜昭和三年 広島県呉市

昭和三年〜同一七年 東淀川区淡路本町二丁目

昭和一七年〜同一八年 広島県呉市

昭和一八年〜同三四年五月 東淀川区淡路本町二丁目

昭和三四年五月〜同四七年八月 西淀川区柏里三―六〇

昭和四七年八月〜平成二年八月 西淀川区花川二―七―二一

平成二年八月〜現在 西淀川区野里二―七―四

4 職歴等

昭和一八年三月 広島県呉和洋裁縫女学校を卒業

昭和一八年〜 家事手伝い、主婦

昭和三四年一〇月〜同三六年五月岡本電気(西淀川区柏里一丁目)で工員

昭和三六年七月〜同四六年四月 黒沢電気(柏里三丁目)で工員・事務

5 家族構成

昭和二一年に夫孝夫(大正三年生)と結婚。長女康子(昭和二三年生、同四四年頃に別居)

認定時、現在ともに、夫と同居

6 喫煙歴

本人はあり

家族はなし

7 本人の病歴

既往症はなし

合併症として高血圧症

8 家族の病歴

呼吸器疾患はなし

二 公害病の認定及び等級の経過(甲ア二―九六の2)

1 認定病名及び認定時期

昭和五一年四月 慢性気管支炎

2 等級の経過

昭和五一年五月〜現在 三級

三 治療歴(甲ア二―九六の1・3・4)

1 初診

昭和四六年一月四日 柏花診療所

2 通院

昭和四六年一月から柏花診療所に通院。昭和五五年頃から同六一年三月までは西淀病院にも通院。週に四回くらい、症状の重いときには一日に二回(朝は柏花診療所、夜は柏花診療所か西淀病院)。治療内容は吸入(昭和五七年六月から同六〇年まで多いときに一日三回、少ないときでも一日二回)、注射・点滴、投薬。昭和四六年一月四日から平成三年一二月二八日まで(但し、昭和四六年四月一日から同四九年三月三一日まで及び昭和五二年四月一日から同五三年三月三一日までを除く)の柏花診療所への実通院日数は三〇七三日

3 入院

昭和五五年五月二八日から同年六月一二日まで(一六日間)、昭和五九年六月一〇日から同月三〇日まで(二一日間)、昭和六〇年五月一〇日から同年六月五日まで(二七日間)、いずれも西淀病院に入院

四 疾病の発症時期

昭和三七年頃

五 検討事項

1 罹患疾病

2 喫煙

3 症状の程度

原告番号 二一一三 岩井源太郎こと李成雨

一 経歴等

1 性別 男

2 出生 大正五年一〇月七日

死亡 昭和六二年五月二六日

3 居住歴

出生〜 韓国慶尚北道

昭和五〜六年頃 西淀川区佃

昭和一六年頃〜同二〇年二月頃 西淀川区佃五―二七

昭和二〇年二月頃〜同年八月頃 兵庫県加古川市

昭和二〇年八月頃〜同三六年頃 西淀川区佃三―六六

昭和三六年頃〜死亡 西淀川区佃七―四―五

4 職歴等

来日後 土建業の日雇い人夫など

昭和三五年頃〜同五二年頃 岩井組(建築請負、自営)

5 家族構成

認定時は、妻金甲先(大正一三年生)、長男李相睦(通名岩井守)(昭和二六年生)、二男李相鎬(通名岩井茂)(昭和三二年生、昭和五五年に結婚、別居)、長男の妻金宣子(昭和二七年生)、孫(長男の子)岩井勝治(昭和四八年生)、同岩井亮二(昭和五〇年生)と同居。死亡時は、妻、長男、長男の妻、孫(長男の子)三人(右に加え、岩井景奈(昭和五三年生))と同居

6 喫煙歴

本人はあり

家族は、妻、長男が喫煙

7 本人の病歴

既往症はなし

8 家族の病歴

妻が公害病認定患者(慢性気管支炎)。その他の家族に呼吸器疾患はなし

二 公害病の認定及び等級の経過(甲ア二―一一三の2)

1 認定病名及び認定時期

昭和五二年一月 慢性気管支炎

2 等級の経過

昭和五二年二月〜同六〇年一月 三級

昭和六〇年二月〜死亡   級外

3 死亡起因率

五〇%

三 治療歴(甲ア二―一一三の1・3)

1 初診

昭和五〇年頃

2 通院

死亡時まで千船病院に通院(長男の妻が車で送迎)。昭和六二年一月五日から同年五月二五日まで、月に二一日くらい、右期間の実通院日数は一〇四日

3 入院

指定疾病ではなし

四 疾病の発症時期

昭和五〇年頃

五 検討事項

1 罹患疾病

2 喫煙

3 加齢

原告番号 二一一五 上西よ志み

一 経歴等

1 性別 女

2 出生 大正二年三月一二日

死亡 平成五年一一月三〇日

3 居住歴

昭和二二年頃 中国天津より引揚げ

昭和二二年〜同三七年八月 西淀川区野里二八三

昭和三七年八月〜死亡 西淀川区柏里三―一―三八

4 職歴等

昭和一一年八月〜死亡 主婦

5 家族構成

昭和一一年に夫上西友章(明治四三年生)と結婚。長男邦彦(昭和九年生)、長女西内暢子(昭和一一年生)、二男公(昭和一九年生)。長男は昭和三〇年頃に、長女は昭和三四年頃に、二男は昭和四二年頃にそれぞれ結婚、別居。夫は昭和六三年に死亡

認定時は、夫と同居。死亡時は、独り暮らし

6 喫煙歴

本人はなし

家族は、夫が喫煙

7 本人の病歴

既往症はなし

8 家族の病歴

父は敗血症、母は中風で死亡。二男が公害病認定患者(気管支ぜん息)

二 公害病の認定及び等級の経過(甲ア二―一一五の2・5)

1 認定病名及び認定時期

昭和五〇年一一月 気管支ぜん息

2 等級の経過

昭和五〇年一二月〜同五五年一一月  二級

昭和五五年一二月〜死亡  三級

3 死亡起因率

不明

三 治療歴(原告本人、甲ア二―一一五の1・3)

1 初診

昭和四九年頃

2 通院

昭和四九年頃から柏花診療所に通院。当初は週に一〜二回、しばらく後から二日に一回くらい、晩年は毎日。病院及び自宅で吸入。昭和五〇年一一月二〇日から平成二年一二月三一日までの実通院日数は一一〇七日

3 入院

指定疾病ではなし

四 疾病の発症時期

昭和四九年頃

五 検討事項

1 アレルギー

2 症状の程度

原告番号 二一六二 金村和男

一 経歴等

1 性別 男

2 出生 昭和四六年一二月二〇日

3 居住歴

出生〜平成四年 西淀川区佃七―四―六

平成四年一月〜同年一〇月 兵庫県龍野市龍野町

平成四年一一月〜現在 兵庫県揖保郡太子町

4 職歴等

昭和六二年三月 佃西中学校(西淀川区)を卒業

平成二年三月 関西高校(兵庫県西宮市)を卒業

平成二年四月〜同三年六月 ミトモ工業所(西淀川区)に勤務

平成三年一一月〜現在 千代田金属(兵庫県姫路市)に勤務

5 家族構成

認定時は、父容在(昭和五四年に死亡)、母明子、姉正子(昭和三八年生)、姉京子(昭和四一年生)、兄明容(昭和四四年生)、祖母孫判浪(明治二九年生、昭和六〇年に死亡)。現在は、母、姉正子、兄と同居

6 喫煙歴

本人はなし

家族は、父が喫煙

7 本人の病歴

出生時は健康

8 家族の病歴

祖母孫判浪が公害病認定患者(慢性気管支炎)

二 公害病の認定及び等級の経過(甲ア二―一六二の2)

1 認定病名及び認定時期

昭和四八年九月 気管支ぜん息

2 等級の経過

昭和四九年一〇月〜同五四年九月  二級

昭和五四年一〇月〜現在  三級

三 治療歴(甲ア二―一六二の1・3・5)

1 初診

昭和四七年

2 通院

昭和四七年から現在まで中園病院や那須医院に通院。治療内容は吸入、注射、投薬、減感作療法。昭和四八年一月一日から平成三年一二月二八日までの那須医院への実通院日数は二五九六日

3 入院

指定疾病ではなし

四 疾病の発症時期

昭和四七年頃

五 検討事項

1 アレルギー

2 症状の程度

原告番号 二二一六 倉本こすえ

一 経歴等

1 性別 女

2 出生 明治四四年九月二六日

3 居住歴

出生〜昭和二年頃 兵庫県津名郡(淡路島)

昭和二年頃〜同一五年 西区

昭和一五年〜現在 西淀川区柏里一―八―三

4 職歴等

昭和二年 尋常高等小学校を卒業

昭和二年〜同一三年頃 西区の洋服屋や船場の紙問屋で住込み奉公

昭和一三年頃〜現在 主婦

5 家族構成

昭和一三年に夫京市(明治四四年生)と結婚。長女恵美子(昭和一九年生)、長男辰雄(昭和二一年生)、二男好庸(昭和二五年生)。夫は昭和五一年に死亡。長男は昭和五四年に、二男は平成元年にそれぞれ別居

認定時は、右全員と同居。現在は、長女と同居

6 喫煙歴

本人はなし

家族は、二男が喫煙

7 本人の病歴

既往症はなし

合併症として高血圧症

8 家族の病歴

夫が気管支ぜん息。その他の家族に呼吸器疾患はなし

二 公害病の認定及び等級の経過(甲ア二―二一六の2)

1 認定病名及び認定時期

昭和四七年五月 慢性気管支炎

2 等級の経過

昭和四九年一〇月〜同五一年九月二級

昭和五一年一〇月〜同五二年九月三級

昭和五二年一〇月〜同五三年九月二級

昭和五三年一〇月〜現在 三級

三 治療歴(甲ア二―二一六の1・3)

1 初診

昭和四六年一二月 柏花診療所

2 通院

初診以来現在まで継続して柏花診療所に通院。重いときはほぼ毎日、最近でも少なくとも週に二日。治療内容は投薬、吸入、注射・点滴。昭和四六年一二月二四日から平成四年一二月二八日まで(但し、昭和四七年四月一日から同四八年三月三一日まで及び昭和四九年四月一日から同五〇年三月三一日までを除く)の実通院日数は二〇〇九日

3 入院

指定疾病ではなし

四 疾病の発症時期

昭和四三年頃

五 検討事項

1 罹患疾病

2 加齢

3 症状の程度

原告原告番号 二二八二 金村判浪こと 孫判浪

一 経歴等

1 性別 女

2 出生 明治二九年三月八日

死亡 昭和六〇年六月一九日

3 居住歴

出生〜昭和一三年頃 韓国慶昌南道

昭和一三年頃〜同三四年頃 山口県その後京都市の上賀茂神社附近

昭和三四年頃〜死亡 西淀川区佃七―四―六

4 職歴等

昭和一三年〜同三四年頃 山口県と京都市で手伝い掃除

昭和三四年〜同三五年頃 西淀川区で掃除や片づけの仕事

昭和三五年〜昭和四〇年代半ば紙・鉄くずの回収

5 家族構成

認定時は、長男金村容在(昭和一〇年生、同五四年に死亡)、長男の妻明子、孫(長男の子)正子(昭和三八年生)、同京子(昭和四一年生)、同明容(昭和四四年生)、同和男(昭和四六年生)と同居。死亡時は、長男の妻、孫四人と同居

6 喫煙歴

本人はなし

家族は、長男が喫煙

7 本人の病歴

既往症はなし

8 家族の病歴

孫の金村和男が公害病認定患者(気管支ぜん息)

二 公害病の認定及び等級の経過(甲ア二―二八二の2)

1 認定病名及び認定時期

昭和五〇年七月 慢性気管支炎

2 等級の経過

昭和五〇年八月〜死亡 二級

3 死亡起因率

五〇%

三 治療歴(甲ア二―二八二の1・3)

1 初診

昭和四七年頃 千北診療所

2 通院

昭和四七年頃より千北診療所に通院。昭和五〇年七月より昭和五四年三月三一日までの千北診療所への実通院日数は七三八日。昭和五四年頃から死亡までは千船病院に通院

3 入院

死亡前は千船病院へ入院

四 疾病の発症時期(原告主張は昭和四七年頃、被告主張は昭和四五年頃)

昭和四七年頃(乙コ二―二八二の2)

五 検討事項

1 罹患疾病

2 アレルギー

3 加齢

4 症状の程度

原告番号 二三〇七 田村満子

一 経歴等

1 性別 女

2 出生 明治四五年七月一日

3 居住歴

出生〜昭和四年 岡山県津山市

昭和四年〜同一六年 神戸市

昭和一六年〜同四八年 神戸市灘区青谷町

昭和四八年〜現在 西淀川区大野一―九―二二

4 職歴等

昭和二年 尋常高等小学校を卒業

昭和二年〜同三年 洋裁学校(津山市)

昭和四年〜同七年 洋裁店(神戸市)

昭和七年〜同一〇年 内職(洋裁)

昭和一〇年〜現在 主婦

5 家族構成

夫藤次郎(昭和八年頃に結婚、同五〇年に死亡)、長女牧子(昭和一〇年生、同三九年に結婚、別居)、長男一郎(昭和一三年生)

認定時、現在ともに、長男と同居

6 喫煙歴

本人はなし

家族は、夫と長男が喫煙

7 本人の病歴

既往症はなし

8 家族の病歴

長男一郎が公害病認定患者(慢性気管支炎)

二 公害病の認定及び等級の経過(甲ア二―三〇七の2)

1 認定病名及び認定時期

昭和五四年一〇月 気管支ぜん息

昭和六三年一〇月 肺気腫(追加)

2 等級の経過

昭和五四年一一月〜平成元年一〇月三級

平成元年一一月〜現在   二級

三 治療歴(甲ア二―三〇七の1・3・4)

1 初診

昭和五〇年

2 通院

昭和五〇年から現在まで、入院期間中を除き毎日千北診療所に通院。昭和五三年六月三〇日から平成二年五月までの実通院日数は一六二二日

3 入院

昭和五五年に二七日間、同五七年に五日間、西淀病院に入院。昭和五七年に五日間、塚本病院に入院。昭和六三年に六八日間、平成元年に二〇二日間、同二年に一八四日間、西淀病院に入院。平成二年に一六二日間、同三年に三六五日間、同四年に二〇五日間(但し七月二四日まで)、名取病院に入院

四 疾病の発症時期(原告主張は昭和五〇年頃、被告主張は昭和四八年頃)

昭和四八年頃(乙コ二―三〇七の2)

五 検討事項

1 罹患疾病

2 アレルギー

3 受動喫煙

4 加齢

原告番号 二三三〇 豊田鈴子

一 経歴等

1 性別 女

2 出生 昭和八年九月八日

3 居住歴

出生〜昭和三一年三月 香川県三豊郡(現在、観音寺市)柞田町

昭和三一年三月〜現在 西淀川区柏里二―三―二六

4 職歴等

昭和二四年一一月 香川県大手前高等学校を中退

昭和二四年一一月〜現在 家事手伝い、主婦。たまに、夫の仕事であるインテリア豊田(室内装飾販売の仕事、カーテン、絨毯、バスマット等の販売、自宅の一階が店舗になっている)の仕事を店番程度に手伝う

5 家族構成

認定時は、夫活美(昭和三年生)、二女登志子(昭和三四年生)、長男元彦(昭和四〇年生)、二男耕二(昭和四三年生)、義母シヅエ(明治三八年生)と同居。現在は、夫、二男と同居(但し、長男は道路向かいの別棟に住んでいるが、生活は一緒にしている)

6 喫煙歴

本人はなし

家族は、夫、長男、二男が喫煙

7 本人の病歴

既往症はなし

8 家族の病歴

呼吸器疾患はなし

二 公害病の認定及び等級の経過(甲ア二―三三〇の2)

1 認定病名及び認定時期

昭和四八年一〇月 気管支ぜん息

2 等級の経過

昭和四九年一〇月〜同五四年九月二級

昭和五四年一〇月〜現在 三級

三 治療歴(甲ア二―三三〇の1・3、原告本人調書九四項)

1 初診

昭和四四年一月頃

2 通院

昭和四四年一月頃から島田医院に通院。昭和四八年から同五二年頃の間は、毎日のように、朝通院し、昼往診を受けた。昭和五三年から柏花診療所に通院。同診療所への昭和五三年五月から平成三年一二月までの実通院日数は、六三〇日

3 入院

指定疾病ではなし

四 疾病の発症時期(原告主張は昭和四三年頃、被告主張は昭和四四年頃)

昭和四三年頃(乙コ二―三三〇の1)

五 検討事項

1 アレルギー

2 受動喫煙

3 症状の程度

原告番号 二三三八 永野千代子

一 経歴等

1 性別 女

2 出生 昭和一五年一月二四日

3 居住歴

出生〜昭和三〇年頃 鹿児島県枕崎市

昭和三〇年頃〜同三二年頃 愛知県蒲郡市

昭和三二年頃〜同三六年頃 鹿児島県枕崎市

昭和三六年頃〜同四四年頃 此花区

昭和四四年頃〜同五五年頃 西淀川区出来島三―二

昭和五五年頃〜現在 西淀川区出来島三―三―一

4 職歴等

昭和三〇年 鹿児島県枕崎中学校を卒業

昭和三〇年〜同三二年 愛知県蒲郡市で織工

昭和三二年〜同三六年 鹿児島ででんぷん工場勤務

昭和三六年〜同四六年 喫茶店店員

昭和四六年〜現在 縫製の内職、病院の給食等のパート

5 家族構成

夫年雄(昭和三九年に結婚)、長男敏昭(昭和四〇年生、同六〇年に結婚、別居)、二男猛則(昭和四四年生、同五四年に死亡)

認定時は、夫、長男、二男と同居。現在は、夫と同居

6 喫煙歴

本人はあり

家族は、長男が喫煙(別居後)

7 本人の病歴

既往症はなし

8 家族の病歴

二男が公害病認定患者(ぜん息性気管支炎)

二 公害病の認定及び等級の経過(甲ア二―三三八の2)

1 認定病名及び認定時期

昭和五八年一月 慢性気管支炎

2 等級の経過

昭和五八年二月〜現在 三級

三 治療歴(甲ア二―三三八の1・3)

1 初診

昭和五四年頃

2 通院

昭和五四年頃から現在まで千北診療所へ通院。同診療所への昭和五四年九月か ら平成四年五月までの実通院日数は一二〇一日

3 入院

指定疾病ではなし

四 疾病の発症時期

昭和五〇年頃

五 検討事項

1 罹患疾病

2 喫煙

3 症状の程度

原告番号 二三四二 中元義裕

一 経歴等

1 性別 男

2 出生 昭和三二年一一月二二日

3 居住歴

出生〜昭和三三年九月 西淀川区出来島町七―七九

昭和三三年一〇月〜同三七年三月徳島県海部郡海部町

昭和三七年四月〜同三八年三月 兵庫県尼崎市築地

昭和三八年四月〜同三九年一〇月西淀川区野里

昭和三九年一一月〜同四六年五月西淀川区出来島町府営住宅七―一八七

昭和四六年六月〜同四八年三月 西淀川区出来島二―七―一九

昭和四八年四月〜同五一年三月 三重県上野市

昭和五一年四月〜同五四年三月 西淀川区出来島二―七―一九

昭和五四年三月〜平成元年一二月西淀川区大和田四―三―四六

平成元年一二月〜現在 西淀川区出来島二―七―一九

4 職歴等

昭和五一年三月 日生高等学校を卒業

昭和五一年四月〜同五三年一〇月中元工業(父が経営)で出荷トラックの交通整理

昭和五三年一〇月〜平成二年一二月サニー商会(父が経営)でギフトショップの営業

平成三年一月〜同四年二月 ケーキ屋の配達のアルバイト

平成四年二月から現在 無職

5 家族構成

認定時、現在ともに、父光義(昭和三年生)、母公子(昭和八年生)と同居

6 喫煙歴

本人はなし

家族もなし

7 本人の病歴

出生時は健康

8 家族の病歴

呼吸器疾患はなし

二 公害病の認定及び等級の経過(甲ア二―三四二の2)

1 認定病名及び認定時期

昭和四五年六月 気管支ぜん息

2 等級の経過

昭和四九年一〇月〜同五一年九月まで 三級

昭和五一年一〇月〜同五四年九月まで 二級

昭和五四年一〇月〜現在 三級

三 治療歴(甲ア二―三四二の1・3)

1 初診

昭和三八年

2 通院

昭和四二年頃から同六三年一二月まで大和田診療所、同六三年一二月から平成二年八月まで千船病院、同二年九月から同四年五月まで西淀病院、同四年五月から現在まで千船病院に通院。千船病院への昭和六三年一二月から平成四年六月までの実通院日数は三六六日

3 入院

昭和六三年一二月から二か月間、平成元年七月から一か月間、千船病院に入院。平成二年三月から四か月間、平成三年五月から五二日間、平成四年五月から一七〜一九日間、城北病院(金沢市、転地療法)に入院

四 疾病の発症時期(原告主張は昭和三八年頃、被告主張は昭和三五年頃)

昭和三五年頃(乙コ二―三四二の2)

五 検討事項

1 アレルギー

2 症状の程度

原告番号 二三八五 藤高良子

一 経歴等

1 性別 女

2 出生 昭和四年七月二八日

3 居住歴

出生〜昭和二二年 台北市

昭和二二年〜同三〇年 宮崎市

昭和三〇年〜同三六年 徳島市

昭和三六年〜同四二年 此花区四貫島正岡町

昭和四二年〜同五六年 西淀川区福町二―八―三

昭和五六年〜現在 西淀川区佃二―三―二五

4 職歴等

昭和一七年 台北家政女学校を卒業

昭和一七年〜同一九年 三和銀行

昭和二二年〜同二六年 食糧営団(宮崎市)で事務員

昭和二六年〜同三〇年 酒卸会社(宮崎市)で事務員

昭和三〇年〜同三六年 夫の実家飲食店(徳島市内)手伝い

昭和三六年〜同四二年 主婦

昭和四二年〜同四六年 三山クリーニング店(西淀川区福町)で事務員

昭和四六年〜同五五年頃 夫の金属商の電話取次。但し、公害病のため次第に事から離れる。

昭和五五年頃〜現在 無職

5 家族構成

認定時は、夫(昭和五八年に死亡)、二女、三女と同居。現在は、長女の家族  四人と同居

6 喫煙歴

本人はなし

家族は、長女が喫煙

7 本人の病歴

既往症はなし

8 家族の病歴

夫が公害病患者(慢性気管支炎、気管支ぜん息)

二 公害病の認定及び等級の経過(甲ア二―三八五の2)

1 認定病名及び認定時期

昭和五一年一〇月 気管支ぜん息

2 等級の経過

昭和五一年一一月〜現在 二級

三 治療歴(甲ア二―三八五の1・3・4)

1 初診

昭和四三年頃

2 通院

昭和四三年頃から現在まで福町杉浦診療所に通院。昭和五一年一月から同五七年一二月までは、月間二二〜二四日通院。昭和五八年からは、千船病院に通院。同病院への昭和六一年一月から平成三年一二月までの実通院日数は三五五日

3 入院

昭和五八年に一五日間、千船病院、同五九年に一〇日間、東京救急病院、同六 一年六月に一一日間、千船病院に入院

四 疾病の発症時期

昭和四三年頃

五 検討事項

1 アレルギー

原告番号 二三八八 藤森道代

一 経歴等

1 性別 女

2 出生 昭和三五年五月二五日

3 居住歴

出生〜昭和五〇年 西淀川区福町二―八―三

昭和五〇年三月〜同年九月 淀川区三国本町三―二五―八

昭和五〇年九月〜同五二年 淀川区三国本町一―一三―九

昭和五二年〜同五九年 西淀川区福町二―八―三

昭和五九年〜同六一年二月 兵庫県西宮市瓦林町

昭和六一年二月〜同六一年六月 大阪府吹田市山田東

昭和六一年六月〜同六二年一〇月大阪府豊中市北条町(但し、昭和六二年九 に一週間、西淀川区福町二―八―三に居住)

昭和六二年一〇月〜平成二年 西淀川区福町二―八―三

平成二年〜現在 西淀川区大和田三―八―一七

4 職歴等

昭和五三年八月 福島女子高等学校を二年で中退

昭和五三年〜同五四年 歯医者で助手、受付

昭和五四年〜同五九年 アルバイト(ケーキ屋、喫茶店のウェイトレス等)

昭和五九年〜同六一年 主婦

昭和六一年〜平成二年 アルバイトと無職の繰り返し

平成二年〜現在 主婦

5 家族構成

父道夫(大正一五年生、平成二年頃より別居)、母道子(本人が幼少の頃より別居)、夫祐生(昭和三七年生、平成二年に結婚)、長女麻衣子(昭和四七年生、平成二年頃に別居)、長男正一(昭和六〇年生)

認定時は、父と同居。現在は、夫、長男と同居

6 喫煙歴

本人はなし

家族は、父が喫煙

7 本人の病歴

肺炎(小学校三年生のときに二週間)

8 家族の病歴

呼吸器疾患はなし

二 公害病の認定及び等級の経過(甲ア二―三八八の2)

1 認定病名及び認定時期

昭和四七年一月 ぜん息性気管支炎

昭和五一年九月 気管支ぜん息(病名変更)

2 等級の経過

昭和四九年一〇月〜同五三年九月二級

昭和五三年一〇月〜現在 三級

三 治療歴(甲ア二―三八八の1・3)

1 初診

昭和四四年頃

2 通院

昭和四四年頃から杉浦福町診療所に通院。一週間のうちに六日くらい通院したり、一日に二回通院したこともある。昭和五五年一月から平成三年一一月までの実通院日数は一六七九日。現在は一週間に三回は通院

3 入院

指定疾病ではなし

四 疾病の発症時期

昭和四四年頃

五 検討事項

1 罹患疾病

2 アレルギー

3 症状の程度

原告番号 二三九三 本條ユキエ

一 経歴等

1 性別 女

2 出生 大正三年一二月二五日

3 居住歴

出生〜昭和六年頃 広島県芦品郡

昭和六年頃〜同一〇年頃 広島県福山市

昭和一〇年頃〜同一三年 天王寺区

昭和一三年〜同一五年 此花区西九条

昭和一五年〜同二三年 此花区春日出

昭和二三年〜同四四年 此花区伝法町

昭和四四年〜現在 西淀川区福町二―三―二一

4 職歴等

昭和九年 広島県福山市の看護学校卒業

昭和九年〜同一〇年頃 広島県福山市の病院で看護婦

昭和一〇年頃〜同一三年 日赤病院(大阪)で看護婦

昭和一三年〜 主婦

昭和二五年〜同年四八年頃 イカリソース(此花区伝法町)で社内診療所の看護婦

昭和四八年頃〜現在 無職

5 家族構成

夫貴美夫(昭和一三年に結婚、同五一年に死亡)、二男武志(昭和一五年生、同四二年に別居)、長女キク代(昭和一七年生、同四五年に別居)

認定時は、夫と同居。現在は、独り暮らし

6 喫煙歴

本人はあり

家族は、夫が喫煙

7 本人の病歴

既往症はなし

8 家族の病歴

夫が公害病認定患者(気管支ぜん息)

二 公害病の認定及び等級の経過(甲ア二―三九三の2・4)

1 認定病名及び認定時期

昭和五一年三月 慢性気管支炎

昭和五二年三月 気管支ぜん息(追加)

昭和五七年三月 気管支ぜん息のみ(慢性気管支炎取消)

平成三年三月 肺気腫(追加)

2 等級の経過

昭和五一年四月〜同五五年三月 二級

昭和五五年四月〜現在   三級

三 治療歴(甲ア二―三九三の1・3)

1 初診

昭和四八年

2 通院

昭和四八年から姫島診療所、同五四年から西淀病院に通院。同病院への昭和五四年八月から平成三年一二月までの実通院日数は四三九日

3 入院

昭和五三年に一カ月ほど姫島診療所、平成四年三月に一五日間西淀病院に入院

四 疾病の発症時期

昭和四八年頃

五 検討事項

1 罹患疾病

2 アレルギー

原告番号 二四三七 森本貞男

一 職歴等

1 性別 男

2 出生 大正二年六月八日

死亡 平成二年五月四日

3 居住歴

出生〜昭和二四年八月 兵庫県武庫郡六甲村の内高羽村

昭和二四年八月〜同三五年一〇月西淀川区西福町一―一八〇

昭和三五年八月〜同四二年七月 西淀川区西福町一―六二―三

昭和四二年七月〜同四四年四月 兵庫県西宮市上鳴尾町

昭和四四年四月〜死亡 西淀川区福町二―五―二九

4 職歴等

昭和三年三月 六甲尋常高等小学校を卒業

昭和三年三月〜 家業の植木屋の手伝い

昭和九年四月〜同三六年三月 阪急電鉄

昭和三六年四月〜死亡 妻の経営する寿司屋の手伝い(電話番等)

5 家族構成

認定時は、妻マツ子、子道博、美恵子、静子と同居。死亡時は、妻、美恵子、静子と同居

6 喫煙歴

本人はあり

家族は、道博が喫煙

7 本人の病歴

既往症はなし

8 家族の病歴

呼吸器疾患はなし

二 公害病の認定及び等級の経過(甲ア二―四三七の2)

1 認定病名及び認定時期

昭和五〇年二月 慢性気管支炎

昭和六二年二月 肺気腫(追加)

平成元年三月  気管支ぜん息(追加)

2 等級の経過

昭和五〇年三月〜同五三年二月 二級

昭和五三年三月〜同五七年二月 三級

昭和五七年三月〜同五七年七月 級外

昭和五七年八月〜死亡   三級

3 死亡起因率

〇%

三 治療歴(甲ア二―四三七の1・3)

1 初診

昭和四七年頃(甲ア二―四三七の一)

2 通院

昭和四七、八年から平成二年まで杉浦福町診療所に通院。昭和五五年一月から平成二年三月までの実通院日数は二四四八日

3 入院

指定疾病ではなし

四 疾病の発症時期

昭和三四年頃

五 検討事項

1 罹患疾病

2 喫煙

3 症状の程度

原告番号 二四四二 山川新治

一 経歴等

1 性別 男

2 出生 大正一一年三月一三日

死亡 昭和六二年一一月六日

3 居住歴

出生〜昭和六年 三重県鈴鹿郡坂下村

昭和六年〜同一七年一二月 此花区四貫島

昭和一七年一二月〜同二一年四月兵役(福知山、中国北部)

昭和二一年四月〜同二四年 西淀川区大和田一三六〇

昭和二四年〜同三一年一〇月 西淀川区野里東四―八五―一

昭和三一年一〇月〜同六一年一二月西淀川区歌島四―八―四七

昭和六一年一二月〜死亡 西淀川区柏里三―一四―六

4 職歴等

昭和一一年三月 尋常高等小学校を卒業

昭和一一年四月〜同一七年一二月鉄工所(此花区)で旋盤工

昭和一七年一二月〜同二一年四月兵役

昭和二一年四月〜同二一年一〇月大阪中央市場

昭和二一年一〇月〜同五七年 山川鉄工所(兄と共同経営、西淀川区歌島)で  旋盤の仕事

昭和五七年〜同六〇年 山川製作所を経営

5 家族構成

妻(昭和二一年に結婚)、長男輝美(昭和二二年生)、長女礼子(昭和二四年生)、二男義人(昭和三一年生、同五六年に別居)

認定時は、妻、二男と同居。現在は、妻と同居

6 喫煙歴

本人はあり

家族は、長男、二男が喫煙

7 本人の病歴

胃潰瘍(昭和二三年頃に手術)、肺結核(昭和五〇年末から一年間くらい入院)

8 家族の病歴

呼吸器疾患はなし

二 公害病の認定及び等級の経過(甲ア二―四四二の2)

1 認定病名及び認定時期

昭和五〇年一二月 慢性気管支炎

昭和五八年一〇月 気管支ぜん息(追加)

2 等級の経過

昭和五一年一月〜同五二年一二月二級

昭和五三年一月〜同五八年一二月三級

昭和五九年一月〜死亡  二級

3 死亡起因率

一〇〇%

三 治療歴(甲ア二―四四二の1・3、乙コ二―四四二の1)

1 初診

昭和四五、六年頃

2 通院

昭和四五、六年頃から近くの医者に、同五〇年末から十三病院、同五五年から西淀病院に通院。西淀病院への昭和五五年三月から同六二年五月までの実通院日数は一四二三日

3 入院

昭和五七年から同六二年にかけて、六回、合計四七四日間、西淀病院に入院

四 指定疾病の発症時期

昭和四五年頃

五 検討事項

1 罹患疾病(肺結核既往症)

2 喫煙

3 症状の程度

原告番号 二四四五 山科壽枝子

一 経歴等

1 性別 女

2 出生 大正四年一二月一七日

3 居住歴

出生〜昭和三年頃 大阪市西区、岡山県津山市

昭和三年頃〜同一〇年 港区市岡

昭和一〇年〜同一四年 西淀川区大和田

昭和一四年頃〜同四六年一一月 西淀川区大野一―三―二九

昭和四六年一一月〜平成四年六月西淀川区百島一―一―一九

平成四年六月一四日〜現在 西淀川区大野一―三―二九

4 職歴等

昭和七年頃 裁縫学校を卒業

昭和七年頃〜同一〇年頃 メリヤス縫製工

昭和三八年頃〜同四五年頃 家政婦

5 家族構成

認定時は、長男勝(昭和一三年生、同三八年から同四六年まで同居)、長男の妻ヨシ子(昭和一七年生)、長男の長女友規江(昭和三七年生)、長男の二女三千代(昭和四〇年生)、長男の三女志保(昭和四四年生)、二男敏(昭和一六年生)と同居

現在は、独り暮らし

6 喫煙歴

本人はあり

家族は、長男、二男が喫煙

7 本人の病歴

既往症はなし

8 家族の病歴

呼吸器疾患はなし

二 公害病の認定及び等級の経過(甲ア二―四四五の2)

1 認定病名及び認定時期

昭和四五年二月 慢性気管支炎、気管支ぜん息

昭和五五年九月 慢性気管支炎(気管支ぜん息取消)

昭和六一年九月 気管支ぜん息(追加)

2 等級の経過

昭和四九年一〇月〜同五五年九月二級

昭和五五年一〇月〜現在 三級

三 治療歴(甲ア二―四四五の1・3)

1 初診

昭和四〇年頃

2 通院

昭和四〇年頃から那須医院、同五三年頃から現在まで姫島診療所に通院。同診療所への昭和五四年四月から平成四年一月までの実通院日数は一九五五日

3 入院

指定疾病ではなし

四 疾病の発症時期(原告主張は昭和三六年頃、被告主張は昭和四〇年頃)

昭和四〇年頃(乙コ二―四四五の1)

五 検討事項

1 罹患疾病

2 喫煙

3 症状の程度

原告番号 三〇七二 藤高隆志

一 経歴等

1 性別 男

2 出生 昭和九年二月一八日

死亡 昭和五八年六月一七日

3 居住歴

出生〜昭和三五年 徳島市

昭和三六年〜同四二年 此花区四貫島

昭和四二年一〇月〜同五六年 西淀川区福町二―八―三

昭和五六年〜死亡 西淀川区佃二―三―二五

4 職歴等

昭和一八年 徳島中学校を卒業

昭和一八年〜同三五年 両親が経営する飲食店手伝い

昭和三六年〜同五六年 金属収集販売業

昭和五六年〜死亡 無職

5 家族構成

認定時は、妻、長女、二女、三女と同居。死亡時は、妻、二女、三女と同居

6 喫煙歴

本人はあり

家族は、長女が喫煙

7 本人の病歴

肝炎(昭和五二年頃)

8 家族の呼吸器病歴

妻が公害病認定患者(気管支ぜん息)

二 公害病の認定及び等級の経過(甲ア三―七二の2)

1 認定病名及び認定時期

昭和五三年一月 慢性気管支炎

昭和五六年一一月 気管支ぜん息(追加)

2 等級の経過

昭和五三年一二月〜同五四年一一月三級

昭和五四年一二月〜同五六年一一月二級

昭和五六年一二月〜死亡  三級

3 死亡起因率

〇%

三 治療歴(甲ア三―七二の1・3・4)

1 初診

昭和五一年頃

2 通院

昭和五二年頃杉浦福町診療所に通院。ほとんど毎日通院。昭和五五年一月から同五八年一月までの実通院日数は七二〇日

3 入院

指定疾病ではなし

四 疾病の発症時期

昭和四八年頃

五 検討事項

1 罹患疾病

2 喫煙

3 症状の程度

原告番号 三〇七三 本條貴美夫

一 経歴等

1 性別 男

2 出生 大正四年五月三〇日

死亡 昭和五一年九月一〇日

3 居住歴

出生 兵庫県揖保郡

昭和一三年〜同一五年 此花区西九条

昭和一五年〜同二三年 此花区春日出

昭和二三年〜同四四年 此花区伝法町

昭和四四年〜死亡 西淀川区福町二―三―二一

4 職歴等

昭和一三年〜 鮮魚市場(大阪市)

昭和一九年〜同二二年 兵役

昭和二二年〜 宝焼酎(西淀川区)の工場勤務。

昭和二五年〜同五〇年 イカリソース(此花区伝法町)の工場勤務。

5 家族構成

妻ユキエ(昭和一三年に結婚)、二男武志(昭和一五年生、同四二年に別居)、長女キク代(昭和一七年生、同四五年に別居)

認定時、死亡時ともに、妻と同居

6 喫煙歴

本人はあり

家族はなし

7 本人の病歴

既往症はなし

8 家族の病歴

妻が公害病認定患者(慢性気管支炎、気管支ぜん息)

二 公害病の認定及び等級の経過(甲ア三―七三の2)

1 認定病名及び認定時期

昭和五一年三月 気管支ぜん息

2 等級の経過

昭和五一年四月〜死亡 三級

3 死亡起因率

一〇〇パーセント

三 治療歴(甲ア三―七三の1・3)

1 初診

昭和四八年頃

2 通院

昭和四八年頃から死亡まで名取病院に通院

3 入院

ほとんど毎年一回は名取病院へ入院。死亡直前の昭和五一年八月〜九月にも二五日間入院

四 疾病の発症時期

昭和四八年頃

五 検討事項

1 罹患疾病

2 加齢

図表集

〈以下、頁数の記載のないものは、省略〉

一 所在地図〈本号二三三頁〉

二―(1) 硫黄酸化物濃度の経年変化(全国主要都市)

(2) 二酸化硫黄年平均値の単純平均値の年度別推移(継続15測定局)

(3) 二酸化硫黄の年平均値の経年変化(継続測定局)

(4) 硫黄酸化物環境基準の達成状況(長期的評価)

三―(1) 二酸化窒素年平均値の経年変化(継続測定局平均)

(2) 二酸化窒素年平均値の経年変化(継続測定局)

(3) 二酸化窒素年平均値の経年変化(継続21測定局)

(4) 二酸化窒素の年間98%値の平均値等の推移(自排局)

(5) 浮遊粒子状物質又は浮遊粉じん年平均値の経年変化(継続5測定局) (6) 浮遊粒子状物質平均値の単純平均値の年度別推移(継続40測定局)

(7) 環境基準の達成状況(長期的評価)

四―(1) 第一種地域に係る指定疾病の種類に応じて定められた居住及び通勤等の要件

(2) 障害補償費が支給される障害の程度及び給付額

(3) 指定疾病に係る障害補償費についての障害の程度の基準

(4) 児童補償手当が支給される障害の程度及び給付額

(5) 指定疾病に係る児童補償手当についての障害の程度の基準

(6) 療養手当の支給基準

五 特定工場群のSO2排出量とPbO2法年平均値濃度の経年変化

六 道路沿道居住者一覧表(原告ら主張)

七―(1) 近畿地建沿道調査〜西淀川・出来島地区

(2) 国道四三号線自動車公害総合環境調査〜尼崎市等

(3) 道路からの距離による汚染物質の減衰(大阪自動車排出ガス対策推進会議調査)

(4) 道路構造別風向別NOx濃度図(日本道路公団調査〜東名高速道路沿道)

(5) 道路端からの窒素酸化物の距離減衰(川崎市貝塚町)

(6) 道路沿道窒素酸化物濃度測定結果(東京都衛生局調査〜環七等)

(7) 国道四三号線沿道調査〜西宮市・芦屋市・尼崎市

八―(1) 大阪平野周辺図

(2) 風配図〔昭和45年度 淀中局〕

(3) 代表風向の時刻別出現頻度〔昭和45年度 淀中局〕

(4) 代表風向の時刻別平均風速〔昭和45年度 淀中局〕

(5) 時刻別平均風速〔昭和45年度淀中局〕

九―(1) 月別SO2平均濃度の年平均比の経年変化〔淀中局〕

(2) 時刻別SO2と平均濃度〔昭和45年度 淀中局〕

(3) 時刻別SO2平均濃度の年平均比の経年変化〔淀中局〕

(4) 風向別高濃度発生率〔昭和45年度 淀中局〕

(5) 時刻別高濃度発生率〔昭和45年度 淀中局〕

(6) 風速ランク別高濃度出現頻度率

一〇―(1) 淀中局における企業一〇社の寄与率〔昭和48年度〕

(2) 淀中局における計算濃度及び寄与率〔昭和48年度〕

(3) 淀中局における企業一〇社の寄与率〔昭和45年度〕

(4) 西淀川区内煙源 事業所別寄与濃度〔点源扱い分〕

(5) 特定工場群の位置及びその影響風系

(6) 淀中局における風向頻度〔昭和44〜54年度〕

(7) 淀中局における風向別積算濃度〔昭和44年度以前〕

(8) 西淀川区内における特定工場群影響風系内に存在する訴外工場等(点源扱)

(9) 尼崎市における特定工場群影響風系内に存在する訴外工場等

(10) 淀中局における特定工場群影響風系積算濃度〔昭和44年度以前〕

一一―(1) 西淀川区二酸化硫黄汚染データ(年平均値)比較表

(2) 二酸化硫黄汚染データ比較グラフ〈本号二三四頁〉

(3) 二酸化硫黄濃度月別比較表〔昭和36年〜昭和52年〕

(4) 二酸化硫黄濃度〜二酸化鉛法と導電率法の測定値の対比

(5) 二酸化硫黄高濃度(一時間値)の発生頻度

(6) 二酸化硫黄高濃度の月間最大持続時間

(7) 西淀川区二酸化硫黄濃度と環境基準〔昭和42年度〜昭和63年度〕

一二―(1) 西淀川区二酸化窒素汚染データ(年平均値)比較表

(2) 二酸化窒素汚染データ比較グラフ〔一般局〕〈本号二三四頁〉

(3) 二酸化窒素汚染データ比較グラフ〔自排局〕〈本号二三四頁〉

(4) 西淀川区二酸化窒素濃度と環境基準〔昭和48年〜昭和63年〕

(5) 二酸化窒素濃度(一時間値)発生頻度〔淀中局・出来島局〕

一三―(1) 西淀川区降下ばいじん汚染データ比較表〔昭和29年〜昭和63年〕

(2) 西淀川区浮遊粒子状物質汚染データ比較表〔昭和41年〜平成4年〕

(3) 浮遊粒子状物質濃度と環境基準との比較

一四 西淀川区の大気汚染状況の推移と各汚染物質の影響度〈本号二三五頁〉

一五―(1) 西淀川区〜認定患者数の推移〈本号二三五頁〉

(2) 全国の大気汚染公害の被害者の認定患者率〈本号二三五頁〉

一六―(1) 主要大気汚染源分布図〔BIG PLAN付属地図〕

(2) 西淀川区大気汚染緊急対策対象工場

(3) 大気汚染防止協定締結事業所一覧表〔尼崎市〕

一七―(1) 特定工場群の二酸化硫黄排出量〔企業別〕〔昭和31年〜昭和49年〕

(2) 特定工場群の二酸化硫黄排出量〔企業別〕〔昭和50年〜平成4年〕

(3) 特定工場群の二酸化硫黄排出量〔地域別〕

(4) 特定工場群の二酸化硫黄排出量〔特定工場群の地域比率〕

一八 特定工場群の窒素酸化物排出量

一九―(1) 本件各道路の交通量等の推移表〈本号二三六頁〉

(2) 西淀川区(道路別・年別)窒素酸化物排出量(推計)〈本号二三六頁〉

二〇―(1) 各観測局における発生源別汚染寄与率(計算濃度)一覧表

(2) 全発生源によるNOX濃度分布(大阪市窒素酸化物濃度対策中間報告)

(3) 自動車によるNOX濃度分布図(大阪市窒素酸化物濃度対策中間報告)

(4) 自動車によるNOX濃度分布図と西淀川区用途地域図の合成図

(5) 工場・事業場によるNOX濃度分布図(大阪市窒素酸化物濃度対策中間報告)

(6) 現況NOX濃度計算結果(全発生源)(大阪市大気環境保全基本計画)

(7) 現況NOX濃度計算結果(自動車)(大阪市大気環境保全基本計画) (8) 現況NOX濃度計算結果(工場・事業場)(大阪市大気環境保全基本計画)

二一 本件地域における排出量と環境濃度の対比

二二―(1) 月別・時刻別〜高濃度出現頻度表〔淀中局〕

(2) 月別・風向別〜高濃度出現頻度表〔淀中局〕

(3) 時刻別・風向別〜高濃度出現頻度表〔淀中局〕

(4) 高濃度の出現状況〜表とグラフ 二三―(1) 慢性気管支炎の有症者率〜年齢・喫煙の影響(大阪ばい調)

(2) 慢性気管支炎訂正有症者率と大気汚染度(大阪ばい調)

二四―(1) 大気汚染物質と呼吸器症状との関係(六都市調査)

(2) 持続性せき・たん有症率と複合大気汚染との相関(六都市調査)

二五 症状別・地域群別訴症率(大阪府医師会調査)

二六―(1) 道路沿道窒素酸化物濃度測定結果〔昭和57〜59年〕

(2) 道路沿道・後背地別〜有症率の比較〔東京都沿道〕

二七 道路沿線からのゾーン別受診率〔四日市市国道一号線沿道調査〕

二八―(1) 道路沿道〜喫煙習慣別有症率〔東京都内幹線道路沿道住民調査〕

(2) 道路沿道〜開放型ストーブ使用の有無別有症率〔右同〕

(3) 道路沿道〜NO2環境測定結果〔右同〕

二九―(1) 暖房器別地区別呼吸器症状有症率(成人)〔東京都沿道調査―第二回〕

(2) 地区別呼吸器症状有症率(成人)〔右同〕

(3) 喫煙状況別地区別呼吸器症状有症率(成人)〔右同〕

(4) 地区別呼吸器症状有症率(小児)〔右同〕

三〇 一秒量の低下と喫煙感受性(フレーチャー/ペト)

三一 自動車排出ガス規制に係る窒素酸化物排出量(平均値)低減効果の推移

三二―(1) 生体影響に関する文献

(2) 環境基準と生体影響に関する文献

目録四 請求債権目録

原告番号

原告名

請求金合計

損害額

弁護士費用

遅延損害金起算日

二〇〇一

濱田耕助

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇〇三(1)

井上茂

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇〇五

伊藤敏文

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇〇七

浦島貞治

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇〇八(1)

蛯原チヨ

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇〇九

大里秀一

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇一〇

大城孝志

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇一一

岡本秀子

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇一二

岡本義雄

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇一三(1)

鏡堂まつの

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇一四

鎌倉節子

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇一五

上地トキエ

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇一六(1)

川尻フミエ

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇一七(1)

片瀬博

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇一九

片山康子

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇二〇

加藤義孝

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇二一

金子好博

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇二三

北村マツ

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇二四

木村フサヨ

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇二五

黒田重二

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇二八

式地清子

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇二九

篠崎信一

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇三一

白石明子

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇三三

首藤コギク

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇三四

砂川タケ

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇三九

高田良一

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇四〇

辻阪千代香

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇四一

寺田正光

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇四四(1)

長尾昌城

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇四六

永田惠美子

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇四七

中谷藤太郎

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇四八

中谷ノフエ

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇五一

永田惠喜次

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇五二

永田ヨシエ

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇五三

中堀スエノ

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇五四(1)

永野信雄

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇五六

西野ヨシ子

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇五七

西村芳夫

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇五九

羽喰宗三郎

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇六〇

畠中和男

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇六一

濱田省一

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇六二

林はな

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇六三

原田トモヨ

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇六五

平松ナミエ

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇六六

福田澄子

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇六七

藤原亙

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇六九

前嶋三男

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇七〇

前畑米

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇七一

前田ヤエ

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇七二

松本イチ

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇七四

萬野清治

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇七五

三山彌之助

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇七七

向節子

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇七九

森田美知子

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇八〇

森本あきの

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇八一

八木なつ子

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇八二

山内ヨシエ

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇八三

山岡百合子

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇八四

山崎助七

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇八六

矢野市太郎

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇八七

善積キリコ

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇八八

吉田秋則

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇八九

吉村正

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇九〇

吉野音市

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇九二(1)

和田八千代

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇九三

明比ミヅエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇九五

稲川浩美

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇九六

有岡和子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇九七

生森増治

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二〇九九

池田正江

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一〇〇

池永一女

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一〇一

池永藤次郎

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一〇二

池永美紀

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一〇三

伊佐艶子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一〇四

石川豊

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一〇五

石川朝子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一一〇

乾ヤエノ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一一二

今井正子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一一三

李成雨

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一一四

植田喜代子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一一五

上西よ志み

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一一六

上野イチ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一一七

植村昭美

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一一八

内海呈三

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一二一

裏山春一

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一二二

榎本フジエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一二四

太内久太郎

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一二五

太内芳夫

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一二六

太内久美子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一二七

呉順子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一二九

大城千代美

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一三二(1)

大戸一夫

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

昭和62年11月20日

二一三三

大西慶子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一三四

大西フクエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一三六

近江久子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一三七

大森フミ子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一三八

大森美恵子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一三九

岡崎秋夫

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一四〇

岡崎久女

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一四一

小笠原やくの

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一四二

岡前千代子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一四三

岡前敏晴

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一四四

岡本繁美

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一四五

小川文子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一四六

小原ミドリ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一四八(1)

奥野繁

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

昭和62年11月20日

二一四九

小畑順二

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一五〇

尾名口マツエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一五一(1)

柿原チヨノ

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

昭和62年11月20日

二一五三(1)

柿本幸子

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

昭和62年11月20日

二一五五

柏原鉄江

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一五六

柏木武

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一五七

柏木愛子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一五八

片岡聖旭

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一五九

片山亨

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一六一

門田勇

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一六二

金村和男

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一六三

鎌田規美江

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一六四

川上正臣

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一六五

川久保潔

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一六六

川口英子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一六七

川口玉吉

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一六八

川口ひさ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一六九

川尻フミエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一七〇

川原テヨ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一七一

河村輝夫

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一七二

川村フジエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一七三

蒲原正幸

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一七四

神部カナ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一七五

喜多トヨ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一七七

北川フミエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一七八

北村清子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一七九

北村サツキ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一八〇

北島親二郎

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一八一

北村秀一

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一八二

北村三之助

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一八三

北村昭司

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一八四

北村輝夫

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一八五

北村勝

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一八六

北村勇

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一八七

北村ヨシエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一八八

北村芳雄

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一八九

北村文治郎

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一九〇

北村サト

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一九一

北村みき

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一九二

貴堂ゆきえ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一九四

木下隆義

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一九五

木村佐市

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一九六

木村歳太郎

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一九七

木村紀美代

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一九八

木村益久

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二一九九

郡裕子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二〇〇

木村桝治

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二〇三

金上甲

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二〇四

金満五

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二〇五

金李順

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二〇七

金増テル子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二〇八

櫛田哲明

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二〇九

國吉八重幸

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二一〇

國吉隆仁

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二一一

久間田菊松

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二一二

久保信一

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二一三

隈原ユキエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二一四

藏元親雄

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二一五

倉山ミチ子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二一六

倉本こすえ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二一七

黒瀬ヨシコ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二一八

小亀伸一

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二一九

小亀博之

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二二一

小角嘉子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二二六

小林重和

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二二七

小林ヨシエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二三二

小宮路ハナエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二三三

呉港口

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二三五

近藤ゆきえ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二三七

才キクエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二三八

崔文俊

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二三九

崔連伊

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二四〇

斉藤レイ子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二四一

齋田広子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二四二

佐藤誠

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二四三

酒井政一

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二四四

坂井ノブ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二五〇(1)

阪本加代子

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

昭和62年11月20日

二二五三

佐々木キヨ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二五四

貞安キヨコ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二五五

澤中冨久子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二五六

塩飽スエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二五七

塩川喜市

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二六〇

柴田清子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二六二

芝谷輝雄

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二六三

篠崎キクエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二六四

清水ミサエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二六六

嶋田陽子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二六七

嶋田光義

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二六八

嶋田光重

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二七一(1)

神保惠子

一五〇〇万円

一二五〇万円

二五〇万円

昭和62年11月20日

(2)

神保君惠

七五〇万円

六二五万円

一二五万円

昭和62年11月20日

(3)

神保光次郎

七五〇万円

六二五万円

一二五万円

昭和62年11月20日

二二七二

須惠佐與子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二七三

末廣夘之助

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二七四

末廣千代野

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二七五(1)

杉浦宜行

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

昭和62年11月20日

二二七六

杉尾真由美

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二七八

須見シナ子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二七九

関みつい

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二八〇

銭尾弘子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二八一

宋俊用

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二八二

孫判浪

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二八三

高石玉榮

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二八四

高尾明義

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二八八

高崎博子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二八九

高橋和子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二九〇(1)

高橋美津子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二九三(1)

高橋常一

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

昭和62年11月20日

二二九四

高橋守

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二九五

武富昭夫

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二九六

武富智彦

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二九七

武富誠

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二九八

竹本幹子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二二九九

田中治呂一

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三〇〇

田中タカ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三〇三

谷川モモエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三〇四

田原早苗

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三〇五

田原和子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三〇六

田村俊昌

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三〇七

田村満子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三〇八

樽井和榮

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三〇九

張三葉

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三一〇

次本フジエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三一一(1)

塚口アキエ

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

昭和62年11月20日

二三一二

辻阪瀧蔵

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三一三

辻阪國雄

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三一四

辻阪孝浩

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三一五(1)

津田さち子

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

昭和62年11月20日

二三一六

津村ユリ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三一七

寺田正榮

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三一八

寺脇たけ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三二〇

田敏昭

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三二三

土井彦輝

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三二四

土井彦信

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三二五

土井典子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三二六

土井下誠行

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三二七

時田恒夫

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三二九

豊島末雄

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三三〇

豊田鈴子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三三一(1)

富田晏守

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

昭和62年11月20日

二三三三

中尾ヤスエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三三四(1)

長岡一

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

昭和62年11月20日

二三三五

中根攝子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三三六

中野廣吉

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三三七

中野やす

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三三八

永野千代子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三三九

永濱五津子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三四一(1)

中村日佐子

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

昭和62年11月20日

二三四二

中元義裕

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三四五

成田義信

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三四六

南部マツエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三四七

仁志萬亀子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三四八(1)

西尾恭一

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

昭和62年11月20日

二三四九

西尾テイ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三五〇

西岡エキミ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三五一

西岡ハナエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三五二

西澤廣子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三五三

西澤清

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三五四

西田幸弘

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三五五

西原馨

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三五六

西本美代子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三五七

仁田延子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三五八

仁田靏之助

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三五九

新田久子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三六〇

二宮直雄

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三六一

二宮美里

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三六二

温水俊明

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三六四

橋本義人

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三六五

畑中卯之助

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三六六

濱口清野

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三六八

濵田サノ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三六九

濵田ハルコ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三七一

半田五郎

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三七三

平岡トワ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三七四

平原マツコ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三七五

平松虎芳

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三七六

平松正治

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三七七

平松けい子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三七八(1)

兵動みさを

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

昭和62年11月20日

二三七九

福田栄三蔵

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三八〇

福田末子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三八一

福田和憲

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三八二

福井喜久子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三八三

藤井絢子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三八四

藤井一三

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三八五

藤高良子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三八六

藤田春枝

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三八七

藤田昌延

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三八八

藤森道代

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三九〇

船本ウノコ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三九一

豊後谷政吉

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三九二

豊後谷ハツ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三九三

本條ユキエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三九四

前田シゲ子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三九五

前田静子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三九六

牧マサエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三九七

槙峯よし子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三九八

間形宗弘

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二三九九

間形房恵

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四〇〇

升谷さと

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四〇一

松尾ケイ子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四〇二

松下ミチエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四〇三

松下幸子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四〇四

松村茂夫

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四〇五

松本富

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四〇六

松本ハナ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四〇七

松本英雄

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四〇八

松本幸代

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四〇九

松本美代子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四一一

丸谷ヨシエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四一四

丸山トシ子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四一五

三木康甫

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四一六

満園育美

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四一七

山脇佳子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四一八

南千代子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四一九

南竹田鶴子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四二〇

三宅高子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四二一

宮平オトヨ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四二三

村上注連子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四二四

村澤秀子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四二五

村田稔

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四二六

明正喜代子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四二九

森茂一

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四三〇

森ツチエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四三一(1)

森千代子

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

昭和62年11月20日

二四三三(1)

森川千代

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

昭和62年11月20日

二四三四

森下幸

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四三五

盛田はつ子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四三六

森本カメノ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四三七

森本貞男

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四三九

八重樫ソノエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四四一

八木スエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四四二(1)

山川君子

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

昭和62年11月20日

二四四三

山口喜美子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四四四

山崎良雄

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四四五

山科壽枝子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四四七

山中多祢子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四四八

矢野カジ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四四九

矢野昇太郎

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四五一

矢野喜美子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四五二

矢野玉絹

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四五三

矢埜ツジ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四五五

矢野英夫

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四五六

山木茂

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四五八

山本楢一

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四六〇

山本嘉也

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四六一

李柄貞

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四六二

山村キク

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四六三

横山綱介

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四六四

吉川洋子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四六五

吉田義昭

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四六六(1)

吉成信義

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

昭和62年11月20日

二四六七(1)

吉村由紀子

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

昭和62年11月20日

二四六九

李甲淳

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四七一

若山良子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四七三

和田美頭子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四七四

和田リセ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

昭和62年11月20日

二四七五

木村悦之

一二〇〇万円

一〇〇〇万円

二〇〇万円

昭和62年11月20日

二四七六

多賀玲子

一二〇〇万円

一〇〇〇万円

二〇〇万円

昭和62年11月20日

三〇〇一

森脇君雄

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇〇三

李命

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇〇五

井上とみえ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇〇七

金甲先

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇〇八

大久保由恵

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇〇九

大澤喜久夫

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇一一

門田キワ子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇一四

金錦順

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇一六

佐々木四郎

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇一八

銭尾清

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇一九

北村嘉八郎

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇二一

北村美智雄

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇二二

北村ミツ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇二三

木村ツル子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇二四

高石冨士一

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇二六

坪井岩見

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

平成2年6月1日

三〇二七

時田智恵子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇二八

中山千代

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇二九

中山幸子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇三〇

永野信雄

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇三一(1)

間實

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

平成2年6月1日

三〇三二

樋口時男

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇三三

後藤新一

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

平成2年6月1日

三〇三四

藤澤マサエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇三五

又吉ミスズ

一二〇〇万円

一〇〇〇万円

二〇〇万円

平成2年6月1日

三〇三七

松下松雄

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇三九

眞井ナツイ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇四〇

水野一二三

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

平成2年6月1日

三〇四一

水野廣雄

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇四二

村上栄次郎

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇四三

藪内清

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇四四

朴玉連

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇四五

吉田和子

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇四六

吉野キクエ

一八〇〇万円

一五〇〇万円

三〇〇万円

平成2年6月1日

三〇四九(1)

石井渉

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

平成2年6月1日

三〇五〇(1)

井上一郎

一五〇〇万円

一二五〇万円

二五〇万円

平成2年6月1日

三〇五一(1)

中谷房江

六六六万円

五五五万円

一一一万円

平成2年6月1日

(2)

榎本武一

六六六万円

五五五万円

一一一万円

平成2年6月1日

(3)

榎本定雄

六六六万円

五五五万円

一一一万円

平成2年6月1日

三〇五二(1)

中谷房江

一三三三万円

一一一一万円

二二二万円

平成2年6月1日

(2)

榎本武一

一三三三万円

一一一一万円

二二二万円

平成2年6月1日

(3)

榎本定雄

一三三三万円

一一一一万円

二二二万円

平成2年6月1日

五〇五三(1)

青地一江

三六〇万円

三〇〇万円

六〇万円

平成2年6月1日

(2)

大西徳二

三六〇万円

三〇〇万円

六〇万円

平成2年6月1日

(3)

足立まり子

三六〇万円

三〇〇万円

六〇万円

平成2年6月1日

(4)

中力峯子

三六〇万円

三〇〇万円

六〇万円

平成2年6月1日

三〇五四(1)

奥野つるこ

一五〇〇万円

一二五〇万円

二五〇円

平成2年6月1日

(2)

奥野繁

七五〇万円

六二五万円

一二五円

平成2年6月1日

(3)

松井ハルエ

七五〇万円

六二五万円

一二五円

平成2年6月1日

三〇五五(1)

小田喜代治

一五〇〇万円

一二五〇万円

二五〇万円

平成2年6月1日

(2)

小田喜司治

一五〇〇万円

一二五〇万円

二五〇万円

平成2年6月1日

三〇五六(1)

菊富愛子

一五〇〇万円

一二五〇万円

二五〇万円

平成2年6月1日

(2)

菊富保男

三〇〇万円

二五〇万円

五〇万円

平成2年6月1日

(3)

菊富茂二

三〇〇万円

二五〇万円

五〇万円

平成2年6月1日

(4)

菊富惠治

三〇〇万円

二五〇万円

五〇万円

平成2年6月1日

(5)

花光よし子

三〇〇万円

二五〇万円

五〇万円

平成2年6月1日

(6)

菊富晴彦

三〇〇万円

二五〇万円

五〇万円

平成2年6月1日

三〇五七(1)

黒田みつえ

九〇〇万円

七五〇万円

一五〇万円

平成2年6月1日

三〇五八(1)

小亀正行

六〇〇万円

五〇〇万円

一〇〇万円

平成2年6月1日

(2)

小亀伸一

六〇〇万円

五〇〇万円

一〇〇万円

平成2年6月1日

(3)

小亀博之

六〇〇万円

五〇〇万円

一〇〇万円

平成2年6月1日

三〇五九(1)

辻めり子

二一四万円

一七八万円

三六万円

平成2年6月1日

(2)

武るり子

四二八万円

三五七万円

七一万円

平成2年6月1日

三〇六〇(1)

小林伊三

七五〇万円

六二五万円

一二五万円

平成2年6月1日

(2)

小林廣英

七五〇万円

六二五万円

一二五万円

平成2年6月1日

(3)

小林馨

七五〇万円

六二五万円

一二五万円

平成2年6月1日

(4)

西村道子

七五〇万円

六二五万円

一二五万円

平成2年6月1日

三〇六一(1)

坂井ノブ

九〇〇万円

七五〇万円

二五〇万円

平成2年6月1日

(2)

坂井政春

二二五万円

一八八万円

三七万円

平成2年6月1日

(3)

坂井重信

二二五万円

一八八万円

三七万円

平成2年6月1日

(4)

坂井宗昭

二二五万円

一八八万円

三七万円

平成2年6月1日

(5)

西野良子

二二五万円

一八八万円

三七万円

平成2年6月1日

三〇六二(1)

坂田トキ

一五〇〇万円

一二五〇万円

二五〇万円

平成2年6月1日

(2)

坂田眞一

七五〇万円

六二五万円

一二五万円

平成2年6月1日

(3)

坂田眞

七五〇万円

六二五万円

一二五万円

平成2年6月1日

三〇六三(1)

佐藤幹夫

六〇〇万円

五〇〇万円

一〇〇万円

平成2年6月1日

三〇六四(1)

篠原キヨノ

一五〇〇万円

一二五〇万円

二五〇万円

平成2年6月1日

(2)

篠原正

一五〇〇万円

一二五〇万円

二五〇万円

平成2年6月1日

三〇六五(1)

高良よし

一五〇〇万円

一二五〇万円

二五〇万円

平成2年6月1日

(2)

高良和義

三七五万円

三一三万円

六二万円

平成2年6月1日

三〇六六(1)

津村ユリ

一〇〇〇万円

八三三万円

一六七万円

平成2年6月1日

(2)

笠井桂子

五〇〇万円

四一七万円

八三万円

平成2年6月1日

(3)

津村章

五〇〇万円

四一七万円

八三万円

平成2年6月1日

三〇六七(1)

中嶋郁子

一五〇〇万円

一二五〇万円

二五〇万円

平成2年6月1日

(2)

中嶋清人

七五〇万円

六二五万円

一二五万円

平成2年6月1日

(1)

中嶋信之

七五〇万円

六二五万円

一二五万円

平成2年6月1日

三〇六八(1)

中山義隆

四八〇万円

四〇〇万円

八〇万円

平成2年6月1日

(2)

大西慶子

四八〇万円

四〇〇万円

八〇万円

平成2年6月1日

(3)

中尾祥子

四八〇万円

四〇〇万円

八〇万円

平成2年6月1日

三〇六九(1)

永田矩

九〇〇万円

七五〇万円

一五〇万円

平成2年6月1日

(2)

永田皖

一五〇万円

一二五万円

二五万円

平成2年6月1日

(3)

永田勝

一五〇万円

一二五万円

二五万円

平成2年6月1日

三〇七〇(1)

仁井芳子

七二〇万円

六〇〇万円

一二〇万円

平成2年6月1日

(2)

笠井春枝

七二〇万円

六〇〇万円

一二〇万円

平成2年6月1日

(3)

仁井昇一

三六〇万円

三〇〇万円

六〇万円

平成2年6月1日

三〇七一(1)

仁田浩男

九〇〇万円

七五〇万円

一五〇万円

平成2年6月1日

(2)

仁田昇

九〇〇万円

七五〇万円

一五〇万円

平成2年6月1日

三〇七二(1)

藤高良子

九〇〇万円

七五〇万円

一五〇万円

平成2年6月1日

(2)

下原麗子

三〇〇万円

二五〇万円

五〇万円

平成2年6月1日

(3)

藤高洋子

三〇〇万円

二五〇万円

五〇万円

平成2年6月1日

(4)

北見咲子

三〇〇万円

二五〇万円

五〇万円

平成2年6月1日

三〇七三(1)

本條ユキエ

一〇〇〇万円

八三三万円

一六七万円

平成2年6月1日

(2)

本條武志

一〇〇〇万円

八三三万円

一六七万円

平成2年6月1日

(3)

高谷喜久代

一〇〇〇万円

八三三万円

一六七万円

平成2年6月1日

三〇七四(1)

又吉ミスズ

九〇〇万円

七五〇万円

一五〇万円

平成2年6月1日

(2)

又吉幹男

三〇〇万円

二五〇万円

五〇万円

平成2年6月1日

(3)

清谷千枝子

三〇〇万円

二五〇万円

五〇万円

平成2年6月1日

(4)

又吉和男

三〇〇万円

二五〇万円

五〇万円

平成2年6月1日

三〇七五(1)

松本文子

九〇〇万円

七五〇万円

一五〇万円

平成2年6月1日

(2)

松本志郎

九〇〇万円

七五〇万円

一五〇万円

平成2年6月1日

三〇七六(1)

村上トシ

一五〇〇万円

一二五〇万円

二五〇万円

平成2年6月1日

(2)

村上和正

三〇〇万円

二五〇万円

五〇万円

平成2年6月1日

(3)

村上隆勇

三〇〇万円

二五〇万円

五〇万円

平成2年6月1日

(4)

岡陽子

三〇〇万円

二五〇万円

五〇万円

平成2年6月1日

(5)

村上由利子

三〇〇万円

二五〇万円

五〇万円

平成2年6月1日

(6)

村上嘉明

三〇〇万円

二五〇万円

五〇万円

平成2年6月1日

三〇七七(1)

村澤秀子

一五〇〇万円

一二五〇万円

二五〇万円

平成2年6月1日

三〇七八(1)

中岡キヨ子

二四〇〇万円

二〇〇〇万円

四〇〇万円

平成2年6月1日

三〇七九(1)

山﨑ミツエ

一五〇〇万円

一二五〇万円

二五〇万円

平成2年6月1日

(2)

田中チヨ

一五〇〇万円

一二五〇万円

二五〇万円

平成2年6月1日

三〇八〇(1)

山内そのえ

九〇〇万円

七五〇万円

一五〇万円

平成2年6月1日

(2)

山内淳

三〇〇万円

二五〇万円

五〇万円

平成2年6月1日

(3)

山内登和子

三〇〇万円

二五〇万円

五〇万円

平成2年6月1日

(4)

矢島一子

三〇〇万円

二五〇万円

五〇万円

平成2年6月1日

三〇八一(1)

山田清子

一五〇〇万円

一二五〇万円

二五〇万円

平成2年6月1日

(2)

和井田弘子

三七五万円

三一三万円

六二万円

平成2年6月1日

(3)

山野美智子

三七五万円

三一三万円

六二万円

平成2年6月1日

(4)

山田豊

三七五万円

三一三万円

六二万円

平成2年6月1日

(5)

山田正幸

三七五万円

三一三万円

六二万円

平成2年6月1日

四〇〇一(1)

小林菊枝

三〇〇〇万円

二五〇〇万円

五〇〇万円

平成4年5月22日

目録五 本件各道路目録

名称

供用開始日

道路の概況

国道二号線

山陽道を改修し、大正一五年一二月供用開始

起点は大阪市北区、終点は北九州市とし、大阪市西淀川区花川、野里、姫里、歌島、御弊島、千船、佃を経由する一般国道であり、西淀川区内における延長は約2.4Km、幅員は上下四車線、標準総幅員27.3mの平面道路である(所在地図イ-イの道路)。

(丙二九、一六〇の2)

国道四三号線

兵庫県下18.2Kmにつき昭和三八年一月部分供用

西淀川区通過部分を含む全線につき昭和四五年三月供用開始

起点は大阪市西成区、終点は神戸市とし、大阪市西淀川区福町、大和田、大野、出来島、中島、佃を経由する一般国道であり、西淀川区内における延長は約2.5Km、幅員は上下八?一〇車線、総幅員五〇mの平面一部高架道路である(所在地図ロ-ロの道路)。

(丙二〇二、二二八表4)

阪神高速

大阪池田線

西淀川区通過部分につき、昭和四二年八月供用開始 全線は昭和四五年三月供用開始

起点は大阪市阿倍野区、終点は大阪府池田市とし、大阪市西淀川区柏里、歌島、御弊島、竹島を経由する府道であり、自動車専用道路(都市高速道路)である。西淀川区内の延長は約2.6Km、幅員は上下四車線、標準幅員17.6mの高架道路である(所在地図ハ-ハの道路)。

(丙三八、二二八表4)

阪神高速

大阪西宮線

昭和五六年六月全線供用開始

起点は大阪市西区、終点は西宮市とし、大阪市西淀川区姫島、大和田、出来島、佃を経由する府道であり、自動車専用道路(都市高速道路)である。西淀川区内における延長は約3.5Km、幅員は上下四?六車線(西淀川区内は六車線)、標準幅員25.75mの高架道路である(所在地図ニ-ニの道路)。

(丙二〇二、二二八表4)

目録一〇第一表 給付額総括表

原告番号

本件患者氏名

公健法

特別措置法

大阪市規則

合計

2001

濱田耕助

17,695,350

190,000

270,000

18,155,350

2003

井上オエツ

16,016,668

132,000

378,000

16,526,668

2005

伊藤敏文

44,530,210

262,000

558,000

45,350,210

2007

浦島貞治

36,097,570

152,000

180,000

36,429,570

2008

蛯原宗義

26,349,460

30,000

155,000

26,534,460

2009

大里秀一

29,007,828

0

0

29,007,828

2010

大城孝志

17,211,434

0

0

17,211,434

2011

岡本秀子

33,058,160

150,000

144,000

33,352,160

2012

岡本義雄

33,773,348

0

0

33,773,348

2013

鏡堂友吉

22,421,502

194,000

270,000

22,885,502

2014

鎌倉節子

23,486,509

0

0

23,486,509

2015

上地トキエ

27,612,849

0

0

27,612,849

2016

川尻榮治

22,247,310

258,000

558,000

23,063,310

2017

片瀬藤榮

20,304,524

0

0

20,304,524

2019

片山康子

21,960,450

24,000

84,000

22,068,450

2020

加藤義孝

38,636,010

6,000

31,000

38,673,010

2021

金子好博

23,232,800

246,000

258,000

23,736,800

2023

北村マツ

26,015,086

0

0

26,015,086

2024

木村フサヨ

29,678,110

262,000

378,000

30,318,110

2025

黒田重二

27,094,340

182,000

558,000

27,834,340

2028

式地清子

25,177,510

66,000

231,000

25,474,510

2029

篠崎信一

15,383,870

72,000

225,000

15,680,870

2031

白石明子

22,512,850

150,000

144,000

22,806,850

2033

首藤コギク

16,774,367

258,000

378,000

17,410,367

2034

砂川タケ

29,043,310

80,000

136,000

29,259,310

2039

高田良一

41,844,616

0

0

41,844,616

2040

辻阪千代香

31,314,710

142,000

378,000

31,834,710

2041

寺田正光

35,233,606

0

0

35,233,606

2044

長尾艶

15,701,850

159,000

144,000

16,004,850

2046

長田惠美子

21,188,730

15,000

24,000

21,227,730

2047

中谷藤太郎

29,333,904

0

0

29,333,904

2048

中谷ノフエ

26,403,416

0

0

26,403,416

2051

永田惠喜次

26,292,202

0

0

26,292,202

2052

永田ヨシエ

30,555,848

48,000

168,000

30,771,848

2053

中堀スエノ

22,264,730

124,000

144,000

22,532,730

2054

永野むつよ

25,019,010

214,000

378,000

25,611,010

2056

西野ヨシ子

29,335,510

127,000

378,000

29,840,510

2057

西村芳夫

15,315,012

0

0

15,315,012

2059

羽喰宗三郎

34,477,616

0

0

34,477,616

2060

畠中和男

39,615,110

170,000

558,000

40,343,110

2061

濱田省一

23,826,290

262,000

258,000

24,346,290

2062

林はな

15,624,670

258,000

378,000

16,260,670

2063

原田トモヨ

22,279,950

230,000

378,000

22,887,950

2065

平松ナミエ

27,644,810

202,000

378,000

28,224,810

2066

福田澄子

33,966,628

0

0

33,966,628

2067

藤原亙

25,167,120

0

0

25,167,120

2069

前嶋三男

40,917,003

0

0

40,917,003

2070

前畑米

23,356,290

194,000

144,000

23,694,290

2071

前田ヤエ

24,349,230

202,000

378,000

24,929,230

2072

松本イチ

28,999,159

0

0

28,999,159

2074

萬野清治

18,952,335

0

0

18,952,335

2075

三山彌之助

40,234,549

0

0

40,234,549

2077

向節子

17,001,306

262,000

378,000

17,641,306

2079

森田美知子

24,275,190

42,000

147,000

24,464,190

2080

森本あきの

28,934,463

0

0

28,934,463

2081

八木なつ子

28,502,743

0

0

28,502,743

2082

山内ヨシエ

21,363,542

194,000

144,000

21,701,542

2083

山岡百合子

27,254,410

262,000

378,000

27,894,410

2084

山崎助七

35,809,833

0

0

35,809,833

2086

矢野市太郎

22,628,351

262,000

558,000

23,448,351

2087

善積キリコ

25,810,430

99,000

90,000

25,999,430

2088

吉田秋則

34,241,650

142,000

558,000

34,941,650

2089

吉村正

31,354,370

206,000

558,000

32,118,370

2090

吉野音市

24,574,803

0

0

24,574,803

2092

和田謙作

32,621,692

0

0

32,621,692

2093

明比ミヅエ

21,952,350

35,000

56,000

22,043,350

2095

稲川浩美

18,485,718

0

0

18,485,718

2096

有岡和子

19,936,542

0

0

19,936,542

2097

生森増治

26,751,311

0

0

26,751,311

2099

池田正江

26,492,088

0

0

26,492,088

2100

池永一女

19,643,514

0

0

19,643,514

2101

池永藤次郎

25,134,968

0

0

25,134,968

2102

池永美紀

14,258,310

5,000

4,000

14,267,310

2103

伊佐艶子

18,632,113

0

0

18,632,113

2104

石川豊

8,742,085

144,000

60,000

8,946,085

2105

石川朝子

17,157,330

186,000

144,000

17,487,330

2110

乾ヤエノ

26,957,110

238,000

378,000

27,573,110

2112

今井正子

27,034,410

20,000

32,000

27,086,410

2113

李成雨

16,410,920

0

0

16,410,920

2114

植田喜代子

19,836,000

178,000

144,000

20,158,000

2115

上西よ志み

20,160,827

0

0

20,160,827

2116

上野イチ

16,281,923

0

0

16,281,923

2117

植村昭美

21,583,350

24,000

30,000

21,637,350

2118

内海呈三

21,376,174

0

0

21,376,174

2121

裏山春一

25,859,850

55,000

165,000

26,079,850

2122

榎本フジエ

18,542,092

0

0

18,542,092

2124

太内久太郎

26,560,650

124,000

180,000

26,864,650

原告番号

本件患者氏名

公健法

特別措置法

大阪市規則

合計

2125

太内芳夫

19,933,260

124,000

60,000

20,117,260

2126

太内久美子

15,303,890

124,000

60,000

15,487,890

2127

呉順子

13,340,442

0

0

13,340,442

2129

大城千代美

20,212,776

0

0

20,212,776

2132

大戸音吉

15,500,994

0

0

15,500,994

2133

大西慶子

26,627,075

0

0

26,627,075

2134

大西フクエ

20,515,830

132,000

90,000

20,737,830

2136

近江久子

19,589,652

0

0

19,589,652

2137

大森フミ子

21,181,170

190,000

144,000

21,515,170

2138

大森美恵子

21,942,074

0

0

21,942,074

2139

岡崎秋夫

10,647,030

68,000

210,000

10,925,030

2140

岡崎久女

25,339,100

0

0

23,975,465

2141

小笠原やくの

8,335,254

0

0

8,335,254

2142

岡前千代子

26,551,530

36,000

45,000

26,632,530

2143

岡前敏晴

22,592,231

0

0

22,592,231

2144

岡本繁美

30,704,498

0

0

30,704,498

2145

小川文子

27,037,120

0

0

27,037,120

2146

小原ミドリ

26,805,210

194,000

144,000

27,143,210

2148

奥野つるこ

19,772,603

0

0

19,772,603

2149

小畑順二

18,782,430

68,000

48,000

18,898,430

2150

尾名ロマツエ

23,752,375

0

0

23,752,375

2151

柿原幾次郎

22,084,802

0

0

22,084,802

2153

柿本松太郎

20,732,378

0

0

20,732,378

2155

柏原鉄江

21,520,788

0

0

21,520,788

2156

柏木武

18,985,589

152,000

60,000

19,197,589

2157

柏木愛子

19,863,738

0

0

19,863,738

2158

片岡聖旭

21,025,384

0

0

21,025,384

2159

片山亨

5,851,481

12,000

12,000

5,875,481

2161

門田勇

25,317,211

0

0

25,317,211

2162

金村和男

18,391,560

60,000

42,000

18,493,560

2163

鎌田規美江

13,282,116

0

0

13,282,116

2164

川上正臣

24,843,970

80,000

255,000

25,178,970

2165

川久保潔

18,338,200

147,000

60,000

18,545,200

2166

川口英子

27,377,490

168,000

144,000

27,689,490

2167

川口玉吉

30,856,650

165,000

270,000

31,291,650

2168

川口ひさ

21,117,323

0

0

21,117,323

2169

川尻フミエ

21,612,450

192,000

144,000

21,948,450

2170

川原テヨ

26,306,425

0

0

26,306,425

2171

河村輝夫

30,681,210

48,000

120,000

30,849,210

2172

川村フジエ

18,637,408

0

0

18,637,408

2173

蒲原正幸

39,543,774

0

0

39,543,774

2174

神部カナ

14,890,770

152,000

90,000

15,132,770

2175

喜多トヨ

20,260,571

0

0

20,260,571

2177

北川フミエ

25,234,860

0

0

25,234,860

2178

北村清子

18,590,436

0

0

18,590,436

2179

北村サツキ

27,222,150

25,000

40,000

27,287,150

2180

北村親二郎

26,306,718

0

0

26,306,718

2181

北村秀一

26,212,440

0

0

26,212,440

2182

北村三之助

17,005,343

0

0

17,005,343

2183

北村昭司

27,661,004

0

0

27,661,004

2184

北村輝夫

27,219,330

0

0

27,219,330

2185

北村勝

28,790,106

0

0

28,790,106

2186

北村勇

34,730,750

0

0

34,730,750

2187

北村ヨシエ

20,231,081

0

0

20,231,081

2188

北村芳雄

23,309,854

0

0

23,309,854

2189

北村文治郎

27,706,678

0

0

27,706,678

2190

北村サト

20,284,430

0

0

20,284,430

2191

北村みき

19,538,930

0

0

19,538,930

2192

貴堂ゆきえ

22,101,150

96,000

144,000

22,341,150

2194

木下隆義

23,269,482

0

0

23,269,482

2195

木村佐市

28,772,536

0

0

28,772,536

2196

木村歳太郎

27,914,322

0

0

27,914,322

2197

木村紀美代

25,327,296

0

0

25,327,296

2198

木村益久

12,644,484

0

0

12,644,484

2199

郡裕子

12,900,510

124,000

60,000

13,084,510

2200

木村桝治

31,332,201

0

0

31,332,201

2203

金上甲

22,376,190

150,000

144,000

22,670,190

2204

金満五

13,215,676

0

0

13,215,676

2205

金李順

17,997,194

0

0

17,997,194

2207

金増テル子

21,133,170

142,000

90,000

21,365,170

2208

櫛田哲明

26,267,190

122,000

180,000

26,569,190

2209

國吉八重幸

21,334,530

190,000

144,000

21,668,530

2210

國吉隆仁

19,687,680

148,000

90,000

19,925,680

2211

久間田菊松

25,801,804

0

0

25,801,804

2212

久保信一

18,816,313

0

0

18,816,313

2213

隈原ユキエ

19,764,018

0

0

19,764,018

2214

藏元親雄

17,772,065

0

0

17,772,065

2215

倉山ミチ子

20,738,495

96,000

144,000

20,978,495

2216

倉本こすえ

20,880,750

124,000

144,000

21,148,750

2217

黒瀬ヨシコ

18,487,024

0

0

18,487,024

2218

小亀伸一

18,763,630

64,000

45,000

18,872,630

2219

小亀博之

17,293,930

12,000

12,000

17,317,930

2221

小角嘉子

25,916,280

162,000

144,000

26,222,280

2226

小林重和

22,547,166

0

0

22,547,166

2227

小林ヨシエ

20,260,404

0

0

20,260,404

2232

小宮路ハナエ

17,990,883

0

0

17,990,883

2233

呉港口

15,895,883

0

0

15,895,883

原告番号

本件患者氏名

公健法

特別措置法

大阪市規則

合計

2235

近藤ゆきえ

24,038,970

25,000

40,000

24,103,970

2237

才キクエ

21,839,550

68,000

112,000

22,019,550

2238

崔文俊

23,536,540

8,000

20,000

23,564,540

2239

崔連伊

9,937,126

0

0

9,937,126

2240

斉藤レイ子

16,166,603

0

0

16,166,603

2241

齋田広子

11,298,533

0

0

11,298,533

2242

佐藤誠

37,502,919

0

0

37,502,919

2243

酒井政一

33,140,216

0

0

33,140,216

2244

坂井ノブ

14,456,142

0

0

14,456,142

2250

阪本教子

16,056,496

134,000

90,000

16,280,496

2253

佐々木キヨ

17,150,258

0

0

17,150,258

2254

貞安キヨコ

21,839,010

10,000

16,000

21,865,010

2255

澤中冨久子

19,846,240

0

0

19,846,240

2256

塩飽スエ

19,237,724

0

0

19,237,724

2257

塩川喜市

24,547,552

0

0

24,547,552

2260

柴田清子

20,254,035

0

0

20,254,035

2262

芝谷輝雄

21,927,020

80,000

255,000

22,262,020

2263

篠崎キクエ

21,576,810

132,000

144,000

21,852,810

2264

清水ミサエ

22,035,911

0

0

22,035,911

2266

嶋田陽子

11,654,111

0

0

11,654,111

2267

嶋田光義

29,545,710

30,000

90,000

29,665,710

2268

嶋田光重

36,298,630

25,000

75,000

36,398,630

2271

神保仁

27,087,002

0

0

27,087,002

2272

須惠佐與子

21,662,850

152,000

90,000

21,904,850

2273

末廣夘之助

25,600,362

0

0

25,600,362

2274

末廣千代野

20,006,985

0

0

20,006,985

2275

杉浦政雄

24,459,570

168,000

270,000

24,897,570

2276

杉尾真由美

23,614,460

44,000

39,000

23,697,460

2278

須見シナ子

21,389,310

0

0

21,389,310

2279

関みつい

20,074,932

0

0

20,074,932

2280

銭尾弘子

15,966,229

0

0

15,966,229

2281

宋俊用

34,800,210

50,000

150,000

35,000,210

2282

孫判浪

12,519,950

0

0

12,519,950

2283

高石玉榮

26,384,216

0

0

26,384,216

2284

高尾明義

23,857,830

128,000

180,000

24,165,830

2288

高崎博子

12,900,510

102,000

60,000

13,062,510

2289

高橋和子

27,522,810

192,000

144,000

27,858,810

2290

高橋夛一郎

23,720,411

0

0

23,720,411

2293

高橋ハルエ

18,786,951

0

0

18,786,951

2294

高橋守

31,163,614

0

0

31,163,614

2295

武富昭夫

14,736,930

174,000

270,000

15,180,930

2296

武富智彦

19,980,990

192,000

60,000

20,232,990

2297

武富誠

13,836,360

194,000

60,000

14,090,360

2298

竹本幹子

19,855,760

0

0

19,855,760

2299

田中治呂一

20,684,580

0

0

20,684,580

2300

田中タカ

20,595,930

15,000

24,000

20,634,930

2303

谷川モモエ

25,149,252

0

0

25,149,252

2304

田原早苗

24,257,536

0

0

24,257,536

2305

田原和子

19,343,157

0

0

19,343,157

2306

田村俊昌

29,857,622

0

0

29,857,622

2307

田村満子

1,257,435

0

0

1,257,435

2308

樽井和榮

20,215,158

0

0

20,215,158

2309

張三葉

15,438,594

0

0

15,438,594

2310

次本フジエ

19,637,210

0

0

19,637,210

2311

塚口役松

23,198,960

0

0

23,198,960

2312

辻阪瀧蔵

23,262,212

0

0

23,262,212

2313

辻阪國雄

28,997,832

0

0

28,997,832

2314

辻阪孝浩

16,393,264

72,000

60,000

16,525,264

2315

津田さだ

15,591,690

72,000

120,000

15,783,690

2316

津村ユリ

20,220,461

0

0

20,220,461

2317

寺田正榮

10,659,222

0

0

10,659,222

2318

寺脇たけ

11,111,630

10,000

16,000

11,137,630

2320

田敏昭

16,653,235

0

0

16,653,235

2323

土井彦輝

21,646,770

20,000

60,000

21,726,770

2324

土井彦信

21,913,350

30,000

24,000

21,967,350

2325

土井典子

20,503,284

0

0

20,503,284

2326

土井下誠行

36,104,304

0

0

36,104,304

2327

時田恒夫

23,419,978

88,000

270,000

23,777,978

2329

豊島末雄

33,064,199

0

0

33,064,199

2330

豊田鈴子

21,975,690

55,000

88,000

22,118,690

2331

富田タマ

22,771,845

206,000

378,000

23,355,845

2333

中尾ヤスエ

21,668,130

68,000

112,000

21,848,130

2334

長岡正次

24,435,942

262,000

558,000

25,255,942

2335

中根攝子

19,730,316

0

0

19,730,316

2336

中野廣吉

16,139,337

0

0

16,139,337

2337

中野やす

19,354,176

0

0

19,354,176

2338

永野千代子

14,605,548

0

0

14,605,548

2339

永濱五津子

21,251,190

176,000

144,000

21,571,190

2341

中村亀壽

14,481,632

0

0

14,481,632

2342

中元義裕

24,864,270

144,000

90,000

25,098,270

2345

成田義信

28,786,824

150,000

180,000

29,116,824

2346

南部マツエ

21,875,030

152,000

90,000

22,117,030

2347

仁志萬亀子

14,727,255

69,000

90,000

14,886,255

2348

西尾安治

27,230,753

0

0

27,230,753

2349

西尾テイ

12,579,898

190,000

144,000

12,913,898

2350

西岡エキミ

19,585,008

0

0

19,585,008

2351

西岡ハナエ

20,326,515

0

0

20,326,515

原告番号

本件患者氏名

公健法

特別措置法

大阪市規則

合計

2352

西澤廣子

20,756,712

0

0

20,756,712

2353

西澤清

39,441,504

0

0

39,441,504

2354

西田幸弘

11,414,952

0

0

11,414,952

2355

西原馨

13,713,871

0

0

13,713,871

2356

西本美代子

20,387,778

84,000

90,000

20,561,778

2357

仁田延子

18,759,420

92,000

144,000

18,995,420

2358

仁田靏之助

13,440,972

0

0

13,440,972

2359

新田久子

20,125,241

0

0

20,125,241

2360

二宮直雄

25,903,736

0

0

25,903,736

2361

二宮美里

21,345,930

130,000

90,000

21,565,930

2362

温水俊明

7,940,785

136,000

60,000

8,136,785

2364

橋本義人

30,620,572

0

0

30,620,572

2365

畑中卯之助

16,231,830

0

0

16,231,830

2366

濱口清野

25,531,110

45,000

72,000

25,648,110

2368

濵田サノ

15,980,982

60,000

96,000

16,136,982

2369

濵田ハルコ

21,151,874

0

0

21,151,874

2371

半田五郎

26,898,054

0

0

26,898,054

2373

平岡トワ

21,985,950

5,000

8,000

21,998,950

2374

平原マツコ

24,245,519

0

0

24,245,519

2375

平松虎芳

30,712,350

162,000

270,000

31,144,350

2376

平松正治

20,062,810

57,000

150,000

20,269,810

2377

平松けい子

13,400,589

0

0

13,400,589

2378

兵動初一

21,907,854

0

0

21,907,854

2379

福田栄三蔵

18,073,514

0

0

18,073,514

2380

福田末子

21,035,610

25,000

40,000

21,100,610

2381

福田和憲

25,201,350

152,000

90,000

25,443,350

2382

福井喜久子

19,796,792

0

0

19,796,792

2383

藤井絢子

18,373,100

50,000

80,000

18,503,100

2384

藤井一三

20,985,527

0

0

20,985,527

2385

藤高良子

26,256,100

0

0

26,256,100

2386

藤田春技

19,826,304

0

0

19,826,304

2387

藤田昌延

13,691,310

87,000

60,000

13,838,310

2388

藤森道代

20,924,910

138,000

76,000

21,138,910

2390

船本ウノコ

21,793,275

16,000

20,000

21,829,275

2391

豊後谷政吉

18,669,028

0

0

18,669,028

2392

豊後谷ハツ

21,115,640

0

0

21,115,640

2393

本條ユキエ

20,666,904

0

0

20,666,904

2394

前田シゲ子

20,465,671

0

0

20,465,671

2395

前田静子

22,080,150

176,000

144,000

22,400,150

2396

牧マサエ

20,275,819

0

0

20,275,819

2397

槇峯よし子

21,432,090

142,000

90,000

21,664,090

2398

間形宗弘

25,325,160

0

0

25,325,160

2399

間形房恵

19,338,736

0

0

19,338,736

2400

升谷さと

12,331,238

0

0

12,331,238

2401

松尾ケイ子

21,630,630

60,000

96,000

21,786,630

2402

松下ミチエ

21,317,265

0

0

21,317,265

2403

松下幸子

19,512,164

0

0

19,512,164

2404

松村茂夫

27,056,850

100,000

270,000

27,426,850

2405

松本富

19,858,490

182,000

144,000

20,184,490

2406

松本ハナ

25,647,081

0

0

25,647,081

2407

松本英雄

38,255,660

0

0

38,255,660

2408

松本幸代

21,342,935

0

0

21,342,935

2409

松本美代子

13,894,890

25,000

40,000

13,959,890

2411

丸谷ヨシエ

18,580,852

0

0

18,580,852

2414

丸山トシ子

21,589,050

100,000

144,000

21,833,050

2415

三木康甫

27,874,565

30,000

90,000

27,994,565

2416

満園育美

18,245,050

80,000

57,000

18,382,050

2417

山脇佳子

18,973,582

0

0

18,973,582

2418

南千代子

23,269,782

0

0

23,269,782

2419

南竹田鶴子

19,619,565

0

0

19,619,565

2420

三宅高子

18,705,413

0

0

18,705,413

2421

宮平オトヨ

13,931,640

0

0

13,931,640

2423

村上注連子

20,335,926

0

0

20,335,926

2424

村澤秀子

20,734,274

0

0

20,734,274

2425

村田稔

35,889,210

55,000

165,000

36,109,210

2426

明正喜代子

21,356,037

0

0

21,356,037

2429

森茂一

16,290,429

0

0

16,290,429

2430

森ツチエ

20,294,070

153,000

144,000

20,591,070

2431

森融

16,493,849

0

0

16,493,849

2433

森川武夫

15,683,956

0

0

15,683,956

2434

森下幸

37,259,744

0

0

37,259,744

2435

盛田はつ子

22,080,911

0

0

22,080,911

2436

森本カメノ

26,169,210

88,000

144,000

26,401,210

2437

森本貞男

17,017,955

0

0

17,017,955

2439

八重樫ソノエ

23,334,027

0

0

23,334,027

2441

八木スエ

25,784,097

0

0

25,784,097

2442

山川新治

31,340,619

0

0

31,340,619

2443

山口喜美子

21,553,968

0

0

21,553,968

2444

山崎良雄

16,448,728

242,000

558,000

17,248,728

2445

山科壽枝子

21,732,870

194,000

144,000

22,070,870

2447

山中多祢子

19,150,876

0

0

19,150,876

2448

矢野カジ

17,672,422

0

0

17,672,422

2449

矢野昇太郎

35,682,810

258,000

558,000

36,498,810

2451

矢野喜美子

21,126,699

0

0

21,126,699

2452

矢野玉絹

17,869,222

0

0

17,869,222

2453

矢埜ツジ

17,373,152

0

0

17,373,152

2455

矢野英夫

26,156,446

0

0

26,156,446

原告番号

本件患者氏名

公健法

特別措置法

大阪市規則

合計

2456

山木茂

31,055,963

0

0

31,055,963

2458

山本楢一

24,660,305

0

0

24,660,305

2460

山本嘉也

26,420,844

0

0

26,420,844

2461

李柄貞

29,379,779

0

0

29,379,779

2462

山村キク

21,369,450

147,000

144,000

21,660,450

2463

横山綱介

28,298,412

0

0

28,298,412

2464

吉川洋子

19,174,274

0

0

19,174,274

2465

吉田義昭

24,696,502

0

0

24,696,502

2466

吉成薫

19,531,619

0

0

19,531,619

2467

吉村由太郎

16,444,000

76,000

240,000

16,760,000

2469

李甲淳

20,709,912

0

0

20,709,912

2471

若山良子

20,787,331

0

0

20,787,331

2473

和田美頭子

19,876,462

0

0

19,876,462

2474

和田リセ

26,698,710

190,000

144,000

27,032,710

2475

木村悦之

11,820,484

0

0

11,820,484

2476

多賀玲子

11,409,688

0

0

11,409,688

3001

森脇君雄

31,694,730

144,000

270,000

32,108,730

3003

李命

22,200,684

0

0

22,200,684

3005

井上とみえ

26,085,416

0

0

26,085,416

3007

金甲先

22,131,580

108,000

144,000

22,383,580

3008

大久保由恵

20,707,770

165,000

144,000

21,016,770

3009

大澤喜久夫

28,929,210

134,000

180,000

29,243,210

3011

門田キワ子

21,788,490

186,000

144,000

22,118,490

3014

金錦順

19,540,425

126,000

90,000

19,756,425

3016

佐々木四郎

29,704,521

0

0

29,704,521

3018

銭尾濟

9,761,379

0

0

9,761,379

3019

北村嘉八郎

29,543,526

0

0

29,543,526

3021

北村美智雄

30,357,230

0

0

30,357,230

3022

北村ミツ

22,075,232

0

0

22,075,232

3023

木村ツル子

18,694,560

0

0

18,694,560

3024

高石富士一

1,379,205

0

0

1,379,205

3026

坪井岩見

20,625,425

0

0

20,625,425

3027

時田智恵子

20,951,730

0

0

20,951,730

3028

中山千代

20,963,795

68,000

112,000

21,143,795

3029

中山幸子

17,493,068

0

0

17,493,068

3030

永野信雄

5,221,762

72,000

225,000

5,518,762

3031

間藤成

27,755,830

54,000

140,000

27,949,830

3032

樋口時男

32,694,006

0

0

32,694,006

3033

後藤新一

30,094,642

176,000

270,000

30,540,642

3034

藤澤マサエ

20,364,835

0

0

20,364,835

3035

又吉ミスズ

15,709,599

0

0

15,709,599

3037

松下松雄

22,629,446

0

0

22,629,446

原告番号

本件患者氏名

公健法

特別措置法

大阪市規則

合計

3039

真井ナツイ

25,327,038

0

0

25,327,038

3040

水野一二三

43,529,410

68,000

180,000

43,777,410

3041

水野廣雄

36,318,216

0

0

36,318,216

3042

村上栄次郎

36,595,428

0

0

36,595,428

3043

薮内清

32,510,440

0

0

32,510,440

3044

朴玉連

19,919,946

0

0

19,919,946

3045

吉田和子

18,482,240

0

0

18,482,240

3046

吉野キクエ

20,639,265

0

0

20,639,265

3049

石井ツル

6,022,150

72,000

252,000

6,346,150

3050

井上つる

8,371,485

0

0

8,371,485

3051

榎本市太郎

4,744,872

180,000

270,000

5,194,872

3052

榎本夕子

9,975,454

262,000

378,000

10,615,454

3053

大西秀子

8,585,646

60,000

210,000

8,855,646

3054

奥野初太郎

23,285,298

0

0

23,285,298

3055

小田民治郎

16,023,846

220,000

845,000

17,088,846

3056

菊富忠義

17,317,326

148,000

180,000

17,645,326

3057

黒田義吉

5,849,979

0

0

5,849,979

3058

小亀妙子

4,729,515

0

0

4,729,515

3059

児玉清盛

10,542,375

0

0

10,542,375

3060

小林常一

16,353,888

190,000

270,000

16,813,888

3061

坂井宗次

7,051,690

0

0

7,051,690

3062

坂田穂波

14,894,045

262,000

558,000

15,714,045

3063

佐藤成三

16,178,752

194,000

270,000

16,642,752

3064

篠原岩雄

31,987,196

262,000

558,000

32,807,196

3065

高良和三郎

18,380,976

126,000

180,000

18,686,976

3066

津村安太郎

0

333,000

200,000

533,000

3067

中嶋利達

30,098,274

0

0

30,098,274

3068

中山楠尾

3,475,438

0

0

3,475,438

3069

永田清二

6,286,224

0

0

6,286,224

3070

仁井シズエ

2,514,388

0

0

2,514,388

3071

仁田藤子

3,274,327

0

0

3,274,327

3072

藤高隆志

7,176,436

0

0

7,176,436

3073

本條貴美夫

15,135,752

0

0

15,135,752

3074

又吉誠仁

5,089,534

0

0

5,089,534

3075

松本高義

5,336,490

0

0

5,336,490

3076

村上正一

19,446,756

20,000

60,000

19,526,756

3077

村澤金太郎

22,330,215

68,000

210,000

22,608,215

3078

森分スエコ

12,892,746

206,000

378,000

13,476,746

3079

矢追ヤタ

25,926,581

840,000

810,000

27,576,581

3080

山内鹿蔵

9,340,787

0

0

9,340,787

3081

山田均

16,524,038

176,000

270,000

16,970,038

4001

小林喜代一

14,001,322

0

0

14,001,322

目録一三 認容債権一覧表 (一)

原告番号

原告名

損害額

弁護士

費用

認容額合計

遅延損害金起算日

二〇一七(1)

片瀬博

三〇四万〇〇〇〇円

三〇万円

三三四万〇〇〇〇円

昭和六一年一〇月二三日

二一一三

李成雨

三〇五万〇〇〇〇円

三〇万円

三三五万〇〇〇〇円

昭和六二年五月二六日

二一六二

金村和男

四九三万〇〇〇〇円

五〇万円

五四三万〇〇〇〇円

平成七年三月二九日

二二八二

孫判浪

一〇五万〇〇〇〇円

一〇万円

一一五万〇〇〇〇円

昭和六〇年六月一九日

二三〇七

田村満子

一八七万〇〇〇〇円

二〇万円

二〇七万〇〇〇〇円

平成七年三月二九日

二三三八

永野千代子

二〇四万〇〇〇〇円

二〇万円

二二四万〇〇〇〇円

平成七年三月二九日

二三四二

中元義裕

四五三万〇〇〇〇円

四五万円

四九八万〇〇〇〇円

平成七年三月二九日

二三八五

藤高良子

四六四万〇〇〇〇円

五〇万円

五一四万〇〇〇〇円

平成七年三月二九日

二三八八

藤森道代

二三一万〇〇〇〇円

二五万円

二五六万〇〇〇〇円

平成七年三月二九日

二三九三

本絛ユキエ

五四〇万〇〇〇〇円

五五万円

五九五万〇〇〇〇円

平成七年三月二九日

二四三七

森本貞男

一二六万〇〇〇〇円

一五万円

一四一万〇〇〇〇円

平成二年五月四日

三〇七二(1)

藤高良子

四五万五〇〇〇円

五万円

五〇万五〇〇〇円

昭和五八年六月一七日

三〇七二(2)

下原麗子

一五万一六六六円

二万円

一七万一六六六円

昭和五八年六月一七日

三〇七二(3)

藤高洋子

一五万一六六六円

二万円

一七万一六六六円

昭和五八年六月一七日

三〇七二(4)

藤高咲子

一五万一六六六円

二万円

一七万一六六六円

昭和五八年六月一七日

三〇七三(1)

本絛ユキエ

二四二万三三三三円

二五万円

二六七万三三三三円

昭和五一年九月一〇日

三〇七三(2)

本絛武志

二四二万三三三三円

二五万円

二六七万三三三三円

昭和五一年九月一〇日

三〇七三(3)

高谷喜久子

二四二万三三三三円

二五万円

二六七万三三三三円

昭和五一年九月一〇日

認容債権一覧表 (二)

原告番号

原告名

損害額

弁護士

費用

認容額合計

遅延損害金起算日

二〇九六

有岡和子

六八万〇〇〇〇円

一〇万円

七八万〇〇〇〇円

平成七年三月二九日

二一一五

上西よ志み

五〇七万〇〇〇〇円

五〇万円

五五七万〇〇〇〇円

平成五年一一月三〇日

二二一六

倉本こすえ

三四九万〇〇〇〇円

三五万円

三八四万〇〇〇〇円

平成七年三月二九日

二三三〇

豊田鈴子

四二八万〇〇〇〇円

四五万円

四七三万〇〇〇〇円

平成七年三月二九日

二四四二(1)

山川君子

三六〇万〇〇〇〇円

四〇万円

四〇〇万〇〇〇〇円

昭和六二年一一月六日

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